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資料5 中央教育審議会 教員の資質能力向上特別部会 基本制度ワーキンググループ主な意見(第2回まで)

<ワーキンググループの進め方について>

○ ワーキンググループでは、それぞれの委員が20分程度まとめて発言する時間をいただきたい。その積み重ねにより全体的な制度の枠組みが見えてくるのではないか。

○ 検討課題の根幹を押さえて議論を進めるべき。
   教員に求められる資質能力とは何かということについての共通理解が大切。

○ 資料2で整理されている今後検討が必要な論点の項目の答えを出していけば、まとまっていくと思うが、その前段として資料3(新制度のイメージ)、資料4(新しい学校の在り方のイメージ)について一定の考えを整理しておく必要がある。

○ 学校で中核をなす教員に求められている資質能力は何か、それを提供できる専門免許状になり得るのか、一般免許状、基礎免許状という逆の流れも頭に置きながら検討していくことが必要なのではないか。

○ 基礎、一般、専門、それぞれに応じた教員の資質能力、これを議論するところから出発するということでよいのではないか。

<教員に求められる資質能力について>

○ 免許制度についての議論を前提にすれば、教員に求められる資質能力が何かをはっきりさせなければならないが、この部分がはっきりしていない。

○ 教員の資質能力について、幾つかフェーズがある。1)教師である最小限の資格。教師として共通的に普遍的な資質能力。2)時代が求める、あるいは社会が求める、歴史的に求められる資質能力。例えば今でいえば、特にコミュニケーション力。3)教師の自己成長。発達段階に応じて得られるべき資質能力。それが相互に、関連している。その中でも3点目の視点が非常に大事。

○ 教員の資質能力ということに関して、今までの様々な答申を踏まえながら現在に至っていることを踏まえるべき。ただし、修士レベル化を大前提で話が進んでいるので、修士レベル化について納得する資質能力のあり方ということを、示すべき。

○ 教師の成長という視点で見た場合に、挙げられている資質能力が、どういう構造の中で、それらが相互的に結びついてくるのかという資質能力の構造自体を1つ示していく必要がある。

○ 教師一人一人の個人の資質能力として見るのではなくて、教師という専門職の集団を育てていくような資質のあり方についても考えるべき。

○ 今、子どもたちに求められてきている学力の中身と、教員に求めていく資質能力が非常に強い関係にあるということについても、明示すべき。

○ 教師自身の実践あるいは他者の実践を反省的に考察することのできる力、これが教育的な研究能力で教師に求められている。子どもの現状、教育内容の実態、あるいは地域社会との関係を絶えず反省的に、かつ単なる自己認識だけにとどまらないで客観的に分析する力が、教員にとって大事な資質として強調されると思う。

○ 教員の資質として、国際的な視野というものを、はっきり出した方がよい。

○ 教員として最小限必要な資質能力について、本来、教員免許が、それを保証していないとおかしい。今度の答申には、ぜひ、そのことをしっかり取り上げないといけない。

○ 教員に必要な資質・能力について、抽象的な議論に終始してしまって、具体的にこうするとこういう教員が育つはずだという提案に今までなってこなかった。

<教員養成の在り方について>

○ 修士化については、優秀な若い人が教職を志してくれるかどうかということになる。処遇もセットになってなされなければならない。
  今の4年制で出されている免許そのものの上に2年積んでも大した意味はないと感じる。今の4年制の大学教育は根本的に改革していただきたい。

○ 本筋はと考えた場合には、採用者の8割、9割は左のライン(一般免許状を取得し、教員に採用)の方がよいと思う。やはり、教員養成そのものの修士レベル化が大事。

○ 一般大学の大学院が専門の勉強だけやらせて専修免許状を出している構図を変えていくことは絶対必要で、そこの議論をどうするかだ。

○ 学部段階、修士レベルで何を教えるべきか、再構成すべき。そのうえで、学部段階では基礎的な教養や専門科学をもっとやるべきで、その結果、実践的指導力という部分は大学院へ上がっていくというイメージを持っている。

○ 4年間で足りないから修士レベルが必要なんだと言われると、後手を踏む可能性がある。これからの初中教育は資料4(新しい学校の在り方のイメージ)にあるようなイメージを持っていくことが大事。大学分科会では、専門家の育成を目指して教育を行う大学は、ミッションを持ち、そのミッションを明確化していくべきだという論調になっている。教員養成学部等は免許状に対してどういうスタンスを持っているのかを示していくべきだ。

○ 修士レベル化ということが出てきているのは、国内情勢だけの問題ではなくて、世界的な動向ということもきちんと位置づけながら説明すべき。

○ 優れた教員、よい教員に共通した資質は、やはり学び続けることではないか。修士化ということ、この自主的・自発的に学び続けるということ・自己成長能力ということを別立てにして、考えてもよいのではないか。

○ 世界的な趨勢として、専門職養成については、高等教育の大衆化という現象を背景に、学士課程を超えて、もっと高いレベルで教育しなければいけない。これは専門職養成の大きな流れとしてある。その中に当然、教員養成という問題もあって、世界的な趨勢としては、修士化が当然。

○ 我が国で修士レベル化という問題をいうときに一番大きなハードルは、学位レベルが1つ確実に上がること。修士の学位を出さないで修士レベルで教育するというのは、学生や教員を目指す人たちにとっては完全に中二階に置かれることになるので、インセンティブとして働かない。

○ 学位のレベルが確実に上がるというときに、そこに修士課程の教育として他の専門領域と同様の何か主張できる中身を教員養成は持っているかどうか。それができなければ、当事者だけが修士化、修士レベル化と言っても、大学全体の中で、本当に必要であるという認識を持ってもらえない。この修士レベル化によって学位レベルが1つ上がるということによって、修士段階で身につけさせるべき研究的能力とは何か考える必要がある。

○ 学士課程から修士課程へと、高度化する必要性、あるいは必然性の意味を広く国民一般に向かって、また教育関係者、これから先生になろうと思っている若者に対して、求められる資質能力を主張するには、修士レベルで具体的に表現することが必要。

○ どの部分まで学部段階で求めていくのか、どの部分までプラスアルファのところで求めていくかということの整理をすべき。

<教員免許制度の在り方について>

○ ワーキンググループでは、学部段階での基礎免許、修士段階での一般免許、現職の研修段階での専門免許という枠組みを前提とした上で、新制度について検討していくようになるのではないか。

○ 免許自体が高まり、深まっていく免許制度であるべき。総合的なチームとしての教職員の在り方と学び続ける教師像を踏まえた上で制度については検討していただきたい。

○ 免許状について、社会的に教師としてこれだけの資質を保証しますということが名実ともに、しっかりしたものになるということを目指す必要がある。

○ 今の免許制度は、社会的信用力がない。教員免許が今のような制度で、このまま修士にレベルを上げれば課題が解決するというのは、幻想ではないか。

○ 大学が基礎免許状を出すときのその中身は何か、今の免許法をどうするのか、修士レベルとした場合に学士レベルに対するプラスアルファ部分には何を置くのかということを検討する必要がある。
  大学が、大学教育の中身を改めてきちんと構築する姿勢を持つような免許制度にするべきである。

○ 初任研と修士レベルの一体化が具体的な対応として必要ではないか。
  学士段階では、場合によっては、実践的なものを少し薄めて、修士レベルのところで実践的な指導力を強化するなど、基礎免許状と一般免許状の性格付けが大きな視点になる。

○ 採用直後の1、2年に初任研を組み込んだ形での修士レベル化を想定するのか、採用5年ないし10年後ぐらいの修士レベル化を想定するのかで制度設計が随分違ってくる。
  基礎免許状で採用し、その後に一般免許状という体系を仮説として立てて議論してはどうか。

○ 基礎免許で採用して後で育てるということになると、現行の専修免許状と同じで、修士化したことにはならない。議論の本流は図の左側のライン(一般免許状を取得し、教員に採用)だと思う。

○ 資料3(新制度のイメージ)の図の右のライン(基礎免許状を取得し、教員採用後に一般免許状を取得)か左のライン(一般免許状を取得し、教員に採用)かと言うと右側のラインの方が、現実的な問題として対応できるのではないか。

○ 修士レベル化という観点で言うと、一般免許状がそもそも新たに認められるかどうかがポイントになる。
  開放制を前提にし、目的制も併用していくという前提で改革案がつくられていくと思う。今の状態では4年制ではまずいという共通認識がとれれば、後は具体的な流れを固めていけばいいのではないか。

○ 一般免許状と基礎免許状の関係をどう考えるか。基礎免許状は、いわば仮的なものか。学び続ける教師像ということで、基礎免許状から一般免許状へさらに自己成長し、さらに一定の年齢で専門免許状まで進むというのは、いわば教師の発達的な、自己成長的なステップとして押さえておいたほうがいいのではないか。

○ 基礎免許状、一般免免許状、あるいは専門免許状という体系は、教師になるための免許ではなくて、教師の資質能力そのものを、あるいは教師が生涯にわたって学び続けていく力そのものを支えていく免許状であろうとしている。教員養成と研修がより一体化してくるということは大前提。

○ 専門免許状を管理的な、あるいは指導者、リーダー的な人のための資格として考えるのか、中堅教師を対象とした幅広いものと考えるのかが論点の1つになる。
  学位との関係づけをどうするのかも論点になる。

○ 専門免許状を一定期間に義務づけるということでもなければ、非常にインセンティブに欠ける制度になり、形骸化する。
  専門免許状は、管理職的な学校リーダーの資格条件と考えるのか、幅広く教員がある年代で達すべき段階と考えるのか、両方を重ねて考えるのか、考え方としては3通りぐらいある。

○ 専門免許状の果てに、どのような力を持った人を育てるかという、職ではなく、資質の問題としての説明が必要なのではないか。また、専門免許状というのは、研修の体系とも読める。研修をどう体系化するかということが論点になるが、専門免許状として認定し得る研修体系を構成するパーツをどこが認証するかという問題も出てくる。

<採用と管理職登用の在り方について>

○ 大学と教育委員会が一体化し、場合によっては採用自体を弾力的に行い、多様な採用形態を追求することが進化する教師像に結びつくのではないか。

○ 入口では多様な人材を多く確保し、採用後により高次な免許状に向かって取組が進む形になってもよいのではないか。

○ 最終的に修士化がいいですよ、でも採用はどちらでもいいですよとなったら現場が混乱するのは目に見えている。
  制度が始まったら修士化で採用をお願いし、数十万という経過措置の人にはどこかで努力事項として入れてほしいというメッセージの方が良いのではないか。

○ 資料3(新制度のイメージ)の図の上にある校長、副校長、教頭という部分は、全部なくして専門免許状が一番上になっていればいいのではないか。全員がここに入るわけではないのにそれを目指してというのが変だ。ここに書いておく必要はない。

○ 管理職のつくり方に関わっているとすれば大きな論点になる。管理職になることについてもっと資格化していくのか、管理職のつくり方に抜本的にメスを入れるのかは論点として大事だ。

<現場研修の在り方について>

○ 資料3(新制度のイメージ)の右側部分に書かれている教員採用後の大学院等、主体的・継続的な新たな研修のところの大学の講習についてもう少し明快にしていかなければならない。

○ 採用後に高めるということも考えなければならない。報酬を出しても、具体的な学校の業務に当たることが研修内容、学習内容となってもよいと感じる。資料3(新制度のイメージ)の図で言えば、教員採用の幅をもう少し広げ、初任研の中身を大学院での5年目、6年目にかぶせることになってもよいのではないか。

○ 修士化というのはかなり大きなショックを与えるだろうと思う。基礎免許状を取得し、教員採用後に一般免許状を取得するようなことを暫定的に考えながら、最終的には少なくとも修士ぐらいまでやらないと教壇には立ってもらいたくないという社会としての考え方が、ここをきっかけに出てくるといいなと思っている。また、この制度は既に教員になっている人に一生勉強してもらうという側面もある。その方向で、10年研修も初任研もここで議論して整理するといい答えが出るのではないか。

○ 資質をどう向上させるか、そのシステムをどうするかということが大事だ。教員には本質的に、いわゆる学問的な探究心というのもあって、それは制度の中できちっとシステムの中に組み入れてあげれば、学び続けるようなものになるのではないかなと思っている。

<教育委員会・大学等の関係機関の連携・協働について>

○ 大学と現職の教員をどう滑らかに接続するかについて議論するべき。滑らかな接続をするために、大学がどのような役割を果たすかをまず考える必要がある。

○ 教育委員会と大学がお互いが相互評価していく仕組みをこの中に盛り込んでいくということが求められている。

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初等中等教育局教職員課

-- 登録:平成23年10月 --