理工農系大学院の目的とそれに沿った教育研究の在り方について-国際的な水準における理工農系大学院の確立を目指して-[理工農系ワーキング・グループ報告書]

理工農系の大学院は、今後、我が国が国際競争力を持って国際社会をリードし、また、国際社会に貢献する上での基盤となる高度な人材養成や学術研究の中核を担っていくことが期待される。このため、教育内容・方法の充実、国際的な通用性・信頼性の向上等を図ることを重要な観点として、いかにして教育研究機能の強化を推進していくべきかについて検討を行った。

1.理工農系大学院の目的・役割

博士課程の目的・役割

  • 理工農系大学院は、従来、研究者として自立するに必要な研究能力を備え、理学、工学、農学における特定の専門分野についての深い研究を行い得る研究者の養成を行い、また、学術研究を遂行することを主たる目的としてきた。
     しかし、今日、理工農系の大学院には、これら研究者の養成のみならず、産業界等における高度な技術者や高度な政策立案を担い得る行政職員など、社会の各般において、高度な研究能力と豊かな学識に裏打ちされた知的な人材の育成についても大きな役割を果たすことが求められており、その機能は多様化している。
  • このような状況を踏まえ、理工農系大学院は、研究者養成を主たる目的とするのか、高度な研究能力を持って社会に貢献できる人材養成を主たる目的とするのか、およそ専攻単位程度で目的と教育内容を明確にすることが必要である。
     その際、当該専攻の規模によっては、同一の専攻の中に、前期・後期を通じた研究者養成のための教育プログラムと、高度な研究能力を持って社会に貢献できる人材養成のための教育プログラムを併存させるなどの工夫が必要である。
  • また、研究者の活動領域は、大学等における学術研究の場面だけではなく、産業界等における研究開発等の場面にも大きく広がってきており、研究者養成を主たる目的とする場合であっても、当該分野の特性に応じて、専門分野の深い研究能力のみならず、関連領域を含めた幅広い知識や社会の変化に対応できる素養を身に付けさせることが重要である。
  • 他方、高度な技術者等の養成を主たる目的とする場合には、授業科目の履修と論文作成指導による自然科学の基礎知識の教授とともに、知識を実際に活用していく訓練を通じて、科学的知識とそれを展開していく能力を身に付けさせることが必要である。

修士課程の目的・役割

  • 1990年代以降、技術者等への就職が学部修了段階から修士課程修了段階に移行してきており、修士課程における高度専門職業人養成の役割が今後一層拡大していくと考えられる。
  • また、今日、人々の日常生活のあらゆる場面が科学技術と深いつながりを持ち、科学技術社会を幅広く支える多様な人材の養成が求められており、修士課程は、そうした人材養成の役割を果たすことも必要である。
  • 全ての大学において高い研究水準を有する博士課程を設置することは実際には困難であり、各大学の判断によって、大学院の目的と機能を修士課程における高度専門職業人養成に特化し、必要に応じて、学士課程と修士課程を通じた一貫的な教育活動を展開することも有効である。

2.課程制大学院の趣旨に沿った教育課程や研究指導の在り方

(1)教育・研究指導の在り方について

修士課程及び博士課程(前期)に共通した教育・研究指導の在り方

(理工農系の各分野に共通する事項)
  • 従来、多くの理工農系大学院においては、学生に対する教育と教員の研究活動が渾然一体となって行われ、学生に対する教育が研究室の中で完結するような手法が中心となってきた。しかし、この方法は、個々の教員の指導能力に大きく依拠するため、場合によっては、専門分野のみの閉鎖的な教育にとどまり、産業界等で求められる幅広い基礎知識や社会人として必要な素養が涵養されにくいなどの課題が指摘されている。
     今後は、個々の教員による指導はもとより、各研究科・専攻における組織としての計画的な教育に力点を置いていくことが、より効果的な場合が多いと考えられる。
  • 理工農系大学院における教育プログラムが、専門的知識と幅広い視野を習得させるものとするためには、例えば以下のように、各研究科や専攻において組織的に教育活動を実施することが必要である。
    • 各専門分野に関する専門的知識を身に付けるための体系的な教育プログラム
    • 幅広い視野を身に付けるための関連領域に関する教育プログラム
       (例えば、進学後間もない学生に対して、様々な分野の教員が関与して多様な考え方に接する機会を提供する など)
    • 自立した研究者や技術者等として必要な能力や技法を身に付けるための教育プログラム
       (例えば、毎週学生にテーマを与え、それに応じた実験のデザインを行わせることや、実験・実習・ホームワーク・フィールドワーク等を講義と適切に組み合わせた効果的な授業の展開 など)
  • また、学術研究活動・産業経済活動のいずれにおいても、国際的に活躍し得る人材を育成する観点から、英語を始めとする語学教育の充実に一層努めていくことが必要である。
  • 理工農系の人材には、科学技術と社会との関係や社会の安全に関しても高い素養を持つことが求められる。このため、倫理や法規制など、幅広い社会科学的分野について、学部段階・修士課程段階のそれぞれの専門教育の内容・程度に応じて適切に教育されることが重要である。
(特定の分野に関する事項)
  • 工学系、農学系の大学院にあっては、将来、各研究分野や企業活動において中核的な役割を果たす高度な実践的能力を備えた人材育成を図っていくことが重要である。このため、必要に応じて企業、行政機関、試験・研究機関、NPO、国際機関等の実践的環境下における長期インターンシップや、これらの機関との連携によるプロジェクト方式による訓練などを積極的に取り入れることが効果的である。
  • 農学や環境科学などの分野では、自然環境のシステムの法則性を理解し、諸現象を総合的に把握できるようにすることが重要である。このため、必要に応じて、例えば、農地、森林、水域、都市など、実際のフィールドにおける活動を積極的に取り入れることが効果的である。

博士課程(後期)における教育・研究指導の在り方

(理工農系の各分野に共通する事項)
  • 優れた研究者を養成する観点から、前期・後期の5年間を通じて体系的な教育課程を編成し、その上で、後期課程にあっては、教員の研究活動に参画させるなどの工夫を講じることが必要である。
  • 学生の国際性を涵養する観点からは、サマー・インスティテュートや学会等を含め、一定期間外国の大学等で教育やトレーニングを受ける機会を提供することが有効である。なお、このような取組については、博士課程(後期)のみならず、修士課程においても有効である。
  • 修士課程を修了し、高度専門職業人として社会に出た後に、博士課程(後期)へ進学した学生に対しては、研究者として必要な実験・論文作成をはじめとする研究手法などについて、適切な補完的な教育を実施するなどの配慮が求められる。
(特定の分野に関する事項)
  • 実験物理学等の分野では、従来、大規模な実験装置を用いた研究活動の場合、ともすれば、その一部分を学生に分担させることなどにより研究指導が行われてきたが、そのような場合であっても、幅広い視野と関連分野の基礎知識を備えた研究者を養成するという観点からの指導が必要である。

(2)修得単位数に関する大学院設置基準の改正について

  • 大学院における現在の単位の考え方は、大学院設置基準の定めによっているが、特に単位の計算方法については、学部における計算方法(一つの講義・演習につき、15時間から30時間までの範囲で大学が定める時間の授業をもって1単位とすることなど)に準じている。
  • 今後、大学院におけるコースワークの充実を図り、より高い教育効果を得られるようにしていく観点から、実験・実習と講義・演習とに分けられている現在の単位の計算方法について、例えば、講義と実習をあわせて1単位とするなど、その考え方を見直すとともに、修得すべき総単位数などについても併せて検討することが必要である。

(3)博士課程の修了要件について

  • 博士課程の学生の大学院における集大成は、博士論文の作成であることを踏まえ、5年間の教育が有機的につながりをもって行われるようにする観点から、必要に応じて、前期課程の修了時においては、修士論文に代わる一定の学修の成果を求めることで足りることとするなど現行制度を改める必要がある。

(4)修士課程の修了要件について

  • 高度専門職業人養成を主たる目的とする場合や教育研究分野の特性によっては、より実践的な研究成果を修了要件とすることが適当と考えられる。(芸術や体育等の分野において行われている。)今後は、このような取扱いを多様な分野にも拡大していくことも求められる。

(5)論文博士制度について

  • 諸外国における博士の学位は、博士課程において必要な教育を修めた者に授与されるという現状を勘案すれば、日本における論文博士の制度は独自のものである。学位の国際的通用性の観点から、課程制大学院の趣旨を踏まえた教育内容・方法の充実が図られることを前提として、論文博士制度は廃止の方向で検討することが必要である。
  • なお、企業や公的機関の研究所等で経験を積み、その研究成果を基に博士の学位の取得を希望する者が相当数いることや、アジア諸国においては、自国で研究を続けその成果を基に我が国の大学における博士の学位取得を目指している者もいる。これらを踏まえて、廃止に至るまでの条件整備や期間についての検討とともに、相当の研究経験を有している社会人等を対象に、大学院において一定の体系的な教育を提供し、学位の授与に結びつける仕組み等についての十分な検討が、あわせて必要である。

(6)教員の教育・研究指導能力の向上方策について

  • 教員の教育・研究指導能力の向上のためには、まず、その前提として、各専攻において、当該大学院の教育についての共通理解を深めることが必要である。このため、教員に対する研修などのファカルティ・ディベロップメント(FD)を適切に実施するとともに、教員に対する評価としては、研究実績だけでなく、教育実績や教育能力を評価することが必要である。
     また、大学教員の教育能力の向上を図るためには、在外研修や外国で研究に参加する機会等を活用しつつ、諸外国の大学院における実際の教育活動に関する知見を広げることも有効である。

(7)学生の流動性の確保について

  • 学生の流動性を高めるためには、その大前提として、各大学院の教育が、ともすれば特定の教員との狭い個人的な人間関係に過度に委ねられている現状を改め、各研究科・専攻において、より体系的・組織的な教育活動を展開していく努力が不可欠である。
     その上で、他大学や他分野からも受験しやすいように入試科目を整備するとともに、e-Learningの効果的な活用による単位互換の推進、補完的な授業科目の設定など、多様な学修歴を有する学生の受け入れを促進するための工夫をすることが必要である。
     一方、流動性を促進させることで学生の研究の進捗を阻害しないよう留意することも必要である。

3.学生に対する経済的支援

  • 我が国の大学院が国内外から魅力ある存在であるためには、大学院生の経済的負担を諸外国に比して遜色のない程度にとどめるようにすることが重要であり、とりわけ博士課程(後期)の学生については、自立した生活が可能となるよう支援を充実すべきである。
  • 進学意欲を持つ優秀な学生が、進路選択に当たって、経済的な事情から大学院に進むことを断念することがないよう、大学院を受験する前に経済的支援を決定するなど、学生が安心して進学できるようにすることが必要である。
  • 現在、大学院生に対する経済的支援は、日本学生支援機構による奨学金や留学生給与の支給、国立大学法人運営費交付金や私立大学等経常費補助金に含まれるTA・RA、さらには、日本学術振興会による特別研究員制度(DC)、科学研究費補助金や21世紀COEプログラム等の競争的資金に包含されるTA・RAなどがある。
     今後ともこのような種々の支援を併存する形とするのか、あるいは、競争的環境の下で優れた大学院教育の展開を推進しつつ、学生への支援が充実したものとなるよう、大学に対して競争的に配分される教育資金や研究資金に包含されることを主としていくのか検討する必要がある。

4.大学院修了者のキャリアパスの多様化の促進方法

  • 大学院修了者のキャリアパスの多様化を促進する観点から、日頃学生を指導している教員が各学生の適性を見極め、学生が在学中から自らのキャリアについて考えるための機会を適切に提供するよう努めることが必要である。
  • このため、在学中の早い段階で、企業等の実践的な環境下において、自らの専門の位置付けを理解させるための長期のインターンシップへ参加させるなど、産学連携による教育を進めていくことが効果的である。
     また、大学院修了者のキャリアパスを多様化させるためには、研究者や高度な技術者等が多様に流動する社会が構築されることが重要であり、大学においても企業等との人材交流に努めていくことが望まれる。

5.教育研究環境の整備

  • 理工農系の各分野において、諸外国の学生や研究者にとっても魅力ある大学院となるよう、国際水準の教育研究環境が整備されることが重要であり、施設、設備、教育スタッフ、支援スタッフ等の確保に向けて各大学が努力するとともに、国等が各大学の取り組みを重点的に支援することが求められる。
     その際、教育スタッフや支援スタッフについては、量的な整備のみならず、質的な整備(例えば、国外や企業などにおける勤務経験を有する教員、特色のある技術を習得した技術職員、理工農分野の研究について専門的知識を有する事務職員の確保など)に努めていくことも必要である。
  • 科学技術の発展、生物生産活動の高度化、自然環境問題の深刻化、さらには災害問題への対応などから、今後、農場、演習林、臨海臨湖実験所、水産実験所、実習船、地震や防災等に関する研究所などの実験・実習系の附属施設が、大学院における人材育成や研究活動に果たす役割が拡大していくと考えられる。
     このため、研究データ等のネットワーク化や大学を超えた実習活動に供するなど、このような附属施設について、教員や学生の共同利用を積極的に進めていくことが求められる。
  • また、工学分野においては、高度で創造的なものづくりをチームワークにより行う「プロジェクト・ベースド・ラーニング」(PBL)などによる実際的な技術教育が導入されてきている。このため、高度で創造的なものづくりを可能とするスペースや設備の整備など実験・実習のための施設機能の向上が望まれる。
  • 大学院生の多様な学習ニーズに応えるためには、マルチメディア教材や電子化図書の活用、e-Learningの導入などが有効であり、これらの情報環境の整備に努めていくことも望まれる。

6.大学院評価の在り方

  • 大学院教育の内容、水準に関する国際通用性を踏まえて、各大学院が、それぞれの人材養成の目的に沿って、その教育を充実していくことを促すため、実効性ある大学院評価を早期に確立していくことが必要である。
  • 学校教育法に基づく認証評価制度においては、現在、専門職学位課程だけが、大学全体とは別に対象とされている。大学とは別の大学院だけの事後評価、あるいは分野別の大学院の事後評価については、当面、学協会が中心となって専門分野別事後評価のシステム作りに取り組むことが必要である。また、このようなシステムを構築しようとする団体に対する財政支援の検討も必要である。これらを通じて大学院教育の質に関する第三者評価の普及、定着が望まれる。
     さらに、専門分野別事後評価システムの運用に当たっては、例えば、博士課程(後期)に限って、設置認可申請の際に行われるような教員個人の教育・研究指導能力についての評価を行うことも有効と考えられる。

7.その他

  • 将来に向け、国際的に優れた研究者育成を進めていくためには、例えば、21世紀COEプログラムで形成された拠点を活用し、他大学や企業等に属する研究者の参加も含め、指導スタッフの一層の充実を図り、世界の最先端を行く大学院教育展開の基盤となる仕組みを構築することについて検討されることが望まれる。

お問合せ先

高等教育局高等教育企画課高等教育政策室

(高等教育局高等教育企画課高等教育政策室)