もどる


資料1
「新しい時代における教養教育の在り方について」(答申案)目次

    
-目次-

はじめに
第1章
今なぜ「教養」なのか
第2章
新しい時代に求められる教養とは何か
第3章
どのように教養を培っていくのか

   第1節    幼・少年期における教養教育
   (1) 幼・少年期における教養教育の課題
   (2) 具体的な方策
  1家庭や地域で子どもたちに豊かな知恵を育てる
  2確かな基礎学力を育てる
  3学ぶ意欲や態度を育てる
  4豊かな人間性の基盤を作る
  5教員の力量を高める
   
 第2節    青年期における教養教育
   1 高等学校における教養教育
   (1) 高等学校における教養教育の課題
   (2) 具体的な方策
  1論理的に粘り強く考える訓練を行う
  2「将来」との結びつきから学ぶ意欲を引き出す
  3「体験」で大人となる基礎を培う
 第3節    成人の教養の涵養
   (1) 成人の教養を涵養するための課題
   (2) 具体的な方策
  1教養を尊重する社会の実現に向けた気運を醸成する
  2大人が教養を高めるために学ぶ機会を充実する

【参考】我が国の大学における教養教育について




ページの先頭へ



新しい時代における教養教育の在り方について(答申案)


はじめに


   かつては、教養について、「知識人としての共有財産の脈絡あるリスト」とでもいうべきものがあった。それは、例えば、学問の体系の基礎をなす哲学についての知識であり、教養として必要な書物のリストであり、知識とともに教養人たる人格陶冶のための訓練であった。
   しかしながら、哲学を諸学の基礎とするような学問の体系性が失われ、学問の専門化、細分化が進む中で、教養についての共通的理解というべきものが失われてきた。社会全体の価値観の多様化、体系的な知識よりも断片的な情報が重視される情報化社会の性格、何事にも効率を優先する考え方の広がりなどがこのような傾向に拍車をかけたと言われている。

   中央教育審議会では、こうした教養の歴史も踏まえながら、今後の新しい時代に求められる教養とは何か、また、それをどのようにして培っていくのかという観点から審議を行った。
   答申では、まず、第1章において、今なぜ教養について考える必要があるのか、その背景を述べ、第2章において、新しい時代に求められる教養の概念について整理を行った。その上で、第3章において、すべての人が生涯にわたって教養を広げ、高め、豊かな生き方を実現するために求められる方策について、個人の生涯の段階を1幼・少年期、2青年期、3成人期に分け、それぞれの段階ごとに求められる教養の課題を提示しつつ具体的に提言した。
   この答申が、今後の激しい変化の中で、一人一人が自らの生き方を主体的に打ち立てる力を培う支えとなり、また、新しい時代にふさわしい品格を備えた教養社会の実現に向けての取組を推し進める一助となることを切に願うものである。

ページの先頭へ



第1章   今なぜ「教養」なのか


   我が国は、戦後の経済成長、科学技術の発展のもとに、便利さと物質的な豊かさを手に入れた。しかし、同時に多くの人は、この物質的な繁栄ほどには、一人一人の、あるいは社会全体としての豊かさは実現されていないと感じている。
   社会が物質的に豊かになる過程で価値観の多様化、相対化が進み、一人一人の多様な生き方が可能になった一方で、社会的な一体感が弱まっている。経済的な停滞や、冷戦構造崩壊後のグローバル化の進展等による社会・経済環境の変化とあいまって、社会に共通の目的や目標が失われている。
   また、少子・高齢化、都市化の進展や産業構造・就業構造の変化の中で、家族や地域社会、企業の在り方及びこれらと個人との関係が大きく変わりつつある。
   急速な情報化の進展は、世界中の情報を瞬時に入手することを可能にする一方で、直接的な体験の機会を減少させ、人間関係の希薄化をも招いている。科学技術の著しい発展は、人類に計り知れない恩恵をもたらす一方で、地球規模での環境問題や生命倫理に関わる問題などの新たな課題を生み出している。

   これらの大きな社会的変動の中で、既存の価値観が大きく揺らいでいる。一方で、新たなモラルや、これからの社会、その中で生きる個人の姿は明確になっておらず、個人も、社会も、自らへの自信や将来への展望といったものを持ちにくくなっている。
   社会全体に漂う目的喪失感や閉塞感の中で、学ぶことの目的意識が見失われ、まじめに勉強したり、自ら進んで努力して何かを身に付けていくことの意義を軽んじる風潮が広がっている。特に子どもたちや若者に、自ら学ぼうとする意欲が薄れているとの指摘がなされている。こうした傾向の広がりは、我が国社会の活力を失わせ、その根幹をむしばむ危機につながるものと危惧せざるを得ない。

   このような時代においてこそ、自らが今どのような地点に立っているのかを見極め、今後どのような目標に向かって進むべきかを考え、目標の実現のために主体的に行動していく力を持たなければならない。この力こそが、新しい時代に求められる教養であると考える。

   このような前提を踏まえながら、歴史的な転換期・変革期にあって、一人一人が自らにふさわしい生き方を実現するために必要な教養を再構築していく必要がある。
   また、教養が求められているのは個人に対してだけではない。教養は、個人の人格形成や幸福の実現にとって重要であるのみならず、目に見えない社会のインフラストラクチャーでもある。一人一人が教養の涵養を目指すことは、それぞれの多様な生き方を個人としても社会としても認め合いながら、生涯にわたって自らを高め、社会の一員としての責任と義務の自覚を持って生きることのできる魅力ある社会を築くことにつながる。このような社会の実現こそが、我が国を国際社会において尊重され、尊敬される「品格ある社会」として輝かせることになるものと考える。

ページの先頭へ



第2章   新しい時代に求められる教養とは何か

   教養とは、個人が社会と関わり、経験を積み、体系的な知識や知恵を獲得する過程で身に付ける、ものの見方、考え方、価値観の総体ということができる。教養は、人類の歴史の中で、それぞれの文化的な背景を色濃く反映させながら積み重ねられ、後世へと伝えられてきた。人には、その成長段階ごとに身に付けなければならない教養の課題がある。それらの課題を、社会での様々な経験や自己との対話も踏まえながら一つ一つ達成し、それぞれの内面に自分なりの生きる座標軸(行動の基準とそれを支える価値観)として構築していかなければならない。教養は、知的な側面のみならず、社会規範意識と倫理性、感性と美意識、主体的に行動する力、バランス感覚、体力や精神力などを含めた総体的な概念として捉える必要がある。
    21世紀を迎え、変化の激しい流動的な社会に生きる我々にとって必要な資質や能力は何か、これを培うための教育はどうあるべきか、こうした観点から、本審議会は、新しい時代に求められる教養について検討を行い、その要素を次のように整理した。

   新しい時代を生きるための教養として、社会との関わりの中で自己を位置付け律していく力や、自ら社会秩序を作り出していく力が不可欠である。主体性ある人間として向上心や志を持って生きる力、社会全体の幸福を考え、その実現に向かって行動することができる力、他者の立場に立って考えることができる想像力などもこれからの教養の重要な要素である。
   さらに、東西の冷戦構造の崩壊後、グローバル化が進む中で、他者や異文化、更にはその背景にある宗教を理解することの重要性が一層高まっている。そのためには、幾多の歳月を掛けて育まれてきた我が国の伝統や文化、歴史等に対する理解を深めるとともに、異文化を理解する資質・態度を身に付ける必要がある。世界の人々と外国語で的確に意志疎通を図る能力も求められる。
   科学技術の著しい発展や情報化の進展は、人類に恩恵をもたらす一方で、地球規模の環境問題、情報通信技術や遺伝子操作技術などその使い方をめぐって倫理的課題をはらむ問題をも生み出し、新たな人間疎外ともいうべき状況も生じている。一人一人が、自然や物の成り立ちを理解し、論理的に対処する能力を身に付けるとともに、科学技術をめぐる倫理的な課題や、環境問題なども含めた科学技術の功罪両面についての正確な理解力や判断力を身に付けることは、新しい時代の教養の基本的要素である。
   時代がいかに変わろうとも普遍的な教養がある。かつて教養の大部分は古典などの読書を通じて得られてきたように、読み、書き、考えることは、教養の涵養に中心的な役割を果たす。その礎となるのが、国語の力である。国語は、我が国において日常生活を営むための言語技術であるだけでなく、論理的思考力や表現力の育成、日本人としてのアイデンティティの確立、豊かな情緒や感性の涵養などに深くかかわる。すべての知的活動の基盤となる国語力の育成を、初等教育の基軸として位置付ける必要がある。
   さらに、教養を形成する上で、私達日本人にとって、礼儀・作法など型から入り、身体感覚として身に付けられる「修養的教養」は重要な意義を持っている。このためにも、私達の思考や行動の規範となり、教養の基盤を形成している我が国の生活文化や伝統文化の価値を改めて見直す必要がある。

   これらのことを総合的に捉えれば、新しい時代に求められる教養の全体像は、変化の激しい社会にあって、地球規模の視野、歴史的な視点、多元的な視点で物事を考え、未知の事態や新しい状況に的確に対応していく力として総括することができる。こうした教養を獲得する結果として、品性や品格といった言葉で表現される徳性も身に付いていくものと考える。

   このような資質や能力をだれがどこまでのレベルで身に付ける必要があるかは一律に決められるものではない。しかし、今後の激しい変化の中で、社会における自らの生き方を主体的に選び取り、異なる生き方や価値と調和して生きる力を身につけるために必要な教養を、一人一人が生涯にわたって自覚的に培っていく努力が必要であることは疑いない。
   このために求められる教養教育の在り方について、以下に具体的に述べることとしたい。

ページの先頭へ


第3章   どのように教養を培っていくのか

   教養教育については、これまで、主として高等教育における問題として議論されることが多かった。しかし、これまで述べてきたように、教養の涵養は個人にとって生涯の課題であり、教養を身に付ける努力は、年齢や職業を超えてすべての人に求められるものである。教養教育の在り方を検討するに当たっては、高等教育だけでなく、初等中等教育も含めた学校の教育活動全体、幼児期からの家庭教育、地域での様々な活動、社会生活における様々な体験や学習を通じて、いかに教養を身に付けていくかを考える必要がある。
   その際、例えば、自然に接してその摂理を学ぶこと、人類の偉大な遺産である古典に学ぶこと、各地の歴史的遺跡や現場に接してその教訓を学ぶこと、勤労を通じて働くことの喜びを体得すること、芸術に親しむことによって美意識と感性を磨くこと、スポーツを通して心身を鍛え、フェアプレーの精神を養うこと、さらに、これらの諸活動を通じて調和の精神を磨くことなどは、生涯にわたって教養を培う上での重要な課題と考えられる。

   教養教育を考えるに当たって、特に重視すべき観点として、次の3点が挙げられる。
   まず、第1点は、教養教育を通じて、学ぶことやよりよく生きることへの主体的な態度や、何かに真摯に取り組む意欲を育てていくことである。教養とは、本来自発的に身に付けるべきものであり、学ぼうとする意欲が重要である。教養教育の在り方を考えるに当たっては、いかにして学ぶことへの意欲を高めていくか、また、努力して何かを身に付け、何かを成すことを尊重する社会的気運を高めていくかを考える必要がある。
   第2点は、教養教育は、個人が生涯にわたって新しい知識を獲得し、それを統合していく力を育てることを目指すものでなければならないということである。21世紀は知識や情報が社会を動かす原動力となる「知識社会」といわれる。様々な形で提供される膨大な情報の中から自らに必要なものを見つけ、獲得し、それを統合していく知的な技能を一人一人に培うことを、教養教育の一貫した課題として位置付け取り組んでいく必要がある。
   第3点は、教養の涵養にとって、異文化との接触が重要な意味を持つということである。ここでいう異文化とは、単に異なる国の文化という意味だけでなく、異なる性、世代、国籍、言語、宗教、異なる価値観、生き方、習慣などあらゆる「自分とは異なるもの」のことである。異文化との相互交流を通じて、自分とは何かを考え、自己を確立するとともに、自分と異なる人や社会や文化などを理解し、これらを尊重しながら共に生きていく姿勢を身に付けることは、教養の重要な柱である。

   中央教育審議会では、上記のような観点に立ち、これまでの教育改革の成果を検証しつつ、新しい時代に求められる教養教育の実現のための方策を検討してきた。
   ここでは、個人の生涯を、1幼児期から概ね12,13歳頃までの「幼・少年期」、214,15歳頃から社会に出る頃までの「青年期」、3社会人となって以降の「成人期」の3つの段階に分けて、それぞれの段階における教養教育の在り方について、主要な課題と今後求められる具体的な方策を提示することとしたい。

第1節 幼・少年期における教養教育
   およそ生物は、生物学でいう「受容体」のないところに何を与えても受け取ることはできない。幼児期から概ね12,13歳頃までの時期においては、あらゆる教育活動を通じて、変化の激しい社会で生涯にわたって主体的かつ自律的に学び成長していくための「受容体」ともいうべき基盤を、子どもたち一人一人に培う必要がある。
(1) 幼・少年期における教養教育の課題
   核家族化、少子化、都市化などが進行し、家族の在り方が大きく変わり、また、地域における地縁的なつながりが希薄化する中で、家庭の教育力や地域社会が従来持っていた教育力が低下してきている。従来は家族や他人との日常のかかわりの中で自然に育まれてきた子どもたちの社会性や規範意識が不足がちになっており、このことが学級崩壊、いじめなどの問題の一因とも言われている。
   これらの状況に対し、家庭教育の支援や地域における青少年教育の充実を図る観点から様々な施策が講じられてきたが、現時点では十分な成果が挙がっているとは言い難い。
   今後とも、家庭や地域社会の教育力の向上に向けた取組の推進が必要である。とりわけ、家庭や地域の日常生活の中で、子どもたちに古くから伝わる遊びやことわざ、昔話などを教えたり、地域の伝統的な行事に親子で参加したり、家庭で年中行事を楽しんだりすることなどを通じて、我が国の伝統的な生活習慣などの「生活文化のかたち」を子どもたちにしっかりと伝え、あいさつやマナー、善悪の判断基準、基本的な社会道徳等を身に付けさせるとともに、美を感じる心や自然に対する畏敬の念、豊かな情緒、宗教に対する理解などを育んでいく必要がある。
   また、我が国の学校教育は、戦後、民主化の理念の下に、教育の機会均等を実現し、国民の教育水準を高め、社会経済の発展の原動力となってきた。特に、小学校教育・中学校教育については、児童生徒の学習の状況やその時々の社会の要請等を踏まえて改訂された学習指導要領に基づき教育課程が実施され、児童生徒の学力は国際的にトップクラスを維持してきた。しかしながら、児童生徒の現状を見ると、数学や理科が好きであるとか、将来これらに関する職業に就きたいと思う者の割合が国際的に最低レベルであるなど、自ら進んで学ぶ意欲や、学ぶことと将来の生き方とを結びつけて考えようとする姿勢に欠ける面がある。
   このことの背景には、これまで我が国の教育が過度に記憶力を重視した画一的なものに偏りがちで、自ら学び、自ら考える力や、豊かな人間性を育む教育がおろそかになってきたこと、また、教育における平等性を重視するあまり、一人一人の多様な個性や能力の伸長という点に必ずしも十分に意を用いてこなかったことなどがある。
   このような反省に立ち、平成10年12月に学習指導要領が改訂され、現在、「生きる力」の育成に向けた取組が進められている。今後、このような視点に立ち、生涯にわたる教養の基盤の形成に向けて、基礎的・基本的な知識や技能を確実に習得させるとともに、自ら進んで学び考え、物事に挑戦していこうとする意欲や態度、科学的なものの見方や考え方、社会の一員としての規範意識や豊かな人間性などを培う教育をこれまで以上に充実する必要がある。

(2) 具体的な方策
1 家庭や地域で子どもたちに豊かな知恵を育てる
   教養教育の原点は家庭教育である。その重要性は、どんなに社会が変化しようと変わるところはない。
   また、地域社会において、子どもが他者と触れ合う中で、人間関係や集団のルール、公共心や規範意識などを身に付けることができるよう、社会全体で子どもを育てる環境づくりを進める必要がある。
   平成14年度からの完全学校週5日制を意義あるものにするためにも、家庭や地域の教育力の向上は緊急の課題であり、取組の一層の充実が必要である。
家庭での日常生活を基本にした教育の充実
   各家庭における子どもの日常生活を大切にすべきである。例えば、絵本や昔話の読み聞かせ、家庭での年中行事や地域の行事への積極的な参加、子どもに毎日決まった手伝いをさせるなど家庭での役割を与える、テレビやゲームに費やす時間を制限するなど、規律ある生活習慣を身に付けさせるための「我が家のきまり」づくりなどを奨励する必要がある。
文化施設・社会教育施設の子どもの教養教育の資源としての積極的な活用
   美術館や博物館、図書館等が子どもの教育に取り組むことは、子どもの教養の涵養にとっても、これら施設の活性化にとっても意義が大きい。例えば、美術館や博物館における子供向けの館内ツアーや参加・体験プログラムの実施、土・日曜日における学校図書館の開放を積極的に進める必要がある。また、これら施設に対する評価の実施に際し、子ども向けの取組状況を積極的に評価することも求められる
地域社会における子どもの居場所づくりの推進
   地域で子ども同士が思い切り遊んだり運動したりすることのできる場や、自然と触れ合うことのできる場の整備、親子で参加できるスポーツ活動や地域行事の充実など、子どもが地域で伸び伸びと育つことのできる環境づくりを推進する必要がある。
2 確かな基礎学力を育てる
   多様な個性の基盤には、基礎的・基本的な知識・技能が不可欠である。子どもの個性や自主性の重要性を強調するあまり、基礎的・基本的な知識・技能を繰り返し教える指導をも「一方的に教え込む」ものとして、好ましくないとする見解も一部にある。しかし、基礎的・基本的な知識・技能を確実に習得させ、それを基盤として、更なる自主的学習につなげることによってはじめて、多様な個性も伸ばすことができるものである。各学校は、すべての児童生徒が、「読み、書き、計算」をはじめとする基本的な事項を確実に習得し、学習する習慣や物事に粘り強く取り組む態度、科学的にものを考える力や態度を身に付けることができるよう、全力を注いで指導する必要がある。
基礎学力の徹底のためのきめ細やかな指導の充実
   読み・書き・計算などの基本的な事項を徹底するため、各学校では、反復練習や個別の家庭学習の課題の設定、放課後の個別指導や補習などのきめ細やかな指導を行う必要がある。このため、社会人や大学生等をティーチングアシスタントとして積極的に活用するべきである。中学校や高等学校の教員が、小学校や中学校での指導に参加することも有意義である。あわせて、教職員定数の更なる改善を図る必要がある。
国語教育や読書指導の重視
   国語教育を一層重視する必要がある。その際、素読や暗唱、朗読など、言葉のリズムや美しさを体で覚えさせるような指導の良さを見直すべきである。また、近年多くの学校に広がっている「朝の10分間読書」は、読書の楽しみを知るだけでなく、集中力の向上などにも大きな成果があると言われ、このような活動が更に広がっていくことが期待される。あわせて、司書教諭の配置やボランティアの活用、情報機器の整備などを通じ、図書館の総合的な機能の充実に取り組んでいく必要がある。
取組を検証する仕組みづくり
   確かな基礎学力を育てるための取組をより実効あるものとするためには、絶えずその成果を検証することが重要である。このため、各学校において、学校の教育活動の自己点検・評価に取り組む必要がある。また、全国的な学力調査の実施を通じ、児童生徒の学習到達度を把握するとともに、その結果を踏まえた改善策を速やかに講じる必要がある。さらに、論理的思考力や応用力等の評価方法の研究等にも取り組むべきである。
3 学ぶ意欲や態度を育てる
   学ぶことの意義や目的を見出し、自ら進んで学び考え、物事に挑戦しようとする意欲や態度を育てることは、この時期の大きな教育課題の一つである。
   子どもたちが、自然との触れ合いや体験の中で、物事に興味・関心を持ち、知的好奇心を伸ばすこと、尊敬できる大人と出会う機会を得て、学ぶことや大人になることの意味を実感したりすることができるよう、取組を推進する必要がある。
子どもたちの知的好奇心を喚起する取組の促進
   授業に実験やものづくりの実習等、各種の体験活動を多く取り入れる、学校の卒業生など地域で活躍する人材を講師として活用する、異年齢の子どもたちで学習する機会を設けるなど、子どもたちの知的好奇心を呼び起こし、集中力を高め、学ぶことの意味を実感することができるような指導方法の工夫改善に取り組む必要がある。その際、美術館や博物館、劇場、地域の文化財、図書館等を活用することも有効な方策である。また、各種のメディアを活用しながら、情報を活用する能力を身に付けることも重要である。
学ぶ進度等に応じた指導の充実
   発展的な学習や補充的な学習など、子どもの学習の進度に応じた指導を行い、子どもの学ぶ意欲を育てる必要がある。特に、発展的な学習に関する指導方法の開発や、学習の過程で子どもがつまずきやすい事項を分析し、指導を改善するための実践的研究を行い、その成果を学校における指導に積極的に取り入れていく必要がある。また、指導に当たっては、それぞれの子どもの長所を見つけ、適切にほめることが、意欲を高め、その長所を更に伸ばすことにつながることを重視すべきである。
4 豊かな人間性の基盤を作る
   豊かな人間性や、社会との関係で自己を位置付ける力などの基盤は、幼・少年期において培われる。特に、子どもの時期の体験は、その人の人格形成やその後の生き方に大きな影響を与える。学校、家庭、地域社会が一体となって、多様な体験活動の機会を提供するとともに、道徳教育の充実などを通じ、子どもたちに豊かな心を育んでいく必要がある。
道徳教育の充実
   学校教育全体にわたる道徳教育を充実し、人間として生きていく上で必要な基本的態度を育てる必要がある。このために、豊かな人生経験を持つ社会人や一つの道を究めた専門家に学校での道徳教育への参加を求めたり、すぐれた文学作品や映像作品を教材として活用することも有効である。自然の中で生き物を見つめたり、四季の移り変わりに生と死の循環を感じたりするなどの体験や、様々な分野での社会奉仕体験などの体験を通じて、豊かな心を育むことも重要である。
知・徳・体の調和のとれた育成
   古典や歴史なども含めた文化・芸術や、様々なスポーツ等を体験させ、豊かな感性や、たくましく生きるための体力や精神力など、知・徳・体の調和のとれた人格を育てることが重要である。例えば、演劇のように、五感を働かせ、体を使う活動は、体そのものの使い方や制御の仕方を学び、集中力や想像力、コミュニケーション能力などを高める上で有効である。こうした活動を教育活動に積極的に取り入れていくことが望まれる。
5  教員の力量を高める
      児童生徒の教育に当たり、教員の与える影響は計り知れない。子どもたちに教養の基礎を培っていくためには、教員一人一人が、生涯にわたって教育者として力量を高めるとともに、常に向上心を持って教養を磨くことが必要である。教員の養成・採用・研修を通じて、一貫してこの姿勢を重視する必要がある。
教員の研究や自己啓発活動の奨励
   教員が自ら研究したり、読書等を通じて自己研鑽に励む姿は、子どもたちにあこがれの気持ちを抱かせ、向学心を高めるなど良い影響を及ぼす。教員の研究活動を奨励したり、教員用の図書や映像資料を充実したり、校内で教員と子どもが一緒に読書できるスペースを充実するなどの取組が求められる。
社会体験研修の大幅な拡充等教員研修の抜本的充実
   教員研修の抜本的な充実が必要である。とりわけ、教員に幅広い視野を確保するため、社会体験研修、ボランティア体験研修や、青年海外協力隊等への派遣を大幅に拡充することが必要である。また、完全学校週5日制の実施に伴い、教員は地域の一員として地域活動やボランティア活動に積極的に取り組むべきである。
評価等の促進
   保護者や地域の住民等への授業の公開をはじめ、多様な観点から授業の改善のための評価を受けることは、教員の自己啓発を促し、力量を高める上で意義深いものであり、積極的な導入が期待される。あわせて、各都道府県教育委員会等における勤務評定の評価方法等の工夫、表彰制度や特別昇給の実施等を通じて、優秀な教員を適切に評価しその処遇の改善を図っていくことも求められる。

           
  第2節   青年期における教養教育
           
         概ね14,15歳から社会に出るまでの「青年期」においては、アイデンティティを確立し、自らの在り方や生き方を見定めていくことのできる力を育てていくことが重要である。ここでは特に、高等学校と大学における教養教育の在り方について提言する。
           
  1   高等学校段階における教養教育
       概ね高等学校在学年齢に相当する時期は、自己を確立し、成人となる基礎を培う重要な時期と一致する。この時期に、生徒一人一人が自己の在り方や生き方を考え、将来の進路を主体的に選択する能力や態度を身に付けるとともに、社会についての認識を深めること、学習を通じて能力や個性の一層の伸長と自立を図ること、様々な体験活動や課外活動等の中で学校内外の多くの人と出会いながら自らを高めていくことは、生涯にわたる教養の形成にとって不可欠の課題である。
           
    (1) 高等学校段階における教養教育の課題
       現在の高等学校は、戦後の教育改革により新たにスタートした後、飛躍的な量的拡大を遂げ、今や国民の97%が進学する教育機関として、多様な能力・適性,興味・関心を有する生徒を受け入れるようになっている。
   しかしながら、この過程で、高等学校の教育課程や入学者選抜の在り方が画一的になりがちで多様な生徒の実態に適合しておらず、不本意な入学による学習意欲の喪失や中途退学の原因となっていること、また、一方には、高等学校教育を大学進学準備のためのものとみなすような風潮も存在することなどの問題が指摘されるようになった。
   このような状況に対し、特に臨時教育審議会の答申が提出されて以降、高等学校教育の多様化を中心とした改革が進められてきた。入学者選抜の多様化が進むとともに、単位制高校や総合学科の創設など新しいタイプの高等学校づくりの推進、教育課程における選択幅の拡大等の大幅な弾力化等が進められた。
   現在、各高等学校において、生徒の多様な進路を前提とした多様な教育が行われるようになっており、今後とも特色ある教育を推進することが求められる。同時に、高校生程度の年齢になれば、誰にも年齢にふさわしい自覚や責任感を持った行動が求められる。卒業後にどのような進路を選ぶにせよ、将来の職業や学問の基礎となる知識・技能や、自分の人生に向き合う態度や能力を、すべての高校生が身に付ける必要がある。高等学校教育を通じて、一人一人が、自らの将来を展望しつつ、青年期にふさわしい教養を主体的に身に付ける力を養わなければならない。このために、各高等学校では、新学習指導要領に基づき開設される「総合的な学習の時間」や学校が独自に開設できる「学校設定科目」等も活用しながら、教養教育の一層の推進に創意工夫をこらす必要がある。
   また、このような取組を推進する上で、教員の資質の向上と、教育活動の点検・評価は不可欠の課題であり、各学校による積極的な情報発信や、学校の教育活動に関する評価の実施、全国的な学力調査の実施等を通じて、絶えずその成果を検証していく必要がある。
           
    (2) 具体的な方策
      1    論理的に粘り強く考える訓練を行う
           高等学校の段階で、物事を、自分の頭で納得がいくまで論理的に粘り強く考える訓練をし、それを習慣づけていく必要がある。また、物事を科学的に調べる能力、科学的なものの見方や考え方を体得することも求められる。そのためには、各学校において、学習内容の確実な定着や、生徒の興味・関心を伸ばすための指導方法・指導体制の工夫を行うとともに、一人一人が、様々な体験を糧としながら深く考えることを促すような様々な学習の機会を意図的に与えていく必要がある。
         
知識の深化や総合化を図る学習活動の推進
   各学校は、例えば「実地調査」、「卒業論文」のような形で、生徒が、特定の課題について、自らの問題意識に基づいて情報を集め、内容を構成し、報告書としてまとめるとともに、その課題についての討論などを通じて、論理的に考え、表現するなどの一貫した学習の機会を、「総合的な学習の時間」等も活用しつつ積極的に設けるべきである。
読書の推進
   若い時期に、和漢洋の古典を始め、優れた書物に向き合うことの大切さを強調したい。読書は、考える力を育てるのみならず、様々な価値観に対する理解を促し、多元的な視野を与える。例えば、各高等学校において、学校としての「必読書」を30冊選定し、生徒に卒業までに読むことを勧めるなどの方策も有効であろう。
科学技術・理科教育の推進
   生徒一人一人が、科学的なものの見方や考え方の基礎を身に付けることができるよう、最新の研究成果も生かした教材の開発や、科学者等による指導の機会の充実が重要である。博物館や科学館での講座や科学技術やものつくりに関するコンテストの開催など、若者の科学への関心を高め伸ばす機会の充実も求められる。
      2    「将来」との結びつきから学ぶ意欲を引き出す
           高校生の時期に、自分は何が好きなのか、将来をどのように生きたいのかを考えることは、学ぶことへの目的意識を明確なものとし、真摯に取り組む態度を育てる上で決定的に重要な意味を持つ。たとえ結果的に、それが高校生の時期に見つからなかったとしても、自分の内面を見つめ、生き方を真剣に考える姿勢は、将来にわたってその人のかけがえのない財産となり、豊かな生涯を送るための土壌となる。
         
大学での学習や将来の職業とのつながりを意識させるための取組の推進
   進路指導が、単なる進学指導や就職指導ではなく将来の生き方を考えさせる指導となるよう、ガイダンス機能等を充実する必要がある。学ぶ意味を考えさせる上で、企業等でのインターンシップなどの体験学習を推進することも重要である。高校生が大学で学んだり、大学の教員が高校で教えたりする「高大連携」の推進も求められる。
   また、農業高校や工業高校などの専門高校での実習等、自分の好きな分野で体を動かして学ぶことは、生徒に学習全体へのモチベーションを与える。外部の機関等との連携等も含めた専門高校での職業教育の充実に取り組む必要がある。
人生全体を見渡して考え、学ぶことのできる機会の提供
   将来を展望する際、一般には人生の明るい面だけを強調しがちであるが、高校生の段階で、例えば、死や病、挫折など喪失感をもたらすような人生の側面について学ぶことの意義は大きい。これらを教育の中でもっと積極的に取り上げ、生徒が人生全体を見渡して考え学ぶ機会を提供すべきである。
      3    「体験」で大人となる基礎を培う
           高校生の時期に多くの社会体験をすることが、人間としての幅を広げる。様々な分野の人と交わり、社会とつながることに喜びや達成感を味わったり、失敗したりすることを通じ、社会の中での自分の位置や負うべき責任を自覚する経験は、大人になるための大切な基礎を作る。
         
地域や社会での体験活動の充実
   学校内外でのボランティア活動など、地域や社会での体験活動を積極的に推進する必要がある。また、すぐれた芸術や伝統文化に接したり、多様な芸術文化活動やスポーツ活動を体験することは、感性を磨き、人間としての幅を広げる上で大きな意味を持っており、これらの活動の一層の推進を図る必要がある。
異文化を体験する活動の充実
   高校生の段階での海外留学の奨励や、生徒とALT等外国人との交流の機会の拡充など、高校生が身をもって異文化を体験する機会を重視する必要がある。宗教を含めた諸外国の文化を理解するための指導事例集の作成も求められる。高等学校を卒業した時点で、外国人と日常の会話ができる程度の力を身に付けることを目指し、指導の充実を図る必要がある。
           
  2   大学入学者選抜の在り方
         高校生が将来を展望しつつ青年期にふさわしい教養を主体的に身につけていく力を育む上で、大学入試の在り方はきわめて重要である。近年、大学側から、学生の学ぶ意欲や判断力、論理的思考能力等が不十分であるとの批判がなされることも多いが、この問題については、初等中等教育段階までの教育だけでなく、大学入試の在り方が与える影響も大きい。大学入試の在り方を見直し、高等学校までの段階における生徒一人一人の教養の涵養を促進し、大学入学後の学生の学ぶ姿勢や意欲を引き出すものへと改善することが求められる。
   このためには、それぞれの大学が、明確な教育理念に基づく入学者の受入方針を確立し、自ら必要と考える資質に照らして生徒の能力や適性等を適切に評価することが必要である。
   18歳人口の減少の中で入学者の確保を主眼として安易な入学者選抜を行う大学や、受験者を効率的にふるい落とすことを目的にいたずらに断片的な知識の多寡を問うような入学者選抜を行う大学も依然として存在している。各大学においては、個々の生徒が初等中等教育の段階までに様々な経験・体験を通して培ってきた資質や能力、将来についての考え方や大学で学ぶ目的意識などを適切に評価する選抜方法を真剣に検討する必要がある。高等学校での教養教育の取組と関連付けた選抜方法の工夫として、例えば、論文試験においてあらかじめ課題となる書物を指定し、それらの読書を前提に出題することや、面接試験において高等学校時代の生徒の課題研究や地域活動等を発表させ、これに基づいて討論させるなど多様な取組が考えられてよいのではないか。
   また、ともすれば同世代のみで構成されがちな我が国の大学に、社会人を積極的に受け入れることは、大学の多様化の面からも有意義である。各大学には、社会人特別選抜の積極的導入等、入学者選抜において社会人の能力や意欲を適切に評価する工夫が求められる。
   さらに、各大学における自己点検・評価や様々な評価機関による評価等を通じて、こうした入試改善の取組を促していくことが重要である。
           
  3   大学における教養教育
         生涯にわたる人格の陶冶を考えた場合、10代後半から20代前半にかけての時期においては、社会の中での自己の役割や在り方を認識し、より高いものを目指していくことを意識した知的訓練を行うことが重要である。大学の教養教育はこうした知的訓練の中核を占めるものであり、学生には、学ぶ意識を高く持ち、主体的にこの訓練に取り組む姿勢が求められる。
           
    (1) 大学における教養教育の課題
         社会が複雑かつ急激な変化を遂げる中で、各大学には、幅広い視野から物事を捉え、高い倫理性に裏打ちされた的確な判断を下すことができる人材の育成が一層強く期待されている。
   法科大学院等の高度専門職業人養成型大学院(プロフェッショナル・スクール)の整備等、専門性の向上は大学院を主体にして行うという今後の高等教育の方向性を踏まえれば、学部では、教養教育と専門基礎教育とを中心に行うことが基本となる。そのために、今こそ、大学における教養教育の在り方を総合的に見直し、再構築することが必要である。
   新たに構築される教養教育は、学生に、グローバル化や科学技術の進展など社会の激しい変化に対応し得る統合された知の基盤を与えるものでなければならない。各大学は、理系・文系、人文科学、社会科学、自然科学といった従来の縦割りの学問分野による知識伝達型の教育や、専門教育への単なる入門教育ではなく、専門分野の枠を超えて共通に求められる知識や思考法などの知的な技法の獲得や、人間としての在り方や生き方に関する深い洞察の涵養など、新しい時代に求められる教養教育の制度設計に全力で取り組む必要がある。
   また、このことは、教養教育を担当する教員の意識改革なしには実現できない。教養教育を担当する教員には、高い力量が求められる。加えて、教員は、教育のプロとしての自覚を持ち、絶えず授業内容や教育方法の改善に努める必要がある。同時に、専門外の学生にも専門知識をわかりやすく興味深い形で提供したり、自らの学問を追究する姿勢や生き方を語るなど、学生の学ぶ意欲や目的意識を刺激していくことが求められる。
   各大学においては、「大学教育には教養教育の抜本的充実が不可避であり、質の高い教育を提供できない大学は将来的に淘汰されざるを得ない」という覚悟で、教養教育の再構築に取り組む必要がある。

   さらに、教養教育は、大学のカリキュラムの中だけで完結するものではない。この世代の青年が、部活動やサークル活動などを通じて協調性や指導力などの資質を磨くこと、国内外でのボランティア活動、インターンシップなどの職業体験、更には、留学や長期旅行などを通じて、自己と社会との関わりについて考えを深めることも教養を培う上で重要である。ヨーロッパの多くの国では、大学に入学する前に、社会での活動を行うことが積極的に受け止められており、大学入学者の平均年齢は我が国よりも2,3歳高い。我が国においても、大学を休学して長期間のボランティア活動に取り組んだり、職業経験を積んだ後に再度大学に入り直したりといった「寄り道」をすることの意義を社会全体で認識し、評価する必要がある。

           
    (2) 具体的な方策
      1    カリキュラム改革や指導方法の改善を通じて「感動を与える授業」を生み出す
         大学の授業は、本来、教員と学生との人間的な触れあいを通して、学生が知的・人間的に成長する場でなければならない。各大学は、魅力あるカリキュラムづくりを進めるとともに、授業方法の改善等を図り、学ぶことの愉しさや意義を味わわせ、感動を与えるような授業の実現を目指す必要がある。
         
   新しい体系による教養教育のカリキュラムづくり
   各大学は、それぞれの教育理念・目的に基づき、新しい時代を担う学生が身に付けるべき広さと深さとを持った教養教育のカリキュラムづくりに取り組む必要がある。その際、外国語によるコミュニケーション能力や、コンピュータによる情報処理能力などの新しい時代に不可欠な知的な技能の育成についても重視する必要がある。
   さらに、各大学には、自らの教養教育の理念を教職員や学生に簡潔かつ明確に示す努力が求められる。教養教育のカリキュラムのねらいを学生に十分に理解させた上で、授業科目について履修すべき順序を示したり、領域ごとに一定の履修要件を課したり、副専攻のような形で一定のまとまりを履修させるなどの仕組みも必要である。
   質の高い授業とするための授業内容・方法等の改善
   個々の授業科目の内容についても見直す必要がある。例えば、学際的なテーマの授業科目を複数の教員で担当したり、実験や実習などを取り入れるなど、学生の知的好奇心を喚起するための工夫が必要である。優れた映像資料やわかりやすい関連書等の活用も本格的な学習へのきっかけづくりに有効である。各大学が、学生に、和漢洋の古典を中心とした書物等(「グレートブックス」)のリストを提示し、その読破を求めることも奨励したい。さらに、教員と学生の双方に良き緊張関係を醸成し密度の高い授業を行うために、例えば、50分の授業を1週間に複数回実施することや、ゼミナール方式の少人数授業の充実等の工夫も求められる。
   きめ細やかな指導の推進
   学生に対するきめ細やかな指導の充実を図る必要がある。例えば、新入生に対し大学での学び方等の導入教育を行うことや、授業科目の履修に当たっての詳細なガイダンスの実施、学生の相談に応じる特定の時間帯の設定、ティーチング・アシスタント等を活用したチューター制度の導入などに積極的に取り組むべきである。
      2    大学や教員の積極的な取組を促す仕組みを整備する
           各大学において教養教育の再構築を図り、その抜本的な充実を進めていくためには、この課題に先導的に取り組む大学や教員を支援する仕組みを整備することが必要である。また、大学内においても、積極的に取り組む教員や優れた教授能力を有する教員を適切に評価し処遇する仕組みを整える必要がある。大学教員には、研究能力だけでなく教育能力も必要条件として求められる。
         
   「教養教育重点大学(仮称)」の支援
   教養教育の改善充実に先導的に取り組み、他の大学の模範となる国公私立大学に対し、「教養教育重点大学(仮称)」として思い切った重点的支援を行う仕組みの導入が求められる。
   教養教育の改善に積極的に取り組む教員の支援
教養教育の改善に積極的に取り組む教員を支援する必要がある。例えば、授業内容や指導方法等の改善のための調査研究を行う教員や教員グループに対する支援の充実や、学内において各教員の教養教育に対する取組を促すための「重点配分経費」を創設することなどが考えられる。教育能力に特に優れた教員の表彰の実施や、教育面での実績評価を学内経費の配分や人事に反映させることについても積極的に取り組むべきである。
   また、教員の採用に当たって教育に関する考え方や能力を問うたり、教授能力に優れた外部人材の参加を得て、新任教員等に対する研修(ファカルティ・ディベロップメント)を必ず行うなど、教員の教育への積極的な取組を促すことが求められる。│
   また、教員の採用に当たって教育に関する方針や方法を問うたり、教授能力に優れた外部人材の参加を得て、新任教員等に対する研修(ファカルティ・ディベロップメント)を充実させるなど、教員の教育への積極的な取組を促すことが求められる。
   複数の大学の共同による教育プロジェクトに対する支援
新たなカリキュラムの体系の構築、先進的な授業方法の研究開発などの教育課題に対し、複数の大学が共同して取り組む教育プロジェクトに対する積極的な支援が求められる。
      3    各大学において教養教育の責任ある実施体制を確立する
           こうした教養教育の改善のための取組を効果的かつ持続的に進めていくため、各大学において教養教育の責任ある実施体制を確立する必要がある。また、より充実した教養教育の実施のため、大学間の連携・協力を促す仕組みを検討する必要がある。
         
   責任ある教養教育のための全学的な実施・運営体制の整備
教養教育の責任ある実施体制を整備することが不可欠である。例えば、教養教育の全学的な実施・運営に当たるセンター等が、単なる調整役にとどまることのないよう、カリキュラム管理や効果的な教育方法等に精通した人材を得て明確な責任と権限を有する機関として位置付けることなどが求められる。
   教養教育を中心とした教育を行う大学等への改組転換の促進
大学等の高等教育機関が個性的な発展を目指す中で、例えば、大学が米国のリベラルアーツ・カレッジのような教養教育を中心とした大学に転換したり、短期大学が米国のコミュニティ・カレッジのように地域と連携協力して、多様な学習機会を提供する学科を設置する場合の支援方策の検討が必要である。
   大学間の連携協力の促進
教養教育の実施に当たり、大学間の連携・協力を積極的に進めていくことが有効である。例えば、放送大学を含め複数の大学間の単位互換等により学生の選択できる授業科目の幅を広げたり、情報通信技術の活用等により、複数の大学で教養教育のカリキュラムや教材の共同開発や授業を行うことなどが求められる。
      4    学生の社会や異文化との交流を促進する
           学生の時期に、社会や異文化の中で進んで様々な体験をし、自己や人生について考え、自分の生き方を切り開く力を身に付けることが重要であり、そのための機会を充実する必要がある。あわせて、こうした幅広い経験をすることの意義を社会でも積極的に評価すべきである。
         
   社会や異文化との交流の機会の充実
   学生が社会や異文化との交流に積極的に参加する機会を拡充するため、各大学 において、社会貢献活動やボランティア活動などをサービスラーニングとしてカ リキュラムに取り入れることや、長期間のインターンシップを実施することなど を奨励したい。また、留学生の受入れ、学生の海外への派遣の一層の拡充や、学 生が異文化やその背景にある宗教等に対する理解を深めるための機会の充実にも 取り組むべきである。
   更に、これらの活動に関する情報の提供や相談を行うセンターや専用窓口の大 学への設置も有効である。
   柔軟な教育システムづくり
   外国では、大学合格者が入学の時期を延期しその間に多様な体験を行い見聞を 広めるいわゆるギャップイヤーが盛んに実施されている。我が国でも、学生の社 会体験や異文化体験を促進する観点から、各大学において、留学や休学、転学等 の制度をより柔軟なものとし、やり直しのきく教育システムづくりを進めること が求められる。あわせて、これらの「寄り道」により生じる「履歴書の空白」を、 企業をはじめ社会全体で積極的に評価する気運を醸成することが求められる。


第3節   成人の教養の涵養

(1)成人の教養を涵養するための課題

   大人一人一人が常に自らの教養を高め、主体性ある社会の一員であろうと努力する社会を築くことは、品格ある社会を築くことでもある。今の大人社会は、子どもたちに夢や希望を与えているだろうか。子どもたちの学ぶことや将来への意欲の低さは、大人社会の現状への視線の反映と言えないだろうか。こうした社会を作ってしまった大人の責任は大きい。大人が真摯に努力し、苦労し、そして充実感を味わっている姿を子どもたちに見せ、話し、伝えていく努力をしなければならない。また、我が国には、広く一般に様々な学問や技芸を学び、それを楽しみながら自分を高め、人生に喜びを見出していくという長い伝統がある。そうした伝統の良さは今後とも受け継いでいかなければならない。
   今後の高齢化社会においては、誰もが一生の間「完成」を目指して研鑽を積むという生涯学習の考え方が一層重要になる。その際、社会との関係の中で、知識を獲得するための技術や、様々な思考の方法論を学びながら、自分なりのものの見方や考え方を確立し、深めていく必要がある。何かを学び、考え、社会に参加することを通じて、例えば高齢期にあって社会とのつながりが弱くなりがちな人々も、社会に対する興味を失うことなく、しなやかな感性や柔軟性を保ち続けることができる。大人自身が生涯にわたって学び、いきいきと自己実現に努めることができるような社会であってはじめて、子どもたちは目指すべき目標を得ることができ、社会としての品格も生まれる。

(2)具体的な方策

1教養を尊重する社会の実現に向けた気運を醸成する
   学ぶことを通じてより良く生き、より良い社会を作るという意識を、社会を構成するすべての主体が共有することが必要である。このために、まず一人一人が自らの在り方を考えるとともに、産業界やマスコミも含め、社会全体で取り組む気運を醸成する必要がある。
大人一人一人の自覚の必要性
   大人自身がまず自分の在り方を振り返ることから始めなければならない。大人 には、家族や地域の一員として、職業人として、また、社会の構成員として負う べき責任がある。その責任を果たし、自ら納得のいく生き方を実現するためには 生涯にわたって教養を高める努力が求められることを自覚し、実践していく必要 がある。
産業界における取組の要請
   教養豊かな人材は企業にとっての財産である。企業は、社員が社会と能動的に 関わる力を持ち、企業の価値観とは異なる価値観やものの見方を身に付けること が、今後の企業経営にとっても重要だという視点を持つべきである。各企業にお いては、休暇制度の整備や勤務形態の柔軟化等を通じ、社員の学習活動や地域貢 献活動を支援するとともに、そうした活動の成果を積極的に評価することが求め られる。また、企業自らも、社会の構成員として教養を備えた良識ある存在とな ることが一層求められる。インターンシップの受入れや、学校への講師派遣とい った教育への協力に積極的に取り組む企業を、社会的に認証し奨励していく方策 も検討すべきである。
マスコミにおける取組の要請
   社会全体の教養を高めていく上で、マスコミに期待される役割はきわめて大き い。マスコミには、自らの社会的影響力や責任を自覚した上で、良質な作品や番 組、情報の提供に努めて欲しい。また、情報化社会の中で、マスコミの評論機能 は一層重要になる。書評や論壇時評などの充実を図り、優れた作品と読者とを仲 介する機能を強化することが求められる。各界のリーダーといわれる人が子ども や若者に向けて本を書くことや、専門化が進む学問分野の内容を、専門家が一般 読者向けにわかりやすく解説した新書などを積極的に発刊することも、国民の教 養を高める上で重要な役割を果たす。マスコミ業界における取組を支援するため に、多様な主体が、優れた書籍や雑誌、番組、映画やビデオ作品などの顕彰を行 ったり、推薦リストを作成したりすることも奨励したい。


2大人が教養を高めるために学ぶ機会を充実する
   大人が生涯を通じて学び、考え、教養を高めていく機会を充実する必要がある。あわせて、民間の教育事業として行われるもの、公的な機関で提供されるものなど、様々な形で提供される学習機会に関する情報提供の仕組みを充実するとともに、学んだ成果を社会の中で生かす仕組みの充実を進める必要がある。
多様な学習機会の充実
   成人の教養を高めるための多様な学習機会の整備が必要である。例えば、親と しての心構えや役割、地域での活動の在り方を学ぶための機会や、老いや死など に向き合い、人生の円熟期を豊かに過ごすための学習機会などは今後特に重要と なる。社会の第一線で働く人が、学位取得を目指して学習する機会や、国際社会 で通用する高いレベルの教養を身に付けるための学習機会も重要である。さらに、 転職や再就職の際にも、視野を広げ、関連する分野についての知識を深めるよう な教育の機会を整備するなどの配慮が望まれる。
学びやすい環境の整備
   成人が時間的、地理的、経済的制約を超えて学びやすい環境を整備することが 必要である。大学や専修学校等における社会人受入れの大幅な拡充や、交通至便 な場所へのサテライトキャンパスの設置、放送大学をはじめ情報通信技術やイン ターネットを活用した学習機会の充実とともに、奨学金の充実など学習に対する 経済的支援を充実することが求められる。 さらに、成人の身近な学習の拠点として地域の図書館の整備やその機能の充実 を図る必要がある。親子連れ向けの演奏会・演劇やサービスの充実など多様なニ ーズに対応できる学習環境の整備も重要である。また、これらをより有効に活用 することができるよう、情報提供の仕組みの充実が求められる。
学習成果を社会に生かす仕組みの整備
   住民が学習の成果を生かし、まちづくりや学校の教育活動の支援などに取り組 むことを通じて、参加者自身も楽しみながら、新しいコミュニティを形成するこ とが期待される。その際、学校や公民館等を地域の学習グループやNPOの活動 拠点として積極的に位置付けるべきである。 また、自分の経験や能力を生かし、NPO等で生きがいをもって働くことを望 む人も増えており、こうした働き方やNPO活動の意義が社会の中で更に認知さ れ、評価されるような雰囲気を作っていくことも重要である。

 

ページの先頭へ

【参考】我が国の大学における教養教育について


   我が国の大学における教養教育は、戦後、米国の大学のリベラルアーツ教育をモデルに一般教育として始まった。新制大学は、一般的、人間的教養の基盤の上に、学問研究と職業人養成を一体化しようとする理念を掲げており、このため、一般教育を重視して、人文・社会・自然の諸科学にわたり豊かな教養と広い識見を備えた人材を育成することが目指されたものである。

   こうして出発した一般教育であったが、その実施の過程で、
   ア   各大学において、少人数教育や学生と教員の密接な交流などの全人的な教育を可能とするための教員数や施設などの条件整備が十分でなく、多くの場合、実際の授業は、一般教育の理念・目標と乖離したものになってしまったこと

   イ   一般教育を担当する組織や教員に、その理念が必ずしも浸透しておらず、学生にとっては一般教育の内容が高等学校教育の焼き直しに映る一方、教員の側にも一般教育の意義や目的が不明確であり、また、専門学部との連携協力も不十分であったこと

   ウ   大学設置基準においては、人文科学、社会科学、自然科学、外国語、保健体育などの授業科目の区分や履修単位などが一律に定められており、進学率の上昇に伴い多様化した大学の実態に適合していなかったこと
などの問題を抱え、必ずしも本来の狙いどおりに機能することができなかった。
    こうした問題点を踏まえ、平成3年に大学設置基準が大綱化され、授業科目の区分やこれに応じた卒業要件単位数の定めなどの取り扱いを弾力化し、これらを各大学の自主的な取組に委ねることとなった。これは、「学問のすそ野を広げ、様々な角度から物事を見ることができる能力や、自主的・総合的に考え、的確に判断する能力、豊かな人間性を養い、自分の知識や人生を社会との関係で位置づけることのできる人材を育てる」という教養教育の理念・目的を、一般教育科目だけでなく、広く大学教育全体を通じて実現することを目指すものであった。
    また、大学の多様化が進み、大学により教育理念や教育研究環境が大きく異なる中で、教養教育の在り方を一律に縛るのには限界があり、大学設置基準の大綱化により各大学における自主的な改革の取組を促すことを通じて、教養教育の改善を図ろうとするものであった。
    大学設置基準の大綱化は、各大学における教養教育の改革の取組を促し、多くの大学において、「くさび型」のカリキュラム編成等教養教育と専門教育の一貫教育の実施、特色ある授業科目の導入、選択幅の拡大などのカリキュラム改革が進むとともに、セメスター制の導入や学生による授業評価等を通じた指導方法の改善等に取り組む大学が増加した。さらに、平成11年の大学設置基準の改正において、各大学の自己点検・評価が義務づけられるとともに、履修科目登録単位数の上限の設定、教育内容等の改善のための教員の組織的研修等(ファカルティ・ディベロップメント)の努力義務化等が行われた。
    また、教養教育の実施体制については、大学設置基準の大綱化に伴い国立大学を中心に教養部が改組され、多くの場合、全学共通の実施組織が設けられ、全学部の代表からなる委員会の下で学部に所属する教員が授業を担当するようになった。
    このように、大学設置基準の大綱化及びその後の改正を踏まえて、多くの大学で教養教育の改革が行われたが、一方で、

   ア   教養教育の位置付けをあいまいにしたまま、教養教育に関するカリキュラムを安易に削減した大学が存在すること

   イ   教養教育に対する個々の教員の意識改革が十分に進んでおらず、ややもすれば専門教育が重要で教養教育を面倒な義務と考える教員が存在すること、また、教養教育を担当する教員が積極的に取り組むインセンティブが不十分なため、具体的な教育方法や内容の改善が進まないこと

   ウ   教養部に代わって設置された教養教育の実施組織の学内での責任体制が明確でなく、その結果、教養教育の改善が全学的取組となっていないこと

   エ   学生の側に、教養教育を含め学部4年間の教育に対する目的意識が明確でなく、教養教育に熱心に取り組む意欲が乏しいこと などの課題も明らかになっている。

 

ページの先頭へ