【資料4】金山委員資料

文科省

公立社会教育施設の所管の在り方等に関するワーキンググループ資料

2018年5月14日

ワーキンググループを踏まえた博物館に関する論点整理と問題・課題

金山喜昭(法政大学)

○所管の選択制について
   公立博物館は、これまで教育委員会が所管することとされてきた。近年、博物館に対する社会的なニーズが多様化し、ニーズが高まっているが、その多様化に対応するために、公立博物館の所管を、現行(教育委員会のみ)の方式から、選択制(教育委員会、首長部局)にすることには一定の妥当性はあると考える。
   所管の問題については、今日的な状況を踏まえて、その在り方を検討し、必要な措置を講じることは必要と考えるが、所管の在り方によって、これまで考えられてきた公立博物館の基本特性が損なわれることのないようにすることが必要である。
   公立博物館が、以下の基本原則の下で設置・運営されてきたことを確認しておく必要がある。とりわけ、現行の博物館法の規定にもある通り、博物館は学術・教育機関であり、今後とも、この特性が堅守され、この基本原則に基づいて、博物館が発展していくことが担保される必要がある。欧米の代表的な博物館は、多数の入場者を確保し、観光面でも大きな貢献をしていると言われているが、人類の文化資産を保存・活用する上で、研究機関・教育機関としての特性の上に、多様な社会的なニーズに応えるよう事業を展開していることに十分留意する必要がある。ちなみに日本の国立博物館(東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館の4館)とイギリスの大英博物館、フランスのルーブル美術館を比較すると、大英博物館やルーブル美術館は日本よりも経営資源を大きく投入することにより、その効果を上げていることが分かる(表1)。


日本

イギリス

フランス


国立博物館(4館)

大英博物館

ルーブル美術館

職員数(人)

216

950

1,519

うち学芸員数(人)

102

250

150

入館者数(万人)

503

600

約846

建物面積(延面積)(平方メートル)

135,264

約130,000


展示面積(平方メートル)

30,626

約57,000

約61,000

収蔵品数(件)

121511件

約800万点

約35万点

運営費

77億円

約7,5百万ポンド
(約99億円)

約225百万ユーロ
(約337億円)

自己収入

20億円

約30百万ポンド
(約40億円)

約96百万ユーロ
(約144億円)

自己収入割合

26%

40%

43%

 表1国立の博物館・美術館の諸外国との比較(文化庁「諸外国の国立文化施設の概要」より作成。www.bunka.go.jp/seisaku/.../01/.../kijyo_shiryo_18_ver02.pdf

   博物館の下記の基本特性を重要視しないで、目先の社会的、経済的なニーズに応えることは、かえって社会が博物館に求めるニーズに応えることにはならないことを肝に銘じておく必要がある。
(1)博物館の学術専門・教育性の確保
(2)博物館の政治的中立性と運営の継続性や安定性の確保
(3)学校教育や社会教育との連携
(4)収益性(観光事業等)との均等を確保する

所管の問題
   教育行政や文化行政ばかりではなく、各地方公共団体の行政全体の一体性(市民生活、福祉、観光、商工業、農業、環境等)に関する事務との関連性を考慮して、各地方公共団体に博物館に関する事務を一層充実させるために必要かつ効果的と判断する場合には、1.上記の(1)~(4)の博物館の基本特性に対応できるように各地方公共団体において環境整備をした上で、2.条例の制定により、首長部局において博物館に関する事務を執行・管理することを可能とする仕組み(選択制(教育委員会・首長部局))を導入することができるようにする。
   この際、博物館に関する事務を首長部局に移管する場合、(1)~(4)の博物館の基本特性についての環境整備として、条例の制定に際しては、首長部局が所管するに当たり、博物館の基本特性をどのように維持できるかについて説明責任を果たすように促すことと、どのように履行されているかを評価・点検する仕組みを導入することが必要である。その理由は、教育やまちづくり、観光などのニーズに博物館が対応するためには、博物館は所蔵する過去から現代までの資料を市民に提供する体制を常に維持することが条件であり、首長部局の政策の変更や判断だけでは、博物館の基本特性が発揮できない可能性があるためである。
   このため、現在は任意で地方公共団体に設置できるとなっている博物館協議会を、必ず置くことを制度上、明確に位置づけをする必要がある。博物館協議会は館長の諮問機関とし館長に対して意見を述べる機関とするが、(1)~(4)の要請を担保するために、博物館協議会の総意により首長にも意見を具申することができることし、首長に意見具申の尊重義務を課すこととする。協議会の透明性を確保するために議事録を全文公開し、その委員の人選については、博物館に関する専門的な学識経験者を入れることにする。専門的な学識経験者の情報の入手が難しい地方公共団体がある場合には、博物館関係団体(日本博物館協会等)が地方公共団体の相談に対応できるよう、国から博物館関係団体に協力要請をし、相談窓口を開設してもらう。(なお、教育委員会の所管の場合にも博物館協議会を必置にするかどうかについては、今後の検討課題とする?)
   博物館がその基本特性を維持・発展させるためには、博物館学芸員の配置の促進や、館長や学芸員等の職員の専門性の向上のための研修等の充実、質の高い学芸員の維持、確保のための雇用条件の改善、博物館のミッションの策定と事務事業評価の実施と公開、コンプライアンスの徹底、学校教育や社会教育担当部局との緊密な連携・協力関係の構築等が強く求められ、それらを総合的に取り組むことが必要である。
   これらの取組み状況について、博物館評価が行われ、評価結果が広く公開され、地方公共団体の住民等が博物館運営に参画する仕組みを定着させる仕組みが導入される必要がある。

○所管の選択制(首長部局も選択できる)に伴う残された問題と課題について
1.公立博物館の所管部局を首長部局に選択できる制度にした場合、登録博物館に係る事務の主体をどのように取り扱うことにするのか。
(1)教育委員会が実施する(従来どおり)
(2)教育委員会と首長部局を同格とし、いずれも実施できることとする。
(3)教育委員会がメインとなり、首長部局にも一部の権限を与える。
→登録博物館制度は、現行の博物館法において重要な制度であることから、所管問題と合わせて、重要なポイントになると考える。
   所管部局について首長部局を選択できることとした場合、博物館相当施設の所管部局の現状を考えると、多くの博物館が首長部局の所管に移行することが予想される。更に、仮に、(2)になれば、多くの博物館が首長部局で登録を受けることが予想される。
   上記に記載した状況になれば、公立博物館の運営は、従来の博物館・文科省・教育委員会によるものから、博物館・文科省・総務省・教育委員会・首長部局による運営方式に移行していくものと予想される。
   今後、首長部局・総務省の果たす役割がかなり大きくなっていくものと思うが、このことが、博物館と博物館行政にどのような影響を与えるのか、新しい方式による運営方式が博物館現場にプラスに機能するためには、どのような措置と工夫が必要となるのか、国、地方公共団体、博物館関係団体のそれぞれで検討することが望まれる。
   また、博物館登録行政の主体が変更されれば、登録制度の在り方そのもの(登録基準の内容や、誰が登録を審査するのか等)についても何らかの変更が生じることが予想される。


2.博物館法の第19条(所管)以外の他の条文(以下の条文)との整合性をどのように図るのか。

検討が必要な条文(その1)
第2章登録
(登録)
第10条博物館を設置しようとする者は、当該博物館について、当該博物館の所在する都道府県の教育委員会(当該博物館(都道府県が設置するものを除く。)が指定都市(地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の19第1項の指定都市をいう。以下この条及び第29条において同じ。)の区域内に所在する場合にあつては、当該指定都市の教育委員会。同条を除き、以下同じ。)に備える博物館登録原簿に登録を受けるものとする。

 【論点となる事項】
(1)首長部局についても、登録事務を行わせるのか(二元化)、教育委員会のみ(一元化)とするのか?
(2)また、今後も行政が登録を行う主体なのか?民間団体が行うことも、選択肢の一つとして想定しているのか?

検討が必要な条文(その2)
第21条博物館協議会の委員は、当該博物館を設置する地方公共団体の教育委員会が任命する。

 【論点となる事項】
(1)公立博物館の所管を首長部局にも認めることとした場合、第21条はどうなるのか?
(2)首長が任命することになった場合、首長と社会教育施設の関係が、現行の社会教育法の体系から見て問題があるのではないか。

検討が必要な条文(その3)
(入館料等)
第23条公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。

 【論点となる事項】
(1)公立博物館の運営において、観光振興が主たる目的となり、入館料を相当額の徴収する動きが出た場合、現行の第23条に抵触するのか?
(2)「博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合」は、どのような場合なのか?首長部局に、運用についてのガイドラインを示す等の措置も必要ではないか?
(3)この条文を廃止する動きが出てくる事態も予想されるが、文科省は、この条文の意義をどのように考えるのか?

検討が必要な条文(その4)
(都道府県の教育委員会との関係)
第27条都道府県の教育委員会は、博物館に関する指導資料の作成及び調査研究のために、私立博物館に対し必要な報告を求めることができる。

 【論点となる事項】
(1)首長部局の博物館を認めることとした場合、第27条に規定されている都道府県の教育委員会の権限は、首長部局にも与えられることとするのか?

3.公立博物館を首長部局が所管できるようになれば、教育委員会から首長部局に所管を替えるケースが相当数出てくることが予想されるが、所管を替えると登録博物館の認定を受けている館については、現在の制度の下では、認定が取り消しになるものと考える。首長部局が所管する博物館の中には学術・教育機関としての役割を果たしている館も相当数あるが、現在の博物館登録制度の下では、登録博物館の認定を受けることはできない。これまでにも博物館登録制度の見直しや、そのために博物館法を改正する必要性が、日本博物館協会や日本学術会議などの博物館関係団体から要望されていることに鑑みると、今回の所管選択制に係る措置は、これまで以上に登録制度の存在意義を混乱させることになる。教育や市民生活、まちづくり、観光、福祉など博物館の社会的なニーズが急速に高まる中、それに対応する博物館の質の向上をはかるために、教育委員会・首長部局のいずれの所管であっても、共通する登録制度を制定することができるように、博物館法の改正に早急に取り組むことが必要である。なお、新規の登録制度については、『博物館登録制度の在り方に関する調査研究報告書』(公益財団法人日本博物館協会、2017年3月)に示された考え方や登録基準等を踏まえつつも、学識経験者や教育関係者、広く市民や地域などの参加や意見聴取するなどして策定することが望ましい。

4.公立博物館の所管部局を首長部局に選択できる制度にした場合、博物館の振興に熱心に取り組む地方公共団体では、博物館の振興が図られることが期待されるが、博物館の振興に力を入れない地方公共団体では、教育委員会の所管時よりも、博物館職員の人員削減や、施設の統廃合や整理・縮小が急速に進められることが懸念される。博物館の存続そのものに係ることになる。意識の高い首長であればよいが、そうでない首長になると、「博物館はいらない」といって廃止することが容易にできるからである。あるいは、観光事業に役立つ「稼げる博物館」ならば残すが、そうでない博物館はないがしろにされることもあり得るだろう。教育委員会の所管であれば、法的、制度的に社会教育施設として博物館が認識されてきたものが、首長の一存で明暗を分けることが予想される。
   上記の事態を避けるためには、首長が博物館の振興の必要性を理解する<場>を設定し、博物館振興についての理解を深めてもらうことが重要となる。地方公共団体レベルでの取り組みは難しいので、国、全国的な博物館関係団体が積極的に取り組むことが必要である。

5.博物館が首長部局に移管されるようになれば、指定管理者などで民間事業者への委託が進むことになり、博物館の学術・教育機関としての性格を担保できなくなることが懸念される。自治体がサービスの元請け機関のようになっている状況において、「サービス向上・経費削減」を名目に導入される指定管理者制度は、実際のところは自治体にとっては経費削減策として使われている。事業者は赤字を出さないようにするために、少しでも集客を多くして利用料金の収入を確保することが必要となる。そのため、事業のウエイトは展覧会などの利用料金収入を見込める事業を中心とするものになり、博物館の基礎機能に関する資料収集や整理保管、調査研究などの事業は後回しされる傾向にあり、教育機関としての博物館の役割や存在性が稀薄になる。

6.近年、経済的合理性を優先するような社会動向の中で、博物館コレクションは不用のものと見做されることが懸念される。博物館が行政にとって「役立つ道具」のように使われるようになると、真っ先にコレクションは整理の対象になりかねない。
   博物館は過去の資料を集積し、現代と比較することで今後のあり方を考える材料を提供する場であり、国全体はもちろん、各地域の資料を収集・整理・研究している。この作業を止めることは、国や各地域の将来の在り方を見失うことになり、同時にそのような資料類を活用することは、現在の地域の現状を知り、それがまちづくりや観光の基礎となる作業なのである。長年にわたり蓄積してきた国民共有の文化的財産は、国立博物館ばかりでなく全国の都道府県や市町村の博物館が保管してきており、各自治体の博物館が保管するコレクションは、わが国の文化や歴史を裏付けるためには、かけがえのない文化遺産である。
   イギリスでは、1988年に国内の博物館を対象にした登録制度を確立したが、その「博物館基準認定制度」は、MLA(The Museums, Libraries and Archives Council(博物館・図書館・文書館会議)によると、国家が公認するイギリスの博物館の基準であり、認定に際し、明確で基本的な要件があり、収蔵品の保管やドキュメンテーションの方法、管理運営の方法、利用者に対する情報やサービスの提供が一定の基準を満たすことが求められている。イギリスの博物館協会(Museum Association)が2005年に刊行した、“Collections for the Future”という報告書には、「博物館基準認定制度」を実現するためのコレクション管理に関する行動指針を定めているが、それによれば、コレクションの収集・整理・保管は当然ながら博物館が果たす役割であり責務であることや、収蔵コレクションの活用や公開、他の博物館や学校への貸し出し、地域コミュニティへの提供やネットワークなどについて取り組むこととされ、イギリス国内の博物館で実施されている。
   我が国においても、コレクション管理についての世界の動向を把握し、これからの博物館行政にふさわしい基準を設定し、登録博物館の認定基準として設定することが必要である。


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