| ○ |
鳥居部会長
ありがとうございました。
それでは、八代委員、どうぞ。
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| ○ |
八代委員
八代でございます。このたび、初めて教育問題のところに入れていただきましたが、素人の考え方として、一つ御質問と、それからコメントを申し上げたいと思います。
まず事務局に対する質問なのですが、いただいた資料の3ページ、教育委員の状況という中で、これを見ますと、やはりカギとなるのは、教育委員よりも教育長ではないだろうか。年収から見ましても、こちらはフルタイムであって、かつ行政経験も非常に抱負な人がおり、レイマンである教育委員に比べて、はるかにリーダーシップを持てるのではないか。この教育長はどういう形で選ばれるのか。教育委員と同じような任命のされ方をされるのかということと、それから行政経験者の割合が非常に高いのですが、それ以上に教育行政経験者の割合が高いというのはやや奇異でありまして、行政経験と教育行政経験というのはどういう関係になっているのか。行政経験の内訳が教育行政ではなくて、何か別の定義になっているのか、その辺をぜひ後で教えていただきたいと思います。
それで、今、片山知事がおっしゃったのと、基本的に私も同じと思うのですが、それはどんな制度であったって、見識のある人がリーダーシップを握れば、いい行政ができるのは当たり前のことであって、問題はそういう理想的な状況でなくても、ある程度利用者のニーズに応じた行政が実現できるためには、どういう仕組みがいいかと考えますと、一番インセンティブのある人に権限がおりてくるのが望ましいのではないか。一番インセンティブがあるのは、保護者とか、学生とか、教職員から一番近くにある学校長であるわけでして、今、学校長の権限があまりにも少な過ぎるのではないか。その意味では、県から市へ、あるいは市から学校長へ、なるべく権限をおろしていくことが、コーポーレート・ガバナンスの観点から見ても望ましいのではないかというのが、一つの素人の考え方でございます。
ただ、なぜそれができないかという、今までの御説明を聞くと、教育の中立性といいますか、チェック・アンド・バランスによって、例えば特定の考え方で教育が侵されてはいけないということからきているかと思いますが、今、チェック・アンド・バランスの仕組みがあまりにも強過ぎて、結果として学校長等のリーダーシップが実現できないのではないか。その意味では、もう少しこのバランスを改善する必要があるのではないかということではないかと思います。
その意味で、普通の首長、普通の教育委員会のメンバーでも、より利用者のニーズに応じた教育が実現できるように、学校長の権限を増やすとしたら、どういう弊害があるのだろうかという観点を重視して議論したほうがいいのではないかと考えております。
そんなことをしたら、学校長の能力が不足だという御意見が当然あるかと思いますが、それは今の何も決めなくてもいい学校長をベースにして学校長を選んでいるから、そういうことなわけでして、逆に言えば学校長の責任を強くして、期待を大きくすれば、それにふさわしい人が選ばれる仕組みができてくるのではないかと考えております。そのためには、ここの審議の内容ではないかと思いますが、学校を利用者が選択するといいますか、そういうインセンティブ・メカニズムを別途つくるということで、よりよい消費者主体の教育サービスが実現できるのではないかと考えております。
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| ○ |
鳥居部会長
ありがとうございました。
今のまず第1の御質問のほうについて、事務局からもし説明があったらお願いいたします。
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| ○ |
角田初等中等教育企画課補佐
今の御質問につきまして、まず1点目につきましては、教育長の選任ということでございますが、これは教育長を教育委員の中から教育委員会が任命するということになっておりまして、通常、教育委員として議会で承認を得た後に、教育委員会で任命するという仕組みになっております。ただ、実際には教育長になるということを含みで、議会のほうで選任されるということが通例ではないかと考えております。
また一方、二つ目のところでございますが、これは資料がわかりにくい形で恐縮だったのでございますが、行政経験者につきましては、教育委員会の事務局も含めまして、自治体の仕事を以前していた方かどうかということの割合でございまして、教育行政経験者につきましては、そのうち教育委員会事務局の経験があるかどうかという数字でございまして、数字といたしましては、行政経験者の中の割合ということで御理解いただければと思います。
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| ○ |
鳥居部会長
各都道府県によって性格は違うと思いますけれども、私が見てきた幾つかの県では、普通の県立高校の先生が、この間まで県立高校の先生だったのだけれども、今日から県庁で勤めるようになった。県庁に行って教育委員会をやっていたりした先生がまた県立高校に戻ってきたという、行ったり来たりがあるみたいですけれども、八代さんの御質問に答えるためには、そういうときに、どっちにどうカウントされるのかちょっと整理して……。
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| ○ |
角田初等中等教育企画課補佐
今のような場合につきましては、教育行政経験者であるということでカウントしております。今おっしゃったようないわゆる指導主事ということで、学校の現場から教育委員会の事務局で仕事をするというケースがかなりございまして、そういったものにつきましては、今申し上げましたように、教育行政経験者の中に含めてカウントしているところでございます。
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| ○ |
鳥居部会長
指導主事経験者が、おっしゃる教育行政経験者という数字の中にかなり入っている……。
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| ○ |
角田初等中等教育企画課補佐
入っております。
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| ○ |
鳥居部会長
どうぞ。
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| ○ |
八代委員
質問したいのですが、そうなりますと、教育委員会というのはレイマンコントロールと言われながら、その中で最も重要な役割を果たす教育長というのは、実は教育の御専門家であると理解してよろしいのでしょうか。
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| ○ |
鳥居部会長
実態は、今、八代さんがおっしゃったのにかなり近いですか。あまり今日はデフィニットな答えをしないほうがいいのかもしれないけれども。
渡久山委員。専門家ですから。
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| ○ |
渡久山委員
教育長の任務というのは非常に大きいのです。特に教育経験者なり、教育行政経験者だったら、ほかのレイマンの皆さんは、ほとんど委託というか、皆頼んじゃうのです。例えば県立高校の話がありましたが、卒業式なんか、挨拶に行くのに分担しないで、教育長が行ってくれ、教育長が行ってくれというので、よく行かされるのです。市町村なんかそうですから。これはもちろん、県によって、あるいは市町村によって違いますけれども。そういう意味では、教育長が教育経験者が多くて、負担も大きいし、権限も自ら大きくなってきているというのが実態だと思います。
ただ、そうでない人がなった場合にどうなのかというと、いろいろな問題もまた起こる可能性もあるのです。だから、全くのレイマンで果たしてできるのだろうかという問題は、またこれは含まれているような気がいたします。ですから、ある程度の経験者というのは、現実の問題として必要ではないかという気がいたします。
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| ○ |
鳥居部会長
「レイマン(layman)」というのを辞書で引くと、一番最後に「素人」と書いてあります。要するに、教育という視点だけに絞ったときの「素人」が、実は教育行政にしてみると、なかなかのプロだということがあり得ますからね。今日は来ていないのですけれども、横山委員が来ておられたらたぶん一言があると思うのですが、今、東京都の教育長ですけれども、たぶん横山さん御自身は先生の経験者でなくて、行政の経験者としてずっとこられて、今、教育長をしていらっしゃいますよね。難しいところですね。
どうぞ。話を整理するために、田村先生。
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| ○ |
田村委員
その道の職業をしているものですから。レイマンコントロールという言葉の意味ですが、緊張感を持つという役割があるのですね。つまり、裁判員制度と同じで、専門家だけがやっていると変なほうにいくということに対する考え方が、レイマンの道を開いているとお考えいただきたいと思うのです。
それから、八代委員のお話の中で、私などがちょっと気になるのは、まず教員というのは、基本的に子どもにかかわりたいと思ってその職を選んでいるのです。今、学校選択になると、親とかかわらなければいけない。教員から率直に不満が出るのです。「私は子どもとかかわりたいと思ってこの職を選んだのに、何でこの年になって親とかかわらなきゃいけないのか」なんていう話が出てくるわけです。つまり、理想的にはそうなのだけれども、人数が増えれば増えるほどレベルは下がるのです、一般的に言えば。先ほど片山知事がおっしゃったように、リーダーシップというか、リーダーがとれる人はそんなにたくさんいないというふうに覚悟して制度設計しないと、何でも権限を下におろせばいいのだというと、逆に混乱するという場合があり得ますので、その辺は教育委員会の議論をするときに、非常に重要なポイントではないかという気がいつもしているのです。下げれば下げるほど、人を見つけるのが難しくなるのです。人数が増えれば増えるほど。本当に力のある人は、そんなに世の中にたくさんいない。その人がうまく広く影響が及ぼせるような、しかも民主的な仕組みを維持するというと、透明性を高めるという以外にないのかなと思っているのです。ただ権限を下げればいいだけではどうも解決しないのではないかという気がいつもするのです。 |
| ○ |
鳥居部会長
今のお話にちょっと関連して、話を整理するために申し上げて、御意見を伺いたいのですけれども、市区町村立の小・中学校の先生は約70万人ですよね。市区町村の公務員は140万人ですから、市区町村公務員の半分が市区町村立小・中学校の先生なのです。その人件費は都道府県から出ているというふうに通常言います。都道府県予算全体から見ると、一体どうなっているのかと考えてみて、今度は都道府県立高等学校の先生は、都道府県の公務員が日本全体で160万人のうちの24万人ですから、約8分の1です。それにプラス、さっきの70万人分が、給料の部分だけは都道府県予算の中に食い込んでいるわけですかね。そこのところはどういうぐあいになっているのですか。
わかります、言っていること。だって市区町村公務員は日本全体で140万人いて、そのうち半分の70万人が市区町村立小・中学校の先生なのに、その給料を、よく話すと都道府県で持っているのだと言うでしょう。そんな巨額なものを都道府県が出しているのですか。
すみません、お願いします。
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| ○ |
片山委員
それは出しているのです。出しているのですが、義務教育の県費負担教職員の給料の半分は、国から出ているわけです。義務教育費国庫負担金によりましてね。それで県のお金を半分つけて、出しているのです。都道府県の中でかなりのウエートを占めます。
ただし、通常どこの県でもそうですが、うちの県もかつてそうだったのですが、だからといって教育費がトップにはなっていないのです。大体どこの県でも土木建設費がトップです。鳥取県なんかも土木建設費が断トツで、その次がかなり離されて教育費だったのです。私、この5年間でガラッと変えまして、今、鳥取県では教育費がトップになりまして、その次が土木建設費になりました。本来、一番大切な仕事に重点的に財政を振り向けようとすると、都道府県の財政の中では、教育費がトップになるはずだと思うのです。それは、さっき部会長がおっしゃられたように、当然、小・中学校の膨大な教職員の給料を、国から半分もらいながら支弁しているわけですから、恐らくは自然体でいくとトップになるはずなのです。
ところが、今日までずっと教育費がトップになっていないというのは、実は地方財政上の問題、さっき私がちょっと言った見識の問題とか、議会の問題とか、そんな問題があって、なっていないのです。これからだんだん正常になってくるとは思いますけれどもね。正常になってくれば、教育費がトップになります。
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| ○ |
鳥居部会長
ありがとうございました。
どうぞ、門川委員。
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| ○ |
門川委員
京都市で教育長をしておりますけれども、私は30年間、ずうっと教育委員会にいて、行政マンでした。京都のような政治的な物事の対立の厳しい場にあって実感していますのは、教育委員会制度の政治的中立、そしてレイマンコントロール、この必要性は痛感しています。
戦後の日本の教育で、最も不幸であったのはイデオロギー対立、政治的対立が、教室にまで持ち込まれた。君が代、日の丸がその典型でしょう。君が代、日の丸絶対反対の首長が321票の差で通るか通らへんかという京都でありました。こういうところに教育委員会という制度があって、首長が代わったらコロッと物事が変わるということでない、政治的中立は確保しておく必要があるわけです。
もう一つは、レイマンコントロールですけれども、私のところの教育委員にもPTAの現職の会長がおられます。それから、いろいろな民間の方がおられます。非常に活発です。これから開かれた学校づくり、校長が地域の学校評議員に、地域の普通のお父さん、お母さん、地域の人に、学校の考え方を理解してもろて、参画してもろて、仕事をしていく。そういうときに、我々教育委員会の―私も行政職の教育長ですけれども、PTAのお母さんが、私の首根っこを押さえてはるわけです。きちんと説明責任を果たして、合意いただかんことには決裁できないです。この制度は非常に緊張感があります。これは審議会ではありません。尊重しますということで、確認できませんでしたではなしに、これがきちんと機能すればすばらしいものだと思います。
私は、教育委員会制度があるかないかで、100倍の差があると思います。ただし、その100倍の差がほんまに発揮できているかどうかというのは、皆さんがおっしゃっているとおり、運用の問題。それぞれの教育委員のポリシーの問題であり、首長の任命権の問題であり、議会の問題であり、また、私ども教育委員であり、教育長、教育委員会事務局の問題でありということであろうかと思います。
それから、予算のことが出たのですけれども、京都市は来年度予算から、こんなことになりました。戦略的予算編成ということで、各局に予算の枠組みを渡す。そして、首長は最後にこれだけの予算を盛るということで、教育委員会が、例えば典型的な例を言いますと、便所清掃費は半額にしよう。校長の権限を拡大して、何に使おうと、学校運営費はいいようにしようとか、あるいは公立幼稚園の予算を減らしまして、私立幼稚園の補助金を増やす。全部これは私の責任でやらにゃいかん。教育委員会の責任でやる。こういうようなことを、今の制度の枠内でも努力してやっていこう。それを市民の政策評価、施策評価と、戦略的予算編成の3点セットでやっていこう。こんなことを始めております。
もう一つ、私どもは、教育委員は非常に志の高い人で、名誉職的なものになっていただかないように、現場主義を徹底しようということで、できるだけ学校現場に行ってもらう。教職員との懇談に出てもらう。PTAの懇談に出ていただく。社会教育委員の懇談にも出ていただく。そのときの一つのキーワードですけれども、行く学校を教育委員に選んでもらう。行く時期を教育委員に選んでもらう。これも緊張感なのですけれどもね。
ただし、何校か選んでもろたうちの一つにしてもらう。そうやないと学校に迷惑かけたらあきませんのでね。そんな形で、現場主義に徹していこう。そこで感じておられることを率直に言うてもらって、我々専門家と言えるかどうかわかりませんけれども、行政職の者が生かしていこう。こういう一つの仕組みをうまくつくれば、今の教育委員会制度というのはすばらしいもんやないかと思っています。JR東海が「そうだ。京都へ行こう」と言うてますけれども、私どもは「そうだ。学校へ行こう」という形で、ぜひとも京都の学校に来てほしいなと思っています。
あと一つ表彰ですけれども、優秀教員を表彰したいということで、去年から始めました。京都市に約7,000~8,000人の教員が幼稚園から高校までいるのですけれども、500人ないし600人を毎年表彰するのです。表彰の選考委員会は、市民代表、PTAの代表も入って選考委員会をつくり、5年目の人、10年目の人、15年目の人。どうしても校長の推薦ですと、ベテランばかりになりますから。5年目の人から枠組みをする。そんな形でやりました。ただ、これは残念なのが、今は分権になっていませんので、何の手当も出せないということで、辛うじて図書券を2万円渡しましたら、それが監査委員会に監査請求されまして。ということで、我々は一応の根拠を持ってやっているわけですけれども、監査委員会は「大丈夫だ」いう判断をいただきましたが、これも裁判に出されるのではないかということもありますけれども。
もう一つは、これはぜひともお願いしたいのですが、校長、教頭が非常に忙しくなってきていますので、副校長を置こう。校長の権限で副校長を置く。そうすると、教務主任を副校長にすると、ものすごくいいのです。ところが、その人は給料が下がってまいります。主任手当が出ないとか。ということもどんどん始めているのですけれども、今、おかげさんで志の高い人が、給料が下がってもやろうと。こういうのを管理職的な扱いができるようなことにしていける権限を教育委員会に欲しいということを感じています。雑駁なことになりましたけれども。
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| ○ |
鳥居部会長
ありがとうございました。
土屋委員。それから、稲田委員、小川委員。まず土屋委員からどうぞ。
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| ○ |
土屋委員
私のところは、13万5,000ぐらいの町ですから、全国的に見ると3,200の市町村のうちの人口からいくと182番目の町です。中サイズの市ということだと思いますが、そこで21年市長をやっているわけです。
今、いろいろなことが言われたのですけれども、あまり結論めいたことを先に言ってはまずいのですけれども、率直に言いまして、やればやるほど市長は忙しい。忙しいから、波がありますね。ですから、制度的な保障みたいなものをある程度していないと、今、京都の教育長さんがおっしゃったのですけれども、また、先ほど八代さんが言われたのですが、首長もいろいろいるわけですから、普通サイズの人が首長になったときに、教育がちゃんとやっていけるような仕組みを考えないと、制度としてはまずいという感じがいたします。
教育を改革するというグループが首長の中にあって、先ほど資料の中に一定の提言が出ていますけれども、このグループは私もよく知っています。よく知っていて、ディスカッションをしますけれども、また、市長会の中に分権型教育を考える特別委員会が設置をされておりまして、私もその委員の1人ですが、その委員会ができた出発点は、ある市長が、教育委員会制度をなくして、首長の思う存分にやりたい、教育委員会も審議会でいいということを発議をしまして、それを危うく全国市長会で決議をされそうになったのです。私は部会が違ったのですけれども、これはまずい、継続審議にしたほうがいいというので、そのかわりちゃんと専門委員会をつくってやろうというので、今、そこで論議をされている最中なのです。全国市長会の様子を皆さんにまず御報告しておきます。
また、その中で、いろいろ議論をしてみると、制度が問題ではなくて、片山知事がおっしゃったように、運用が問題というのがいっぱいあるのです。その改革派グループも最初は張り切っていたのだけれども、最近、トーンダウンしてきて、私に言わせれば、そんなことは運用でできるじゃないか、私、本当にね、そういう感じがすごくしています。
ある市では、社会教育的な営み、生涯学習的な営みのところに、首長の意見が入らないからといって、あれは事務委託という格好をとったのですかね。教育委員会から市長に事務委託をするという一種の奇手、奇策ですけれども、やりました。だけど、これはやり方によりまして、例えば生涯学習的な営みというのは、図書館にしろ、スポーツ関係にしろ、文化施設にしろ、これはみんな設置者は首長なのです。教育委員会は運用に当たっているだけであって、市の施設ですから。市の施設としてつくるわけですから、仕組みを考えればいいわけです。確かに今の教育委員会というのは、学校教育は得意なのですけれども、生涯学習の分野では、局長がいて申しわけないのですが、生涯学習の分野ではなかなか柔軟なやり方がとれない。だからこそ指定管理者制度みたいなものが入っちゃうのですが、非効率なところがたくさんあります。それから、もうちょっと柔軟にやったほうがいいところがたくさんあります。
武蔵野市の場合には、20年前からそういうことを先取りして、より目的的な組織である財団法人で、武蔵野文化事業団というのをつくりまして、そこで今、6館管理していますけれども、美術館も入れて6館の管理を33人。ですから、今の指定管理者制度よりもうちのほうがよほど効率がいいと思っていますが、そういうやり方でやっています。つまり、運用の問題でできるわけです。もちろん教育長をはじめ、教育の現場からは理事とか、評議員に入っていただいて、そこの財団法人の運営について積極的に意見を言っていただいている。
学校教育の現場についても同様なことが言えるだろうと思っております。実は今日、私、卒業式がありまして、ある学校の卒業式に出席をしてきたのですけれども、例えば学校教育に選挙で選ばれた首長の意見が反映されないというテーマがあるのですけれども、そんなことはないのです。武蔵野市には18の小・中学校がありますけれども、18の小・中学校の運動会、文化祭、そのほか展覧会―卒業式は1ヵ所しか行かれませんけれども、それ以外のところは全部行きます。研究授業だって行きます。そして、どんどん教室を外に開きなさいと。別に教育の中身に直接指図するわけではありませんけれども、そうすることによって、現場がわかり、予算査定をはじめ、つまり、教育委員会の役人よりも私のほうがよほど現場がわかっている。的確に指示ができるし、的確に予算編成ができる。
ですから、私の感じでは、20万人ぐらいまでの市なら、こういうやり方ができるのではないか。それは今の制度的な問題点というよりも、運用が悪いのではないかという感じがしています。
教育委員の皆さんとも年に3回から4回、定期的に意見交換を約2時間ぐらいにわたってやります。私のほうから、教育委員の皆さんに「こういう問題はどうなんですか」と投げかける場合があります。
それから、小・中学校の校長とも年に1回、宿泊研修をやりまして、私は学校の設置者ですから。私がというか、武蔵野市長たる身分が学校の設置者ですから。私が呼びまして、宿泊研修をやって、4時ごろから夜中の11時ごろまでかんかんがくがくやります。お互いにいい学校をつくっていくにはどうしたらいいかということについて意見交換をいたします。
ですから、現行の制度でもかなりのことができるはずなのです。むしろ教育委員会制度を撤廃したら、とんでもない市長がたまたま受かっちゃったらえらいことになる、と私は思っております。そのいい例が、最近になって目立ってきた、まあ、土木建設がお金がなくなってできなくなってきたら、教育でもやろうかという、ビ・アンビシャスの市長が出てきましてね。ビ・アンビシャスで、本当に教育のことを徹底的に考えているならいいけれども、中途半端に考えて、何か目先の新しいことばかりやろうとしているように思います。教育はあまりぶれちゃいけないと思います。ナショナル・スタンダードということもあるし、時の連続ということもあるし、そういうことをきちんととらえてやらないと、制度としてはかなり危なっかしいものになるのではないかという気がします。おいおい具体的な議論でまた何かあったら情報提供していきたいと思っております。
今、むしろ問題なのは、教育委員会が十分機能していないという―教育委員会制度はいいけれども、教育委員会が機能していない。その場合の一つは、人材の問題があるのではないか。幸い武蔵野市の場合には、比較的いろいろな方がおられますので、人材には困らないのですけれども、全国的に見た場合、私どもの姉妹友好都市などを見ると、小さな町村では、人材という点でどうなのかなという感じがいたします。人材といえば、首長もそうだと言われると、若干忸怩たるものがあるのですが。(笑声)
もう一つは、小・中学校の現場が、教育委員会のほうを見ている。教育委員会は首長のほうを見ないで、都道府県のほうに直結している。都道府県は、東京都みたいなところはまたちょっと別なのでしょうけれども、はしの上げ下ろしまで文部科学省の顔色を見ている。少し誇張的な言い方で恐縮ですけれども。そういう中央直結型の、例えば武蔵野市なら武蔵野市の教育在り方論みたいなことではなくて、何かマニュアルで、何かあれば「東京都はどうですか」、また、何かあれば「文部科学省はどうですか」と。こういうふうなことに対して批判があるのかな、あるいは物足りなさを感じているのかなという気がするのです。
実際そういう要素もあるけれども、複合的な自治ということを考えていけば、何といっても教育長を任命するのは首長ですし、議会が同意するわけですから、自分の気に入らない教育長とか、教育委員はやめさせればいいわけですから。明快な話で。そういうことをきちんとやることをやっていけば、いろいろなことの活性化につながるのかなという気がいたしております。
もう一つ、市町村立の小・中学校と、都道府県立の高等学校とはちょっと違った問題があるのではないかという感じがいたしております。今日は横山さんが来ていないので、申しわけないけれども、都立高校なんていうのはひどいことがありますからね。これは横山さんが来たらまた私は申し上げたいけれども。それはなぜかというと、管理が行き届いていないのです。東京都の教育委員会で―都立高校は今、200校ぐらいあるんでしたかな。だから、市町村立で首長がいて、教育長がいて、教育委員会がいて、教育委員会事務局がいて、18校の小・中学校をきちんと管理するのでもなかなか大変ですから。今のような状態だと、方面別教育委員会かなんかつくらなければだめなのではないかという気がします。結局だから、あとは強権的なやり方で、何かやった者は処分するとか、そういう話にどうしてもなりがちです。日常的な指導をしていないから、ある傾向を持った教員の巣窟みたいになっちゃっているんですね。これは恐らく京都でもそういう傾向にあるんじゃないですか、教育長さん。そうでもないですか。
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| ○ |
門川委員
一掃しました。
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| ○ |
土屋委員
しかも、教員というのは一旦雇ったら、なかなか首切れませんから。そういう意味では、一旦そういう教員が出ると、影響が何十年にわたる。ですから、そういう意味で、むしろ制度をいじるとしたら、教員の身分制か何かで10年に一遍ぐらい、再任するかどうか、そのぐらいのことをやるかどうか。こういうことがあるだろうと思っております。大変長くなって……。 |
| ○ |
土屋委員
実はそれもよくテーマになって、市町村立の学校に勤務する教職員の人事権を市町村に任せろと、こういう意見があるのです。だけど、現場でやっていますと、〈果たしてそれで大丈夫?〉という感じがしますね。というのは、これを地方公務員制度としてやる以上は、例えば教員を特定の為政者の意向で首切ったりそういうわけにいきませんから、当然のことながらある程度身分保障があります。これは一般職でもそうですけれども、あります。仮におかしな教員が出た場合に、それをちゃんと調査しウオッチングして、実際に首を切れるのか。これはすぐ、市長のところに押しかけられます。そういう処分を含めて、採用も含めてということになると、やはりある程度広域採用したほうがいいのではないかという印象です。
例えば、武蔵野市で教職員を採用しろといったら、おもしろいけれども、結構大変ですね。実際に何かおかしな者が出たら、処分できるのか。今までは都道府県もなかなか、少なくとも東京都の場合にはあまり処分しなかった。最近、処分しています。指導力不足の教員は処分するようになりましたけれどもね。そういう問題があるのだろうと思います。
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| ○ |
鳥居部会長
ありがとうございました。
それでは、時間の関係もありますので、次の方に。稲田委員、どうぞ。
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| ○ |
稲田委員
私は佐賀県で県立の女性センターと生涯学習センターの館長をやっているのですけれども、民間からこの仕事に入って5年になります。今、かなり力を入れてやっているのが、生涯学習にせよ、青少年教育にせよ、いわゆる首長さんに対する啓発です。市町村長ですね。
というのは、今までも片山知事はじめ、いろいろ出ましたけれども、意欲と認識の持ち方が非常に濃淡があり過ぎると私は思っています。生涯学習一つ論ずるにしても、あれは教育委員会の仕事の一部分だからということで済ましてしまう。
私が申し上げるのは、生涯学習というのはコスト面を考えて、絶対にもっと力を入れなければいかんのではないかと思うのは、結局、佐賀県のような場合は、高齢化率が全国平均よりもうんと高い。早く進んでいるわけです。したがって、平均寿命は長いけれども、健康寿命からいうとどうなのかなという点がございます。ということは、寝たきりとか、痴呆とか、そういう方が非常に多いわけです。そういうふうに一旦なると、例えば寝たきりになって、老人病院に入ると、いわゆる家族の負担は5~6万円から6~7万円でしょうけれども、市町村が毎月40万から50万出しているわけです。負担しているわけです。そういうふうな人をつくらないための生涯学習、生涯スポーツ、こういったものが、今、絶対に必要になってきているわけです。しかも、昭和21年からのいわゆる団塊の世代が、もうすぐ退職して、地域社会とか、家庭に戻ってくるわけです。この数が1,000万とか、いろいろ言われている。こういう人たちを寝たきりとか、痴呆予備軍にしないためにも、どうすればいいかということを、やはり市町村のトップはもっと真剣に考える必要があります。これは考えようによっては公共事業より、もっともっと大事な問題ではないかと思うのです。
それと今、青少年期に入って非常に問題行動を起こす子どもが多い。この対策には時間と経費がものすごくかかると思います。したがって、いわゆる乳幼児期の中の親子の取組が必要になってくるわけで、生涯学習と同時にこういう青少年教育と家庭教育の問題をどういうふうにやればいいのか。首長がこういう認識をきちんと持って、教育委員会と連携をとって、首長部局と教育委員会が密接なつながりを持ってやっていく。そうでないと、成果は期待できないと思います。
こういう問題は、運用という話が出ましたけれども、運用と人材の問題だと思います。幸い市町村合併が進みますと、首長の数も減りますし、議員の数も―東京都よりも多い議員の数があるようなところもあると聞いていますから、議員の数が減るとは限りませんけれども、常識的に言えば減る。それから、教育委員も減るし、厳選されると思うのです。だから、市町村合併を機に、いわゆる人材の一新をしないと……。教育に無関心な首長がおって、教育のことが何もわからん教育委員がおって、これで教育を論じる。しかも、地方の少子高齢化が急激に進んでいる地方の人づくりが果たしてできるのか、そんな感じが私はするわけです。いわゆる、はなわが歌っているような佐賀県にしてはいかんと私は思って言っているわけですけれども、これは緊急を要する喫緊の課題だろうと思っています。
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| ○ |
鳥居部会長
それでは、小川先生、それから吾妻委員、森田委員、森脇委員と、その順でお願いします。
まず小川先生から。
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| ○ |
小川委員
初回ですので、これからの審議の方向性にかかわって、こういう方向でということの問題提起を含めて、3点ぐらいについてお話しさせていただきたいと思っています。
一つは、教育委員会制度の在り方の議論ですけれども、基本的には最初、片山知事がおっしゃられたように、今の自治体のいろいろな仕組みの中から教育委員会だけピックアップしていじろうといっても、自治体の教育行政の活性化は生まれてこないと思うのです。首長とか、議会が、教育行政とか、教育政策にどうかかわっていくか、教育委員会と首長と議会との役割分担や連携の在り方について、突っ込んだ議論が必要ではないかと思います。
といいますのは、仕事柄、全国の教育委員会をいろいろ見てきているわけですけれども、自治体の教育行政がうまく動いているところは、ある傾向があるのです。それは教育委員会と首長さんの連携というか、キャッチボールが非常にうまくいっているところが元気ですね。自治体のいろいろな政策立案とか、行政をするときに、首長さんと教育委員会というのはそれぞれの役割分担を行っているように思います。教育委員会というのは、どちらかというとこれまでの地域の教育行政の「慣行」とか、制度の枠内の中で、いろいろな政策を執行していこうという傾向があるのですが、首長さんは教育委員会よりも住民の要求がストレートに入ってきますので、そうした要求に耳を傾けながら、今の制度の枠とか、今までの「慣行」を度外視して、住民からこういう要求が出ているけれども、こういうことはうちではできないのかという、そうした制度の枠とか慣行を超えた発想でもって地域の教育問題を考えよう、ないしはそれを教育委員会のほうに問題提起するという緊張関係がある自治体というのは、政策革新のダイナミズムが生まれているように思います。つまり、教育委員会はどうしても従来どおりのルール、制度を大切にしながら、その枠内でやろうとする傾向があるのに対し、首長さんというのはそれを超えて自治体の新しい問題に取り組む指向を強くもっています。その両者の役割分担が車の両輪のように動く自治体というのは、おもしろいし、いろいろな取組が可能になっているように思います。
ただ、多くの首長さんとお話しすると、教育委員会があるから、私は遠慮しますという発想が強いのは事実ですので、そういうことではないのだよという発信を、中教審の審議の中で、連携のノウハウ等を含めてできればと考えます。首長、議会の果たすべき役割を、もう少し大きい声で言っていいのかなという感じがします。それがまず一つです。
二つ目は、教育委員会制度といっても、都道府県、中核市、特例市、市、町村ということで、同じ市町村といっても、300数十万の横浜市と数百人の村がありますので、それを全て一緒にして、一つの教育委員会制度ということで議論するのは、かなり無理があるのも事実です。実際抱えている問題も違いますし、先ほどお話がありました人材一つとっても、規模の違いでもって、行政的な資源が全然違います。そのような行政的な資源とか、抱えている問題が違う地域の問題を、教育委員会という一言で片づけられないように思います。
これはどこまで可能かわかりませんけれども、私は、今の地教行法については、ある意味では標準法化するような方向で、見直しが可能な部分があるのではないかと考えています。規模の違いによって、幾つかの教育委員会の運用の仕方とか、教育委員会の組織の仕方等々について、幾つかの選択肢ができるような弾力的な地教行法の規定の在り方が、工夫されていいのではないかと思っています。
時間がないので、具体的な例は示しませんけれども、例えば教育長と教育委員長という二本立ての仕組みは、果たして小規模の教育委員会において必要なのだろうか。もう少し教育長が名実ともにリーダーシップを発揮できるような仕組みということで、例えば、教育委員長制度を廃止して、教育長が教育委員会を代表できるようなことなどの選択肢を、いろいろな条件の中で選べるようにするために、地教行法の中身をもう少し標準法化して、教育委員会の組織、運営の在り方で、もう少し地域の実情に合わせて弾力的にできるような工夫は検討してみていいのではないかと思います。
もう一つ、制度の問題ではなくて、運用の問題というのは、私も基本的にそうだと思います。ただ、市町村の教育委員会の教育行政運営をやっていく上で、例えば県費負担教職員制度の問題とか、県と市町村の関係でなかなか窮屈な部分があるのも事実です。私自身は、今の県費負担教職員制度とか、広域人事行政を即座に廃止するという考え方は全くありません。例えば北海道とか、鹿児島のように、離島とか、僻地に勤務している先生方を、全県の大体3分の1ぐらい抱えているようなところでは、広域人事行政とか、県がいろいろ広域人事の配慮をしながら全県的に教員の配置を均等にしていくという仕組みは必要だと思っています。
ただ、市町村がいろいろな取組をしていくときに、人事のところで幾つかの壁があるのも事実ですので、今の県費負担教職員制度とか、広域人事行政を前提にしながらも、市町村のイニシアチブが人事のところで動けるような仕組みづくりが何か工夫できないか。私が調べた範囲では、都道府県といっても、広域人事の在り方は多様な在り方がありますので、工夫次第ではいろいろな解決策が出てくるような感じがします。そうした行財政のシステムづくりも少し考えながら、市町村の教育委員会がより活性化できるような条件整備の問題も、議論の中で組み込んでいただければと思います。すみません、長くなりました。
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鳥居部会長
ありがとうございました。
それでは、吾妻委員、どうぞ。
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吾妻委員
時間も迫っていますので、細かいことは抜きにして、端的にお話ししたいと思います。
私は全国の町村の教育委員会の代表のような形でここに出てきているものですから、ただいまの御意見の中にも既にあったわけですけれども、これからのこの会の進め方の中でぜひお願いしておきたいことは、一言で言えば、小さな町、村を忘れないで、審議のときに光を当てていただきたい。今の我が国の繁栄があるのは、明治、昭和の教育の成果だと思いますし、もう一つは、日本全国どこでも同じような教育を日本国民は受けてきた、その成果だと私は思っております。今、町、村は、町村合併でどんどん減っていきます。減っていく中でも、残る町、村はあるわけですので、その辺を、少なくなっていくから見捨てるような、あるいは議論の中から忘れられるようなことのないように、初回ですので、お願いをしておきたいということで、一つ申し上げます。
二つ目は、先ほどからたくさん議論が出ていますけれども、教育委員会制度の仕組み、それから運営。そのときに、仕組み、制度をどう変えるかということを先に考えるのではなくて、運用面でまだまだ教育委員会が活性化する余地があると思うのです。ですから、初めに制度改革ありきではなくて、今の制度で運営面を突き詰めていけば、どこまで活性化ができるのか、その議論を詰めてから、制度の問題に入っていただきたいと思っております。
三つ目は、これも先ほどから出ましたお話ですけれども、レイマンは私は大事にしたいという立場です。逆に、極端な例ですが、教育委員を全部教育の専門家だけで構成するようなことがあったとしたら、かえって怖いような気がします。レイマンは素人ではなくて、レイマンは一般常識人だと思います。一般常識人の国民の代表が教育にいろいろと意見を申し上げる機会があるというのは大事にしていかないと、いつの間にか特定の人間だけで教育が動いていってしまう、そういう怖さを感じます。
以上3点、よろしくお願いいたします。
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鳥居部会長
ありがとうございました。
それでは、森田委員、どうぞ。
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森田委員
お時間も限られておりますので、簡潔に申し上げたいと思いますが、私自身は大学で、広い意味での政治学、もう少し細かく言いますと行政学という、行政の制度とか、運用について研究している者でございます。
そういう観点から教育委員会の制度を見た場合、そもそも独立行政委員会といいましょうか、こういう仕組みとしての教育委員会というのは一体何なのか。どうしても学者としてそういう問題の立て方をいたします。これは冒頭に片山知事が触れられたところでもあります。19世紀の終わりにアメリカで生まれ、それが戦後、日本に公安委員会であるとか、農業委員会であるとか、幾つかの形でつくられたわけでございます。日本でつくられ、その後で、性質が変わってきているかと思います。そこのところをよく考えていかないと、ある制度が機能しているから、それはそれとして合理的だという考え方もありますけれども、制度の在り方について問題提起されているときに、もう一度そこに立ち返って考えてみる必要があるのではないかと思っております。
もう一つ申し上げますと、確かに教育委員会制度というのは、一般の方の常識を反映して運営するという意味では、大変デモクラティックな制度と言われておりすが、現代の行政といいますのは、仕事の中身が複雑で高度になってきております。確かに、素人と言ってはいけないのかもしれませんが、一般の方の判断も重要ですけれども、実際細かいことについて、一般の方がそこを一々見て、チェックをすることは非常に難しくなってきております。そのために、事務局に多くのことをお願いして、そして事務局でもって段取りをして、それを最終的に承認するという仕組みになってきているわけでございます。これは別に教育委員会に限らず、首長さん、議会でもそういう形になってきているわけです。
この事務局、我々の用語で言いますと官僚制と申しますけれども、これがだんだん複雑になり、外から見えなくなってくることについて、外から不信の念が出ている。これは同じことが言えますのは、今の裁判の制度であって、裁判員制度というのは、それに対してもう一度、一般人の常識を反映させようということで、教育委員会につきましても、教育委員会の問題もありますし、先ほど、お帰りになりました八代委員も触れられましたけれども、教育長をはじめとする教育委員会事務局の在り方が問われているということではないかと思います。
その意味で言いますと、今日おいでになっていらっしゃる方は皆立派な方でいらっしゃいますけれども、いろいろとそこのところについて問題点が指摘されていると思います。したがいまして、その部分について実質的な行政の判断を行っているところを、どのような形で、地域の方あるいは教育の観点から見て望ましいものにしていくのかというのが課題であるわけです。その場合に、教育委員会の中立性とか、あるいは専門性が、こういう機会ですので、もう一度問われる必要があるのではないかと私自身は思っております。
先ほど、ちゃんと首長さんは教育行政に対して影響力を持っているというお話がございましたけれども、原理的に考えますと、そのことと教育の中立性はなかなか両立しがたいところもないわけではない。これをどう考えていくか。また、本当に民意を反映してということならば、かつてあったように公選制という仕組みが考えられてもいいのではないか。そうした問題点があるかと思います。
もう一つ申し上げますと、私自身は、95年から、もう10年近くなりますけれども、地方分権に関しまして地方分権推進委員会、そして現在の地方分権改革推進会議にもかかわってきております。地方分権改革推進会議に関しましては、資料の16ページで、分権会議のほうも教育委員会制度を尊重していると書かれておりますけれども、これは中間論点整理であって、その後はかなり強く、必置規制を廃止すべきと主張しているところでございます。
何を申し上げたいかといいますと、地方分権の場合には、それぞれの地方が自ら望ましい組織、制度を考えていく。これが自己決定の自己組織権になるわけです。その結果はそれぞれの地域が地域で責任を負う。これが地方分権の一つの理念だといたしますと、現在の教育委員会制度といいますのは、地方の裁量の余地をかなり縛っているのではないか。したがって、それを必ずこういう形で置かなければいけないという必置規制の制度は、見直してもいいのではないかということでございます。
これ以上申し上げませんけれども、小川先生からございましたように、ほかの形態もそれなりの合理的なものがあれば、それを採用する選択の余地もあってもいいのではないか。教育委員会の必置規制反対と言いますと、教育委員会廃止論者と勘違いされますけれども、決してそういうわけではなくて、教育委員会が教育委員会として機能するところは、それを設置されるということを地方が選択されることは何ら差し支えないと思いますし、それを活性化させることも大いに結構であろうと思います。しかしながら、地方の行政の中で、あるいは教育、ほかの分野とも関連して、ほかの形態が望ましい。もちろん一定のミニマムの基準は満たさなければいけないと思いますけれども、ほかの形態が望ましいとお考えになるときには、それを選択できるような仕組みにしていく。それがこれからの日本の地域に応じた形での教育の活性化、あるいは地域社会そのものの活性化にとっても必要ではないかと考えているわけでございます。
もう少し言いますと、なぜ私がここに座っているのかというと、分権改革推進会議でそういうことを議論させていただいた経緯で、おまえ、ここで発言せよという御趣旨でございましたので、一応言わせていただきました。どうもありがとうございました。
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鳥居部会長
ありがとうございました。
それでは、森脇委員、どうぞ。
ちょっと時間が二、三分超過するかと思いますが、お許しいただいて。あと二、三人で終わりにしたいと思います。
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森脇委員
それでは、時間が過ぎておりますので。私は全く教育委員会のほうの専門家でも何でもございませんので、一私立の短期大学の学長をしているわけですけれども、そういう意味では、全く専門外の者といたしまして、ちょっと大学のほうのマネジメントにかかわる者といたしまして、議論をするときにというか、教育委員会の問題が出てきましたときに、私だけでなくて、多くの者がその実態がほとんどわからないというのが現実ではないかと思うのです。
今お聞きしておりますと、首長さんや国の問題やら、あるいは教育委員会やら、学校そのものの在り方とか、そういうものが複雑に絡んでくるので、教育委員会だけの問題を取り上げて、その制度だけというふうにできないというのは、私もよく理解ができます。
なぜ教育委員会が問題になって出てきたのかというそこのところにくるのですけれども、恐らくこれは日本の国が教育の深刻な問題を相当抱えておりまして、教育改革をどう推進させていくかというところになるのだと思いますが、その課題を明確にするところは、大学の場合には、今、認証・評価という動きが具体的にも出てきているわけですけれども、小・中・高というところでも、形は違うとしましても、今、自己点検・評価のほうは努力義務ですね。それをいろいろな形で義務化して、そして第三者の―第三者は、学校のことがわかる地域の方を中心にでいいのではないかと思いますが、そういう方の評価を受けたものを公表していただく。これが日本の教育、あるいは地域の教育を我々が考える上で欠かせない点ではないかと思って、感想を一言申し上げたいと思ったのです。
というのは、首長さんにしても、今、こちらの委員で御参加の方のお話を聞いておりまして、こういう知事や市長さんのいらっしゃるところだったら、どんな学校も幸せだなというふうに、あるいは委員会も機能するなというふうに、切実な感想を持ちました。実はそうじゃないほうが現実の実態としては多いのではないかと思います。あるいは、いろいろな規模もあります。そういうところで、あっちが悪い、こっちが悪いではありませんが、そうではなくて、いかにうまく連携をしていくかといったときに、首長さんというのは設置者だと思うのです。そういうところまでを当然ながら含めた評価になろうかと思うのです。学校というのは校長先生が中心だと思いますが、教員一人一人だって重要な教育機能を担っているわけですが、そこも含めた形でのうまい認証・評価のようなことをしていただいて、それを公開していただく。そちらのところで、我々といいますか、国民がようやくわかってくるのではないか。専門外の者でございますので、そのことを一言発言をさせていただきました。
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鳥居部会長
ありがとうございました。
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池端委員
今、森脇委員さんもおっしゃっておりましたが、特に私などはまだ子育て真最中で、現役のおばちゃんという感じなのですが、その中で、私、個人的な話ですけれども、教育委員会というのは、同じような会議ばかりやって、私を引っ張り回すところやと個人的には思っております。どこへ行っても、同じ話をしてはんねんなという、個人的な実感を持っております。
一般的に考えまして、教育委員会のほうですけれども、一般の我々というのは、教育委員会の中の教育委員長と教育長の区別もままならぬ。また、一体何をしているところなのかわからないというのが現実です。これは一般の保護者、我々のみならず、教師も同じやと思っております。そういう中で、何をしているかわからないところ、どういう形で何かしてはるんだろうという、全く理解不能なところが実はありまして、わかってくると、これは大事な問題なんやということは気がつくんですけれども。
先ほどからいろいろ話をお伺いしておりますと、やはり首長さんがおられ、議員さんがおられ、やはりしっかり教育の問題にお取り組みいただかなかなくてはならない、問題意識を高めていただかなくてはならないというお話は、ごもっともやな、ありがたいなと思って聞いていたのですけれども、その前に、首長たちを選挙で選ばせていただく一般市民が教育行政に関心を持たなくては、そういう意味合いではおよそ働いてくれないのではないかと思いました。
ところが、選挙権を持っている我々自身が、全く教育委員会というものがわかっていないという、この大きな食い違いの部分を何とかしていかなくては、こういう問題はいつまでたっても、何が悪いんやという部分が、何と言っていいのかわかりませんが、運営なのか、人材なのか、首長なのか、何なのかという部分よりも、学校に関してもそうですけれども、教育行政にも、一般の我々がいかに興味・関心を持つかというところが問題なのではないかと思っております。
義務教育費国庫負担金の制度もそうですが、いよいよこうなってくると、やっとえらいことやというて騒いでいるわけですけれども、本当はもっと前から問題意識を持たなくてはならなかったのではないか。ところが、何をしてはるかわからへんものですから、気がついたころには、こうなってしまったという、私たちPTAの中ではそういう意味合いを持っております。教育行政に関しまして、教育委員会に関しまして、興味・関心をまず持っていただくというところを、何らかの形で考えていただくということを前提に、教委制度を見直していただきたい。見直すというか、運用面も含めまして、そのあたりを願い申し上げます。
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| ○ |
鳥居部会長
それでは、まだ御発言のあれがおありかもしれませんが、時間をちょっと超過いたしましたので、このあたりで御発言いただくのは終わりにさせていただきたいと思います。
今お話を伺いながら、私、実は皆さんのお手元にある資料を見ていたのですが、15番という耳箋がついているのが、地方教育行政の組織及び運営に関する法律なのです。これがいわゆる地教行法と呼ばれるもので、この第1条から第4条ぐらいのところに、教育委員会の選び方とか、いろいろ書いてあって、文句があったら第7条で、首にできる―請求だけできるのです。3分の1の署名でもって請求はできる。請求が出てきたとき、どうするか、この法律には書いてないです。請求が出てきた人をどうやって解任するかという手続などは、まだまだほかのところを見ないと書いてない。いろいろあります。
先ほど片山知事のお話にもありました、首長との分担は第23条に書いてありまして、要するに教育委員会の分担事項は、1番から19番まで19項目書いてある。ところが、第24条に、都道府県知事、あるいは市区町村長の分担事項は1番から5番まであっさりと書いてある。見てみると、いろいろと考えるところがおありだと思うのです。
これをまだ御覧になったことがない方も、今後の審議のためにお手元に持たれたほうがいいと思いますので、事務局におっしゃっていただいて、ここから外してもらって持って帰るとか、何かうまい方法で今日お持ち帰りいただいて、一度お目通しいただいておいてはいかがかと思います。
そんなことで今日は終わりにさせていただきまして、次回またぜひよろしくお願いしたいと思いますが、事務局から今後の予定について何かありましたらお願いいたします。
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山田生涯学習企画官
では、資料7を御覧いただきたいと存じます。
今後の日程につきましては、資料7のとおりでございまして、次回は来月、4月13日の火曜日の午後2時から4時までを予定しておりますが、会場等はまだ未定ということでございます。
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鳥居部会長
ありがとうございました。
お忙しい方ばかりでございますので、またおいでいただくのが本当に心苦しいのですが、ひとつよろしく御協力のほどお願い申し上げます。
それでは、今日の会合はこれにて終わりにさせていただきます。ありがとうございました。 |