第1章 教育の課題と今後の教育の基本的方向について

1.教育の現状と課題

○ 戦後の荒廃の中で、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする憲法の理想の実現を教育の力に託し、新しい日本の教育の基本を確立するため、昭和22年3月に教育基本法が制定された。教育基本法及び同法の精神に則(のっと)って制定された学校教育法などの法体系の下での戦後教育改革により、各般の教育諸条件の整備が進み、教育を重視する国民性や所得水準の向上などともあいまって、教育は著しく普及した。こうして達成された教育の量的拡大と国民の教育水準の向上が、諸外国から奇跡とも呼ばれた我が国経済社会の発展の原動力となったことは疑いない。

○ しかしながら、昭和50年代中頃(ごろ)から、様々な教育問題が社会的に大きな関心を集めるようになり、政府の総力を挙げて教育改革に取り組むため、昭和59年9月に内閣総理大臣の下に臨時教育審議会(臨教審)が発足した。戦後の教育改革を総括した臨教審は、戦後の教育改革は大局的に見ると明治以降の追い付き型近代化時代の教育の延長線上にあるものであって、多くの成果を生む反面で深刻な教育荒廃ももたらしていると指摘するとともに、個性の尊重、高等教育の個性化や高度化、創造性や国際性の涵(かん)養等の観点から教育を改革していくことが必要との認識を示した。

○ このような認識の下に、臨教審は、21世紀に向けた教育改革の基本的考え方を、1個性重視の原則、2生涯学習体系への移行、3国際化、情報化等変化への対応、の三つに集約した。臨教審以降の教育改革は、この三つの基本的考え方を踏まえて展開されており、例えば「個性重視の原則」の観点からは、自己教育力の育成を重視した学習指導要領の改訂、個に応じた指導を実現するための教職員の定数改善、高等学校総合学科の創設、6年制中等教育学校の制度化、大学設置基準の大綱化、大学院制度の弾力化、大学・大学院への飛び入学など様々な施策が実現している。

○ このように、教育関係者は教育改革を進めるために不断の努力を行ってきているが、教育を取り巻く社会は時に改革を上回るスピードで急速に変化している。特に、東西冷戦構造の崩壊後、経済を中心とする世界規模の競争が激化する中で、時代は、我が国の経済、社会に否応なしに大きな転換を迫っている。この大転換期の試練の中で、国民の間では、これまでの価値観が揺らぎ、自信の喪失とモラルの低下という悪循環が生じている。教育の世界に目を転ずると、物質的な豊かさの中で子どもはひ弱になり、明確な将来の夢や目標を描けぬまま、次第に規範意識や学ぶ意欲を低下させ、青少年の凶悪犯罪の増加や学力の問題が懸念されている。また、教育の現場は、いじめ、不登校、中途退学、いわゆる「学級崩壊」など深刻な危機に直面している。

○ ここまで概観してきた現在の我が国社会と教育の危機の背景には、様々な要因が複雑に絡み合っており、すべてを教育の責任に帰することは適当ではない。しかしながら、教育が我が国社会の存立基盤であることにかんがみるとき、教育の責任は大きいと言わざるを得ない。例えば、従来、受験競争などを背景に、大人は子どもの教育について学校教育に過度に依存する実態があったこと、その学校教育がややもすれば過度の平等主義や画一主義に陥りがちになり、時代や社会の大きな変化に対応していく柔軟性に乏しかったこと、また学校においては教育の現状や成果を適切に把握、評価し、その評価に基づく改善措置を自ら講じていくという取組が十分ではなかったことなどが指摘できる。

○ さらに、教育の原点である家庭や地域社会において、親子の触れ合い、友達との遊び、地域の人々との交流などの様々な活動や経験を通じて、心身の健全な成長を促す教育力が十分に発揮されていなかったことも指摘できる。以上のことは、これまでの教育の在り方そのものにかかわる大きな問題であり、教育行政を含めたすべての教育関係者は、これを真摯(し)に受け止めなければならない。

○ このような認識の下に、平成12年3月には内閣総理大臣の下に教育改革国民会議が設置され、9か月間の審議を経て、同年12月に最終報告がまとめられた。その中では、15の具体的施策と並んで、教育振興基本計画の策定と教育基本法の見直しの必要性が提言され、本審議会の審議に引き継がれている。

○ 世界の潮流を見ると、物質的に豊かになるにつれて、青少年の非行や犯罪の増加など教育面での困難な状況が生じるという現象は、多くの国に共通している。また、経済面での国際競争の激化、情報革命の進展、知識社会の到来といった大きな変化の中で、教育が国民の未来や国の行く末を左右する重要課題と認識されるようになってきている。これらを背景に、各国において「国家戦略としての教育改革」が急速に進行している。さらに、地球的規模での調和ある発展の観点から、持続可能な開発の実現や発展途上国の自立の支援のためにも教育は重要な戦略となっている。

○ 国民一人一人の自己実現、幸福の追求と我が国の理想、繁栄の実現を期してたのむべきは、今も教育の力をおいてほかにない。このままでは我が国が立ち行かなくなるとの危機感を持って、教育の在り方を根本にまでさかのぼって見直していかなければならない。

2.21世紀の教育が目指すもの

 教育の在り方を根本にまでさかのぼって見直し、新しい時代の教育が目指すべき目標を考えるに当たっては、次代に継承すべき価値のあるものと時代の変化とともに変えていく必要のあるものについて十分検討しなければならない。前者を軽視すれば、教育は一貫性のない場当たり的な営みに終始し、次世代へ受け継がせるべき優れた伝統や文化を失うことに、また、後者を軽視すれば、硬直した画一的な教育が個人や社会の活力を衰退させることとにもなりかねない。

(1)教育の役割と継承すべき価値

 教育には、人格の完成を目指すという目的の下、個人の能力を伸長し、自立した人間を育てるという役割と、国家や社会の構成員として有為な国民を育成するという役割があり、これらは、これからの時代においても引き続き変わらないものと考える。また、個人の尊重、自律心、義務をしっかり果たそうとする責任感、他人を思いやる心、公共の精神、規範意識、伝統や文化を大切にする心、幅広い教養や健やかな体などの豊かな人間性は、次代に伝えていくべき価値あることであり、これからの教育においても大切にはぐくんでいかなければならないものである。このような教育の役割と継承すべき価値は、21世紀の教育においても、しっかりと踏まえていかなければならない。

(2)歴史的変動の時代への挑戦

 一方、これからの教育には、我が国内外で進行する大変革の波に挑み、歴史的変動の時代を切り拓いていく日本人を育成することが求められる。新しい時代を展望する際、少子高齢化の進展のように変化の方向性がほぼ確実に予測できるものもあれば、国民意識のように様々な変動要因があり変化の方向性の予測が容易ではないものもあるが、新しい時代の教育を考える上で重視すべき時代の潮流は次のとおりである。

1.少子高齢化社会の進行と家族・地域の変容

○ 我が国社会では、晩婚化、子どもを産み育てることに対する意識の変化、子どもを産み育てにくい様々な社会的条件などを背景に少子化が進行する一方、国民の平均寿命の伸長により今や人生80年時代の長寿社会を達成している。今後とも、我が国の人口構造は急速に少子高齢化の度合いを強めつつ、総人口は極めて近い将来に減少期に転じると見込まれている。

○ 50年後には、小・中学生数がピーク時の約3分の1になると予測される児童生徒数の大幅な減少は、学校教育全体に大きな影響を与えることとなる。初等中等教育段階では、学校数や教員需要の減少に伴う、学校の適正配置、教員の養成・採用・研修、教職員配置の在り方の見直しや、少人数指導の効果的な方法の開発、学校外の人材の活用など、高等教育段階では、国立大学の再編と法人化への移行準備が進む中、進学希望者が全員入学可能な時代の到来に対応した大学の個性化・多様化や教育内容・方法の抜本的見直し、経営の合理化などの少子化時代に対応した教育システムの構築が極めて重要である。

○ また、少子化とともに、親のライフスタイルや職業生活の多様化が進む中で、親の子どもに対する過保護、過干渉や親子の触れ合いの欠如による家族内の孤独化といった家庭教育の機能の低下が顕在化している。地域においても、人間関係の希薄化が進行する中で、友達や異年齢集団の中での豊かな遊びや切磋(せっさ)琢磨(たくま)の機会が減少し、大人も他人の子どもに積極的にかかわろうとしないといった地域の教育機能の低下の問題が一層深刻化すると考えられる。

○ さらに、高齢化の進展の中で社会の活力を維持するためには、高齢者が生涯にわたり健康を保ち、有する能力や知恵を発揮し、生きがいある長寿を楽しむことができる社会の形成に資する教育システムを再構築することが極めて重要である。

2.高度情報化の進展と知識社会への移行

○ 21世紀には、情報通信技術が一層の発展と高度化を遂げ、インターネットその他の高度情報通信ネットワークの発達により、世界中でだれもが多様な知識や情報を瞬時のうちに入手し、発信し、交換することが可能となる。また、様々な情報や知識がだれにとっても身近なものになっていくと同時に、高い付加価値性を帯びた知的サービスが社会において果たす役割も一層重要性を増すものと考えられる。このような中で、専門性の高い多様な知識や情報が社会を動かす原動力となる「知識社会」化が一層進行すると考えられる。これは、あらゆる職業生活が新たな知識や技術の習得の必要度を高めるという意味で、国民全体にかかわる変化である。そのため、「知識社会」においては、個人にとっては知識や技能の習得が就労機会の確保やキャリア・アップの重要な要因になるとともに、社会にとっても新たな知識や情報技術の活用が新規産業の創出や既存産業の効率化など産業の発展をもたらす重要な契機となる。

○ 「知識社会」においては、まず、国民一人一人が基礎・基本をしっかりと身に付けることが何よりも重要であり、単なる学校歴ではない、学習により実際に身に付けた能力が従前にも増して重視される。しかしながら、いかなる知識や技能も陳腐化を免れないことから、いったん社会人となった後にも大学院等で最先端の高度な知識を学ぶことなどにより、常に自らの知識や技能を、より広め、深めていくことが求められる。

○ コンピュータなどの情報通信機器を使う技能の習得と併せ、情報の収集や活用の能力を身に付けること、著作権についての理解を深めること、他人のプライバシーや自己情報の安全保護(セキュリティ)などに関する情報モラルを育成することは、知識社会における基礎・基本の一つである。

○ なお、このように「知識社会」化が進行し、それとともに生涯学習機会が充実していくことは、職業人のさらなるキャリア・アップを促進する効果を持つとともに、子どもの養育や親の介護などでいったんは職業から離れた人々や退職後の高齢者等にとっても自らの能力を社会において発揮する更なる機会を獲得する可能性を高めることにもつながっていくものである。

3.産業・就業構造の変貌

○ バブル経済の崩壊以降、我が国経済が長期の低迷を続ける中で、我が国の産業・就業構造も急速な変貌(ぼう)を遂げている。多くの企業が生き残りを懸けて、経営の合理化と事業の再編成を目指す企業再構築(リストラクチャリング)を推し進める中で、年功賃金や終身雇用など従来型の日本的雇用慣行は揺らぎ、また、即戦力となる専門知識や技能を持つ人材を求める傾向が強まり、従来型の新卒一括採用制度も変わり始めている。

○ このような趨(すう)勢の中で、多くの中・高年齢者が離職を余儀なくされ、特に高校新卒者の就職が極めて難しい状況となっている。また、求職者側と求人側の希望や条件が一致しないことから生じる雇用の不一致(ミスマッチ)の状況が顕在化している。さらに、「生きがい」と「働きがい」を一致させようとする若者の意識と企業の意識との乖(かい)離や就業意識の希薄化などによるフリーターの問題も顕在化してきている。

○ 我が国経済の低迷は、高度情報化の進展、知識社会への移行やグローバル化の進展の中で、経済・産業の新たな在り方を求めて模索する過程とも言える。就業構造は、少子高齢化社会の進展がもたらす労働人口の年齢構成の変動などにも影響を受けつつ、今後とも大きく変貌(ぼう)を遂げていくものと予測される。

○ このような流れの中で、これからの教育には、職業や実際生活との関連をより一層重視していくことや、大学院等で専門的職業にかかる学習機会の充実を図ることなどの取組が一層求められるようになると考えられる。

4.グローバル化の進展

○ 交通手段、情報通信技術の発展や、規制緩和の推進などにより、経済をはじめとする人間の諸活動が短時間で国境を越え世界中を移動するグローバル化は、今後もその潮流を一層強めていくものと考えられる。このことは、経済のみならず、学術、文化、芸術、スポーツなど幅広い分野で、だれもが世界において活躍できる可能性が広がることとともに、共通のルールの下で自由な競争が促進され、地球的規模での大競争が一層進展していくことを意味する。このため、我が国社会にとっても、国際競争力の基盤である国民全体の教育水準の一層の向上を図るとともに、大学の国際競争力を高め、21世紀の「知」の大競争時代に積極的に挑戦し、これをリードし、国際的にも貢献できる人材を育てていくことがますます重要になってくる。

○ 一方、グローバル化が進展していく中で、民族、宗教、文化の違いに根ざした様々な問題が顕在化している今日、国家間の友好関係を強化し、信頼を醸成していく国際協調の必要性も増大している。このため、民族、宗教、文化の多様性を再認識し、異なる文化を理解し、尊重する精神を涵(かん)養すること、地域社会の中で他国の人々と共生していくことの重要性も高まっている。このことは同時に、自らのアイデンティティをいかにしっかり持つかという課題が課されることでもある。また、グローバル化の影の部分として、国際社会の中で貧富の格差が拡大するのではないかとの懸念もあるところであり、相互依存をますます深める国際社会の中で、格差問題や、環境・エネルギー問題、人口・食料問題など、今後一層顕在化する国際的な課題の解決のために人類の英知の結集を行う必要性も増大していくものと考えられる。

○ さらに、我が国が大競争時代を生き抜くためには、社会全体が何度でもチャレンジでき、何度でもやり直しができる柔らかいシステムに移行していくことが重要であり、教育においてもこれを支援するため、繰り返し学べる、柔らかい、開かれたシステムづくりを進めることが急務となる。

5.科学技術の進歩と地球環境問題の深刻化

○ 科学技術の進歩は、人々に生活の便利さや豊かさをもたらし、産業や社会の発展の原動力となるものである。それゆえ、主要先進諸国では、科学技術の重点化や競争力の強化を図っているところであり、我が国としても、科学技術を重要な国家戦略と位置付け、独創的・先駆的領域の形成を図るなど、科学技術の発展を促していくことが極めて重要な課題となってきている。一方、生命科学(ライフサイエンス)の進展により、新たに、これまでの社会が想定していなかった生命倫理の問題が提起されるなど、科学技術の進歩と他の諸価値との適切な調和を図ることは今後ますます重要になると考えられる。

○ また、高度に産業化された人間の諸活動は、地球環境にも影響を与えるほど大規模なものとなった。資源の有限性や環境の制約性に対する国際社会の認識も高まる中、地球環境の変化がもたらす人類規模の課題が深刻になるにつれ、その解決のために、科学技術の持つ創造力への期待が一層高まるであろう。さらに、自然と共生する生活スタイルや社会を構築するために、あらゆる世代が地球環境問題について正しい理解を深め、責任を持って環境を守る行動がとれるようにすることが、ますます重要になっていくものと考えられる。

6.国民意識の変容

○ 我が国が世界有数の経済的な豊かさを達成してきた過程においては、同時に国民の価値観の多様化、相対化が進行し、また、国民の間には自信喪失感や夢や希望を抱けない閉塞(そく)感も生じつつある。フリーターの増大の背景には、勤労に対する意識の低下がある。現在頻発している政治、行政、企業にかかわる不祥事件の背景には、倫理観や社会的使命感の喪失があり、こうした不祥事件が更に国民の正義、公正、安全などへの信頼を蝕(むしば)み、国民全体のモラルの低下を加速させている。さらに、現在の社会を築いた世代に対する若年層の尊敬の意識が薄れたり、世代を超えて価値観を共有できなくなる傾向が見られる。教育の原点である家庭や地域の教育機能の衰退ともあいまって、国民の社会への帰属意識が希薄化し、社会の責任ある構成員であるべき個人が社会に背を向け、基本的なモラルや社会規範を軽視したり、自らの殻の中に閉じこもるなどの現象が進行することになれば、共同体としての我が国社会にとって重大な問題が生じることになる。さらに、多くの国民が社会の風潮に無批判に流されるような事態も、健全な社会の発展のためにならない。

○ 国民意識の変容には、このように憂慮すべきものもあるが、より成熟した社会へ移行していく中で、物質的な豊かさよりも心の豊かさを求めたいとする国民の意識は高くなっている。また近年、個人や団体が地域社会で行うボランティア活動などのように、互いに支え合う互恵の精神に基づき、利潤追求を目的とせず社会的課題の解決に貢献する、従来の「官」と「民」という二分法ではとらえきれない活動が広がりを見せていることは、注目に値する。

○ 最後に、大競争時代の社会は、だれもが自らの意欲と向上心により能力を伸ばしたり自己実現を図るチャンスをもたらすものであるが、決して競争に勝ち抜くことだけが是とされるものであってはならない。歴史的変動の時代の主人公として自ら考え行動する確固たる自己を磨き、困難にも立ち向かうたくましさをはぐくみながら、同時に、他者に対する思いやり、他者の痛みを理解する温かい心、美しいものに感動する心などの豊かな心を涵(かん)養し、家族との団らん、趣味、スポーツなどを楽しむ時間も大切にするなど、かけがえのない自分の人生をより豊かにしようとする心のゆとりを大切にしなければならない。

(3)これからの教育の目標

○ これからの我が国の教育の目標は、教育の役割と継承すべき価値を再認識しつつ、これからの時代の大きな潮流を踏まえた上で、21世紀の我が国を担う日本人に必要な資質は何か、今後、どのような日本人を育成すべきかという観点から検討する必要がある。本審議会としては、「21世紀を切り拓(ひら)く心豊かでたくましい日本人の育成」を目指し、具体的には以下の1~5をこれからの我が国の教育の目標と位置付けるべきと考える。

1.自己実現を目指す自立した人間の育成

○ すべての人間は、一人一人が尊厳ある存在であり、自由と責任の自覚の下に、自立し生涯にわたって成長を遂げていくことが何よりも肝要である。また、すべての人間には、自分だけのかけがえのない個性があり、その個性を最大限に生かし能力を伸ばすことは、極めて重要である。これからの教育は、個人一人一人の人間としてのかけがえのない価値を尊重し、個人の能力を最大限に引き出すことを重視し、個人一人一人が生涯にわたって自らの能力を高め、あるいは自らの得意とする分野にその才能を伸ばし、自己実現を目指そうとする意欲、態度や自発的精神を育成することが大切である。

○ このような取組が、自ら考え行動するたくましい日本人の育成につながり、それによって、活力ある社会が実現できるのである。

2.豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成

○ これからの教育においては、豊かな心をはぐくむことを人間の生き方の基本として一層重視していく必要がある。特に、自己とのかかわりでは、自律心、誠実さ、責任感、倫理観など、他者とのかかわりでは、感謝や思いやりの心、他者の痛みを理解する心や礼儀など、社会とのかかわりでは、勤労の大切さや公正さなど、自然や崇高なものとのかかわりでは、自然を愛する心、美しいものに感動する心、生命を大切にする心、人間の力を超えたものに対する畏(い)敬の念などをはぐくむことが重要である。一方、個人が人生80年時代の長寿社会の中で、生涯にわたって生き生きとした人生を送る上で、健康の保持や健やかな体づくりの重要性はますます高まっており、これからの教育においては、健やかな体をはぐくむこともまた一層重視していく必要がある。

○ このような観点から今後求められる重要な資質には、他者を思いやる心や美しいものに感動する心、自然を愛する心、倫理観などがある。また、子どもの体力が低下傾向にある中で、生涯にわたって積極的に運動に親しむ意欲や習慣の涵(かん)養も重要である。そして、このような資質の育成を重視することが、個人の健全な心身の発達を促すとともに、人に優しい心豊かな社会を実現することにつながる。

3.「知」の世紀をリードする創造性に富んだ人間の育成

○ 21世紀は「知」の世紀とも言われる。新たな「知」が国や社会の発展と成熟を支える「知」の大競争時代において、我が国の繁栄を確保していくためには、高度成長期には有効であった画一的な教育を変革し、基礎・基本を習得し、それを基に、探究心、発想力や創造力を伸ばし、「知」の世紀をリードしていく人間を育成する教育を一層重視する必要がある。「知」は進化し続けて止まない。このため、これからの教育には、教育内容の不断の見直しや新たな教授方法の開発が要請されるとともに、世界水準の知識・技能や高度な専門性を身に付けるための多様な学習機会の提供が求められる。とりわけ、大学の教育研究機能を飛躍的に高めていくことが極めて重要となる。このようにして、「知」を愛し、「知」の創造を推進する人材が育っていく中で、未来の扉を開くかぎとなる独創的な学術研究や科学技術も数多く花開いていくことになる。

○ このような観点から、今後求められる重要な資質には、創造性、チャレンジ精神の涵(かん)養、リーダーシップの育成、そして世界水準の知識・技能などがあると考えられる。そして、このような資質の育成を重視することが、我が国の国際競争力と知的発信力の飛躍的向上につながる。

4.新しい「公共」を創造し、21世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成

○ 教育は、国家、社会の形成者としての国民を育成するという重要な機能を担っている。国民にとっての国家や社会の在り方は、変更ができない所与のものではなく、その構成員である国民の意思によってより良いものに変わり得るものである。国民は、現在ある国家、社会の在り方に消極的に順応せざるを得ない存在ではなく、より良い国づくり地域づくりのために主体的、積極的に参画することを求められている存在なのである。しかしながら、これまで日本人は、ややもすると国や社会はだれかが作ってくれるものという意識が強く、自分自身の問題として考え、そのために積極的に行動するという努力を怠りがちであった。

○ 国民の主体的な参画に支えられたより良い国づくり地域づくりを推進していくためには、もとより国民一人一人の自覚と行動が極めて重要である。そのためには、現在問題となっている社会全体のモラルの低下、公徳心、公共心、規範意識の欠如などの問題を揺るがせにすることはできない。また、互いに支え合い協力し合う互恵の精神に基づき、より身近には地域社会の生活環境の改善や、より広くは地球環境問題など国際社会が直面する様々な課題の解決に積極的に貢献しようとする、言わば新しい「公共」とでもいうべき観点に立って、ボランティア活動などに主体的に取り組もうとする国民の意識は高まりを見せている。このような、個人一人一人の主体的な意志により対価を目的とせずに自分の能力や経験や時間を他人や地域や社会のために役立てようとする自発的な活動への参加意識は、今後是非とも加速する必要がある。

○ このような観点から、今後求められる重要な資質には、自らが国づくり、地域づくりの主体であるという自覚と行動、社会悪に敢然と立ち向かう勇気、公共の精神、社会規範の尊重、我が国の伝統・文化の理解と尊重、郷土や国を愛する心、などがある。そして、このような資質の育成を重視することが、我が国が健全かつ持続的に発展するための基盤を構築することになる。

5.国際社会を生きる教養ある日本人の育成

○ 国際社会は、グローバル化が一層進展する中、様々な摩擦や対立を引き起こしながらも相互依存を深めている。我が国もこのような国際社会の重要な一員であり、我が国の今後の教育の在り方を考える上でも、国際社会を生きる日本人という観点は極めて重要である。自分たちとは異なる文化や歴史に立脚する人々と共生していくためには、豊かな教養を身に付けるとともに、自国のみならず諸外国の文化をも大切にする姿勢が重要である。環境・エネルギー問題、人口・食料問題といった地球的規模の問題など人類が直面する大きな課題の解決に向けて人類の英知を結集することが求められており、こうした問題について正しい理解を深め、世界の人々と共に考え、解決のための取組へ積極的に参画することを通じて国際社会に貢献することが重要である。したがって、これからの教育は、広く国際社会を相手に対話し行動できる能力の育成を重視し、世界を舞台に活躍する教養ある日本人の育成を目指していくことが重要である。

○ このような観点から、今後求められる重要な資質には、国際社会の一員としての自覚、豊かな教養、他国の異なる文化を理解し尊重する精神、日本人としてのアイデンティティ、外国語によるコミュニケーション能力などがある。そして、このような資質の育成を重視することが、国際社会から信頼され、尊敬される日本を実現することにつながる。

(4)目標実現のための課題

○ これからの教育の目標を上記のように新たに定め、その実現を図っていくためには、学校教育をはじめとする教育の諸制度や諸施策についても根本にまでさかのぼって見直すとともに、具体の施策を総合的、体系的に位置付ける教育振興基本計画の策定によって、実効性のある教育改革を進めていかなければならない。また、教育に対する国民一人一人の意識改革も重要である。
 あわせて、教育は未来への先行投資であり、これからの教育の目標を実現するためには、教育投資を惜しまず必要な施策を果断に実行していく必要がある。現下の国・地方の厳しい財政状況の下で、教育投資の充実を図っていくためには、投資の重点化・効率化、厳格な政策評価とその結果の反映に留意しつつ、積極的な情報公開に努め、幅広く国民の支持を得ることが重要である。

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