第1章 新時代の高等教育と社会

○ 本章では、中長期的に想定される我が国の高等教育の将来像及びそれに向けて取り組むべき施策を提示するに先立ち、新時代における高等教育と社会との関係を概観することとする。

 21世紀は、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す、いわゆる「知識基盤社会」(knowledge-based society)の時代であると言われる。
 これからの「知識基盤社会」においては、高等教育は、個人の人格の形成の上でも、社会・経済・文化の発展・振興や国際競争力の確保等の国家戦略の上でも、極めて重要である。国際競争が激化する今後の社会では、国の高等教育システムないし高等教育政策そのものの総合力が問われることとなる。国は、将来にわたって高等教育につき責任を負うべきである。
 特に、人々の知的活動・創造力が最大の資源である我が国にとって、優れた人材の養成と科学技術の振興は不可欠であり、高等教育の危機は社会の危機でもある。我が国社会が活力ある発展を続けるためには、高等教育を時代の牽(けん)引車として社会の負託に十分にこたえるものへと変革し、社会の側がこれを積極的に支援するという双方向の関係の構築が不可欠である。

1 今後の社会における高等教育の役割

○ 21世紀は、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す、いわゆる「知識基盤社会」(knowledge-based society)の時代であると言われている。

○ 「知識基盤社会」の特質としては、例えば、
1.知識には国境がなく、グローバル化が一層進む、2.知識は日進月歩であり、競争と技術革新が絶え間なく生まれる、3.知識の進展は旧来のパラダイムの転換を伴うことが多く、幅広い知識と柔軟な思考力に基づく判断が一層重要となる、4.性別や年齢を問わず参画することが促進される、
 等を挙げることができる。

○ こうした時代にあっては、精神的文化的側面と物質的経済的側面のバランスのとれた個々人の人間性を追求していくことが、社会を構築していく上でも基調となる。また、国内・国際社会ともに一層流動的で複雑化した先行き不透明な時代を迎える中、相互の信頼と共生を支える基盤として、他者の歴史・文化・宗教・風俗習慣等を理解・尊重し、他者と積極的にコミュニケーションをとることのできる力がより重要となってくると考えられる。

○ 高等教育の役割は、人格の形成、能力の開発、知識の伝授、知的生産活動、文明の継承など、非常に幅広いものである。高等教育は、初等中等教育の改革の動向とも相まって、中等教育後の様々な学習機会の中にあってその柱となり、社会を先導していくものである。

○ 「知識基盤社会」においては、新たな知の創造・継承・活用が社会の発展の基盤となる。そのため、特に高等教育における教育機能を充実し、先見性・創造性・独創性に富み卓越した指導的人材を幅広い様々な分野で養成・確保することが重要である。

○ また、活力ある社会が持続的に発展していくためには、専攻分野についての専門性を有するだけでなく、幅広い教養を身に付け、高い公共性・倫理性を保持しつつ、時代の変化に合わせて積極的に社会を支え、あるいは社会を改善していく資質を有する人材、すなわち「21世紀型市民」を多数育成していかねばならない。

○ これからの「知識基盤社会」においては、高等教育を含めた教育は、個人の人格の形成の上でも社会・経済・文化の発展・振興や国際競争力の確保等の国家戦略の上でも、極めて重要である。国際競争が激化する今後の社会では、国の高等教育システムないし高等教育政策そのものの総合力が問われることとなる。国は、高等教育の経済的基盤の充実に努めるなど、将来にわたって高等教育につき責任を負うべきである。また、個々の高等教育機関や学生・企業等の関係者も、十分な自覚を持ってこれからの時代に立ち向かう努力と気構えが必要であることは言うまでもない。

2 高等教育の中核としての大学

○ 大学とは、学術の中心として深く真理を探求し、専門の学芸を教授研究することを本質とするものであり、その活動を十全に保障するため、伝統的に一定の自主性・自律性が承認されていることが基本的な特質である。

○ このような大学は、高等教育の中核をなすものであり、高い質を保持することがこれまで以上に求められる。「大学とは何か」を明確にして質を確保する上では、大学教育は、技能や知識の習得のみを目的とするのではなく、全人格的な発展の礎を築くためのものであるという基本的特性を明確にすることが重要である。また、学校教育法第52条に規定する大学の目的の単一性と実際の大学の多様性との関係をどう整理するかも重要な課題である。

○ 大学は教育と研究を本来的な使命としているが、同時に、大学に期待される役割も変化しつつあり、現在においては、大学の社会貢献(地域社会・経済社会・国際社会等、広い意味での社会全体の発展への寄与)の重要性が強調されるようになってきている。当然のことながら、教育や研究それ自体が長期的観点からの社会貢献であるが、近年では、国際協力、公開講座や産学官連携等を通じた、より直接的な貢献も求められるようになっており、こうした社会貢献の役割を、言わば大学の「第三の使命」としてとらえていくべき時代となっているものと考えられる。

○ このような新しい時代にふさわしい大学の位置付け・役割を踏まえれば、各大学が教育や研究等のどのような使命・役割に重点を置く場合であっても、教育・研究機能の拡張(extension)としての大学開放の一層の推進等の生涯学習機能や地域社会・経済社会との連携も常に視野に入れていくことが重要である。

3 高等教育と社会との双方向の関係:高等教育の危機は社会の危機

○ 学術研究の高度化、学習需要の多様化、社会の価値観の変化、国際化・情報化の進展等の中で高等教育が今後ともその役割を十分に果たすためには、各高等教育機関が競争的環境の中でそれぞれの個性・特色を明確にし、全体として多様な発展を遂げていくことが必要である。

○ しかし、高等教育が近年の社会の変化に真に対応できているのか、また、十分に高い質を保っているのかといった点については、大いに問題があると考えられる。各高等教育機関の個性・特色の相対化、各機関ごとの人材養成目的の曖昧化、教育機能軽視の傾向、度重なる規制改革の中での「大学とは何か」という概念の希薄化、他の先進諸国に比べて必ずしも十分とは言えない高等教育の経済的基盤など、むしろ、我が国の高等教育は危機に瀕していると言っても過言ではない。
 このような現状を打破するため、大学における教養教育や大学院の充実、短期高等教育の多様化、国際化への積極的対応など、我が国の高等教育を時代の牽引車として社会の負託に十分にこたえるものへと変革していかなければならない。

○ 特に、人々の知的活動・創造力が最大の資源である我が国にとって、優れた人材の養成と科学技術の振興は今後の発展のための両輪として不可欠なものであり、この両者に占める高等教育の重要性にかんがみれば、高等教育の危機は社会の危機でもある。今後の我が国が活力ある発展を続けるためには、高等教育機関の側が自らを厳しく変革しつつ社会の発展に寄与するとともに、高等教育の受益者は学生個人のみならず社会全体であるという視点を明確に踏まえ、社会の側がこれを積極的に支援するという双方向の関係の構築が不可欠である。

○ このような観点から、高等教育がその社会的使命を十分に果たすことを前提としつつ、公財政支出の在り方及び民間資金を活用した支援の在り方について、幅広く社会の合意形成を図るとともに、産業界等による学生の採用時期・方法の工夫や適切な評価に基づく処遇など、高等教育の発展を支える各方面の取組を促すことが必要である。

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