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高大接続特別部会(第19回) 議事録

1.日時

平成26年9月17日(水曜日)14時~16時

2.場所

文部科学省 13階 13F1~3会議室

3.議題

  1. 各大学の大学入学者選抜の在り方について
  2. 「合教科・科目型」の問題に関する検討について
  3. 「一体的改革」の必要性等について
  4. その他

4.出席者

委員

(委員)安西祐一郎,生重幸恵,浦野光人,櫻井よしこ,吉田晋の各委員
(臨時委員)及川良一,金子元久,小林浩の各臨時委員

文部科学省

吉田高等教育局長,小松初等中等教育局長,藤原私学部長,德田生涯学習政策局審議官,中岡初等中等教育局審議官,義本高等教育局審議官,藤野生涯学習総括官,佐藤生涯学習推進課長,水田主任視学官,塩見教育課程課長,森高等教育企画課長,永山私学行政課長,大杉教育課程企画室長,田中高等教育政策室長,平野大学入試室長,高見教育制度改革室専門官 他

5.議事録

(1)各大学の入学者選抜の在り方、高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的改革について、文部科学省から資料1-1,1-2,1-3,資料2に基づき説明があり,その後,意見交換が行われた。 

【安西部会長】  時間でございますので,ただいまから高大接続特別部会を開催させていただきます。お忙しい中を御出席賜りまして,誠にありがとうございます。
 前回8月22日の会議におきましては,国立大学協会から入試改革に向けた検討状況を御報告いただきまして,私の方から検討のメモを御説明させていただきました。その上で,高大接続の改革の方向性について議論をしていただいたところであります。
 本日はまず,前回特に御議論のありました各大学の大学入学者選抜の在り方について議論をしていただきたいと考えております。その後,次回以降具体的な方策を含めた答申に向けて議論をしていただきたいと思っておりますけれども,答申に向けた基本的な考え方,「高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的改革」の必要性,背景,課題等について議論をして,認識を共有させていただければと考えているところであります。
 それではまず,個別の大学入学者選抜の在り方等について,文部科学省から説明をお願いします。
【平野大学入試室長】  失礼いたします。それでは,私の方から,資料1-1,それから,資料1-2について御説明させていただきます。
 まず,資料1-1でございます。今回の大学入学者選抜の議論におきましては,高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的改革をしていくということではございますが,大学入学者選抜の中におきましても,特に個別入試がどう変わっていくのかというところが前回特に御議論があったところでございます。
 この個別入試の目指すべき方向性について,これまでの議論を踏まえながらまとめさせていただいたのが資料1-1の1枚目でございます。現在の大学入試の現状と致しましては,左側にございますような幾つかの課題があると考えております。これを今後,右側の今後の各大学の入学者選抜に転換していくということを目指すということでどうだろうかというところで用意させていただいた資料でございます。
 まず基本的な各大学の入学者選抜の目指すべき方向性と致しましては,入学志願者の多様な背景と主体性を重視して,高等学校時代の多様な経験や活動歴,主体的に学ぶ力,大学での学修に対する意欲等を適切に評価するものに転換していくということが言えるかと思います。
 そのための具体的な幾つかの方策があるわけでございますけれども,その代表的なものと致しまして,まず各大学のアドミッション・ポリシーを明確化していただき,それに基づく選抜方法をきちんと明示していただくということであろうかと思います。その際,大学入学志願者の多様で主体的な活動の経験や学習経験をしっかりと評価していく。
 評価の手法と致しましては,討論や発表,記述・論述式問題,小論文,面接,実験,実技等というようなものが考えられるわけでございますけれども,これをアドミッション・ポリシーで掲げる,求める人材像あるいは求める能力ときちんと対応するような形でどういう評価基準を使うのかということを明示していただくということが考えられるのではないかということでございます。併せて,達成度テストを活用する際にも,達成度テストにおいて大学入学志願者にどの程度の水準を求めるのかというものもきちんとあらかじめ明示していただくということが必要ではないかというところでございます。
 それから,各大学の大学入学者選抜方法と「達成度テスト」の連携ということでございます。達成度テスト(発展レベル)(仮称)につきましては,知識・技能の活用力の評価を中心とするという方向で今,検討を行っているところでございますので,各大学の入学者選抜方法におきましては,これを前提とした上で,多様性・主体性に基づく総合力を評価するような方向を目指すべきではないかということでございます。
 それから,一番下の四角でございますけれども,アドミッション・オフィスの整備等による全学的な実施体制の構築ということでございます。今でもアドミッション・オフィスやアドミッション・センターというような組織を設けているところもございますけれども,実際こういうところが中心となって大学入学者選抜の企画・立案・実施を全学的に行っているかというと,そこまでは至っていないというところが非常に多くございます。
 入試の広報関係を一手に引き受けているような業務を中心に行っているというようなところも多く見られるところでございまして,アドミッション・オフィス,アドミッション・センターの機能を強化し,特にアドミッション・オフィサーなどの専門家をきちんと配置した,全学の中心となって入試業務を進めていくような組織を整備していくと,そういう体制整備を進めていくべきではないかということでございます。その際,入学後の学生の学修状況や成績などもきちんと把握した上で,入試方法が妥当であったかどうかというような検証,研究もきちんと行っていくと,そのような体制を整備していくことが必要ではないかということでございます。
 アドミッション・ポリシーとそれを具体的に評価する方法の組合せの例といたしましては,ページをおめくりいただきまして,右下に3ページと書いてございますけれども,例えば左側のような能力を大学入学志願者に求めるとすれば,右側の欄にございますような様々な選抜の手段が考えられるわけでございまして,どういう能力を入学生に求めて,どういう方法で評価するのか,それぞれについてどのぐらいのレベルのものを目指すのか,求めるのかというようなものをきちんとアドミッション・ポリシーなどを通じて大学が明らかにしていくという取組を進めるべきではないかと,それのイメージ図でございます。
 それから,それぞれの大学がこれから行おうとしている,あるいは実際に行っている丁寧な選抜の例が幾つかございますが,これは以前紹介しておりますので,省略させていただきます。
 最後の方,10ページ,11ページに,現在アドミッション・オフィスを設けている4大学の例を掲載させていただいております。東北大学,筑波大学,長崎大学,鳥取大学ということでこの四つの国立大学に御協力いただきまして,実際今行っている業務を出していただきました。各大学の入試の企画・立案あるいは実施,特にAO入試の実施などを行っていると。それから,併せて,入試関係の研究業務を行っているというところでございます。
 特に専任のスタッフの数を見ていただきますと,3名あるいは4名,2名,3名というような形で非常に少ない人数で行ってございます。例えばアメリカのアドミッション・オフィスなどは,大学によってばらばらではございますけれども,20名から50名というような専任のスタッフを抱えて行っているというような例もたくさんございますので,そういうところも見据えながら,今後アドミッション・オフィス,アドミッション・センターの機能の充実,強化を考えていく必要があろうかと考えているところでございます。
 それから,資料1-2でございます。各大学の個別の入学者選抜を実施する上では,達成度テストの特に発展レベルの内容も重要な課題でございます。これまで発展レベルにつきましては,知識・技能を活用する力をきちんと評価するべきだということで御議論が進んできたところだと思っておりますが,そういう問題を今後どういうふうに開発していくのかという進め方の例をここに掲げさせていただいております。
 知識・技能を活用する力といいますのは,一番上の四角枠囲みで書かせていただいておりますけれども,ここでは,既得の知識・技能を用いて,情報を解釈・分析・評価し,課題の発見と解決のため必要な構想を立て,実践し,評価・改善することなどを通じて,解決のための方策を見いだし提示するために必要とされる力というようにさせていただきたいと思っております。
 こういう力を評価するためには,個々の教科・科目の範囲にとどまらない複数の教科・科目の内容を教科横断的・総合的に組み合わせて出題することが必要ではないかと考えられるところでございます。教科を超える知識・技能の活用力と致しましては,これは一つの整理の例でございますけれども,小さい字で恐縮でございますが書かせていただいておりますが,例えば,言語に関する知識・技能の活用力,数に関する知識・技能の活用力,科学に関する知識・技能の活用力,社会に関する知識・技能の活用力,問題発見・解決力,情報活用力,こういうような力が考えられるのではないかと思っております。こういう活用力をある程度分解して,今掲げたような形で整理し,まずは明確化するということが必要であろうかと思っています。
 それから,明確化された活用力がどの教科・科目等において主に育成されるのかというものを特定するというのが次の段階になろうかと考えております。例えば言語的な知識・技能の活用力であれば,国語や英語というのが中核になるのではないかと。このようなことをそれぞれの活用力の能力概念ととものに,教科との組合せを考えていくという作業が必要になってこようかと思っています。その上で,これらの各教科・科目等の内容をベースに,他教科・科目等との組合せの在り方を検討しつつ,活用力を問う問題を作成していくと,そのような手順で進めていくというのが考えられるのではないかというところでございます。
 2枚目は,こういう活用力を評価する問題を今後作成していくに当たって参考となるであろう,既に実施されているテストの例でございます。ここに四つほど実際の調査の例を掲げさせていただいております。これの具体的な出題の例については,参考資料2という形で幾つか問題例を添付させていただいておりますので,後ほど御参照いただければと思います。いずれにしても,これは初等中等教育段階のレベルでの調査ではございますけれども,こういうものを参考にしながら,大学入学段階,大学入学レベルの活用力を評価する問題を今後,専門家による具体的な検討の中で開発していければと考えているところでございます。
 私からの説明は以上でございます。
【高見教育制度改革室専門官】  続きまして,資料1-3について,私の方から説明させていただきます。資料1-3ですが,これまでの部会でも御議論のありました達成度テストの基礎レベル・発展レベルの難易度と大学入学者選抜への活用方策について,これまで何度か本部会でも提示しました資料1-1の2ページ目の資料がございますが,その資料ではなかなか関係性が必ずしも明らかではなかったことから,それぞれの関係を補足的に説明したものとして用意したものでございます。
 資料1-3の右下の欄外にも記載しておりますとおり,達成度テスト(基礎レベル)(仮称)が,高等学校教育の質の確保・向上という観点,また達成度テスト(発展レベル)(仮称)が大学入学者選抜という観点のものであり,直ちに同一の次元で整理されるものではないですが,両者の難易度と大学入学者選抜への活用という観点から見た場合の共通認識を持つために,議論のたたき台として整理したものでございます。
 図にありますように,達成度テスト(基礎レベル)(仮称)が,基礎的・基本的な知識・技能を中心として測るものであるものに対し,達成度テスト(発展レベル)(仮称)はその活用力を中心として測る位置付けとしております。その上で,基礎レベルにつきましては,現在の高等学校を取り巻く多様な実態を踏まえまして,また,学習意欲が低下している学力中位層のボリュームゾーンもその対象とするため,難易度の幅を広くとるとともに,達成度テスト(発展レベル)(仮称)についても,大学に入学する者が多様化している実態を踏まえ,難易度の幅を広くとることで,問題の難易度という面から見れば両者が重なる部分が出てくるものとしております。
 また,各大学における個別入学者選抜は,達成度テスト(発展レベル)(仮称)と併せて,小論文やプレゼンテーション,集団討論,面接,推薦書,調査書,資格試験等を活用することで,意欲や経験,多様性などを評価することを基本としております。一方,達成度テスト(基礎レベル)(仮称)の活用につきましては,現在の状況に照らした場合,事実上の学力不問となっている推薦・AO入試を念頭に置いており,小論文や面接,調査書などを通じて,多面的,総合的に評価する新たな制度の中で,高等学校段階における学習成果を把握するための参考資料の一部として活用可能としております。
 今後実際に作問を行っていく際には,各問題の性質等によりまして,その難易度や位置付けというものは変わり得るものではございますけれども,本資料に示した達成度テストと個別入学者選抜の関係についても,本日お示しした資料1-1及び資料1-2と併せて御議論いただければと考えております。
 私の方からは以上でございます。
【安西部会長】  ありがとうございました。
 それでは,今の文部科学省からの説明は,資料2の「高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的改革」の中に本来はめ込まれるべきことだと思いますので,資料2の説明を文部科学省からしてもらって,その後で十分意見交換に時間をとった方がいいと思いますので,資料2について文部科学省から説明をお願いします。その後,全てについて討論にさせていただきます。
【田中高等教育政策室長】  それでは,失礼いたします。資料2を御覧ください。この資料2は,次回以降答申に向けて議論を行うに当たりまして,その具体的な方策の前の「高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的改革」の基本的な考え方,いわゆる必要性や背景,課題等を改めて整理したものでございます。特に前回会議の部会長のメモをはじめといたしまして,これまでの資料,議論などを基に,特にいわゆる学力観の在り方を含めましてこれまでの教育改革の取組との関係も含めて,改めて整理をした資料でございます。
 まず1ページの1,一体的改革の必要性・背景というところでございます。最初の二つの丸,1番目,2番目の丸でございますが,これまで,初等中等教育段階においては,「生きる力」の育成及びその中での「確かな学力」の育成が,公教育の目標とされてきたところでございます。例えば平成19年の学校教育法の改正では,いわゆる学力の三要素と致しまして,基礎的な知識・技能,知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等,主体的に学習に取り組む態度を育成すべきことが明確化されたところでございます。また,学教法の改正を踏まえまして,学習指導要領におきましても,言語活動や総合的な学習の時間などを通じた探究的な学習の充実が図られているところでございます。
 下の方の二つの丸でございますが,こうした経過の中で,特に小中学校におきましては,知識・技能の習得のみならず,知識・技能を活用する力の育成に向けまして,指導方法の工夫改善など多くの関係者によって努力が重ねられ,例えば全国学力・学習状況調査におけるB問題の出題あるいはOECDのPISA調査における優秀な成績などの結果が出ているところでございます。
 高等学校につきましても,新学習指導要領をはじめといたしまして,知識・技能の習得のみならず,主体的な学習態度や知識・技能の活用力の重視がうたわれてきたところでございますが,全体としては,学力の三要素の総合的な育成を目指す指導が義務教育段階に比べますと十分に浸透しておらず,高校生が身に付けるべき「生きる力」,「確かな学力」とは何か,またそうした力を一人一人の高校生がいかにして身に付けることができるかという問題につきまして具体的な検討を行うことが必要になっているのではないかということでございます。
 おめくりいただきまして,2ページでございます。一番上の丸でございますが,一方,大学教育におきましては,そもそも大学教育は,授業のみならず,事前の準備あるいは事後の展開などの学生による主体的・自主的な学修を前提とした単位制度,卒業制度となっているところでございます。ただ,我が国の大学生の学修時間が米国と比べて短いなどの調査結果もあるように,制度の趣旨が十分に実現されておらず,また授業の形態につきましては,一方的な知識の伝達・注入を中心とした授業も多く見受けられ,教育の質に関しては依然として社会からの厳しい評価があるところでございます。
 このような中,大学教育におきましても,大学生が身に付けるべき「生きる力」,「確かな学力」とは何なのか,そうした力を大学生一人一人がどのようにして身に付けられるのかという問題に対して,高等学校と同様,具体的な検討をすべきことが必要ではないかということでございます。すなわち,これからの時代に対してどのような力を高等学校・大学教育で重視するのか,これまで,「生きる力」,「確かな学力」などと言われてきたものをベースにしながらどのような点を高等学校,大学で重視するのか,そういう議論をすることが必要ではないかということでございます。
 その議論の案と致しまして,その下に点線の括弧書きで記載しているものが案でございます。まず学教法で規定されている学力の三要素は,小中学校のみならず高等学校にも適用されますし,それから,平成8年中央教育審議会答申で主に初中段階を念頭に提言されております「生きる力」は,過去の大学審議会答申あるいは中央教育審議会答申で提言されております「課題探求能力」あるいは「生涯学び続け,主体的に生きる力」と同様の要素を含むものと考えられるわけでございます。すなわち,高等学校,大学に求められる力も,義務教育と同様の要素,あるいは義務教育の基礎の上に発展していくことが必要であるということが過去の整理からも言えることでございます。
 一方で,その下,アンダーラインを引いているところでございますが,義務教育段階に比べまして,高等学校や大学は社会との関係が強くなっていく段階でございます。そうした中で,高等学校・大学教育で重視すべき力と致しまして,社会との関係を重視し,そして,整理していくということが求められるのではないかということでございます。
 例えばその具体例と致しまして,その下に3点ほど掲げてございます。豊かな人間性と致しましては,特に社会性・市民性の涵養(かんよう)や,社会的行動規範を身に付けるということを重視すること。あるいは,健康・体力につきましては,社会で独立して活動するのに必要な健康・体力の養成を重視すること。あるいは,「確かな学力」につきましては,社会で独立して活動するのに必要な,これからの時代に社会で暮らしていくために必要な主体性・多様性・協働性,その基盤としての知識・技能の活用力,更にその基礎となる知識・技能の三要素と整理することができるのではないかということでございます。
 続きまして,3ページでございます。一方で,「生きる力」あるいは「確かな学力」の議論以来15年が経過し,高等学校教育,大学教育及び大学入学者選抜の改革の必要性が改めて問われるようになっている中で,小中学校段階での「生きる力」と「確かな学力」を子供たちがしっかり身に付けた上で,高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜はどのようにその力を伸ばしていくべきかということを検討することが必要ではないかということを最初の丸で掲げてございます。
 そして,2番目の丸でございますが,その際,改めて高等学校教育や大学教育の目標を示すとともに,それらの教育を支える大学入学者選抜の新たな在り方をも提示することで,教育分野のみならず,我が国の社会構造全体に深く根を張った従来の大学入試の桎梏(しっこく),具体的には同年齢の受験生が同時期にこぞって受験する特殊なイベントとして,人生行路を決めてしまう可能性が高い分岐点として意識され,高等学校教育の主要な教育目標,大学の主要な入学者選抜方法,社会における序列化の指標などに使われるという状況から決別することが必要ではないか,このように長期的には社会構造の転換も図っていくことが必要ではないかということです。
 3番目の丸でございますが,そのような社会構造との決別あるいは社会との関係を重視した新しい時代の「生きる力」あるいは「確かな学力」を高校生,大学生に身に付けさせるためには,多くの課題を解決する必要があり,課題の解決には,教育界だけではなく,行政,経済,地域社会,その他多様なセクターが協働して取り組むことが必要であるとしているところでございます。
 続きまして,おめくりいただきまして,4ページでございます。4ページ以降は,ただいま説明いたしました一体改革の必要性を踏まえまして,一体的改革の全体的な課題を整理しているところでございます。4ページから7ページ以降は,三つの構造になっておりまして,丸が七つございます。これが一体的改革の主な課題を掲げてございます。その丸印の下に点線で囲っているものは,それぞれの課題の更に詳細な内容を記述しております。その下の矢印が課題を踏まえて必要と考える取組という形で,主な課題,そして,その課題の詳細な内容,そして,課題を踏まえて必要と考える取組という3段階でそれぞれ7項目ほど整理をしているところでございます。
 委員の先生方には事前に資料を送付させていただいていることもございまして,点線で囲っております課題の詳細な内容は説明を省略させていただきまして,課題と,課題を踏まえて必要と考えられる取組に絞って説明をさせていただきます。
 最初の丸でございますが,大学教育の場につきましては,これからの時代に見合った多様性と協働性を実現しておらず,主体性を持った学生のための教育の場になっていないと課題として考えられることから,下の矢印のところでございますが,先ほどの2ページの資料にございますように,大学教育の目標を主体性・多様性・協働性の向上,それを支える知識・技能の活用力の向上,さらにそれらを支える知識・技能の向上の3点に置くことが適当ではないかということでございます。
 続きまして,その下,2番目の丸と3番目の丸でございます。高等学校の関係でございますが,高等学校教育の目標が大学入試に集中する傾向があり,社会性や市民性の醸成,主体性・多様性・協働性の涵養(かんよう),それらを基にした知識・技能の活用力の育成が授業の中で実践される傾向が小さいのではないかと考えられます。そして,大学入試を主要な目的とする高等学校教育の影響下で,知識・技能あるいは知識・技能の活用力のレベルにも高校生の間に大きな隔たりが起こっているのではないかというのが課題として掲げているところでございます。
 それに対する取組と致しまして,5ページの上の方の矢印のところでございますが,先ほどの2ページの資料にございますように,高等学校教育の目標を主体性・多様性・協働性を身に付けることによる社会性・市民性の涵養(かんよう),知識・技能の活用力の確保と向上,知識・技能の確保と向上の3点に置くことが適当ではないかと考えられます。特にこれらの目標は,大学入試あるいは大学進学とは関わりなく,全ての高校生に求められる高等学校教育の独自の目標として整理し,そして,そのような高等学校教育の質の確保・向上を図るために,高等学校教育改革の一環として達成度テスト(基礎レベル)(仮称)を導入することが必要ではないか。さらに,高校生の知識・技能が多様化していることに鑑みて,基礎レベルについて広範囲の難易度の問題を用意して,あらゆる高校生の挑戦に対応できるようにすることが必要ではないかということでございます。
 その下,4番目の丸,課題でございます。選抜制の強い大学の入学者選抜が,知識・技能及び知識・技能の活用力の評価に偏っていることから,いわゆる進学校の進路指導において,主体性・多様性・協働性の要素が抜け落ちる傾向にあるのではないかということでございます。
 それに対する取組と致しまして,6ページの上の方の矢印のところでございます。個別大学の入学者選抜を,主体性・多様性・協働性の評価によって行うことが必要であり,そのためには,受検者に対する多様な評価や様々な情報が活用できるよう,新たな評価手法の研究・開発を進め,調査書の内容の充実を図ること。さらに,主体性・多様性・協働性の評価など,各大学の個別入試,大学入学者選抜を支える一つの方法として,達成度テスト(発展レベル)(仮称)を導入することが必要ではないかということでございます。
 その下,五つ目の丸,課題でございます。選抜制の強い大学への進学の可能性が低い高校生にとっても,主体性・多様性・協働性を持てないために,知識・技能の活用力,あるいは知識・技能さえ身に付けられない場合が多々あるのではないか。それを踏まえまして,下の矢印でございますが,高等学校教育においてきめ細やかな支援の充実を図るとともに,達成度テスト(発展レベル)(仮称)について,選抜制の強い大学での活用に限らず,広範な難易度の問題を用意することが適当ではないかということでございます。
 その下,6番目の丸,課題でございます。大学においても,自分から目標を持ってそれらを実現していく力が身に付かないまま社会に出る学生が多いと考えられる中で,7ページの一番上の矢印でございますが,達成度テスト(発展レベル)(仮称)は,社会人,既に大学に在籍している学生,その他誰でも受けられるようにし,そのことにより,18歳程度の高等学校卒業生だけが学ぶ一様な学習の場を改善し,多様な学びの場を用意するとともに,大学在籍学生にとっても自分の力を試す機会となることが期待できるのではないかということでございます。
 そして,最後の七つ目の課題,丸でございます。一部の大学入学者選抜においては,知識・技能,活用力,主体性・多様性・協働性の3要素のどの評価も機能していないことが見受けられる中で,一番下の最後の矢印でございますが,先ほどの説明もございましたが,アドミッション・ポリシーにおいて,具体的な評価方法,さらには比重,さらに要求するレベルを明示することを各大学に求めることが必要ではないかというふうに整理をしているところでございます。
 資料2の説明は以上でございます。よろしくお願いいたします。
【安西部会長】  ありがとうございました。
 それでは,意見交換に移らせていただければと思います。時間的には16時まで取れますので,是非忌憚(きたん)ない御意見を頂ければと思います。どなたでも結構でございますので,よろしくお願いします。
 どうぞ,浦野委員。
【浦野委員】  本日の資料2ですけれども,事前に配付していただきました。ありがとうございました。これ,見させていただいて,従来ここまではやはりきちんと指摘できていなかったことが大変厳しい口調で指摘できていると思うのです。
 我々産業界から見たときに,もちろん産業界として反省しつついつもお話ししてきたつもりなんですが,例えば5ページの下から5行ぐらいのところですか,「その結果として,我が国の選抜性の強い大学は,知識とその活用力はあって定型的なことや多少の応用まではよくできるが,自分から知恵を絞り,何かをゼロから創り出し,他人を説得してまで仕事を成し遂げていこうとする力が弱く,世界の同世代のリーダーたちと協働する力のない卒業生を相当生み出している傾向があるのではないか」と書いてあります。
 これは私ども産業界が今一番反省している,要するに,25年前までの日本は,決められた路線で追い付け追い越せで来たわけですけれども,そこから先,新たなものを生み出す力がなくなって,イノベーションといえばそれはもうプロセスイノベーションであって,コスト削減などそういうことはできたんだけども,新しいプロダクトを生むイノベーションはできなかった。こんな反省に立つと,この文章は本当にぴったりくるのです。選抜性の強い大学ですらそういうことであると。
 そうすると,大学の中でいわゆるアカデミックスキルと言われるもの,真理の探究にはじまって,そして,人を納得させて,その上で説得して,さらに合意形成を図って新しいものを生み出していくという,そういう一連のプロセスは,大学教育の中で,あるいは大学の学術研究の中で行われるべきであって,そのことが社会にやはり応用されないというのが今の日本の大きな問題点だと思うんです。
 そんな中で,6ページの一番下の4行,かなり強烈ですけれども,「選抜性の強い大学以外の多くの大学については,学生の多くが主体性をもって学んでいないだけでなく,知識・技能の活用力も身についていない場合が多いと考えられるのではないか。さらに,知識・技能そのものを身につけていない学生が多く在籍している大学も相当存在している」と書いてあります。やはりこれ,残念ながら事実として認めざるを得ない部分があると思うのです。
 こういうことを考えたときに,やはり大学入試というのがどこにスタートを持つべきかということが,今度5ページに戻ると,上の方の矢印のところ,ここが私,スタートだと思うんです。矢印のところの3行目,「これらの目標は,大学進学とは関わりなくすべての高校生に求められる高等学校教育独自の目標」とはっきり書いてあります。これは専門高等学校も含めて,やはり高校生で社会人として独立して生きるだけの力を養ってほしいと。それが主体性・多様性・協働性ということだと思うのです。それを身に付けた人が社会にも出る,大学にも入ってくるんだよということが大学入試の根本だと私は思うのです。
 そういう意味で,次にまた6ページの上の方の矢印の下の3行,「大学入学者選抜を支える一つの方法として,個別大学の入学者選抜においては,「主体性・多様性・協働性」の評価を行うことを前提として」と書いてあります。このことが,私は欠席したんですけれども,前回の議事録要旨を拝見したところ,基礎レベルについても多様な難易度の差を持って作る,達成度テスト(発展レベル)(仮称)についても難易度の差を持って作るということを前提に立てば,ほとんどの大学が個別の入試においては主体性・多様性・協働性の評価に絞った入試ができると思うのです。それだけに,達成度テスト(基礎レベル)(仮称),達成度テスト(発展レベル)(仮称)の具体的な検討がものすごく大事だと思っております。
 その上で,最後,7ページの「アドミッション・ポリシーにおいて」というところですが,これは是非,一部大学に限らずアドミッション・オフィスを充実していただいて,入試の広報ということではなくて,まさにうちの大学が欲しい学生はこういう人ですよという中で,具体的にはこんな評価方法で,こんな比重で,こんなレベルを要求していますよということをはっきり明示していただければ,大学を巡る状況は大いに変わっていくと思います。
 そういうことで私は,今回この資料2はまだ素案かもしれませんけれども,相当に刺激的な文章になっていますし,これを是非最終的にはうまくまとめていただければなと思いまして,この資料2については私としては大切にしていただければなと思います。
 その上で,一つだけ質問がございます。申し訳ございません。資料1-1の方で,推薦入試のことが,まだこれは平成28年度からなどいろいろ書いてあります。これを拝見する限り,ほとんどの推薦入試,AO入試は,一般入試の方がむしろ入りやすいのではないかと思うぐらい厳しい内容になっています。
 その中で,例えば京都大学が選抜方法の中で,学びの報告書,学びの設計書というような書きぶりの中で,多分,志や主体的に学ぶ力をこれで評価しようとしているのだと思いますが,これの具体的な,どんな中身で,どんなことを要求しているのかというのが何かもし更に詳しいものがあれば,今回のこの全体像の中では非常に参考になるかなと思って,質問いたします。
【安西部会長】  文部科学省はいかがですか。
【平野大学入試室長】  大変申し訳ございません。今の段階では実際どういう様式のものを書かせる予定かというところをまだ把握していない状況でございます。
【安西部会長】  調べていただければと思います。
 ありがとうございました。先ほどから資料1-1から資料2まで説明を頂いておりますけれども,資料2の全体像の中で,特に「確かな学力」が小中段階からずっと積み上がってきている中で,その延長線上で高等学校,大学を捉えていくことが必要なのではないかという,資料2はそういう趣旨だと思います。そういうふうに見ておりますけれども,その中に,資料1-1等のいわゆる達成度テスト関連がはまってくると理解しております。ありがとうございました。
【金子委員】  今,浦野委員がおっしゃったこと,大変同意するところもあるのですが,ただ,ここのところは肝心なところだと思いますから,あえて議論をしたいと思います。
 その前に一つ,推薦入試に関してですが,非常に気を付けなければいけないのは,今,日本の大学生の4割は推薦入試で入っています。これはほとんどもう高等学校からの調査書をそのままうのみにして入学しているわけです。ここで例に出ている国立大学の推薦入試は非常に手間を掛けた,専門職員を30人から40人ぐらいのオーダーで入れているので,筑波大学の場合は,一人に箱が一つから二つ送ってくるので,それを全部見るそうです。そういう推薦入試もありますが,それはやはり数からいえば非常に少数です。
 私ども,大学生の調査をやりましたが,推薦入試で入った人はやはり二つに大きく分かれるんです。非常に選抜性の高い大学に推薦入試で入った人は,かなり意欲も高いし,学修時間も長い。ただ,マジョリティーはやはり基本的な学力にかなり問題があって,例えば大学での成績なども明確に低い傾向が出るということです。推薦入試というのは本当に質に大きな差があって,手間を掛けた非常に良い推薦入試もありますが,それが全部ではないということ,やはり4割ということは日本の大学生の24万人が推薦入試で入っているわけですけれども,このかなりの大きな部分はそういう推薦入試を経ているわけでは必ずしもないということは御理解いただければと思います。
 その次に,やはり私は,今のお話で,基本的に主体性・多様性・協働性が重要だということはそのとおりで,これ,今,日本の社会の大きな懸案だと思うのですけれども,クリエーティビティーといいますか,レジリエンスといいますか,決まったことではなくて,新しいことをきちんといろいろと自ら考えていくという能力をどう作るかということが一番重要だということはそのとおりだと思います。
 ただ,これは一般的に望ましいということは分かるのですが,どうしたら,何を目印にしたら分かるかというのが,これがまず第1に大きな問題です。例えば大学のアドミッション・ポリシーで主体性・協調性があるということを何か文章で書いたとしても,これがどの程度具体的な標準になり得るか。今,企業の入社試験もやはりこういうことをかなり言っていると思うのですが,具体的に入社試験で行っていることを聞きますと,結局,最後は役員の直観みたいなところが結構物を言っていたりして,客観的な基準みたいなものが余りよく分からないというのがやはり正直なところではないかなと思うんです。
 要するに,ここのところが明確に分かる基準みたいなものがある程度分かればいいと思うんですが,ある意味で,逆に言いますと,私は,今まで日本人にないものをある程度求めているのであって,ないものを求めているものとして設定されているものを基に試験ができるかといいますか,選抜ができるかという,基本的にはそういう問題だと思うのです。望ましいことは分かっているのだけれども,明確にどこか設定できるわけではない。高校生はそれにどうやって対応することができるのかというのが基本的な問題であろうと思います。
 私はそういう観点から,大学が個別に一定の枠を設けて,そこはかなりそういうような子供を,目立つ子供を入れるなどという枠を設定することは賛成なのですが,全部それで入れてしまうというのは,やはり私はかなり問題があり得るのではないかなというのが私の考えです。
【安西部会長】  全部それだけで入れると言っているのではないと思いますけれども,そこは特に達成度テスト(発展レベル)(仮称)の成績というのがやはりかなり利いてくるとは思います。
【金子委員】  ここはポイントだと思うのですけれども,安西部会長のお考えでは,達成度テストはかなり性能がいいといいますか,きちんとしたいい問題であれば,個別大学で学力テストをする必要はないのではないかということだと思います。
 少なくとも,今,日本の大学生は,3割ぐらい大学入試センター試験を使って,3割ぐらいは大学入試センター試験を全く使わないで個別大学の2科目ぐらいの入試,あと4割がさっき申し上げた推薦入試なのですが,今,個別大学で2科目前後の入試を行っている3割ぐらい,この人たちは新しい達成度テスト(発展レベル)(仮称)の標準化したテストを使うということによって,個別大学の学力テストをしなくてもいいようになるというのは,これはやはり考えるべきだと思います。その3割ぐらいの行っている人たちは,非常に少ない科目で,しかも内容が相当に大きな問題があるといいますか,非常に知識重視であって,これはよく考えた達成度テスト(発展レベル)(仮称)の試験ができれば,それをむしろ使ってもらう方が望ましい。それで,大学がもう少し個別の観点を入れるということは望ましいかもしれません。
 ただ,もう少し選抜性が高いところに関して,新しく考えられた達成度テスト(発展レベル)(仮称)の試験が十分な選抜力があるかどうか,そこがやはり不安があるわけです。ですから,これはある程度達成度テスト(発展レベル)(仮称)の内容が分からないと,やはりなかなか言えないということだろうと思うのです。そこが今,やはり議論のちょうど分かれ目になっていると思います。
【安西部会長】  今,金子委員の言われた,達成度テスト(発展レベル)(仮称)の問題内容というのでしょうか,それが分からないとなかなかということは,それはおっしゃるとおりの面があると思います。個人的には,達成度テスト(発展レベル)(仮称)の難しい方の問題というのは相当難しい問題であるべきだと思っております。それによって,主体性云々(うんぬん)というのが測りにくいと言われるのはこれまでの現状ではそうだというふうに思いますが,主体性云々(うんぬん)の,小中学校でいえば学習意欲というのでしょうか,そういうものと,それといわゆる知識・技能に関連したこと等をやはりバランスを取って個別の大学が入学者選抜に使っていただくという,そういうことの方向へ振るということが,これからの時代には,今まではややもするといわゆる知識・技能の習得の方に偏っていたものをある程度是正していくということが大事なのではないかと,そういう考え方だと認識しております。
【吉田委員】  質問が少しばらばらになってしまうかもしれませんけれども,基本的に資料2を基にしてお尋ねしたいのですけれども。
 まず基本的に,今,高等学校教育の目標を三要素に置いて,そして, 5ページの上の方の矢印のところですけれども,それを大学進学と関わりなく高校生に求められる高等学校教育独自の目標として整理することが必要ということで,今,現実に高等学校においてかなりこの教育が進んできていることも事実だと思います。それは小中学校からの変化ということもあります。
 ただ,実際に今の段階ではこれで行っていては結局大学入試に合格しない。それが安西部会長がおっしゃっている問題だと思うのですけれども,実際これに合わせて例えば英語教育一つとっても,コミュニケーション英語みたいな,外国人と接することによって使えるようなそういう英語を重視していくと,今の大学入試センター試験など暗記型の英語の試験では合格ができない。ですから,ここのギャップがあることはもう歴然としていると思うのです。
 そうすると,選抜性の強い大学の入学選抜の問題など云々(うんぬん)ということがあるのですけれども,そういう中で学力不問のAO入試というのが今言われていますけれども,私,これも意味が分からないのです。というのは,大学が本当にそういう学生が欲しいのだったら,自分たちで試験してくれればいいはずなのです。ただ,無試験でも入れるのです。入れて,入れた学生の学力がないということになるわけです。それだったら入れなければいいのですけれども,入れなかったら当然ながら学校としての学生募集に問題が出てくるわけです。
 そうすると,では,大学に入れるとしても,大学の教育が本当に,そういう高等学校まで三要素をしっかり身に付けさせた学生を入れて,その学生にそういう教育をしているかどうか,それができるのかということがここで問われなければいけないと思うのです。それが先ほど浦野委員がおっしゃった,企業というか大学の教育内容を指摘なさっていましたけれども,そういうことにもつながってくるのだと思うのです。
 その一番いい例が7ページの一番上の,達成度テスト(発展レベル)(仮称)は,「社会人,既に大学に在籍している学生,その他誰でも受けられるようにすることが適当。このことにより,従来の我が国のような,18歳程度の高等学校卒業生だけが学ぶ一様な学習の場を改善し,多様な学びの場を用意し,社会人等が新しい仕事に就く準備として大学で学んだり,学び直したりする機会が増えること,大学在籍学生にとっても,自分の力をためる機会になることなどを期待」とあるんですけれども,私はこれは実は恥ずかしいことなのではないかなと思っています。なぜ大学で学んだ人が,高等学校から今度大学に入るのと同じ試験を行って自分のレベルを知らなければいけないのか。つまり,大学では何の教育もできていないということを言っているようなことになるのではないかなと思います。そういう意味では,その辺の感覚をもう少し変えていかなければいけないのではないかなと考えます。
 それで,先日もそうだったのですけれども,今日の資料1-1もそうなのですけれども,国立大学協会の方からの意見書を出されて,国立大学は15%しかないからというお話でした。今回も慶應のAO入試は出ていますけれども,それ以外全部,国立大学の例です。私立大学が実際にどう考えているのか,そういう意見書も何にも出ていない。それから,私立大学自体がほとんど無試験のようにして入れて,それをどう育てていくのかなどそういう話というのも全くない。
 そこに今度こういうテストを行うこととなる。今の金子委員のお話でもないですけれども,せっかく行うのであれば,この達成度テスト(発展レベル)(仮称)だって,しっかりとした,各大学が本当に使ってくれて,その後に個別の段階では本当に面接などそういうことで行っていくという試験制度に変えるならば分かるのですけれども,そうでないのだったら,今のままで全く問題ないのではないかなと思います。
 それから,基礎力については,私は,今,複数回受検の問題などそういうことを考えると,やはり子供たち全員に強制的に受けさせるとなれば,一種の学力テスト,今の中学生,小学生が行っているのと同じことになる。それから,高校生として身に付けるべく学力ということを言うのであれば,それを通っていなかったら今度は高等学校卒業資格がないというのなら分かるのですけれども,そうではないわけですね。
 だとすれば,これはかなり無謀な意見ですけれども,先般も民間活用というようなお話で,民間の試験を利用してというお話がありましたけれども,それであれば,現在の業者が行っている模擬試験があるわけです。ああいうものは随時,受検したい人たちが自分たちで受けて自分のポジショニングを知るわけですから,そしたら,そういうものをうまく改良して使って,最低限の基礎力がどのぐらいあるかというものを,これ,時代逆行してしまうのかもしれませんけれども,今度逆に大学がその偏差値などを基に判断できるようにしてしまうというのも一つなのかなと。大学サイドにおいても,御自分たちの大学でやはりそれだけの,三要素をしっかりと学ばせて,伸ばしていくということが本当にできるのかどうかということとの突き合わせが必要なのではないかなと思います。すみません。
【安西部会長】  そのとおりで,先ほどの7ページの上の方を恥ずかしいと言われたのは,私の理解では,恥ずかしいけれども書いてあるということだと思いますし,これをやはり是正していくことが必要でありましょう。
 推薦入試は,金子委員の言われたように非常に多様だということは事実で,特に学力不問で大学に入学してくる,そのルートとしてAO入試,推薦入試が使われている場合には,やはり達成度テスト(基礎レベル)(仮称)あるいは達成度テスト(発展レベル)(仮称)のところできちんと学力の歯止めを掛けることが大事だと思います。
【小林委員】  私も7ページの上の,大学生が,何のために,何のモチベーションを持ってこのテストが受けるのかが分からなくて,これ,もし就職に使えるなど,企業がこれを評価してくれるなら受ける価値もあるのですけれども,自分の力を試すためにお金を払ってわざわざこれを個人で受けるというのはなかなか難しいのではないかなというのは思いました。
 資料2は高等学校教育と大学教育と入学者選抜の一体改革というふうになっておりますので,どちらかというと大学に入るまでのことが強く書いてあります。大学教育のアドミッション・ポリシーについては強く書かれているのですが,やはりどういう基準でどういう人材を送り出すのかというディプロマ・ポリシー,どのような人材をきちんと社会に送り出していくかというコミットメントを大学がしているのがディプロマ・ポリシーであって,そのためにこのようなカリキュラムがありますというカリキュラム・ポリシーがあって,それを受けるための準備ができている学生ということでアドミッション・ポリシー,そのためにこのような要件の人に来てほしいというふうに接続してあると思います。入り口で終わるのではなくて,やはり私は何度か申し上げていますが,これは日本が入学の国,入学がゴールの国から卒業の国に変わるところの大きなプロセスだと思いますので,そういうところを大学の卒業のところまで書き込んでいただければと思っています。
 もう1点,先ほどの京都大学の入試の話が出ましたが,私はこれ,非常に面白いと思っています。面白いという言い方は変ですけれども,興味を持って見ているのは,資料1-1の5ページの一番上のところに,総合力と学ぶ力及び,赤い字で高い志と書いてあります。第1次選考では,自らの学ぶ意欲や志についてというふうに書いてあって,今まで志を入試で言語化して出しているところは余りないと思うのです。これが先ほど浦野委員もおっしゃった学びの報告書,設計書というところに多分つながってくると思いますので,こういう意欲や志をどのように評価していくかというところの先進事例として共有いただけるとありがたいと思います。まだできていないということなのですが,非常に興味を持って見ていきたいなと思っております。その3点でございます。
【安西部会長】  ありがとうございました。
【吉田委員】  度々すみません。資料2の2ページの一番上のところの大学教育のところなのですけれども,ここで私の方で質問させていただきたいのは,たしか何回か前のときにあったと思うのですけれども,大学での退学率が多いのがいけないみたいな話があったのですけれども,それはやはりいけないことなのかですね。といいますのは,今の日本の大学生の状況を見ていると,やはりアルバイトしている人がほとんどなのです。休み中なら分かるのですけれども,通常,アルバイトしてなければ大学に通えないという状況が学修時間を減らしているという問題なのではないかなと思います。
 「大学生が身につけるべき「生きる力」,「確かな学力」とは何なのか,そうした力を大学生一人一人がどのようにして身につけられるのか」ということでいうと,大学サイドとしても一生懸命例えば教授が教えようとしても,学生がいない,学生が勉強しないということは,やはり僕は本来なら大学なのだから単位を出さないでいいのではないかと思います。
 ところが,今の大学の学生の単位の取り方を見ていると,単位の甘いというか授業が甘い先生に集中して,厳しい先生は,単位を落とされると思うと選択されないみたいな状況がある。その辺の部分を変えるためにも,もう少し,奨学金なのかどうか分からないですけれども,やはり学生が本当に大学生なら学ぶのだということをしっかりとさせられるような,そういうことも必要なのではないかなという気がいたします。
【安西部会長】  先ほどから,資料2に大学教育そのものについてあまり書き込んでないと。今の吉田委員もそうだと思いますけれども。ある程度書き込んでいただいてもいいのではないかとは思いました。
【櫻井委員】  このようなことを言うと,今更みたいなことになってしまうかもしれないのですけれども,日本の大学生の中で4割が推薦入学であって,あとが大学入試センター試験と個別大学入試が3割,3割という現実は,諸外国と比べてかなり特色のあるというか,少し変わっているのではないかと思うのです。もちろん推薦で入る学生はどの国にもいますし,その中には優秀な人もいるし,そうでない人もいる。これは私も否定するわけではないのです。
 このような状況が生まれて,さっき金子委員でしたか,推薦入試の学生は,非常に優れた学生もいる反面,基本的な学力さえない学生が大半だという。大半というのは大変恐ろしいことでありまして,4割がそのような学力がない学生ということにもなるわけです。では,大学入試センター試験,個別大学入試で入った学生はどうかというと,ここもすごく学力が落ちているわけです。
 ですから,今日の議論は理屈としては成り立っているのですけれども,大学教育を充実させて,学力も人間の力も,日本を担っていけるような人材を育てる場所として大学が機能しているのかというところにそもそも疑問を抱いてしまうのです。全部が全部というわけではありませんけれども,そのような大学が増えている気がしてなりません。
 ある一定水準の学力に届かない場合はどんどん留年させる。例えばアメリカでは,1学期水準に達しないと,警告を与えられて,プロベージョンになるわけです。それが2学期続くと,強制的に1年間休ませる。「本当に勉強する気があるのかないのか自分で確かめてからもう1回来なさい」と言われるわけです。
 日本では,一旦入ってしまったらそこでほぼ100%卒業できてしまって,そのまま社会に出ていく。日本の力がすごく低いところにとどまる一つの要因になっている。この高大接続特別部会でこのようなこと言うのは見当外れかもしれないのですが,基本的な問題として,大学で受け入れる学生の質を選ぶというところにもう少し焦点を当てるべきではないのか,いかがでしょうか。
【安西部会長】  櫻井委員の言われたことを含めて,これからの時代に教育の在り方を本当にやはり確立しなければいけないということで,一体的な改革,高等学校教育と大学教育も含めたそれを行っていくべきだと,そうすべきだというふうに思っております。資料2には大学教育のことは余り書かれていないとは思いますけれども,やはり大学教育の課題というのは非常に大きなものがあると私も思っております。
 それから,推薦入試等で40%入り,それが特に学力不問で入るということの歯止めは,先ほど申し上げましたけれども,私は基礎的な知識・技能といいましょうか,その習得はもちろん非常に大事だと考えておりまして,その歯止めというとあれですけれども,達成度テスト(基礎レベル)(仮称),それから達成度テスト(発展レベル)(仮称),これをもって,特に基礎レベルのテストを高等学校教育の改革の中できちんと位置付けることによって,大学入学希望者の基本的な知識・技能のレベルをきちんと担保する必要があると思っております。
【金子委員】  櫻井委員がおっしゃったことを敷衍(ふえん)して言います。高大接続特別部会の委員会の最初の部分でもやはりかなり問題になったと思うのですけれども,これは高大接続特別部会ですけれども,小中高大と,要するに,日本の国民教育全体を通じてどういう学力を保証していくかという問題がある。そのときにやはり今,かなり欠けてきているのは,高等学校の段階で学力のチェックをするといいますか,一つはやはり小学校,中学校までは義務教育ですからここでは学力のチェックができないですから,高等学校で,基本的なものができているかどうかをチェックする,それから,大学に行く段階でやはり基本的な学力をチェックするという仕組みを入れたらどうかというのが基本的な発想の一つだと思います。
 このペーパーでは,日本は試験地獄というか入試体制だということがかなり強調されていますけれども,実は1990年ぐらいから試験体制がむしろ空洞化してきているところに大きな問題が今あるので,それの対策として高等学校の教育課程も多様化して,それから,入試も多様化してと,多様化政策が非常に進んできた結果として,むしろ学力のチェックが全然外れてしまったというところにやはり非常に大きな問題がある。それをやはり是正するというのが一つの大きなここでの議論のもとになっていると思います。
【安西部会長】  学力がほとんど付かないまま大学に入ってきて,そのまま出ていくことは,大学の内部でのチェックが甘くて,そのまま出ていくこともできるような,そういう状況を是正しなければいけないというのはそのとおりであります。
 一方で,いわゆる選抜性の高い大学においては,最初に浦野委員が言われたような,むしろ知識・技能の習得とある程度の応用はできるけれども,本当にゼロから何かを作っていくという,そういう力が問われる。そういう大学においても知識・技能の習得の方にやはりバイアスが掛かっていたのではないかと,その二つがいつも多少混同して議論されているような気がしております。それでは,生重委員,それから及川委員,お願いします。
【生重委員】  すみません。ここの高大接続の中で,日本のこれからの教育と,それから,若者が身に付けなければいけないという真の姿をどうしていくのかというのが,何度もしつこく言うのですが,一番大切なことで,大学の入試自体のありようが変わると,今の問題は割と高等学校教育にある気がいたしまして,熱心にやってらっしゃる高等学校とそうではない高等学校の差が歴然としているのです。とにかく卒業してしまえばいいという今のありよう,これは大学にも言えるのですが,だからこそ40万近い人間が自分の身の置きどころを作れないという宙に浮いた状態が,今の社会においてそういう人たちがたくさんつらい思いをしているということなので,高大というところで一定のこれからの大きな21世紀の指針を示さなければならないし,もっと小中も変わらなければいけないと思います。
 学力試験,PISA(Programme for International Student Assessment(OECD生徒の学習到達度調査)),TIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study(国際数学・理科教育調査))も,Aの方は抜群にいいが,Bの結果が,応用力,汎用力が良くない,自分自身の一番の根本は,やる気がない,モチベーションが上がらない,何を勉強してもうるさいからやらされているとずっとデータで出てくること自体が,やはりそれは若者にとってつらいと思うのです。自分がしたいことを見付けられて,そして,目的を持って学んで,自分自身が大学での学び方を小中高と身に付けてくるから,大学であり大学院に行っても自分なりの学び方ができると私は思うのです。そこのところを問い掛けるに当たって,各委員がおっしゃったように,ここの資料2の中に大学での卒業までももう少し書き込んでいただきたいとは思います。
 とにかく今,一番問い掛けなければいけないのは,学校の在り方と,親・家庭の在り方で,日本の社会は家庭教育という言葉がもう世の中から消えて久しいのです。自分自身で何かをしようという自分自身が求めて学ぶというのが,自分の中で身に付けていく教育力なのだと思うのですが,本当に幼い頃から全部民間頼り,塾頼り,お金を払って解決していくということではなく,一つずつ興味を持って学び方を身に付けていける教育,自分ができることを見出(いだ)して,自分が社会の役に立つ,誰かのために生きられるという,そういう学力はどういうことなのだろうということをきちんと位置付けていただきたいし,ずっと言ってきているはずです。
 できれば業者テストのようなことで1点2点のところで比較されるのではなく,レベルは大きく区切って,基礎レベルは私はやはりある一定のレベルまで皆さん身に付けなければいけないと思うのですが,達成度テストのところは,それぞれが大きなくくりの中で,自分たちで希望できるような形と,大学の方がだからこそアドミッション・ポリシーなどそういうことをしっかり持っていただいて,先ほどの流れを作っていただきたいと思います。
 自分自身の決定的な体験や経験がないと,小論文やプレゼンテーション、集団討論で持ち得る言葉もないし,表現し得る文も書けない。それは小さな頃から自分自身が体験して自分自身が得た考え,深めた考えを持つことが重要なのであって,ここで一歩間違えると,体験や,自分自身が何をしていくという,今,考え抜く力と言われているようなものを一つも身に付けないで,また違うところで抜けて,点数の方に走ろうとするような気がしてなりません。
 できればやはり,ここの一番大事なのは,自分自身が幼い頃から学び方をずっと,集団であり,個であり,様々なところで体験を積みながら学び方を身に付けて,自身がやはり大学に進んだらこういうことを学びたいと思えるようなところに真の学力というものを位置付けていただきたいなと思います。
【安西部会長】  ありがとうございました。
【及川委員】  最初に,資料2の5ページの上の方の矢印の部分,高等学校教育の目標について触れた部分ですが,ここのところは,「大学進学とは関わりなくすべての高校生に求められる高等学校教育独自の目標として整理することが必要」ということで,とりわけ社会性・市民性の涵養(かんよう),知識・技能の活用力の確保と向上,知識・技能の確保と向上の3点ですね。これについては高等学校教育部会の方で,「確かな学力」の部分と,それから,社会や職業への移行に必要な力や市民性という,その内容がコアを構成する内容として確認されているので,それに沿った内容だと思って,これについてはこのような整理でいいのではないかなと思います。その中でも,学力の部分で客観的に把握できる部分については,これが達成度テスト(基礎レベル)(仮称)の位置付けということになってくると思いますので,そのように理解しています。
 そのこととも少し絡むのですけれども,4ページのちょうど真ん中の白丸のところで,「高等学校教育の目標が,知識・技能とその活用力の評価に偏った「大学入試」に集中する傾向があり,社会性や市民性の醸成,主体性・多様性・協働性の涵養(かんよう),それを基にした知識・技能の活用力の育成が授業の中で実践される傾向が小さい」ということです。ここの言葉にこだわってしまうのですけれども,当然,学校教育法の第30条第2項に言われている知識・技能の活用力というのは,高等学校の教育課程の中でも言語活動の充実という観点からも今取り組まれていると思うのですけれども,その意味ではこれまでの大学入試も,知識・技能の活用力を測る部分の問題はあったのではないかなと思うのです。
 ここであえて知識・技能の活用力の育成が授業の中で実践される傾向が小さいというのは,前の方にある,社会性や市民性の醸成,主体性・多様性・協働性の涵養(かんよう),それを基にした知識・技能の活用力というふうに受け止めるということですね。それは結局,資料2の2ページの中で改めて,「生きる力」と「確かな学力」の高等学校・大学の段階におけるイメージの整理の中に出てきている(3)の「確かな学力」の部分で主体性・多様性・協働性ということが出てきて,そのつながりで知識・技能の活用力という,そういう意味なのですよね。
 その上で,感想になってしまうのですが,先ほど金子委員も言われたと思うのですけれども,達成度テストで知識・技能の活用力や知識・技能そのものを測ることはもちろん可能であると思いますし,そのような大学入試の仕組みになっていくことが高等学校の授業,教育を変えていくということにつながってくると思います。ただ,先ほど来出ているように,主体性・多様性・協働性というものをどのようにして測るのかというところはやはり少しまだ理解できないところがあります。したがって,それが高等学校の授業にどのような影響を与えてくるのかというところが見えないなと思います。
 ただ,これは全く私の理解なのですけれども,何度もこの間出ている資料で資料1-1,今後の各大学の入学者選抜の方向性として右側に述べられているわけですけれども,基本的には各大学の入学者選抜の改革の方向性というのは,各大学の募集人員全てに対してこのような選抜を行っていくものではないというふうに私は受け止めているのです。このような度合いを高めていくことが大事であるというふうに,基本的には私はそういうふうに理解しています。
 資料2の6ページにあります点線の枠囲みのすぐ下の矢印のところ,「個別大学の入学者選抜」を,「主体性・多様性・協働性」の評価によって行うことが必要」と出ています。この部分は,繰り返しになりますけれども,やはり資料1-1に出ているような,全ての各大学の募集人員をこの方法で全部行っていくということは,それこそアドミッション・オフィサーやアドミッション・オフィスの充実ということがやはり当然不可欠なので,あくまでも全ての募集人員をそういうふうに行うのではないのだというふうに私は勝手に理解していて,その上で,繰り返しになりますけれども,「個別大学の入学者選抜を,「主体性・多様性・協働性」の評価によって行う」というこの言葉を私自身は理解しているつもりです。
 長くなりましたけれども,以上です。
【安西部会長】  ありがとうございました。
【櫻井委員】  今,及川委員が言葉の問題でとおっしゃったので,実はもうずっと前から気になっていた,本当に言葉の問題をお尋ねしてみたいと思います。例えばどこの国の教育でも,その教育の大目的というのに,良き国民を育てることというのがあります。そのためにいろいろと社会の仕組みを教え,歴史を教え,文化を教えという教育があるわけです。ここに出てくるので,「社会性・市民性を涵養(かんよう)し」という,市民性という言葉が何度も何度も出てくるのです。
 私は,良き市民であるということはとても大事で,良き市民であることと良き国民であるということは重なると思うのですけれども,必ずしも100%重なるわけではないと思うのです。良き国民性というのはもっと大きな枠の中のものであって,市民性というのはその中の一部であろうかと思っているのです。なぜここに国民性という言葉が出てこないで,市民性の涵養(かんよう)というところにとどまっているのかというのが一つ。どの国の教育方針と比べてみても,国民性というものを飛び抜かして市民性のところでとどまっているというのは,私は少ないのではないかと感じているのです。
 それともう一つ,どうも私は日本語を使うときは日本語を十分に使ってほしいし,英語を使うときには十分に英語を使ってほしいと思うのですが,文部科学省の書類の中にも,グループやプレゼン,アドミッション・オフィスなどの言葉が出てくる。このようなものは簡単に日本語に置き換えることができるのですね。例えばここに推薦入試と一般入試とAO入試の区分を見直しといいますけれども,これを普通の人に見せたら,ジャーナリズムでいろいろ活動している人など,学者はすぐに分かると思うのですが,「AO入試って何ですか」とすぐ聞かれると思うのです。日本語で書ければこれもう一目瞭然のわけですから,どうしてこういうところに,よりもよって文部科学省の資料の中に,日本語に置き換えが今すぐ可能なことについて片仮名を使うのかと,言葉の問題ということで私は少しこだわってみたいと思いました。
【安西部会長】  これは文部科学省はいかがでしょうか。市民性という言葉がこの中で使われているのは,私は櫻井委員の御意見に反対するものでは全くありませんけれども,学校教育法等の文言から来ているということだと理解していますが。
【田中高等教育政策室長】  ここでの趣旨は,特に高等学校,大学における「生きる力」,「確かな学力」を整理しようということです。どのような力を高等学校・大学教育で重視すべきかということを小中段階で求められる「生きる力」と比較して,こういうものを重視しようということで整理しようとしております。その際にここで申し上げているのは,小中学校段階に比べまして,高等学校及び大学の段階では,社会との関わりを重視していく,社会との関わりという観点からのどのような力を身に付けさせるかという観点が必要ではないかということで,社会との関わりを重視するという観点で社会性・市民性という言葉を使っているということでございます。
成績評価の適正化大学教育ということにつきましては,例えばOECDの国際比較でいきますと,日本の高等教育の修了率は91%という数字がございます。これはOECD平均が70%となっておりまして,高等教育修了率,いわゆる卒業率は高い状況にあるというのがございます。これは一概に,どのような原因なのか,あるいはこれの価値判断は難しいところはございますが,高等教育修了率というものが適正な成績評価を行っていないということであれば,課題があると認識しておりまして,そういうことは中央教育審議会でまとめていただきました大学教育の質的転換答申でも掲げているところでございます。
 また,留年ということにつきましては,これまで国立大学法人の運営費交付金と私学助成におきましては,一定の定員超過につきましてはペナルティーを設けていたわけでございますが,今年度から,シラバスの策定や,それから,GPA(Grade Point Average)の導入など一定の条件を満たしている場合においては,留年者を定員超過のペナルティーのカウントから除外するという措置を設けているところでございます。すなわち,厳格な成績評価によって留年をすることによって大学にペナルティーが生じないようにするというような措置も講じているところでございます。
 そのような大学教育の具体的な取組などにつきましては,3月大学の審議経過報告などにも掲げているところがございます。今回御議論いただいておりますのは,高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の具体的な方策の前の答申の基本的な考え方の部分を改めて議論いただきたいということです。その議論を頂いた上で,大学教育,高等学校教育,大学入学者選抜の具体的な方策とともに答申としては取りまとめたいと考えております。ですので,大学教育の具体的な取組を記述する部分におきましては,頂いた御指摘もふまえて,大学教育の質的転換あるいは適正な成績評価ということについても記述を盛り込みたいと考えているところでございます。以上でございます。
【安西部会長】  片仮名表記はどうしますか。
【田中高等教育政策室長】  それにつきましては,できるだけ日本語を使えるものは使いたいと思います。ただ,アドミッション・オフィスなどにつきましてはいわゆる固有名詞として使われているところもございまして,できる限り日本語を使うことが適当なものは答申に当たっては使っていきたいと思っております。以上でございます。
【櫻井委員】  今,安西部会長の方から,市民性という言葉の使用に関しては何か法律的にそのような指導があるという御発言がありましたけれども,いわゆる社会との関わり方についての様々な素養を涵養(かんよう)するということでしたら,市民性の涵養(かんよう)でなくとも国民性の涵養(かんよう)で十分だと思うのですが,何かそこに彼らが国民性という言葉を使えない理由が法律的にあるのでしょうか。
【安西部会長】  私はその辺りは,国民性という言葉でもあり得ると思いますけれども,高等学校教育のこれまでの理解というのでしょうか,言葉の使い方において,あるいは恐らくその後ろにいろいろなことがあるやと思いますけれども,市民性という言葉が使われてきているので,ここで使っているということだと思いますけれども,正確に教えてもらった方がいいと思います。
【田中高等教育政策室長】  失礼いたします。学校教育法で高等学校教育の目的が規定されておりまして,そこで,「義務教育として行われる普通教育の成果を更に発展拡充させて,豊かな人間性,創造性及び健やかな身体を養い,国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと」となっております。国家,さらに社会の形成者として必要な資質を養うことというのが高等学校教育の目標として法律上も出ておりますので,そのステップとして,まず社会性を身に付ける,そして,市民性を身に付ける,そして,国民性を身に付けるというステップは必要なのかもしれませんが,高等学校教育の目的に,国家の形成者という規定もございますので,国民性という言葉を使うこと自体は法律にも制限はございませんし,社会性・市民性に加えて,国民性という言葉も交えていくということは今日の御議論も踏まえて検討させていただければと思います。
【安西部会長】  そういうことでしたら,その言葉の使い方は非常に大きなテーマでございますので,御意見も踏まえてきちんと考えて,それで言葉を入れていくべきだと思いますので,検討させていただければと思います。ありがとうございました。
【吉田委員】  すみません,生重委員のお話にもあったので,少し実態的なお話をさせていただきたいのですけれども,私自身も今,高等学校教育の問題というのは本当に大きな問題があると思っています。といいますのは,これは私,最初のときから申し上げていたのですけれども,やはり今,高等学校の進学率が98%,ほとんど全員が入学するような状況になってきています。その裏を返すと,やはり希望する人は入れるのだという国の方針があったわけです。
 そういう中で,義務教育の小中というのは今どういう状況かといえば,学齢主義であって,1日も学校に行ってなくても卒業できます。その卒業した人が高等学校に入りたいと言えば入れるという方向性がある。そうすると,昔の高等学校と今の高等学校というのは,やはり学力というか,それぞれの持つ力も全然変わってきている。ただ,高等学校は一応入学試験があります。入学試験で入れていますから,それが各学校の責任になって,入れた生徒をしっかり教育しなければいけない。
 そういう中で,今,実は高等学校入試で推薦入試は減ってきているのです。昔は5割を超すなどという学校がざらにあったのですけれども,今,公立大学でも3割以下に減っていますし,私立大学では5割などというのはもうほとんどの学校でできなくなってきています。それは裏返すと何かというと,やはり人口減によって就学人口が減っていますから,それに伴って学校の数は変わっていないわけですから,入ろうとする子供たちにとっては必然的に選べる環境が増えてきたわけです。だから,今までみたいに推薦で一つの学校を目指すのではなくて,何校かの中で選ぶことができるようになってきている。これは逆に言うと,大学も同じことになってきてしまっているわけです。ですから,そうすると,大学サイドも早く学生を取らなければいけないということです。50%から行くような状況になってきているわけですから。
 それからあともう一つは,高等学校からすると,高等学校は,極端な言い方をしたら,就職させるよりも,専門学校までのことを含めてしまったら,学校によっては進学させる方がずっと楽なのですね。だから,そういうある意味無責任な状態になってきていることもお互いにあるのではないかと思います。ただ,やはり受け入れて入学させるということは,入れた以上の責任ということを,今一度考えなければいけない。
 ところが,大学は,入れても,今の状況ですと,就職という問題では壁がある。どうしても数が限られる。だから,そこにやはりそういう高大の接続の問題,それから,小中からの絡みなどという部分はあるのではないかなと思います。ですから,極端な言い方をしたら,学力がなくてもどこか入れるというのは,高等学校だけではなくても,大学などでもそうなってきてしまっているのかなと。
 あとは,今の社会性というか国民性の問題でも,我々はやはり高等学校というのは,大学も今の状態では18歳,19歳はそうですけれども,未成年者を教育しているわけです。そういう中で社会性を身に付けさせるというのは,裏を返せば何かというときに,やはり子供たちには責任がないわけです。責任能力がないわけです。それはなぜかといえば,まだ子供であって,しっかりとした判断能力を持っていない。
 ですから,親に責任があるということで保護者がいて,そして,そういう中で社会性をしっかり身に付けさせて,自分が大人になったときに,いいこと,悪いこと,それをしっかり判断できて,責任をとれる人材を作らなければいけないという部分があって,それを行わなければいけないのですけれども,何かその話が,すごく隅に置かれてきた感じがあるので,今回このように出てきて,私は良かったなと思っています。
 それとともに,政治の方では今,18歳で選挙権を与える云々(うんぬん)などと言っていますけれども,本当に子供がそこまで成長しているのかどうかということは,私はすごく危惧しています。余計な話ですけれども,そういう話です。すみません,どうぞお願いします。
【浦野委員】  すみません,少し話題が変わって申し訳ないのですけれども,前回の資料で国立大学協会が出された資料で,今日手元にないのでうろ覚えなのですけれども,入試というイベントは,対国民に対して国立大学が掲げている一番大事な問題であると。そういう意味で,透明性と公平性と公開性だったかな,何か三つぐらい挙がっていて,そのことを非常に強調してあったのですね。
 そういう中で,今日の議論の中で向かおうとしている一つの方向性で,例えば6ページ,先ほども申し上げましたけれども,「個別大学の入学者選抜を,「主体性・多様性・協働性」の評価によって行う」
いわゆる基礎レベルや発展レベルも含めて学力を測る,学力の活用を測るというところは基礎・発展で押さえておこうという一つの理想を描くとすれば,特に公平性・透明性というところについて従来とやはり違う感覚を持っておかないとかなり違ってくると思うのです。
 先ほど金子委員から,企業も主体性・多様性・協働性というところを測って入社試験を行ってそれぞれ選んでいるのだろうという話がありました。もうおっしゃるとおりで,そのようなきちんと言葉で言えるような基準をやはり企業も持ってないですよね。ですから,企業も結果として,2割ぐらい違った人を採用しているというようなことも現実としてはあるわけです。そのようにして考えたときに,少なくとも入社試験で公平性・透明性などないわけです。企業がそれを求められたら,「それはありません」とはっきり言うしかないのです。
 そういう意味で,大学入試もそのレベルに今,一部差し掛かっているというところを押さえておかないと,今後これが国民的議論になったときに,公平性の担保などということを言われると混乱してしまうと思うのです。ですので,その辺,言葉の使い方が非常に難しいのですけれども,従来と違った意味の透明性・公平性ということを定義しておかないと,先般の国立大学協会の公平性・透明性というのは,昔のままのことを言っていましたので,あれでは何も私,変わっていかないのではないかと思いました。そこにおじけづいたら何も進まないと思いました。
【金子委員】  今のポイントは非常に重要なところで,私も,今までのような非常に硬い透明性や公平性の考え方からある程度の転換をしなければ,さっきからいろいろと問題になっていますように,日本の社会の一種の転換みたいなものがなかなか難しいと,これは事実だと思います。それをどのように取り入れていくかというところが問題だと思うのですが,ただ,端的に言って,私,この主体性・多様性・協働性というのは,人によってものすごくいろいろな考え方がある。それと,もしかしたら,これ,共通の標準みたいなものを作るべきではないものかもしれませんよね。ものすごくいろいろなケースがあることが重要だとすると,基準がどこにあるのかが本当に分かりにくくなってくるわけです。それは持っている能力を言葉で何か定義するより,そのプロセス自体がある程度きちんと考えられていてコントロールされているものであるかということ自体が多分重要になってくると思うのです。
 今までは形式的な公平性というか,これは完全に答えが決まっているものだから,これをこういうふうに答えた人が点をもらって,そうではない人は点をもらっていないという,そういう意味で透明性がなければいけないという議論だったのですけれども,それよりももう少し柔らかく,それを全体のプロセスとしてどうコントロールしているかということが問題。
 コントロールというのは,大学が,どういう試験を受けて入ってきたらばどういうようなパフォーマンスを入学してから示したかということをきちんと把握して,こういう試験で中に入ってきた人たちがきちんと勉強したということが分かればそのプロセスはやはりいいという,そういう考え方に多分していかなければいけないのだろうと思います。ですから,そういう意味では,公平性・透明性の概念が少し変わってこなければいけないのだろうと思うのです。
 ただ,その上ででも,やはりそのプロセス自体は私は多様であってもいいのではないかなと思うのです。やはり性格や意欲などを見るようなものを一部取り入れてもいいし,私は学力試験で見るということもやはりそれはそれで置いておいて,それで両方のパフォーマンスを比べてみるというのがむしろ重要で,そういう意味で,どちらかにバッと移行してしまうのはやはり無理なのではないかなというのが私の考え方です。
【生重委員】  私が先ほど申し上げたかったことを吉田委員がかなり分かりやすい日本語で整理してくださり,ありがとうございました。整理されないまま話しているのですが,多分この議論の俎上(そじょう)にすらのらない子供たちが今,たくさんいるのです。その子たちの問題もどうするのかということです。私が社会教育を勉強しているときに,国を動かす学力と,それから,地域社会,かつては村を動かす学力というふうに表現されていたかと思うのですが,地域社会の活性化は我々の国としては絶対に必須ですし,皆が都会に集まってくればいい国になるわけではない。でも,リーダーは必要だと思っていました。それは各地においても必要であるし,日本という国においても必要なんだと思います。
 その学び方は違うと思うのです。皆が同じ一律さを公平だという名の下に求めていて,そうではなくて,専門性の高い学びをもっと中学校を出たところから始めていく,かつてあった許容範囲の広い学びみたいなところに,もう一度それぞれの親が立ち返らなければいけないのです。「うちの子はもう普通科に入れてしまいます」と言って,全然勉強する気もない子を普通科に入れてどうするのですかと。もっと興味を違う範疇(はんちゅう)のところに入れたらこの子伸びるのにというお子さんをたくさん見てきているのです。そういうことも含めて,だから,親を変えていかなければいけないし,学び方が一つだけしか正しい道ではないのだということを,もっと世の中にそうではない多様な学び方があるよということを分かってもいただきたいのです。
 でも,ここで一番基準になるのは,私,やはり達成度テスト(基礎レベル)(仮称)は,何度もチャレンジできるのだとしたならば,高等学校に入ったら必須にしていただきたいのです。その中で,そこで大事なのが教育者です。そこで,「君は今,ここの部分が苦手だよね」と言いながら,「君ってこういうの向いているよ。こういう学校に進んでみたらどうなの」という進め方もあります。
 だから,今,国立大学の先生たち,自分たちは15%しかいないとおっしゃいました。確かにそうです。でも,今,反応を示してくださっているのも,選抜性の高い,よく言うところの優秀な大学で、そうではない大学は皆静観しているのです。地方の短期大学も,ひっそり息を潜めながらどうやって自分たちの学校が生き残っていくかということを皆さん考えていらっしゃっている。
 でも,そのときにいろいろな子がいると一文是非加えていただきたいのです。多様な子がいて,その子たちにとっても自分が生きていく上で必要だという学びを選択できる段階というのがきちんとあって,普通科行って選抜性の高い大学に行くことだけが全てではなく,自分なりの生き方ということをきちんとつかまえられる,それこそが教育を受けたということになるのではないかなと思います。
 私が関わっている九州の地方の短期大学でも,学力の網から全てこぼれた子たちが社会人になってから6年掛けて卒業できる短期大学で,その中で大学の先生たちは,その子たちの自信を付けさせるために,たくさんの国家資格,目指すものに対する国家試験をチャレンジさせていくということを行っています。その子たちはそれを1個ずつ取っていくことで,今働いている社会に,もう一度職場に戻ったときに自分自身のスキルをアップしていける。そういうところも大切にしてあげていかないと,本当に全部1億人が同じ方向を見るということではおかしいのではないかと思います。
 だから,そういう私学にもこれからが分かりやすい方向で書かれていなければいけないし,高等学校の学びも定時制があって時間すらも自由に出てくるような今の高等学校教育が,今,本当に学ばなくても通い切れるというか卒業できるし,本人の意思さえあれば卒業できるので,高等学校教育を語っている方ではきっとその辺りをすごく議論してくださっているとは思うのですが,こっちではどうしても優秀な方ばかりにフォーカスされているので,できれば多様な学び方ということも一文入れていただきたい。それをするためには,これから変わっていく基礎レベルと発展レベルの多様な段階があって,自分に向いたところを選択できます,皆で受けていきましょうねという。
 それプラス,外で自信を付けてくるのに,小中と,数学検定であったり,英語検定であったり,英語検定もTOEFL,TOEIC,TEAPなどいろいろなものがあると思うのですが,そういう自分なりのチャレンジをしながら,自分の向いているものを身に付けていくという学び方が外側にあるというふうになっていると思います。
 体験が多くないと小論文を書いてもひとつも面白くないし。面白いかどうかで私が読んでいるというのはおかしいかもしれないのですけれども,でも,人を説得させるというのは,やはり真実の言葉なのです。プレゼンテーションだってそうですし,集団討論だって,人がそう言っていたから自分はこう思うなどという人は説得できないわけです。これは一方で経験値の大切さと,多様な子供たちの生き方と,そして,日本のリーダーを生み出していくこれからの新しい世界,グローバルと言われているところで活躍できる人材をという,そこがきちんと明確になれば,どの大学も納得してこれに参画してくるのではないかなと私は思います。
【吉田委員】  すみません,少し質問的になるかもしれません。資料2の4ページの真ん中の下の点線囲みのところなのですけれども,ここで,「大学入試」の教科・科目や内容のレベルが文系・理系によって分かれている云々(うんぬん)ということで,早い学校は高1から文系・理系で分けるなど,それから,国立大学系・私立大学系で分ける,そういう話があるわけですけれども,これはこういうことがやはり子供たちの選択の幅を狭めてしまっていると思います。
 特に今も現実に,高等学校3年生の秋,10月,11月ぐらいにもうAO入試,推薦入試が出てくるわけです。そうすると,もう高等学校2年生の頃から例えば推薦入試に目を向けると,もう2教科しか勉強しないで,あとは小論しか行わないなど,そういう状況が出てくる。それから,現実に理系・文系ということで,高1からもう理系で行きたかったと思ってやるのもあるし,例えばの話,選択の取り方で面白いのが,子供たちはよく分からない。そうすると,英語と数学と比べたら数学の方が少し成績が良かったからと自分で理系を選んで,そして,進学に失敗するなどというのがよくあるわけです。
 そういう意味でいうと,今回のこの達成度テストの方向性というのは,こういうことのないようにしていこうということなのでしょうか。それをお尋ねしたいのです。
【安西部会長】  私の理解では,理想的にはこういう問題を乗り越えて,それを解消しながら,今,生重委員が言われた,ここに書いてありましたけれども,主体的に子供たち一人一人が自分の道を切り開けるようにしてやりたいと,理想的にはこういうことだと思います。
【吉田委員】  それをなぜお話ししたかというと,今のままで行くと,この前の国立大学協会のお話でもそうですけれども,今までどおりの受験タイプ,それから,新しい試験タイプ,そして,その上にこれなどがまた幾つも分かれるなどというと,子供たちが本当に何をどう勉強していいか分からなくなってしまうのです。それを是非整理して,子供たちにいいものにしてあげてほしいなということでお願いします。
【安西部会長】  そろそろよろしいでしょうか。とにかく高等学校教育から大学教育までの大きな課題にかなりいろいろ御意見いただきまして,全くそのとおりだと私が思っていることがほとんどでございます。
 今の時点で多少まとめさせていただきますけれども,特に基礎的・基本的ないわゆる知識・技能,学力というと,学力というのは「確かな学力」三要素というのを総合して学力と言っておりますので,知識・技能と呼ぶことにすると,いわゆる選抜性の高い大学とこの資料に書いてありますようなそういう大学においては,知識・技能の習得,活用力以外に,やはり自分でゼロから何かを作り出していく力が本当に世界のレベルであるのかということが問われているとやはり思いますし,これは浦野委員が指摘されたとおりだと思います。
 一方で,いわゆるそうでない大学については,知識・技能の習得,あるいは活用力ももちろんですけれども,そこすらおぼつかない。特に,いわゆる学力不問で入ってくる学生については,ほとんどそういうことが見られない。それを両方一緒にして議論いたしますと,やはり学力が大事だ,主体性が大事だなど,そういうことになります。今申し上げたように,両側がとても大事で,それは恐らく具体的には選抜性の在り方によってかなり違うのではないかというふうに思われるというのが1点でございます。
 往々にして人物重視に変えるのかというふうに言われることはあるのですけれども,私の理解では全くそれは違います。今申し上げたとおり,基礎的な知識・技能及びその活用力をベースにして,本当にやはり生重委員が言われるような複数の路線を一人一人の子供たちがつかんでいけるような,そういう教育の仕組みを作っていかなければいけないということだと思っております。
 それから,公平性・公正性・透明性のことについては,浦野委員が言われて,また金子委員が指摘されたとおり,やはり今後プロセスの合理性といいましょうか,透明性をしっかり打ち出していくことが大事です。今,入試のところだけで公平と言っても,これは昔からの知識・技能にたけている人間にとって公正・公平だということであって,ほかの力に優れている者にとって公平・公正なのかと言われると,一体,公平・公正とは何かということになってくるとも思います。
 公平・公正の哲学的な議論についてはいろいろなことがあると思いますけれども,いずれにしても今後は大学入学者選抜をある意味手段として,これからの複数路線の生き方というのでしょうか,そういうことができるようにしていくに当たって,1点集中の公平性ということではない,プロセスの公正性・公平性ということを十分ここでも取り上げていく必要があるのではないかというのが第2点でございます。
 それから,第3点は,社会性・市民性等の言葉の問題でございます。高等学校の現場等ではやはり社会性・市民性という言葉がかなり普通に使われているのではないかと認識しておりますが,先ほど御指摘がありましたように,やはりこれからの時代のこの答申を作っていくとすれば,その中にきちんとした,もっとハイレベルの,言葉をきちんと選びながら将来に向けての教育の在り方を提示していくということも大事なのではないかというのが第3点でございます。
 ほかにも多々ありますけれども,抜けていたら御指摘いただきたいのでありますが,資料2にありますようなことに本日頂いた御意見,特に大学教育のそこをきちんとしろ,あるいは出口が大事だ,そういうこともありましたけれども,きちんとコンパクトに書き込んで,今申し上げたようなこともいろいろ検討を文部科学省でもしてもらい,それがきちんとできて,一体的改革をするのだということがやはり共有できれば,そこで初めて達成度テスト(発展レベル)(仮称)の内容についての議論ができるようになるのではないかと思います。
 既に資料1-2等で合教科・科目型についてのいろいろな案を書いていただいておりまして,本来はこういうところを高大接続部会で,特に大学入学者選抜の国レベルの議論でございますので,そういうところをきちんと議論したいのでありますけれども,また金子委員から,やはり問題が分かってくればというようにおっしゃっていただいておりますけれども,やはりこの一体的改革ということが本当に大事だということを共有させていただかないと,それから先へはなかなか進めないというのが私の感覚でございます。
 今日も多少そういう意味での大きな議論にずっと時間を取らせていただいてまいりましたけれども,もしよろしければ,この資料2をベースにして今日頂いた御意見を入れさせていただいて,それでこの先,テストの問題,それから,先ほどからありますように,特に主体性・多様性・協働性等をどう評価するのかというそういう問題,そういうことをやはり具体的に議論しておく必要があるのではないかと思っております。
 大体以上でございますけれども,何か御意見ございましたら,是非頂ければと思います。よろしいでしょうか。
 及川委員から,主体性云々(うんぬん)を大学の個別の入学者選抜でと言われるけれども,これは一部分ですかと,このように言われておられましたけれども,これはもちろんここでの御意見によります。私はこれから具体的にここにあるような一種の目標に向かってどういうステップでもって具体的に政策を積み上げていけるかということをきちんと考えていく中で,どの程度カバーできるかということをここでもしっかり確実にしていかなければいけないと思っております。
 個人的には,達成度テスト(基礎レベル)(仮称),それから,達成度テスト(発展レベル)(仮称),特に発展レベルの方の問題の難易度がかなり高くできるのであれば,それに伴って,個別の大学の入学者選抜においては,もちろん今申し上げたテストも含めて,多様な多角的な入学者選抜を行っていただけないかと思います。特にそれまで高校生がそれぞれの道を歩んできた,努力してきた,それをやはり評価していただけないかというのが私の考え方であります。これは決して人物評価ということではなくて,学力をきちんと担保した上でということでございますので,テストの設計が非常に大事になります。そのことも付け加えさせていただければと思います。
 何か御意見ありますでしょうか。よろしいですか。
 それでは,少し早いですけれども,よろしければ,ここまでにさせていただきます。
 大変貴重な御意見を頂きまして,誠にありがとうございました。

 

―― 了 ――

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-- 登録:平成27年03月 --