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教員の資質能力向上 特別部会(第3回) 議事録

1.日時

平成22年7月27日(火曜日)13時~15時

2.場所

文部科学省旧文部省庁舎6階第2講堂

3.議題

  1. 教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について(「教員に求められる資質能力」を中心に議論)
  2. その他

4.出席者

委員

田村部会長、安彦副部会長、安西副部会長、青山委員、小川委員、小原委員、加藤委員、岸田委員、佐藤委員、新藤委員、高岡委員、高桑委員、長南委員、中西委員、布委員、八田委員、日渡委員、藤原委員、堀内委員、松木委員、宮川委員、村松委員、村山委員、森田委員、横須賀委員、吉田委員、若月委員

文部科学省

清水文部科学審議官、辰野政策評価審議官、池田教育改革調整官、板東生涯学習政策局長、川上審議官、上月政策課長、河村私学部長、小松審議官、村田私学行政課長、藤原大学振興課長、渡邉教員養成企画室長、金森初等中等教育局長、前川審議官、高橋財務課長、山下教職員課長、日向教員免許企画室長 他

5.議事録

【田村部会長】
 それでは、定刻になりました。今日で3回目になりますが、ただいまから第3回の中央教育審議会教員の資質能力向上特別部会を開催させていただきます。
 本日はお暑く、しかも学校は夏休みに入っておりますが、文部科学省は働いております。従いまして、大変申し訳なかったのですが、お暑いところ審議会にご出席いただきましてまことにありがとうございます。
 それでは、事務局から本日の配付資料の確認をお願いしたいと思います。

【池田教育改革調整官】
 それでは、資料の確認をさせていただきたいと思います。本日の議事次第の中ほどをご覧いただきたいと思います。配付資料でございますが、資料1として委員の名簿がございます。それから、資料2から4までが本日ご議論いただく教育の資質能力の関係の資料でございます。このうち資料2と3は第1回の会合でお配りしたものをもう一度お配りしております。資料4が新しい資料でございます。それから、資料5として、昨日提言をいただきました学級編制と教職員定数の改善についての資料、資料6の1から3までに関して「『リアル熟議』について」という資料がございます。このほか、本日、長南委員と高岡委員から資料をご提出いただいておりますので、その資料もあわせて机上に配付させていただいております。
 それから、別途、本部会の第1回、第2回の議事録案を委員の皆様の机上に配付させていただいております。これは委員の方々ご確認いただきまして、もしお気づきの点がございましたら、短期間で恐縮ですが8月3日、来週の火曜日までに事務局にご連絡いただければ幸いでございます。ご欠席の委員にも照会した後、議事録として確定させていただきましたら、次回、この特別部会に配付資料としてお配りするとともに、文部科学省のホームページに掲載したいと考えております。以上でございます。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。それでは、後ほど高岡先生、長南先生には資料のご説明をお願いしたいと思いますが、その前に事務局から、資料のご説明をお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。

【池田教育改革調整官】
 それでは、資料2から4までのご説明をさせていただきたいと思います。資料2は第2回の部会で配付させていただいた、これまでの資質能力に関連する答申の抜粋でございます。それから、資料3でございますが、これは第1回の部会でかなり厚い資料を参考資料として配付をしておりますが、そのうち教員の資質向上のイメージというものでございまして、これはご覧いただければおわかりかと思いますけれども、教員が養成段階から採用されて現職研修まで大体どのような資質向上のための方策、研修があるか、そういったものをまとめた資料でございます。
 それから、次に資料4でございますが、4-1と4-2という枝番になっておりますが、この資料を中心にご説明をさせていただきたいと思います。資料4-1「各論点に関する主な意見」という資料でございますが、これは中央教育審議会総会に川端大臣から諮問をした際のご議論と、それから本特別部会の第1回、第2回の審議で委員の皆様からお出しいただいたご意見を論点ごとに整理したものでございます。
 1枚目をご覧いただきますと、二重囲いのところにゴシック体で記載がございますが、ここがある程度委員の皆様のご意見を踏まえて論点としてまとめたものでございまして、ここを中心にご説明をさせていただきます。
 まず1として基本的な考え方についてですが、教員免許制度と、それから教員の養成・採用・研修の各段階を通じた総合的な取組みに関するご意見がかなり出ておりまして、これは方向性としては皆様、一体的、総合的に取組みを行うべきであろうというご意見が多かったように思います。丸印のところは、個々の委員の方々からのご意見でございますので、お目通しいただければと思います。
 それから、1枚めくっていただきまして2ページでございますが、ここは資質能力に関するご意見でございますが、1つは、教育委員会や大学の関係機関が緊密な連携を図っていくという観点からのご意見がかなり多く出たかと思います。それから、下のほうの枠でございますが、教職生活の各段階で求められる資質能力について、特に学校種ごとに分けて考える必要があろうと。それから、教員としての段階、ライフステージごとに分けて整理することが必要であろうと、こういうご意見もかなり出ていたかと思います。このあたりにつきましては、後ほど資料4-2にもう少し具体的にまとめてございますので、ここで説明をさせていただきます。
 それから、もう1枚めくっていただきまして、4ページの下の枠のところでございますけれども、「大学における養成の原則」と「開放制の原則」という、この2つの原則については、おそらく肯定的なご意見が多かったように思いますので、維持することが適当とまとめさせていただいております。
 5ページをご覧いただきたいと思いますが、教員の資質向上方策の検討の際には、学校段階間とありますけれども、これは異なる学校種の間でということでございまして、異なる学校種の間や、あるいは社会との接続の観点も配慮する必要があろうというご意見も幾つか見られたと思います。
 それから、大きな2番でございますが、教員養成のあり方についてございまして、まず最初の枠のところですけれども、現在の学部と大学院における実態を踏まえて、その期間や内容の充実を図るべく見直しを行う必要があるということで、これに関する意見がかなり出てございます。では期間をどうするか、あるいは内容をどうするかということは、まとまったご議論が今後必要になってくるかと思います。特にいろいろお出しいただいた資質能力に関するご意見を踏まえて、養成段階では何をどれだけ身につけるようにするのか、それに応じて期間を考える必要がありますし、仮に期間を4年プラスアルファのような形で延長する場合には、一貫した課程とするのか、学部4年修了時で一度何らかの形で切るのかということも論点になってまいると思いますし、免許制度の在り方もあわせて検討していく必要があろうかと思いますが、そういったものは今後ご議論いただきたい課題かと思っております。
 それから、2枚めくっていただきまして7ページでございますが、先ほどの養成課程のあり方と重複する部分もございますが、具体的に養成課程のカリキュラムについてはどう考えるのか。次のページとあわせて教育実習を抜本的に拡充する必要があるのではないかというご意見が多く見られたように思います。ここのところにご意見をまとめさせていただきました。
 それから、少し飛びますけれども、資料の9ページでございます。教職大学院と、それからそれ以外の専修免許状を出している一般の大学院の在り方に関しても検討する必要があるということで、幾つかご意見をいただいております。
 その下の枠のところでございますけれども、教員養成にかかる課程認定の審査、これは実態も踏まえて見直す必要があろうと。課程認定の審査の実質化、あるいは事後評価をもう少し厳格化する必要があるのではないか。あるいはこれに関する学部等の設置認可の厳格化といったことが課題として今後出てくると思います。
 それから、次の10ページでございますが、これはご意見としては1つまとめさせていただいておりますが、修士課程へ進学する学生への経済的な支援についても検討が必要であろうということでございます。
 次に大きな3番でございますが、教員免許制度の在り方についてでございます。免許制度についてはまだ具体的なご意見は多くは出ておりませんけれども、当然ながら、免許状の性格がどうあるべきか、これまでの免許状制度が定着してきた経緯なども踏まえつつ、今後検討していただく必要があろうかと思いますが、その際、免許状の種類とか区分をどう考えるかということもございますし、それと関連して免許状の授与権者、現行では都道府県の教育委員会になっておりますけれども、授与権者のあり方というのも論点になってこようかと思います。
 それから、諮問理由のところに書いておりますけれども、教員が教職生活を通じてより高い専門性を自発的に身につけていくことを支援すると。これを教員免許状により一定の専門性を公的に証明するということを諮問理由のところに書いておりますけれども、この具体的なあり方をどう考えていったらいいかという論点もあろうかと思います。
 次に、10ページの下のほうでございますが、これと関連して教員免許更新制についても今後ご議論をいただく必要がございます。ここでその成果の検証を踏まえ、今後の在り方について一定の方向性をお示しいただく必要がございますけれども、この成果の検証につきましては、第1回の部会でご報告しましたように、各大学や教育委員会、それから関係団体から今年の3月にご意見、ご提案をいただいております。こういったご意見と、それから現在、調査機関に委託をして教員や保護者へアンケートを実施中でございますので、これが間もなくまとまってまいりますので、こうした結果も踏まえて今後ご議論をいただきたいと考えております。
 次の11ページでございますが、採用と学校現場への多様な人材の登用についてということでございますが、ここは採用の在り方も含めて、多様な人材を登用していく方策についてご検討をいただきたいということでございます。
 それから、12ページでございますが、「現職研修等について」とございますが、これは採用後の研修として、1つは初任者研修の在り方でございますが、養成段階で教育実習を充実するという方向になる場合には、当然、初任者研修と重複する部分も出てまいりますので、あわせて議論をしていただく必要があろうかと思います。
 10年経験者研修やそれ以外のさまざまな教育委員会が行っている研修につきましても、当然ながら免許制度とのかかわりも考えつつ検討が必要になってこようかと思います。
 次に、駆け足で恐縮ですが、13ページでございますが、「教育委員会・大学等の関係機関の連携・協働について」とまとめておりますけれども、これは諮問理由の3番目の大きな柱のところでございますが、ここは基本的に連携・協働がより広く確実に行われるような仕組みを構築する必要があるというご意見が幾つか出てございます。
 7のところは、教員の資質能力の向上方策以外の方策についてもご意見が出ていたかと思いますが、具体的には教員の数の充実、あるいは多忙化への対策など、より広い観点から施策を考えていく必要があろう。
 それから、最後、14ページでございますが、審議の進め方についてもいろいろご意見をいただいておりますが、特に短期的な課題なのか、あるいは長期的な課題なのかを含めて整理すべき等々のご意見が出ていたかと思います。
 以上、論点ごとにこれまで先生方がご発言いただいたご意見をまとめましたが、資料4-2でもう少し資質能力のところのみ具体的に書き込んでおりますので、これをご覧いただきたいと思います。ここは主な意見として方向性がある程度見えてきたかなと考えるものを事務局としてまとめさせていただいております。
 1つは全体の基本的な考え方についてでございますけれども、養成段階を含む教職生活の全体を通じて考えて保証していくべきであろうと。2点目でございますが、先ほども言及いたしましたが、学校種ごとに整理をする必要があろう。それからもう1つは、教職生活のライフステージごとに分けて考える必要もあろう。それから、多くいただいたご意見としては、管理職に求められる資質能力は教員とは異なる面も多いということで、この点もきちんと整理する必要があるだろうということでございます。
 それから、その下は、教育委員会や大学などの関係機関と地域社会等が連携・協働していく仕組みづくりということでございます。
 それから、開放制と大学における養成の原則についてもここに挙げさせていただいております。
 2番として、「教員に求められる資質能力の具体例について」ということでございますが、これは、これまでの限られた時間でご意見をいただいたものを列挙してございます。当然、これに限らずいろいろな観点も必要になろうかと思いますが、とりあえずお出しいただいたご意見をここに挙げさせていただいております。
 事務局からは以上でございます。

【田村部会長】
 ありがとうございました。教員の資質能力の向上という特別部会の役割として、今、事務局からご説明いただましたように、各委員の先生方から教員の資質能力についてのご意見をちょうだいしたところでございますが、今日はお二方の先生、高岡先生と長南先生からその点にかかわって具体的なご提言をいただいておりますので、資料をご覧になりながらご説明を両先生にお願いしたいと思うのですが、高岡先生からでよろしいでしょうか。それから、長南先生、よろしいでしょうか。では、順番にお願いいたします。

【高岡委員】
 それでは、失礼をいたします。お時間をいただいて恐縮でございますが、というようなお話でございますので、急遽6枚ほど、ちょっと量が多いのですけれども、資料をつくりました。そう長い時間いろいろ言っている余地はないと思いますので、主にはその資料を見ていただいて、口ではさわりのところを少しずつお話をしようと思います。表題にありますように、今、田村部会長からのお話では、教員の資質能力についての論点ということだと思います。それは少し中のほうで出てくると思いますけれども、私ども島根大学がこれまでやってきたことという整理をする中でその問題に少し触れられればいいかな思っております。「8年間の取り組み」という副題もつけております。少し、その前段を申し上げますと、私どもの教育学部は、昭和63年に、実はゼロ免の新課程をつくりまして、御多分に漏れず、国立大学の中でかなり早い時期でしたけれども新課程をつくった。それ以前は300人定員の教員養成系だけの教育学部でございました。このあたりが結構後できいてくるんですけれども、平成9年にぎりぎりまで学生定員は減らしていきながら、ここがある意味で崖っぷちだったんですが、養成系100人、新課程100人、今考えれば10年で何と100人の定員を減らしてきましたけれども、当時は案外新課程を、新しいことがやれるというのであまり学生が減ることについては大学の組織は嫌な顔はしていなかったような思いがあります。
 劇的にことが変わりますのが、そこにございます、最初に来た「あり方懇報告」でございます。御承知のとおり、全国唯一、県境を越えた2つの国立大学があり方懇の再編というテーマにのって、鳥取・島根の養成系学部の再編と一般学部化というのが実現をしたということです。平成16年4月、これがまた偶然でございますけれども、国立大学の法人化、護送船団方式から1匹ずつそれぞれ生きていけという、そういう時代になりました。そこにぴったり年限が合ったわけです。その段階で、いろいろ学部改革という議論をしまして、先ほど言いましたように、その前、十数年前は300人の教育学部だったわけですから、あり方懇再編であれ、何であれ、教育学部に戻って教員養成だけやるっていうことはもとに戻ればいいんだという議論が学内にはたくさんありました。
 しかし、昭和の終わりごろに維持していた300人定員の教員養成学部というのは、実は総務省の査察などと、もうあまり思い出したくもない話があるんですけれども、島根大学教育学部は税金の無駄遣いであるという、ほとんどそういうことを書かれかけたことがございました。つまり、この県にこの学部があって、この県の教員をほとんど養成していない、採用が滞っているという状況ならば必要ないというようなところまで行って、それでもう1回、教員養成学部になると。学部の中には「行くも地獄、帰るも地獄」という言い方もございました。それでも、私もその当時若かったのですが、そこにいた若手の教員を中心に、せっかくやるんなら全国どこにもない新しい教育学部をつくろうと、アイデアがあれば全部出せということで、いろいろ知恵を絞って、その右側に書いてありますが、県境を越えた再編の唯一の成功例で、なおかつ新しい教育学部づくりをやるという、今から考えてみますと、あの当時が一番熱があったような気がします。
 そして、法人化が起こりまして、その次に18年の中央教育審議会答申、これも私どもにはある意味でこの答申は追い風というふうに、そう理解しないとなかなかやってられないということがありましたので、追い風というふうに理解をして、もう一歩前へ進めていこうと、そういうことがありました。結局、その中で我々学部の構成員が考えたことは、まず大事なのは、やっぱり教員の意識改革だと。いわゆる免許法依存型といいますか、免許法に書いてあるとおりの単位を出せば教員は養成されているという、何かわけのわからない楽観主義、ここから抜け出なければいけないだろう。意識を変えれば、当然、その新しい意識の中から新しい学部戦略が生まれてくるはずだ。その戦略に基づいて中身を変えていこうという改革論が出てくる。実践をやってみようと。それをもう1回評価して、もう一度、次の意識改革につなごうと。改革自体は平成15年に議論を始めましたので、15年の意識改革がずっといきますと、ちょうど18年の中央教育審議会答申が改めて二度目の意識改革を必要とする時期に当たっておりました。したがって、それ以後はスパイラルだと、繰り返し意識の改革と構造の改革と実践という、その改革の繰り返しをやること、絶えずある改革ということをいつも話をしております。教育改善のキーワードとしていろいろ出てきたんですが、そこに代表的なものをちょっと挙げてみました。途中で免許更新制というのも入ってまいりますので、それもできるだけ積極的にそれにかかわっていくというようなことを考えたわけです。
 平成16年に第1期の中期目標計画期間が始まりましたので、これがちょうどいいというので、教育改善の6年計画というふうに銘を打って、3つの領域の中の、さらに中が3つあるということで、Triple TRINITYという、最近思いついた言葉なんで、その当時言っていたわけじゃないんですが、3掛ける3というふうに言っていました。養成の枠組みを見直すという全体改革だと。それから、養成のシステムを見直すというやはり全体改革。それから、中身を見直す。その3つの見直しの中で学部や附属学校や大学院を同時に変えていく。あるいは、目的養成、一般学部もありますので開放制、さらに教育委員会と共同した現職研修、ここをシステムとして統合していくにはどうしたらいいか。これはまだ十分にはできていないところもあります。中身を見直すということ。今日は、その中身を見直すというあたりが中心になると思います。
 そのために、なかなか基盤経費だけではもちませんので、積極的に外部資金、と申しましても、実は文部科学省にお願いをしてというか、競争をしながら3本のGPと特別教育研究経費、今、名前変わりましたけれどもそれを2本、まだいただき終わっていないものもあるのですが、5年で延べ15年分、金額で大体2億5,000万円ぐらい、教育学部の改革のために資金をいただいてやってまいりました。
 具体的な改革の中身の話は次のページです。全体改革だということで100人近い構成員が、みんながこぞってやろうということになると、やはり一種のスローガンが必要ですので、あるいはそのスローガンを1枚の図面に落とすという作業を、こういうことが得意な人がいましたので、その人の頭脳から下のような図面が出てまいりました。うちの改革はこういうことなんだと。学部教育全体の構造転換を目指すんだということ。そのもう一つの結論は、いわゆる免許法依存体質という、そこからの脱却なんだと。免許法はあくまでも最低基準であって、うちが育てる教員というのは、その免許法を超えて何ができているかということを社会に問うことだと。かなり難しい話だと思うのですけれども、案外そのあたりのことは、16年、17年、18年のこの3年ぐらいで学部教員の中で定着をしつつあるということです。
 今日は、その幾つか箱がございますが、AとBとCというふうにローマ字を振っております。1,000時間体験学習というプログラムと、プロファイルシート、これは教職実践演習の履修カルテというふうに今おさまっていますけれども、それが2件目。それからもう一つは、教科教育と専門を架橋する領域の教育、この3つはまだどこにもないだろうということで16年から先ほどのGPの経費などを活用して、センターをつくって動かしてきました。
 次のページがその3つの話です。まずAですが、1,000時間体験学習。これは前回もそういう発言をさせていただきましたけれども、学部の中では部内設置の教育支援センターというところが管理をしております。学生に教育実習等を含んで1,000時間の体験学習を大学の講義、演習とは別に必修かするというプログラムです。何をやったかということと、そこからどういうことが生まれたかということを4点ほど書いてありますのでご覧ください。
 まず1点目は、学校や地域における多様な教育体験。我々は「子ども体験」というふうに言っているのですが、生身の子供に学生を出会わせる。これは大学にいたんじゃできないことで、外に出さなきゃいけないということで、それらを要卒の単位以外に1,000時間必修化するんだということをやりました。学部の中には、1,000時間なんて、そんなことを言うと、学生が来なくなるだろうという話もありましたが、あにはからんや、そうでもないです。学生たちはこの1,000時間体験というものが他学部にはない、教育学部にいるからこそできることだというので、非常に積極的にかかわってくれています。
 その成果ですけれども、体験の蓄積、これはボランティア活動であるとか地域の学校でのサポーターのような学生ができること、これはどの大学でもやっていることだと思うのですが、それを時間で蓄積させて記録するということが学生自身の教師としての自分の成長をあとづけると、そういう可視化プログラムだったんだということに後から我々も気がつきました。したがって、大体卒業していく学生たちは総時間数で言うと、平均1,200時間から1,300時間ぐらいはこなして卒業してくれますけれども、自分たちがそれだけの体験を大学時代にやってきたんだということが自信にもなりますし、そのことを自分の教師としての資質の売りに使うということを考えているということですね。
 それから教育実習についてですけれども、380時間その中に含まれています。これは大体9単位分に相当するのですが、1年生から入って4年間プログラムと、それから事前・事中・事後の指導を体系化するということ。実習期間中に大学と附属学校を往還させます。附属学校とは歩いて10分ぐらいの距離ですので、とにかく大学と附属学校を行ったり来たりさせる。大学の教員と附属学校の教員の協働教育組織というものがそこででき上がってきたということ。
 それから、もう一つ、臨床教育体験と。これは教育相談や生徒指導の講義とセットで、幅広い意味でカウンセリングマインドを育てるということをやっております。
 それから2番目のBですが、プロファイルシートを中心にした評価活動プログラム、FD戦略センターというのを立ち上げて、そこで次のような仕組みをつくってみました。このプロファイルシートについては、5枚目、6枚目の参考資料に現物を載せておりますので、それは後で見ていただいて、説明は省かせていただきます。
 それから、2番目、外部評価委員。我々は学部の3年生に対して全員「面接道場」という名前の、外部の人に学生を面接してもらうという、実は明後日からとその次、2日間かけて今年もやるんですが、私はそれを途中生産物を外に見てもらうというふうに言っています。これでいいかどうか。この子はちょっとまずいとか、この子はいいとか、こんなことが言えるとか、こういうことも言えないとか、そういうことを学外の有識者の方々に学生に直接言っていただくと、こういうことをやってきております。
 それからもう一つは、1,000時間体験学習と講義、演習のつなぎ方として、専攻の中で学内資格認定制度というものをつくりました。例えば、小学校の学習指導についての資格を名前をつけて、ある一定の単位と体験時間をクリアした学生に付与する。これも卒業するときに3枚も4枚も持って卒業させるということで、これも学生の自信につながるということを考えております。
 それから、最後、教科内容構成研究というプログラムです。これは各専攻で教科教育と教科専門の橋渡しの領域の科目を、免許法上は教科または教職という領域に位置づけて必修化しますと。これは中身は全く何もなかったときからまず必修化をする。2年生の後期ぐらいから動かし始めましたので、1年半でその中身をつくってもらうということで、各専攻で、あまりそれまで話をしなかった教科専門と教科教育、教職と専門の担当教員が話を始めたという大きなメリットがそこから生まれました。今でもこれはやっております。
 もう一つ、そういうことをやるのは何でかというとなんですが、我々は4ページにありますような、育成したい3つの教師力と、その教師力の中をまた10本の軸というふうにつくってみました。教育実践力、これは教員の養成ですから絶対につけなければいけない力だと。そのベースになるような対人関係力というのも要るだろう。それから、もう一つ、自己深化力という力が必要じゃないかと。まあ、どう言ってもいいんですけれども、島根大学では8年間、この言葉で通している。
 その実践力の中身をさらに4つに分け、対人関係力も3つに分け、自己深化力も3つに分け、合計10本あると。ここにあるそれぞれの力、これを学生の自己評価と、それから講義や体験活動で身につけた力、そして外部からのきちんとした客観的な評価、そういうものをセットにして1枚のシートに見せるのがこのプロファイルシートというものです。ご覧いただきますとわかりますように、この3つの教師力と10個の軸というのは、少なくとも大学発行の成績表、いわゆるそれをGPA得点と難しく言っても、そんなものでは見えてこないものです。見えてこないものですから、プロファイルシートのような教師力をどう自分の中にきちんとつくってきたかということを学生自身がみずから見えるようなシートとして提供してあげる。そのシートを真ん中に置いて教員と学生の間でさまざまな指導や議論が起こる。そういうことをねらったものです。
 トータルには、私どもはやはり社会人としての基礎力というものがまず絶対に大学で教えなければいけないものとしてあるということ。それから、教師力。さらに自己深化力のところに探求力というような言葉が出てきますけれども、職能成長力という、その3つを大学時代にきちんとはぐくんでおくことが養成学部の課題ではないか。それらは数量化できたり定量化できたりするものもありますけれども、なかなか難しいので、私は1人の人間が教師に向かって育っていくということを成熟化、成熟性というふうにいつも言っています。ドイツ語で言いますとメンデッヒカイトという言葉ですけれども、その成熟性への教育ということを大学教育の柱にできるかどうか、これが私どもがこれまでやってきた実践の取り組みだということです。
 結論的に申しますと、学部の教育改革というと、これは結構急いでやったし、意識もかなり変わってきたのですが、それにしても時間がかかるということ。なぜなら、教員の意識改革、教師を育てている大学教員の意識改革がその背景になければ何も始まらない。その意識を変えるということが実は一番難しい。逆に言いますと、意識を変えるより人を変えたほうがいいわけですから、今後10年でうちの構成員の3分の1、実は私もいなくなるんですけど、3分の1がいなくなるという、その現実を踏まえれば、これからの学部教員の人事というものをどうやっていくかということが1つかなめだろうと。構成員としていつまでもいる人たちにとっては意識改革、新しく来る人たちにとっては入職のときの教育と、この2つが絶対にやはり必要だということです。
 それからもう一つは、何だかんだ言っても、1ページの最初に申し上げた外部資金、これまでいただいた金額はそれぐらいで、大体単年度の運営費交付金の物件費で2年半分ぐらいに当たるのですが、これぐらいはないと、なかなか前にことは進まなかっただろうなと思います。しかし、つくったセンターについては自己資金でやっていくということが前提ですので、今、その経費をどうするかということを学部の中で議論をしているところです。しかし、議論の中では、もうやめようかという話は1つも出てきておりません。続けるためにどうやって資金を捻出するかということをみんなで考えているというようなことです。
 最後に3点目ですが、うちの今後の課題は、1つは、こうやって資料でお見せするとうまくいっているように見えるのですが、まあ、私もうまくいっているように見せているわけですけれども、私が言うだけではしようがないわけで、島根大学教育学部の実践活動というものを客観的に評価にさらす必要がこれからそろそろ出てくるだろうというふうに思っています。これが一つです。
 もう一つは、最初Triple TRINITYと申し上げましたけれども、行政との現職研修へのかかわり方。免許更新制は淡々とやっていますが、さらにその先に何をやればいいかということについて、まだ十分実績がない。その辺を今後しっかりやる必要があるのだろうということを考えております。
 少し長くなりました。申し訳ありませんでした。以上でございます。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。大学における取組みがご紹介されました。
 続いて教育委員会のほうからご発言を長南先生、よろしくお願いします。

【長南委員】 
 それでは、よろしくお願いします。資料、2枚とじで準備いたしました。2枚目のほうから説明をしたいと思います。2枚目の資料は左半分と右半分から成っております。左側が「山形県教員研修体系Ⅰ 平成22年度版」、右側が「体系図Ⅱ 平成22年度版」。左側の構造的なものを具体的に示したものが右側になります。
 まず左側、研修の構造を示した図です。信頼され、尊敬される教員ということを目指して、右側にライフステージを5段階に示してあります。始発期、成長期、伸張期、充実期、貢献期と、教職生活がスタートして38年で終わるという、そういう流れで、求める目標としては総合的な人間力、教育課題解決力、使命感と教育理念、教科・領域等の指導力、マネジメント能力と、こういったことをねらって研修を進めているわけです。校内研修と校外研修、そして自己啓発と、このサイクルをうまく機能させながら教員の資質能力を向上させると。
 もっと具体的には、その下に表で示してあります。研修でつける力、どんな力をつけるのかと。上にも示したとおり、総合的な人間力、マネジメント能力、教育課題解決力、教科・領域等の指導力、使命感と教育理念と、こういったつけたい力を目指して始発期、成長期、伸張期、充実期、貢献期へ、より具体的な目標を示しているわけです。右側では、それをもう少し具体的に研修課題として、例えば貢献期では職能の向上に努めるとともに管理、運営、指導に関する力量を高めると。充実期では、広い視野に立ち、学校運営の推進者としての自覚を持つとともに若手教員を指導する力を身につける。伸張期では、研修課題の整理、解決を図るとともに積極的な教育実践を通して教員としての専門的な力量を伸ばす。成長期では、教員としての専門的な知識、技能の習熟を図り、実践的な指導力を高める。スタートのところの始発期では、教員としての使命感や教育観を育てるとともに、基礎的、基本的な能力を身につけると。これが今、説明した逆のほうからずっと進んでいくわけですけど、免許更新講習も位置づけながら、具体的には、その右に示してあるように学習指導に関する研修、特別支援教育に関する研修、生徒指導相談、教育相談、派遣研修、新規採用教頭研修、新規採用校長研修と、こういった体系図に基づいて山形県の教員研修は現在進んでおります。
 平成22年度版となっているのは、毎年、この体系図は検討を加えて改定をしております。ですから、わざわざ平成22年度版というふうに銘打っているわけです。では、果たしてこの研修体系図でいいのかという、そういう疑問を持ちながら現在もその検討、改定を進めております。今のところ課題になっているのは、管理職研修が非常に弱いと。極端なことを申しますと、新規採用校長研修というのは1回で終わっているんですね。これではやっぱりだめだろうということで、より充実期、貢献期のほうに重点を移した研修をこれから考えていく必要があるのではないかと思っております。
 そして次、1枚目になります。ここからは私の考えなども含めて、資質能力が向上する学校と教員に求める資質能力ということでちょっとまとめてみました。教員の資質能力を向上させるためには、何といっても一番大事なことは、向上する学校がなければ、私は資質能力は高まらないではないかと。ここが一番大事なところだろうと思います。では、どういった学校なのか。子供の教育に専念できる学校でなければ、資質能力の向上は望めないだろうと。もちろんそういう学校をつくる校長が、経営力のある校長がいなければならないと。子供の教育に専念できる学校には、推進力と指導力のある中堅教員が育つ。そこで子供の教育に専念する教員が実際の自分の指導に対する効力感や達成感を味わうことができれば、資質能力の向上は非常に効率的に高まっていくのではないかと。山形県が平成14年度から21人から33人の少人数学級に踏み込んだのは、1つのねらいとして教員の資質能力を向上させることもねらっておりました。実際に学級のサイズが小さくなることによって教員の授業に向かう、教育に向かう意識というのは随分高まったと思います。38人規模、40人規模の学級でできなかったことができるのではないかと、そういう期待感なども育っております。
 いよいよ、それでは、求める教員の資質能力というのはどういうことなのかと。詳しく見ていけばいろいろな資質能力が挙がってくると思います。でも、そんなにいっぱい目標としていいのかと。もっと絞り込んで、私はこの3つの力をねらってみたいなと。一つは、採用の段階からですけれども、担任力。これに焦点化して研修を組んでいけばいいのではないかと。担任というのは、子供の教育を任せるいということですから、一番大事な力だと思います。もちろん、この担任力を鍛える基盤というのは学級だと思います。生活集団と学習集団が一緒になっている学級を基盤にして担任力を高めていく。
 伸張期の終わりぐらいから充実期になると、推進力として主任とか主幹教諭とか教頭職が出てくるわけです。ここのところでは推進力がとっても大事な力であって、この力がなければ職責を全うすることができないのではないか。例えばカリキュラムマネジメント、合意形成力、いろいろな課題に対応する力、この推進力のところでは指導主事も私は範囲に入れております。指導主事の意識、力量が高まらなければ教員の資質向上には結びついていかないのではないかと、これは第1回のときにも発言をしました。
 そして、充実期の後半から貢献期のところではまさに校長ですね。経営力を第1の資質能力にするべきではないかと。組織マネジメント、危機管理、これは非常に重要なポイントになるのではないかと思っております。
 一番下の始発期から貢献期の流れの中で、例えば始発期ですと同僚性も大事です。成長期に入ったら柔軟性、伸張期では説明力。自分の勤めている学校の課題は何であって、その課題を達成するために保護者、地域にどう言って説明するか。そういう説明力も大事な力だと思います。充実期では創造力、最後の貢献期では先見力。先を見通して決断する、これは絶対校長に必要な力です。判断ではなくて決断だと私は思います。本当に自分が先を見通してここで決断をしなければならない。明確に決断をして方向性を示すというのが校長のリーダーシップだろうと思っております。以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは、ただいまご説明がございました教員に求められる資質能力に関する事項、これを中心にしまして自由にご意見、ご質問をお願いしたいと思います。恐縮でございますが、名札をお立ていただきますと指名漏れが起きませんので、お立ていただければありがたく、終わりましたらまた戻していただければと思います。

【横須賀委員】 
 高岡委員のお話の印象が消えないうちに申し上げたほうがいいし、本当は申し上げないほうがいいのか迷うんですけれども、今、大学における教員養成の一種の改革モデルになっているのが島根大学の教育学部と、それからここに松木委員がおられる福井大学の教職大学院、この2つがいわば国立の教員養成大学の改革モデルにジャーナリスティックに言えばなっているわけです。その中身については、今、高岡委員からお話があったからもうつけ加えませんけれども、実は、この2つの大学ともほんとうに小さな学部なわけです。ここから出る教員の数と、圧倒的に、教員になっているかどうかわからないけれども教員免許を出している大学の数とを見れば、例えて言えば大海にインク1滴こぼしているぐらいのことになっているわけですね。
 私は、長く宮城教育大学という大学で仕事をして、いわばこれは高岡先生や松木委員は御存じのとおり、初期教員養成改革のモデルになりながら、結局くたびれてつぶれて挫折していったわけですが、この宮城教育大学も単科教育大学の中では一番小さい大学で、学生の数が400ちょっとぐらい。さっき高岡委員が言いましたけれども、300人から200人ぐらい、たしか福井大学はもっと小さかったかなと思いますが、単科教育大学でも宮城教育大学が一番小さい。さっき高岡委員が教員が100人ぐらいとおっしゃっていましたけれども、宮城教育大学で大体150ぐらい。
 だけど、ここに委員もいらっしゃるからあれだけど、もっと大きな大学になると、3倍、4倍の大学教員ということになって、こういうところではなかなか改革が進まない。それから、教員養成部会や課程認定委員会の委員をやっていますので、私立大学の非常に大きな大学の教員養成というか教員免許を出す仕組みについても、かなり内部的に承知しているわけですけど、こういうところではやっぱり教員養成改革ということについて、仮に島根大学や福井大学がモデルになったと、こういう議論があったとしても、何の関係もない。きつい言葉を言えば、どこ吹く風ということになる。
 ですから、こういうことが悲観的に言うと、また繰り返されるのかなと。高岡先生がくたびれちゃうと、もう大体、島根大学も終わるし、福井大学も松木委員がくたびれちゃうと終わっちゃうというようなことになるんじゃないかっていう気がすごくします。だから、今度のように免許制度とか教員養成制度、大学にっていうことよりも、教員の資質向上を全体として長期的にというのはすごく大事だというふうに思うのですけれども、やはり免許を出す仕組みそのものに手がつかないと、小さなところでの動きに終わって、エピソードと言うと悪いんだけど、エピソードで終わるようなことに、今度はならないで済む何かがあるんだろうかと思うと、ちょっと悲観的になってしまう。
 先ほどから大学における教員養成と開放制については誰でもそうだということだし、今回はそれは維持するということで、私もそれについては非公式な場ではさんざ悪口を言うのですけれども、こういう場では言いませんが、それよりも、この2つにくっついている戦後のあかと言ったらいいのか、そういうものをもっと落としてみないと、本当に大学における教員養成と開放制に意味があるのか、そのことは否定しないけれども本当にそうなのかということをずっと考えたりさせられています。
 例えば、国立の教員養成大学学部の教員の非常に多くを占めているのは教科の専門家で、その教科の専門家の中で圧倒的に多いのが理科と社会と数学です。理科と社会が特に多い。これは戦後のいわば開放制と言ったらいいのか、仕組みが実はそのまま続いている。こういうところの教員が教員養成改革と言ったらいいのか、教員養成大学学部なんだから教員養成をちゃんとやろうじゃないかというごく当たり前のことに非常に激しく抵抗して、各大学や学部の動きがとれなくなるということが戦後の何十年の間行われてきたと。こういう数学や理科や社会に圧倒的に人数を配置したまま、それが大きく変わらないできたというのが大学における教員養成だし、開放制というものだと。こういうところに本当に自由化というのか、大学の裁量権が認められるような仕組みがあるかというと、必ずしもそうはなっていない。例えば、大学院の修士課程の設置の基準というふうなものがこういう定数配置を保証しているという現実があるわけですね。
 だから、大学における教員養成や開放制を維持するとしても、本当に教員養成をやるのだったらば、教員養成の質を充実させるのだったら、あかを落としていかなければいけないことがかなりたくさんある。だから、そういう修士課程の設置基準とか、それから免許状の仕組みとか、こういうものが実は教員養成大学の学部の中の教員の意識改革に非常に邪魔になっているという現実がある。
 それから、私立大学の場合も、教員養成を専門的にして大学のある種の存立基盤を持っているところはともかく、非常に多くの免許状を出している大学があって、そういうところが免許基準をクリアするのは実に簡単ですから、何ら危機感を感じないでやっていられる。だから、その中に改革の動きというのは非常に薄いというのが現実だと思うんです。
 高岡委員のせっかくのモデル的発言があって、私それについては高岡委員ともよくお話ししているとおり新しい動きだと思って関心しているんだけれども、これが本当に永続できるのか、教員の資質向上に本当につながるのかという点では、やっぱり悲観的に、個人としても悲観主義者だということもあるのですけれども、悲観的にならざるを得ないというのは、私自身がそういう体験をしてきたということもあるのですけれども、今回のこういう検討課題や特別部会の取組みが本当に日本の教員養成や教育を変える力になるのには、こういう小さなモデルが本格的なものに広がる、そういう仕組みをちゃんとつくっていかなければいけないのではないかいうことを思い、発言しました。ちょっと長くなって失礼しました。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 続きまして若月先生、その次、村松先生。

【若月委員】 
 ありがとうございます。高岡先生にちょっとお伺いしたいのですけれども、これは何ページになるのでしょうか、育成したい3つの教師力と10の軸というページでございます。これはこれで1つの窓口として、教育委員会の人間としては大変参考になるところでありますけれども、教えていただきたいのは、これを具体的に指導する大学の先生はどういう方ですか。と言っても変ですけれども、どういった専門的な力量を持っていらっしゃるんでしょう。
 というのは、例えば、特に教育実践力のところで、かなり現場と近い、あるいは関連の深い内容の学習をされるわけですね。そうしますと、こう見ますと、例えば今、本区の教育委員会でやっているさまざまな研修の内容ともかぶってくる、重なってくる部分というのがかなりあるなという印象を受けたわけです。そんなところで、こういったところでは大学の先生方はどんな専門性等々をお持ちなのかということ、これが一つ。
 それからもう一つなんですが、これは私の感想なんですが、高岡先生のお考えをお伺いしたいのですが、毎年大学を卒業した新人を品川でも70名から80名受け入れているのですが、ここで言われている、例えば教師力という分野なんですが、端的に言って、教師としての、こういう言い方をすると失礼かもしれませんが、教養というか常識がないなっていうのが今の大学生の印象なんです。
 というのは、例えば、教育史ですね。これはフランスでもイギリスでもいいです。日本でもいいです。教育史についてちょっと話をする。例えばコンドルセと言うと、もう全然通じない。それから、教育社会学系の基礎的な知識をちょっと研修会で話をしても、そういうあれは全然受けてこなかったということでまるで話が通じない。だから、大学でやるならば、教育委員会では及ばない、そうした教師としての常識と言ったらいいでしょうか、教養と言ったらいいでしょうか、こういったものをもっと積極的にですね、これは間違っていただくのは困るんだけれども、アカデミズムに陥るということを言っているんではないんです。教師の教養としてですね。そういう部分というものがよく見えない、後退していて、むしろ現場でも代替ができるかなというようなものが前面に出ているような感じがするんですが、これでは大学の持っている特性が発揮されないんじゃないだろうか。あまり教育委員会が信用されていないようでありますけれども、しかし、私たちが大学に要求するのは、もっとそうした教育史にしろ、教育制度にしろ、教育社会学にしろ、比較教育学にせよ、そういった最低限の常識、こういったものぐらいは身につけてきてほしいなというのが現場の考えなんですが、いかがでしょうか。

【田村部会長】 
 お返事今いただきますか。

【村松委員】 
 先に高岡先生のほうから話していただいたほうが議論がかむと思いますので、どうぞ。

【田村部会長】 
 よろしいですか。じゃあ、高岡先生にお願いして、それから村松先生ということで、よろしいですか。

【高岡委員】 
 2つほどのお話だったと思うのですが、1点目の件ですが、実は、そこのところの仕掛けをどうつくるかということにかなり時間がかかったんですが、参考資料2をちょっと見ていただきたいと思います。このファイルシートは教員の側がつくるときに使うシートなんですが、教師力10の軸っていうのが左にありまして、これ、英語の専攻のところで先生たちがつくるんですが、上のほうの右側にすべての授業科目名がありまして、それぞれの科目が一体、この教師力10の軸の何を育てることが可能なのかということを、教員が学生に向かってシラバスと同時に提出をするんですね。したがって、学生たちは、例えば英会話上級とか中級とかいうのは、カリキュラムとしてこの科目は何を育ててくれるのかということが見えると。そこで学生との対話が始まるんですという仕掛けをつくったわけです。
 それが現実にきちんと機能するかどうかということが、我々いつも点検しなければいけないことで、そういう意味で、お答えになっていないかもしれませんけれども、実は教育学部の教員全員が、専門系であれ教職系であれ、この教師力10の軸のどこに自分が軸足を置いて、何を講義の中で学生に伝えようとしているかということを整理をし、学生にまさに見える形で提供しようと、そういう意味では、すべての教員がかかわるということなんですが、ここに挙げた10本の軸というのは、おっしゃるとおり、まさに先ほど長南先生のお話を伺っていまして、始発期、成長期のあたりの内容とかなりダブってくるところがございます。我々は教育学部というところが、これまである意味でこの分野に無頓着で教育をしてきた。そのことのいわば照り返しとして新しい領域をこういうふうに開拓していこうという、今、途中にあるというふうに我々自身も考えています。
 いわゆる教職教養的な内容については、実は学部教育の中身をこういうふうに変えようとしていた間、教職科目のいわゆる教職基礎科目、教職概論から教育史だとか教育哲学だとかという、その領域については全く触っていなかったんですね。そのことに4年目になって気がつきまして、そこの中身をどうすることが大事なのかということを、今、検討を始めて、それぞれの科目、例えば教育史という科目で何を講じるべきか、そしてそれは教師として必要な基礎的な教育に関する教養として身につけさせたい中身を今、精査していると。
 それがないと、極めて技術的な、これだけ見ますと、かなりテクニックに走った学部教育になっているんじゃないかというふうにご覧になると思いますので、そうではなくて、私たちは1,000時間体験ということも含めて、社会人としての基礎力、教育に関する基本的な知識、教養、そしてここに挙げたような教師力、さらにはそれらを土台にした職能成長力というふうに段階を追って学生が育っていくこと、これが大事だというその前提はきちんと持ってやろうと思っているんですが、おっしゃるとおり、ややテクニック、技術的なところに中身が動き過ぎているんじゃないかというご批判があることは十分わかります。しかし、教育学部というところがこれに乗り込んでいったということの優位性ということも実はあるだろうというふうに今の時点では思っています。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。よろしゅうございますね、若月先生。

【若月委員】 
 ありがとうございます。

【田村部会長】 
 コンドルセというのは公共権の話を持ち込むということですか。まあ、それは後にして。
 それでは、村松先生。

【村松委員】 
 大学の教員養成のことがまずテーマになっておりますので、発言しておかないわけにいかないと思います。
 横須賀先生のおっしゃる量の問題というのは非常に重要だと思っています。国立の単科の教育大学では宮城教育大よりも奈良教育大学のほうが小さいのですが、一番大きい北海道教育大学まで11大学が集まるときに、やはり小さなところではかなり小回りができて、大きなところはなかなかそれが難しいというのは現実として確かにあります。ただ、ちょっと横須賀先生のように、大きなところはほとんどだめだと言われてしまうと大変心外でございます。確かに迅速に動けないところというのはあると思いますが、国立大学の法人化したことの是非というのはいろいろ議論があるわけですけれども、やはりかなり大きな大学も含めて危機意識を非常に持っておりますので、この数年の間にかなり先生方の意識改革というのは進めてきたつもりでおりまして、本学東京学芸大学の場合も新課程と呼ばれるものがあるわけですが、今年度から少し教員養成のほうを増やしましたので、教育養成だけで730名の教員を養成しなければいけません。今までの590人ぐらいのときであっても、3年のときと4年のときに教壇実習を3週間ずつ6週間やっております。1年のときからもちろん4年まで、体系的な教育実習体系をつくっておりますので、教壇実習だけで2,500人の教育実習校を確保しなければいけないという規模になりますので、大変なことは大変です。だけど、それを、どうやって動かしていくかということを放置できませんので、いろいろな取組みは行っております。
 横須賀先生の持論である教科専門と教科教育と、それから教育科学の部分がばらばらで来たのではないかということは、おそらく反省として非常にそういうところがあると思いますが、今、少なくとも島根大学などで取り組んでいらっしゃるような教科専門と教科教育を連携させていく試みというのは、相当進められてきているというふうに思います。国立及び、それから一部の私学も入りました日本教育大学協会というのがございまして、私、そこの会長もしておりますけれども、そこでも今、教科専門の先生と教科教育の先生が一緒になって、教科内容学ということを動かしていこうというふうな動きがかなり高まっているということもご報告しておきます。
 ただ、そうは言いましても、私も多分1回目のときにも申し上げたんですけれども、東京学芸大学でも6年一貫のシステムを一部取り入れています。教職大学院も一部つくっています。一部に丁寧な手厚いことをやれば、確かにいい先生は育つ可能性は非常にあると思っています。ただ、これを開放制のところまで広げて全面的にやっていくときにどうするかというのが非常に大きな問題だろうと思っているということで、大きな大学も言い訳するだけでは意味がありませんけれども、かなり動き始めている。すべてが完全でうまくいっているとは申しませんけれども、多分、横須賀先生の認識よりは大分、大学自体が危機意識を持たざるを得ない状況の中で動き出しているのではないかと思います。
 そのときに、免許状更新講習というのは、もちろん現職の先生のためにあるわけですけれども、それを大学が担うときに、本学の場合には、かなり新課程の先生と教育系の先生というのはきれいに分担しているというよりは、相互に授業を持ち合うような形で、ほとんどの先生が教員養成にかかわっているということもありますけれども、本学では免許状更新講習をすべての先生が必ずやるという形をとりました。そういう形によって現職の先生との接点を持つことになって、これはまだまだ始まったばかりですし、これがどうなるかをここで議論しなければいけないわけですけれども、そういう意味では先生方に、現場の先生と接点を持つという意味でも大変前向きなものがあったろうと思っています。
 あともう一つだけ、本学でも今、教員養成カリキュラムの改革をどういうふうにしていくかという、ここの議論の前から始まっていた部分がありますけれども、教職科目の1年から4年までの配列の仕方に関して、先ほどもお話にあったような教職の教養みたいな部分というのを1年生の早い時期にやって、それからだんだん専門に進むようなことをやってきたのですが、今、本当にそれでよかったのだろうかという形になって、それこそ教員採用が近づくころになると、1年にやったことが必ずしも身についていなくて、もう少し現場に出てからそういうことを勉強したほうがよかったのかなとか、その種のカリキュラムのことの評価みたいなことも行っています。
 さっき若月先生から、教員としての教養の話というのが出てきて、大学との分担という話で大変心強いご発言だと思いました。ただ、今、一方で非常に実践力重視の話が言われるので、そこのところをきれいに整理して私たちが把握しないと、大学の側が揺れ動いてしまうのかなと。若月委員がおっしゃったようなことをかつて大学は一生懸命やってきたというのはあって、アカデミックなことではないとおっしゃったのがそこだと思いますけれども、それも十分にやり、実践力も十分につけていくとなると、やはり4年では足りないのかなというのが私どもの実感です。以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございます。
 それでは、多くの先生方からご意見をいただきます。では、順番に宮川先生、村山先生、吉田先生、堀内先生、佐藤先生、新藤先生、日渡先生、それから中西先生。それでは、宮川先生からどうぞ。

【宮川委員】 
 恐れ入ります、時間をいただきまして。高岡委員にお尋ねしたいことが2つばかりございます。それに加えて、今日の議論の整理の資料の4-2の1点目の丸、2点目の2つ目の丸、このあたりにかかわることについて若干質問をさせていただくことでの発言とさせていただきます。
 まず、高岡委員からご説明のあった、具体的に申し上げますけれども、3枚目のBの面接指導を外部有識者に見ていただくというお話がありましたけれども、何を見ていただこうとしているのかということをもう少しお話しいただければなと思っています。私は、やはり高岡委員の説明の付け加えとしてございました教職の基礎科目ですね、このあたりで教養というお話をされましたので、このあたりがどの程度身についているのかということを見ようとされているのかどうかということをちょっと教えていただきたいと思います。
 それから、2つ目は、これは資料の4-1の2枚目、資質向上方策の検討についての事柄でありますが、これの丸の4つ目に、教員の専門性について大学に期待しすぎているというくだりがございます。特にここで私が関心を持っているのは、教職専門と教科専門の間には溝があるということ。このあたりの溝をどう埋めるかということが横須賀委員のおっしゃられた、いわゆる悲観的に受け取らざるを得ないというところにどうもぶち当たっていくのかなと。つまり、これが今の大学教育の課題の根幹たるところにあるのではないかと私は思っています。こういったところについて高岡先生のご見解と、そして私は、実際に高岡委員の大学にお邪魔していろいろお話を伺った中で、やはり3つの教師力と10の軸について、これがまた長南委員のご説明のあった教育委員会等が行う研修、教師の資質能力の育成の視点、観点というんでしょうか、内容というんですか、これのあたりがいろいろな文言が使われていますので、ある意味でこれを整理していかないと、単にお互いそれぞれが特殊なことをやっていることを見せかけているようにしか見えない。こういうところをすり合わせていく必要があるんじゃないかなと思っております。
 こんなところからご質問の2つ目というのは、例えば最後のページのプロファイルシートワークブックのところで、私は十分な勉強をしておりませんけれども、例えば、教科の交流、指導というものが左から2つ目の縦の軸にございまして、そして、この担当する教授の方は対人関係力のところで1つ、そして自己深化力のところで2つのところにチェックしていますけれども、でも、ほかの項目にはこの異文化の交流と理解というものについては言及して指導するなり、あるいはシラバスをつくっていらっしゃるなり、あるんではないかと思いますね。このあたりが見えてこないと、各大学においてもより参考になるようなところには十分いかないのかなと考えさせていただきまして、もっと言及してしまえば、これらの担当する教授の方々の、3つの教師力と10の軸についてどれほどに分析をされて、何を担うということを明確にされて教壇に立っていらっしゃるのかということを疑問に思っているということでございます。
 最後に1点だけ。どうしても教職専門と教科専門の間の溝というのは、私は少し離れるかもしれませんけれども、大学教員の業績評価というものが学科への学術論文に余りにも拘泥し過ぎてしまっていて、ある意味で教職専門の方のいわゆる評価というものは、一般の専門の大学の先生と分けてやっていらっしゃるのか、この辺をちょっと疑問に思っています。どうも教職専門の方が、やはり教科専門の方のような研究を志向され過ぎているのではないかというふうに思えてなりません。
 そういうことから、教員養成にかかわる明確な理念というものを島根大学は示されていて、それを全学で成立させようとしていらっしゃるんだなと思いましたし、それから学生に身につけさせるべき最小限度必要な資質能力というものを随分追究されているんだなと思います。それから、やはり教職課程が専門職業人たる教員を養成するということを全教職員が認識した中で、いわゆる一橋大学の名誉教授の野中郁次郎さんの論ではありませんけれども、大学そのものが組織的知識創造というものができるような組織にならないと、本当に教員養成というのはできないんじゃないかと思っています。
 もちろん、私ども学校も、あるいは教育委員会にもそれぞれの課題はあると思っていますので、それぞれまたの機会にそこは言及させていただきたいと思います。ありがとうございました。

【田村部会長】 
 高岡先生、お答えになりますか。

【高岡委員】 
 簡単にというのは、少し話をずらすということになるかもしれませんけれども、私は、実はこういう場で申し上げる言い方ではないのかもしれませんけれども、特に教員養成学部の教員と学生の関係、これ、一般学部でも専門の教育をやるということはそういうことなのかもしれませんけれども、よく言うのですが、言葉遣いは非常に乱雑で議事録に残るとまずいような言葉遣いをしますけれども、100人の専門ばかが自分の専門だけ学生に向かってばーっと矢を投げるわけですね。打つわけです。学生はその矢を自分で受けとめて、1人の有能な教員にならなければいけない。教えている人間はここのところしか知らなくていいのに、育つ学生は全能でなければならない。これが教員養成をずっと突き詰めていくと、養成段階ではそうやってくださいということだし、それを基礎力といって研修では後でやりますから大学は関係がありませんという話があったにしても、大学としてもそこまでやっぱり育てなければいけないという議論をどうしてもせざるを得ないということですね。
 だから、ここの10の軸というのも、それ、大学でやりますかって言われれば、じゃあ、やらなくていいですかっていうことです。やらなければいけないことは大学でやります。しかし、そこで身につく力というのは、現実の学校や現実の子供にはあまり触れないでやっていることですから、本当にものになっているかどうかは採用してから、あとは県教委にお願いしますということでもあるわけです。
 そういうことを大学がこれまで一生懸命本気で取り組んできたかと問われれば、私は、先ほど若月先生のご質問にお答えしたときに申し上げましたけれども、やってなかったんだと思うんですよ。だからやるべきだと気づいて、8年かかってやってみたら、こんなことができましたということ。しかも、これも動いていくというふうに基本的には思います。
 それと、例えば学部段階は専門の勉強をして、プラスアルファのところで実習で勝負させればいいという考え方も、そういう意味では私はあまり正しい発想法ではないような気がするんですね。教師になるという意欲のつくり方とか、意思のつくり方っていうのは、やっぱり時間がかかるものですから、多様な体験や大学での講義や教育実習での経験や、町へ出たときの行動が少しずつ学生を教師に向けさせていく。そういう育てるということと育つということの両方を大学と行政、あるいは地域とが一緒になってやっていくということが大事なような気がしているわけです。
 もう一つは、教科専門と教科教育、教職系の対立と、私もそれを学部にいて非常に認識があって、なかなか溝は埋まらないと思うのですが、だからこそ両方がどうしても一緒になってやらなければいけない教育内容を準備したらどうだろうかと考えたのが、この教科内容構成という分野なんです。単に教え方の話でもなければ、専門だけを教えているというわけでもないと。だから、自分の得意分野だけしゃべっていればいいという、その大学の教員の資質を、やはり教育学部の教員なら、その周辺にもうちょっと広げてもらって、かぶさる部分をいっぱいつくった教育組織に教育学部の教員組織がなっていかなければ、一般学部のように、例えばたこつぼに入ったままで、たこつぼから手を出して学生を引っ張り込んで、育ったかどうかよくわからない──失礼。外へ出すというやり方では教育学部はもうもたないだろうということは考えました。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは、続いて村山先生、どうぞ。

【村山委員】 
 教員養成学部や大学で実践力を磨くための現場との非常に密接な現場に行ってつながってやるという、そういう動きが教職大学院もそうですが、この数年大変広がっているということは、島根大学がその典型だと思います。ただ、そういうので今日お話を聞いて、いわば国立の教員養成学部の一番そういう意味では実践とつながっている部分の紹介があって、その後に教育委員会での研修システムがある。両方のペーパーを拝見していましたら、それぞれ教員としての資質はこうだ、こういうものを旗印にするということがそれぞれ指摘されておりますが、私、今伺っておりまして、このように思いました。
 では、大学で努力していることがこういう教師を育てると、一生懸命やるぞと。それはそのとおりだと思います。教育委員会は教育委員会で、自分たちはこういう初任者からいろいろ研修していくんだ。そのときこういう教師像を持っている。それがうまく重なっているものなのかどうか。今回の趣旨が教職生活全体を通しての資質向上というのが大きな柱になっていますよね。そういう点では、今回私は、この会議の最大の課題は、大学だけでなく、それから教育委員会だけでもなくて、その全体を通してつなげてどういうふうに資質を上げていくかと、そういう課題が焦点だと思います。
 それについて1つ、こういうことはもう昔から言われているわけですよ。だけども、なかなか現実化しない。教育の問題というのは、いつもそう思うのですが、中身のいろいろ、こうやろう、ああやろう、あるいはこうあるべきだという議論と、制度の問題と区別すべきだと。私は、今の点で言いますと、今日の事務局からのまとめにも出ていましたが、生涯を通しての、教職生活全体を通しての資質向上と、それから教育委員会と大学等との連携と。今の問題は、実践力ある教師に育てるという問題については、制度的には私は何度やっても現状の仕組み、制度の仕組みの中ではうまくいかないと思います。つまり、大学と教育委員会、県、市も含めた、あるいは学校も含めた組織的な何か手立てができなければ、幾ら言っても、それはそれぞれの努力の結果でしかないということになりかねないんじゃないか。それが具体的に例えば教育実習をもっと増やすといっても、現場では困るわけですよね。そう簡単なことじゃないわけです。
 そういう点で、まず今回の会議では、ぜひとも私の希望としては、教育委員会と大学等と教職に関する制度的な設計を具体的に盛り込んでもらいたというのが1点目です。
 それから、先ほど横須賀先生のお話、なかなか微妙なお話で、実践力のためのいろいろな教員養成の大学側での努力っていうのは、やはり国公私含めて考えなければならない。開放制は大原則だと、今日も事務局はそう宣言しちゃっている。それに対して何となく、きっと横須賀委員がちょっと気になったからああいう発言をされたと思うんですね。私はやっぱり開放制、大学における教員養成は大原則で維持しなければならないと思います。ただ、それも昔から言われているのですが、中身はそれでいていいのかと。高岡先生がお話しされたように、実践力形成のための教職課程というのが国公私合わせてやるぞということになっているのか。私、私立大学にもいましたけれども、率直に言ってそうなっていません。なぜか。それも制度の問題です。結局、それは前回も出ました免許状の問題、免許法の問題なんですね。つまり、現行免許というのは何単位をいろいろな科目を並べて、それを積み上げれば免許は取れるわけです。それが開放制の一つの条件にもなっているわけですね。ここのところにメスを入れなければ、これはもう幾ら開放制が大原則だと言っても、これも先に進まない。これも私は制度の問題であると。
 3番目に、それに関連して資質の問題というのはいろいろな視点、幾らでも言えます。私も今でも、よく若い先生方と議論をしています。資質というのは視点によって無限に求められる。その場合に、やはりこれも制度論的に考えた場合に、やはり特に大学での養成されるべき資質のポイントは何かと。今の免許法の仕組み全部をひっくり返すことはなかなか大変ですが、例えばその中で非常に大事なことは、実践力というのは大事ですが、その中身が問題。スキルも大事だと思います。だけども、一番大事なのは、何のために教育をするかという、教育の目標、目的に関するちゃんとした見識です。それは使命感とか何かだけでは、専門職としての中身です。それがなければ幾らテクニック、スキルを磨いても、それから教養を身につけても、私はちゃんとした教師にならないと。そういうことについて免許法の前文でも何でもいいですから、開放制もにらんで、国公私共通する教師というのはこういうものを基本的な資質として磨くべきだということを制度としてきちんと提起しなければいけないと。それは簡潔でいいと思います。20歳ぐらいの学生にあんまり、これもあれもと要求してもそれは無理ですよ。それが3点目です。それは免許法という問題にどういうふうに切り込むかという課題だと思います。
 最後に、今、目的のことを言いました。私は、教育というのは、教育基本法の第1条にあるような、何のために教育するかと。それがなければちゃんとした教育はできないと思います。これは前回も何人かの方がご発言していて共感したのですが、実際、学校現場に行ったときに、若い卒業生たちを見ていると、学校によって伸びる子とうまくいかない子がいる。個人の資質は別です。一人一人も問題があるんです。これはちょっと言い方がまずいのかもしれませんが、私は、学校が校長先生を中心にして、ただ、教育委員会が言うからとか、文部科学省が言うからということじゃなくて、学校というものはやはり自主的なものでなければなりません。その責任者は校長です。校長先生が保護者に対しても地域に対しても、私たちはこういう信念で、こういう目標を持って教育をしますと。それを外に対してきちんと説明できると。そういう力を学校、とりわけ校長先生たちリーダーがどこまで持っているのかと。私はこれは決定的に大きい問題だと思います。
 前回もどなたかがおもしろい数字を挙げて、70万、100万の教師の資質を上げるのと、校長の資質を上げるのとどっちが効率的かというお話、私はそれは非常にリアリティーのある話だと思っています。だからといって一般の先生方を軽視すべきじゃありませんが、やっぱり教育というのは学校という制度です。その学校というのは、やはり一人一人の校長先生、教頭先生などによってリーダーシップが発揮されます。その中身が問われていると。
 一応、4点そんなふうな感想を持っております。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 大変いいご意見をいただきましたが、まだ発言していただく先生方があと6人いらっしゃるわけです。もう時間が30分ぐらいしかなくなっていますので、できるたけ全員が発言できるように時間をよろしくお願いしたいと思います。吉田先生、どうぞ。

【吉田委員】 
 お時間ないところありがとうございます。今、いろいろお話を伺っていて、ちょっと話が立ち戻っちゃうかもしれませんけれども、私は今日のいろいろな資料を見せていただいて、学校種ごとに整理するというお話があります。これは確かに幼小中高という大きな学校種の違いはあると思うのですが、それ以前に今のお話を伺っていても、私立学校と公立学校の違いというものも大きく出てくるのではないか。特に今の村山先生のお話なんか、最後の部分というのは、我々、私立学校と、それから教育委員会という大きな組織のもとの学校とでは、それぞれ違いがあると思います。
 そういう中で、我々私立にとりましては、お預かりした生徒たち、そして保護者の皆さんが満足して、それぞれの学校の持つ教育理念、それを理解して卒業していただくという大きな使命があります。そのもとに何があるかというと、やはり我々は基本的には、私は中高ですので中高の立場で言わせていただければ、中高というのはやはりこれからしっかりとした判断能力や責任能力を持つための社会性というか、そういったものをしっかり身につけて、そして次のステップ、将来の夢や希望に続けるための大学とか専門学校とかに進むという、そういう社会性をしっかり身につけるという責任があると思うんです。
 そういう中で、対象が生徒という人です。物ではありません。ですから、例えば教員免許状とか教員の資質の向上ということで、例えば理工系の大学院なんかで何かものをつくるための研究室に閉じこもって、ただ年限を重ねて研究していればできるということじゃなくて、やはりそれぞれ子供に接して、そういう中で努力していくことによって資質が向上されていくという部分もあると思います。逆に、我々学校にとりましては、教員というのは、言い方は悪いかもしれませんけれども、ハード面、ソフト面両方兼ね備えた、ある意味資産なんですね。この資産がいかにいいかということがその学校の価値にもつながってくる。そうすると、その資産というか財産を劣化させるようなことは許されることじゃないわけですので、その資産を向上させるために、それぞれの学校が努力をしていかなければいけない。
 そういう意味では、先ほど長南先生からお話のありました、教育委員会でやられている始発期、成長期、伸張期と、こうありましたけど、こういう部分というのはもちろん我々がやっていかなければいけないことであり、また、今の村山先生のお話にもありました、最後の校長のリーダーシップ云々ということですけど、我々やっぱり理事長と校長がいかに手を組んでその学校の経営というものをしっかりやって、そしてその校長についていかに先生方が来るかどうか。大変悔しい話ですけど、幾ら校長がよくても、教科全部教えて単位出すことはできません。卒業認定はできますけど、卒業させることはできません。となれば、やはりその周りにいる教育の仲間である先生たちが1つの教育方針に従って、その学校の教育を実践していくという、そういう意識がなかったら、私立学校は成り立ちませんので、今までのお話で出てくる学校種とか云々と言いますけど、公立と私立はちょっとその辺では違うんじゃないかなと思います。
 この前、実は北海道・東北地区の私立学校の初任者研修がございまして、私、講師で伺わせていただいたときに、札幌で、もう20代後半の男性なんですけど、1人、話を聞いている目の色が違うんですね。その彼を名簿で見たら、何と男性で家庭科の先生なんです。その人はどうしたかというのがすごく興味がありまして、後から聞いたら、最初、理工系の大学を出て技術者になったんだけど、どういうわけか調理師になりたくなって調理をやった。調理をやっているうちに、子供に調理を教えたいという気持ちになって、たまたま北海道の函館の大妻さんが家庭科の学科をつくるということで、そこの実習助手に縁があって入ったそうなんです。そこで教えることの楽しさ、それを身につけて、通信教育で函館大学とか幾つかの学校で3年かけて教員免許状を取ったと。本当に子供に対する思いもあるし、学校教育に対する思いもある。あんまり教員免許状の縛りを強くかけられるようになったら、そういう先生が生まれなくなっちゃうようだったら大変なことになる。
 それから、逆に、今、教職について6年制とか云々というお話もありますけど、これもやられることによって、私は、逆に教員になろうとする人たちが減ってしまうことの心配がございます。
 それから、教育実習につきましても、実際に今、3週間になりました。大学サイドではもっとということになるのだと思いますけれども、実際、昔は2週間でも、これはすごく変な言い方ですけど、例えば教育実習の謝礼みたいなのが1万円とか2万円とか出て、担当の教員でそれでお茶飲んでいいよとか、そういうことができました。今、それも出さなくなってきています。はっきり言って、教育実習が終わった後に、学校でフォローしなければなりません。それをいろいろ考えていくと、私は、例えば公認会計士さんというのはおもしろいなと思っているんですけど、あれだけ大変な試験を受けて、最初、士補になって、それから3年間実績を積んで初めて会計士になる資格が出てくる。
 それと同じように、私は、教員免許状の資格としては最低限の資格は大学の今までのとおりでもいいんじゃないかなと。ただ、先ほど、長南先生の最初にありました始発期ですか、最初の5年間ぐらいというものが、一番先生に向いているか向いていないかという部分が出てくる時期だと思うので、例えばの話、3年間なら3年間を一種の試用期間的な要素にしていただいて、今も1年間の試用期間はありますけれども、その3年間に我々は給料払ってもいいと思っています。ある程度責任を持って仕事をしてもらっている中で教員としての資質をしっかりと育ててもらって、そしていい先生になってもらって、正式な教員になるというのも一つの道じゃないかなと。そういうところを逆に教育委員会とかでやるのだとすれば、それが教職大学院にお預けになる方法もあるだろうし、いろいろなところを回る方法もあるだろうし、それぞれの学校で何らかの形で違いを見せていけば、やはり教員免許状というものがそういう形で生きてくれて、そして子供中心にして、子供が好きな先生をつくってほしいなと。そして、そういう中でやっていただきたいという願いがございます。
 取り急ぎ、そういうことでございます。

【田村部会長】
 ありがとうございました。免許状の根幹にかかわる議論もちょっと絡んでいますね。大変貴重なご意見をありがとうございました。
 それでは、堀内先生。

【堀内委員】 
 失礼します。別に今日は大学の代表で来ているわけではありませんので、ことさら自分の大学のことを言うつもりはないのですけれども、私も国立の教員養成系大学に勤めておりまして、先ほどからありましたように、おそらく47、新構想を入れて今、50でしょうか、すべての国立養成系大学、この10年間、いろいろな試行を改革としてやってきたと思っているんです。ただし、その中の多くは失敗に帰している。これももう一方の事実だと思うんですね。それが何なのかということ、これは日本教育大学協会の会長の村松先生もいらっしゃいますので、日本教育大学協会のお仕事かなとも思っていますけれども、やはり経験交流が足りないことは事実だと思うんです。私どもで言いますと、例えば今日島根大学の話もあったんですけれども、実践的な部分も意識しながら、さっきも中央教育審議会の答申にありましたように、やはり得意領域をつくらなければいけないということで、パッケージプログラムということを始めました。例えば国際であったり人権であったり、失敗と言うと今まだやっている先生方、こんな公の場で失敗なんて断言しちゃうと怒られるので、ちょっとこれは留保しておきますけれども、私、あまり成功していないと思っています。はっきり言いまして、やっぱり時間が足りないわけなんです。
 島根大学の場合も、また、これは個人的に高岡先生にお伺いしたほうがいいと思っていますけれども、1,000時間という話もありました。前から伺っております。これも多分1年分に相当する時数、あるいは単位数ですよね。そういったものをどういう形でこなしていくかというのは1つのリアリティーとしては考えざるを得ない。これが今回の中央教育審議会の議論の中核とかかわってくる話だろうと理解をしております。
 それともかかわり合うのですけれども、先ほど若月先生のコンドルセの話を聞いていて大変うれしく思いました。こう言うと大変失礼ですけれども、若月先生の口からコンドルセが出るとは予想だにしませんでしたので、本当にうれしく思いました。
 それから、高岡先生の島根大学の取組みも成熟というキーワードをおっしゃっていただいて、これは大変、私うれしいのですけれども、残念ながら、いただいた資料とどこがどう結びつくのか、これもクエスチョンマークなんです。要するにこの10年間、まあ、20年までは広げていいと思いますけれども、特にさっきの中央教育審議会の答申の教員養成改革のキーワードが2つあります。豊かな人間性と確かな実践的指導力なんですね。この確かなというか、実践的指導力はプログラム化されましたし、システム化されましたし、シラバス化されています。もういろいろなところでこれは目に余ると言うと怒られますけれども、随所にこれで今、教員養成改革は動いています。
 じゃあ、もう一方の豊かな人間性って、どこでどうなっているんでしょう。どなたもこの話が出てこないんですね。中央教育審議会が言っているからいいやと、まくら言葉でいいやと思っていらっしゃる方はいないと思うんですね。要するに、これが車の両輪だとするならば、この10年間の改革というものは、車軸が1本抜けたままで右旋回か左旋回、同じところをぐるぐる回ってきたのではなかろうかと、私はこう思います。
 この実践的な云々ということを否定するつもりは全くありません。その必要性は、今日3回目ですけれども、前2回でさんざん言われたと思うんですね。ただし、それはやはりバランスの問題で、今日いろいろな資料をいただいたのですが、その中でどうしてもやっぱり気にせざるを得ないのが、どのような人間性というものをどういったプログラム、どういった仕組みでつくっていったらいいか、この論議が必要だろうと思っています。教師というもの、生きた子供を相手にし、みずから成長していく。今さら言うまでもないのですけれども、そういったときのベースがどうできてくるのか。それは戦前、戦後を続いて、教員養成論の一番大きな部分だったと思うんです。戦後、御存じのように、いわゆる旧師範と、旧帝大、あるいはそのような流れの中でどういったシステムをつくるかという大論争があって、今のような形になりました。
 これは解消されていないわけなんですけれども、逆に言いますと、2つの面、きょうは教科と教職という言い方をされましたけれども、こういったものはともに重要である。それを支える人間的な成熟度、あるいは教養と言ってもいい。これが今のように社会が高度化し、学校が複雑化すればするほど、より大きなものとして求められてきた。これはやはり共通認識していただいていいと思っています。それを踏まえた上で今のシステムがどう動いているかと見たときに、やはりこの人間性といっているもの、これが大きく欠けているのではなかろうか、あるいは不十分ではなかろうかと私は思っています。
 最初のときにもお話をしたと思いますが、私は6年制あるいは高度化の確信犯であると、こう申したのですけれども、自分の大学の取組みも含めて、決定的に4年間では今言ったことが実現できない。ややもすると実践的指導力ということが、これはやむを得ない面があると思いますけれども、強調され過ぎてきたゆえに、もう一方の教養だとか人間力、人間性というものがもっともっと小さなものになってしまった。さあ、それで、今、教壇に立っている教師たちはどのような形で子供たちに影響を与えることができるのか、できないのか。もっと言うならば、正しいというか、ちゃんとした影響力が与えきれていないのではないんじゃなかろうかということを大変危惧しています。
 今、高度化に対するご批判もいろいろあると思いますけれども、こういった1つの現実を踏まえたときに、私は大きな言い方とは少し違っているかなとは思うのですけれども、単にこのプラスアルファの部分で実施をするということではなくて、人間力というものを回復するためにもう1回再設計してみる。4で設計したものを5もしくは6という中で設計をし直してみるということがあっていいだろうと思っています。
 そういった意味での教師に求められる資質能力ということを考えていただければありがたいと思っております。以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 残りあと5人の先生がまだご発言を待っておられますので、恐縮ですが、時間がなくなってきていますので、できるだけポイントを押さえてご説明をいただければ大変ありがたいと思います。では、佐藤先生、どうぞ。

【佐藤委員】 
 ただいま、タッチの差で、豊かな人間性に誰も触れないじゃないかと言われてしまいましたけれども、教師の教養についてちょっと発言したいと思います。
 先ほど、若月委員から教育史、あるいは教育の制度等、教職に絡む教養が足りないじゃないかというお話がございました。それも深く同感するところでございます。ここで私はもう少し根源的な、大学、特に学士課程における教養教育と教師養成との関係について、大いに自戒の念を込めて発言したいと思います。
 大学関係者はもうつとにご案内のとおり、大学における教養教育の体系につきましては、平成3年ですか、中央教育審議会の答申をきっかけにして、いわゆる大綱化、それ以来、自由になったと申しましょうか、各大学はそれぞれの見識に基づいて、独自の教養課程を編成するようになってきました。もちろん勝手にやれということではなくて、設置基準はバランスのとれた体系的な教育課程を編むことを要請しているわけですけれども、非常に自由度が増した。
 その上、さらに多くの大学では、ほとんどといいましょうか、相当程度学生が自由に選択している。つまり、教養教育科目のつまみ食いでもって教養の課程が成り立っているようなのが実態でございます。
 これでいいのかという議論は大学関係者の間でずっとあるわけで、最近の中央教育審議会の、例えば学士教育答申なんかを通して改めて学士教育における教養教育とは何かということを真剣に議論し直そう、再構築していこうという動きがあるわけであります。
 一方、教職教育でありますけれども、今さら申すまでもなく、教員養成というのは、教職科目あるいは教科に関する科目などを通して専門的な知識や技能や態度を養うだけではなくて、教職者という人間を養っていく、育成していく場であると思います。そうなると、人間としての人文科学、社会科学、あるいは自然科学など、多様な諸科学にわたるバランスのとれた教養が必要になってくるのは必然だと思います。
 一方、そういった教職者という人間が対象とする相手も、これまた人間であります。その児童、生徒という人間を理解するための基礎的な教養、これがどれだけ大学教育の中できっちりと目的的になされているかということを振り返りますと、はなはだじくじたる思いがするわけであります。
 ここで申し上げたいのは、引き続き、大学における教養教育は大きな大学改革の課題でありますが、特にこれと教職教育との関係について、より深い検討と議論を促したいと思うわけであります。すなわち、かなり自由度の高い教養教育の中で、もちろん、特に人文科学系、社会科学系の学部においてはいかなる職業につこうとも大切な教養教育という汎用性が大事にされるところですけれども、実際の人間があらゆる汎用的な教養を身につけるのはほとんど不可能に近いと思います。
 ここで教職を目指す者にとって必要な教養教育とは何かということをもう少し真剣に議論すべきだと思います。例えば人間理解の科目、人間洞察の科目などだと思います。そういったものを通常の教育課程の履修、指導のほかに、教職を目指す者についての、例えば必修、あるいは推奨科目を編むなど、大学を挙げて教職教育をバックアップする教養教育体系の再構築、これが必要だというふうに思う次第であります。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは、新藤先生。それから中西先生、日渡先生、岸田先生。

【新藤委員】 
 ありがとうございます。時間もありませんので、教員養成にかかわってずっと話が続いてきましたので、そこに焦点を絞って話をさせていただきたいと思います。
 今、東京は1校、毎年平均1名ぐらいずつ教員採用という形で、新規採用教員がどんどん増えてきています。自分自身の三十数年前を考えますと、大体1校3人ぐらいずつ毎年新任教員が入ってくる時代でしたから、それほどではないにしても、かなり増えてきています。そういった中で入っている新任教員や、あるいは今、自分のところで現に4年目なんですが、そこで夜、教員を目指す人たちの自主勉強会を開いて、そこに集まってきているさまざまな人たちと会っていて感じるところは、ぜひ教員養成課程で、次の3点についてしっかりと身につけてほしいなということがあると思います。
 一つは、やはり教職への真のあこがれ。教職の魅力というのはどこにあるのかということに対する自分なりのしっかりとしたものを持って教職を目指していてほしいと感じるところがあります。時間もありませんので詳しくは申し上げません。
 2つ目は、今、中学生の中で、やはり学力の低下とかそういうことよりも一番問題になっているのは、学ぶことの意義というものを十分に理解できていなかったり、学ぶ意欲というところで課題のある生徒たちが、学校不適応も含めてさまざまな課題に巻き込まれているのが事実だと。そうすると、教師は学ぶことの意義や学ぶ意欲を高めなければならない。そうすると、単なる専門性ではなくて、やはり知性ですとか学ぶことに対する真摯な態度、学ぶことのすばらしさとか、喜び、苦しさだとかつらさというものを十分経験してきていて、それが子供たちに説得を持って語られる。さらにはその高い専門性でもってすばらしい授業を示せたらさらに最高という、こういうようなことがやっぱり求められるなと思っています。
 3つ目が、佐藤先生も言われましたけれども、やっぱり教養の問題だと思います。特に僕は深刻だなと思っているのは、自分自身は恥ずかしながら、数学や理科の先生になりたかったのですがあきらめて国語の教師になったという、そういうじくじたるものがあるのですけれども、最近の文科系の教員を見ていて、もう早々と理系を捨ててしまって文科系に来ている教員、これは正直言って、例えば都立高校の入試問題あたりは解いてくれなきゃ困るんですけれども、はなから解こうとしない。全国学力学習状況調査があって、数学と国語がありますけど、数学の問題を見たこともないという国語や社会、英語の教員が多過ぎる。少なくとも職員室で、今度の数学の問題、こんな問題出てたけど、数学の先生はどう考えるのとか、子供たちに、こんな問題出たけどどうだったということが語れる教師であってほしい。そういう面では、理科系が嫌い、理科系が苦手な文科系の教員は要らない。さらに、自分は理科系が強いんだといって文科系をばかにする、国語は論理的ではないなどと言って解こうとしない理科系の教員も要らない。
 そういう面では教養のある教員、教養とは何なのかということについてもう一度、理科系、文科系のバランスのとれた教員が欲しいなと思っています。以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 では、中西先生。

【中西委員】 
 お2人に質問もあったのですけれども、あまりにも時間がたってしまったので、もうそれはやめます。
 議論の進め方というのを少し整理していただきたいという気がしました。これだけの委員の方がいらっしゃって、せっかくプレゼンをお2人されているからには、何らかの意図があったんだと思うんですけれども、それがわからないまま、また今日もフリートーキングになっていますので、何を議論しているのか、私自身は聞いていてわからなくなりました。お一人お一人のお話、それぞれなるほどなと思うところはあるんですけれども、少しその辺を次回以降考えていただけないかという、それだけにしておきます。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。もう本当におっしゃるとおり、そろそろ整理していかなければいけないのですけれども、まだフリートーキングでおっしゃりきれていないことがあるのではないかということも感じていたものですから、よろしく今後もお願いしたいと思います。
 それでは、日渡先生。

【日渡委員】 
 この会のパターンとして、養成が話題の中心に今なっていますので、まず大学側の話、そしてそれに対して学校や教育委員会の話というパターンになっていますので、私もそれに乗っかって話をしますけれども、今日の話の中で、教師にとってこのような能力が重要だということはわかりました。いろいろな、前回も含めて、大学の話もありましたので。しかし、なぜ重要な能力なのかという説明までいただくといいかなという気がしました。
 それは、例えば研究の結果なのか、それともニーズをつかんでのことなのかと。もし研究の結果であれば、私たちは採用後38年教師たちを見ているわけですので、大学がその後の38年も縛るのかという話にもなるわけです。ユーザーとしての教育委員会のすり合わせをしていただきたいとか、耳を傾けていただきたいということです。
 今日の島根大学の話にしましても、説明された能力というのは、私たちがつくっている教員評価の能力項目とかなり一致しているものですので、もしそれを意識してつくられたのであれば、教員に求められる能力というものは教育委員会のニーズを考えているんだということも説明をしていただければ、私たちも少し安心をするのかなという気がします。
 これらの能力の発揮をする場所として、養成が終わった採用後の教師たちは、教壇に立つと、目の前に生の子供がいて、生の保護者がいて、生の地域があるわけですので、もう1回、言いますけれども、ユーザーの話を聞いていただきたいということです。なぜなら、私たちはその後38年、教師の面倒を見ますし、我々は教育の目的そのものの立場にいるわけですので、ぜひ聞いていただきたいということです。
 そして最後に、少し全体を通しての疑問なんですけれども、免許を与えたいのか、それとも教師にさせたいのかと、どちらなのかなというのが途中で、私、頭の中をよぎったのですけれども、もし前者であるなら、免許制度ももうちょっと議論しないといけないし、後者であるなら、もう1回書いていますけれども、ユーザーとしての話をすり合わせていただきたいということです。以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 岸田先生、どうぞ。

【岸田委員】 
 長い間教育委員会にいた者として、今もそうなんですが、同時に大学にしばらく身を置いた者として、今日の議論に関して私の持っている印象を少しお話をしておきたいと思います。わずかばかりの期間身を置いただけですから、またお叱りを受ければありがたいと思うのですが、私の印象は、いわゆる戦後のリベラルアーツと、近年求められてきた実践的指導力との間で、いまだに大学は自らの身の置きどころをもてあましている状態である、そう思っています。
 もう少し具体的に言うと、例えばこの10年間、教員養成に求められてきたことに対して教員は3つの反応を示した。一つは、求められていることを頭でわかって体も動く方々、それから頭ではわかるけれども体が動かない方々、それから次は頭からわかろうとしない方々、この3つの反応を示す教員集団の中で、実際には少しずつ変化してきたとは思いますけれども、しかしまだ島根大学は特別で、個々の取り組み事例は個人のレベルのものに終わっているのではないかというふうに思っています。
 今日の説明で、島根大学では教員としての実践力を身につけるためにいろいろな中身があって、これをもう少し細分化すればもっとあるはずなんですね。しかし、このいっぱいあるものを4年間の学部教育でできるかというと、おそらくできないだろうと思うわけです。したがって、先ほど言いましたようにリベラルアーツと実践的指導力、こういうものの整理もして、そして大学でできるスタンダードを、学部段階でできるスタンダードをきちんと明確にする。それはこれまでの議論にあるように、後の採用後の研修も含めて、採用後の研修ではこういう点をするよ、一方大学の4年間のスタンダードとしてはこういうあり方があるということを明確にしていく必要があるんじゃないかなと思います。以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 若月先生。

【若月委員】 
 もう10秒で終わります。今日いただいた資料の4-1なんですけれども、これについて2枚目の二重の箱ですけれども、教育委員会・大学の関係、ここはこういう表現になっているのですが、私は若干物足りないというか、むしろ不満であります。というのは、任命権者はだれかという視点が抜けている。ガバナンスの所在はどこにあるかを明確に考慮するとか何とかという一言を入れていただきたい。
 それから、開放制については、例えばもう話に出ていましたけれども、私立大学の教職課程の検証は一体どうだったのか。これを考えたほうがいいだろう。やっぱり入れたほうがいいだろう。
 それから、教員養成大学だとか学部、あるいは旧師範学校系の今までの教育の功罪はどうだったのかという、そういった振り返りはぜひ入れる必要があるだろうと思います。

【田村部会長】 
 ありがとうございます。
 では宮川先生。

【宮川委員】 
 次の議論にもしもということで、佐藤委員をはじめとしてリベラルアーツの教育の話がございました。今、現場では、例えば京都府では塔南高校に教育みらい科なるコースができています。あるいは奈良県にも2つほどのそういった科目を置く高校ができております。こういったところも少し検証してみる必要があるのではないかと思っています。
 つまり、今の日本の教育制度の中で本当に大学の学士課程までの間でリベラルアーツなんていうことが育てられる、それだけの中学校・高校教育ができているのか、そこも私は疑問に思っています。
 ですから、冒頭私の発言は、大学が今どうなっているんだという発言に聞こえたと思うんですけれども、それはそれとしてあると思うんですが、今、そういった問題も掘り起こしてみる必要があるのではないかと思っています。
 また、弘前大学が平成17年度から教師養成学なり体系をつくって、その検討をしてきたと聞いていますが、こういったものはいかにその成果とか課題というものが明らかになっているのか、そういうことを少し素材にさせていただかないと議論というものが拡散していくんじゃないかと思いました。以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございます。
 短い時間で議論をしていただいているので、いろいろご迷惑をおかけするのですけれども、教員の資質向上にかかわっては二大重要関係者ということで、大学と教育委員会が、今日中心に議論として出てきまして、いろいろなご意見を賜ったわけであります。
 中西先生からご指摘のように、議論の方向性みたいなことはまだまとめるというところまで来ていないように思っておりますので、もう少し多少フリートーキング的なことも入ってくるのですけれども、議論をしていただいた上で、8月末ぐらいになるんじゃないかと思われますが、このような会議を持つということで、その辺で大体方向がはっきりしてくれば、また随分いろいろと展開が期待できるのではないかと思っております。
 とにかく大変当事者が多くて難しい問題ですので、十分にまず議論してからということで進めさせていただいております。申し訳ありません。それでもまだ言い足りないという先生方はたくさんいらっしゃるのはよくわかるのですけれども、一応ここで時間ですので、実は文部科学省のほうで2点ほど報告がございます。お聞きとりいただければ思います。最初は高橋財務課長からですね。

【高橋財務課長】 
 それでは、本当にポイントだけですが、資料の5をご覧いただきたいと思います。これは昨日、中央教育審議会の初等中等教育分科会から大臣に提出いただきました「今後の学級編制及び教職員定数の改善の提言」でございます。ポイントは2ページに四角囲いで書いてある、これが一番のポイントでございまして、小中学校の学級編制標準を現行の40人から引き下げる、低学年についてはさらなる引き下げも検討する、また、柔軟な学級編制を可能にすると。
 そして、教職員定数の改善としては11の視点、基礎定数の充実から高校における定数改善まで、こういった観点で学級編制の標準の見直しと合わせて順次定数改善を行うべきであると。
 あわせて、設置者である市町村への権限移譲も進めると。これが大きなポイントでございます。それから、この部会に関係する部分で13ページだけ、1点だけご紹介をしておきます。13ページの9行目のなお書きでございますが、今回のこの提言は主として数の問題を中心に取り上げましたが、学校の教育力向上のためには定数改善とともに資質の向上も重要であるということで、これを今、この部会で議論いただいておりますので、必ずしもこの提言には反映されてはおりません。今後、総合的な向上方策に関する中央教育審議会の審議を踏まえて新たな方策が策定される際には適切な対応が必要であるということになっております。
 今後、この提言を踏まえまして、文部科学省におきまして8月中を目途に新たな定数改善計画を策定して、それに基づいて来年度の概算要求を行っていくと。また、この特別部会での方向が出れば、必要に応じてそういったものも考慮していくと、そういうことを考えております。以上でございます。

【田村部会長】 
 ありがとうございます。
 それでは、上月政策課長。

【上月政策課長】 
 続きまして資料6-1をお願いいたします。これは熟議の点は、この部会の最初の部会で、熟議カケアイサイト、ネットで集めた熟議について3,000ほどのコメントを整理した意見ということで提案をさせていただいています。今日出ました、いわゆる教員に要請される力ということについても一定の整理をさせていただいておりますので、またご覧をいただければと思います。
 また、今回はリアル熟議といいまして、現場での熟議ということについて最近進めていることについて紹介をさせていただくものでございます。この資料の4ページ目に、この夏、7月、8月にかけて各地で行われております、熟議の運営懇談会の委員が中心となって、あちこちいろいろな地域で企画しているものでございます。熟議につきましては、特に現場サイドで、例えば教員養成について言えば、教員の養成側と任命者、採用する側、あるいは学生、さまざまな立場の者が集まって当事者の立場を超えて学び合い、意見を成就させていくというものでございます。
 その間、2ページ目、3ページ目にその熟議の様子を示しております。この審議会でもそうかもしれませんが、いわゆる議論の見える化ということを熟議ではかなり手法として取り入れておりまして、その際にファシリテーターというものが話し合いを有効化するためのさまざまな手法を使っていきます。ここは付箋を張ったものがございますが、こういった形で効率的な議論というものを展開していくことを手法としてやっております。
 それから、資料の6-3でございますが、これは最近、慶応義塾大学の学生が企画したものでございます。これについても学生の立場、教員の立場、保護者だったり研究者だったり、さまざまな人が集まり、大体1つのテーマについて10人ぐらい集まって、さまざま議論を展開してキャリア教育の展開などについて提案をしたものであります。
 また、資料6についてはこの部会のメンバーでもあります日渡委員の企画したものでございますので、よろしくお願いいたします。

【田村部会長】 
 日渡委員、どうぞ。

【日渡委員】 
 熟議については今説明があったところですけれども、基本的にいろいろな立場の人がグループをつくって話をするわけですけれども、私が考えたのは、もっと広い視点に立てば、例えば特定の職のグループの人たちだけで熟議をすると、それが大きく広がっていくと全体熟議になるのではないかという視点で考えております。例えば校長だけの熟議とか、教務主任だけとか、養護教諭だけとかですね。
 今、2回ほど終わったのですけれども、7月18日には島根県津和野町で保護者だけによる熟議を開催しております。これは10月に第2回の熟議を開くというふうに考えておりますので、また資料の提供があるかと思います。
 今日のこの6-2の資料というのは、8月8日の豊橋市での学校の事務職員だけでの熟議ということになります。以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 実は、この熟議には、中西先生も参加している会議でありまして、基本的に私たちの会議というのは、どちらかといえばサプライサイドの議論が中心でありますが、デマンドサイドといいますか、実際に受けている、例えばここだと生徒や学生はなかなか参加できないんですね。そういう意味では、議論を深める意味でこの熟議というのは非常に有効であります。私も三、四回参加しました。私自身、実は、日米学生会議に参加する学生が日本に帰ってきたら「日本の学校」というテーマで熟議をやろうと思って計画を進めているんですけれども、委員の皆様方もぜひひとつ、それぞれの場所でこういった熟議をおやりになられると、非常に新しい視点が身につきますし、個人的には日本の民主主義がそれでより成熟していくんじゃないかなと思って参加しているわけです。
 この熟議に関して言いますと、実は文部科学省だけではなくて、ほかの省庁でもこの動きが始まっております。聞いたところでは、経済産業省や総務省などでもそういったことが次第に広がってきていると聞いています。文部科学省ではお世話をするところが決まっていまして、生涯学習局の上月課長のところですね。先ほどご説明されましたが、あそこでいろいろ世話してくれますので、上月課長がだめだったら板東局長におっしゃれば、板東局長がやってくださっています。板東局長もメンバーで参加しているところを見ましたが、大変おもしろい試みで、これが広がっていくと、ちょっと日本の民主主義もいい意味で一層成熟していくんじゃないかと感じておりますので、ちょっとご紹介させていただきました。
 それでは、大変申し訳ございません。できるだけ委員の皆様方のご意見を反映しながら進めたいと思っているので、議論がちょっと散漫になっちゃっているということがございますので、その点は司会の力不足でございます。ご了解いただきたいと思います。
 なお、本日の部会、時間がございますので、一応これまでになります。本日の議事に関することで何かお気づきの点がございましたら、後からでも結構ですので事務局までご連絡くださるようお願いしたいと思います。
 なお、今後の日程については8月下旬という予定が示されております。委員の皆様にご連絡をして調整させていただきたいと思います。
 それでは、清水文部科学審議官から何か一言おっしゃっていただいて終わりたいと思います。

【清水文部科学審議官】 
 今日も熱心にご討議いただきましてありがとうございます。今、いろいろな形でそれぞれ発言頂いた訳ですが、言い足りない感じを見受けられることを考えれば、少し合宿集中的なことを考えたほうが、まだ担当局長とも話をしていないのですが、思い切って、時間の制約なく、少しテーマをある程度分けながらということも工夫したらどうなのかな、皆さんのご意見はどうなのかななどという話をしておったわけでございます。
 これからいよいよ佳境にだんだん入ってまいります。どうぞ進め方について、またご意見をいただきながらと思いますので、よろしくお願い申し上げます。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 これはあんまり広がっていくと、合宿しなきゃならなくなるかもしれませんが、ひとつよろしくお願いしたいと思います。
 一応今日はこれで終わらせていただきます。本当に今日はお暑いところお集まりいただきましてありがとうございました。

 

お問合せ先

初等中等教育局教職員課

-- 登録:平成22年10月 --