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教員の資質能力向上 特別部会(第2回) 議事録

1.日時

平成22年7月7日水曜日 10時~12時

2.場所

東海大学校友会館阿蘇の間

3.議題

  1. 教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について(自由討議)
  2. その他

4.出席者

委員

田村部会長、安彦副部会長、安西副部会長、相川委員、小原委員、加藤委員、岸田委員、清原委員、佐藤委員、新藤委員、高岡委員、高桑委員、長南委員、中西委員、布委員、日渡委員、藤原委員、堀内委員、松木委員、宮川委員、向山委員、村松委員、村山委員、森田委員、横須賀委員、吉田委員、若月委員

文部科学省

鈴木副大臣、坂田事務次官、清水文部科学審議官、山中官房長、土屋総括審議官、辰野政策評価審議官、池田教育改革調整官、板東生涯学習政策局長、金森初等中等教育局長、前川審議官、德久審議官、山下教職員課長、日向教員免許企画室長、白鳥課長補佐、河村私学部長、小松審議官、藤原大学振興課長、村田私学行政課長、渡邉教員養成企画室長 他

5.議事録

【田村部会長】
 それでは、定刻になりました。ただいまから、中央教育審議会教員の資質能力向上特別部会第2回を開催させていただきます。
 本日は大変ご多忙の中、委員の皆様にはご出席いただきましたこと御礼を申し上げます。ありがとうございます。非常に熱心にご出席いただいておりまして、欠席者がほとんどいないということで、どうぞひとつご発言をよろしく、活発にお願い申し上げたいと思います。もっとも前回は活発過ぎて、30分オーバーしてしまったんですけれども、司会がどうも力足らずで申し訳ございません。今日も自由闊達なご意見をいただきたいと思っております。
 それでは、前回ご欠席の委員のご紹介を最初にさせていただきます。
 実はいらっしゃらないうちに指名してしまったんですが、早稲田大学の教育・総合科学学術院教授の安彦副部会長でいらっしゃいます。どうぞ。

【安彦副部会長】
 どうぞよろしく。

【田村部会長】
 それから、社団法人日本PTA全国協議会会長相川委員でいらっしゃいます。

【相川委員】 
 おはようございます。

【田村部会長】 
 それから、台東区の柏葉中学校の校長先生でいらっしゃいます宮川委員でいらっしゃいます。

【宮川委員】 
 臨時委員として登用いただきまして、ありがとうございます。どうかよろしくお願いします。宮川でございます。

【田村部会長】 
 それでは、前回は「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策」ということにつきまして、ご出席いただきましたすべての委員からご意見をちょうだいいたしました。
 引き続きまして、本日も自由にご議論いただく考えでございますが、まず前回ご欠席のお三方の先生からご意見をちょうだいしたいと思っております。
 最初は安彦副部会長、それから相川委員、宮川委員の順でお願い申し上げたいと思います。前回はお1人3分というふうに申し上げたんですけれども、あまり気になさらずにお願いしたいと思います。どうぞ。

【安彦副部会長】 
 座ったままで失礼させていただきます。
 私は、このテーマといいますか、教員の資質能力向上という点では、自分自身も免許状を持っておる関係で、免許を取ってきた経験からも、それから教員養成大学及び国立の教育大学に勤めたという経験からしても、今の社会では必要不可欠のことだと思っておりまして、そういう意味では、向上あるいは高度化については、ぜひもっと早くから議論していただきたかったということでございます。
 今日は本当にそういうことで、最初に申し上げることとしては2つばかりあります。1つは、もしこういう方向を具体的に考えていくとすれば、何といっても、養成ということもさることながら、採用についてもやはりぜひきちっとした枠組みを考えていただきたい。そうしないと、多分、今議論していることはある意味で、無駄になるというほどのことはありませんけれども、非常に、実現したとしてもいろいろな困難にぶつかるというふうに思っておりまして、そういう意味では採用制度にも踏み込んでいただきたい。
 それから2点目は、カリキュラムの専門家として、やはり今の教職課程、あるいは教員養成のカリキュラムにつきまして、これをさらに高度化するという観点からしましても、新たな視点といいますか、あるいは方法というのを考えなければいけないのではないかと思っております。
 頭の中で考えているだけですけれども、例えば弁護士や何かの勉強をするとなれば、裁判の法令集のようなものが存在するわけで、そういうものをやはり徹底して、非常に多様な事例を勉強して、ある意味で頭の中に入れて、現場というか実践にかかわっていくわけですので、私は実習もさることながら、それ以前に、そういうある種のたくさんの事例を先生方が学ぶ教材集みたいなもの、法令集のような厚いものを、大学あるいは大学院できちっと学ぶということが必要だろうと。そういうことについては、まだ誰も手をつけていないので、やはりそういう、ある意味で実践的な専門性といいますか、そういうものをやはりしっかりと、大学あるいは大学院にいる間に育てるということが必要で、そこのところを今のような状態のままで、ただ年数だけ増やしてもというお話があるように、実際年数だけの問題だけではない。やはり中身や質をいじらなければいけないだろうと思います。そういうことも、ぜひ今後も具体的な方向を考えていただければと思います。
 あとは、先日の会では副部会長をご指名いただいたようですけれども、私もできる限り田村先生を補佐いたしますけれども、先生方のご協力をどうぞよろしくお願いしたいと思います。
 ありがとうございました。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。心強いお話でございました。
 それでは、相川委員でいらっしゃいます。どうぞ。

【相川委員】 
 日本PTA保護者代表の相川です。よろしくお願いいたします。
 私ども保護者の立場から、先生方の資質の向上、先生方は、私は資質、おのおの持っておられるというふうに感じてはおりますけれども、やはりそれが十分に発揮できない現況があると感じています。それにはやはり先生と子供たちの信頼関係、先生と保護者の信頼関係、これがうまくできていないような気がするんですね。そういうことから、どうも先生の能力が十分発揮されていないのではないかと。学校での今の授業の忙しさも当然あるでしょう、それといろいろな対外的な対応について、先生に負わされているという現況もあります。そういう状況で、若い先生はいろいろな経験を積んでいられないので押しつぶされてしまうという部分もあるとは思うんですね。
 これには、やはり先生個人の質を高めるにはどうしたらいいかということに尽きるのではないか。やはりそれには、若いうちからいろいろな面で経験を積んでいく、それと地域に積極的に出ていくというコミュニケーションを非常にとれるような先生、人間性をつくっていくと。やはり魅力のある先生であれば、皆さん協力をしてくれますし、子供たちも聞く耳を持ってくる、保護者も当然聞く耳を持ってくると。そのようなやはり人間性を高める、ひとつ組織ですか、学校も考えていかなければいけないし、行政も考えていかなければいけないのではないか。どうも現場に任せている部分も相当あるような気がしております。
 以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは、宮川先生どうぞ。

【宮川委員】 
 恐れ入ります。個人的なことを1つ申し上げますが、かつて教員でありました。22年ぶりに学校現場に戻りました。そこで感じていることはるるございますが、今お二方のお話をやはりしっかりと受けとめざるを得ない現実というのはたくさんあるなと思っております。
 3点ほど申し上げさせていただきまして、今後の議論のポイントになればと思います。いただきました諮問の内容そのものに直接関連することだと思っております。
 まず、前回の議論の中身については、詳細存じ上げませんが、1つ2つお伺いしたところによると、まず大学においてお願いしたいことが、私たち学校の管理職としてございます。2つ目は、やはり文部科学省にお願いしたいことがございます。そして3つ目には、それぞれの地方自治体が教員研修をいかに改善していくかという視点があると思っています。その他るるありますが、この3点を申し上げます。
 まず1つは、例えば、これまでの教員養成GPの成果検証というのは、今いかがになっているのか。そして大学の先生方は、教育研究に専念する必要性というものを強くおっしゃっていらっしゃる方がいます。これも当然だと思いますが、一方で、学校臨床というものをどれだけ材料にした研究をなさっていただいているのか。例えば共同大学研究レポジトリというんでしょうか、参加されている大学のほとんどの研究成果物をアップされているものをチェックさせていただいています。チェックさせていただいているのは、やはりそこから得たいものがたくさんあるから、参考にさせていただこうと思ってチェックしているわけですけれども、果たして学校の管理職はじめ先生方の参考になるような研究物というのがどれぐらいあるんだろうか。逆に言うと、もっと各大学さんはそういうものをアップされて、あるいはこれから研究に着手する内容や方向性までお話しいただけるというんでしょうか、アップしていただければ、あるいは研究の中間報告のようなものもアップしていただければ、学校の管理職はじめ教職員がそれらを参考にする機会というのをさらに増やせる。それによって、学校そのものが変わっていくような機会になるのではないか。
 そういったご努力と、もう一方で、これまで幾つかの大学が相当に研究をされていらっしゃると思うんですけれども、例えばカリキュラム開発したものが、果たして各担当の先生方に共有されているのか。そして、大学が教員養成を一枚岩となって、専門の先生方もあわせて、学校の教育内容に即した教育をやっていただいているのか。申し訳ございませんが、私は幾つかの教職大学院並びに大学の教育の様子を見させていただく中で、それはすごく疑問に思っております。ですからこれは大学に、それぞれ考えていただかなければならないことだと思っています。
 関連しまして、文部科学省にやはりお願いしたいことは、例えば今私が仕事として仰せつかっている学校は、教科教室型の教育をやろうとしています。これをやるには教員の、例えば個性化とか個別化というものを、あれだけの集団を抱えていかにしていくかということが課題としてあるわけですけれども、こういったことに対する、いわゆるカルチャーショックでしょうか、教員はそういうものになかなか十分に適応できないというんでしょうか、対応できるだけの学びをしていない。でもこれからの学校教育の中では、そういうふうなあり方というのが求められていくのではないかと思っています。これまでも個性化とか個別化と言われていますけれども、これを教科教室型という新しい――というんだけれども、もう昭和四十何年来言われていますから、古いわけですけれども、ただその実質を得ていないというのは何なのかということを考えたときに、それを実現するためには、やはりこの答申の中にもありますような、教員の人材というよりは、数ということは、大きなこれからの議論にしていただく必要があると思っています。
 同時に、文部科学省が課程認定している大学の評価検証というものを、やはりもっとしっかりとやっていただく必要があるのではないかと思っております。余計なことを申し上げるかもしれませんが、そのように私は考えています。
 そして3つ目として、教員研修のことでありますが、実はこの3月まで、東京都の教職員研修センターのほうで研修内容の改善をやっておりました。今までは、例えば大学の先生方に講師を依頼するときに、大体、研修のテーマと、その内容に関することを二言三言お伝えしてお願いするような形だったわけですけれども、これではやはり期待した研修にならないわけです。
 というのは、講師の大学の先生方も、こんなタイトル、内容だけで何を話をしたらいいんだろうと、そういう現実がやはりあったと思います。ですから、まだまだ途中でありますけれども、研修の、言葉は簡単に申し上げますが、シラバスのようなものをつくりまして、その研修の主たるテーマと、それから中心、ねらい、そしてどういうふうな演習などを盛り込んでいただきたいかということを、具体的に講師の方にお願いする。担当の指導主事によっては、A4のペーパーを4枚ほどつくってお願いしたりしています。
 つまり、研修の内容を充実するためにそういった工夫が、今、各都道府県の教育委員会をはじめ、市町村の教育委員会の研修担当の能力も含めて、期待されているのではないかと思っています。ある意味で現場のほうの問題としても、それをいかに生かして、教員の資質能力の向上に生かしていくかということが、私は課題だと思っております。
 また先般、管理職の資質能力のことも議論されたように伺っておりますけれども、これについても、例えばニュージーランドの例などを上げれば、まず真っ先に管理職にパソコン、インターネットをつないで、最新の情報をオークランド大学から発信するというような、また管理職が必要な情報を、オークランド大学のセンターに問い合わせればすぐにデータや情報をくれるというような仕組みになっていますけれども、ある意味ではそういうふうな、管理職が今何を一番ニーズとして、必要としているのか。そういう情報把握にもなりますし、そういった情報を提供しながら何が課題なのかということを分析するような情報として得られると思います。また、そういう仕組みによって学校の課題というものが見えてきて、これからの学校改革のさまざまな検討の材料にもなっていくのではないかと思っています。
 そういうことで、1点余計なことを申し上げたかもしれませんが、私は、先ほどの3点については、皆さん方のご意見をいただきながら、ぜひともそういう方向で実現を期待しております。
 以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。養成、採用、研修全般にわたって非常に的確な指摘をしていただきまして、これからまたご意見いただくことが楽しみです。
 これで一応委員全員の先生方のご発言を終わらせていただくわけです。これからいよいよ2回目に入るわけですが、最初に事務局から、本日の配付資料の確認と、説明をしていただきます。

【池田教育改革調整官】 
 それでは、資料の確認とご説明をさせていただきます。
 議事次第をご覧いただきたいと思いますが、真ん中あたりに配付資料のリストがございます。事務局からは、資料1から3を配付させていただいておりますが、その後に、委員の皆様から提出のあった資料をあわせて付けております。高桑委員、堀内委員、松木委員、村松委員からの提出資料と、それから布委員からパンフレットをいただいております。
 その他、机上配付資料として、冊子類を用意しておりますが、これは大変恐縮でございますが、毎回用意させていただきますので、お帰りの際は置いて帰っていただけたらと思います。
 それから資料2と3について、簡単にご説明させていただきたいと思いますが、資料2は「教員に求められる資質能力に関する関連答申」ということで、前回、教員の資質能力をまず初めにはっきりさせるべきだというご意見が何人かの委員から出ておりましたので、関連答申を事務局で整理をしております。
 順にご覧いただければと思います。ポイントだけ、2点ほど申し上げますと、4ページをご覧いただきたいと思いますが、2ページから4ページまでが平成9年の教育職員養成審議会の答申でございますが、その中で、平成9年の答申では「得意分野を持つ個性豊かな教員の必要性」ということが言われております。前回ご意見も出ておりましたが、画一的な教員像を求めることは避けて、基礎的・基本的な資質能力を確保するとともに、教員1人1人が積極的に得意分野づくりや個性の伸長を図るべきだという考えが示されております。
 それから、その反対側の5ページでございますが、これは平成11年の、同じく教育職員養成審議会の答申でございますが、ここでは「教員の各ライフステージに応じて求められる資質能力」ということで、初任者、中堅教員、管理職の段階に分けて資質能力を整理しております。それ以外はまとめ方がいろいろ違っていたり、表現ぶりが違っていたりはいたしますけれども、ある程度まとまった必要な資質能力というのが提言されているかと思います。
 それから資料3でございますが、「大学による教員養成」「開放制の教員養成」に関する答申の記述ということで、前回これも、開放制について何人かの委員から言及がございましたので、一番最近の平成18年の中央教育審議会答申で開放制について整理をしております部分を抜粋しております。
 幾つか事務局のほうでアンダーラインを引かせていただいておりますが、そこだけかいつまんでご説明いたしますと、まず1ページの真ん中辺でございますけれども、ご存じのように、戦前は師範学校などの教員養成を目的とする専門の学校で教員養成を行ってきたわけでございますが、戦後、多様な人材を広く教育界に求めるということから、教員養成の教育は大学で行うこととしたと。これが「大学における教員養成」の原則と言われるものでございます。
 また、国公私立いずれの大学でも、教員免許状取得に必要な単位に関する科目を開設して、それを履修させることによって、制度上は等しく教員養成に携わることができることとしておりまして、これを「開放制の教員養成」の原則と言っております。
 18年答申では、2枚目をご覧いただきますと、方向性ということで、5番、真ん中辺より下のところに同じくアンダーラインを引かせていただいておりますけれども、「大学における教員養成」及び「開放制の教員養成」の原則は、今後とも尊重する必要があるという方向性を示しておりますが、その際、いま一度これらの原則の理念を明確化するとともに、必要な改革を果断に進めていくことが重要であるということを提言いただいております。
 なお、3ページ目でございますが、若干補足がございまして、開放制の教員養成の原則を尊重するということは、安易に教員養成の場を拡充したり、希望すればだれもが教員免許状を容易に取得できるという開放制に対する誤った認識を是認したりするものではないということで、ここは強調しているところでございます。
 以上でございます。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 前回も今回も委員の先生方からのご意見は、基本的に教員に求められる能力向上、あるいは向上する対象となっている資質能力についての議論がたくさんございました。それから、今事務局でご説明いただきました、養成段階における開放制の問題を議論に取り上げておられる先生方もおられました。それらが前回から今回についての議論の内容だったという気がしますが、まだ十分な議論が尽くされているとは言い切れないものですから、今日は前回と同じように、それぞれの委員の先生方のお考えになっていることをご自由にご発言をいただくと。大変人数が多ございますので、できるだけ二、三分でまとめていただきますとありがたいんですけれども、大事なことは時間をあまり気になさらないでご発言いただいて結構です。よろしくお願いをしたいと思います。
 それでは、いかがでございましょうか。恐縮ですが名札をお立てになっていただくと指摘漏れが出ませんので、もしあれでしたら順番に、ご自由にご発言いただきたいと思いますけれども、名札をまずお立てになっていただいて。いかがでしょうか。
 どうぞ、若月先生。

【若月委員】 
 前回、いただいた諮問、それを考えていく上での私なりの整理で資料をお示しいたしました。今日、また新たに資料をいただいたんですが、教員の資質の向上であるとか、免許制度のあり方ということを考えるときに、もう一度ちょっと整理をしておかなければいけないことがあるのではないかという気がしてならないんです。
 というのは、どういうことかといいますと、例えば今日、資料3の「大学による教員養成」「開放制の教員養成」に関する答申をいただきました。先ほどご説明もいただきましたけれども、この資料3の2ページの5番、枠囲いで記述がございます。その中の2番に「教員免許状を、教職生活の全体を通じて、教員として最小限必要な資質能力を確実に保証するものへ」という答申がございまして、その当時の答申でありますから、これはこれとしていいんでしょうけれども、今まで教員の免許更新制や、前回のいろいろな皆さん方のお話を伺っていて思うことは、教員の免許状というものが持っているそもそも基本的な性格というものが、皆さんそれぞれ認識が違うのではないだろうかという気がしてならないんです。
 というのは、どういうことかといいますと、大変極端な言い方をしますと、教員の免許状というのは、言ってみれば単にその人間の過去の学歴にすぎない。学歴を示しているもの、もっと言えば教育界に入る取っかかりの材料にすぎないと思うわけです。ですから、免許状そのもので教員の資質とか能力とか実力というものを表現しようとか、あるいはそれを公に証明しよう、公証力とよくいいますね。公にそれを証明するようなものに使おうとすること自体に、ちょっと発想として無理があるんじゃないだろうか。
 もう一度申し上げますけれども、教員においての免許状というのは、過去の学歴にすぎないような気がするんですね。ですから、その辺りをもう一度整理をして考えないと、免許状とか免許の更新とか、教員の資質向上といったようなものを語るときに、いつもその辺りでなかなか議論がかみ合っていかない部分があるような気がしてならないわけであります。例えば免許更新制といっても、私が今申し上げたように、これは過去の学歴にすぎないということでありますから、採用試験は別に受ける。能力があるかどうか別に試験を受けるわけですから、そうすると、例えば私が教育長になるときに、あなたは過去の学歴において、どこどこ大学の教育学部を出たと。それは卒業証書であると。しかしそれが本当に正しいかどうか、更新するための試験をするから、その結果によって教育長にするというのは言わないわけであります。
 それと同じように、卒業証書と同じように、免許状そのものには、実力を示す公証力というのは伴っていないものだろうと、こう思うんですね。そう考えたときに、教員免許状というものの、もともと基本的な性格というものは何だったのかということを整理をしていく必要があるのではないかということを、また今日いただいた資料を見て、改めて感じたところです。
 それから部会長、もう一ついいですか。
 もう一つ、これはまたご議論いただきたいと思うんですけれども、平成13年に地教行法の改正がありました。その地教行法の改正の中で、いわゆる指導力のない教員や、研修をしても改善のなかなか実効が上がらない教員の場合には、それを免職し、そして他の職種に、要するに転任、異動させることができるようになったわけであります。
 これについては、多分に行政のほうから、あなたはもう、これこれこういう研修をやったけれども、だめだから免職ですと。従ってほかの職種に行きなさいという制度があるわけですけれども、これがなかなか稼働しないという一つの原因に、もっと言うならば、本人自身も、自分は5年、6年やってきたけど、どうも間違えたなと思っている教員というのが現実にいるんですね。しかしそういう教員が一生懸命やっていますから、私の立場から「あなたは免職だ」とは言えない。ところが本人は変わってみたいなと思っている教員がいるわけですね。
 さあ、そう考えたときに、ただ単に、何か処分として免職をして、行政処分として免職して、そしてほかの職種に移れるようにしてあげましたよと地教行法ではいうんですけれども、そうではなくて、本人自身がいろいろ経験の中から、自分自身で適性といったようものを判断して、みずからが申し出た場合に、当然行政のほうでそれなりの判断をするでしょうけれども、その結果、処分などということではなくて、その教員が教育界から別の職種に異動できるような地教行法の改正の、もう一歩広げた運用といったようなものを考えると、現場の教員、要するに不適格教員と言われる先生方自身がみずからの意思で変われる、こういったような、これからはやはり制度というものも必要ではないか。
 13年に改正していただいた地教行法にもう一工夫加えることによって、さらに現場の先生方の適材適所といったようなものが進むのではないかなと、そんな気がいたしました。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは順番に、横須賀先生、それから森田先生の順番でどうぞ。

【横須賀委員】 
 若月委員のただいまのご発言、大変刺激的ですが、前のほうの免許制度に触れた部分について、私の意見を述べさせていただきます。
 免許状というのは極端に言うと過去の学歴を示しているだけで、その教員になった者の資質能力を保証していないのではないかという若月先生のご指摘は、免許制度あるいは免許状というものの持っている意味と、今の免許状、あるいは免許制度というものが社会的にどういう機能をしているか、あるいは機能していないかということとの間の矛盾だと思います。
 免許制度そのものは、確かに免許を取った者がこういうことができるということを保証しているように見えますけれども、もっと本質的には、社会あるいは国民が、その人間にあることを委ねてもいいという、国民の安全とか安心、そっちを保証しているというのが本質だと思います。これは俗に言えば運転免許のことを考えてみればよくわかることだと思うんですが、その人間がそれを持っているからそれができるということと、それによって国民が安心して任せられるという面との間に、必ず一致しているとは限らないところに問題があるわけで、今やはり教員の免許の場合には、そこのところが一致していない。ある程度保証されているけれども、本当に国民が任せられるようなものになっていないというところに問題があって、若月委員のご指摘のとおりだと。だけれども、免許制度というものは、やはり国民の安全安心、任せられるというものを保証しているんだということはしっかり押さえておかないと、議論がすれ違っていってしまうのではないかなということを思います。
 それで、つけ加えると、これまでの教員養成の改革というのは、免許状に示される、若月委員のいう過去の学歴ですが、何を勉強してきたかということの中の、単位を増やせばそれが教員の資質能力向上になるという思い込みというか。

【若月委員】 
 そうですね。

【横須賀委員】 
 ですから、こういうのが足りないから、こういう講義をやりなさい、こういう単位を増やしましょうということでずっと来た。18年答申で、初めてその考え方から、自由とは言いませんけれども、やや清算をして、教職大学院という新しい設計をしようじゃないかというところに踏み切ったという経過が私はあると思うんですね。
 ですから今回も、何かが足りないからこういう勉強をさせましょう、こういう単位を増やしましょうという考え方を続けていたのでは、養成段階の質を変えていくことはできないだろうという点では、若月委員のご指摘のとおりだと私は思っています。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは、森田先生。

【森田委員】 
 ありがとうございます。基本的な養成課程、あるいは免許制度の問題点に関しましては、横須賀委員が今おっしゃった点、あるいは宮川委員が冒頭でおっしゃった点、第1点目でございますが、大変正確なポイントをついていらっしゃると思います。
 問題は、横須賀委員がおっしゃった免許状の質の保証、これをどう担保するかということで、この質の保証を担保する原理といいますか、原則というのは、これは私の解釈でございますが、いわゆる善管義務といいますか、善意からなる管理に基づく義務を履行するということでありまして、善管理主義とか、あるいは善管義務という具合に申しておりますが、これに基づいて保証されているものだろうと思っております。
 つまり、大学の個々の単位を認定するなり、あるいは講義をする教員がその善良なる意思に基づいて、努力してその内実を高める、そしてそれを保証していくということでございます。これは一方では、いわゆる大学の研究教育の自由、あるいは大学そのものの教員の研究教育の自由と、それから大学の自主性・主体性というものとの制度の、やはりそういう位置づけといいますか、それとの整合性をとったものであるという具合に解釈できます。
 それの中で、それぞれが、教員や大学は善意の努力によって、内実の質の保証を保っていくということ。しかし今日、若月委員がおっしゃったように、あるいは宮川委員が、あるいは前回もいろいろなところで出てきておりますが、この善管義務と言われるものに対する不信感というものが出てきております。それは一方では、もちろん大学の主体性なり自律性なり、あるいは教育研究の自由というものを当然保証はしつつも、しかしその善管主義に基づく管理の結果についての評価というものが、仕組みとしてうまく機能していないというところに問題があるだろうと思います。それをいかに図っていくかということが、養成段階における質の保証と言われるもの、あるいは質を担保する仕組みと言われるものを、我々は検討していく必要があるだろうと思っております。
 もちろん単位認定の厳格化だとか、あるいは前回お配りいただいたさまざまな方々からの意見、関係団体からの意見の中にもありますが、例えば国家資格と言われるようなもの――これはそれがすべきであるとは申し上げません。まだここへ至るまでには随分議論が必要だろうと思いますが――そういう国家資格についても、その資格化の議論はやはりしておきながら、やはり今の質の保証と言われる担保、善管主義、善管義務の結果に対する評価をどう担保していくかということが、社会に対しても、あるいは保護者、あるいは実際にそれを受益する学生に対しても、その説明力あるいは説明責任といいますか、アカウンタビリティーを保証していかなければいけない、そういう時代になってきているのではなかろうかなと思っております。
 それに際して、もちろん先ほど宮川委員が第2点目でおっしゃいましたけれども、やはり教員養成課程の一方では、そういう大学の中の努力と言われるものと、それからそれを社会に対して保証する仕組みと、もう一方では大学の組織体制、教員養成課程の組織体制、あるいは教職課程の認定、あるいは教員の資格審査、つまり担当教員の資格審査も含めて、もう少し厳格化していただく必要があるだろうと思っております。これは今日の時代に即してやっていかなければいけないことだろうと。
 それからもう1点は、宮川委員が第2点目でご説明されましたとおり、私も大賛成でございまして、私もある大学の業務監査監事をやっておりますし、認証評価で、いろいろな大学を回らせていただいたその結果からも、教員養成にかかわる大学・大学院の教員の研究そのものが、もちろん一生懸命やっていらっしゃる方々もいらっしゃいますが、研究が教員養成なり指導というものと結びついた研究の推進ということに関して、私も大学人でございますが、まだいろいろと反省をするべきところがあるでしょうし、そういうものも含めた評価と言われるものも、大学の評価の場合にはやはりやっていくべきだろうと思っております。
 以上でございます。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。大変いいご指摘をいただきました。これからぜひ議論を詰めていきたいと思いますが、どうぞ、清原委員。

【清原委員】 
 ありがとうございます。三鷹市長の清原慶子です。
 第1回、第2回の各委員のお話を聞いておりまして、本会の諮問の内容でございます、第1点目の新たな教員養成・教員免許制度のあり方、第2点の教職生活の全体を通じて、教員の資質能力の向上を保証する仕組みの構築については、第3点目に掲げられております教育委員会や大学をはじめとする関係機関や地域社会との組織的・継続的な連携協働の仕組みづくりがいかに重要かということを、改めて強く確認させていただきました。
 私自身、市長就任前は教職課程もある大学の教員をしておりましたが、現在は1人の市長として、この特別部会でどのようにかかわっていくことが有効かということを考えてまいりました。その中で改めて各委員のお話の中に、「地域」ということの重要性、「関係機関との連携」の重要性が言われていることは大事だと思います。その意味で、本日、幸いにも高桑委員、松木委員、村松委員から、そうした観点からの資料が出されていますし、ぜひ後ほどご説明をいただければありがたいと思います。
 2点目に私が申し上げたいのは、教員の環境のことなんでございますが、三鷹市のような市では、行財政改革は公共団体として必須でございます。私も改めて、教職員におかれても、適切な業務改善、余分な事務書類の縮減を含め、労働環境が改善されるように教育委員会と連携をしてきているところですが、やはり今回も、望ましい教員の資質向上のためには、的確な教育現場の業務改善でありますとか、働きやすい、本質的な仕事ができるような改善ということについては、教育委員会が市長部局とも連携しながら適切に進めていく必要性を確認いたしました。
 3点目は、「熟議」が私たちに先立って重要な論点を多く提案していただいておりますので、その活用をこの特別部会でも大いに図るべきだと感じました。私のような立場ですと、熟議の中でも、「教員になるためのルートの多様化」、つまり「免許状取得の複線化」ですとか、「初任者へのフォロー」、いわば「OJTの仕組みの強化」ですとか、教育現場で働く教員や校長先生などとの会話の中から、現代社会においては大変重要だと考えている諸提案が熟議の中でなされておりますので、その点についてもこの場で深められればなと思いました。
 最後に、今回諮問が「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策」となっている、この「教職生活の全体」というところの持つ意味の重さです。私は、堀内委員の提出資料にありますように、やはり教員と管理職というのは違う資質が求められているなと痛感しておりまして、そういう意味で今回思い切って、もう本当に、熟議でも出されておりますし、今回も第1回で先生方が率直にご提案された、改めて教員の資質とあるけれども、教員といっても何を主たる仕事とする教員において必要な資質はこれであり、副校長とか校長とか、そうなっていったときにはまた違うということは、もう正面切ってきちんと整理をしていくことが、適正な教職生活の全体を通じたキャリアデザインにもつながりますし、適切なOJT、プラス大学等での新たな再研修にも通じると思います。
 まとめて申し上げますと、市長の立場としては、ぜひ教育委員会や大学だけではなくて、地域や関係機関も視野に入れた取組みをこの部会から提案していただければ、実効性がさらに高まるのではないかというふうに感じましたことを申し上げます。
 ありがとうございました。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。大変適切なご意見をちょうだいできました。ありがとうございます。参考になります。
 熟議の話は、実は前回最初にちょっと申し上げたんですけれども、この会議と並行して熟議の現実的な意見交換というのがどんどん展開されているという事実がありまして、これはもう、実は昨日も熟議の会があって、その内容については、この場にもいろいろと反映させていただき、ここでの議論もできるだけオープンにして熟議に反映していくということで、お互いに、ある意味の緊張関係みたいなものを持ち合うことによって、より内容がよくなっていくだろうということと、それから熟議の手続というのは実は非常に大事なんですね。
 民主主義社会では、全員が参加意識を持つと何事もうまくいくんですね。参加意識を持っていただくためには、ここでの議論が熟議を通して、あるいは他のいろいろな手段を通してだろうと思いますけれども、熟議が一番適切なんですが、参加意識を養成していくという意味では非常にうまく機能していくという面が見られるものですから、今の先生のご判断を、ぜひ今後もここでの議論に反映させていきたいというふうに考えております。ありがとうございます。
 今ご指摘もありましたが、実は資料をお出しいただいている先生が、高桑先生、松木先生、村松先生、それから布先生と堀内先生と、5名の方がいらっしゃるので、今のご発言にも関連しますので、ぜひひとつ。
 高岡先生の後、今の5人の先生にぜひご発言を、順番にいただければと思っております。
 それでは、高岡先生、どうぞ。

【高岡委員】 
 ありがとうございます。私も先ほどから、この会が始まったそばから非常に刺激的なご意見が多いので、頭がぐるぐる回っている状態なんですが、そういうことに触発されてという側面が非常に強いんですけれども、改めて18年答申の中で、免許制度というのをどんなふうに理解されているかということをちょっと考えてみるんですね。
 ちょっと論理的には逆説的になっているんですけれども、素直に読めば、18年答申というのは、教員免許状というのは教員として最低限必要な資質能力を確実に保証するもの「に改革する」となっていますから、それまではちょっと保証していなかったということを言っているようなものなんですけれども、でもそう書いてあるんですね。その前の9ページ、10ページに出てくるんですが、「教員として最低限必要な資質能力を確実に身につけさせる」という、この言い方なんです。
 教員養成部会に加えていただいて、幾つかの大学の認定課程の実地視察などに行かせていただいた経験、あまりたくさんではないんですが、そういうところから、最低基準という考え方は、大学側から見れば、じゃあその最低の基準をクリアした上で、うちではこんな力を持った教員を育てるんだということが何か出てきてよさそうなものなんですけれども、それはほとんどないんですよ。ということは、大学というのは、この免許法というのを――人のことを言えないので、私のことかということなんですけれども――クリアしていれば免許を出せるというふうにちょっと思い込んでいるところがあって、だからお上が言っているから、この単位をそろえたら、免許状ってやつを県教委にまとめて持っていくと出してもらえると。これをずっと60年間続けてきたんだという世界だと思うんですね。
 私は、それは絶対違うぞというのを6、7年前に思い出して、うちの大学でやってみたことは、免許法を超えて何ができるか、そこにうちのやる教員養成の意味があると。そう考えたときに、ちょっと待てよと、なかなか難しいんですよ。これは大学の卒業要件との関係で、何か付加すると単位がオーバーしてしまうんですね。ですから、実はGPに、私は自分で書いた原稿であんまり言いたくないんですけれども、2回ほど面接で落とされて、何かよっぽど人当たりが悪いんじゃないかと言われたことがあるんですけれども、そのときにあるプランを出して、今から言いますけれども、そのプランを出したら「設置基準違反じゃないか」と言われたことがあるんですよ、審査委員に。
 それは何かというと、実は大学で、教員としての資質で重要だと思われる、子供に出会うこととか、学校にもっと実習とは違う形で出会うこととか、親に出会うこと、そういういわゆる経験的に獲得できる知というものがあるはずで、それを養成大学はやらないとだめだと。附属学校に切り取った実習だけ何週間行かせても、何年行かせても、それじゃ育たないものがあるから、生身の子供に会ってこいと。人間が、子供がいかに生ものであるかと、あんまりさわるとぐしゃぐしゃになって腐るよというぐらいの意味で、生身の人間に接触させるという、経験的に獲得できる知というのをまとめて単位の外へ出したんですよ。
 その中には、教育実習とか何とかというような科目の分も全部外に出して、それは単位時間で1,000時間の体験を求める。これは必修だというふうにやったんですが、その1,000時間の体験学習というものを教員養成の中核に置くんだといった瞬間に、それはおまえのところが30単位分余分に、単位と言わないで単位化していて、大学生は大変な目に遭っているはずだと。したがって設置基準違反だという批判を受けたんですね。最近は島根の1,000時間といって、あんまりそんなことを言う人はいないんですけれども、最初はそうだったんですよ。
 そういう意味で、大学が独自に何かをやるということが、この免許法の上に付加されているということが実は大事な点で、日本の大学はそのことをあまり今のところ考えていない。あるいは制度的に考えることが難しいぐらいに、免許法で習得すべきだと言われる単位数が、大学教育の128単位とかという設置基準の枠を、やろうと思うと超えてしまうという問題がある。だからボランティアは大切だ、ボランティア活動を一生懸命学生にやられることが教員養成にとっては大切だ、だから必修にしよう、1単位、なんていうばかな話が出てくるわけです。4年間で30時間ボランティア体験させたら何が身につくのかというようなことを、どうもあまり考えないで、必修は単位の枠でいうと1単位だけというような笑い話。
 今30時間という話になったので、免許更新は30時間じゃないですか。これで何かができているのかというふうに言われながらも、私は一生懸命やっているんですが、何でやるかというと、免許そのものは最低の資質保証。一応給料もらって、それをやってもいいよという最低基準だとすれば、更新制というのは、それを――もちろん自己研修ということが前提にあるわけですけれども――公的に保証するような最低の資質保証を、10年たったらもっとレベルの高いものに自分でしなさいよと。そのために30時間の免許更新制というものを前に置いて、大学も、まさに生産物のアフターケア。今どき電気製品だって10年ぐらい保証するだろうというぐらいの意味で、私はそう思っているんですが、10年後の卒業生にもう一度大学へ戻って勉強してくださいと。
 そのきっかけになってくださいという意味で、更新制も一生懸命学部の仲間とやってきたんですが、どうもこれもあまり評判がよくない。なぜなら、そんなもので資質は上がるわけはないというような議論があるからよくないように見えるんですけれども、私はこの更新制だって、最低の資質保証をした免許を出して、それから就職していった学生が教員として、ちゃんと一人前にやっていっている中で、なおもう一度、10年に一度ぐらいは自分の持っている資質というものを上向きにするための見直しをやるというきっかけにする、小さなステップだというふうに思っています。ある意味で研修への目覚まし科目だというように思っているんです。
 ですから大学は、前回も申し上げたんですが、養成を見直すことで養成に目覚められるし、更新制を担うことで実は研修も担えると。その両方をしっかりやる大学が、開放制という制度のもとで、うちはやりますよ、うちはやめましたよという判断をしていけばいいんじゃないか。そんなふうに制度的には思っています。
 すみません、余計なことでございました。以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。先生は実際にやっておられるから、非常に説得力があるんですけれども、なかなか全国的にやると難しいというので困っているわけですが、いろいろ工夫していきたいと思います。
 それでは、村松先生、よろしいですか。先ほど申し上げました高桑先生、村松先生、堀内先生、松木先生、指名しますので、次にご発言をお願いします。
 では、村松先生。

【村松委員】 
 お時間いただきありがとうございます。今日の配布資料の最後のページにちょっと資料をつけておきましたので、ご参照ください。これを含めて3点ほど申し上げたいと思います。
 先ほどから出てきている免許状の性格について、今も高岡委員からご説明ありましたけれども、多分ライセンスなのかサーティフィケーションなのかという議論で、18年答申でサーティフィケーションのほうに近づけようという方向が出てきて、教職実践演習などが入ってきているのかなというふうに、一応私どもとしてはとえらえているということが1つ目です。
 2つ目が、この資料をちょっとご説明させていただきたいと思います。これは昨年度、文部科学省の初中局のほうからの委託事業で、「教員の資質能力の追跡調査」というのがございました。1年目から何年かかけて追跡していくというのが本来の枠組みだったようなんですが、東京学芸大学では最初から、既に5年ぐらいを経験した小学校教員、これは東京都の小学校教員ですけれども、その方たちを調査対象にいたしまして、その方たちに1年目を振り返っていただき、5年目の今を評価し、そして大学の成績とかそういうことなども見るような形の複合的なことをやりました。
 ここにお示ししましたのは、当時のカリキュラムが役に立っていたかどうかというようなことの結果です。先ほど横須賀委員から、もはやカリキュラムの中に足りないものを足していくというような改革では足りないだろうということでした。私もその部分に基本的に賛成しつつも、やはり大学の教育というのはそれなりのことをしてきたということが出てきたのかなと。私も加わってやったんですけれども、おもしろい結果が出てきましたので、ご紹介したいと思います。
 調査の概要自体はそこに書いてありますように、5年程度経験者を、卒業年で対象者を見つけて、200名弱の方に調査を行って、回収率等々は記載のとおりです。ここの10の、まさに資質能力について調査をしました。この資質能力自体は、日ごろから私どもでも議論している部分と、それからこれまで実証的な研究があるもの等も参照させていただきまして、この10項目を掲げました。
 この結果の見方は、1年目と5年目というのは自己評価でございます。自分が周囲の同年配の同僚と比べて優れていると思うか、劣っていると思うかというのを5段階評価してもらいました。それからカリキュラムについては、この資質能力に関して、大学で自分たちが学んだカリキュラムが役立っていると思うかどうかということでございます。
 そうすると、全体的に言えることは、5点満点でございますので、カリキュラムの評価も含めて決してすばらしく高いというふうには言い切れないということがございます。が、対象者は既に東京都の教員に採用されていて、5年間辞めずに続けている人というのが前提にございますが、基本的には、カリキュラムの評価と1年目の評価というのはかなり近いものがあるということです。それから、1年目から5年目というのは、当然のことながら現場経験の中で伸びています。だから現場が大事だと考えるか、このくらい伸びるのは当然だと考えるか、いろいろな見方があるかなと思います。
 図の下のほうに書いておきましたが、この10項目につきまして、3本の棒グラフの評価を比べたときに5つぐらいの類型に分かれることがわかりました。1番目が(1)にある、カリキュラム評価も高く、1年目の自己評価も高い。教員としての立場や使命感の自覚、自己を高め研鑽を続ける志向。つまり教員となっていくときの基本的な、もう根幹であろうというその部分につきましては、かなり両方とも評価が高いということがあります。それから(2)は、カリキュラム評価は高いのだけれども、1年目の自己評価は低いというところが、教科ですね。教科そのものという部分で、授業の企画・立案、教科の学習指導、カリキュラムとしては教わったんだけれども、1年目が必ずしもうまくいっていないという。で、現場の中で伸びているという分野です。
 一番問題なのが(3)でございまして、カリキュラム評価も低く、1年目の自己評価も低い資質能力が、児童の学習に対する評価、学級経営、児童の生活面の指導というところが出てきました。そこは後で戻ります。
 (4)は、カリキュラム評価は低いんですが、保護者・地域との連携は1年目から何とかなっているという、皆さんの、ほかの現場の先生からの評価はどうかわかりませんが、そういうふうに自己評価しております。それから(5)は、カリキュラム評価、1年目の自己評価ともに中程度ということです。
 (3)のカリキュラム評価が低いものというのについて、本学のカリキュラムについて調べてみました。そうしますと、本日も資料が出ておりますけれども、何度かの教員免許法の改定の中で、教職科目を増やしてきた段階で、普段、日ごろは専門科目のほうの単位数が減っていることのほうに目が向いていたんですけれども、この教職科目が単位数としては増えたんですけれども、そのときに、ぎりぎりになってきて、大学の自由度がやや減っているんですね。詳しく指定されているために、これを見た大学の先生から、自分たちは昔、例えば教育評価、子供の評価のことについて15週の授業を持っていたよという話が出てきたわけですね。今それを15週やっている授業はなかったんですね。つまりそれを入れられない状況になっているということがあります。学級経営等についても、今でも組織論みたいな形でやってはいるんですけれども、15週の中のごく一部だけでやっているということで、それを中心的にやっているところがないということがわかりました。
 本学も免許法は最低基準で、それ以上のことをやっておりますけれども、それでもやはり入れかねている部分というところが、こんなにきれいに出てくるんだなと。つまり、この対象になった学生たち、今の先生たちは、そういう科目がなくなってからのカリキュラムの教育を受けている人なので、大学の授業がこれだけこういうふうに評価にあらわれてくるんだなということがわかりまして、本学のカリキュラム改革につなげていくということで既に検討を始めている段階でございます。
 これが2つ目で、もう一つは、そのことも含めて課程認定そのもので、よく厳格化ということが言われるんですけれども、確かに認定する側からは、形式的な部分とか、その先生方がこの10年でどういう業績を上げているかということを厳格に見ていくということは大切なことだと思うんですが、私は実質化してほしいなというふうによく思います。単に機械的・形式的な厳格化というよりは、実質的に本当に課程認定をしていいのかというところを見ていくこと。じゃあどうするんだということが大きな課題だと思いますけれども、そこがとても今後大事になってくるのではないかなと思っています。
 そんなところをとりあえず発言させていただきます。ありがとうございました。

【田村部会長】 
 ありがとうございます。すごくおもしろいですね。非常におもしろい資料をいただきまして、ありがとうございます。
 先ほどお願いした先生方、よろしいですか。
 高桑委員、よろしゅうございますか。

【高桑委員】 
 失礼いたします。京都市の高桑でございます。お手元に「京都市における大学と連携した教育施策」ということで、1枚物ですけれども出させていただいております。
 教員養成にかかわっても、それから現職教員の研修にかかわっても、大学との関係なしには話が進んでいかないのかなというふうに私どもも認識をいたしております。先ほどから、大学で研究と教育において葛藤があるという状況ですけれども、私どもは大学の中で起こっているだけではなしに、現在の日本の教育の中で、研究と教育という表現がいいのかどうかわかりませんが、子供たちが何のために学ぶのか。目先、何か利益を得るということの短期的な目的なのか、もっと人間性も含めた、長期的に高まっていかなければならないのかという意味では、教育界そのものの中に分裂している状況があるのではないか。子供たちの教育の中で、何のために生きるのかということを追求できない、目先の部分でのことを追求するという意味で、教育界全体が与えられている課題ではないかというふうに感じております。
 その点も踏まえて、教員養成、それから教員の研修において、大学、また教育委員会が独自にその中で何とかしていきたいということでは限界があろうというふうに考えました。したがって、大学と教育委員会とがどのように連携して、実践と研究との循環をどのようにつくり上げていけるのかというところで、現在、京都市が大学と一緒になって取り組んでいる取組みを一覧として掲げさせていただいております。
 1つは、教員養成にかかわって、大学生が学校に入ってくる取組みであります。1つ1つの説明は避けて幾つかご説明をさせていただきますけれども、連合教職大学院、京都教育大学を基幹大学として、私学を含めた8大学と一緒になって連合教職大学院をつくっていきたい。これは京都教育大学の力が一番大切なわけでございますけれども、教育委員会としても現場教職員との交流を、この場を通じてやっていきたい。また、京都教師塾、これにつきましても、大学生を中心として実践的な教師の力を高めたいということで、現在5期目を募集いたしておりますけれども、昨年度の部分で60大学から465名が、教師を目指して頑張っていきたいというところで集まってくれております。
 また、74の大学と協定を結んで、毎年2,000名ほどの大学生が既に学校現場で、いろいろな場面で取組みをしてくれております。それをどのように生かしていくのかということについてはいろいろ課題もありますけれども、このような状況であります。
 以下、大学生、また大学と一緒になって取り組んでいる取組み、大学院、また大学と大学生が入ってくる取組み内容については、3段目に書かせていただいておりますので、ご覧いただければと思いますし、連携している大学についても右側に書かせていただいております。このような大学と一緒になって取組みを進めてきている。
 また研修においても、現職教員として大学等に派遣するだけではなしに、その内容においても取組みを進めていきたいと。それから、これらの取組みを進めるために、平成18年に教員養成支援室を設置して、このような取組みを包括的に支援していく体制をつくったというところであります。
 その下に書かれております5つの取組みですけれども、これは直接教員の資質向上ということではないかと思いますけれども、大学の最先端の研究を学校実践に生かしていくための取組み、直接子供たちに経験してもらう「京大ジュニアキャンパス」等の取組みもございますし、遠く離れておりますけれども、この東京の慶應義塾と学校評価システムの共同研究等々、多くの大学と既に取り組みを進めているところであります。
 私どもが教員の資質向上を図っていく上で、大学としての主体性、また教育委員会としての主体性もあろうかと思いますけれども、今この時期に至って、大学の中で、また教育委員会でできることではなしに、大学と教育委員会が一緒になってできることを取り組んでいく。いわば、その意味では融合できる取組みについては融合して取り組んでいかなければならないのではないかと思っておりますし、そのためには教育委員会の中に、厳しくても連携を図っていく組織をつくるべきだろうと思いますし、そのような組織をつくりました。また大学に、このような事柄に、いわば大学で教えていることを社会に還元していくことに大変熱心な先生を得るということも大変大事なことになりますけれども、そのような先生方と常設的に話し合える機会をつくっていく。また教育委員会の中にそのことを仕事とする、意図する人間を置いていくということは、教員養成においても、研修においても大変大事だと思っております。
 そういう意味では、これまでの枠組みだけで考えるのではなしに、先ほど三鷹の清原市長のお話をいただきましたけれども、この学校現場というのは、まさに生の現場であると同時に、地域そのものでありますから、地域の市民の参加も一緒になって取り組んでいくと。これは今日の話とは変わりますかもわかりませんけれども、学校運営協議会ということで地域と一緒になって学校づくりをする中で、そういう姿も直接地域に見てもらえるということが学校教育に対して信頼を回復していく道だというふうに感じておりますし、市民と一緒になって取り組んでいける取組みを、これからも引き続き進めさせていただければと思っております。
 この程度に終えておきます。ありがとうございます。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。大変すばらしいご経験をご説明いただきました。本当に大事なことが積み上がっているという実感を感じました。
 それでは、松木先生。資料がお手元にあると思いますが、ご覧になりながら。

【松木委員】 
 資料を少し見てください。資料をもとにしながら説明していきたいと思います。
 先ほど若月委員から、免許状は学歴だというお話がありました。確かに大学と学校、あるいは教育委員会を別物だとして考えれば、それは学歴かなというような気がします。よく考えてみれば、今求められているのは、生涯にわたって学び続けていける教員の養成ということではないかなと思うんですね。
 そう考えたときに、やはり大学と学校、あるいは教育委員会が別物として免許についても考えていくのではなくて、どうやってコラボレーションしていけるかという話になってくるのではないかなと思います。それは養成段階から研修段階の免許まで含めて、一貫してコラボレーションしていくという話なんだろうなというふうに、先ほどの高岡委員の話もそういう流れの中で出てくるのではないかなと思っています。具体的に今の段階でどんなことができるのかということについて、例えば福井でやっていることをちょっと紹介しながら、お話をさせていただきたいと思います。
 図を見てください。福井で行っている内容は教職大学院ということになりますが、2つの視点で見ていただけたらと思います。1点は、教員の研修という視点でどんなことが可能か。それからもう1点は、一般免許といいますか、4プラスアルファの部分でどんなことができるかということで、お話をしたいと思います。
 まず教員研修の部分なんですが、今まで大学に来ていただいて研修をするということを考えておりましたが、いろいろご批判をいただきました。まず、大学院に来ていただいても、学校と直接関係のない研究をしている場合が多い。あるいは中核の先生が抜けてしまって学校が回っていかなくなるので、どちらかというと、いてもいなくてもいい先生を送り出していくような大学院になっちゃうんだというような話が出ていました。だったら、大学院を小学校、中学校、高校や特別支援学校につくればいいじゃないかと、そこにいる先生が休んで大学へ行くのではなくて、まさにその職種の、やっている中身そのものをサポートしていく大学院であればいいじゃないかと。大学院を学校に置いて、学校の抱える課題を、そこにいる先生方と協働して解決していくような大学院をつくればいいというふうに考えて、そのような形の大学院を設計し、つくってきています。
 もちろんこれだけですと、校内研修の域を脱しない、あるいはOJTの問題を解決していけない部分はあるかなと思っています。それで土日に、大学に毎月やってきて、今度はその学校だけの問題だけではなくて、ほかの学校種も含めてケースカンファレンスを行っている。そこでは自分のやっている実践を相対化し、あるいは客観化していくような時間を設けている。もちろんそれだけでは足りない部分、読んでもらいたいもの、あるいは検討していただきたいこと、論議していただきたいこともありますので、夏季休業なんかの集中でそれを取り上げる。そういった流れの中で、2年間、あるいは自分が10年間やってきたことを整理しながらまとめて、報告書をつくり、そしてまたラウンドテーブルというような機会を設けて、全国の先生方に話を聞いてもらったり、ほかの先生方の発表を聞いていただいたり、研究者に参加していただいたりするような形をとっています。
 次のページに、そうやって報告された報告集を、今教職大学院のほうで書かれているものをずらずらと全部並べてみました。これを見ていただくとお解りになるものが幾つかあるかなと思うんですが、いわゆる比較研究をしていたりするような研究はほとんどなくて、自分が主人公なんです。自分がこの2年間、あるいは十数年間どういう取組みをして、どこで悩んで、どんなふうに解決しようとしてきたのか。そしてどういうふうに進んでいきたいと考えているのかということをまとめていく。そうやってまとめたものを、大きく公表し、そしてまた次の世代、次の入ってきた人たちがそれを読みながら、どうしたらいいのかということを考えていく。そういうサイクルをつくり出そうというふうに考えています。
 2点目の4プラスアルファの部分のことですが、それに関しては1年間のインターンシップ、教育実習を実施しています。教育実習には前回いろいろご批判がありました。2週間、4週間で本当にできるかといったら、それはほとんど無理だと思います。また2週間、4週間ではお客様であって、学校から見ればお荷物の存在ではないかなというふうに思います。
 ここに1年間行っている院生は、免許を持った学生です。免許を持って、4月の一番最初の職員会議から参加しています。1年間ずっと通い続ける。もちろん校務分掌もいただきながら、学級経営やら部活動なんかも一緒に取り組みながら、教員の生活全般を含めて、内側から学ぶ仕組みを取り入れたい。ただし、それは3日間です。3日間で、週2日は大学に戻ってきます。1日は、1日かけて3日間のケースカンファレンスをやります。そして次の週に向けて準備をしながら、また3日間行くというような形で、1年間通して行っていきます。
 こうやって、1年間を通して実習をしてみますと、教師という生活が年間の活動の中でどういうことを行っているのか、そしてどういう悩みを抱えて行っているのかなんてことがよく見えてくるのではないかなと思います。
 もう1枚の資料、それは今年度修了した1年生の院生たちが、どういうことをインターンシップで自分自身が学んだのかということをまとめたものを抜き出してきました。これを見ていただくと、通常の学部段階で行う教育実習とはかなり違った学びを彼らが行っているなということがわかっていただけるのではないかと思います。
 もう1点、2つに絡んだ話なんですが、インターンシップに行っている先に、現職の先生方が大学院に入っていることもあります。つまり一生懸命学校づくりをしようと取り組んでいる姿を一緒に、目の当たりにするということが、実習生にとって非常に大きいなと思います。今行っている実習ですと、嫌々ながら受け入れる学校に行って実習をさせていただくのは、学びの中身も変わってしまうかもしれませんし、例えば初任者研修にしろ、担任を持つのはちょっと厳しいかなと思う先生が初任者研修の担当に当たっていたりする。そういうところで初任者研修を受けているということ自体も、つらい思いがあるなというふうに思います。
 学校を変えていくという機運の中で実習を行っていけるような状況づくりというのも必要ではないかなと。それをセットにしていく、つまり教育の改革ということと、教師教育といいますか、教員養成といいますか、そこを切り離さずにうまく連動させていく仕組みを構築していくということが、今求められている仕組みではないのかなと思っております。
 以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。大変いいお話をちょうだいできました。本当にありがたいなと思いますが、それでは、堀内先生ですね。

【堀内委員】 
 京都教育大学の堀内でございます。
 提出した資料としましては、私個人というよりも、私の属しております日本教育経営学会という学会が昨年公表させていただきました「校長の専門職基準」というもののコピーを出させていただいております。
 実は前回の発言の中で、今日たまたま多くの先生方から免許制度の基本的な性格は何なのかというご意見があったんですけれども、それにかかわって発言をしたつもりだったんです。ご存じのように、戦後の免許法の体系の中で2度大きな改正がございました。一番最近なのが98年の改正だろうと思っております。ここで、いわゆる実践的な指導力を、具体的な免許法に定める科目の中で、どのように入れ込んでいくのかという措置がとられたわけです。
 ただし、そのときに、いわゆる一種免許、一種・二種というのが10年前の88年の改正で変えられたんですけれども、その基準となります4年制大学、学部を卒業したときに与えられる1種免許、これの必修単位が59単位であるわけです。これは実はずっと変わっていないんですね。先ほど高岡先生のご意見にもあったんですけれども、大学の設置基準によります最低履修単位が124単位です。私ども教員養成大学、いわゆる、国立に限りませんけれども、教育学部においては、この59単位が124単位の内単位としてカウントできますので、いわばそれほどしんどくはないというか、単位上の数量的な問題をクリアできているんですが、いわゆる開放制のもとで一般学部、特にこれは主に中高の教科免許を取る場合に、教科内容については内数でカウントできる。だけれども、いわゆる教育実習も含んだ教職専門については、そこからはみ出して取らなければいけないと。
 課程認定の問題もあったんですけれども、また私学の先生は今回、安彦先生もいらっしゃいますけれども、私立の一般大学の場合に、大抵教職課程の教職科目、これはもう7限目ぐらい、夕方か土曜日にやるというのがほとんどだと思うんですね。そういう形で苦労されている。
 これが実は98年の改正で、今まで59単位のうち40単位、甲科目の場合、社会や国語、文系の場合には40単位が教科内容の単位でした。これが半減されまして、必修は20単位。10単位分はグレーゾーンと呼んでいますけれども、教科もしくは教職でもどちらでもいいと、大学の判断に任されましたけれども、要するに40単位必修であった、例えば国語であるならば国文学、漢文学、国文法等々、こういったもので40単位取らなければいけないというものが20単位に減じられたわけです。このことによって、減らした分がカウンセリングになったり、さまざまな、教育実習も増えたんですけれども、実践的な科目になったという形で動いてまいりました。
 私が申し上げたかったのは、さらにその枠の外に、例えば、これは小中学校に限りますけれども、田中真紀子さんの提案によります介護体験等とか、情報機器の操作、外国語コミュニケーション、もちろん従来から日本国憲法等も免許を取るには必要であるという形で、8単位プラスアルファが実は免許外単位で置かれている。実践的なという部分については、ちょっと括弧で置いておきますが、実は一番大事な問題は、この実践的な指導力を発揮するための基礎、私はそれはやはり教養だろうと思っているんですけれども、先ほどの若月先生の話ではないんですが、大学生が4年間一体何をやるのか。
 やはり私は、これは大人として成熟を図る過程であってほしいと思っているわけです。そのために、昔のことを言ってもしようがありませんけれども、やはり幅広い教養を自律的に学生たちが身につけないと、大人としての教師は育たないだろうと。その上で初めて実践力が発揮できるという、やはりこの構造というものを共通に認識していただきたいなと思っていました。
 それで、そのためにもう4年間は明らかに破綻していると、教員養成において。これが私の持論でございます。ですから98年の法改正のときから、私はそれを言い続けてきました。今になって、やっと6年とか4年プラスアルファと言われてきました。副大臣がおっしゃったことともちょっと違っていて、単に実習で1年間やるだけではだめだろうと私は思います。今言ったように基礎的な教養を大学で、どれだけ学生たちが主体的・自律的に身につけるのか。そのためには4年間ではもう限界に来ているということを前提にしています。
 実は、今日の資料とどういう関係があるかと申しますと、この免許法、あるいは免許制度、日本は大変いびつだろうと思っています。今言ったように、じゃあ免許法で定める教科の中身、これはかつては教育職員養成審議会、今は中央教育審議会で、こういった場で論議され、文部科学省の事務の方々、専門職の方々が具体的に定めてきたと思うんです。
 では、それは一体何を根拠づけられているのか、ここの問題なんですね。今日ここにお配りしたのは管理職、校長の専門職基準です。これは全国日本中学校長会や全国連合小学校長会の皆さん方等いろいろご協力いただきまして、フォーラムを持ったりして深めてきたものでございます。今日の話と直接ではないんですが、要するに教員そのものの専門職基準というものを我が国は確立できていません。それなしに免許法から始まっているわけです。
 私が申し上げたいのは、免許法の前提として、私どもは日本教育経営学会ですから、今日はたまたま管理職しかありませんので、日本教師学会とかいろいろありますので、そちらの仕事かと思っていますけれども、我々の守備範囲の中で、校長の専門職基準をこういう形で、およそ5年がかりでつくりました。この前提となる教職全体の専門職基準というものがやはりあるべきだろうと私は思っているんです。多くの国はそういう形をとっています。その専門職基準というものがあった上で、免許法が乗っかるべきだろうと。逆ではないんですね。免許法で定めている、さっき言ったように40単位を20単位に減じた、あるいは教職の専門科目、カウンセリングを2単位から4単位にした、実習を2単位から4単位にしたというようなことの論拠づけというものはほとんどないんです。
 先ほど、どなたかがおっしゃいましたけれども、我々大学は、法で決められたそれをそのまま鵜呑みにせざるを得ない。批判はいっぱいあります、何でこの科目がこれだけ増えたのか、何でこの科目が減らされたのか。我々大学現場ではいろいろ批判をずっと言ってきたんです。でも、それはいわば教育職員養成審議会や中央教育審議会に反映したか、しなかったで終わってしまう。その論理的な根拠が示されていない。それはやはり、今言いましたように、ちょっとこれは管理職に限られていますけれども、教職全体の専門職基準たるものがあって、ここで、例えば能力としてこういったものが専門職として求められる。その能力を具体化するために、科目としてこれが必要だと、そういった論拠づけが必要だと思うんです。
 この場でも、教員の「資質能力」そういう言い方を皆さんされます。では資質と能力はどう違うんだろうと。教員の資質というのはどういう形で表されるものなのか、能力は何なのか、当然違うわけですね。そういったものの論拠づけがないままに免許法がつくられてきた。つくった当事者の方がたくさんいらっしゃいますから、ちょっと口幅ったい話になって恐縮なんですけれども、まさに逆立ちしているわけです。そのコアになる、根拠になるような基準というものが、先ほど村松先生がおっしゃったように、多くの大学院、あるいは教育委員会の方、学校現場の方というものが了解をしている、教員というのはこういう質や能力が必要なんだと。それを文章化し、文言であらわす。それを根拠にして、免許法で必要な単位を構築する。それが要するに4年間で足るか足らないかが今の柱だと私は思っているんです。
 私はちょっと逆のアプローチをしたんですけれども、その結果として98年の免許法は限界であった。今まさにもう10年たっているんですけれども、私は大臣、副大臣と違いまして、絶対6年にしてもらいたいと思っているんですけれども、もう4年プラスアルファをしなければ、今求められている教員というのは養成できないということになります。
 つい最近も、新聞では、またぞろと言うと怒られますけれども、じゃあ学生の経済負担はどうのこうのと。よくよくこれについても考えていただきたいんです、戦後60年間、実は4年間の教員養成課程を持ってきたんです。今も短大はありますよね。では日本の経済状況がこの60年間にどれだけ変わったのか、60年前の大学の進学率は何%だったのか、それを考えていただきたいと思います。同じことが、例えば、大体私学、国立を合わせまして年間800万ぐらいかかる医学部の教育があります。ではお医者さんにとって、このお金の問題というのはどうして問題にならないのか。教師以上に金持ちしか医者になれない、実際そうだと思いますけれども、それはもう年間800万のお金が要るからということになりますが、教員養成は国立なら53万です。それが2年間で100万プラスになる。奨学金も当然お考えいただいてということになります。
 前回、私は6年課程の確信犯だというところのお話をしたんですけれども、その根拠はなかなか言えませんでした。いろいろな角度から、今言ったお金の問題もあるんですけれども、とりあえずこの部会でぜひともお考えいただきたいのは、今最初に申しました免許というものが、何によって根拠づけられるのか。それはあくまでもやはり教職の専門職的な基準というものを、今ここにもいろいろな各界の代表の方がいらっしゃいますけれども、大学人だけではなくて、もちろん学校現場、それから教育委員会、行政の方々というようなものが英知を集めて、皆が納得できるものをベースとしてつくる。その上で免許法のいろいろな中身というものをつくる。そしてそれをもとにして教員養成教育が行われる。
 だから、課程認定等々の話もあるんですけれども、課程認定がどうしてもうまくいかないのは、認定するべきのベースがないんですね。これがあれば、基準があれば、当然この大学はどのような教育をしているのか。先ほど各大学の特徴を言いました。私も時間があれば、本学はこういうことをやっていますよと言いたいのはいっぱいありますけれども、要するに各大学がいろいろ努力した形というものがあるんですけれども、それを評価する基準がないという堂々めぐりに陥っているということを申し上げたいわけです。
 これをこれからつくるって大変なことで、この数カ月の間にできるとは思いませんけれども、これはまた違う角度で、大変大きな仕事になりますので、我が国において教職の専門職基準というものを、それなりの英知を集めてつくるという方向づけのもとで、今言った制度改革を位置づけるという志向だけはぜひともお願いしたいと、こんなふうに思っております。
 長くなってすみません。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。非常に大事なことをおっしゃっていただいたんですけれども、現場ではとにかく多様な生徒、多様なニーズがあるものですから、それをどう対応していくかということとの整合性をどうとるかということなんですね。
 神様をつくるわけではないから、やはりそれぞれの特徴に合わせて教員を養成していかなければいけないわけですから、その辺の難しさがあるので。しかし堀内先生のおっしゃっていることは、そのとおりだと思いますけれども、現場ではどうも苦労するということが多いわけで、その辺をぜひ議論を深めていただければありがたいと思います。
 では、布先生お願いいたします。資料が出ておりますので、ご覧になりながら。

【布委員】 
 お手元の「特色ある教育活動 学校支援ボランティア」という資料を皆さんに配らせていただきました。
 今、多様なニーズ、いろいろな課題が求められているというお話がありました。私も学校を中心とした多様な課題を解決するために、保護者・地域そして現場の先生・教育委員会の方と一緒に汗をかいて9年間取り組んできた内容をまとめたのが、このパンフレットでございます。ぜひ後ほどごらんください。
 前回の会議でいただいた資料をここ4日間ぐらいで目を通させていただきました。先生たちの資質能力、また、先生が職業人としても1人の人間としても誇りを持って生きていけるように、本当にさまざま方が考えてくださっている。こんなすばらしいことが、どうしてなかなか現場にわかりやすくおりてこないのかと思い、教員組織を間近で見る第三者コーディネーターの視点で考えさせていただいたことを、話させていただきます。
 まず、学生の育成に関してですが、私立国立さまざな大学から1年生から院生にいたる学生ボランティアさんに来ていただいています。学生を育成していく中で、学校に入ってボランティア活動をするというのは、一定の役割を果たすことは可能であると思います。
 6月に教育実習が終わったばかりです。何人かの実習生が来ましたが、初めて学校に来て実習する学生と、実習する前からボランティア活動をした上で実習をする学生との様子から、いろいろな違いに気づきました。先生との基本的なコミュニケーションができていることや、校内の様子や生徒の雰囲気などいろいろなことがわかっている、その上で自分の実習の目的に対して、積極的に取り組む姿です。
 そして、長年多くの学生に関わって、相談に応じたり会話をすると、どの学生も教員になりたい、子供たちの教育にかかわりたいと思って学校には来るものの、本当に教員になっていいのものなのかどうなのか。むしろ自分の人生をどういうふうに生きていったらいいのか、ほかの道が自分にあっているのか、迷いながら探しながら来ているという声を聞きます。
 まだ発達途上の学生にとって、学生ボランティアを、教員養成の中に任意であれ位置づけるならば、どの段階でどのような活動に関わるべきか、ガイドラインを設計する必要があると思います。教育実習に至るまでに、1年では例えば学校行事に関わる。2年・3年では、授業に関わる。4年は地域に関わる。というように、学生が学校に関わるための、必要な研修と設計があると、私たちコーディネーター、もしくは受け入れの学校・先生方も、教員を目指している学生の受け入れがスムーズになり、教員を目指す学生が育ちやすい環境になるのではないか。また違う道に進むにしても、この4年間の間に関わった時間・経験・学びは、大人になって成熟していくという発達段階を考えると、それは無駄ではなく、とても大事な事ではないかなと思います。
 次に、教員を支える立場として、いい先生ってどんな先生だろうと考えました。先ほどのパンプレットの表紙にあるように、子供たちにとって勉強が分かることが第一であると。保護者にとっても、地域から見ても、本当にいい授業ができる先生、授業力のある先生だと考えます。
 ここ数年、学校に7人の新採の先生が入ってきました。4月、5月は若い先生が入ってきて、職員室の空気がとても生き生きとしてくるんです。わくわく感が出て。6月、7月初任者研修が忙しくなって、新採の先生たちがだんだん疲れていって、大体12月になるころには、もう辞めたいみたいな雰囲気の空気が出てくる。この3年間、いろいろな新採の先生の姿を見ていて、1年で、2年で、3年で成長する先生と、成長しない先生の差は何かと。やはり見ていますと、そこで1人の先生に対して、生活指導であるとか学校経営であるとか、保護者対応であるとか、その辺りをチーム力でいろいろな先生が指導していっている環境があるかどうか。またそういう先生たちがたくさんついているかどうかというのは、1年、2年、3年目の先生方の養成にあたってはとても大事で、影響があると。
 どんな人が指導教官としてつくかは、教育実習期間であっても、初任者として学校になれて、いい授業を展開していく先生たちにとっても、大切なことです。
 そのチームづくりのメンバーを現場の先生たちにすべて任せるのはとても大変なことです。なぜなら、教育実習や初任者においても、担当を担うのはほとんど中核の先生。10年経験者研修の対象者、生活指導主任、教科主任、学年主任など、あれもこれも任せられている先生がさらに教育実習も任され負担がかかりすぎて、先生を現場で育てたいというねらいがあるにしても、それでは本当にいい形での指導教官とはなり得ないのではないか。
 退職なさった方の中で、授業力のある先生、学級経営や生活指導力のある先生方を、ぜひそのような指導教官として配属していただけたら、教員年数に関係なく現場や実習生の養成に力を発揮していただいて、チーム力で動けるような体制にしていけたらいいのではないかと考えます。さらに地域や保護者との連携において、コーディネーターがチームの一人として、個々の先生が抱える課題にともに対応していくことは、有効であります。
 そして、養成期間や研修で学べる内容にはやはり限界があると。結局は先生方も、子供たちと同じように人と触れ合う中で育つ。やはりどんなに勉強を重ねても、現場で求められる能力は、いかせられないし身につかないと思います。求められる力を一通り身につけたことを前提として実践の振り返りと定着の10年研修や、一定の専門性を希望する先生には、教職大学院で安心して学べる機会が体制づくりが必要です。最近、院を卒業した先生が増えておりますが、その先生が本当にコミュニケーション能力もあり、自分の授業に対して、せっかく学んだ知識を生かしていい授業ができているのかというと、それは甚だ疑問な点もやはり何点かあります。
 となると、やはり先生方が教職大学院なり大学院で何を学んでくるのか。自分の授業でどう生かしていったらいいのかを明確にして、その辺りのカリキュラム・プログラムが、もっと大学に現場で役立つようなものがたくさんあると、先生方はおのずと教職大学院、院というものをもっと活用したいと。先生方も子供たちも、学びたいと思っているわけで、いい授業ができる教員育てていく体制作りというものを、確かに身につける4年間であるということがかなり大事だと考えます。
 最後に、管理職の研修と、教育委員会の先生方の研修の充実を希望します。子供と向き合う現場の先生が本当に学びを充実させていこう、今まで学んだことを生かしていきたいという考え・声が、管理職に届き、教育委員会の教育委員の方、行政・地域・保護者・企業などが一体となって現場を支えていく体制づくりを一緒に考えて創っていきたい。教育委員の方には先生上がりの方もいらっしゃれば、民間の方もいらっしゃいます。民間がいけない、先生上がりがいけないということではなくて、どんな方であれ、今の立場だけで終わるのではなくて、立場についた以上、どの方も共に学び一緒に創る体制づくりがあると、現場の声がもっと理解されて、先生方が自身を持って授業をやっていけるという環境になるのではないかと思っています。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。大変、経験に基づいたお話ですごくおもしろかったです。ありがとうございました。大いに参考にさせていただきたいと思います。
 では、お待たせしましてすみません、日渡先生。

【日渡委員】 
 今日は大学の話がずっと続いていたんですけれども、ちょっと視点を変えたいと思いますけれども、今日のこの話が「教職生活の全体を通じた」という話になってくると、養成というのは4年なんですね。これに対して教職生活というのは38年続くわけです。ということは、この資質の問題というのは、ほとんど責任というのは私たち側にあるわけなんですね。採用後にあるということです。
 38年と4年を比較して、だからといって養成は10分の1でいいですよと、責任は10分の1ですよと言うつもりは全くありません。あくまでもやはり養成ですので、それはそれなりの大きな責任があるということはわかると思いますが、問題は、しっかりとした教師をつくってもらえば、もうそれだけでいいということなんです。後は私たちがどうにかしましょうということなんです。行政は採用、研修、任用という3つの大きなポイントがあるわけなんですけれども、従来は大学との関係でいくと、4年間だけかかわってくださいと。後は私たちが38年面倒を見ますよという関係であった。でも最近は、研修についても大学のほうもお願いしますということで、大学も研修のほうにかかわるということになってきましたので、それなりの技術とか責任というのは出てくるわけですが、そこで、まず養成なんですけれども、善管主義とか質の保証とか実践力とか、よくわかりました。そのことはわかります。ただ、今日私が言いたいのは、その善管主義、初めて聞きました。質の保証、実践力、わかりますが、その内容というものはユーザー主義であったらどうかということなんですね。
 ユーザーのことを度外視して、養成側の質の保証とか、養成側の実践力ということではなかったかということです。問題がいろいろと出るというのは、やはりユーザー主義とは言わずに、メーカーの考えたユーザー主義とはこういうものだろうというふうに考えていたのではないかと、本当にユーザーがどういうものを求めているかということをカリキュラムに生かしていただけるようなカリキュラムが欲しいということです。例えば、カリキュラムを変えましたとか、カリキュラムを開発しましたと言いながら、履修科目とか看板を並べて、でき上がりましたというものではなく、その内容なんですね。その内容に私たちユーザー側のことを、こうカリキュラムで伝えていますよというカリキュラムを見てみたいというのがあります。
 臨床主義といいますか、実践主義といいましょうか、あくまでも38年間を前提に置いたものを考えてほしいということです。もしかすると、今4年プラスアルファという話があるんですけれども、4年プラスアルファであれば、4年は従来型でいいでしょうと。しかしアルファについては、リアルカリキュラムというか、即したカリキュラムに組んでほしいと。それがだめなら、4年でしかだめだよということであれば、従来は3年ぐらいで圧縮したらどうですかと、残り1年はリアルなカリキュラムにしたらどうですかというようなことも考えられると思います。
 前回私は、我が国の就業人口のうち、60人に1人は教師だという話をしました。これはあくまでも象徴的な話としただけであって、定数とかそういう意味ではないんです。我が国は、このような大がかりに、教師の質の向上とか言いながらも、60人に1人を教員として出さなければいけないというほど、この世界というのは非常に人材が必要とする世界であるということを言いたかっただけなんです。これは質の向上と言いながら、その人たちに対して過大な期待をしてしまうと、非常に圧迫してしまう。もっと普通でも難なくオーケーが出せるようなカリキュラム開発が必要だということを言いたかったということです。
 それで、私たち側の任用とか研修とか育成にかかわったような話なんですけれども、前回もこれは話しましたけれども、管理職の問題というのは非常に大きいんですよ。もう60万とか100万の教員に手をつけるなんてエネルギーよりも、3万3,000の校長、7万の校長・教頭に手をつけることが一番大事なんですね。そこで大学側も、本当にユーザー主義に立った管理職のあり方というものを考えて、途中で大学で競ってもらいましょうとか、そういうシステムをつくればいいということなんですが、この管理職の問題も、教員と管理職は全く違う職業なんですけれども、例えば70万教員がいると言われているんですけれども、これを、38年で70万ですので、1歳年齢、1万8,000人いるわけですね。これで50から60までが管理職年齢だとすると、18万になるわけですけれども、18万の人材から7万の管理職を出しているんですね。2.5人に1人を管理職にせざるを得ないという現場側の非常に苦しい状況というのも、カリキュラムの中で考えていただきたい。校長でも、5人に1人を校長にしなくてはいけないんですよ。ただ校長というのは、学校に1人いるものだから、非常に選ばれた職員だというような気持ちが強いんですけれども、宮崎県というのは、南九州というのは非常に男女の差が激しいところです。私が計算したところでは、宮崎は、男性職員であればほぼ80%の職員は出世、校長になるという結果も出ていますので。せざるを得ないんですよ、2人に1人が校長・教頭にせざるを得ないという日本の現実だということを言いたかったということです。
 管理職についても、今後いろいろな面で、研修の部分については、大学側のほうももうちょっとかんでいただきたいと。もちろんユーザー主義に立ったカリキュラムというのを考えていただきたいということです。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは、藤原先生。

【藤原委員】 
 最初に、横須賀先生も指摘されたと思うんですね。森田先生も指摘されたと思うんですが、今現在、教員免許というのが信頼に足るものになっていない。それをカリキュラムをたくさんやることでその信頼を上げる、これはやめてほしいと思います。そういうことをやっても、絶対上がらない。保証してもいいです。カリキュラムをたくさんやることでクオリティーが上がるという例を僕は知らないですね、世界の例を見ても。
 というようなわけで、ぜひ私は、むしろ4年間の今の課程で教えていらっしゃる教養だとか学科の指導については、3年でやってもらいたいというふうに思うぐらいなんです。なぜかといいますと、とにかく長引かせてはいけないというふうに私は強く思います。2つ理由があります。
 1つは、私は少なからず大学の先生、教員養成課程の先生の実際授業を見ておりますが、5人見たとしますと、1人はすばらしいです。1人は三角です。3人はバツです。申しわけないんですが、「えっ、こんなふうに教えているの」というような感じで、私はこういう方が、例えば更新制も含めまして、研修の講師に立って、人材が育つという感じがしません。申し訳ないんですが、その現実は文部科学省の人たちもみんな知っているんですよ、実際。保護者でさえもう知っているんですね。というようなわけで、ぜひそこはもう短縮してもらいたいと思うわけです。
 もう一つの理由は、これを伸ばしますと、要するにカリキュラムを突っ込むことで伸ばしますと、学生は嫌がりますね。それによって多分都市部でまた競争倍率が下がると思います。今東京都では、皆さんご存じのとおり、小学校について言えば実質2倍切っちゃっているわけですよね。これがもっと下がるわけで、そうすると、一生懸命教員養成課程を充実させて、とにかく免許のクオリティーを上げるためにカリキュラムを突っ込めば突っ込むほど、実際にはクオリティーが下がっていく。要するに応募者のクオリティーが下がっちゃうというわけです。というようなわけで、そこのところは、きっちり3年ぐらいで終えていただき、免許については、皆さんご存じのとおり、中高一貫校のまともな校長は、大体教員免許って英検3級程度と言うんですよ。違いますか、僕は準2級程度だと言ってあげてもいいんじゃないかと思うんですが、だからそれはそれで取らせておいて、その後、私は、今日は福井の松木先生から発表がありましたシステムですね。2年間、次に大学院なのか――僕は大学院じゃなくて、専門学校でもいいんじゃないかというふうに思っているんですが――この2年をばっちりケースカンファレンスを中心とした、そういうインターンシップを1年間含めた、もうかなり実質的な課程にしていくべきなのではないか思う。
 そのときに、もっと自治体の教育委員会がぐっと参画を強めまして、その後の三十数年間の責任も負うわけですから、ですから3年は大学で育てていただいて、そこからは自治体の教育委員会も含めた形で、2年間の実質的な、現場での丸1年のインターンシップと、これは私は本当にすばらしいと思うんですが、特別支援学校に教職大学院をつくるという、これは誰が発想したのか知りませんが、本当にすばらしいですね。和田中学校も土曜日寺子屋に来ている大学生というのはすごい育つわけです。もうほとんど大学院のような感じですよ。そういう現場に大学院をつくるという発想はすばらしいなと思います。
 とにかく、今多様化する子供たちの生活指導の問題や、特別支援の問題やDVとか、それから家庭の状況が非常に複雑化していますね。それからICTだって利用の条件がものすごくこれから複雑化するわけで、それを座学で教えることは不可能だと思います。現場でなければ無理だと思うので、ぜひお願いしたいと思います。
 最後に、校長については、これは堀内委員とものすごい意見が一致するんですが、校長って全然違う要件が必要なんですね。普通の会社でも、営業マンで売れたやつが、そのままいい営業所長になるとは限りません。そこでMBAというビジネススクールがどんどん出てきて、アメリカだけではなくて日本でもMBAを取るということがものすごく一般化されているわけですけれども、ぜひ、大学に置くのかどこに置くのかというような問題があると思いますけれども、このMBAというのはマスター・オブ・ビジネス・アナリシスなんですが、MSBAみたいな、マスター・オブ・スクール・ビジネス・アナリシスみたいな、そういう資格がもしかしたら必要かもしれない。そういう、塾でもいいし、専門の、校長にマネジメントを教える機能は絶対に要るのではないかと思います。
 なぜなら、すべての教員のやはり手本にならなければなりませんし、それを保護者だって見ていますからね。保護者が一番見ていますから、先ほど三鷹市長の清原委員もおっしゃっていたと思います。校長要件は別なので、これを別に養成しなければだめだと。ドイツなんかは別に養成していますよね。というようなわけで、そこも強調しておきたいところです。
 ありがとうございます。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。非常に建設的なご意見をちょうだいしました。これから議論が進展していくと思います。
 それでは、すみません、加藤委員、それから岸田委員という順番でいいですか。
 どうぞ、加藤先生。

【加藤委員】 
 どうもありがとうございます。
 前回も申し上げたんですが、今の話をずっと、前回も今回も聞きまして、端的に言えば画一性とか、一律性とか、義務性というのはやはり効果をあらわさないんだなというのを実感しております。そういう意味では、単なる更新制度という制度に着目した今のやり方というのは、やはり現実的ではないというように思っています。
 やはりある意味では、ここのタイトルでありますように、「教職生活全体を通じた」ということを考えれば、どれだけ教員が意欲を持って、向上心、チャレンジ精神があるかどうかということに尽きるわけでして、それにはやりがいがなければいけませんし、もう一つ、やはり社会的地位というのが、教員というのは社会的地位という自覚性もそうですけれども、それを担保してあげるという処遇性、または一番重要なのは時間主権だと思うんですね。やはり24時間だけが平等の中で、本当に自分の資質向上を、能力を高めてチャレンジしていくというのは、やはり時間をかけるわけですから、今の現場の小中学校等の先生方にちょっと聞きますと、とてもそんな余裕はないわけでして、毎日追われっぱなしなわけですから、そういう意味では、そういったものも含めて質というものに対しては、当然時間、また環境というのもセットでなければいけないというのが一つです。
 もう一つの側面で、ちょっとお聞きしたいのは、60歳定年制というのが一般社会的には今なっていますが、ただ社会変化の中で、当然逆ピラミッドの人口の中でいくと、企業としては65歳、年金受給開始年齢に合わせて、そこまで働き続ける環境というのが今テーマになっているわけですね。それを見ますと、教員の60というものと、免許または学校の仕組みなどもあるんですけれども、活用の仕方をどう活用していくのかと。では60から65で希望がある方について、サポート体制なり、その処遇の面もそうですけれども、ある企業では正社員から、希望者が全員契約社員になれるというのもあります。それにはもう一つ、スキルがあります。選択性があります。スキルによってレベルが違います。レベルによっても処遇が違う。
 そういう時代の中で、では教員というのは、確かにそういう一般の企業とはなじまないわけですけれども、やはりこれからの、数は別の委員会でと最初に書かれていますけれども、量と質、両方当然兼ね合うわけですので、今後の教員の活用という点も含めたものが必要だと思っています。
 最後にもう一つだけ申し上げますと、やはり教員の、学校現場を含めて、保護者と地域の参加というのはとても大事だと思っておりまして、今、子育て支援、さらには介護休暇など、徐々にではありますけれども、相当、現政権も含めて対応して、法律改正もしています。やはりどうでしょう、教育休暇みたいな、今日は副大臣もいらっしゃいますので、教育休暇制度なども社会的にぐんとアプローチして、やはり保護者も先生も地域の人も相互にチェックして、相互にそこに参画していく。その中から先生の指摘、教職員の指摘、さらには学校の中、または生活の中、地域の中での反映性ということも含めて考えますと、生徒はどう見たって、これは必ず働くために勉強しているわけですから、働くためということは、キャリア教育でもありますけれども、地域社会や産業構造、経済状況の変化も含めて教えていかなければならないわけですので、そういう意味では、先ほど冒頭申し上げましたように、画一性、統一性というよりは、もっと社会の変化や企業活動の変化というのは、働く方も、生活の仕方も変わってくるわけですから、変わったなりの教育をしていかないととても追いつけませんよ。
 そういうことも含めて、実効性ある、内実性が高まるような仕組み、構造が必要だと思っておりますので、今の制度についてはやはりきちんと早急に見直して、対応すべきだと。更新制についてはそういう認識を持っております。
 以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 では、続いて岸田委員。

【岸田委員】 
 時間もありませんので、手短にお話ししたいと思います。
 4年プラスアルファについては、先ほど堀内委員と藤原委員の話を受けて、その中間的な話をしたいと思います。
 私は、この問題を考えるのに、キーになるのは初任者研修だと思っているんですね。これはもう20年ほどたちますか、研修の機会としては随分安定した、定着したものになったというように思っているんですけれども、課題が幾つかあります。1つは、初任者に対して過重な負荷になっている。大学を卒業して、1年目で担任を持つと、それでなくてもあつぷあっぷしているんですよ。それに25日間やれと。校内研修もやれということで、負担感をもっている初任者に対して、さらに負荷をかけているというふうな課題があると思っています。
 それから2点目は、研修内容。これは研修をプログラムする我々の課題でもあるんですけれども、一人前の教師となるための、わりと平板な知識の積み重ねで1年間終わっているのが現状で、なかなか深まりという面からすると、ない。実はこの7月1日に、私どものほうの小学校の初任者研修があって、私も参加してきたんです。80人ほどおりまして、学習指導案の研修を、午前中は講義、昼からグループ討議というようなことをやっていて、私も初任者と一緒になってグループ討議してくるんですけれども、やはり平板なんです。後で講評を私がさせてもらって、あなた方、もう少しディテールをきちっとしろと。それがプロの仕事だろうというふうな話をして、叱ったんですけれども、そういう平板な研修が多いかなと。これは私どもの責任でもあるんですが、そんな思いがあります。
 それから3点目は、初任者研修は2年目以降は基本的に研修がないんです。初任のところで負荷をいっぱいかけておきながら、2年目以降はほったらかしになってしまって、実は3、4、5年ぐらいをかけて、もう少しなだらかな形でこの人たちを研修していかないといけないと思っているんですが、そういう課題もある。
 一方、大学での教員養成に戻りますけれども、先ほど堀内委員の意見は、理念としては確かにわかりますが、しかし現実問題に照らすと、開放制の堅持であるとか、あるいは経済的な問題であるとか、あるいは教員の質の担保、延ばすことによってかえって質が落ちるのではないかと言われていますが、そういう質の担保。あるいは、私どもの採用の困難性というふうな部分で、いろいろな課題があるだろうと。
 そういう中で、この初任者の人たちは、大学5年目であるんです。そして私どもからいうと、教員1年目なんですね。ここのドッキング、この1年を、いろいろな今、教育実習をどうするかという課題であるとか、あるいは教職大学院の持っている考え方やノウハウ、こういうものも織りまぜていきながら、複合的にこの1年をどう考えていくかということが考えるべき一つの視点なのではないかなと思っております。
 以上です。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは、大変お待たせしました。向山先生。

【向山委員】 
 済みません、副大臣も時間のご都合があると思いますので、簡単にお話しさせていただきます。
 私、教員養成を考える場合、3つの違いを考える必要があると思っています。その1つ目の違いというのは、地域の違いだと思います。地域の違いというのは、それぞれの持っている地域で求められるニーズが違うというんでしょうか、そういうふうに思っています。その根拠ですけれども、私たち小学校2万1,000あるんですけれども、全国8つのブロックに分けて研究大会をやります。大体1ブロック1,000名ぐらい集まってきます。大体そのブロックごとにいろいろと聞くと、やはりブロックによってざっくりとした違いが出てきます。
 それから47都道府県の、いろいろな会長や対策部長の会議をやっていくんですけれども、やはりこれも違いが出てくる。例えば学校へのクレームというのは、東日本でやると、白河の関をあまり越えてこないんですね。白河から向こうというのは、やはりあまり学校へ来ないんですよ。そういったようなブロック的な大まかなニーズがある。それからある県でも、例えば運動会のお知らせを花火でどんと打ち上げて知らせられるところ、そこと、運動会の中止は今日は緊急連絡網でなければできないという、つまり都市部と農村部といいますか、そういうところでの違いがある。それは、学校への信頼度とか保護者へのクレームとか、何を学校はやっていかなければいけないかという資質がかなり違ってくる。そういったようなところを、今は全国画一的、一律的にやらなければいけないので難しいんですけれども、意外に私たちは、その地域的なところを見逃しているのではないかと思います。そこで、山下教職員課長、池田教育改革調整官に、今度の教員の資質向上アンケート、地域的な違いがもし出るなら、知らせてもらいたいと思います。
 2つ目の違いは、やはり管理職になっていく人と、教員のままでいく人のニーズの違いもあるだろうと思います。これも地域によって、やはり学校への信頼度が高いとか、農村なんていうのは、教員上がりの校長でやっていけるところもあるわけです。歩く二宮金次郎みたいな形で、今でもやっていけるというところもありますし、それでは全くだめで、やはりマネジメント能力がなければいけない。むしろ教員というよりも経営者という感覚が必要な、人・物・金をどう使うかというところがある。これはやはりかなり地域によって違いが出てくると、そういったような能力の育成の問題が出てくると思います。
 3つ目は、学校種別の違いです。やはり幼稚園、小学校、中学校、高等学校と違う。とりわけ小学校と中学校は、全科教員、小学校の全科を持ってくる者と、中学校、高校のように教科指導をやってくる者という、そこら辺のところです。それから、やはり全科教員というのは、親としても子供としても抜き差しならない関係になりますから。どうしてもクレームが大変強く出てくるというところがあります。その辺の中での教員を大学でどうしていくのか、採用の問題をどうしていくのか。それから、これから38年どうしていくかという問題があると思います。
 以上でございます。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは、宮川委員はよろしいんですね。

【宮川委員】 
 時間があればで結構です。

【田村部会長】 
 それでは、長南委員どうぞ。
 宮川委員は、その次に、ではおっしゃっていただいて。

【長南委員】 
 大変失礼いたしました。12時になった途端に札を立ててしまいました。やはり一言しゃべっていかないといけないと思っています。2つだけ、事例をちょっと紹介したいと思います。
 私は今現在、「教育の最新事情」、免許更新講習を担当しております。今年で3回目になります。試行から担当しました。昨年度は800名を全部担当いたしました。参加する教員の人たちは、本当に意欲的に参加してくれます。ですので、この講習はぜひ、形を変えてでもいいですから、続けていただきたいなと思います。その根拠というのは、山形大学には毎年、北は北海道から南は神奈川県ぐらいまで参加しています。旅費、講習料、ホテル代を含むと十何万かかっています。そういう方が毎年、何人もいます。ここでストップしてしまうと、その人たちにどういうふうに説明したらいいか。県内にも講習料を払って受けたんだけれども、この後免許更新講習はどうなるんですかということで非常に心配をしております。
 ですから、そういう実態も踏まえまして、ぜひ形を変えるといった場合に、私は教員の資質向上というのは校長がキーマンだと思いますので、管理職も含めた講習に形を変えることはできないのかと。山形県では実際に校長も参加しております。テストもちゃんと受けます。点数があまり高くない方もいるんですけれども、一生懸命な方はいっぱいいるんですね。やはり校長でも教頭でも、私は参加しなければならないのではないかというふうに思います。
 2つ目、教職大学院ですけれども、山形は平成17年4月から、6年一貫の教員養成を目指してスタートしております。ですから本年度末にその第1期生が出ることになります。当時、17年、なぜそれがスタートしたのか。教育学部の再編の問題のときに、山形大学はなぜか一番最初に手を挙げて廃止に走ったんですね。それを当時の山形県知事はストップをかけたんです。地元の教員は地元で育てなければならないと、しかもそれは4年では足りないということで、結局教育委員会が案をつくったんです。私と教育長と2人で一生懸命原稿を書きました。その案に従って、今山形の6年一貫の教員養成は進んでいるんですね。現在20名、大学院に進んでいますけれども、10名はストレート、10名は教員からです。実際に教員採用試験に合格した方が今入っております。という方は、もう来年修了ですけれども、そのときにどうするかというのは、1次を免除にして、2次試験だけで本人を判断して、採用する方向に進めていきたいということを取り組んでいます。ぜひ、こういったことを含めて検討いただきたいと思います。
 すみませんでした。

【田村部会長】 
 ありがとうございました。
 それでは、宮川委員よろしいですか、一言おっしゃいますか、何か。

【宮川委員】 
 時間があれば。

【田村部会長】 
 もう時間ではありますけれども。

【宮川委員】 
 次回でも結構です。

【田村部会長】 
 次回でもよろしゅうございますか。
 それでは、今日は実は安彦副部会長からお話しいただく予定だったんですが、次回にというお話ですので、それではお二方、次回にスライドするということで、今日は大変お忙しいところをお出ましいただきましたので、定時に、前回のように30分もオーバーするなんてことなしにやろうという決意で始めましたが、何とかぎりぎりで、近いところで終えられそうでございます。
 一応今日の議事で、全員はご発言できませんでしたので、何かお気づきの点がございましたら、後からでも結構ですから、ぜひひとつ事務局までに、ご発言なさりたい趣旨をご連絡いただければ大変ありがたいと思います。
 次の会合、まだ日程については確認ができないんですけれども、後日、事務局から委員の皆様にご連絡をいたしますけれども、その回にはぜひ先生方の、そういったご意見を反映させて審議を進めていきたいと思っておりますので、よろしくお願い申し上げたいと思います。
 最後に、鈴木副大臣、終始熱心に参加していただきました。公務でいつもお忙しいので、こういう珍しい機会ですから、ちょっと一言おっしゃっていただきたいと思いますが。

【鈴木副大臣】 
 三言ぐらい申し上げたいんですけれども、時間が超えていますので。

【田村部会長】 
 ごゆっくりどうぞ。

【鈴木副大臣】 
 まず、安心してお任せをしたい、本当にそれぞれの委員の皆様方、それぞれの現場、それぞれの専門性から、的確なご発言をいただいたなと思います。私も改めて勉強になりました。
 私も感じておりますことは、かなり今日の皆さんとシェアをされてきていまして、ただ、2つだけ申し上げたいんですけれども、まず地域によってかなり違いがあるというのはおっしゃるとおりだと思います。私は、サンプルが偏っておりまして、関東の教育学部生のことと、あと山口県にご縁がありますので、その2つに偏っているということを前提で申し上げますが、今日、若月委員が教員免許のことを冒頭おっしゃいました。
 免許は学歴だということであれば、学部卒を要件にしてしまえばいいわけでありまして、むしろ教員免許が今どういうことになっているかというと、例えば大学1年のとき、あるいは大学の3年のときに、教員になりたいなと思っている学生の、むしろ応募障壁になっていると。つまり、教職登録はしたが、3年生、4年生で就職活動、ゼミ、いろいろなことが競合していく中で、私立大学の教職のカリキュラムなどは夕方に偏っていたりしますから、非常に両立の厳しい中でやっています。そうすると、本当に子供が好きで、本当に教員の進路を考えている学生が、むしろ教職課程を終えなければいけないということが障壁になって、その道を断念しているという事実があるわけでありまして、そこを私は、こういう学生にぜひ教員の世界に応募をしてもらいたいと思うし、導きたいと。
 実は、私の感覚で言うと、従来に比べて潜在意識としては、教師や、あるいは校長を目指したいという学生の数は増えています。少なくとも私がご縁があった大学等においては。これは大変すばらしいことだと思っていますが、今の教員養成制度が、むしろそれを排除してしまっている、この人たちをどう取り込むのか。それから、例えば社会へ出て5年目ぐらいの人たちで、民間企業等々にお勤めになっている方で、でもやっぱり改めて教員をやりたいと。18歳のときにはそういう思いがあって、いろいろな中で民間企業なり何なりに勤めてみたけれども、しかしもう一回子供たちの成長を見守る仕事に就きたいという潜在ニーズは非常にありますし、私のところにもそうした声も寄せられていますが、今回のこの検討の中で、そういう道を開いてほしいという声はさらに強くなってきております。
 現実問題として、教員免許制度をなくすという選択肢はないわけでありますから、であれば、いかに実質的な改善・改革を行って、そうしたすばらしい思いや資質を持った若者たち――これは30代とかも含めてですけれども――をどう、この世界に実際に入っていただく、その具体的な道筋をつけていくのかということを、この皆様方と一緒に議論をしたいということを、まず申し上げたいと思います。
 それで、横須賀先生、森田先生のご指摘あったとおりで、大学の自治とのバランスをどうするかというところは、やはり最大の悩みでございまして、おっしゃるとおり善管主義になっているわけであります。これは大学の自治との関係でそういうことになっているわけでありますが、日渡先生もご指摘がございましたように、それがユーザー、あるいは学校現場、あるいは子供の未来にとって、教育学部長とかセンター長とか、あるいはカリキュラム長の先生方がどれだけ必死の思いで頑張っておられるかということは、私もよくよく痛感をしておりまして、改めて敬意を表するわけでありますが、そしてすばらしい学校も、今日、松木先生あるいは高岡先生、それから京都では本当に地域を挙げて、高桑先生、堀内先生がリーダーシップをとってやっておられる。私もそこにお邪魔して大変感銘をして、すべてが京都とか福井みたいになってほしいなと。島根みたいになってほしいなと思っているわけですけれども、しかし、そうした責任者の思いとは裏腹に、それぞれの教職課程に携わる教授陣は、もっと変わってもらわねばなりません。実は、今の教育学部の、例えば大教室の講義がどうなっているか、時々ビデオを見ています、私は。
 残念ながら、わりと有名な大学においても、大規模の教職課程の授業の実態は、学級崩壊すれすれの状態にあるということは、申し上げざるを得ないと思います。私が文部科学副大臣として視察に行くと、大変きれいな授業を見せていただいておりますが、私がこれまでもいろいろな学生と一緒にやっている中では、そういうものも見受けられると。藤原先生、大変厳しいお話がありましたが、そこまでとは言いませんが、それに近い認識を私もやはり抱かざるを得ない。何が申し上げたいかというと、善管主義の中で本当に頑張っている先生と、こなしている先生と二極分化している。この二極分化状況をどういうふうに変えていくかということだと思います。
 そこで、2点目に申し上げたいことは、国といいますか、中央政府の役割と、それから地方政府の役割と、それから学界の役割と、それぞれの大学の役割と、それぞれの教育委員会の役割と、それぞれの現場の役割と、これをきちんと認識をした上で、好循環に向けたコラボレーションをどうつくっていくかということを考えなければいけない。これまでの、前政権下における文部科学省といいますか、中央政府は、これは野党もいけないんですけれども、すぐ国会で、これはどうなっている、あれはどうなっていると、こういうふうに聞きます。メディア等からもそういう声を受けます。そうすると、責任感の裏腹と言えばややきれい過ぎますが、すべての声に応えないといけないというある種の強迫観念があって、それは国の仕事ではない、あるいは国が出過ぎることがむしろ副作用も多いのでという答えをしてこなかった。
 例えば、昨今で言えば環境教育もいじめ対応力も重要、例えばあまりにも家庭が多様化して、そして地域が力を失う中で、学校現場が負わなければいけないタスクといいますか、負荷がかかっていると。それに応える資質を養成しなければいけないという問題意識は、我々も共有しています。だから諮問をさせていただいていますが、ではそのときに、文部科学省が、例えば個別に環境教育を何単位足せとか、いじめとか児童虐待とか、そういったことに対して、何かをやってほしいという見解は述べたいと思いますし、そのことが重要だという認識は共有したいと思いますが、それをさらに踏み込んだ形で、どこまで細かく議論を提起することがいいのか。さらにそれをマニフェストに書くことがいいのかというと、私はそこは謙抑的であるべきだという考え方を持っています。
 むしろ、まさに今日堀内先生からもご提起ありましたけれども、このことをずっと専門にしておられる方々が、現場の皆さんと一緒に今日ご提議のあったようなことを、教育界のコミュニティーで、ユーザーも入った中でおつくりをいただく。まさに我々が積極的に出ていくところと、あえて出ないところというのを、もう一回議論をきちんとしたほうがいいと思っています。
 そういう中で申し上げると、多様性のことからも、あるいは善管主義を基本としつつも、どう頑張る人たちを増やしていくかという観点からも、私は多くのステークホルダーが、大学段階も含めて、新しい若者をよい教師にしていくということに参画をしていくということだと思っています。意見も言うし、協力もするし、頑張っておられる方々については評価もし、応援もするという、こういう好循環が、例えば山形県とか、京都や島根や福井は、もう始まっているんだと思います。まさにその双方の、最大のステークホルダーは教育委員会。学校現場と日々接しているわけで、学校現場も、保護者も、地域の人も束ねておられるところだと思いますが、教育委員会の皆さんと、教育学部、教職大学院の皆さんが、日常的にコミュニケーションをとられてやっておられるところは、そうした好循環がすでに生まれつつあると思います。
 このことをベースに、東京のニーズと山形のニーズは違うと思います。そうすると、ステークホルダーが入れば、ステークホルダーからのメッセージが多分違ってくる、ステークホルダー同士が話をすれば、それぞれの地域に必要な教員養成のありようというのは、それぞれの地域事情と、学校種の事情に応じて、おのずと適切な方向にカリキュラムなりプログラムが行われていくことが望ましい。
 それに対する資金の確保ということは我々の仕事だと思って、一生懸命頑張らなければいけない。ただ、じゃあその資金とか人材とか定員というものをどういうふうに使っていくのかということは、現場ないし地域のステークホルダーの議論にお任せをしなければいけない。
 それから、38年分の教職生活を担う教育委員会の研修の内容については、皆さんからいいお知恵が出てきて、かなりアウフヘーベンできるなという感触を今日も共有させていただいたので、基本的にはお任せをさせていただきたいと思いますが、ではそれをやるのに、例えば15年目、20年目で管理職に向けて、もう一回本当にしっかりした学び直しをやっていくということになると、ではその研修で抜けた分の教員をどうするのかと、こういう話になります。ここは私どもの仕事でありまして、まさに今、教員の数というものをどうするかという議論をしています。
 これまで、文部科学省も、国会も、理科教育をやれ、何をやれといってきました。それはいずれも大事です。私なんかは個人的には情報教育を、私自身も教壇に立ってやっていましたから、やってほしいと思っていますし、そういう能力を身につけてもらいたい。それぞれにみんなニーズはいろいろあって、ただそれを足していきますと、冒頭お話があったように、もう無限にその連鎖が続いてしまう。だけれども、それはそういうことではなくて、まさに今日ご議論のあったような知恵でもって解決をしていくということだと思っておりまして、そういうことの中で、今日の議論がさらに、順調に進んでいただくことを大変期待をし、さらにいろいろな論点を深めていただければなというふうに思っております。よろしくお願いします。
 ありがとうございました。

【田村部会長】 
 どうもありがとうございました。非常に関心の高い、しかも非常に重要な項目を我々議論しているということは、委員の先生方皆さん共有しているようですので、今の鈴木副大臣のお話は非常に我々にいい示唆を与えていただいたものだなという感じがしております。
 今日は時間を、またちょっとオーバーしましたが、でも前回よりは少し改善されましたので、ご了解いただきたいと思います。本日はこれで閉会とさせていただきます。
 どうも、本当に今日はお忙しいところありがとうございました。

 

 

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-- 登録:平成22年10月 --