生涯学習分科会企画部会(第2回) 議事録

1.日時

平成28年7月15日(金曜日)16時00分~18時00分

2.場所

文部科学省東館3階3F2特別会議室

3.議題

  1. 社会人の学び直しについて
  2. 有識者からの意見発表
  3. その他

4.議事録

【明石部会長】
 定刻となりましたので,ただいまから第2回中央教育審議会生涯学習分科会企画部会を開催いたします。大変お忙しい中お集まりいただきまして,誠にありがとうございます。
 本日は,「社会人の学び直し」に関するこれまでの議論やデータについて事務局から御説明を頂いた後,有識者の方々に意見発表いただき,意見交換を行いたいと思います。
 また,今回初めて御出席いただく委員の方を御紹介いたします。
 清國委員でございます。

【清國委員】
 清國でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

【明石部会長】
 次に,本日発表いただく有識者の方々を御紹介します。
 リクルート「ケイコとマナブムックシリーズ」編集長の乾喜一郎編集長でございます。

【乾編集長】
 乾でございます。よろしくお願いいたします。

【明石部会長】
 よろしくお願いします。
 また,用務のため途中からお見えになりますが,上智大学総合人間科学部の奈須正裕教授からも意見発表をしていただく予定でございます。
 文部科学省におきまして,人事異動があったようなので,御紹介いただけますか。

【大類生涯学習推進課課長補佐】
 はい。文部科学省の体制が変わりましたので,御紹介させていただきます。
 まず,文部科学審議官の小松でございます。

【小松文部科学審議官】
 1か月ほど前に異動となり、初等中等教育局長から文部科学審議官に着任しました。今までもいろいろと御指導いただいておりますが,更に御指導いただく立場になりましたので,是非よろしくお願い申し上げます。

【大類生涯学習推進課課長補佐】
 続きまして,生涯学習総括官の下間でございます。

【下間生涯学習総括官】
 7月1日付で生涯学習総括官に着任しました下間でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

【明石部会長】
 よろしくお願いいたします。
 では,資料の確認をしたいと思います。

【大類生涯学習推進課課長補佐】
 それでは,お手元の資料の確認をさせていただきます。座席表のほかに,議事次第がございます。また,議事次第の4にありますとおり,本日は資料1‐1から1‐3,さらに,資料2,資料3,資料4と用意させていただいております。また,資料4につきましては,第1回会議における主な意見をまとめたものでございます。御参照ください。
 そのほか,参考資料としまして3点ほど御用意させていただいております。

【明石部会長】
 それでは,議題1に入ります。本日は,第1回の意見交換でも御指摘がありました,「社会人の学び直し」に関しまして,これまでの議論,データについて事務局より御説明を頂きます。その後,若干の意見交換を行いたいと思います。では,事務局から御説明をお願いいたします。

【小谷参事官】
 参事官の小谷でございます。まず私の方から,資料1‐1,1‐2,1‐3を用いて御説明をさせていただきます。
 まず資料1‐1をごらんください。前回の第1回企画部会におきまして,「学び直し」という用語そのものについて整理する必要があるとの御意見を頂きましたので,政府文書におきます「学び直し」というのがこれまでどのような形で用いられているかを御確認いただくために用意した資料でございます。
 1ページ目には,目次を年表形式で用意させていただいております。閣議決定や中央教育審議会の答申といった政府文書で初めて「学び直し」という用語が登場しましたのが,平成18年7月7日に閣議決定されました「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」,いわゆる骨太の方針でございます。その実際の文書は,15ページに掲載させていただいております。ここでは,再チャレンジ支援ということで,大学等における実践的な教育コースの開設等の支援,再就職等に資する学習機会を提供する仕組みの構築等,社会人の学び直しを可能とする取り組みを進めるとしております。
 このように,いきなり定義なく「学び直し」という用語がこの閣議決定文書に登場するわけでございますが, 16ページをごらんください。その前段階としまして,当時の安倍官房長官を議長として再チャレンジ推進会議が置かれておりまして,そこが平成18年5月に中間取りまとめを出しております。そこでは,職業能力向上や再チャレンジに資する教育ということで,大学等における社会人の学び直しの推進や,おめくりいただきまして18ページですが,下線の部分にございますとおり,就業支援講座やシニア起業支援講座等「学び直し」やスキルアップのための学習コンテンツの提供等が提言されていたところでございます。
 なお,骨太方針2006が決定されましたところ,19ページにありますように,同年の12月には再チャレンジ支援総合プランを政府決定しております。その時点ではもう既に第1次安倍内閣になっているわけでございますが,下線の部分をごらんいただきますと,生涯学習関連施設,大学・高等専門学校・専修学校と地域の産業界等関係者が連携し,社会人等が地域で実践的な学び直しができる機会を充実すると規定しているところでございます。その後,骨太の方針におきましては,平成20年度から24年度までは「学び直し」という語は消えておりましたけれども,平成25年度以降再び登場しております。直近では,24ページに掲載させていただいていますが,骨太の方針2016におきまして,女性の活躍の促進や教育の再生というところで記述がされているところでございます。
 また,これに合わせるかのように,2013年から日本再興戦略におきましても,25ページ以降に付けさせていただきましたが,「学び直し」について毎年記載されているところでございます。いずれにつきましても,骨太の方針や日本再興戦略におきましては,職業生活における知識や技能の獲得という文脈で記載されているように見受けられるところでございます。ちなみに,「生涯学習」という用語は,「学び直し」という用語が記載されなかった時期も含めて,この間骨太の方針とか再興戦略といったものには出てきておりません。
 次に,教育関係の政策文書については,教育振興基本計画,中央教育審議会答申,教育再生実行会議提言という形で載せさせていただいております。初めに,中央教育審議会の平成20年2月の中央教育審議会答申「新しい時代を切り拓(ひら)く生涯学習の振興方策について」で「学び直し」についての言及がございます。その実際の記述を5ページの方に載せさせていただいております。多様な学習機会の提供及び再チャレンジが可能な環境の整備というところで,ここにございますように,いつでも「学び直し」や新たな学びへの挑戦ということで記述がされているところでございます。
 そして,この答申も踏まえて取りまとめられました第1期教育振興基本計画におきましては, 2ページでございますが,「いつでもどこでも学べる環境をつくる」という項目の中で,「学び直し」の機会の提供と学習成果を生かすための仕組みづくり,キャリア教育・職業教育の推進と生涯を通じた学び直しの機会の提供の推進という項目で出てまいります。先ほどの再チャレンジ総合支援プランでは「生涯学習関連施設」となっておりましたけれども,この生涯学習関連施設の記載がなくなっているということは御確認いただけるかと思います。
 また,平成25年に閣議決定されました第2期教育振興基本計画におきましては,3ページにございますように,基本施策13の中で,社会人の学び直しの機会の充実が記載されております。また, 4ページで下線を引かせていただいておりますが,従来の職業に関連するものに加えまして,基本施策20の中で,地域における学び直しに向けた学習機能の強化ということでも記載されているところです。ただし,場所につきましては,大学等の高等教育機関は,生涯学習センター等も活用しながら機能強化を促進する,放送大学は,社会人等が学びやすい学習環境を整備することを促進するという形になっているところでございます。
 また,教育再生実行会議におきましては,11ページに第六次提言の関係部分の抜粋を載せさせていただいております。この第六次提言では,学び続ける社会ということで「学び続ける」というキーワードを打ち出しているところでございます。これは実は当初,これまでの政府文書のように「学び直し」という用語を用いた文案を示していたところ,委員の中から,学び直しというよりは,例えばいろいろな事情で,18歳で大学に行けなかったが25歳,30から40歳で大学に行くことだってあるし,もちろん1回卒業してもう1回入学するということもあるので,学び続けるというのがキーワードとしてしっくりくるという御意見が出まして,「学び続ける」というキーワードに変更された経緯があるとのことでした。
 この学び続ける社会についての提言におきましては, 12ページ,13ページに具体的な提言がございます。大学・専修学校等の教育機関における学びに加えまして,公的職業訓練,あるいは各種の検定試験,通信教育などについても言及がなされているところでございます。
 こうした,これまでの政府文書の経緯を踏まえまして,現在の社会人の学びに関し,「場」と「目的」ということで場合分けをしまして,関連するデータを掲載してみましたのが,資料1‐2でございます。時間の関係で御説明は省略させていただきますけれども,こういった様々な「場」・「目的」で学びがなされているということも念頭に置いていただきながら,具体的な学び直しに関する参考資料集1‐3を用意させていただきましたので,データについて紹介をさせていただければと思います。
 まずスライドの右下にそれぞれ数字を記載してございますので,その数字をスライド番号としてお話を進めさせていただきます。まず3から11までのスライドにおきましては,学び直しに関する国民の意識についての紹介をさせていただいているところでございます。学び直しは,先ほど申し上げましたように,もともと職業生活に関する文脈の中で登場してきた言葉でございました。しかし,スライド5や6をごらんいただきますと,世論調査の結果としては,学び直しの理由としては,「教養を深めるため」あるいは「今後の人生を有意義にするため」と回答した人が多い状況にございます。年代や性別でも回答は異なりました。「就職や転職のために必要性を感じたため」と回答された方は,スライド6にございますように,20代,30代の男性と,20代から40代の女性に比較的多いという結果が出ております。
 また,スライド7にございますように,学び直したい学習の内容といたしましては,「外国語に関すること」,「医療や福祉に関すること」,「日本や世界の地理や歴史に関すること」が上位になっております。さらに,スライド8にございますように,年代によって関心の高いテーマは異なるようでございます。
 スライド9は,大学などの教育機関で学びやすくするための取組を尋ねたものでございます。これについては,以前から指摘されておりますように,経済的な支援とか,社会人向けのプログラム,あるいは土日・祝日や夜間の授業についての回答が多くなっております。
 一方,生涯学習の形態について尋ねてみますと,スライド10や11にございますように,大学等よりも公民館や生涯学習センターの方が,人気が高いようですし,大学等におきましても正規課程よりも公開講座等の方が好まれるという結果が出ております。また,学び直しの教育機関というと,これまでの政策文書では大学等の高等教育機関が挙げられているわけでございますけれども,スライド12や13にありますように,高校の中退者においても学び直しでのニーズがあるということが見てとれるところでございます。
 続きまして,労働者の意識についてでございます。自己啓発等につきましては,スライド15にございますように,自学自習というのが最も多く,大学等での学びの割合は少し少なくなっているところでございます。スライド16にございますように,仕事が忙しくて自己啓発の余裕がないということを問題として掲げている方の割合が最も多く,費用の問題なども指摘されております。
 スライド17からは,学び直しに関する大卒の社会人の意識についてのデータでございます。実に9割の方が,再教育を受けたい又は興味があるとされているところでございまして,大卒ということもあってか,再教育の教育機関としては大学院の割合が最も高くなっているところでございます。しかしながら,スライド18にございますように,その障害としまして,やはり時間や費用の問題,あるいは職場の理解の問題ということが挙げられております。さらに,スライド20や21にございますように,社会人学生と大学院側のミスマッチも見受けられるところでございます。
 スライド23からは,企業の状況について掲載をさせていただいております。スライド24にございますように,民間企業における教育訓練経費,これは低下,横ばい傾向にございます。スライド26や27にございますように,企業として重視する職業訓練ということになりますと,いわゆるOFF‐JTよりもOJTの方が割合としては高くなっているということでございます。また,スライド28にございますように,実施したOFF‐JTと致しましても,自社において行うとする割合が高くなっておりまして,スライド29にございますように,従業員の大学院あるいは大学等での受講に対する業務命令とか支援については実施していないという企業の割合が7割に達しているという状況でございます。またスライド30でございますが,受講後の人事管理につきましても,特に何もしていないという企業が3割を超えているという状況でございました。
 スライド36からは,高等教育機関の状況を掲載しております。スライド36にございますように,社会人受講者数につきましては,通学型よりも通信制の方が多いことから,特に放送大学については詳しくデータを掲載させていただいております。大体一概に言えることは,どの機関も正規課程についてはおおよそ横ばいであったり,減少傾向にあったりしているところでございますが,例えば,スライド46におきます大学における長期履修制度の活用の状況や大学における公開講座の受講者数等については上昇しているということが見てとれるところでございます。また,専修学校につきましても,スライド49にございますように,正規課程以外の社会人受講者数の推移を見ていただきますと,附帯事業の受講者数等が増えているというところでございます。
 そして,スライド51からにつきましては,高等教育機関における国際比較について掲載をさせていただきました。スライド51にありますように,学士課程や修士課程については,社会人入学者数の割合がOECD各国平均に比して日本はかなり低いという状況にございます。しかしながら,スライド52,53をごらんいただきますと,例えば短期教育プログラムと学士課程につきましては,卒業率で見ますと,日本はOECD各国平均を上回っているということになります。
 また,データは掲載しておりませんが,他国では進学率と卒業率のギャップが大きい国が多くございます。例えばスライド53の下のOECD各国平均を見ていただきますと,25歳未満での初回進学率がOECD各国平均45%であるのに対して,30歳未満で初回卒業ができた方というのは27%にとどまっているというような状況がございまして,こういった点は日本と事情が異なるのではないかと考えられるところでございます。その一方で,スライド54や55にございますように,大学院の修士課程,博士課程ともにOECD各国平均と比較いたしまして,進学率も卒業率も低い状況にあるということでございます。
 それから,スライド58からでございますけれども,現在の社会人の学び直しに関する主な取組を紹介するスライドを掲載させていただきました。スライド59にございますように,社会人に学びやすい制度を各大学等におきましてもこれまで用意してまいりましたし,スライド60以降にございますように,専修学校あるいは大学におきましても,企業等と連携した社会人に魅力あるプログラムの提供を促進しているところでございます。さらに,スライド64には,教育訓練給付ということで,これは厚生労働省の施策でございますけれども,厚生労働省とも連携をいたしまして,こうした教育プログラムが少なからず給付の対象になっているということも御確認いただけると思います。
 それから,スライド66と67でございますけれども,こちらは厚生労働省の公的職業訓練について掲載をさせていただきました。職業訓練につきましては,離職者向け,在職者向け,学卒者向けと大きく三つのパターンがございます。その下のスライド67にございますように,特に離職者訓練につきましては,専修学校,各種学校や大学等も委託を受けて行っている状況でございます。
 それから,スライド69では,社会教育関係施設の状況を掲載させていただいております。施設のうち最も受講者が多いのは公民館でございまして,スライド70にございますように,その内容といたしましては,趣味・稽古事,あるいは家庭教育・家庭生活の割合が高くなっております。
 最後に,スライド72からは,民間教育施設における状況を掲載しております。社会通信教育の受講者につきましては,平成25年度までは減少が続いておりましたけれども,26年度から増加に転じております。年齢構成と致しましては,その下のスライド73にございますように,40歳以上の割合が39歳以下の割合の倍以上を占めると,そのような状況でございます。最後にスライド74がカルチャーセンター等でございます。こちらにつきましては,受講者数,利用者数につきまして,外国語会話を除いては平成21年の調査との比較では減少しているという状況が分かりました。以上でございます。

【明石部会長】
 参事官,ありがとうございました。非常に分かりやすい説明で,「学び直し」と「学び続ける」という概念の歴史的な背景や,これまでの社会人の学び直しの基礎データがこんなにもあるとは知らなくて,そういう意味では非常に勉強になりました。ありがとうございました。
 では,ただいまの御説明について何か御意見,また御質問ありましたら,お願いいたします。
 厚生労働省が使用している,「公的職業訓練」という言葉があります。この言葉が,かなり抵抗があるということを言っておりまして,今,全国で良い名前がないか,日本型の名前がないかということを公募しています。それと,文部科学省では「教育訓練」という言葉がありますけれども,このまま教育訓練という言葉は使っていくのがどうか。訓練と学び直しというのを何か余り混同されたら困りますので。
 よろしいでしょうか。
 では,議題2に参りたいと思います。参事官ありがとうございました。
 有識者の方々から意見を頂きたいと思います。最初に,リクルート「ケイコとマナブムックシリーズ」の乾編集長,よろしくお願いいたします。
 乾編集長は,文部科学省高等教育局に設けられた,高度人材養成のための社会人学び直し大学院プログラム委員会等の委員をお務めになっておられます。よろしくお願いします。

【乾編集長】
 ただいま御紹介にあずかりました乾と申します。よろしくお願いいたします。私は長年,資格や大学院,通信講座といった,社会人を対象とした学習情報誌を編集してまいりました。そうして得た知見を基にしておりますので,本日のお話については「現場から見た課題」とタイトルに入れております。
 この現場というのは大きく分けて三つございます。まず一つ目は,これらの情報誌においてこれまで取り上げてまいりました,2,000例以上の「実際に学んでいらっしゃる方々」のライフヒストリー,これらを制作する現場です。二つ目は「市販誌を売る」という現場。近年の出版をめぐる苦境の中で最大限の部数を獲得するため,一般のカスタマーにお話を伺ったり書店やコンビニエンスストアで様々な施策を実施したりといった,現場での,言葉はふさわしくないですけれども,戦いをしてまいりました。三つ目は,キャリアカウンセラーとしてキャリアカウンセリングや労働相談の活動をしておりますので,その現場です。本日はこれら三つの現場のお話を基に御報告させていただければと思います。
 最初に,本日の発表の前提としているところが3点ございます。まず1点目,社会人の場合,自らの意思と判断で,自らの費用負担によって学びを実施する方々であるというのが,初等から高等教育の就学期間の方々とは大きく違うところでございます。ですから、我々が情報誌を作っていくに当たり何を競合と考えていたかと申しますと,旅行であったり,飲食であったり,美容であったり,ファッションであったり,そういった消費です。そうではなく「学び」をしようとカスタマーに提案をしてきたわけです。
 次に,「学び直し」という言葉について先ほど御説明がありましたが,私の発表においては「学び直し」という言葉よりも,総称した「学び」という言葉を多く使用しております。その中で,「仕事目的の学び」あるいは「就職・転職目的の学び」と分類されている学びが,御説明の中の「学び直し」という言葉とイメージの近いものではないかと考えております。
 3点目,「学び」について。こちらは、民間スクール等に加え,書籍などによる独学,あるいは例えばヨガなどインストラクター等に指導してもらうもの,通信教育,eラーニングというものまで全部含んでおります。
 ではこれから、社会人の学びにおける特徴について実態を御紹介してまいります。お手元の資料を御覧ください。
 まずスライド5は,「学びたい」という意欲について。基本的に私どもの認識でございますけれども,学びたいという意欲については,女性の方が高くなっております。さらに,データ2の方にありますように,若年ほど高い。こちらは,「この1年で何かを学びたいと思ったことはありますか」という質問にたいする回答です。そうすると,若ければ若いほど意欲が高いという結果が出てくるのです。我々はそこに応じて,20代~30代の若年層を対象に媒体を作ってきたというわけです。
 次に,学びの実施率について。こちらは,データ3,特にスライド8,9をごらんください。こちらを見ますと,年齢ごとの実施率の違いは,意欲の違いほど大きくありません。これについては,私は,若年層ほど費用的・時間的なハードルが高いため,その影響ととらえております。
 更にスライド10,11。こちらは,学びの未経験率,今まで学びを実施したことがないかどうかです。顕著な特徴ですけれども,この未経験率は,年代が上がっても減っていかない。今まで学んだことのない人というのは年齢が上がっても減らないのです。
 逆に,いちど学んで成功体験を積んだ人はその後もずっと学び続ける傾向があるということです。例えば,大学院に通っていらっしゃる社会人大学院生や,専門学校への再進学者,あるいはスクールで学んで今独立されている方々のお話を伺いますと,ずっと学び続けておられるのです。例えばスライド6に紹介している方。21歳から英会話スクールで学び始め,その後24歳で趣味としてネイル,アロマを学ばれました。その後は通信講座で医療事務を学んだあと,アロマセラピストの上位資格を取得し自らのサロンを開業。その後,今もメンタルトレーナーと心理カウンセリングを受講しているという例です。いったん学んで成功体験を積んだ方であれば,このように学び続けていかれる。学ぶ人はその後も学び続けるのです。
 一方で,自ら学びへお金を投じた経験のない方,あるいは一度実施して失敗したと感じておられる方については,学びの世界に引き込むことに困難があります。この状況に対して,私自身,手を変え品を変え「戦い続けている」という状況でございます。
 次に社会人が学ぶ目的について。スライド12をごらんください。
 社会人が学ぶ目的のうち、特に「就職・転職のため」に学ぶ比率は,男性より女性の方が高くなっております。またこの点でも,男女とも若年ほど比率が高くなります。
 一方で,「現在の仕事のため」に学ぶ比率は,30代・40代の男性が高い。
 更に年齢が上がってきますと,仕事関連の目的は減少し,趣味関連の目的が増えてまいります。
 仕事関連の目的に注目すると、男性の場合,ミドル層では「現在の仕事のため」が、若年層では「就職・転職のため」が高い。女性の方は,「現在の仕事のため」が男性に比べかなり少なく,キャリアチェンジに近い「就職・転職のため」が高い,ということになります。
 もう1点特徴といたしましては,仕事関連の目的と趣味関連の目的を同時に挙げる、いわば「複合目的」の層が一定数存在するということです。これは,取材で出会う例で御説明しますと,例えばネイルやウェブ制作を学ぶ場合に,最初は趣味目的だけれど「あわよくば」それが仕事になればいいと考えておられるケースや,逆に,「中小企業診断士」資格の取得を目指しているのだけれど,学ぶことそのものが楽しくなり,目的として「プライベートの充実」や「教養」を挙げるケースです。
 実際,学び続けている方々というのは,仕事・趣味にかかわらず,学ぶことそのものが楽しみになっておられるという点が非常に特徴的です。
 次に,スライド13。就職・転職を目的とする学びの場合の学ぶきっかけは何か,という点ですが、この原動力になっているのは,「現職への強い不満」です。給与などの待遇的な不満,仕事内容の不満,体力的な不安などです。仕事内容についても,例えばこれでいうと,入社・入職したときから10年たっているけれども,ほとんど同じことしかしていない,そこでこの先このままなのかと不安になり,新しいことを学び始めましたと言うケースです。これは特に,社会人となって初めて「学び」を実施しようと決意する際の強固な原動力になっております。
 ゼロから転職を成功させることが目的ですから,自分の学習完了が確実にできる,修了後に安定的な将来像が描けるというところが学び始めの際の大切な条件になっています。特に就・転職を成功させるための学びでございますので,長期高額な学校・講座になるケースが非常に多く,その投資に見合うための確実性,安定性というところが重要なのです。
 次に,社会人が利用する学びの手段というところで,スライド17ページを御覧ください。データ6,スライド19~20に紹介しておりますが,学習の手段として現在選択されているものは,男女・目的を問わず,「スクール・教室」がかなり突出しております。これはほぼ全年齢帯です。ほかに多くなっているのは,「独学・書籍など」,「通信講座」。次に「カルチャーセンター」,「ジム・フィットネスクラブ」となっております。
 大学・大学院については,若年層の仕事目的とシニア層の教養目的が主となっていて,もともと仕事目的での関心の高いはずのミドル層で実施率が下がってしまっているというところが顕著な特徴です。
 専門学校の場合ですが,こちらは若年層で,就職・転職を目的とした再進学,例えば理学療法士や柔道整復師といった国家資格の専門学校を選ぶケースが多くなっています。
 ICTの活用の面では,「動画視聴」「アプリの利用」が特徴的です。こちらについては,仕事目的で学んでおられるケースが多いようです。
 一方で,こうした学びの手段を選んだ場合,一体幾らぐらいかかるのかというところを示したものがスライド18です。具体的な調査データがございませんので,情報誌やネット媒体の中で,実際に中央値となっている価格帯はどれくらいかを挙げております。
 社会人向け大学院の場合、大体150万から200万円程度,期間は1~2年間。専門学校についてはジャンルによって金額がかなり変わりますが,年間50万円から150万円。2から3年間の在学ですので総額は100~400万円となります。民間のスクール,こちらについては約30万円から100万円ぐらいの受講料が掛かり,3か月から1年間程度の学習が多い。通信制の大学は15万円から30万円の間の受講料,期間は1年から4年です。通信講座では主な価格帯は2万から5万円,3か月から6か月程度の学習です。eラーニング・動画視聴は無料というのが一番多く,場合によっては2万円程度の受講料が掛かるものもございます。
 仕事目的の学びの場合には,総時間数も多くなり,また,実習や実技,共同学習の比重も非常に高い。当然コストも大きく,結果,修了までにかかる金額は比較的高額になってまいります。学び手にとっては大きな投資。一部教育訓練給付金の対象になっているものもございますが,現時点では,ほぼ全額自費負担となるケースの方が多くなっています。
 スライド21に移ります。実際にこうした内容を学んだ後,既に仕事に活用されている方々にお話を伺って,教育機関のどういったところを評価されているかをまとめました。
 まず1点目。学びのメリットについてインタビューをまとめておりますと,実際に学んだ内容はもちろんですが,そうした知識・スキルそのもの,資格そのものよりも,専門家としてその後活動をしていくために必要なコミュニケーション能力や,問題解決力といった力が手に入ったことの方がより評価されています。これは取材対象者,学んだ方々の言葉としては,「いや,本物の実力が身に付くのです」といったコメントとなります。例えば同じ資格を取得していても,「ただ資格に合格しただけの新卒・22歳の学生さんとは違い,私たちは「お客さんのことがよく分かる力」を身につけることができており,それが今の活躍につながっている」そんな形でお話しいただけるのです。
 さらに,学習の過程で身に付く人的なネットワーク,こちらも,学んだ内容そのものではなく,「学びの過程から得たもの」となります。
 2点目,教育機関への評価では,就職・転職や独立のためのバックアップ,あるいは上達,資格合格,受講継続のための学習時のバックアップ,こうしたバックアップ体制が非常に多く挙がってきます。
 具体的にはどういうものかをスライド22で列挙いたしました。
 左上から順番に,学習前の支援,学習中の支援,右の列に行きまして,学習中から学習後,修了後の支援となります。
 まず学習前の支援。これから学んでいこうという一般の方々は,学びの対象になっている専門職とは余り縁がない,知識を持ってらっしゃらないケースが非常に多くございます。そこで,例えば医療業界の学校であれば,医療業界のガイドとか,対面でガイダンス,あなたは医療系であれば,事務がいいのか,それとも技術系がいいのかみたいなところをガイダンスされている。またWeb制作系の学校であれば,Webディレクターというのも,一般の方々は仕事内容を御存じありません。そこで,その方々の目標が,自分のホームページを作ることなのか,ホームページを使って仕事をしたいのか,ホームページを作ることを仕事にしたいのか,そうしたそれぞれの方々の状況に応じてカウンセリングを行い,目指すべき資格を決める,そういった決定支援が行われているわけです。
 次に学習中の支援。受講継続のため,資格合格までの過程をスモールステップ化して,そこに適切なタイミングでアラートを上げていく等のサービスです。これは通信講座でもやっておられる機関がございます。
 スライド右側に移ります。
 「学習と経験の往復」としたところ。例えばインターンシップ。そのスクールを出た方がオーナーをされている整体院でインターンを行ったり,あるいは心理カウンセリングなどでは,最初まずボランティアからという形でボランティアの機会を協会の方で手配し,そこで実際の実地経験を積ませるというような体制があったりします。
 次に,就業の支援。就職活動の支援,あるいはその後の転職時にも長期間転職情報の提供を続ける。また「独立開業の支援,コンサルテーション」では,教室を開きたい,インストラクターになりたいというような方々に向け,集客をしていくためのウェブマーケティングのノウハウの実地指導を行ったり,ネイルのスクールで商材の仕入れルートの紹介等をされていたりといったケースがあります。
 右下の「継続学習機会の提供、人的ネットワークづくりの支援」。こうやって自分の学び経験を評価されている方々は,ほぼ例外なく,今も学び続けていらっしゃいます。これは例えば行政書士のように法・制度が変更するに当たり常に知識をアップデートしていかなければいけない分野だけではなく,例えば先ほどの例のように,アロマセラピストの方が続いて心理カウンセリングのような隣接諸分野を学び続けておられる。そして,そういった学習機会の情報を,所属している検定団体・協会が提供し続けておられる。こういった機関が,その後も学び続けておられる方々から高く評価されているのです。
 スライド23からは,我々が捉えている「学び」の開始,その方々が実際に学び始める段階でどんな課題を持っておられるのか,なぜ学び始めることがなかなかできにくいのかという点についての私の考察です。学び開始の阻害要因は,大きく三つございます。一点目は費用,二点目は時間と疲労,三点目が「学びへの不安」です。
 まず費用について,こちらについてはこれまでも指摘されてきたところと存じますが,特に学習継続時ではなく,学習開始時の費用の手当てが難しくなっている,ということを指摘させてください。先ほどお話しさせていただいたように,仕事目的の学びについて一から学び始めたいと思っていらっしゃる方々は,現職に対する不満がきっかけとなっておられます。収入面において,現職の状況がかなりきついものになっている職場におられるわけです。貯蓄ができない状況の方も少なくありません。その結果,学習開始時の費用の手当てが非常に難しくなっているわけです。雇用保険に加入していて,先ほどお話ありました教育訓練給付金の対象者でいらしたとしても,今は専門実践教育訓練給付金が非常に充実しておりますけれども,やはりこれは,学んだ後に返ってくる費用。学び始めの段階に用意することはできません。また民間スクールの場合,ローンや分割払などが組めないところも非常に多くございます。その結果,学び始めようとしても,最初に払い込む金額を手当てできないという状態になってしまうのです。
 社会人大学院はまた少し状況が異なります。一番関心の高いのは30代から40代の方々ですが,逆に実施率が低くなっている。これは,子育てで費用のかかる時期と重なっているためだと考えられます。
 二点目。同じスライド23,「時間/疲労」のところを御覧ください。勤務時間が長く,学習時間が確保できそうにない状況。土日に何とか学習しようと思っても,勤務の疲労がたまり、疲れて寝てしまうしかない,そんな声もよくうかがいます。また,曜日についての課題もございます。実際に学び始めたいと考える方々の現職は,サービス業や販売業など,土日が忙しい方々がかなり多くいらっしゃいます。火曜日,水曜日であれば学び始められるけれども,土日は難しいというような方も多いのです。
 三点目,スライド24を御覧ください。これはかなり定性的なお話なのですが,先ほどお話ししたような「学びの有効性」に対して実感が持てない,この部分も非常に大きい課題だと考えております。
 例えば過去,就学期間の間,学校での学習での成功体験をこれまでお持ちでない方。あるいは就職後,職場外での研修の機会が非常に少なくなり,かつ,学習したことが業務に反映された経験がない方。他にも,周囲に学び実施者の方が少なく,成功体験を持つ,ロールモデルとなるような方と出会う機会がない方。
 また,過去学習経験,資格取得経験において,それを失敗だと考えておられる方も多くいらっしゃいます。例えば,学校での一斉受験などの内発的な動機付けでない形で資格取得をされた方の場合,その後活用に結びつける機会がなく,既に残念ながら資格証書が「紙きれ」の状態になってしまっておられる方々です。
 スライド26で示しましたように,学びという商材は,そのメリットが学習開始の時点でなかなか想像できない,という難しさがあります。そのため,過去に学びでの成功体験をお持ちではないこうした方々の場合,どうせ学んでも無駄なのではないかと,学び始めの段階での心理的な困難を抱えておられるのです。
 私が強く感じておりますのは,特に20~30代の,学びが効果的だと思われる方ほど,学びへのハードルが高くなってしまっているということです。
 こうした状況を打開し,「学び直し」を振興していくためには,どのような目的・方向性を持った施策が有効なのか。最後に,この点についての私の考えをお話しさせていただきます。スライド28がその概要でございます。
 まず一点目は,学び始める人を増やしていくための施策です。先ほどお話しさせていただいた,学び始める人,再チャレンジする人の持っていらっしゃる学び始めのハードル,資金的なハードル,時間的なハードル,心理的なハードルというところを下げていくための施策です。二点目は,いったん学び始めた人を,学習修了後に無駄だと思わせないようにし,その先ずっと学び続ける人になってもらうための施策です。これは学びをいかに有効に作用させるかというところでございます。学び始めた人の学習を成功させて,その後も学び続ける人になってもらうための学習の環境を整えるための施策です。三点目は,学び続ける人の支援。私が特に課題を感じておりますのが大学院に関するところですので,大学院に関してお話ししたいと思っております。
 まず一点目。スライド29になります。学び直しの振興のため,学び始める人を増やしていくための施策です。第一に,開始時の資金手当てができにくい点について。例えばその方の収入の状況にリンクさせて,学びたい案件の金額,学費に応じた学習支援金のようなものを設置することはできないでしょうか。お金のない人こそ専門性を身に付けやすくする,そんな状況が実現できないかという提案でございます。
 第二に,時間的なハードルについて。これには育児休暇のような制度を想定しております。長年考えていたことなのですが,学習休暇みたいなものができたらいいのではと。例えば所属企業に対して,正規・非正規問わず,社員のである学習者に対して早退やシフト勘案を必ず認めるというような制度の設置について,世の中でコンセンサスができればよいのではと思います。そのために,学習支援をしている企業への補助,あるいは阻害企業の発生防止みたいな施策はとれないものでしょうか。
 第三の動機付けの不足について。これまで,学んでもどうせ無駄ではないかと思っていらっしゃるような,それこそ学習性無力感のような形でそうした思いが染み付いていらっしゃるような方々に対して,対面で,特に現役世代に対する学習コーディネートを行うことはできないでしょうか。例えば求職支援の場面で活躍されておられるキャリアコンサルタントの方々に,仕事の面だけではなく,学びの面についても詳しくなってもらう。あるいは,そもそも学ぶ動機を推進できる専門職が創設できないかと考えている次第です。
 次に二点目,学んだ後の失敗を防いで,学び続ける人を増やすという部分でございます。スライド30です。この点については,学びを,どう活用につなげやすくするかが重要です。学びの内容については,今後非常に経済的な環境変化も入ってくる状況で,正確にこれが将来的に役に立つと示すことは困難です。永遠に役に立つのかというのを指定するのは不可能です。一方で学び方については,修了後に活用につながりやすい学び方は想定が可能です。例えば実習・実技やアクティブラーニング,勉強会のコーディネート,専門性を生かしやすい教育方法,環境やバックアップ体制,こうしたポイントを持つ講座を対象とし,支援を行うのです。また,地方在住の方,あるいは土日が休みではない方々も学びやすいように,スクーリングやバックアップが充実した通信講座、通信制大学も対象になればよいでしょう。
 こちらについては,このほど始まった大学・大学院の職業実践力育成プログラム(ブラッシュアッププログラム)、これは基本的に内容についてではなく,社会人の学びやすさを中心に選定をされておられたので,同じような形のことができないかと考えた次第でございます。
 また,一点目でお話しした学び始めを支援する専門職の方々が,学習後,仕事に生かしていくためのコンサルテーションが実施できるような場を創設できればと考えます。
 三点目。学習を継続するための金銭的なハードルの低減について。スライド31です。特に,受講料が余りに高額になってしまい,なかなか30代,40代の活用が進まない,専門職大学院や大学院というところ。これは先ほどの資料にも国際的な比較の御提示がありました30代以上の大学院進学率が高い国々,これらはほぼ,大学院の授業料の無償化が進んでいる国々です。むしろ,日本のように大学院の学費をほぼ全額自費で払わなければいけない国で,よくもここまでたくさんの社会人の方々が自費で学んでいらっしゃるものだというのが私自身の実感です。そこで,特に,これは世の中的に価値が創造できる分野だという大学院については,その学費を無償化,あるいは給付型奨学金などの形で公的に負担するような制度ができればいいと考える次第です。
 最後に,一点目・二点目の施策案の中でお話ししました「学習コーディネートの専門職」について,そのイメージをまとめたものがスライド32です。
 これは,「生涯学習コーディネーター」という社会通信教育協会の方で設置されている資格がございますが,こちらと,厚生労働省の方で進められておる「キャリアコンサルタント」を重なり合わせたようなイメージでございます。
 配置すべき場所としては,初めて学びを考える方々と出会う場というところで,今の学びの現場よりも,仕事相談の現場の方がよいのではと思っております。ハローワークや,各種キャリアセンターなどの就職・転職支援の場所です。それに加えて,民間の転職相談や派遣登録といった場所においても,学び直しが効果的な役割を果たすような方がおいでになった場合,御案内をしていくことができるのではなかろうかと思います。
 果たすべき役割としては,学習開始までの間は,学びへの動機付け,学習すべき内容のガイダンス。学習中から学習後では,学習した内容を実地で経験できる場といかにマッチングしていくかというところ。学習修了後の就業や独立開業,更に継続的な学習を支援していく。
 求められる専門性,これは正に「生涯学習コーディネーター」と「キャリアコンサルタント」を足し合わせたところになります。まず知識面では,学習への動機付けに対する理論とか学習内容,職業資格,専門スキルに関する知識です。私が多くのキャリアコンサルタントの方々とお話をしていて感じるのが,企業就職についての知識は豊富にお持ちでも,例えば「セラピストとして開業したい」あるいは「英会話教室をやりたい」というような,企業就職ではなく専門職を目指す方々に対する情報提供というのはなかなか難しい。そこで,そういった職業も含めて幅広い分野の知識を持つ方が求められます。
 スキルの面では,もともとお持ちの成長意欲を引き出すようなカウンセリングスキル,引き出された学習意欲を確かなものとするようなコーチングスキル,そして,学習後実地経験を積むことのできる場とマッチングすることができるようなコーディネーションスキル,その先へのコンサルテーションのスキルというところが必要と思われます。
 スライド30の中段,カウンセリング,コーチングといった部分を記述させていただいておりますが,こうしたところは現在の「生涯学習コーディネーター」では余り学習内容となっていない部分ですので,そういったところを実地で研修する機会があればいいと思います。あるいは,キャリアコンサルタント側からであれば,現在,生涯学習コーディネーターの中の学習内容に入っていますような,学習についての理論であったり,知識だったりというところを学ぶ機会があれば,初めての方々を学びの世界へといざなって,確実にその後学び続ける方々に育てていくことができるのではないかと考えます。
 こちらで私からの発表を終えさせていただきます。御清聴ありがとうございました。

【明石部会長】
 乾編集長,ありがとうございました。非常に大事なデータと,それに基づいた御提案があったかと思います。
 これから質疑に入りたいと思います。各委員の方々からお願いします。

【菊川部会長代理】
 2点質問です。1点目は,若い方の学習意欲がこんなにあるということに少し驚きました。いろいろなデータでは30代,40代あるいは60代等の学習活動が盛んですので,若い方がこんなに学習意欲があるというのにびっくりいたしました。それで,これはサンプル数も多いですが,サンプルのセレクトとしてそれはもう公正にやってある,特に傾向が出るようなサンプルの取り方はしていないということの確認が1点です。
 それから,学び直しの場合の有効な受皿の機関というのは,もちろん内容にもよると思いますが,例えば大学や専門学校,民間の機関などいろいろあるかと思いますが,乾編集長から見られて,職業系の学び直しの有効な受皿機関に一定の特徴があるのかどうかという,2点質問です。

【乾編集長】
 最初の,データについての御質問ですが,こちらはもともと,ありていにいうと商売をするためにとったデータです。間違っていたらビジネスが成り立たないというところがありますので,そこは状況を正しく捕まえられるよう設定しております。ただし,1点あるとすると,インターネットを利用した調査になっておりますので,少なくともネットユーザーあるいはスマートフォンユーザーだというバイアスは掛かっております。ただ,それによって学習意欲が変わるかというのでいうと,それは無関係でしょう。これが例えばパソコンのみであれば少しバイアスが大きすぎるかと思いますが,スマートフォンが入っているので,恐らくは大丈夫だろうと思います。
 また,世代ごとの学習意欲についてですが,例えば,今の30代以下の方々で大学院を検討される方が多いけれども,大学を検討される方というのは昔ほど,あるいは50代以上の方々ほど多くはありません。それは圧倒的に大学進学率の違いによるものです。30代以下の方であれば,いったん大学に自分も進まれていて,その後,やはり教職に就きたかったので教職関連の大学にとか,あるいは福祉の資格が欲しいので福祉関連の大学にという学びの仕方をされる。50代以上の方々であれば,学位が欲しい,そういう部分は若年層では少なくなるのは当然のことだと感じます。
 もう一つの御質問の,何が有効な教育機関なのかというところですけれども,大学なのか,大学院なのか,専門学校なのか,あるいは民間スクール・資格スクールなのか,カルチャーセンターなのか,そうした校種の違いということで有効性が変わるのかというところは,正直余り感じておりません。どんな校種であったとしても,共同的な学びや実践的な学びができる場所であればいいということです。
 言葉を選ぶのが難しいですが,正直,講義をそのまま聴くだけであれば,ほぼほぼ動画サイトで,無料で見られてしまう。ではなくて,社会人の方は特にですが,実際に身銭を切って,例えば同じ場を共有しながら先生と同時に実習をするような経験,あるいは,自分で作った学び合いのネットワークを,これはビジネス系の資格などがそうですが,資格に合格した後に実務に仕事に生かしていく。自分の苦手分野はあの人に聞いてみよう,そんなネットワークが形成できる。そういう場が成立している教育機関であれば校種は何であってもいいですし,それが成立していないところであれば,どんな教育機関でも,この先余り有効性はないのではないでしょうか。
 一方で知識をアップデートする,学び続けるというところでは,いかに身軽に手軽に最新のものが学べるのというところが重要になってきます。それについても,教育機関の求められる性質というのは変わってくるのと考えております。

【菊川部会長代理】
 ありがとうございました。

【明石部会長】
 ほかにいかがでしょうか。
 今野委員,どうぞ。

【今野委員】
 きょうはありがとうございました。非常にシステマチックに分析されて,学び直しの初めのところ,継続させるところ,様々に段階的に分析されて,そして,経済的な問題,仕事の問題,意欲の問題と分けられて対応策を講じられていて,非常に参考になる話でした。
 お話の中で,欧米の場合には大学・大学院の入学者が非常に多い,日本は少ないということでした。リカレント教育やリフレッシュ教育といっていたときからもう20年ぐらいたちますが,文部科学省もいろいろやっていてもなかなか実績が上がらない。なかなかもう大学等での学び直しは無理なのかとも思っていました。お話の中で,海外に比べて日本は少ないけれども,むしろこれだけ大変な状況の中でも大学等に来ているのがすごいということがありました。欧米の場合には授業料がほぼ無償だからだというお話がありましたけれども,決定的にはやはり経済的な支援の役割が大きいとお考えでしょうか。

【乾編集長】
 ビジネススクールや社会科学などの実務系の分野などは特に,やはり金銭的な部分が非常に大きいと思っております。30代・40代の,業務と学習と往還しながら一番有効に大学院の学習を使っていくことができる方々,その方々の場合,「自分が大学院に進学するか,子供の大学進学を諦めさせるか」,そういう状態です。何か方法はないかと相談され,科目等履修というやり方もあるなどとアドバイスしています。また,私自身もその1人ですが,大学が実施している研究発表会などに出入りされている社会人の方も増えてきています。そういう意味では,金銭的なハードルが高くなければ,何らか,今とは全く違う世界が見えてくるのではないかと感じている次第です。

【明石部会長】
 では,清國委員,それから,清原委員。

【清國委員】
 大変参考になりました。私も大学にいながら,余り接する対象者ではない方々の特徴がよく分かりました。ありがとうございました。
 3点簡潔に申し上げます。質問というよりは,これは私の理解が間違っているか間違っていないかという確認です。学び直しと目的と相談機能の3点です。
 最初の学び直しというところです。お話を伺うと,これはやり直しという感じがいたしました。とりわけビジネスといいますか労働市場に入るわけですので,若い人が多いというのは,教育を投資と考えていて、その先にはリスクも同時に考えているのだろうと思います。つまり、投資に対するリターンがあるのか。若い人の方が投資に対して長期にわたってリターンが得られやすいので,相対的に若い人の方が学び直しの意欲が高いというように読み取れました。一方で,ダブルスクールというのはどう位置付けられているのかと疑問に思いました。大学生が公務員試験や教員試験対策講座といったものを専門学校で学んでいたりするわけですが,それはやり直しにはなじまないから学び直しには入っていないだろうと理解しております。それが1点です。
 二つ目は,学習の志向性や目的についてです。通常、学習を行うに当たって,知識志向,資格志向や活動志向などに分かれると思います。中でも活動志向のところが非常に気になりました。御高齢の方というのは学ぶ意欲も高いですが,もう一つの大きな理由に活動志向,つまり,仲間を得て活動を広げようという志向がございます。一方でビジネスをしている方は,先ほど最後の方におっしゃったネットワーク型志向といいますか,そこに何がしかのビジネスチャンスがあるだろうというような見込みから仲間を見つける。活動を一緒にするというよりも,何か利益が発生することを想定しているという理解でいいのだろうか,と考えております。
 三つ目は,相談機能です。生涯学習の分野でも,情報提供,相談機能を重視していますが,ビジネスの世界はチュータリングといいますか,指し示す方向がかなり明確で分かりやすい。生涯学習の広い分野では,先ほどの活動志向とも関連しますが,どういう助言をすればよいか,なかなか相談に乗る側も明確に伝えるのが難しいわけです。しかし,ビジネスの世界,労働市場だと割と助言の方向性がわかりやすいということを感じました。
 その3点について,質問というよりは,私の理解がひょっとして間違っていたら,その部分を御指摘いただければ有り難いです。以上です。

【乾編集長】
 ありがとうございます。一つ一つお答えしたいと思います。
 まず一つ目の,やり直し,キャリアチェンジの意欲を持つ方の若さについて。こちら,若年の方が多いというのは,もちろんその先のリターンの期間が多いというのもありますが,それよりも,現職への不満の強さの方が原動力になっている部分が強いと思います。
 正直実感値のみになってしまいますが。それぐらい,ひどい職場環境に置かれていて,とにかく今この場から脱出したいという強い不満を持つ20代の方々は,多いのではないでしょうか。そういうとらえ方ですので,ダブルスクールというのは全く,学び直しに含めて考えておりません。学生の方々が恵まれた環境でやる試験勉強,という認識です。
 二つ目,先ほどビジネスパーソンと高齢者の方々の仲間獲得の意欲の違いについてですが,私自身は余り本質的な違いだとは思っていません。余り損得を考えてのことではなく,同じようなビジネス上の課題意識を持つ仲間と感じておられるケースの方が多いと感じます。ただ,それが例えば会計の分野などであれば,国際会計に関する問題意識を共通して持っておられる仲間ということになり,それなら非常にマネタイズしやすい,そうした違いはあるとは思いますが。
 三つ目,相談機能について。確かに,仕事面での支援としては,マッチングという機能は大きくありますが,そもそも自分が学びたいもの,あるいは自分の仕事,職場を探すことこそが,一番の自分の仕事であるというか,自分で探してもらうものだと思います。こちらから提示したものを「これを勧められたから」と学んでおられても,なかなか納得度は上がりません。御自分で見つけてこられたものを,一緒に確かめていくというような形の支援が一番適切でしょう。そうすると恐らく,今,生涯学習の現場でやっておられるコーディネーターの方々のお仕事とは,余り大きく変わらないと思います。

【清國委員】
 どうもありがとうございます。

【明石部会長】
 では,清原委員。

【清原委員】
 ありがとうございます。本当に段階的に整理して御説明を頂きましたので,学び直しの開始,それから,継続,継続者の進化ということについて明快に御説明を頂き,大分理解が深まりました。ありがとうございます。
 3点簡潔に質問させていただきます。1点目は,5ページに整理していただいたところで,「学びたいという意欲は女性の方が高く,また男女ともに若年であるほど高い」ということについてです。女性が現代社会においてもやはり家事,育児,介護等の理由によって職業継続が若い層でも難しいというようなことがあって,どうしても一旦退職されて家庭に入るというM字型曲線は引き続き残っているかと思います。そういう意味で,女性の皆さんの方がどうしても一旦退職して再就職,あるいはより家事・育児と両立しやすい職業に転職したいという意欲が高いなど,何かそのような男女の違いということについてこれまでの調査等で、この理由について知見をお持ちであれば,更に深く教えていただきたいと思ったことが1点です。
 2点目に,これは17ページでございますけれども,社会人が利用する学びの手段としてはスクール・教室が多くて,実は大学・大学院は極めて低い。もちろん経済的な条件があるということかもしれませんが,そうはいっても,大学・大学院も更に社会人の皆様に開いていこうという取組もしてきていると思います。しかし,このような実証的なデータあるいは定性的なデータで、就職・転職目的で学ぶ人の主たるきっかけは「現職に対する不満」が学びの結果になっているというような分析の中から,御提案にありますような、いわゆる経済的な支援,例えば奨学金などにより大学・大学院も利用されるようになるのでしょうか。それとも,何か今の機能としては、教室・スクールに比べて大学・大学院の魅力が足りないのでしょうか。私は元大学教員で大学・大学院は大事だと思っている者の一人なので,こうした皆様のニーズに貢献しようと思っていらっしゃる大学・大学院は多いと思いますが,経済的支援以外で,カリキュラムや期間などで御提案があればと思います。
 最後に,今回の御提案の最後のところに,学び直し振興に向けての学習コーディネーターの専門職像を示していただきました。それで,配置すべき場を多様に提案してくださっています。ハローワークであったり,キャリアセンターであったり,転職相談や民間スクールなどです。ここに,例えば地域の生涯学習センターや公民館,あるいは市役所なども相談の場として入ることもあり得るでしょうか。どうしても,キャリアコンサルタントもされているということなので職業に近いところが相談の配置場所としてイメージされたと思いますが,生涯学習の拠点として機能しているようなところに学習コーディネーターがいることの意義や可能性について,御所見がありましたら教えていただければと思います。以上です。よろしくお願いします。

【乾編集長】
 ありがとうございます。まず1点目の女性の再就職に向けてのところですが,弊社で発行しておりました「ケイコとマナブ」は主に女性をターゲットとした情報誌で,結婚・出産後も仕事を辞めないでいられるためにどんなキャリアがあるか,という点については何度も特集を組んでおりました。読者のコメントにせよ,実態調査の結果でも,学びの理由として,「将来に備えて」という理由はとても多くあげられていたためです。将来のライフスタイルでどのような変化があるかわからない,あるいはずっと働き続けることになるかもしれない,そういうことに備えられるよう資格やスキルを身につけよう,という志向です。あるいは,具体的な資格・スキルの形ではなく,現時点では趣味だけれども,将来的にあわよくば仕事になるかもしれない,そういうものを学ぼうという方も多くおいででした。例えば,自分で手作りしたものがネットショップで売れるようになるかもしれない,そういう形をイメージされている。データ的としても,このようなアンケート結果や調査は幾つもございます。
 2点目,大学・大学院についてですけれども,社会人が仕事のために学ぼうというときに,現在の4年制の大学というところでイメージすると,オーバースペックな部分が大きいのではないかとは思います。その点については,今,大学が行っている職業実践力育成プログラム(ブラッシュアッププログラム),履修証明プログラム,科目等履修などの取り組み,放送大学でも幾つか科目等履修のパッケージを組まれていたと思いますが,かなり有効なアプローチなのではないかと思います。確かにスクールと比較した際,講座の種類も学ぶ人の数も量的には少ないものですが,それだけ可能性の余地というのは非常に大きく,また履修証明プログラムや科目等履修で実施されているテーマも非常に注目度も高い分野ですので,この先,社会人の方の学びの対象としては非常に注目されるのではないかと考えております。
 3点目ですが,こちらの部会は生涯学習分科会の下にございましたので,生涯学習センターの利・活用はほぼ無条件に前提にしていました。ただ,私のこの御提案は,今学んでおられない方を学びに引き込むことを目的としております。そのために,いわば「出店を出す」というか,外に攻めに行くためにどのような場が利用できるか,ということを主眼にしておりましたので,こういう書き方をしております。当然,生涯学習センターや放送大学の各県にある学習支援センターのような場所は一大拠点となると感じております。

【山野委員】
 本当にすばらしいお話ありがとうございました。私は社会福祉の立場の人間です。そういう意味でお聞きしていて,今最後におっしゃった攻めに行くというところも,それから,成功体験を持っておられない方をすごくフォローしておられて,28ページの段階的なフォローも,ソーシャルワークのプロセスとスキルに非常に似ていて,感心させていただきました。
 それで,1点質問は,きのうも子供の貧困対策会議でしたが,母子家庭や,先ほどの御説明あったいろいろな経済的に苦しく,しかもモチベーションもなくて,成功体験がないような御家庭に対する教育訓練みたいな形での何か支援のお考え,若しくはこれから,コラボレーションの可能性などの御意見があれば,教えていただけたらと思います。

【乾編集長】
 まず,経済的に苦戦されてらっしゃる方にとってという観点ですが,これはキャリアカウンセラーとしての相談などで出会うケースにはよくあります,このような場合にはでも,まずは生活の安定をしていただかないといけない。その上でないと,なかなか学びというところには向かえないのが正直なところだと思っています。それ以上のアイデアは,今のところ私にはありません。先にまずは何とか,社会福祉のところを御案内するので,そこで一緒に生活を安定させた上で考えましょうということです。
 ただ,もし可能性があるとすれば,御自分の困窮というのは,先々を考えたとき,将来一番の学びのポイントとして役に立たせることができる御経験ではないかと思います。これはどういうことかといいますと,例えば今,60代で介護を学んでらっしゃる方,相続を学んでらっしゃる方,マンション管理を学ばれている方々の場合,御自分の介護で苦戦されたこと,相続,あるいは自治会長としての御苦労,そうした御経験が学びのきっかけ,自分の学びの原動力になっておられる。また,先ほど資料で御紹介したアロマセラピーサロンのオーナーの方。この方の場合,御自分が販売職から店長になって精神的に苦戦された御経験を,現在,サロンのお客さまとしてたくさんの販売職の方々の心のケアをされるのにとても役立てておられる。学ぶことで,苦労された経験が原動力になり,また世の中に役立つものになる,そうしたケースには数多く出会ってまいりました。
 学習支援のコーディネーターが今後活動していくことで,ことによると,いま経済的に困窮されている方々についても,何とかそういう方向,「あのとき困窮していたからこそ今がある」と将来的にとらえることができるような価値の転換,経験の意味付けの転換みたいなことを起こせるとすればすばらしい,お話をお聞きしてそう感じました。

【明石部会長】
 乾編集長,どうもありがとうございました。
 では続きまして,上智大学の奈須教授,お願いいたします。奈須教授は,初等中等教育分科会や教育課程部会などの委員をお務めいただきまして,今般の学習指導要領の見直しに向けた検討の中での中心的な役割を果たしてくださっております。

【奈須教授】
 よろしくお願いいたします。
 私からは,第1回で立田先生の方からコンピテンシーといったようなお話があったと思いますけれども,そういった国際的な状況を今の日本の国内の学校教育改革でどのように展開しているかということ,またそれに対しての関連したお話を申し上げたいと思います。
 現在,学習指導要領の改訂作業が進行中でございます。今回の特徴としては,諮問を受けた後,通常ですと,教科別の部会を立ち上げてすぐに教科内容の議論に入りますが,平成27年1月に,教育課程企画特別部会を設置して,そこで半年以上にわたって,教育課程の在り方,そもそも学校とはどんなことをするところかというところを徹底的にゼロベースで議論するということをやってきました。これがとても大事なところで,学校の授業の教育課程の質が今回随分大きく変わるということが見えてきています。これがきっと生涯学習とも大きな関連があると思っています。
 このような組織で今,検討しています。教育課程企画特別部会が教科の部会よりも上にあるというところが大事かと思います。
 議論の前提としてどのような認識があるかということですけれども,21世紀が知的基盤社会であると,これはもう前回から持ち越されているものですけれども,それを共有し,更にグローバル化,情報化が加速度的に進展する中で,主体的に判断できる,多様な人々と協働できる,そして,新たな問題の発見やその解決ができるというところを大事にしていこうということでスタートしました。
 社会に開かれた教育課程というのが今回の学習指導要領改訂の一番冒頭に来る部分です。これまでも社会に開かれてなかったわけではありませんが,まだまだ弱かっただろうということです。3番目のところは,これまででいう学社連携,学社融合ということだと思いますけれども,1番目と2番目は,社会や世界の状況を幅広く視野に入れて,よりよい学校づくりをすることがよりよい社会づくりになるという考え方です。それから,2番目のところにありますけれども,そのためにも学力論を変える。資質・能力,これは前回立田教授の御発表にあったコンピテンシーにつながるものですけれども,こういったものを学力論として置いて,教育課程において明確化していこうという動きが出てございます。
 学力論ということを少しお話しますと,学力論には二つの大きな系譜があると昔から教育学の中で言われてございます。一つは,内容中心というもので,国語,算数,理科,社会という個別の領域に分かれた,その中の一つ一つの知識を子供に教えていく,そして,それが身に付いたかを確認して,それをもって学力とするとう考え方です。教えたことが個別的な知識として総量でどの程度子供の中に身に付いているか,それが学力だと考える。つまり,教育を実践し評価する際の一貫した問いは,「何を知っているか」だということであります。内容を英語でコンテンツと呼びますので,コンテンツ・ベイスなどと称したりしますけれども,これが伝統的な,学校を支配してきた学力論です。
 それに対してもう一つの学力論の立場として,知っている知識は使うためにあるわけで,知識を持っていただけでは駄目だろうという立場があります。知識をどうやって使うかの思考力,判断力,表現力,あるいは意欲もとても大事だろうと考える。あるいは,現実社会の問題解決場面というのは一人でやることが少なくて,多様な他者と協働したり,渡り合ったりしながらやりますので,そこにおける多様な社会スキルも学力だろうと考えます。こういうことを言うと,それは実力じゃないかと言われる方がいますが,では実力じゃない学力を育ててきたのかということが今,学校に問われていると思います。こういった資質・能力という考え方が,先回立田教授からもお話あったと思いますが,コンピテンシーという考え方で,そのコンピテンシーを基盤にする考え方,そこにおいては、教育を巡る基本的な問いが「どのような問題解決を成し遂げられるか」ということに変わってきます。
 こういった考え方自体は,実は古くからあります。教育学の中では18世紀からあったという見方もあります。ルソーの「エミール」という本は実はコンピテンシー・ベイスではないかという考え方もあるわけで,決して新しいものではありません。昭和の時代も「生きて働く学力」,逆に言えば,伝統的な学力は宝の持ち腐れ学力だという批判はございました。このことが大きく認識されてきたのは,前回のPISAのような学力もそうですけれども,やはりテストが大きいです。いろいろいっても,かつてのテスティングは「何を知っているか」しか測れなかった。そのテスティングの技術が大きくここのところ進歩してきたということが大きくございます。今検討中の中で,大学入試も変えるというような話がありますけれども,それも大学入試の質を変えていくということです。そこにはやはり,技術的な背景があるかと思います。
 国内的にも,A問題,B問題,つまり,全国学力・学習状況調査が平成19年から毎年しっ皆で展開されておりますけれども,左側のA問題というのが伝統的な問題です。教わったとおりに答える。これは例えばこの問題ですと,96%の正答率です。とても高いと思います。イギリスやドイツでもこのような数字はまず出ないでしょう。日本の学校教育はとてもうまくいっている,学力低下という議論は何だったのかと思うぐらい,日本の学校の先生はよく頑張っていらっしゃると思いますし,子供たちも地域も頑張っていると思います。
 ところが,B問題を見ていただくと,この中央公園はどう見ても平行四辺形ですが,こうなった途端に一気に18%まで落ちたということです。もちろんこの後,授業が変わっていますから,現在やりますと,これは50%ぐらいまで行くと思います。つまり,この数年間でも日本の授業は大きく変わってきた。教科書も実はこの数年間で大きく変わってございます。ただ,この96%,18%という落差はやはり日本の学力に固有な問題だろうと思います。恐らく、ヨーロッパではこんなにも落ちないだろうと思います。
 つまり,知識の質に問題があったのではないだろうか,知識の量ではなくて知識の質に問題があったのではないかということです。これは心理学などでよく言われることですけれども,知識は持っていても使えるかどうかということは別でありまして,活性化するか,不活性であるか,つまり,使えない,不活性な知識というのは知識の質に問題があるという議論がございます。
 これは車のエンジンブレーキの定義ですが,例えば学校はこのように教えてきました。アクセルペダルのところを括弧に空けて,そこに穴埋めさせるとかいうテストをしてきたわけです。エンジンブレーキを知っているかどうかということが学力であるというやり方をしたと思いますけれども,教習所や自動車学校では絶対こうは教えません。教習所や自動車学校ではこう教えます。もしあなたが急な下り坂や雪道に差し掛かったら,フットブレーキを踏んでは駄目です。タイヤをロックしてスリップしますから。どうするかというと,アクセルペダルから足を離したり,セカンドにチェンジしたりすると,エンジンがタイヤに制動を掛けて安全に走れるから,そうしなさいと。
 つまり,学校以外の場所では知識というのは常に,どういう場合にどんな理由で使えるか,あるいはどういう場合にはどんな理由で使えないかということとセットで教えられる。学校は,この部分がとても弱かったということではなかったかと思います。それは何を知っているかという学力論であり,そういうテスティングをやってきたからだろうと。それでは世の中に出て,学校で学んだことが生きて働かない。だから,大学に入った途端に,もう勉強は終わったという状態が今も続いているのかと思います。これは大きく改革されるべき必要がある。
 もう一つ大きな問題は,学力というのは,ただ認知的なものだけではない,非認知的な,情意的な、あるいは対人関係的なものがあるだろうということです。こういったものも1970年代からいろいろな研究がございます。マシュマロ・テストというのは,ウォルター・ミシェルというスタンフォード大学の心理学者が幼稚園児を対象に行った研究で,186人の幼稚園児に,大好きなお菓子,マシュマロでもチョコレートでもいいですが,あげると言います。今すぐなら1個,少し向こうに行って帰ってくるけど,その間待てたらこれが2個になるからと言います。どのくらいの自制心,セルフコントロールができるか,ということですが,アメリカの子供は3分の1がマシュマロを2個手に入れることができました。恐らく,日本だと3分の2の子供は手に入れることができるだろうと思いますが,アメリカではそのような結果だったということです。なかなかセルフコントロールというのは難しいということです。これは私たち大人でもそうで,お酒を飲んでいると,もう1杯飲むと二日酔いになると分かっていても,おいしいお酒だともう1杯飲んでしまって翌朝後悔する,ダイエットというのもなかなかできない。何もしなければダイエットできますが,わざわざ回り道をして新しいケーキ屋で一つケーキを買って帰るからいけない。なかなか大人でも難しい。これもまた学力と言えるのではないかということです。
 面白いのは,22歳になったときに追跡調査がございまして,22歳の時点で4歳児のときの自制心を維持しているということでした。例えば先ほどのウェートのコントロールや,アメリカだと薬物使用などのデータとも対応していたということです。それから,やはり大事なのは,4歳時点でマシュマロを待てたかどうかが大学進学適性検査(SAT)のスコアを予測したという点です。100点以上の違いがあったという報告がございます。これを驚かれる方がいますが,よく考えれば,やるべきことをきちんとやれる子と,やるべきことだけれどもついやめてしまう子の間で,十何年経験の差が累積すれば,そのくらいの差は出て当たり前で,それを今まで見逃してきたのではないかということです。
 こういったものを非認知,ノンコグニティブな能力といいますけれども,それが重要であるということです。しかも幼児教育の質が徹底的に重要であるということが言われています。今いろいろな地方公共団体で幼児教育をどうするか,ということも大きな問題だと思いますけれども,教育経済学の領域では,投資効果が最大になるのは幼児教育だと言われていて,世界でも主要なターゲットがそこになりつつある。幼児教育では,学力という言い方は余りしませんけれども、あえて言えば、非認知的能力の育成が中心ではないかと思います。
 今のような,1970年代前後からの研究の蓄積,人間の学び,そして,人間の知識の在り方ということに関する研究の累積があって,今回もこのような図式になっています。スライド10の左下ですが,「何を理解しているか,何ができるか」。もちろん問題解決といっても知識は必要です。やはり質の高い十分な知識は必要です。ちなみに,当初の文部科学省の議論では,「何を知っているか,何ができるか」でしたが,ただ知っているのではなくて,意味として理解していることが大事だということで,今は「何を理解しているか」という表現に変わっています。
 さらに,右下ですが,それを使うための学力として,思考力,判断力,表現力ももちろん大事だということ。さらにその上のところで,学びに向かう力,人間性という言い方を今回の議論ではしていますけれども,どのように社会,世界とかかわり,よりよい人生を送るか,ここがノンコグニティブな部分だということかと思っています。三つの柱と言っていますが,この三つの柱で学校教育においても資質・能力を育成していこうということです。これは先回立田教授のお話にあった,PISAの学力論とも近いかと思います。
 先ほどの図式ですが,これまでは何を知っているか,でもテストがA問題のようなものだったので,不活性な知識でも正解に至れてしまった。しかし,それは社会の中に生きて,現実の問題解決,人生を支えていくには弱いのではないか。活性化された知識や思考力にしていくこと,さらに非認知的能力を学力に入れていくことが学校教育の改革の中で進められていることです。
 先ほどの教育課程企画特別部会が昨年8月に論点整理を出して,そこで基本的な学校教育の方針,改革の方針を打ち出しましたが,その中にも,学力論についてこのような記述がございます。解き方があらかじめ定まった問題を効率的に解けるだけでは不十分であると。もちろん解けることは大事ですが,それで終わってはいけない。あるいは,蓄積された知識,つまり,私たちが学校で教える知識は,まだそれは礎にすぎない。それを足場にして,膨大な情報の中から何が重要かを判断し,問いを立てていく。さらに,他者と協働しながら新たな価値,いわゆるイノベーション,そういうことをやっていける資質・能力を目指す。正解ではなくて最適解を目指すという考え方かと思います。
 あるいは,個々の事実に関する知識だけではなく,それを関連付けたり組み合わせたりして,様々な場面で活用できる体系的な概念にまで高めていくことの大切さ,あるいは,非認知的能力を入れる。先ほどの,どのように社会,世界と関わり,よりよい人生を送るかということまで学校は見据えていくのだということです。これは良い形で生涯学習につながっていくと思います。
 こういったこと自体は,心理学を中心とした知識や学習の研究としては,1970年代ぐらいにもうかなり深まっていて決着は付いていました。ですから,OECD PISAの動きなど,いろいろな国際的な動きというのは,80年代の後半から動き始めて,2000年代に本格化してくるということだと思います。それでもやはり少しギャップ,時代的なギャップがある,あるいは日本で見ればもう少し遅れてくるということかもしれませんが,それは子供については,つまり,学習ということはそうだと分かっていたとしても,まだ社会がそれを受け入れて,とても切実であるという認識が生じるまでには至ってなかったということだろうと思います。
 しかし,産業社会から知識基盤社会への社会構造の移行に伴って,新たな学力論で学校も動いていくべきだということが強くなってきた。もうこれは御案内のとおりですが,産業界が求める人材が定型から非定型に移行した。終身雇用・年功序列賃金体系の崩壊が,世界的には80年代,日本は90年代に起き,自分の生き方ということが定められなくなったということです。それを模索する必要があった。あるいは,答えのないグローバルな課題がいろいろ出現してきた。いわゆるESDの展開や,政治や宗教に関する問題も,多分今後はもっと積極的に,きちんと扱っていかなければいけない。
 もちろん教育基本法では,政治教育,宗教教育は禁じられていますけれども,そうではなくて,そういうリテラシー,ポリティカルリテラシーという言い方だと思います。教育基本法上は「政治的教養」という書き方をされていますけれども,あれはポリティカルリテラシーだと欧米的には考えればいいと思いますけれども,それはもっと積極的に教育していく。18歳選挙権の問題もありますし,民法改正も控えているかと思いますけれども,そうなったときに学校教育はそこまで見据える責任を持つということかと思います。
 思考・判断,発想・構想,他者との協働,自己調整の能力が全ての人に求められます。産業社会の時代にもそういうことは求められていましたが,一部の人でよかったわけです。松下幸之助や本田宗一郎が頑張ってやって,あとの96%は訳分からず付いていくというのが産業社会,高度経済社会だったと思いますが,もうそんな時代ではないということだろうと思います。
 今回いきなり教科の議論をしなかったということをこのように説明しています。「指導すべき個別の内容の検討に入る前に,まずは学習する子供の視点に立ち」,この文言が今回出たことはとても大事だし,重大だと思っています。子供にとって,学んだことはどのように一生涯を支えていくのかということを学校教育は本気で見据え直そうということが,今回あるということです。そのためには,何ができるようになるのかという資質・能力を考える必要がある。それが見えてきたところで,何を教えるのかというコンテンツを,さらに,どのように学ぶのかも考える。先ほどの学びの質という観点からは,教育方法も変えていかなければいけません。最近出てきているアクティブラーニングというのはこういったことと絡んでいますが,どのような学び方をすることによって学びの質を変えていけるか,それを具体的な子供の姿で考えようというのが今の議論の柱になってございます。
 資質・能力という、より高次な目的に向けて,内容を通して資質・能力を育成する。もちろん内容自身にも意味はありますが,内容を通して資質・能力を育成するということが今回大きいかと思います。そして,教育方法も刷新していく。つまり,授業の形も変える。コンテンツかコンピテンシーかというのは,歴史的には対立図式であれかこれかのような,つまり,知識なのか思考力なのかという言い方をされた節がございます。ゆとり教育と言われたものの中にも,ひょっとしたらコンテンツはもう要らない,これからは思考力だという大きな誤解も一部にはあった。それがなかなかうまくいかなかった原因かもしれませんけれども,今回はそれを乗り越えていこう,そういった対立図式を乗り越えていくということが大事なことかと思います。
 今,こんな図式でよく説明をしています。先ほどの三つの柱があって,それを実現するために何を学ぶのかというコンテンツを整理する。そして,どのように学ぶのかという方法の改革をしていく。先般,馳大臣の方で,学習内容の削減を行わないという説明もございました。やはり資質・能力や方法を変えるということで内容を削減していくということは,今回は絶対しないということです。
 そんなことをやっていくとなると,またいろいろなことも大事になってきて,一つは教科を越えた視点を持つということかと思います。学校教育はこれまで教科ごとに枠を作って,その中で何をしているかということを基盤にやってきましたけれども,現実に子供たちが知識を使って生きていくときには,教科ごとに分かれているわけではないので,教科を越境するという視点を今後,学校教育は持たなければいけない。それをカリキュラムマネジメントということで推し進めようという動きがございます。
 でも,それは何も教科の本質,教科ごとの独自な価値をないがしろにするということではございません。むしろ教科の本質,それはその教科ならではの見方,考え方ということで今言ってございますけれども,教科等の本質に立ち返っていくことによって,その知識がむしろ十全に生かされるということです。なぜかというと,教科の背後にある学問,科学,芸術というのは,もともと人間がより良い社会を作るとか,より良く生きるために生まれてきた知識の集成なわけで,逆に言えば,人間がよりよく生きるための知識の集成であるはずの教科を学ぶことによってよりよく生きられていないという現状がおかしい。そこを問い直していく。そのためにも,教科ということをもう一度,一体何なのかということを問い直していくという動きと,教科の枠にとらわれず,教科横断的に考えていくという二つの動きを同時並行的に進めていこうというのが今回大事なことかと思っています。
 また,それとの関係で,授業づくりも変えていく。アクティブラーニング,主体的で対話的で深い学び,ということがございます。アクティブラーニングということ自体は,一つの固定化した実践の枠組みや方法を指すものではありません。むしろ多様なものが今後出てくることを期待し,不断に改革していくことが大事だと言っています。
 一つのイメージということで,1980年代からアメリカなどでやられてきたものに,「オーセンティックな」というものがあります。オーセンティックというのは本物という意味です。つまり,現実の社会でやられているような実践に近づけて授業をデザインしようということです。逆に言えば,すごくうそくさい授業を学校でやってきた。鶴亀算なんていうのもそうです。鶴と亀の足が区別できないはずがない。やっぱりとてもうそくさい状況をやってきた。4分の5リットルのペンキで3分の2平方メートルを塗ったりした。やはりうそくさい,もっと本物をやろうということです。これはアメリカでよく出る例ですけれども,60人乗りのバスがあります。140人運ぶには何台のバスが必要ですかという問題です。子供が2と3分の1台と答える。うそくさい授業をするから,子供はそのように答える。そこを変えていく。学習観を変えていくということが大事かと思います。
 先ほどのB問題も,随分変わってきました。とても本物っぽい,実際に図書館の貸出冊数とインターネット貸出の割合ということが出たりしている,あるいはもっとすごいと思うのは,問題文の中に公式が示されている時代になっている。これは文部科学省が作っている問題ですから,随分変わってきたと思っています。つまり,何かを知っていることではなくて,それを使えることが大事だというようになってきています。
 スライド23ですが,かずやさんは丁寧に計算していますが,たまきさんはきちんと計算しないで結論を出している。つまり,計算するまでもないということです。算数は計算することだと思っている子供が少なくないですけれど,そうではない。数理的な判断をするということが大事で,教科の本質を大切にする。そして,それこそがむしろ社会に生きて働く学力である,そういう訴求を,B問題等を通じて文部科学省もずっと頑張っているということかと思います。
 つまり,手続ではない,意味だということです。知識というのは単なる手続,例えば割り算ができるということではなくて,その意味が分かっているということなのだということです。そこに大きく移行しようとしています。例えばこんなことかと思いますが,先ほどの問題でいえば,140人の子供がいて,60人乗りのバスがありますという問題状況があって,それを数理的に140割る60と表現し,割ってみると,2と3分の1である。それを3台と答えるということです。でも,どちらかといえば,学校はスライド25の右側だけをやってきた。左側をやってない。そもそも140と60しか数字がないのはおかしい。140人の子供がいました。60人乗りのバスがあります。バスの運転手さんは28歳です。何台要りますかといったら,日本の子供は140を60で割って28を足したりしますから,それではいけない。つまり,意味も分からず手続を実行しているのではないかということです。そこを変えていく。
 いろいろ私自身も試してみていますが,トマトの授業というものを横浜で試してみました。2個入りと4個入りのトマトを持ってきて,どっちがお買い得か。これは算数では昔からある問題で,1当たり量というやつですけれども,当然4個入りの方が1個当たりの値段が安いからお買い得です。
 普通これで問題は終わりますが,次に,4個入りのブランドトマトと9個入りのミニトマトを買ってきて,どれがお買い得かと問います。これはつまり,1当たり量だけでは決着しないわけです。例えばブランドトマトはリコピンが1.5倍だったりする。すると,リコピン量でいうと,むしろ高いけれども,かえってお買い得だということになる。つまり,リコピン当たり単価を子供は計算したりする。こういうことを始めると,すごく意味というか,実感を持って生きてくる。あるいは,ミニトマトは1個当たりが安いけれども,物足りないから駄目と言ってみたり,でも,お弁当には便利と言い出す子がいたり,もうこれは算数から離れますが,つまり,逆に言うと,算数にできることとできないことがあるわけです。そこをそういう文脈にして算数をやろうという動きを,もう今やっています。
 面白いのは,それでも,2個入りと4個入りは同じ質だから,4個入りが得でいいですかと言ったら,ある女の子がこんなことを言う。うちは二人家族だからという。もう家庭科みたいな授業になっていますが,もう家庭科なのか社会科なのか,算数なのか分からなくなる授業を今やろうと思っています。むしろこれこそが算数だという言い方です。つまり,その数理が自分にとっての意味として理解される,それが使えるということなので,こうなったときに,むしろ1当たり量という計算の意味も分かるので,かえって定着するということがある。
 これまでの学校教育の文脈だと信じにくいと言われる先生もいます。それは逆に人間がどう学ぶか,知識はどういうものかということについて,大きな誤解があったんだろうと思います。そこを心理学や脳科学をはじめとする最新の知識を導入しつつ,それを学校の授業づくり,教育課程の編成に返していこうという動きなわけです。つまり,単なる手続を学んでいくのではなくて,意味や良さや限界まで学ぶというところに学校教育をずらしていこうという動きがある。そうなってきたときに,これは学校教育だけにかかわらず,いろいろな教育の局面が変わってくる可能性があるということかと思います。以上です。ありがとうございました。

【明石部会長】
 奈須教授,興味深い御提案ありがとうございました。
 では,質問に入りたいと思います。

【菊川部会長代理】
 よろしいですか。

【明石部会長】
 では,菊川部会長代理。

【菊川部会長代理】
 とてもよく分かりました。分かった上で,2点質問です。アクティブラーニングについてですが,私はゆとり教育の前後に福岡県で義務教育課長をしていましたので,昔とても苦労した記憶がございます。それで,アクティブラーニングが今までの習得,活用,探求あたりとどう違うのかとか,あるいは日本の平均的な力量を持つ先生を想定した場合に,アクティブラーニングがとても形式的に受け取られるのではないかという懸念を持っておりまして,アクティブラーニングは使わない方がいいのではないかと思う心配もしております。その辺りのところがいかがかというのが1点です。
 それから,2点目は,子供の学習についてお話しいただきましたが,大人の学習能力と子供の学習能力がどう接続しているのか,接続していないのかという,その辺りのところ,御専門の立場からいかがかという,2点でございます。

【奈須教授】
 アクティブラーニングという言葉は,もともと大学改革の方で出てきた言葉で,初等中等教育局の事情は分かりませんが,まず今回やろうとしていることを表現する既存の表現があれば,それを使うというのは行政の慣例だと思います。そこでアクティブラーニングという言葉を使い始めたのだと思いますが,やはり必ずしもよくないのではないかと指摘する研究者の方も多いです。
 ただ,大事なことは,アクティブラーニングという言葉の内実としてどのようなことをお願いしたいかということを正確に伝えていく努力だと思いますし,小松文部科学審議官は以前,初等中等教育局長でしたけれども,そのことにはすごく心を砕いておられたと思います。だから,今回正確にメッセージを伝えていくのにどうするか。このことに限らず,やっぱり今回は子供の学びや知識に基づいてやるということを伝える必要がある。しかも普通の人が考えている学びとか知識に関する通俗的な理解というのは,実を言うと,結構間違っている。そこをどう正していくか,若しくはどうずらしていくかというのは大事な課題だと思っています。
 日本の標準的な先生にできるかどうか,というのは難しいですが,それは正確に伝えていくということと,あとはやはり教科書が変わるということが大きいかと思います。B問題の変化に伴って,既に算数を中心に教科書が大きく変わり,それによって授業は大きく変わってきました。ですから,今回の指導要領の改訂に伴って教科書がどこまで変わってくるか。教科書会社の皆さんにも頑張ってくださることを期待していますし,そうなったときにはだんだん分かってきて変わってくる。先ほどの算数でいえば,B問題の成績にしても,それはどんどん上がってきています。やはりそれは授業が変わっているということだろうと思いますので,日本の先生は真面目で熱心でよく頑張られるので,そこに期待したいということと,あとは,大学の教員養成がどこまで早く転換して付いていけるかということかとまず思っています。
 それから,二つ目の大人と子供の学習能力ということですけれども,学習能力にはいろいろな意味がございます。今のような議論の出発点には,もともと人間は生まれながらにして学ぶ力とか考える力をかなり持っているということがあります。これは1980年代以降いろいろ見えてきたことですし,OECDの動きなどの基盤にもなっていることですけれども,乳児とか幼児とか赤ちゃんでも随分いろいろなことができるということが分かっている。コンピテンシーという概念も,もともと人間は生まれながらにして環境に働きかけて,環境との相互作用を通していろいろなことを学んでいく能力があるという人間観から出てきた言葉で,今後、その人間観とか学習観が大きく変わるのだろうと思います。ですから,私自身でいうと,大人と子供というのがそんなに原理的に違うとは思っていなくて,少なくとも抽象的な情報処理ができるようになる,いわゆる中学校くらいの時点から上は余り変わらないだろうとは理解してございます。

【菊川部会長代理】
 ありがとうございました。

【明石部会長】
 ほかに,御意見ございますか。
 では,清國委員。

【清國委員】
 奈須教授,どうもありがとうございました。教えていただきたいことは,生涯学習や社会教育の文脈でも,「役に立つ」,つまり学習が学習として完結するのではなくて,それがいかに社会に還元されるかというような意味合いで「役に立つ」の重要性が強調されたことがあります。今回の教育課程の改訂というのは,ある種これまでの価値観を転換するというようなことが先ほど教授のお言葉にもありました。
 それでですが,地方創生などの議論も踏まえて御教示いただきたいのです。努力すれば必ず報われる,頑張れば結果に結び付く,という言葉があります。今,地方にいて思うのは,「報われる」とはどういうことを指しているのかということです。「報われる」が都市の価値で語られ続ける限り,多分地方にとどまる,あるいは地方に移住するということは起きてこない。つまり,教育課程の改革というのが,多様な価値観を生み出して,そして,多様な生き方を選択するということにつながることが望ましいと思うのですが,そのときに引っかかるのが,「報われる」という価値観のつくり方なのです。それが都市の暮らしで得られるような画一的な「報われる」ということであれば,先ほどの流れは変わらないわけです。一体「報われる」という,その内実をどう転換していけばいいのか,抽象的過ぎる質問で恐縮ではありますが,お考えをお聞かせ願いたいと思います。

【奈須教授】
 今までの伝統なコンテンツのやり方でいうと,経済学で言われる単純競争になっていたと思います。その中だと,頑張ってもうまく勉強ができないということもあったでしょう。かつては,それでも何とかやって勉強ができて,学校に入れば,今度は大学の出口と社会の入り口が対応していて,しかも終身雇用でしたので,やはり勉強ができるというところに向かって「報われる」ということが使われていたと思います。しかし,そのときだって,勉強が得意な子と苦手な子はいるので,実は努力しても報われない子というのはいたと思います。
 ただ,今回はぐっと広げていこうというか,社会ももう既に広がっていますし,こういった議論の学校教育側の出発点は,少し古くなりますけれども,私も委員を務めた人間力戦略会議のときに,労働市場が変化し学校がそれに対応できてなくてミスマッチが起き,それによっていわゆる潰しの利く学力を付けていけばいいという学校教育をそれまではやってきたけれども,雇用状況が変わってきて,それではうまく対応できなくなっている。それで,ニートやフリーターが起きているという話があって,あの辺りから学校教育の関係者たちは強く反省して,学力論をいわゆる潰しの利く学力的発想から開いていかなければいけないということになってきたと思います。
 つまり,答えはないということを子供に教えることが重要だと思います。人生に答えはないと。それは自分で決めるものであるということです。ただ,決めるというときにはどのような決め方があるかという,決め方の力を付けなければいけないと思います。答えはないから自由に決めろといって,ただただほったらかすのではなく、決める,考える,模索する,あるいはうまくいかなかったときに戻ってくる能力はきちんと育てる。先ほど乾編集長のお話にあったように,戻ってくる能力も必要です。再学習するときに,再学習しようと思って戻ってきて何をすればいいということがきちんと設計できて学べる能力が必要で,学校教育段階でそのベースになるところはきちんと付けようということに学校教育が今なりつつあるということだと思います。
 もう一つ,教育内容的には,市民として生きていくのに必要な教科内容という話を最近しています。つまり,これまでの伝統的な教科というのは,実をいうと,専門家として進んでいく。例えば理科であれば,理学部や工学部や医学部に進む人たちをどこかターゲットにしてやっていて,みんながみんなそのような学部に進むわけではないので,どんどん途中で脱落していく。うちの大学の文学部の学生に聞くと,「数学を捨てた」と言う。逆に理工学部の学生たちは,「国語は捨てた」というわけです。いくらなんでも、捨ててはいけません。自分は受験にその教科を使うのはやめたけれども,こういうことを学んで,数学というのは市民として生きる上でこうやって使えるというのを持っていてほしい。でも、現状では「捨てた」人たちは持っていない。それは専門家になるための教育をやってきたからだと思います。
 だから,この間生物の話を少ししていたら,「生物で何を覚えているの」と聞いたら,クエン酸回路とミトコンドリアとゴルジ体というのを、もう名前だけ覚えている。つまり,頭の中にかけらしか残ってない。そうではなくて,今回は,細かいことは極端に言えば忘れてもいい,しかし,例えば生命現象というのは連続しているとか,平衡しているとか,交換という原理で起こっているとかいうことが理解されていれば,例えば子育てをするときとか,自分の体調が悪くなったときにどうするかというようなことが判断できるのではないかというようなことを今考えています。
 市民としての教養というのはただ知っているということではなくて,実際に生きて働いて社会に対応できる力,そういった教科学力が正に自分のキャリアや自分の人生設計をするのを支えていく教科学力になるのではないか。ところが、従来は、知らないよりは知っていた方がいいし,知っていると何か話しているときに分かるからくらいで扱ってきたのだろうと思います。そこを今回は、概念とか,資質・能力とか,その教科ならではの見方・考え方ということでやろうとしている。
 だから,今回の議論は,むしろ教科の本質に戻っていく,本来の意味での教科をきちんと教えようという話です。きちんと教えるというのは,知識をたくさん教えることではなくて,数学的な見方というのは何か,社会科学的な見方とは何かということをきちんと付けようということです。実はヨーロッパはもう既にそちらへ移行していますから,そこをきちんとやる。歴史についても,たくさん覚えているだけではなくて,歴史というのはどういう原理で動いているかということが見える子供にしようという議論をしてございますけれども,そういった学力を付ける。学校は教科学力を基盤に付けるところですから,そういった学力を何とか付けていくことで,自分なりの多様な解を見いだしていき,自分なりの報われる方向とか報われる方途を作れる子供にできればと思っています。

【明石部会長】
 どうもありがとうございました。用意した時間が参りましたので,この辺で終わりたいと思います。本日の審議を頂きまして,ありがとうございました。では,これまでの御意見を踏まえまして,次回以降の議論を深めてまいりたいと思います。
 では,その他について,事務局から参考資料に基づき,説明をお願いいたします。

【大類生涯学習推進課課長補佐】
 ありがとうございます。二つの会議の発足について御説明したいと思います。参考資料1をまずごらんください。学びを通じた地域づくりの推進に関する調査研究協力者会議,こちらが7月4日に第1回会議を開催したところでございます。今後,社会教育行政の再構築のために必要な社会教育行政や公民館等社会教育施設の在り方について議論される予定となっております。明石部会長が座長をされています。
 また,参考資料2の方をごらんください。本会議の後開催されますが,家庭教育支援の推進方策に関する検討委員会が発足いたします。全ての保護者が充実した家庭教育を行うことができるようにするための具体的な推進方策について議論される予定でございまして,本日いらっしゃっております山野委員が御参加される予定となっております。
 こちら二つの会議と企画部会,連携しながら今後の検討を進めていただきたいと考えております。よろしくお願いいたします。

【明石部会長】
 では,山野委員,一言何か補足がありましたら,お願いします。

【山野委員】
 ありがとうございます。今からその会議,1回目の会議なので中身はこれからですけれども,目的のところに,共働きや経済的な問題など家庭生活に余裕のない保護者への対応とか,「家庭教育支援チーム」型の支援を更に普及させるための方策など,全ての保護者が充実した家庭教育を行うことができるようにするための具体的方策を考えるということです。以前,家庭教育手帳というのが全員に配られていました。それに代わるような現代的なもの,底上げ的に考えられないかというようなことや,ちょうど厚生労働省も児童福祉法を改正して,全ての対象をターゲットにして,妊娠期から自立支援までというようなプランで動いておられます。そういうところとリンクしながら,厚生労働省の方にもオブザーバーとして参加していただいて,この委員会を動かすという予定をされています。以上です。

【明石部会長】
 ありがとうございました。
 では,私の方からも簡単に御説明します。学びを通した地域づくりに関しては,社会教育行政の再構築といいますか,抜本的な見直しということかと思います。社会教育行政と公民館の連携など,知事・市長部局との結び付きも含めて,今もう1回議論しました。次は2回目でワークショップ的なことを行い,頭でっかちではなくて具体的なレベルからそういう連携などを考えていきましょうという部会でございます。
 では,用意した議題は終わりましたので,事務局の方で事務連絡をお願いいたします。

【大類生涯学習推進課課長補佐】
 次回の会議ですが,日程調整の上また御連絡させていただきます。よろしくお願いいたします。

【明石部会長】
 それでは,本日はこれで閉会とさせていただきます。皆様,ありがとうございました。

―了―

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