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資  料

生涯にわたり教養を培うための方策について
平成13年7月25日                 
大学評価・学位授与機構  山本恒夫
1 生涯にわたる教養
  (1) リベラル アーツ(liberal arts)
      リベラル:気まぐれな先入観や狭い踏みならされた道から自己を開放する自由な心。
      アーツ:人間の機能の遂行に関係している技能。
      リベラル アーツ:fine arts(事物を美的に創造する芸術的技能)と、
                       useful arts(事物を操作する実用的技能)の
                        中間に位置する
      七自由科:三科(文法、修辞学、論理学)−言語表現の自由の促進、知性の訓練。
                四科(算数、幾何、天文、音楽)−物理的・社会的・文化的環境の理解。
                                         (『新教育学大事典』第一法規出版、平2)

(2)生活・社会次元及び時系列次元での教養
図 生活・社会の機能領域

      生活・社会次元での教養:生活・社会の機能及びその在り方全般にわたり、意味づけや動機づけを行う考え方。
      時系列次元での教養:個人の生涯にわたる(生活・社会での)行動やその在り方についての意味づけ、動機づけを行う考え方。
      考え方:観念(idea)又は信念(belief)と価値志向(value orientation)。

2   生涯にわたる教養を培う方策について
(1)動向と現状についての若干のコメント
      西欧の場合、伝統的には教養はエリートに帰属し、それを培うことは家庭や個人に委ねられてきた。中産階級以下を対象とする近代の成人教育では、実用的な知識・技術が提供される中で、19世紀の半ば以降の大学拡張講座等に教養的な講座が散在していた。
      20世紀になってからの成人教育では、職業教育とリベラルな教育は統合的に扱われるべきだとされながらも、両者が交互に前面に打ち出されるという経過をたどっている。
      伝統の異なる我が国では、明治以前の18〜19世紀頃には、文武両道という際の文の修養、草子物・読み物に親しむこと、遊芸の稽古事、習い事などがいわゆる教養にあたるものを培ってきたように思われる。今日でも、生涯学習では芸術・芸能・趣味、文芸関係の学習が盛んである。
      明治以降は西欧の学問・文学が(通俗)講演会・出版物等を通して成人にも浸透したが、今日、教養的なもの(文学・歴史など)の学習率は国民全体でみると6パーセント強(学習者だけの中では13パーセント強)に止まっている。 総理府「生涯学習に関する世論調査」(平11・12調査)
      周知のように、成人の職業教育・訓練にあっては、必要に応じてその基礎となる一般教育が取り込まれることはあっても、職業教育・訓練とリベラルな教育・学習の統合は図られていない。
(2)方策について
前提
      知識社会にあっては、教養は生活・社会のあらゆる機能を意味づけたり、動機づけたりする働きをし、社会の新たな在り方を探る基盤となるから、人々の教養が不足すると、社会全体の機能がうまく働かなくなったり、創造的な社会を創出しようとする意欲が減退し、社会の停滞や衰退をもたらすおそれが出てくる。

   1)職業訓練との関連で
      変化のテンポが速く、流動化の激しい時代にあって、生涯学習には流動性へのパスポートとなることが期待されている[G8ケルン・サミットの「ケルン憲章ー生涯学習の目的と希望ー」(1999年6月19日)、G8教育大臣会合「議長サマリー」(2000年4月2日、東京)]。
      我が国の場合、最近いわれている大学・大学院の職業訓練講座にある程度のリベラル的色彩を付加して、流動性へのパスポートとなり得るようにしてはどうであろうか。リベラルな部分は、蓄積されればその後のさまざまな教育・学習の基盤となって働く。
      参考
            ニューディール政策にあって、公立学校成人講座に資金を投入することにより、ハイスクールの教師4万人を救済したという事例がある。

   2)我が国の高齢化との関連で
      我が国の高齢化が社会全体の深刻な問題であることはいうまでもないが、現在の高齢者の中には、教養的な学習をしている人が多い。それは人生の「完成」を目指す努力といえるようにも思われる。しかし、最近は、学習するだけではなく、その成果を生かした社会参加・貢献により生きがいや充実感を得たいという高齢者が増えている。
      したがって、高齢者の場合には、教養的な学習よりもむしろ逆に社会で活動できるような社会的機能領域の学習を盛んにすることによって両者のバランスをとり、「完成」を目指す努力を支援していってはどうであろうか。

   3)生涯についての考え方の転換 ─「成熟」から「完成」を目指す生涯 ─
      従来、我が国には、子どもの頃は「一人前」を目指して努力し、「一人前」となって働いたり、子育てをし、一定の年齢になれば「隠居」をする、というような一種の社会通念があったように思われる。これからの高齢社会、生涯学習社会にあっても、生涯についてのそれなりの考え方くらいはあってもよいのではないだろうか。
      たとえば、生涯にわたる学習という観点からの提案。
      子どもの頃はまず「成熟」を目指し、「成熟」したらさらに「完成」を目指す。
       (古代ギリシャの市民は「完成」を目指して、一生修養を積んだ。)
      「成熟」:自立して何かができる状態、という程度のゆるやかな考え方。
      「完成」:自己の能力を思うように十分発揮できる状態、という程度のゆるやかな考え方。

 

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