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【参考】我が国の大学における教養教育について

 我が国の大学における教養教育は、戦後、米国の大学のリベラルアーツ教育をモデルに一般教育として始まった。新制大学は、一般的、人間的教養の基盤の上に、学問研究と職業人養成を一体化しようとする理念を掲げており、このため、一般教育を重視して、人文・社会・自然の諸科学にわたり豊かな教養と広い識見を備えた人材を育成することが目指されたものである。

 こうして出発した一般教育であったが、その実施の過程で、次のような幾つかの問題も生じた。

(1)各大学において、少人数教育や学生と教員の密接な交流などの全人的な教育を可能とするための教員数や施設などの条件整備が十分でなく、多くの場合、実際の授業は、一般教育の理念・目標と乖離したものになってしまったこと

(2)一般教育を担当する組織や教員に、その理念が必ずしも浸透しておらず、学生にとっては一般教育の内容が高等学校教育の焼き直しに映る一方、教員の側にも一般教育の意義や目的が不明確であり、また、専門学部との連携協力も不十分であったこと

(3)昭和31年から平成3年までの大学設置基準においては、人文科学、社会科学、自然科学、外国語、保健体育などの授業科目の区分や履修単位などが一律に定められており、進学率の上昇に伴い多様化した大学の実態に適合していなかったこと

 こうした問題点を踏まえ、平成3年に大学設置基準が大綱化され、授業科目の区分やこれに応じた卒業要件単位数の定めなどの取り扱いを弾力化し、これらを各大学の自主的な取組にゆだねることとなった。これは、「学問のすそ野を広げ、様々な角度から物事を見ることができる能力や、自主的・総合的に考え、的確に判断する能力、豊かな人間性を養い、自分の知識や人生を社会との関係で位置付けることのできる人材を育てる」という教養教育の理念・目的を、一般教育科目だけでなく、広く大学教育全体を通じて実現することを目指すものであった。

 また、大学の多様化が進み、大学により教育理念や教育研究環境が大きく異なる中で、教養教育の在り方を一律に縛るのには限界があり、大学設置基準の大綱化により各大学における自主的な改革の取組を促すことを通じて、教養教育の改善を図ろうとするものであった。

 大学設置基準の大綱化は、各大学における教養教育の改革の取組を促し、多くの大学において、「くさび型」のカリキュラム(※用語解説参照)編成等教養教育と専門教育の一貫教育の実施、特色ある授業科目の導入、選択幅の拡大などのカリキュラム改革が進むとともに、セメスター制(※用語解説参照)の導入や学生による授業評価等を通じた指導方法の改善等に取り組む大学が増加した。さらに、平成11年の大学設置基準の改正において、各大学の自己点検・評価が義務づけられるとともに、履修科目登録単位数の上限の設定、教育内容等の改善のための教員の組織的研修等(ファカルティ・ディベロップメント)の努力義務化等が行われた。

 また、教養教育の実施体制については、大学設置基準の大綱化に伴い国立大学を中心に教養部が改組され、多くの場合、全学共通の実施組織が設けられ、全学部の代表からなる委員会の下で学部に所属する教員が授業を担当するようになった。

 このように、大学設置基準の大綱化及びその後の改正を踏まえて、多くの大学で教養教育の改革が行われたが、一方で、次のような課題を抱えることとなった。

(1)教養教育の位置付けをあいまいにしたまま、教養教育に関するカリキュラムを安易に削減した大学が存在すること

(2)教養教育に対する個々の教員の意識改革が十分に進んでおらず、ややもすれば専門教育が重要で教養教育を面倒な義務と考える教員が存在すること、また、教養教育を担当する教員が積極的に取り組むインセンティブが不十分なため、具体的な教育方法や内容の改善が進まないこと

(3)教養部に代わって設置された教養教育の実施組織の学内での責任体制が明確でなく、その結果、教養教育の改善が全学的取組となっていないこと

(4)学生の側に、教養教育を含め学部4年間の教育に対する目的意識が明確でなく、教養教育に熱心に取り組む意欲が乏しいこと

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生涯学習政策局政策課

-- 登録:平成21年以前 --