資料1 中央教育審議会総会(第86回)における審議経過報告に関する主な意見

○  A案については、首長と教育長の権限強化により、教育委員会がますます形骸化しないか懸念がある。首長の附属機関として、地方自治法上、附属機関として逆に拘束力ある権限を持つのかどうか、実現可能な案なのかどうかをしっかり確認することが必要である。
 B案については、多様な地域の声を反映していくということなどを狙いとして、委員会の人数構成、増員についても地方自治体の判断に委ねることも可能なのではないか。また、教育委員長を常勤化したり、教育長と教育委員との兼務を廃止して事務局長と位置づけたりするなどの工夫ができるのではないか。
  制度設計に当たっては、保護者や現場の教職員の声など、広く国民に問いかけるという努力も引き続き是非ともお願いしたい。

○  現在教育委員会がほとんど形骸化しているという現実に目を向けると、B案は、性格全体が非常にファジーな感じがするため、A案の方が非常にすっきりしてよいと思う。この際、教育委員を諮問機関的な性格にした方がいいのではないかという意見が非常に多いということも聞いている。

○  A案もB案もこのままでは課題があることから、A案とB案の中間的な制度設計というのがなされる可能性はないのか。例えば教育長の罷免要件の拡大や、教育長の任期の短縮でリスク管理ができるのではないかというような、両案の中間的な色合いを作ることによって、首長の外的な関与は今よりも増えるが、内的に必要最小限の教育の中立性については守られるというような制度設計があってもいいのではないかと考える。

○  今の日本の教育の問題は、首長の暴走による継続性・安定性の問題ではなくて、改革が進まない方が問題ではないかということを考えると、首長が新しい取組を実行するためにも、A案で進めるべきではないかと考える。首長が暴走しているかどうかは、住民の判断に任せた方がいいのではないかと考える。
  校長のリーダーシップによる運営を実現するため、校長にどういう権限を与えるのか、校長の責任と権限を明確にする必要がある。
  教員評価については、校長による一義的な評価に基づいて何らかの形でそれが処遇に反映していくということが重要である。この仕組なしでは、校長がリーダーシップを発揮することは難しいと思う。

○  仮にA案になった場合、教育委員会が学校教育だけを所管するということにならないようにすることが必要である。例えば、社会教育については、安定的にあるいは多少価値を含む活動を含んでいるので、相手が成人であったとしても、政治的中立性の確保が必要であるということとか、文化や文化財保護に関する事務なども正確に整理していただくことが大事だと思う。その際、社会教育と生涯教育の関係も含め、正確な整理が必要である。

○  「公教育」という言葉の定義をはっきりさせるべきである。公教育と私教育の区別が非常にあいまいになっていることを懸念する。私教育にあたる家庭や地域の事柄についても、学校教育に委ねようとしているのではないか。公教育における国の責任の果たし方については、公教育は法律に基づいているかということであって、政治的中立という言葉を含んで出てきてしまうと、いろいろな誤解が生じるという懸念がある。

○  首長は、選挙に当たって教育に関する公約をする。また、予算権限は首長が有しており、教育行政に首長が関係しないというのは考えられない。
  責任と権限とは一体のものであるべきで、最終的に責任を取れる者が最終的な責任者であるべきだと考える。具体的な業務に基づく議論が欠けたまま、首長に口を出されるのは嫌だという観念的な議論が横行しているように思う。そうではなく、具体的にどういう仕事をして、誰がどう責任をとるのか。例えば、教科書の選定にはどういう仕事をするのかという地に足が着いた議論をお願いしたい。
  A案がいいとか、B案がいいとか、そういう観念的な議論をするのではなくて、教育に国も地方もどれだけお金を使っていい政策をしていく、そのためにはどうしたらいいかという議論が必要である。

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