第1章 国際的に魅力ある大学院教育に向けて 第2節 基本的な考え方を支える諸条件について 3.課程制大学院の制度的定着の促進

(1)課程制大学院制度の趣旨に沿った博士の学位授与の確立

 課程制大学院制度の趣旨の徹底を図るとともに、博士の学位の質を確保しつつ、学生が標準修業年限内に学位を取得しやすくなるよう、円滑な学位授与を促進する。

【具体的取組】

● 各大学院における円滑な学位授与を促進するための改善策等の実施(学位授与に関する教員の意識改革の促進、学生を学位授与へと導く教育のプロセスを明確化する仕組みの整備とそれを踏まえた適切な教育・研究指導の実践など)
● 各大学院における学位の水準の確保等に関する取組の実施(学位論文等の積極的な公表、論文審査方法の改善など)
● 国による各大学院の学位授与に関する取組の把握・公表の実施

 なお、現行のいわゆる「論文博士」については、企業、公的研究機関の研究所等での研究成果を基に博士の学位を取得したいと希望する者も未だ多いことなども踏まえつつ、学位に関する国際的な考え方や課程制大学院制度の趣旨などを念頭にその在り方を検討し、それら学位の取得を希望する者が大学院における研究指導の機会が得られやすくなるような仕組みを検討していくことが適当である。

○ 学位は、学術の中心として自律的に高度の教育研究を行う大学が、大学における教育の課程を修了し当該課程の目的とする能力(博士課程については、専攻分野について研究者として自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力等)を身に付けた者に対して授与するもの、という原則が国際的にも定着している。
○ 学位に関する検討を行うに当たっては、学位が国際通用性のある大学教育修了者の能力証明として発展してきた経緯を踏まえ、課程を修了したことを表す適切な名称の在り方、他の学位との相互関係等を踏まえて慎重に審議していくことが必要である。

<博士の学位授与の現状とその改善の方向>

○ 博士の学位授与の円滑化については、これまで、学位制度の見直しや関係者自身の意識改革とその自主的努力により、徐々に改善傾向が見られるが、特に人文社会科学系については、未だ不十分である。また、近年では留学生の博士学位授与率が専攻分野によっては低下傾向にある。
○ このような状況を踏まえ、課程制大学院の本来の目的、役割である、厳格な成績評価と適切な研究指導により標準修業年限内に円滑に学位を授与することのできる体制を整備することが必要である。
○ 現在、課程の修了に必要な単位は取得したが、標準修業年限内に博士論文を提出せずに退学したことを、「満期退学」又は「単位取得後退学」などと呼称し、制度的な裏付けがあるかのような評価をしている例があるが、これは、課程制大学院制度の本来の趣旨にかんがみると適切ではない。
○ また、一部の大学においては、博士課程退学後、一定期間以内に博士の学位を取得した者について、実質的には博士課程における研究成果として評価すべき部分が少なくないとして「課程博士」として取り扱っている例も見受けられる。
○ このような取扱いについては、各大学の判断により、何らかの形で博士課程への在籍関係を保ったまま論文指導を継続して受けられるよう工夫するなど、当該学生に対する研究指導体制を明らかにして、標準修業年限と比べて著しく長期にならない合理的な期間内に学位を授与するよう、円滑な学位授与に努めることが必要である。その際、学生の経済的事情を考慮し、博士論文の提出を目指すために標準修業年限を超えて引き続き在学する学生に対して修学上の負担の軽減措置を講ずることなども併せて検討されることが望まれる。

<円滑な学位授与を促進するためのプロセス管理等>

○ 各大学院においては、円滑な学位授与を促進するため、例えば、以下のような種々の改善策等を実施していくことが適当である。

1 学位授与に関する教員の意識改革の促進

  • 課程制大学院制度の趣旨の徹底を図ること
  • 博士の学位授与の要件として学位論文に特筆すべき顕著な研究業績を求めるのではなく、学位の質を確保しつつ、学位論文の作成は、自立して研究活動等を行うに足る研究能力とその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とするという考え方を再認識した上で、各大学において博士論文の要求水準の在り方についても検討すること

2 学生を学位授与へと導く教育のプロセスを明確化する仕組みの整備

  • コースワーク修了時に学生からの申請に基づき、当該学生が一定期間内に博士論文を提出できる段階に達しているか否かを審査する仕組みを整備すること
  • 学位論文に係る研究の進捗状況に関する中間発表を実施する仕組みを整備すること
  • 学生の研究遂行能力を適切に把握するため、口頭試験を実施するなど、専攻分野等の理解度を確認する仕組みを整備すること
  • 学位審査申請時期を明確化するとともに、年複数回申請できる仕組みを整備すること

3 学位授与へと導く教育のプロセスを踏まえた適切な教育・研究指導の実践

  • 学位論文の作成に関連する研究活動などを単位として認定し、その指導を強化すること
  • オフィスアワーの設定等により確実に論文指導の時間を確保すること
  • 複数の指導教員による論文指導体制を構築すること
  • 留学生に対し英語等による論文作成を認めること
  • 留学生の語学力に対応した適切な論文指導を実施すること

○ また、これらの取組のほかに、各学生の具体の修了要件に係る在学期間は、標準修業年限を基本としつつ、当該学生の個別の能力や事情に応じて弾力的に取り扱うことが制度上可能であることを踏まえ、各大学院においてこれら早期修了や長期履修学生制度の積極的活用も期待される。
○ なお、円滑な学位授与の促進策の一つとして、学位の取得に至るプロセスにおいて、一定の段階に達し、学位取得の見込みがあると認められる者、例えば、各大学院において、必要な単位を取得した者や試験に合格した者について「博士候補」とし、論文作成を本格的に開始することなども考えられる。この場合、「博士候補」の呼称を取得することが目的化して、かえって標準修業年限内に学位を授与するという本来の目的を阻害することのないよう、留意することが必要である。

<学位授与のプロセスの透明性の確保等>

○ 学位授与の促進を図る一方で、学位の水準や、審査の透明性・客観性を確保することも重要であり、各大学院の自主的・自律的な検討に基づき、例えば、以下の取組を進めることが考えられる。

1 学位論文等の積極的な公表

  • 博士の学位論文の要旨及び当該論文審査の結果の要旨について、ホームページ等容易に閲覧可能な方法を用いて広く社会に積極的に公表すること

2 論文審査方法の改善

  • 論文審査委員名を公表すること
  • 論文審査に係る学外審査委員の積極的登用を図ること
  • 口述試験を公開すること

<学位授与に関する国の取組>

○ 現在、21世紀COEプログラムの審査・評価に学位授与の状況等が活用されているところであるが、課程制大学院制度の趣旨に即し、さらに「課程博士」の授与の円滑化が進むよう、国は、毎年度、各大学院の取組を把握するとともに、公表していくことが適当である。

<論文博士の在り方の検討>

○ 大学は、博士の学位を授与された者と同等以上の学力があると認める者に対し、博士の学位を授与することができるとされており、これにより授与する学位のことをいわゆる「論文博士」と呼んでいる。
○ これについては、1.学位は、大学における教育の課程の修了に係る知識・能力の証明として大学が授与するものという原則が国際的にも定着していること、2.国際的な大学間の競争と協働が進展し、学生や教員の交流や大学間の連携など、国際的な規模での活動が活発化していく中にあって、今後、制度面を含め我が国の学位の国際的な通用性、信頼性を確保していくことが極めて重要となってきていることなどを考慮すると、諸外国の学位制度と比較して我が国独特の論文博士については、将来的には廃止する方向で検討すべきではないかという意見も出されている。
○ 一方、この仕組みにより、大学以外の場で自立して研究活動等を行うに足る研究能力とその基礎となる豊かな学識を培い、博士の学位を授与された者と同等以上の学力があると認められる者に対して博士の学位を授与することは、生涯学習体系への移行を図るという観点などから一定の意義があると考えられる。
○ また、博士学位授与数に占める論文博士の割合は減少傾向にあるものの、他方で、企業、公的研究機関の研究所等で相当の研究経験を積み、その研究成果を基に、博士の学位を取得したいと希望する者も未だ多いことや、論文博士と課程博士が並存してきた経緯を考慮することも必要である。
○ これらのことを踏まえ、論文博士については、学位に関する国際的な考え方や課程制大学院制度の趣旨などを念頭にその在り方を検討していくことが適当である。
○ なお、論文博士の在り方の検討に当たっては、相当の研究経験を有している社会人等に対し、その求めに応じて大学院が研究指導を行う仕組みの充実などを併せて検討することが適当である。その際、例えば、博士課程短期在学コースの創設等の検討や、現在、日本学術振興会において、アジア諸国を対象とした「論文博士号取得希望者に対する支援事業」が実施されていることとの整合性についても留意することが必要である。
○ また、論文博士については、戦前の博士号のイメージを引きずった碩学泰斗型のもの、企業の技術者等がその研究経験と成果を基に学位を取得したもの、教育研究上の理由等により標準修業年限内に学位取得に至らなかった者がその後論文審査に合格して学位を取得したもの、といった性格の異なるタイプのものが混在しており、今後、その在り方を検討するに当たっては、これらについて考え方を整理した上で適切な取扱いを検討することが必要である。

(2)大学院の人材養成目的に即した教育体制の整備

 大学院教育の組織的展開を強化していくためには、各大学院のそれぞれの人材養成上の目的・役割及びこれに基づいて学生に身に付けさせるべき能力等の教育目標を明確にし、これらに即した体系的なカリキュラムの提供、その責任ある実践のための人的・組織的体制、物的環境を整えることが重要である。
 このため、これらの取組状況と成果が各大学院において社会的に明示されるよう制度の整備を図るとともに国による支援を推進する必要がある。

【具体的取組】

●各大学院の人材養成に係る目的の明確化(大学院設置基準の改正)
●各大学院における教育の実質化の取組に対する国の重点的支援と情報提供の推進
●「助教」の新設に伴う大学院の教員組織体制の見直し
●博士課程、修士課程における研究指導教員の取扱いの明確化(大学院設置基準の改正)

<各大学院の課程の目的の明確化に関する大学院設置基準の改正>

○ 国際的に魅力ある大学院教育の展開に向け、各大学院は、どのような人材を養成しようとするのか、その目的や役割を明確にすることが重要である。それに即して、多様な形で教育研究体制の構築や教育研究活動が責任を持って実施されるよう促進方策を講じる必要がある。
○ このため、各大学院は、各専攻ごとに、どのような人材を養成しようとするのかを学則、研究科規則等において具体的に明らかにするとともにその内容を積極的に社会に公表しなければならないとすることとし、そのための関係規定を大学院設置基準に新たに置くことが適当である。
○ さらに、関係する教職員が、養成しようとする人材像についての認識を組織的に共有し、学生に修得させるべき知識・能力の具体化を図るとともに、社会の要請等に的確に対応した人材養成を行っているかどうかを確認していくよう努めることが重要である。
○ 各大学院の人材養成の目的等を組織的に明らかにしていくことは、大学院評価の基準(ベンチマーク)を明確化する役割を果たすことや、学生の大学院への進学の見極め、修了生のキャリアパスの形成にも資するものと考えられる。

<魅力ある大学院教育の展開・普及(グッド・プラクティス(GP)型事業)>

○ 大学院教育の多様な発展を図るため、国において、各大学院におけるそれぞれの課程の目的に即した多様な形での教育研究体制の構築や教育研究活動の組織的展開(実質化)を行う意欲的かつ優れた取組への重点的支援を行うとともに、それらの事例を広く社会に情報提供し、大学院教育の改善に供する事業(グッド・プラクティス(GP)型事業)を推進していくことが必要である。

<「助教」*1の新設に伴う大学院の教員の組織体制の見直し>

○ 現在、大学制度における職制の創設が提案・構想されている「助教」は、各大学の判断により、大学院の授業科目を担当したり、大学院学生の研究指導に関わることができることとなっており、大学院設置基準及び専門職大学院設置基準上、大学院に最低限置くことが必要な「研究指導教員」、「専任教員」に含めることができるものである。
○ 各大学院においては、「助教」の職の新設の趣旨を十分に踏まえて、大学の個性や学問分野の特性を考慮しつつ、今後の教員の役割分担及び組織的な連携体制を確保できるよう、教員組織を見直していくことが必要である。

*1 「我が国の高等教育の将来像」(平成17年1月中央教育審議会答申)において、大学の教員組織の見直しとして、自ら教育研究を行うことを主たる職務とする新しい職として、「助教」を設けることが提言され、これを受け、現在、関係法案が国会に提出されている。

<博士課程、修士課程における研究指導教員の取扱いの明確化>

○ 現在、各大学院においては、博士課程を前期と後期に分ける積上げ方式、修士課程と博士課程(一貫制、区分制)を別々に設置する並列方式などの課程の設置方式を採ることが可能となっている。
○ 並列方式は、本来の博士課程、修士課程の目的に即したカリキュラムの編成がしやすくなるなどの利点を有するが、当該課程を編成する専攻ごとに担当教員を配置する必要があり、積上げ方式に比べてより多くの教員が必要となることから、この方式の導入は進んでいない。
○ このため、平成12年度から、各大学院が並列方式を採用しやすくなるよう、大学院を担当する教員を修士課程と博士課程の専攻それぞれ一つまでは、研究指導教員として取り扱うことができるようにしているところであるが、これについて、大学設置の準則主義の観点から、大学院設置基準上、明確化することが適当である。
○ これにより、大学院を担当する教員が二つの専攻(修士課程、博士課程)の研究指導教員として学生の教育・研究指導を行うことが可能となるが、各大学院がこの方式の導入を図るに当たっては、学生への教育・研究指導体制の十分な確保が求められる。
○ それに関連して、例えば、各大学院の自主的な検討に基づき、教員の組織的な役割分担や学問分野等を踏まえ、教員の時間配分の組織的な管理を促進することなども必要であると考えられる。

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高等教育局高等教育企画課高等教育政策室

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