| ○ |
ずいぶん工夫していただいたと思う。気づいた点として、新しい「公共」は括弧をつけてわかりやすくなったが、「滅私奉公」でもなく「滅公奉私」でもないことが新しい「公共」だと思うので、その種のニュアンスを入れられないか。例えば、15頁上に、「ここでいう新しい公共とは、『私』と『公』の新しい関係の在り方である。『私』が『公』に全面的に奉仕することでもなく、また、『公』を『私』のために利用したり、『公』のことを一切考えることなく『私』のみを追求することでもない。」という趣旨のことを追加してはどうか。
新しい「公共」は1つの目玉。15頁にこれが加わった上であれば、18頁の記述が誤解されないで済む。人間は社会的動物であり個人の利己的欲求だけでは生きられないという、戦後50年忘れられがちだったことは大切であるが、そのために「個」と「私」がなくなるという誤解は避けたい。。 |
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| ○ |
基本法の普遍的な理念は変えずに、追加した方がよい部分があるために見直しをするという考えには賛同するが、社会のいろいろな問題をすべて教育の責任に帰するべきではない。その趣旨を序章か「はじめに」に入れてはどうか。
また、基本法は理念法であり、書き込めることには限界がある。具体の対応として、施策に関することは基本計画に書くことになる。現行の基本法は義務教育中心であるが、今日では、高等教育や地域、家庭、生涯学習など、教育の場も広がってきている。教育理念の範囲、概念が広がったということが、基本法の追加・見直しが必要という理由であろう。
基本計画の記述の部分では、第1章・第2章で重視されている地域、家庭における教育に対する取り組みが十分でなく、学校教育中心の施策となっている。基本法では地域・家庭の役割を広げて書いているのに、計画には書かれていない。さらに、政府全体として教育振興基本計画を持つということは、文科省だけでなく、他省や地方公共団体にまたがる施策も盛り込むということ。そういう枠組みになっているという説明を第3章の中にもっと書いた方がいい。 |
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| ○ |
鳥居部会長 前回の議論である程度話し合われている点であるが、現行基本法は、理念法的性格を持っているが、理念を述べると自動的に実定法的な内容にも触れることになる。例えば、6条の学校教育のところは、基本法で決めざるを得ない内容であるが、理念的な面とともに設置者に関する規定など実定法的な面が出てくることは避けられない。そういうものでよいかという確認を前回部会でしているので、そこはご理解いただきたい。 |
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| ○ |
事務局 第2章の19〜20頁の(2)教育基本法見直しによる教育改革の推進の部分に、委員の御意見の趣旨について少し整理している。 |
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| ○ |
教育と学習をどう関連づけていくか。基本法で生涯学習のことも触れれば、教育の枠外の学習のことも出てくる。例えば、生涯学習行政では、他省庁や地方にも協力を求めている。生涯学習社会の中で教育の中に収まらない事柄についても検討が必要であるということは、実際の計画策定の段階で考えなければいけないことだが、今の段階で出さないと誤解を招くので、中間報告の生涯学習の部分で触れておくとよい。 |
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| ○ |
鳥居部会長 教育が果たすべき役割の整理がどこかで必要だろう。私が以前述べたが、 訓育、 才能の開発、 学習の支援、 個人の独立を生涯にわたって可能にすること、 社会に出ていくことの支援の5点は、広い意味での社会が行うべき教育であるが、今までの議論はそれが当然のこととして理解されているという前提であろう。しかし、国によっては、教育に関する学校・社会の役割を法律に明記している国もある。今日の案は、基本法に明記するよりは、基本法と基本計画で分担している形になっている。 |
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| ○ |
事務局 基本計画についての政府全体の取り組みについては、36頁上に記述があるように、答申後、関係分科会で並行して審議してもらう予定。同時に、文部科学省として、他省庁の施策もリンクさせつつ、法制定後には取りまとめた計画全体を閣議決定して、政府として推進していくことになる。 |
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| ○ |
基本計画ではきちんと計量的・数量的議論をして実効性のあるものにしてほしい。
6頁上の記述中、不登校以外に、中途退学者は10万人以上おり、1000人くらいの学校100校分くらいの生徒が退学するということ。大きな問題であり、言及すべき。
27頁の「教員等」のところと38頁の「優れた教員の養成・確保」のところ、学校は教員だけで成り立つのではなく、事務職員、栄養職員や現業職員が使命感を持って働いてくれないと学校はうまくいかない。また、38頁の教員養成・地位向上のところの最初のパラグラフに、事務職員、栄養職員についても同様に入れてほしい。○の「使命感」ところにも、これらの職員の専門性の向上について入れてほしい。
教員養成について、今は大卒中心だが、より高いレベルの基礎的な専門性を身につけるべき。マスターやドクターにももっと、道を開くべき。また、不適格教員といった悪い教員をどうするかということばかりに焦点を当てるのではなく、いい教員をどう作るかの視点をもう少し補強してほしい。 |
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| ○ |
鳥居部会長 不登校10万人以上というのは見過ごせない大きな問題。34頁の政策目標に、いじめ、暴力行為に並んで中途退学を加えることについては検討する。 |
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| ○ |
序章の冒頭について。国民会議には「教育が危機に瀕している」という認識はあったが、基本法の見直しで全てが解決するとは考えていなかった。あくまで17の提言の1つであった、ということ。この書きぶりは国民会議最終報告の意図が十分反映されていない。基本法の見直しについても、「新しい時代に生きる日本人の育成」「教育振興基本計画の策定」だけでなく、色々な提言が行われている。書きぶりを変えた方が良い。 |
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| ○ |
先ほど委員が述べた件は私も以前に述べたが、無視されている。教員については、特に国立大学では、教員以外の職員の方が多いわけで、これらの職員にも十分使命感を持ってもらうことが大事。基本法の方には「教職員」として、基本計画には文章として入れればよい。
5頁の「明治以降の追いつき型教育」、9頁の「追いつき追い越せ型経済発展」、14頁の「高度成長期には友好であった画一的な追いつき方教育」、17頁の「これまでの教育」など、いろいろな表現がある。「追いつき」は明治以降か、戦後か、高度成長期なのか、整理すべき。
3頁の「よき社会はよき教育によって作られる」、7頁の「たのむべきは教育の力」、4頁の「今、これらに匹敵する教育改革を実現すべき時が来ている」について、少し気負いすぎなのではないか。よき教育はよき社会によって作られるということもあり、むしろそちらの方が大きい。国の繁栄のためというのなら、たのむべきは、むしろ、技術や経済であり、教育は 要素の一つ にすぎない。
第三の教育改革ということについては、31年前の中教審でも臨教審でも言われたが、一向にそうなってはいない。第一、第二の教育改革は、明治維新や敗戦という歴史的変革があったからこそ変革と言われるのであり、平時においてこれに匹敵するような改革が可能なのか。記述が強すぎると思う。 |
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| ○ |
鳥居部会長 委員の最初の御意見は、何回もいただいていることなので、何らかの形で反映できるよう検討する。
5頁の「…深刻な教育荒廃をもたらしており」は、確かに主語がわからない。文全体の主語は臨教審だが、わかりにくいので、考える必要がある。
9頁については、何を言いたいのか整理が必要である。自分が考えるに、我々はこれまで一貫して経済発展追求の努力をしてきたが、その中で少子高齢化などの社会変化が起こってきているので、その変化に対応した教育の見直しを行わなければならない、ということ。文章を整理する。 |
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| ○ |
経済の在り方と教育の在り方はパラレルなものである。その間の調整を検討する必要がある。 |
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| ○ |
鳥居部会長 個人的意見だが、教育改革には2種類あって、一つは、レーガン元大統領やサッチャー元首相の行った教育改革のように、世の中が変わったときに教育がそれにキャッチアップするための改革、もう一つは、明治初頭の学制や戦後の教育基本法制定などのように、先を読みながら時代をリードするための改革である。今、その両方が必要なのだ、というニュアンスが滲み出るようにしたい。 |
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| ○ |
教育が社会を作る、社会が教育を作るの両方がある。 |
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| ○ |
教育は弱い立場にある。しかし、教育を第4権として独立させるべきという意見もあり、教育をもっと大事にしようという社会の雰囲気を大事にしたい。日本は教育以外の資源がない。このことをどこかに滲ませてほしい。 |
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| ○ |
22頁の( )〜( )について。教育には、personalization, socializationの2つが必要であるが、どうしても教育について語られるときには、能力の伸長にしても訓育にしてもsocializationからになってしまう。( )は両方の面が入っている。その次は、( )personalization、( )socializationという割り振りを明確にするといい。個人的な案としては、( )は「個人の自己実現と個性・能力の伸長、創造性の涵養」にして(その中に努力や向上心が含まれる。)、「教育においては、国民一人一人は自らの生を自覚し、向上心を持ち、個性に応じて自己の能力を最大限伸ばしていくことが重要であり、このような一人一人の自己実現を尊重することを明確にする必要がある。」ではどうか。( )は、第2文と第3文のつながりが悪いので、間に「しかし今や、子供の生育環境から自然が失われつつある。」のようなことを挿入して環境保全につなげてはどうか。( )は、タイトルが長いので、「…「公共」の精神、規範意識、使命感」の3つくらいにしてはどうか。道徳心と倫理観と規範意識はどう違うのかという議論にも成りかねない。本文の中では多少羅列しても構わないが。
35頁のいちばん最後の○で家庭教育とボランティアが一緒になっているが、これは分けるべきではないか。第2章では、家庭教育を独立させて書き込んである。 |
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| ○ |
先ほどの2頁の最初だが、修文案を考えてみた。「内閣総理大臣の下に設置された教育改革国民会議は、日本の教育は危機に瀕しているという認識の下に、人間性豊かな日本人の育成、一人一人の才能を伸ばし創造性に富む人間の育成、新しい時代にふさわしい学校作りなどの、国民的運動としての教育改革の必要性を訴え、17の提案をした。その中の2つとして、教育政策の総合的推進のための教育基本計画の作成及び新しい時代にふさわしい基本法の見直しを提案した。基本法の見直しの観点として、以下の3点を提示した。」 |
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| ○ |
今の委員の修文に全面的に賛成。国民会議全体の趣旨・主張の性格の中に基本法を位置付けた方がいい。 |
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| ○ |
17という具体的な数は不要ではないか。 |
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| ○ |
基本法・基本計画は、国民会議の多くの提案の中の2つであるという意味。それから、国民運動としての教育改革、というところを強調したい。 |
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| ○ |
今の委員の意見には、自分が言いたかったことが反映されており、賛成する。
教育振興基本計画の位置付け・性格については、もう少し書き込むべきである。第3章では、それそれ基本的な施策の検討の方向の後に具体的政策の○がいくつか並べられているが、これにつきない部分があると思う。この部分があくまで例示であって、基本計画に盛り込むべきことは今後論議されていくという位置付けが必要。
前回も他の委員から財政の裏付けという意見が出たが、財政のことは、考え方を示す役割のこの答申に書き込むよりも、今後検討した上で、国の財政全体の中で初めて出てくるべきことではないか。そこまでの検討プロセスとこの答申の位置付けをクリアにすべき。例えば、34頁・35頁に数値目標的なものが書かれているが、前回の報告案から落ちているものもあるので、あくまでも例示であるということ。
第2章で地域・家庭については幅広に述べているが、これは働き過ぎや時短などにも関わり、厚生労働省、社会、企業が考えるべきこともでてくる。検討すべきことはたくさんあって、今後他省庁を含め国全体で考えていくべき、ということを書いてほしい。
38頁、「新たな教員の評価システム」とは何を指しているのか。給与の見直しは、人事制度と表裏一体であって、ここでの書き方は適当ではない。評価・人事は重要なポイントである。今までも議論されてきたことだが、給与に評価を結び付けるのであれば、教員の職務として期待されることをはじめに明確にすべき。ここでの評価の対象として念頭に置いているのが不適格教員であるのなら、それは人事ではなくて勤怠管理や学校マネジメントの問題である。評価システムが何であるのか曖昧なのはよくない。
37頁の「柔軟な学校システム」。インターナショナルスクールの位置付けをどうするか。また、スポーツクラブで学校の体育の単位を取るなどのことも含まれるのではないか。検討の方向性がはっきりした方がいい。 |
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| ○ |
鳥居部会長 補足説明しておくと、中教審の分科会には省庁再編前には独立した審議会だったものがあり、今指摘していただいた問題点について、それらの分科会で既に答申を出しているものもある。例えば、大学の教員評価、自己点検、第3者評価の制度化については大学分科会で答申を出しているので、それを更に推進するために今回の中間報告・答申で議論の鍵になるものを置いて、その後また大学分科会で審議し、最終的に基本計画に盛り込む、ということになる。初中分科会でも、教員免許の取り消しについて答申を出している。
新しいタイプの学校については、中間報告の中に例示が色々出ていると思う。インターナショナルスクールにも触れているし、幼・小一貫や小・中一貫が問題としてあると思う。
勤怠管理その他のことについては、市町村では公務員124万人のうち教員が70万人、都道府県では公務員160万人のうち20万人が教員である。この問題は、公務員としての資格を持つ教員の問題として考える必要がある。 |
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| ○ |
現場で危惧しているのは、給与の問題である。国立大学の法人化に伴い、公立学校教員の給与決定基準がどうなるかという問題が生じるが、これは公務員制度、国立大学制度全体が今後どうなっていくのかということが分からないと展望が開けない問題であり、今の段階では、憶測に則って議論を進めることについての危惧がある。これについては2つの考え方がある。一つは、各地方で独自のシステムを構築するやり方で、もう一つは、国がナショナルミニマム、ナショナルスタンダードを設定するというやり方だ。これについては、具体化に当たってよく整理する必要がある。 |
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| ○ |
激しく変化する社会への対応ということでいうならば、教育や生涯学習の分野においてやるべきことは、「知識社会」(9頁)や「高度情報化社会」(10頁)に対応したコンテンツの充実であろう。金さえかければいいというものではないということを、基本計画において打ち出すため、たとえば35頁に「学校でのコンテンツづくり」、48頁に「学習資源の作成」を加えてはどうか。今、各地の自治体(例えば千葉県館山市)では、ポストIT講習の対応をにらんでお金をかけなくても地域でできることに取り組んでいる。社会変化への積極的な対応であって、教育にしかできないことを明らかにしていくべき。また、35頁の「基礎学力」は「基礎的な学力」とすべきだし、「人生観」に付けられている「確かな」という形容詞は冒頭に持っていくべき。 |
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| ○ |
鳥居部会長 世間に分かりやすくいうならば、「コンテンツ」というより「教材」とか「資源」とかいうのが適切。 |
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| ○ |
入れてほしい概念としては、36頁「柔軟な教育システム」のところに「やり直しのきく学校システム」を追加してほしい。また、37頁に「キャリア教育」という記述があるが、これはどの段階における取組で、そこで何をしようとしているのかがよく分からない。 |
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| ○ |
事務局 中学校や高校の進路指導、職業指導、職業につながっていく専門的知識の教授などを総合的に教えていくことを意味する。 |
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| ○ |
生涯学習の世界では、自分の体験をポートフォリオ化して、自分の将来のことを考える「生涯学習パスポート」の取組について調査しているところ。その中で、子どもと教員が頭を悩ませながら、進路を選び取っていくことが重要だと思う。 |
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| ○ |
「キャリアパス」と言う言葉のように、教育の場においてキャリアを教え込んでいくのかと思っていた。もし、その中身が先に述べたようなことであるならば、「キャリア教育」という言葉を使うのは不適切ではないか。 |
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| ○ |
事務局 小・中学校でやっているのは、職業を教え込むというより、職場体験など幅広い体験活動をさせて自らの将来の進路を考えさせること。 |
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| ○ |
教育の世界では、それら全てを含めて「キャリア教育」と称してきた。外国でもそういう意味で使われている。 |
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| ○ |
鳥居部会長 英・仏の教育法では、学校は職業選択を含めた個人の人生設計を支援する責務を持つ、ということが書いてある。日本では比較的そういうことをしてこなかったので、支援とは何かということについて考える必要があると思う。 |
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| ○ |
しかし、高校までの教育を考えたときに、ひとりでそこまで選んでいけるものか。社会や企業のサポートが必要であろう。主体的にという言葉はいいが、「選択・決定できるように」という表現は個人にとってやや重すぎないか。 |
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| ○ |
鳥居部会長 フランス法では、第1条に「生徒及び学生は、父母、教員、進路指導担当教員及び専門家の支援を受けて、自らの希望と能力に応じて、修学及び職業に関する進路計画を立案する」と書いている。学校は支援する側面を持つ、ということ。 |
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| ○ |
かつて「進路指導」と言っていたものを、先輩講演会やインターンシップ等を通じて、自分で様々な可能性を選択肢として考えるという意図から「キャリア教育」と呼ぶようになったのは20〜30年前のこと。 |
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| ○ |
現行法は初等中等教育中心であるという認識にたち、それを正すべく基本法を改正、と言っているが、そのわりには大学についての記述が乏しい。例えば「教員」についても初等中等教育段階の公立学校関係の記述がほとんどで、大学教員は流動化しか書いていないし、私立学校教員については全く触れられていない。改正の必要性として「高等教育」についての記述不足をあげるのなら、もっと書き込んでいくべきだ。 |
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| ○ |
この前も高等教育について質問をして、この次までに考えると言われたが、この中間報告案にがどう反映されているかよくわからない。
例えば、第3章部分の35頁、上から6つ目の○について。教員の流動性の向上やインブリーディングの抑制は重要だが、それだけで世界に通用する大学が作れるとは思えない。これだけが取り出されているというのは、簡単にできることだけを抜き書きしている感じがある。教育振興基本計画は初めて作成するのだから、例え困難なものであってもヴィジョンの見えるものを出す必要があると思う。この前もそういうニュアンスで質問をした。この前の質問は大学院生に関してだったが、これは、高齢化が進んで日本の人口が減るときに外国にどこまで門戸を開くのか、ということに関わる教育政策である。アメリカでは、世界中からトップレベルの人材を大学院に呼び寄せる努力をしている。その人たちは、ちゃんとポジションを得ることができるなど、居心地がいいからアメリカに定着する。そこまでを日本は考えるのか、考えないのか。ただ単に留学生1万人計画を立てて、その人数が達成できた、できないで終わるのか。そういうもっと根幹に関わる事を議論した上での基本計画ではないのか。大学の流動性の向上だけで全体が変わるとは思わない。それが、もっと奥にあるヴィジョン、思想の一つとして出てきているのだということが見えない。
その後の45頁、「(2)『知』の世紀をリードする〜」も、具体的に書くとこうなってしまうというのはあるかもしれないが、「知」のリードをする大学院教育をどうするのか、あるいは、研究のシステムをどうするのか、そういうことを考えることが必要で、施設・設備を良くするだけということではない。
流動性の向上だけでは日本の大学は世界の大学と競争できないし、では日本の中だけでやっていればよいのかといえば、日本の優秀な人が海外に出ていくという教育の空洞化も心配されるので、是非高等教育に関してもう少しふくらませて、考察と洞察と記述の仕方の工夫をお願いしたい。 |
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| ○ |
鳥居部会長 理念を掲げた上であらゆるものを並べるという作業だと思うが、これはどの段階で、どんな戦略を持って行うのか。 |
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| ○ |
事務局 35頁以下には、主として数量化できる目標を例示した。これ以外にふさわしいものがあれば追加する方向だ。今回の報告では基本計画の骨格を示したもので、答申後、中教審の各分科会で骨格について検討し、さらに具体的施策を詰めていくという作業になる。 |
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| ○ |
事務局 計画に書かれているのは現時点での例示であるが、それならばもっとしっかり書き込んでもいいかもしれない。各分科会に作業をおろす前に、審議会としての意思統一は必要だが、今は大まかな考え方を示したものと思ってほしい。細かい検討は今後のこととなる。 |
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| ○ |
第3章のあとに「おわりに」を章立てし、分科会で何をするとか、財政の手当についてどうするとか、各省庁の施策との関係はどうするとか、そういうことを書き込めば、今後の見通しもつくのではないか。FD(Faculty Development)は英国においてはStaff Developmentと呼ばれ、教員のみならず、学校職員、技術者も含めた全ての学校関係者の質の向上を目標とする。現に、そのための組織内研修が行われており、教員以外のスタッフを対象とするものの方が多く開催されているほどである。しかし、日本の大学では、教員とそれ以外の職員等との間には微妙なステータスの差があるのでFacultyが先に来る。小・中学校でも同じような問題があるのではないか。組織として職員を位置付けていく必要がある。 |
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| ○ |
鳥居部会長 今日いただいた意見を最大限生かして、総会までに中間報告案を再校正したい。 |
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| ○ |
事務局より今後の日程及び公聴会の予定について説明して閉会。 |