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2  教育委員会の独立・孤立論の検証

 首長と教育委員会(広義)との関係

 次の論点は、端的に言えば、教育委員会制度は自治体のなかで首長からの独立した執行機関として位置付いているために、文科省や都道府県教委からの指導を重視がちであり、自治体のなかで首長(部局)から孤立した存在となっており、首長に今求められている総合行政への制約要因と化しているのではないかというものである。

 現行の自治体の教育行政機構は、首長(部局)から相対的に独立した執行機関として、合議制の行政委員会が組織され、そこに地域の教育問題の解決にかかわる教育行政上の権限と責任が付与されている。首長には、教育委員の任命権限と予算の編成を含む財務権限および教育条例の提出権限が付与されている。現行制度は、いわば、教育委員会と首長との政治的分業で地域の教育行政を行うシステムということができる。
 このような教育委員会制度に対しては現在どのような批判があるのか。例えば、つぎのようなものが挙げられる。
 今日、自治体が、分権改革の中で、ますます自主的・主体的な行政を一体となって推進しなければならない時代にあって、こうしたシステムは一種の障害ないし制約と化しているのではないか。
 教育委員会制度という存在自体が、これからますます課題となるであろう総合行政の阻害要因になっている。いわく、どのような教育問題であっても、教育委員会会議での「決定」をクリアしなければならない以上、迅速な意思決定ができない。
 教育問題に関する責任の所在が、教育委員会なのか、首長なのか不明確になっている。
 あるいはまた、相対的とはいえ、首長から独立した教育行政機関ということで、文部科学省、県教育委員会の指導・助言・援助を幅広く受けている。そのため、首長(部局)よりも、文部科学省、県教委の方を向いて仕事をしているのではないか。
 首長との交流も不足し、首長の知らないうちに「事が運ばれている」のではないか。その結果、自治体として一体となった政策展開ができにくい構造となっている。
 このような批判が展開されてきた。果たして、このような指摘は経験的に妥当なものなのだろうか。以下、検証してみよう。

 まず、市町村長面接調査によれば、首長と教育委員の接触・交流の度合いは高くない。特に、フォーマルな形で行っている市町村は少ない。時折り教育委員会会議に参加する首長や年に数回の懇談会を定期的に実施しているところが見られる程度である。しかしながら、前述したように本調査によって学校教育や社会教育の行事を通しての接触交流の機会が比較的多いことがわかっている。そうした交流を通じて、首長と教育委員は、地域の教育課題について情報交換をしている。実際そうした教育委員の活動はどの自治体においても量的に増大している傾向をみることができた。近年では、学校関連の行事に参加する首長も増えてきており、そうしたコミュニケーションの機会は今後一層増える傾向が予想できる。
 つぎに、首長と教育長との交流・接触は、どうなっているか。端的にいえば、それは、きわめて頻繁である。まず、教育長はほとんどの自治体において、助役、収入役とともに三役会のメンバーであるとともに、部長会あるいは庁議と呼ばれる部長以上の役職者の参加する定期的な会議には教育次長とともに出席している場合がきわめて多い。
  市区町村教育長調査でもこのような密接な交流関係は明らかである。すなわち、市区町村教育長調査において、教育長が首長部局の幹部会に出席するかどうかを尋ねたところ、96%の教育長が出席すると答えている。

教育長の首長部局の幹部会への出席の有無

 さらに、教育長の幹部会への出席の頻度を尋ねたところ、年に24回以下という回答が72%と過半数を占めている。その一方で、49回以上という回答も12%存在しており、出席頻度は自治体間のバリエーションが大きい。その平均値は23.57回(標準偏差18.84)であり、ほぼ1ヶ月に2回の割合である。

教育長の幹部会への出席頻度

 ただし、部長会の性格は市町村によって異なる。たとえば、政策的論議を交わす部長会もあれば、政策的な議論はやらないで、もっぱら、各部局からの報告事項と情報交換で終始するところもある(N市)。そのような自治体では、政策論議は、企画調整課あるいは企画政策課の担当部長が入って、三役会で行うパターンが多い。これ以外にも、必要があればいつでも、教育長は首長と連絡・報告・相談を行っている。教育問題への関心が高く、教育問題を優先している首長の場合は特にそうであるが、教育長とは日常的に接触している首長が多い。M村長は、ほとんど毎日会っているくらいといっていた。O町長の場合は、毎日、朝と昼に教育長は三役と顔を合わせて意見交換をしているとのことであった。接触の働きかけは、基本的に教育長の方からのものが多いが、首長の方から接触することも決して少なくない。

 つぎに、首長と個人的なつきあいがあるか否かを教育長に尋ねたところ、「就任以前からある」あるいは「就任以降ある」と答えた教育長が、54%と半数を上回った。このことは、教育長は、首長と日常的に個人的な繋がりを持っており、その中で相互の信頼関係を醸成したり、教育理念や政策の方向性の共通理解を図っている可能性が高いことを示している。

教育長の首長との個人的つきあい

 事実、市区町村教育長調査で、首長、教育長、教育委員長のそれぞれの関係は、教育委員会が本来の機能を発揮する上でどの程度重要であるかを聞いたところ、「首長と教育長との関係」が「非常に重要である」という回答がもっとも多かったことからも首長と教育長との関係の濃密さの傍証になるかもしれない。

 最後に、首長(部局)と教育委員会事務局との関係であるが、市区町村教育長調査において、教育委員会事務局と首長部局との連絡調整委員会の有無を尋ねたところ、92%が、そういった委員会は特に設置していないと答えている。

教育委員会と首長部局との連絡調整委員会の有無

 その理由として、面接調査で明らかになったことであるが、連絡調整のための機関の設置以上に、事務局レベルでの首長部局と教育委員会事務局との統合が進んでいることがあげられる。つまり、あらためて調整機関を設置する必要がないほどに、両者は組織機構として一体化されているのである。法制上は、首長部局からは独立して組織される教育委員会事務局であるが、全庁的には、学校教育部(課)と生涯学習部(課)といった形で、多くの自治体において、同じ庁舎の中に位置付いている。庁舎が独立している場合でも、実態としては別格の部(課)としての取り扱いをされているわけではなく、自治体行政機構の統合的一部分を形成している場合が多い。TU市では、教育委員会事務局は、首長部局よりかなり離れた場所にあったが、そうした物理的距離は、まったく関係ないということであった。つまり、両者は組織機構として一体的な構造の中にある。
 統合をもっとも象徴するのが人事である。専門的教育職員は別として、それ以外の職員の人事は全庁的に行われており、かつていわれていたような、教育委員会事務局への「出向」を忌避する風潮はどこの自治体でもみられなかった。CH市長は「人事交流というよりも渾然一体ですね」と表現している。教育委員会事務局のポストは「日陰の存在」ではなく、教育委員会への人事異動も「左遷人事」ではないといえる。むしろ、教育委員会の所管する事業内容ゆえに、一般行政職員にとって魅力的な職場となっている場合もある(たとえば、国際理解教育や環境教育の推進等の事業(I市))。したがって、政策の総合調整においても、何ら支障を来していないとする市長が多数にのぼった。「教育委員会にいた職員が(首長部局の)財政部門とか、企画部門にもいますので、(教育政策にかかわる)理解が速い(TU市)」ことになる。興味深かったのは、S市の場合、教育委員会事務局の職員としての経験が、キャリアパスの上で重要であることを研修のガイドブックに記載していることである。つまり、教育問題にかかわった経験のないものは行政職員としての経験において不十分であるというわけである。これは、ある意味では以前は「出向」を快く思わない傾向があったことを示している事例であるのかもしれないが、近年の人事では、学校教育課長職の経験が一般行政職のトップへのルートとして確立しつつあることを示しているともいえるだろう。
 TU市でも、市長は、「教育次長から秘書部長、そして筆頭部長というルートができあがっている」と述べていた。また、教育委員会の専門的教育職員として採用された職員に3年間の市長部局勤務を義務づけているという事例もあった(TG市)。それには、一般行政の経験を積ませるとともに、より教育現場=市民に近い場所で鍛えられてきている専門的教育職員とあまりそうでない一般行政職員との交流を促すことにより、一般行政職員の「権力主義的な志向」を帯びた市民への対応を少なくするねらいがあるという。「教育委員会で採用したものは、公民館とか社会教育施設に行って、いってみれば下働きで、市民と一体になって汗をかいて泥まみれになってやるのです。そうすると、市民の方々が、市の職員といいながら本当に打ち解けてしまっている。ですから、市政を運営するには、そういう人が特にこれからは必要なのです。これからの市長部局運営には権力主義者はいらないのです。そういう交流を今やっていますので、公民館で、市民のなかでたたき上げられた職員が、やはり地方自治の自治行政をやるにはどうしても必要です。」(TG市)
 法制的には、教育委員会(狭義)が組織され、その執行責任者としての教育長職が置かれ、それを補佐する事務局が組織されることになっているが、実際の教育委員会制度の発足時における組織編制に際して、首長部局の一部に教育関係の部(課)を置いて、その上に事務局長としての教育長・教育委員会(狭義)を設置する自治体が多かったというのが現実であったと思われる(したがって、校長経験者として教育長に就任したある教育長は、事務局長として事務局組織全体への「適応」に相当の神経を使わざるを得ない、そのための努力を就任当初は欠かさなかったというエピソードを話してくれた(M教育長))。
 以上見てきたような調査結果からすると、教育委員会事務局が法制上、首長部局から独立した組織機構として編成されているからといって、相互の政策上の調整が難しいといった現実はほとんどないということができる。


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