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中央教育審議会(第25回) 議事録

1. 日時    平成14年10月30日(水)  14:00~17:00
   
2. 場所    ホテルフロラシオン青山「ふじ」(1階)
   
3. 議題    教育基本法及び教育振興基本計画について
   
4. 配付資料
資料1   「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」(中間報告案)
資料2   教育基本法・日本国憲法(条文)
資料3   「一日中央教育審議会」意見発表者・傍聴者の募集
資料4   今後の日程(案)
     
参考1   中央教育審議会(教育基本法・教育振興基本計画)に関する新聞報道
(平成14年10月17日~10月28日)(略)
参考2   第24回総会における主な意見の概要(案)
参考3   第16回基本問題部会(懇談会)における主な意見の概要(案)
   
5. 出席者
委  員: 鳥居会長,木村副会長,茂木副会長,浅見委員,荒木委員,市川委員,今井委員,江上委員,加藤委員,黒田委員,國分委員,佐藤委員,髙倉委員,田村委員,千田委員,寺島委員,渡久山委員,永井委員,中嶋委員,森委員,山下委員,横山委員,
事務局: 河村副大臣,池坊政務官,小野事務次官,御手洗文部科学審議官,近藤生涯学習政策局長,矢野初等中等教育局長,工藤高等教育局長,石川研究振興局長,遠藤スポーツ・青少年局長,永野国際統括官,銭谷文化庁次長,有本生涯学習政策局審議官,金森初等中等教育局審議官,木谷高等教育局審議官,名取主任社会教育官,磯田総括会計官,山中総務課長,村田国際課長,布村生涯学習政策局政策課長,高橋主任教育改革官,その他関係官

6.


議  事

鳥居会長  それでは、定刻でございますので、ただいまから中央教育審議会の第25回総会を開催させていただきます。
  皆様お忙しいところを御参集賜りましてありがとうございます。
  今日は、総会と基本問題部会の合同会議という形をとらせていただきます。
  本日は、新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方と、それから教育振興基本計画の在り方についての中間報告の御審議をいただくわけでございます。今日は、中間報告の原案に近いものができ始めておりますので、それを御審議いただくわけですが、中教審の運営のルールから言いますと、中間報告案を審議するときは、原則非公開となっていますが、今回の答申は案文の段階から国民の皆様の間で広く御理解をいただき、議論をしていただくほうがよろしいという考え方で進めてまいりまして、すべて公開で行ってまいりましたので、今日の審議も公開で行いたいと考えます。委員の皆様に御異論がなければそのようにしたいと思いますが、よろしゅうございましょうか。

          〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

鳥居会長  ありがとうございます。そのようにさせていただきたいと思います。
  それでは、早速、議事に入らせていただきますが、最初にまず事務局から資料についての御説明をお願いいたします。

事務局  本日は、資料を4点お配りしてございます。
  資料1が、御審議いただきます中間報告案のぶ厚い資料でございます。
  資料2が、教育基本法と憲法の条文の資料でございます。
  資料3が、後ほど御報告させていただきます「一日中央教育審議会」の追加の関係の資料でございます。
  資料4が、今後の日程ということでお配りしてございます。
  それでは、資料1につきまして、9月30日の総会以来、初めてお出しする形になりますので、少しお時間をいただきまして説明させていただきます。
  1枚目には、全体の構成が書いてございますが、「はじめに」、それから「序章」、そして「第1章」「第2章」「第3章」という構成になってございます。「第1章」が9月に御議論いただきました点になりますが、「教育の課題と今後の教育の基本的方向について」、「第2章」「第3章」は10月に部会で2度御審議いただきましたが、「第2章新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について」、「第3章教育振興基本計画の在り方について」という構成になってございます。
  おめくりいただきまして、裏の1ページ目が「はじめに」ということで、こちらは初めて御覧いただくことになるかと思いますが、本中間報告に至るまでの審議の経緯、それから中間報告の趣旨、また、一番最後の段落におきましては、国民的な議論が不可欠であることを期待したいということを述べさせていただいてございます。
  2ページ、3ページ、4ページが「序章」に相当します。「序章」につきましては、9月の総会で「第1章」を御議論いただいた際に、リード文につきまして、特に我が国の社会、あるいは教育の課題、それを踏まえた教育基本法の見直しの必要性につきまして、国民の方々にインパクトをもって明確に伝わるようにという趣旨の御意見がございまして、この「序章」を新たに追加させていただいております。
  最初の「○」につきましては、教育改革国民会議で提案いただきました全体像が適切に理解できるよう記述されてございます。
  二つ目の「○」におきましては、「我が国の社会や教育は、以下のような様々な課題に直面している」ということで、「1」から「6」まで課題の提案となっております。
  最初の「1」が「日本社会の再生」という課題、「2」につきましては「グローバル化の進展と国際的な大競争時代」、「3」につきましては「『知』の世紀への対応」、「4」が「少子高齢化による社会の活力の衰退」という形で課題を提起いただき、おめくりいただきまして3ページ目では、「5」として「心の危機」、「6」につきましては「教育再生への挑戦」という形で、課題、問題点を整理いただいております。
  3ページ目の最初の「○」になるところでは、社会全体、国家としての「政治、行政、司法制度や経済構造の改革など21世紀にふさわしい国のかたちの再構築を図る一連の諸改革と軌を一にして、教育についても、根本にまで遡った見直しと改革が必要である」ことに言及いただいてございます。
  次の「○」では、本審議会としての新しい時代の教育目標につきまして、端的にはということで、「『新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人』の育成」ということを位置づけていただき、そのためにはということで、「教育の根本法である教育基本法についても、普遍的な理念は大切にしながら、以下の視点を明確にする観点から見直しを行うべきであるとの意見が大勢を占めた」という形で、一つ目の観点としましては「国民から信頼される学校教育の確立」、「2」が「『知』の世紀をリードする大学改革の推進」、「3」が「家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・協力の推進」、「4」が「『公共』に関する国民共通の規範の再構築」、「5」が「生涯学習社会の実現」という形で、見直しの視点を明らかに整理いただいております。
  4ページ目の最初の「○」では、「第3章」の教育振興基本計画にかかりまして、これらの「教育の目標を達成するためには、必要な施策を総合的、体系的に構成した教育振興基本計画を策定することが重要」、そして「その根拠規定を教育基本法に位置付ける必要がある」ということを触れてございます。
  以上が「序章」でございます。
  5ページ目からが「第1章」になります。「第1章」につきましては、9月に御議論いただいたところとそう大きくは変わってございません。リード文が最初に1ページ分入っておりましたが、それは「序章」に移っているということになります。
  5ページ目の大きな「1」番が「教育の現状と課題」ということで、二つ目の「○」のところでは、特に臨時教育審議会におきましては、3行目の真ん中ぐらいからですが、「臨教審は、戦後教育改革も大局的に見ると明治以降の追い付き型近代化時代の教育の延長線上にあるものであって、多くの成果の反面で深刻な教育荒廃ももたらしており、個性の尊重、高等教育の個性化や高度化、創造性や国際性の涵養等の観点からの改革が必要と総括した」という形で、少し文言の修正を行っているところでございます。
  7ページ目が大きな「2」番として、「21世紀の教育が目指すもの」という表題になってございます。
  「(1)」につきましては、9月と変わってございませんけれども、「教育の役割と継承すべき価値」ということで、「教育には……個人の能力を伸長し、自立した人間を育てるという役割」、また、「国家や社会の構成員として有為な国民を育成するという役割」があること、それから継承すべき価値につきまして、3行ほど言及していただいているというところでございます。
  「(2)」では、大きな社会の変化、課題を「序章」で整理いただきましたが、それを踏まえた形で「激動の時代への挑戦」ということで、8ページ目の「1」におきましては「少子高齢化社会の進行と家庭・地域の変容」ということで、「1」の二つ目の「○」では、初等中等教育分野、高等教育分野に分けた形で、一番下の行では少子化時代に対応した教育システムの構築が極めて重要であること。
  また、次の「○」では、家庭教育の機能の低下、地域の教育機能の低下の問題ということも御指摘をいただいた形になってございます。
  「2」が「就業構造の変貌」ということで、一番最後の行では「日本的雇用慣行」が揺らいでいることなど、雇用環境が大きく変わっていることを御指摘いただいております。
  9ページ目の一つ目の「○」では、学歴と就業のミスマッチの課題、また、就業意識の希薄化、フリーターの問題も言及いただき、三つ目の「○」のところでは、「これからの教育には、職業や実際生活との関連をより一層重視していくこと」、あるいは「大学院等で専門的職業にかかる学習機会の充実を図ることなど」についてまとめていただいております。
  「3」が「知識社会への移行」ということで、二つ目の「○」のところでは、「知識社会」におきましては、「国民一人一人が基礎・基本をしっかりと身に付けること」、それとともに「単なる学校歴ではない、学習により実際に身に付けた能力が従前にも増して重視される」ということ、最後のほうでは「大学院等で最先端の高度な知識を学ぶことなどにより、常に自らの知識や技能を、より広め、深めていくことが求められる」ということがございます。
  10ページ目が「4高度情報化社会の進展」についてで、最初の「○」の真ん中のほうでは、自らの能力を大きく発揮する可能性、あるいは現在の学校教育の枠組みを大きく変える全く新しい学習形態をもたらす可能性も秘めていること。
  そして、二つ目の「○」では、技術の習得とともに、著作権、情報モラルを育成することが重要な課題。
  三つ目の「○」では、直接体験の機会を十分に提供していくことが重要という御指摘となってございます。
  「5」が「グローバル化の進展」ということで、最初の「○」の一番最後の2行ほどですが、「我が国社会にとっても、国際競争力の基盤である国民全体の教育水準の一層の向上を図るとともに、大学の競争力を高め、……国際的にも貢献できる人材を育てていくことが」重要であることを言及してございます。
  11ページの最初の「○」におきましては、3行目のあたりでは、「民族、宗教、文化の多様性の再認識」の重要性、あるいは「地域社会の中で他国の人々と共生していくことの重要性」の御指摘もいただき、二つ目の「○」では、最後の2行ですが、「教育においてもこれを支援するため、繰り返し学べる、柔らかい、拓かれたシステムづくりを進めることが急務となる」と御指摘をいただきました。
  11ページの真ん中の「6」が「科学技術の進歩と地球環境問題の深刻化」でございます。最初の「○」では、3行目あたりから「科学技術を重要な国家戦略と位置付け」ていること、そして3行ほど飛びまして「科学技術の進歩と他の諸価値との適切な調和を図ること」の重要性を御指摘いただいてございます。
  次の「○」では、環境問題などの「人類規模の課題」について、そして次の行では、「科学技術の創造力への期待が一層高まる」ことについて触れてございます。
  12ページが、「7」として「国民意識の変容」でございます。2行目の最初のほうでは、「国民の価値観の多様化、相対化の進行」、次の行では「自信の喪失感や夢や希望を抱けない閉塞感」という指摘、それから「倫理観や社会的使命感の喪失」の課題などを御指摘いただいております。
  また、この「○」の後段のほうでは、国民の社会への帰属意識の希薄化の課題、共同体としての我が国社会にとって重要な問題などを御指摘いただいております。
  二つ目の「○」では、憂慮すべきものの一方でということで、心の豊かさを求める国民世論の高まり、それからボランティア活動などの高まりなど、新しい国民意識の変容、動きも記述いただき、三つ目の「○」におきましては、3行目ぐらいからですが、「激動の時代の主人公として自ら考え行動する確固たる自己を磨き、困難にも立ち向かうたくましさを育み」、それと同時に「他者に対する思いやり、他者の痛みを理解する温かい心、美しいものに感動する心などの豊かな心を涵養」することの重要性を触れてございます。
  これらの教育の目指すものを踏まえて、12ページの「(3)」におきましては「これからの教育の目標」という形で、5点整理いただいております。
  おめくりいただきまして13ページになりますが、最初の2行目から「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」を目指して、具体的には「1」から「5」を教育の目標として位置づけるべきという位置づけになってございます。
  最初の「1」が「自己実現を目指す自立した人間の育成」についてでございます。
  4行目ぐらいからですが、「これからの教育は、個人一人一人の人間としてのかけがえのない価値を尊重し、個人の能力を最大限に引き出すことを重視」することなどに言及してございます。
  「2」が「豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成」ということで、最初の「○」では、「これからの教育においては、豊かな心を育むことを人間の生き方の基本として一層重視していく必要がある」こと、最後の行のほうでは「健やかな体をはぐくむこともまた一層重視していく必要がある」ことを触れてございます。
  「3」が「『知』の世紀をリードする創造性に富んだ人間の育成」についてで、14ページの3行目の後段ぐらいからですが、「これからの教育には、教育内容の不断の見直しや新たな教授方法の開発が要請される」こと、それから「世界水準の知識・技能や高度な専門性を身に付けるための多様な学習機会の提供が求められる」こと、「とりわけ、大学の教育研究機能」の高度化について言及いただいております。
  「4」につきましては、9月の段階では「新たな公共」という一つのくくりの概念で整理してございましたが、今回、「公共」のほうをかぎ括弧にくくりまして、「新しい『公共』を創造し、21世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成」という形に表題を改めてございますが、具体的には二つ目の「○」が大きく修文になってございます。
  特に2行目の後段から読ませていただきますが、「現在問題となっている社会全体のモラルの低下、公徳心、公共心、規範意識の欠如などの問題をゆるがせにすることはできない。一方、互いに支え合い協力し合う互恵の精神に基づき、より身近には地域社会の生活環境の改善」という面、それから「より広くは地球環境問題、エイズ問題など国際社会に直面する様々な課題の解決に積極的に貢献しようとする」、そういう広がりを持ったものを「いわば「新しい『公共』」とでもいうべき観点に立って、ボランティア活動などに主体的に取り組もうとする国民の意識は高まりを見せており、このような潮流は是非とも加速する必要がある」ということを新たに記述しております。
  もう1点、「新しい『公共』の創造を支えるものは、対価を目的とせずに自分の能力や経験や時間を他人や地域や社会のために役立てようとする個人一人一人の主体的な判断と意思なのであって、決して『私』をなくし『公』に全面的に奉仕しなければならないという精神ではない。」、この最後の3行は、部会の案からも追加をしたものでございます。
  15ページが、「5」として「国際社会を生きる教養ある日本人の育成」ということで、最初の「○」の最後の3行ですが、「これからの教育は、広く国際社会を相手に対話し行動できる能力の育成を重視し、世界を舞台に活躍する教養ある日本人の育成を目指していくことが重要である。」と言及いただいております。
  15ページの「(4)」につきましては、「目標実現のための課題」と整理してございますが、9月30日の段階の案では、教育投資以外にも項目を立ててございましたけれども、教育投資に関する記述を除き、すべて「第2章」の教育基本法の見直しの視点と重なりますので、「第2章」のほうに移って、ここでは教育投資の重要性についての記述にとどめてございます。
  16ページからが「第2章新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について」でございます。
  「1」番として「教育基本法見直しの必要性」で、「(1)」の「見直しの視点」といたしましては、二つ目の「○」になりますが、「現行の教育基本法を貫く『個人の尊厳』『真理と平和』『人格の完成』などの理念は、憲法の精神に則った普遍的なものであり、新しい時代の教育の基本理念として大切にしていく必要があると考える。」、しかしながらとして、「現行法には、新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人を育成する観点から重要な教育の理念や原則が不十分であり、それらの理念や原則を明確にする観点から見直しを行うべきであるとの意見が大勢を占めた。」という形で記述してございます。
  それを踏まえて、以下、理念として6点触れてございます。
  最初の「1」が「国民から信頼される学校教育の確立」で、さらに詳細な視点として、最初が「一人一人の個性に応じてその能力を最大限に伸ばす視点」。
  二つ目が「豊かな心と健やかな体をはぐくむ視点」となってございます。
  3点目につきましては、「グローバル化、情報化、地球環境、男女共同参画など時代や社会の変化への対応の視点」が明示されていないことを言及してございます。
  「2」につきましては、「『知』の世紀をリードする大学改革の推進」ということを踏まえて、大学の役割が現在の法律では明示されていないこと。
  「3」におきましては、「家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・協力の推進」のような視点が明示されていないことを触れております。
  「4」におきましては、「『公共』に関する国民共通の規範の再構築」ということで、最後の「このことを踏まえ」という段落になりますが、その次の行で「政治的教養に加えて、国や社会など『公共』に主体的に参画したり、共通の社会的なルールを作り、それを遵守する義務を重んずる意識や態度を涵養し、個人の尊重との調和を図ることが重要である。」ことを言及いただいてございます。
  18ページが、「4」の二つ目の視点として、「日本人のアイデンティティ(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)の視点、国際性の視点」ということで、このような視点が明示されていないことに触れていただいております。
  「5」につきましては、「生涯学習社会の実現」についての理念が明示されていないこと。
  「6」につきましては、「教育進行基本計画の策定」につきまして、政府全体でその実行を推進することが重要であり、その法的根拠が必要であることについて触れてございます。
  そして、「(2)」は「教育基本法見直しによる教育改革の推進」ということで、最初の「○」では、「教育基本法を改正しても教育現場が直面する課題が解決するわけではなく、改正する意味がない」のではないかという意見につきまして、本審議会としてはということで、最後の2行になりますが、「教育の諸制度や諸施策を個別に論ずるだけでは取り上げにくい、教育の目的、学校教育制度の在り方、家庭教育の役割など、教育の根本的な部分について議論を行うことが重要である」、そして、「教育基本法の諸規定を見直すとともに、それを受けて、『生涯学習振興法』や」―これは法律名が長いので、かぎ括弧にしてございますが、「学校教育法・社会教育法などに定める具体的な制度等の在り方や学習指導要領など、教育諸制度の見直しを行うことが必要である。そして、これらの制度的な改善は」、一つ一つの「学校における日常の教育活動や、家庭教育の在り方の見直しや改善につながっていく」ものということでお答えしてございます。
  二つ目の「○」につきましては、これらの制度的な改善と、「具体の施策を総合的、体系的に位置付ける教育振興基本計画の策定によって、実効性のある教育改革を進めていかなければならない。」。
  次の「○」では、3行目ですが、「国民的な議論が不可欠である」ことについて、見直しによる教育改革の推進ということで整理してございます。
  大きな「2」番が、「具体的な見直しの方向」を整理したところでございます。
  最初の「○」の「(i)」「(ii)」でございますが、「今後の教育においても大切にすべき普遍的な理念は尊重しながら、第1章で述べたこれからの教育の目標を実現するため、新しい教育基本法はどうあるべきかという視点から見直すこと」。
  「(ii)」点目は、「現行憲法を前提として見直すこと」について、まず位置づけてございます。
  その後、最後の4行のなお書きのところですが、教育基本法の前文につきましては、「教育基本法全体の見直しの考え方が決まった後で、あらためて検討することが必要である。」と、そのように位置づけてございます。
  20ページの一番上になりますが、「教育基本法の見直しに伴う、学校教育法等関係法令の見直しについては、今後」、答申をお出しいただいた後、「本審議会の関係分科会等において、具体的に検討を進める必要がある。」ということを言及いただいてございます。
  「(1)」の「教育の基本理念」は、資料2の条文もあわせ御覧いただければと存じますが、第1条の「教育の目的」、第2条の「教育の方針」に関する部分でございます。
  「(1)」の二つ目の「○」の1行目の後段からですが、「現行法に掲げられている基本理念に加えて」ということで、「現在及び将来の教育において重要であり、教育基本法に規定すべきと考えられるものとして、以下の(i)~(vii)が挙げられる」、少し飛びまして、「基本理念として特に何を規定すべきかについては、今後、本報告についての国民各界各層からのご意見を十分に踏まえて、引き続き検討していくこととする。」ということで、この基本理念につきましては、課題を整理いただき、今後、国民の方々の意見を聞いて整理をするという位置づけでございます。
  次の「○」になりますけれども、学校教育法で小学校、中学校などの学校種ごとの目的、目標が規定されているが、教育基本法の見直しに伴ってこれらの規定の見直しについては、「今後、本審議会の関係分科会等において検討する必要がある」ということでございます。
  先ほど「(i)」から「(vii)」と申し上げましたが、最初の「(i)」が「個人の自己実現と個性・能力の伸長、創造性の涵養」ということで、これは部会のときには「努力、向上心」という言葉もございましたが、少し整理して表題を改めてございます。こちらでは、最初の「○」ですが、「教育においては、……自己の能力を最大限に伸ばしていくことが重要」であること、また、次の行では「自己実現を尊重することを明確にする必要がある」こと、最後の行では「創造性の涵養が重要」という構成になってございます。
  21ページを御覧いただきまして、「(ii)」として「感性、自然や環境との関わり」についてでございます。一番最後のほうで、「自然とともに人は生きていることを理解し感じる力を培うことは重要である」ということでございます。
  「(iii)」が「社会の形成に主体的に参画する『公共』の精神、道徳心、自律心」で、「規範意識、倫理観」も部会のときの表題に掲げてございましたが、そちらはあわせてくくれるということで、文章には加えてございますが、表題からは整理してございます。1行目からですが、「これからの教育には、個人の尊重とともに、……『公共』に主体的に参画する意識や態度を涵養することが重要である」こと、また、6行飛びまして、「道徳心や倫理観、規範意識をはぐくむことが求められている」こと、また、最後の行では「新しい『公共』の創造に主体的に関わろうとする態度の育成も重要である」ことを言及してございます。
  「(iv)」が「日本人としてのアイデンティティ(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)と、国際性(国際社会の一員としての意識)」ということで、2行目からですが、「世界に生きる日本人としてのアイデンティティを持つことが……重要になる。国際社会に出ていけばいくほど、……自国の存在について無関心でいることはできず、国際社会における自国の地位を高めようと努力することは自然な動きである。このような思いこそが、真に国を愛する心につながるものであり、……自らの郷土や国について正しい理解を持つこと、例えば郷土や国の伝統、文化を正しく理解し、尊重することが重要となる。」。
  なお書きも前回の部会で追加されてございますが、「国を愛する心を大切にすることや我が国の伝統、文化を尊重することが、教育改革国民会議報告においても指摘されているように、国家至上主義的考え方や全体主義的なものになってはならないことは言うまでもない。」というなお書きを加えてございます。
  続きまして、22ページが「(v)」として「生涯学習の理念」についてでございます。
  「(vi)」が「時代や社会の変化に対応した教育」。
  「(vii)」が「職業生活との関連の明確化」という、これらの7点の理念を教育の基本理念として加えることの課題として提示をいただいてございます。
  「(2)」につきましては、「教育を受ける権利、義務教育等」ということで、「1」は第3条に該当する部分ですが、「教育の機会均等」についてでございます。教育の機会均等は、憲法の教育を受ける権利として、将来にわたって大切にしなければならない重要な原則であるというのを最初に位置づけております。
  次の「○」では、2行目の「教育を受ける権利」ということ。今、「機会」とありますのを、憲法と同様に「権利」と改めてはどうかという御意見。
  次の行の最後のほうから、「生涯にわたり学習する権利」を規定してはどうかという御意見がありました。
  これらについては、最後の行で、「引き続き検討していく」ということに整理してございます。
  次の「○」では、障害者など教育上特別の支援が必要な者についての新たな規定を追加すべきという御意見につきましても、3行後のところで、「引き続き検討していくこととする」と整理してございます。
  「2」につきましては、第4条に相当しますが、「義務教育」に関してでございます。二つ目の「○」を御覧いただきたいと思いますが、義務教育制度の在り方については、義務教育期間9年間の短縮、延長を求める意見はなかったということで整理してございます。
  それを弾力的なものにすべきとの観点から、「(i)」「(ii)」「(iii)」の御意見が出されております。具体的には、一つ目が就学年齢についての弾力化、二つ目が学校の区分の弾力化、3点目が保護者の学校選択、教育選択の弾力化という点につきましては、24ページに移りまして、4行目からですが、「今後、本審議会の関係分科会等において、これらの実現に向けた法的措置等について検討する必要がある。さらに、実現可能なものについては、教育振興基本計画の策定の際にその中に位置付け、学校教育法等の改正への道筋を示すことが考えられる。」という形でございます。
  「3」が第5条に相当するところで、「男女共同参画社会への寄与」ということで、3行目の後段からですが、男女共学につきましては、「男女共学の趣旨が広く浸透するとともに、……教育機会の差異もなくなったこと」をまず示していただき、これらを踏まえて、最後の2行ですが、この規定につきましては、「男女共同参画社会の実現や男女平等の促進に寄与するという新しい視点から、教育基本法において教育の基本理念として規定」、具体的には今あります第1条、第2条の基本理念の中の整理として規定することが適当と考えるという形で整理いただいてございます。
  大きな「(3)」は、「国・地方公共団体の責務等」についてでございます。現在の第10条に主としてかかわることになります。1行目からでございますが、「現行法は、教育は不当な支配に服してはならないとの原則とともに、……『必要な諸条件の整備』を目標として行われなければならないことを定めている。」、不当な支配にかかる「前者については、重要な教育の基本理念として今後とも大切にしていく必要があると考える。」、また、後者の「『必要な諸条件の整備』」につきましては、「判例により解釈が確定しているという経緯を踏まえ、国、地方公共団体の責務を含めた教育行政の基本的な在り方を示すという新しい視点から規定することが適当と考える。」ということ。
  2行後では、「基本計画の策定の根拠となる規定を」置くことが適当と考えるという形で整理してございます。
  25ページ目から「(4)」として「学校、家庭、地域社会の役割等」で、「1」が「学校」についてで、第6条に相当するところでございます。「現行法は『学校教育』として、学校について『公の性質をもつ』と規定」しているということで、7~8行飛んでいただきまして、「このような観点から、新たに学校の役割として、例えば、知・徳・体(知識・技能と学習方法の教授、人格の陶冶、道徳教育、体育・スポーツ、芸術など)を教授する場であること等を明確に規定することが適当と考えるが、具体的な学校の役割として何を規定すべきかという点については、引き続き検討」するということで、具体の規定ぶりについては、今後、引き続き検討としてございます。
  あわせまして、「(i)」と「(ii)」がございますが、「(i)」が「高等教育の視点をしっかり盛り込むべきである」ということで、条文全体として、戦前の6年制の義務教育を9年制の義務教育に変えるという、小・中・高のほうに焦点が当てられた法律であるので、高等教育の視点をしっかり盛り込むべきという御意見。
  「(ii)」につきましては、「私学における教育の振興を図ることが重要であり、それを踏まえた規定としていくべきである」という点につきましても、留意する必要があるという形で位置づけてございます。
  次の「○」の学校の設置者につきましては、具体的な法人の範囲は学校教育法で規定がございますが、最後の行で、「学校教育法上の問題として考えることが適当と考える」という位置づけでございます。
  「2」につきましては、「教員等」ということでございます。26ページを御覧いただきたいと思いますが、一番上ですが、「学校教育における教員の重要性を踏まえ、教育基本法において、国・公・私立学校の別なく、教員の使命感や責務を明確に規定するとともに、研究と修養等による資質向上を図ることの重要性について規定することが適当と考える」。
  二つ目の「○」につきましては、部会の段階で追加になったものであります。「子ども一人一人の人格が尊重されなければならない……ことを前提とした上で、子どもが教育を受ける際に、恣意に任せて規律を乱す等の言動は容認されるものではなく、教員その他の指導に従って、規律を守り、真摯に学習に取り組む責務があることを規定すべきとの意見があり」、この点につきまして、「引き続き検討していくこととする」と位置づけてございます。
  「3」が「家庭教育」、第7条の「社会教育」に関する規定でございます。最初の「○」の二つ目の段落、「しかしながら、現行法においては、家庭教育について、……『奨励されなければならない』と規定されているにとどまって」ございます。その3行後になりますが、「家庭(保護者)の果たすべき役割や責任について新たに規定することが適当と考える。なお、その際には、家庭(保護者)が子どもの教育に第一義的な責任を負っているという観点に十分留意し、最小限の範囲で規定することが適当と考える。」。
  次の「○」で、「教育行政の役割としては、家庭における教育を支援するための諸施策」、あるいは子育てに関する条件整備を通じて、「家庭の教育力の充実を図っていくという観点を踏まえて、規定することが適当と考える。」。
  「4」の「社会教育」は、同じく第7条の「社会教育」に関してでありますが、現行規定では「勤労の場所その他社会において行われる教育」とございますが、最後の行で「地域における教育や継続教育を支援するためにも、……新たに生涯学習の理念や、学校・家庭・地域社会の連携・協力の必要性について提案されているところであり、これらとあいまって、今後社会教育の振興が図られるようになることが望まれる。」。
  「5」は「学校・家庭・地域社会の連携・協力」でございます。最初の「○」の二つ目の段落の最後のほうからですが、「そのため、学校・家庭・地域社会の三者が緊密に連携・協力して子どもの健全育成等に取り組む重要性を踏まえて、新たに連携・協力等についての規定をきちんと位置づけることが適当と考える。」という位置づけになっております。
  またあわせまして、「これからの学校は、……情報提供するなど説明責任を果たしながら、保護者や地域の人々の積極的参加や協力を求めていくことが重要であることから、その旨規定することが適当と考える。」ということでございます。
  次の「○」のなお書きでございますが、「新しいタイプの学校について実践的な研究が進められており、その成果を教育振興基本計画策定の際に盛り込むことも考えられる。」という位置づけでございます。
  「(5)」が「教育上の重要な事項」で、「1」が「国家、社会の主体的な形成者としての教養」で、現在の第8条「政治教育」という規程に関する事柄で、最初の「○」の最後の行になりますが、「教育の政治的中立を確保することは、今後の教育においても重要な原則として大切にしていく必要がある。」。
  次の「○」になりますが、最後の2行になります。「国家、社会の形成に主体的に関わり、国家、社会の諸問題の解決に積極的に関わっていく態度を育成することが重要であることから、その旨規定することが適当と考える。」と整理してございます。
  「2」が第9条に関する事柄でございます。最初の「○」の3行目の後段からですが、「宗教に関する教育については、以下のように様々な意見が出されたが、意見が集約されるには至っておらず、憲法の規定する信教の自由や政教分離の原則に十分留意しながら、引き続き検討していくこととする。」。
  なお書きのところですが、「国公立学校においては政教分離の原則が適用され、特定の宗教のたの宗教教育や宗教的活動が禁止されることは、今後の教育においても重要な原則として大切にしていく必要がある。」ということは明確に示してございます。
  次の「○」につきましては、御意見をたくさん引用させていただいておりますが、「宗教一般に関する教育については」ということで、5行目あたりから「その重要性を指摘する意見が多かったが、いかなる場でどのような内容で行うべきかについては、様々な意見が出された」ということでありますとか、次の「○」につきましては、2行目のところで、「カルトやマインドコントロールから自分を守るため適切な判断ができるようにする教育」という面を指摘いただいた意見、あるいは最後の行になりますが、このような「自ら考え判断する態度は、必ずしも宗教教育によらなければ育成できないものではない」という御意見などを併記させていただいてございます。
  29ページでは、「第2項の禁止のイメージが強すぎて」ということで、「宗教に関する寛容の態度や社会生活における地位について十分教えられていない実態がある」という御意見、最後のところですが、「『宗教教育』という見出しについては適切ではない」という御意見を紹介する形になってございます。
  以上が「第2章」でございます。
  30ページからが、「第3章教育振興基本計画の在り方について」でございます。
  大きな「1」番として「教育振興基本計画策定の必要性」について言及してあります。
  最初の「○」は、政府のほかの基本計画を少し整理してございます。
  二つ目の「○」におきましては、4行目の最後のほうから、「教育全体に及ぶ総合的な施策の体系としての計画が作られてきていない」ことを出して、「政府全体としてより明確な位置付けが望まれる。」。
  最後の4行ですが、「政府として、未来への先行投資である教育を重視するという明確なメッセージを国民に伝えるためにも、また、施策を国民に分かりやすく示すという政府としての説明責任を果たすためにも、教育の根本法である教育基本法に根拠を置く教育振興に関する基本計画を策定することが重要である。」ということを整理してございます。
  次の「○」では、2行目のところですが、「計画の骨格となる基本的考え方を審議し、『2教育振興基本計画の基本的な考え方』として示した」ということ。「また、本審議会では、これまでの計画に関する様々な議論を『3教育振興基本計画に盛り込むべき施策の基本的な方向』としてとりまとめた。」ということでございます。そして、次のページにわたりますが、「この部分は、そのまま基本計画になるものではないが、これからの計画の検討の参考に資するとともに、基本計画のイメージをできるだけわかりやすく示すためのものである。」こと。
  そして、今の「○」と次の「○」が、きちんと基本計画策定の流れについて整理してほしいという御意見を踏まえた修文になってございます。
  「今後、本審議会の関係分科会等において、より専門的な立場から、計画に盛り込むべき政策目標や施策の具体的な検討を行う必要がある。また、教育基本法改正後、関連施策を実施する関係府省に対しても、幅広く計画策定に向けた協力を求め、政府として教育振興基本計画を速やかに策定されることを期待したい。」という形でございます。
  大きな「2」番が「教育振興基本計画の基本的考え方」、「(1)」の「計画期間」につきましては、4行目ですが、「おおむね5年間とすることが適当である」。また、対象範囲につきましては、最後の2行ですが、「原則として教育に関する事項とし、高等教育と密接に関連する学術や、スポーツ、文化芸術教育等も、この計画に含めるものとする。」と位置づけてございます。
  「(2)」が「これからの教育の目標と教育改革の基本的方向」ということで、これからの教育の目標は、これまで整理いただいた教育の目標と共通の「1」から「5」で位置づけてございます。
  32ページの「教育改革の基本的方向」につきましては、教育の目標を踏まえて、「第2章」の「教育基本法の見直しの視点」を勘案して、整合性をとりながら構成してございます。「第2章」との違いは、「第2章」では「公共」の視点を一つの柱として位置づけてございましたが、計画における位置づけを考えて、「公共」の項目につきましては、「豊かな心をはぐくむ教育の推進」の中に位置づけ、「豊かな心」の分と「健やかな体をはぐくむ」の分を小項目として分けて立ててございますが、ほかは共通の方向を出してございます。
  「(3)」が「政策目標の設定と施策の総合化・体系化、重点化」についてで、最初の「○」の2行目からですが、「政策目標の策定に際しては、国民に分かりやすい目標を設定することが重要」、また、「政策目標のうち可能なものについてはできる限り数値化する」ことを言及いただいてございます。
  次の「○」では、「施策を総合化、体系化する必要があること」、また、「施策の優先順位を明確化し、重点化を図る必要があること」を触れていただいてございます。
  33ページが、「計画の策定、推進に際しての必要事項」としまして、「教育投資の充実」「国と地方公共団体、官民の適切な役割分担」「厳格な政策評価の実施」について触れてございます。
  34ページからが、「教育振興基本計画に盛り込むべき施策の基本的な方向」ということで、36ページからが大きな分野ごとに基本的な方向を示してございますが、34ページ、35ページの枠で囲んで部分につきましては、教育振興基本計画の具体的なイメージが国民の方々にわかりやすいようにということで、政策目標を具体的に例示した構成をとってございます。
  34ページは、主として小・中・高の初等中等教育につきまして、8項目に分けて具体的な目標を例示してございます。最初の「○」が、いじめ、校内暴力に関して、二つ目が外国語教育、三つ目が指導要領の改善、学力の面、四つ目が比較的理解に時間のかかる子どもたちへの配慮について、次の点が特別支援教育体制の構築、下から三つ目が教育環境について、下から二つ目の「○」では新しい教材・コンテンツ作りとITを活用した授業の推進、最後の「○」が学校種間連携についてでございます。
  35ページにつきましては、最初の6項目が大学、高等教育に関する事柄です。この点につきましては、部会での「骨太な例示になっていないのではないか」という御指摘を踏まえて、二つ目の「○」、三つ目の「○」、五つ目の「○」、あるいは6項目めが新たに規定させていただいてございます。
  最後の三つとしては、子どもの体力や運動能力の課題、次の課題がボランティア活動、自然体験活動などの奉仕・体験活動の機会の充実、最後の「○」が家庭教育の充実という形で、具体的な目標の例示がここの枠の中でございます。
  36ページからが、基本的な方向に沿って、「(1)」の「国民から信頼される学校教育の確立」という大項目につきましては、最初の「1」が「一人一人の個性に応じてその能力を最大限に伸ばす教育の推進」という形で、一つ目が「確かな学力の育成」、「(ii)」が「個性、才能を伸ばす教育の実現」、37ページにまいりまして、「(iii)」が「科学的素養を育成する教育の推進」、「(iv)」が「柔軟な教育の仕組みの導入」、ここでは一番最後の「○」を部会の段階で追加させていただいて、「やり直しのきく開かれた学校システムの検討」をつけ加えてございます。「(v)」が「優れた教員の養成・確保」、こちらにつきましては、部会の資料からは38ページ目の1、2行目を追加してございます。「学校において、校長を中心として、すべての教職員が一致協力して学校運営に取り組むことが重要であり、これらの教職員の専門性の向上を図ることが必要である。」ということで、すべての教職員についての専門性の向上などについての御意見を踏まえた修正で、二つ目の「○」も追加してございます。「(vi)」が「教育施設・設備等の整備・充実」、「(vii)」が「保護者・住民に信頼される学校づくり」です。
  39ページにまいりまして、「(viii)」が「私立学校教育の振興」という形でございます。
  39ページから「2」として、「豊かな心をはぐくむ教育の推進」として、「(i)」が「豊かな心の育成、自立心の育成」についてでございます。
  40ページの「(ii)」と「(iii)」が「公共」に該当するところを、「2」の中に含めて柱立てをしてございます。「(ii)」が「『公共』に主体的に参画する意識や態度の涵養」、「(iii)」が「日本人のアイデンティティと国際性の育成」でございます。
  41ページが、「(vi)」として「文化芸術教育・学習の推進」で、この柱書きのほうの最後の4行ほどですが、「暮らしの『デザイン』に対する関心と感性を高めていくことも重要になってくる。」という点につきまして、新たに部会の段階から記述を加えてございます。「(v)」が「幼児教育の充実」です。
  大きな「3」としては、「健やかな体をはぐくむ教育の推進」についてでございます。「(i)」につきましては、部会の段階から少し修文をさせていただきました。御意見を踏まえて、1行目の後段ですが、「子どものころから健やかな体をはぐくむことが必要であり、『体・徳・知』のバランスの取れた成長を促すことが極めて重要である。……このような体力や健康の重要性を正しく認識することが求められる。」という形で、記述を補った形になってございます。
  42ページ、「(ii)」として「子どもに対する健康教育の推進」。
  「4」としまして「グローバル化、情報化等社会の変化に的確に対応する教育の推進」の最初の「(i)」が、「教育の国際化の推進」です。
  43ページにまいりまして、「(ii)」が「教育の情報化の推進」、「(iii)」が「環境教育の推進」という構成になってございます。
  44ページからが大きな「(2)」として、「『知』の世紀をリードする大学改革の推進」で、「(i)」が「『知の拠点』を支える教育研究環境の整備」、「○」の5点目の「大学教員の専門性の向上」については、部会の段階から追加がございます。「(ii)」が「教育研究機能の充実」。
  45ページの「(iii)」が「評価制度の導入・整備」、「(iv)」が「社会・経済の発展への積極的貢献」でございます。
  真ん中の大きな「(3)」番目として、「家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・協力の推進」で、最初の「(i)」が「家庭の教育力の向上」、「(ii)」が「地域の教育力の向上」でございます。
  「(4)」として「生涯学習社会の実現」につきましては、最初の視点が「生涯学習社会の実現」でございます。
  47ページの「(ii)」が「男女共同参画に関する教育・学習の推進」、「(iii)」が「生涯スポーツ社会の実現」でございます。
  長時間になってしまいましたけれども、以上が資料1の御説明でございます。

鳥居会長  御覧のとおりで、今日は我々が議論すべき素案はボリュームとしても多うございますし、「第1章」「第2章」「第3章」と多岐にわたっています。
  そこで、あと残った約2時間の配分でございますが、最初の30分ほどを使いまして、「第1章」、要するに「第2章」の教育基本法関係、「第3章」の教育振興基本計画関係の両方にまたがる、今後の教育の基本的方向について書いてあるところを、まず御検討をいただき、御意見をいただきたいと思います。
  その後、約40~50分をかけまして「第2章」、さらに40~50分をかけて「第3章」と審議を進めていきたいと思います。
  それでは、ひとつよろしくお願いします。「第1章」について御意見がございましたらどうぞお願いいたします。

  全体的には大変よくまとまってきていると思いますけれども、2ページが「序章」を設けて、本文の中から抽出したために、かなり誤解を招くような簡単な表現になり過ぎているために、その辺がちょっとおかしいところがいろいろあるような気がするのです。
  例えば、最初のほうの「バブル崩壊後、自信と目標を喪失」した日本というそこだけが出てくると、当面のこの10年間のネガティブな側面だけが強調されるような気がします。「若年層が夢や希望を持てない閉塞感漂う社会」ですけれども、若者の中には世界にどんどん飛び立っていって、ものすごく活躍している若者もいるわけです。恐らく中を抽出したためにこうなったと思うのです。
  「東西冷戦構造崩壊後の南北格差の拡大」、冷戦構造が崩壊して南北格差が拡大したということはあり得ないわけで、南北格差というと主として貧富の差ですよね。先進国と途上国。ですから、ここに急に「南北格差の拡大」と出てくるとおかしいわけで、むしろそこは「東西冷戦構造崩壊後の国際社会の変動」とか、そういうところで押さえておいたほうがいいような気がいたします。
  それから、全体を貫くトーンの中で、「グローバル化の進展と国際的な大競争時代」という言葉が非常に出てくるのですが、これから本当に大競争時代がくるということがあちこちに出てくるわけです。一方、大競争時代もそうだけれども、もうちょっと社会が成熟して、マチュリティを増大して、別に北欧型の福祉国家になれというわけではないけれども、内面的な成熟という側面がなくて、これから大変な競争時代がくるという側面だけが、危機意識とともにあおられている。あちこちに出てきます。これはあとのほうでも考えていただければいいと思いますが、そんなふうに2ページはまず思いました。
  それから、3ページにも同じような言葉が出てくるわけです。
  それから、高等教育に関しては大学改革の推進ですが、この場合の大学院というのは大学に含まれるのか。それが大学院というふうに区別して出てくるところもありますし、大学改革というところもあるような気がいたします。
  それとの関連で言うと、5ページは「大学院制度の弾力化、大学・大学院への飛び入学など」と、ここは別にこうなっております。
  それから、大学院に関して言えば、平成10年の21世紀像の答申が非常に重要なわけで、単に飛び入学だけではなくて、もっと大きな改革提言をしているような気がします。そんなことが気がつきました。
  それから、5ページの終わりから2行目、「東西冷戦構造の崩壊後、世界規模の競争が激化する中で」とあります。実は世界規模の競争が東西冷戦だったわけですね。ですから、ここは言葉の問題ですけれども、もうちょっと工夫が要る。「新しい国際社会の変動や地域紛争に当面している」とか、そのように書くべきだと思います。
  それから、10ページの一番最後は、国際競争力のある大学をつくるということですから、「大学の競争力を高め」は、国内の競争力だと受験競争をあおるようになるので、「大学の国際競争力」ではないかと思います。
  11ページに「異なる文化を尊重する精神」という言葉があって、終わりのほうには「異なる文化を理解し尊重する」とあるのですが、できれば統一していただいて、異文化理解ということが初めて尊重があるという気がします。
  そこのところに「さらに、我が国が大競争時代を生き抜くために」とありますが、「生き抜く」という側面が強調されていますが、しかし12ページでは、「決してそれは競争に勝ち抜くことだけではない」ということで、つまり、もっと言いたいことを言うために、一方で否定してみせるという矛盾がありまして、その辺はあまり遠慮しなくていいじゃないかという気も一方でいたします。
  それと同じことは、14ページの終わりの3行か4行目に、いかにも滅私奉公ということを考えているつもりではないということを言いたいがために、「決して『私』なくして『公』に全面的に奉仕しなければならないという精神では」と言うけれども、我々が今考えている「新しい公共」とか、「国際的な貢献」とか、パブリックなマインドは、戦前の滅私奉公と全く違うわけですから、そんなことをここで新たに書き込む必要はないわけで、言いわけはあまりしないほうがいいと思います。
  それとの関連ですけれども、15ページの真ん中の「○」のちょっと上、国際的な問題を解決するために、「国際社会に貢献することも」になっていますが、ここは「も」ではなくて、「……ことが」だと思います。

鳥居会長  ありがとうございました。
  まず最初におっしゃった2ページの関係は、「序章」というのは下案が出てきて、まだ今日で2回目でございますので、御指摘のようにこれから少し推敲を重ねる必要がありまして、ただいまの委員からの御指摘は、いずれも大変ありがたい御指摘だと思います。
  私も実は幾つか気づいているところがありますので、後ほどまた機会がありましたら申し上げますが、例えば2ページのグローバル化の三つ目の「・」のところは、「我が国産業の国際競争力の強化の必要性」、そのあと括弧で補っていますが、括弧の中に書いてあることは全然関係ないのです。別のことです。「我が国産業の国際競争力の強化の必要性」とは別に、「ライフサイエンス、ナノテクノロジーやITのような先端技術分野の勃興とその産業化」というのは別のことだから、分けて書くとか。これから直しますから。

  よろしくお願いします。

鳥居会長  「第1章」につきまして、そのほかに御意見がございましたら。

  「序章」はいろいろな意見を踏まえてお書きいたたいていて、まだこれからということなので、ぜひお考えいただきたいのは、かなり繰り返しといいますか、ただでさえ「第1章」のところは重複していろいろ述べられているところがあるものですから、「序章」でここまで書くと、相当くどみが出てくるといいますか、そういう感じがしますので、よろしくお願いいたします。
  それから、大競争時代ということの関連で私も感じていたのですけれども、グローバル化の進展で、今後、ものすごい大競争時代が押し寄せてくるということではなくて、私たちの実業界の感覚というか、既に現実が競争時代にあると思っていまして、そこに現実の問題が対応できていないということなものですから。
  例えば10ページなどは、書きぶりとしてはグローバル化が進展して、「5」の5行目などは、「地球的規模での大競争時代が到来することを意味する」と、何か将来の不安をかき立てるような書き方がしてあるのですが、この辺は認識がちょっと違うのではないかと思います。

鳥居会長  今の話は、10ページの下から3行目に、「共通のルールの下で」とあるでしょう。要するにグローバル化の本体は、ルールの世界共通化とか、あるいは異文化相互理解がなくては絶対商売も成り立たないということなのだということを先に書いておくという、そういう御趣旨も今おっしゃっていることには入っていますね。

  そうですね。そういうことです。
  それから、別の観点で2点ほど申し上げると、8ページのところで、「親の子どもに対する過干渉」という、「1」の三つ目の「○」のところですが、細かい話かもしれませんが、「親のライフスタイルや職業生活の多様化等が進む中で、……過保護、過干渉や親子の触れ合いの欠如」云々ということがあるのですが、こういうこともあるのですけれども、実際は地域自身の問題とか、住宅とか、交通事情とか、そういうことが非常に大きいのではないかと思っております。ここに決めつけてしまうのは、やや誤解を生じるといいますか、以前にも、何でも教育が悪いというふうな書き方はよくないと申し上げましたが、ここでもちょっとそんな感じがいたしました。
  それから、ここも意味を少しお聞きして明解にしていただいたらいいと思いますが、11ページです。これは後ほどのところと関係があるものですから。「第2章」以降で申し上げようと思っている「新しい『公共』」というところと少し関係すると思いますが、11ページの一つ目の「○」の最後から3行目のところです。「相互依存をますます深める国際社会の中で、このような格差問題や」云々とあって、「課題解決のために英知の結集を行う必要性も増大していくものと考えられる。」。この「英知の結集」というところは、これらの問題を主体的に役割として解決していく、それを担うというか、行政や政治に携わる方々のことをイメージしておられるのか、あるいはこういった問題を問題として受けとめて正しく理解をするという人たちに重点を置いて書かれようとしているのか、ここはもうちょっと明確にしておいていただかないといけないと思います。この後、「公共」と「新しい『公共』」というところが出てきます。私は基本計画のところも含めて、やや不明確だし混乱しているような気がしますので、ここは質問です。以上でございます。

鳥居会長  今最後におっしゃったのは、そもそもそこに挙げてあるのは、格差問題と大量破壊兵器の拡散問題だけが挙げてあるから余計わからなくなってしまうので、例えば環境の問題とか、食糧とか、エネルギーの限界の問題とか、そういったものは従来の官民というアプローチだけではなくて、世界全体としての公共というとらえ方をして、みんなが支えていかなければ問題が解決しないのだという感じの書き方がされていればわかる。

  そういうことでしたらわかりますね。それであれば、もっと広く国民のことを言っているのだということですね。

鳥居会長  そういうことですね。ではそういう方向で修正を……。
  それから、お二人の御意見の中で共通しているのが、世界規模の大競争時代の到来ないしは大競争の激化ということですけれども、委員の最初の御発言の中で感じられたのは、大競争時代云々と言うけれども、我々は競争の真っただ中に前からいる。直接はそうおっしゃらなかったかもしれないけれども、それよりもむしろ日本のいろいろな意味での国力の相対的な低下とか、経済力の相対的な低下のほうが問題の核心なのだとおっしゃっていると思うので、そこのところをそうくみ取らせていただいて、あとの修文に使わせていただきたいと思います。よろしくお願いします。

  7ページから「激動の時代への挑戦」ということで、時代認識について触れている部分があるのですけれども、これはロジックをもっとしっかり固めなきゃいけないのではないかと思います。
  そもそもタイトルの「激動の時代」というやつですけれども、これは一番無能力な経営者が「今は激動の時代」と言うのは、何が激動しているのかというところが本当は重要なわけですけれども。戦争と革命の世紀だった20世紀に比べて、21世紀を「激動の時代」というタイトルで認識するということがね。どんな時代だって激動しているわけで。そういう意味では、どういうロジックで変化が起こっているのかということについて、21世紀の潮流をしっかり考えなければいけないと思います。
  そこでですけれども、例えば「1」の「少子高齢化」の問題は重要ですが、いきなり「就業構造の変貌」というのがきているわけですが、僕はどう考えても、「3」の「知識社会への移行」とか、「4」の「高度情報化社会の進展」とか、同義語反復みたいな展開になっていて、いわゆる情報化と知識集約化型社会への移行はパッケージにして、もっとスリムな形でピシッと認識すべきだし、そういう状況下で産業構造が変わり、就業の中身が変わっていくのだという論理性をしっかり絞り込んで展開すべきではないか。
  「科学技術の進歩と地球環境問題の深刻化」という「6」番目のやつは、むしろ「科学技術」は前のところにきちんと集約して、「地球環境」という問題を一つすっきり取り上げたほうが論理性としてははっきりするのではないか。
  要するに、時代認識について相当考えたなというものがないと、「激動の時代」なんていう逃げ方というのはとんでもない話だという、余計なことを言う気はありませんけれども、気がするのです。それから「第2章」以降の、であるがゆえにという問題意識が必然的に抽出してくるような論理がここに埋められていないとまずいという気がします、「第1章」については。

鳥居会長  今の問題提起については、逆に確認のために質問させていただきたい。7ページの「(2)」は独特の書き方をしていまして、「(2)」にぶら下がって「1」から「7」まであるわけですね、中身が。

  そのとおりです。

鳥居会長  「1」の「少子高齢化」、「2」の「就業構造の変貌」、「3」の「知識社会への移行」、「4」の「高度情報化社会」、「5」の「グローバル化」、「6」の「科学技術の進歩、地球環境」、「7」の「国民意識の変容」、これは激動の一部ではあるけれども、もっとないかということですか。

  いや、そういう意味でなくて、「激動」というよりも、もっとロジックがね。「激動」というのは何かカオスみたいな感じですが、そうではなくて、僕が具体的に言いたいのは、「少子高齢化」はいいです。
  二つ目は、「知識社会への移行」と「高度情報化社会の進展」をパッケージにして、第2項目に持ってきて、それゆえに第3項目に「産業構造」と「就業構造」の変化を持ってきて、「グローバル化の進展」というのは、さっきの大競争の時代の議論とも絡むのですが、グローバル化が一方的に進展しているだけではなくて、アイデンティティとの緊張というね。「グローバル化の進展とアイデンティティとの緊張」という時代の課題が、21世紀のテーマだと思うのです。地域とか、ローカリティとか、ネーションステートとグローバリティとの拮抗といいますか、その緊張感が伝わらないです。一方的にグローバル化が進展していく中で、ぼやぼやしていたら大変だよ的なイメージでしかグローバル化を認識していないというか。そういう意味で、ここにタイトルを書くとすれば、「グローバル化の進展とアイデンティティとの緊張」みたいなテーマであるべきです。そういう中で、「地球環境問題の深刻化」は1項目立ててもいいだけの価値があると思います。
  さらに、「国民意識の変容」ということで、そういうことであるがゆえに、国民の意識も変わっていますよねということはつけ加えてもいいかもしれない。
  具体的に言うと、これを5項目ぐらいに集約して、論理性をもっときちんと組み立てたらどうかという意見です。

  大変よくまとめていただいたことに感謝しますが、一、二気がついたことを申し上げたいと思います。
  これは今の御発言にもあるのですけれども、今回の議論の流れというのは、教育改革国民会議の議論を受けてという流れが明確になったことは大変よかったと思います。そこで考えることは、生涯学習社会の中で教育がどう変わるかという議論を、幼児教育から始まって高等教育まで議論しようということで、基本法の改正につながっていくわけですね。その際、今の緊張感の話ともつながるのですけれども、ちらちら見えてくるのは、要するに生涯学習社会で、しかも21世紀は知の社会だから、もっと高度化しなきゃいかんという議論がはっきり出てくるわけです。格差が出てもしょうがないという話になるのかもしれません。
  その一方、この文章の中には、基礎・基本を確実にする。つまり、全体をレベルアップすることも大事だということも触れているわけです。そのことがどう出てくるかというと、例えば34ページ、35ページのところに囲みで、振興計画の中の重点項目として挙げられているところがあります。それを御覧いただくと、例えば高等教育ですと、先端的なことは指摘されているわけですけれども、生涯学習社会の中にあって、本来やるべき高等教育の役割としての、定年後の人が勉強に行くとか、生涯学習の実践として一定の年齢をとった人が大学へ戻るということについての指摘がないのです。これは同じように、幼児教育についても具体的な指摘が何もないわけです。
  これは中教審の判断だと思うのですけれども、先端的なことだけでいいのだというなら、それはそれでいいと思いますが、全体的なレベルアップも確保しなければいかんということになると、そのことは指摘しなきゃまずいのではないかという気がします。
  これはさらに言えば、今議論になっているいわゆるナショナルミニマムとローカルオプティマムの議論とつながるのではないかという気がしているのです。我々がこの問題を議論するのであれば、その部分もきちんと発言すべきではないか。私は個人的には、ナショナルミニマムというのは生涯学習社会の中にあってこそ必要だと思っています。
  その辺のところについて、財政的なことは、長い5年、10年かければ解決する問題だと思いますので、教育の目標としてはっきり書いておかないと、将来困るのではないかという気がするのです。お金がかかって目立たないのは書かない、効果がサッと出てノーベル賞につながらないやつはやらないというのではなくて、全体的な問題の取り上げ方も議論していただけないかという気がします。鳥居会長の中教審の姿勢だと思うのですけれども、どうするのか。バランスをとるのか、あるいは片一方だけでやるのか。はっきりさせるということであれば、それはそれで一つの考えだと思いますけれども。
  私の個人的な意見としては、ナショナルミニマムも触れるべきだと思います。全体の水準アップというのは重要な項目ではないかと思っていますので、そんな感想を申し上げさせていただきました。

鳥居会長  過去数回の審議を振り返ってみますと、ナショナルミニマムの達成、あるいはナショナルミニマムというコンセプトそのものをはっきり持とうということと、それから全体的な水準の向上という話は再三出ていると思います。今日また委員から出していただいたということなので。今まで全く議論がなかったわけではないわけですから、今の御意見を取り入れた形でちょっと修正を考えるという方向でします。

  今回の在り方をまとめるに当たっては、周到な議論を重ねてここまで御努力されてきた会長及び事務局の皆様に敬意を表したいと思います。
  私が申し上げることは、中教審委員の数名の女性委員を代表して申し上げたいことでございまして、何人か御一緒に同席しておりますので、また加えて御発言があれば修正をお願いしたいと思います。
  委員の荒木委員、今日は不在ですが石倉委員、それから今井委員、内永委員、永井委員、中村委員、増田委員、松下委員、それに私を加えて江上の9名の女性委員で少し検討をさせていただきました。
  総括的なコメントを申し上げたいと思います。平成11年6月に男女共同参画社会基本法が公布、施行されました。同基本法は、男女共同参画社会をつくっていくために、人権の尊重、社会制度や慣行の再検討、政策立案や政策決定への共同参画、家庭生活と社会活動の両立、国際協調の五つの基本理念を掲げ、行政と国民それぞれが果たさなくてはならない役割を定めております。新しい時代にふさわしい教育基本法の改訂と教育振興基本計画の策定では、男女共同参画社会基本法の理念を十分におくみ取りいただき、教育分野においてその実現を目指すべきであると、私ども9人の委員は考えました。
  したがって、今回のまとめの中に幾つか具体的な修正点を加えさせていただきたいと思っております。
  特に学校において特定の教育を行うことによってのみ男女共同参画が実現できるものではありません。個人の能力の伸長や社会の形成への主体的なかかわりを促す教育、生涯学習機会の提供、職業観・勤労観の育成などのあらゆる局面において、また、学校経営、教員の育成、家庭教育、社会教育の場などでの系統的・意識的な取組が必要と考えます。
  「第1章」におきましては、2ページの「少子高齢化による社会の活力の衰退」のところに、「・」で三つ項目が挙がっておりますが、今、少子化、女性の特生率の予測については、国の人口問題研究所の予測をはるかに下回るものが、先日、日本大学の人口問題研究所からも予測が出まして、このままですとますます少子高齢化が進むということです。なぜ少子が進むのかということの一つには、女性の職業と家庭生活の両立という問題がございます。これは家庭と地域と職業、そういったものが系統的に絡み合って、連鎖の中から起きている現象の一つでもあります。
  したがって、「・」のところに「女性の能力発揮の障壁となっている慣行と構造」、これをぜひ入れていただくようにお願い申し上げたいと思います。
  また後ほど、「第2章」「第3章」について発言をさせていただきたいと思います。
  以上です。よろしくお願いいたします。

鳥居会長  どうもありがとうございました。
  御意見の内容については検討させていただいています。また折に触れて、具体的に何行目に何を入れたほうがいいのではないかという御提案があると思いますので、よろしくお願いします。

  簡単に申し上げますが、前から思っていたことなのですが、14ページの最後の2行ですが、先ほど委員もおっしゃいましたけれども、これは滅私奉公を連想して書かれているのではないかということなのですが、私もあまり反対意見を過大視して、書かずもがなのことを書かないのが中教審の見識のような気がしないでもないのです。
  と申しますのは、「私」をなくして全面的に奉仕すると考えている人がいるとすれば、そちらのほうがおかしいのです。そういう意味で、「私」をなくするのではなくて、「公」に役立つ、貢献することができる自分の存在が充実していてうれしいという、つまり、自己犠牲と自己実現が重なり合った生き方をしている。それが人間の理想だと思いますので、むしろ「精神ではない」という否定的な書き方で書くのではなくて、書くならば肯定的に「そうあってほしい」とか、そういう書き方をしたほうがいいので、この2行にはこだわりたいような気がしたので、申し上げました。

鳥居会長  ありがとうございました。
  実は、14ページの御議論のありました最後のブロック、「国民の主体的な参画に支えられたよりよい国づくり」云々から始まる文章全体を読んでみますと、何を言いたいのかが途中で焦点がぼけてしまうような挿入句が幾つかあるのです。
  例えば、2行目の「国民一人一人の自覚と行動が極めて重要である。そのためには、」が、どこへ本来つながるかというと、2行下の「互いに支え合い協力し合う互恵の精神に基づき」こうこうこういうふうにすべきであるというところにつなげば何でもないのに、間に「現在問題となっている」云々というのが挟まってしまうので、これが焦点がどこに行ったのかわからなくしている。本来だと、「現在問題となっている」から「一方」までをとったほうが、文章としてはすっきりすると私も思っています。
  同じようにその2行右下には、「地球環境」の後にいきなり「エイズ問題」だけが出てくるので、それに気をとられているうちに、先へ話が進んでしまうので、もう少しほかの話を列挙するのか、あるいはもっと大ぐくりの抽象的なくくり方をするかが、必要なように思います。
  それから、今御指摘の最後の行が象徴しているような配慮は要るのかという問題があります。
  そういったことを考慮しながら、14ページの最後のブロックについての修文をする必要があるという御意見が幾つか出たように思いますけれども、後でまた検討したいと思います。

  ちょうど今のところですけれども、私は別な観点でお話ししたいと思います。
  民と官とか、あるいは国と民という二分法ではないという基本的な考え方で、「新しい『公共』」という概念というか、これを強調していることはよくわかるのですけれども、「公」というものを強調するあまり、あるいは「国」を強調するあまり、基本的人権がやはりきちんと担保されていかなくてはいけないだろうという気がするのです。ここに書いてある表現がいいかどうかは別としても、そういうことは今の近代的な社会の中で常識ですから。成熟社会における基本的人権の尊重はきちんと踏まえておかなくてはいけないと思います。表現云々は別としましても、そういうことにはぜひ配慮していただきたいと思います。
  同じ文章の中に、15ページですが、「郷土や国を愛する心」というのがございます。それはそれなりにずっと今までも議論してきたことなのですが、指導要領などでは、この言葉が出てくると、次に続けて、「世界の平和、国際親善に努める心」というのがあるのです。ですから、これはそのようにして入れていただきたいと思います。確かに「郷土や国を愛する心」というのは、7ページにも出てきますし、その後にも幾つか出てきますが、どこで今の言葉を入れていいかわかりませんが、ここで入れたほうがより適当ではないかと思います。「世界の平和と国際親善に努める心」ということで入れていただけば、今までとの整合性もあるのではないかという気がいたします。以上です。

鳥居会長  ありがとうございました。
  14ページのほうについては、今の委員のお話は、最後の行について、ここにこだわるかどうかは別として、「基本的人権の尊重」をどこかに入れるべきであるという御指摘ですね。
  もう一つのほうは、これもどこに入れるか迷うのですが、要するに一番最小の単位では、例えば兄弟愛とか、親子の愛とか、家族愛とか、それから自分の卒業した学校に対する母校愛とか、あるいは自分の属する社会に対する何らかの意味での愛着の気持ちとか、郷土を愛する気持ちとか、国を愛する気持ちとか、さらにそれを広げていくと、世界の人々と仲良くやっていくという世界愛というのか、そういったものまで広げて、それらすべてについて言及することができる一つの言葉があれば一番いいのだけれども、それがないから、結局、何とかに対する愛とか、何々を愛する心とかと列挙していきますよね。その列挙型のときに、今のお話だと、あと世界に対するというのが一つ必要であるという御指摘ですね。ありがとうございました。

  私は、いつも申し上げております体のことについて、「第2章」「第3章」でもそうですが、「第1章」の「これからの教育の目標」の中でも、「豊かな心と健やかな体」ということできちんと触れていただいたことは大変うれしく思っています。これで9月30日の子どもの体力に関する答申とも整合性がとれているかなと考えております。
  ただ、その前の「序章」のところで、「心の危機」というのが出てくるのですが、「体の危機」が触れられていないということ。それから、「教育の現状と課題」の中でも、6ページの上のほうで、「子どもたちはひ弱になり」という一言だけ、それらしき言葉が出てくるのですが、この辺でも体のことについてちょっと触れていただくと大変うれしく思います。

  先ほど委員から御指摘がありましたように、「知識社会」という言葉が何を意味しているのか、ちょっと不明確ではないかと思います。あまりうまい言葉ではないのですが、たぶん高付加価値産業社会の中にモノとサービスというのがありまして、そういうイメージでもう少し書かれたほうがいいのではないか。技能の育成なども非常に小さくなっているような気がいたします。
  それと同時に、心の問題と両方なのですけれども、21世紀は知的サービス社会を担う人材が大事なのだと思いますが、そういうことも何か書いていただきたいと思います。
  それから、国際社会に生きるという国際的な問題は、グローバル化とか、大競争時代にたくましく生きるみたいな、そういう人材のみのイメージで書かれているのではないかとちょっと気にしております。後半の11ページのあたりにあるわけですけれども、経済社会問題で苦しんでいる人たちとともに、その課題を解決していくような寛容と慈悲の心を持った人材みたいな、そういうトーンも必要かなと思います。
  それから、これはこの報告のキーワードなので、私は基本問題部会で異議を申し立てたところなのですけれども、「21世紀を切り拓くたくましい人間」ということだったので、「『たくましい』だけでいいですか」と疑義を申し上げましたところ、その前に「心豊かでたくましい」というふうについたわけですけれども、何か一つのタイプを、中教審で「こういう人物がいいんです」という言い方は、私はあまり賛成できない。つまり、「心豊か」というのは理想ですので、これは言っても言わなくてもというか、ニュートラルに聞こえると思うのです。「新しい時代を切り拓く」ということの中に、「たくましさ」は入っていると思います。「たくましい」とやはり書くのかどうか。
  女性委員たちの議論の中でも出たのですけれども、男性原理、経済的な原理に傾いた印象があるのではないかと思います。もちろんそれは大事ではあるのですけれども、全員がたくましくなくて、多様な人間が21世紀を切り拓いていくのではないかと思います。突進していく人物、それを背後から支えていく人、多様な人間が21世紀に大事だと思うので、一つのパターンを推し進めるようなことを書かないほうがいいというのが私の希望でございます。以上です。

鳥居会長  おっしゃる意味は、具体的な修文でいうと、「21世紀を切り拓くにふさわしい人材」とか、そういうことですか。要するに、「心豊か」と「たくましい」と両方とっちゃう。

  いや、「心豊か」は残してもいいのですが、「たくましい」はちょっと……。

鳥居会長  それはきっと異論のある人が出てくるのではないかと思うのですが。

  これは3ページ、13ページ、16ページ、3回にわたって出てまいります。これは御議論いただいて構いません。多数決でございますので。

鳥居会長  宿題として残します。
  それでは、今のようなこともまた再論することを条件として、「第2章」の審議に入りたいと思います。
  では、「第2章新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について」、時間をかけて御審議をいただきたいと思います。

  実は最近、国において例えば地方分権会議であるとか、あるいは規制改革会議であるとか、私ども地方行政を担う者から見て、義務教育を崩壊しかねない動きが非常に強いわけです。そういった視点から、2点についてぜひとも御検討願いたい点がございます。
  まず23ページの「義務教育」の項でございますが、この5行目に「国及び地方公共団体は良質の教育を保障する責務を有しており」云々書いてございますが、この辺に、「義務教育というのは国と地方が共同の責任を負っている」と、そういう点をぜひとも書いていただけないかというのが1点でございます。
  実は24ページに「国・地方公共団体の責務」があるのですが、これは現行第10条に関連した項目ですので、場所はいいのですが、今、義務教育というのがともすればいろいろな議論の中で、制度的にも、あるいは内容的にも崩壊しかねないような状況があるという認識を我々は持っているのです。義務教育につきましては、国と地方が共同して実施する責務を負っているのだと、そういうことを明確に中教審の意見としてぜひ述べていただきたいということでございます。
  例えば、23ページの「2」に「義務教育」があります。この5行目に「国及び地方公共団体は良質な教育を保障する責務を有し」と、これも事実なのですが、こういう文言ではなくて、明確に「共同して実施する責務がある」と。
  要するに、最近は義務教育について、国の責務をある種ぼかすような方向で議論がされているわけですね。例えば国庫負担制度の問題一つをとりましても。そういう点について、国の分権会議なり規制改革会議の動きを牽制するような方向性をぜひ打ち出していただきたい。それが1点でございます。
  もう一つは、それと関連しますので、「第3章」になってしまうのですが、37ページ、38ページに地方分権のことが書いてあるのですが、私自身は義務教育のミニマム的なレベルについては、これは地方の人間が言うのはおかしいのですが、地方分権に限界があると思っています。なじまない。例えば全国レベルで義務教育のレベルを保障する。その上乗せをどうするかは、分権になじむ話です。今の国の動きというのは、根底のレベルにまで波及しかねない議論がされているわけです。したがって、地方分権の議論そのものは是としますが、義務教育との関係でいえばおのずから限界があるということをぜひ入れていただきたい。その2点でございます。

鳥居会長  ありがとうございました。
  これはとても難しい問題なのです。文言として入れること自体は、特に23ページに関しては、今、委員がおっしゃったような文言に直すことは可能だと思います。
  ただ、事実認識として、義務教育に関して地方分権を徹底して進めるべしということに国論全体が向いているというふうに中教審が理解してしまうのは、本当にいいのだろうか。まだその議論は行われ始めたばかりであると思うのです。そこは難しいところだと思います。

  結局、義務教育の議論をいろいろ聞いておりますと、義務教育全体を―例えば今、いろいろな地方団体の義務教育に関する動きがあります。例えば県独自で30人学級をやるとか、いろいろな動きがございます。ただ、ミニマムのものは保障されるべきですよね。個々の団体の思惑いかんにかかわらず。その上で、それぞれの首長あるいは教育委員会の判断で上乗せをしていく。ここはまさに地方分権の世界です。ただ、下は違うでしょうということです。この根底まで覆しかねない動きがかなりある。

鳥居会長  いや、そこを申し上げているので、先ほど来、ほかの方からナショナルミニマムという御発言があって、我々はそれを是として受け入れたわけですが、要するにナショナルミニマムは、日本中全体について保障されなければいけない、確保されなければいけないということは、ここで合意されていると思うのです。その上で、さらに地方分権にゆだねるか、あるいはそれぞれの独創にゆだねると表現するかは別として、いろいろな新しい教育の工夫が行われることを奨励するということ自体は……

  それはいいのです。

鳥居会長  結構ですよね。

  したがって、文言として、今おっしゃったナショナルミニマムの部分については、地方分権上おのずから限界があるということを一文入れていただきたいということなのです。例えば地方分権、地方分権といって、地方に全部任すことによって、ナショナルミニマムの部分まで崩壊しかねないわけです。

鳥居会長  私流の表現をすれば、どこかにナショナルミニマムということを書くときに、ナショナルミニマムというのは必ずしも地方分権だけで実現できるものではないというふうに書くことになるのでしょうか。

  地方分権の議論を敷衍していくことが、結果的にミニマムの部分を壊してしまう恐れがあるということです。

鳥居会長  同じことを私は考えているのですけれども、その表現方法は、最後におっしゃった表現ですね、それだと違う意味にとられるような気がしませんか。

  いや、地方分権の流れに逆行するような面にとられかねないです。とられかねないけれども、それはぜひとも入れるべきではないかと思っています。
  例えば、地方分権の流れというのは、現状においては必然です。ところが、一方で義務教育というのはまさに義務教育的教育を施すことによって、日本を担う人材の育成のベースです。地方分権という流れの中で地方にすべて任すことは、その部分を崩壊しかねないわけです。

鳥居会長  だから、我が中教審は、ナショナルミニマムを確保するために、すべてを地方分権に任すとは言っていない。

  文言的にそこを明確に記載をしていただけないかということ。限界があるということを。

鳥居会長  限界があるということをね。御趣旨はよくわかるのですが、表現方法は後で検討してもらうことでいいですか。

  ナショナルミニマムと発言した責任がありますので、一言申し上げさせていただきたいのですが、つい最近経験したことなのですが、ウィントン・マルサリスというトランペットの世界的な名手がいるわけですが、それが日本に来たときに、うちの学校へ来て、半日授業をしてくれました。そのときにいろいろ話をしていたら、ニューヨーク・フィルですと、ニューヨーク・フィルの構成員全員が、1年のうち何回かボランティアで学校に行って教えることが義務づけられているのだそうです。こういう社会が目指すべき社会だろうと思うのです、これから我々は。そういう議論を中教審ではするべきであるし、それがナショナルミニマムを支えるというふうに私は考えて発言しているのです。
  ただ、今のお金の問題だけでナショナルミニマムを議論してしまうと、矮小化されてしまうのではないかという気がするので、委員のお気持ちはよくわかるのですが、私の発言した趣旨はそういう意味なのです。それをみんなで支えなければいけないということです。お金だけではなくて、いろいろなことがあるわけですから。

鳥居会長  そうそう、いろいろなことがある。

  ナショナルミニマムをとにかく提言するということです。今、あまりにも無視されているというかな、全体をレベルアップするのが、遠い道だけれども一番確実な結果が出てくるということだと思います。委員がおっしゃるように、お金の面も国が面倒を見てくれれば一番簡単なのですけれども、それができないなら理念だけでも提言して、それを実現するようにみんなが考えるようにしようと言うとか、そういうことを申し上げたつもりだったのです。

  私が言っているのはちょっと違うのです。金の面で国が面倒を見てくれという話をしているわけではないのです。例えば国庫負担制度というものが現実の問題として、地方の義務教育のレベルを保障していることは紛れもない事実です。一方で、学習指導要領が全国的にある一定の教育水準を保障してくれるのも紛れもない事実です。そういった意味で、全国的にある意味では義務教育というのは画一的な部分が必ずあると思っています。そこをすべて地方に任せるということはあり得ない話であって、そこにまで波及しかねない動きを現実にはしているわけです。規制改革にしろ、地方分権にしろ。そこのところの歯どめをぜひとも中教審として、文言は確かに難しいとは思いますが、そういう方向性だけはぜひとも打ち出していただきたい。

鳥居会長  思いは同じつもりです。私、いつも例に引くのがサッチャー改革で、サッチャーが1980年に総理になってすぐに言い出したことは、イギリスは長いこと―長いことというのは、1944年教育法に基づいて、約40年間、地方にすべてをゆだねてきたために、ナショナルミニマムが崩壊した。だから、改めてイギリスの教育のナショナルミニマムを再構成しよう。それにはある程度中央が中心になってつくったナショナルミニマムを地方も使ってほしいという形で、1988年法に向けて法律改正をしていったわけです。同じことをたぶん考えていると思うのです。ただ、その道行きをどういうふうに想定しながら今回の中間答申に書き込むか、ちょっと検討させていただきたいというのが私の返事です。

  今の発言に関連して、ナショナルミニマムというのは、使う人によっていろいろな意味合いがあると思います。先程の委員がおっしゃるのは、平たい言葉で言えば、ナショナルミニマムなんてそんな生やさしいことではないですよと。義務教育については絶対国がやってもらわにゃ困るんだと。国庫負担制度はたまたま一例にすぎないのであって、例えば40人学級にしても、学習指導要領にしても、これはきちんと国の責任でやってくれと。その上で、地方分権的に足し増ししてくださいという趣旨なので、今の流れは地方分権、地方分権として、本来きちんとすべきものまでなし崩しにされてしまうではないかと、こういう心配だろうと思います。どこにどういう表現を盛り込むかは別として、私は先程の委員の御発言を尊重していただきたいと思います。

鳥居会長  ありがとうございました。
  それでは、この問題は大体そういう形で扱わせていただきます。

  先ほど申し上げました9人の女性委員の共通認識について、「第2章」について指摘させていただきます。
  22ページ、「(vii)」の「職業生活との関連の明確化」の中に、3行目から「一方、若者の就職難が恒常化し」という表現があるのですが、ここに「また、女性の人生における職業の位置づけも大きく変化してきている」という一文を入れていただけないかということでございます。
  男女、同じ教科を受けて、同じ専門知識を学習しても、卒業時、就職率の違いが厳然としてある。また、女性は高学歴にもかかわらず、社会の中で学習した力を発揮できていないということがありますので、女性の職業生活についても若干言及する一言があれば大変ありがたいと思います。
  それから、24ページでございますが、「男女共同参画社会への寄与」のところでございます。4行目、「趣旨が広く浸透するとともに、性別による制度的な教育機会の差異もなくなったこと」と、このように書いてございますが、確かに公的な制度の差異はなくなったわけですけれども、現実には男女共同参画は実現できていないので、ここに「教育機会の差異は減少しつつあるが、社会のあらゆる分野における男女共同参画はまだ十分には実現していない。21世紀においては、男女が……」と続けていただければありがたいと思います。
  そして、下から2行目のところに、「教育、学習のあらゆる場に不可欠となっている」と、「男女平等の促進に寄与する」という視点につなげて、つけ加えていただければありがたいと思います。
  さらに、26ページでございます。「家庭教育」のところでございますが、最初のパラグラフの最後、「教育の機能の低下が顕在化している。」、この後にぜひ「また、父親の教育参加の促進など、家庭教育にも男女共同参画の視点が不可欠である。」と、この一文を入れていただきたいと思います。
  今、日本の働いている人の有給休暇の消化率が5割を切っております。有給休暇をもっと取得して、家庭教育や家庭の中での参画に励むとか、そういった動きが必要だと思います。男女が家事とか、家庭、家族にかかわる時間の際立った違いが厳然とありますので、家庭教育における父親の教育参加は非常に重要な一文ではないかと思います。よろしくお願いいたします。

鳥居会長  一番最後におっしゃったのは、実は10ページにも関係しまして、10ページの一番上に、前のページから読みますと、「子どもの養育や親の介護などで一旦は職業から離れた女性」と書いてありますけれども、これは男女なのですね。別に女性だけが離れるのではけしからん話で、男もやらなければいけないわけだから、ここは男女でもいいかもしれないということとペアにして考えたほうがよろしいのではないかと思います。
  そのほかは、今御提案の趣旨は、いただいた資料で私も見ておりまして、検討させていただきたいと思います。
  ただ、実はよく読んでみますと、「第2章」は、場所によっては後でだんだん出てきますけれども、具体的な教育基本法の新しい条項の内容をイメージさせるような素案になっている部分があります。それのいろいろなところに全部、男女共同参画を散りばめてしまうと、逆に焦点がぼけてしまう可能性もありますので、その点は若干調整の余地を、後で修文するときに私たちに残させていただいて、基本的には御提案をいただいたということにしたいと思います。

  20ページ以下でございますが、この報告案には、教育の基本理念に追加すべきだとして多くのことが挙げられておりますが、よく読んでみますと、3種類か4種類に分かれるのではないかと思うわけでございます。
  一つは、個人の自己実現、努力や向上心、公共の精神、道徳心、自律心、規範意識、伝統や文化の尊重、郷土や国を愛する心、国際社会の一員としての意識などでございます。これは国民のすべてが心がけるべきこと、あるいは徳目のようなことであろうかと思います。
  二つ目は、国民の心がけとか、責任というよりは、政府の、あるいは国家の政策課題と見られるものがございます。例えば生涯学習社会の実現、時代や社会の変化に対応した教育、職業生活との関連の明確化、男女共同参画社会への寄与などがそれでございます。
  三番目としましては、例えば個人の能力の伸長、創造性の涵養、感性、自然や環境との関わりといったようなことは、国民の心がけるべきことであるとも思いますし、また、同時に国家あるいは政府の責任というふうに両面性を持ったものとして考えられます。
  それから、教育の基本理念以外の各条項に追加すべきとされている事項の中にも、例えば教員の使命感と責務とか、児童生徒の規律遵守及び学習の責務とか、保護者の家庭教育の役割と責任、学校・家庭・地域社会の連携・協力などといったものは、保護者や住民や教員や児童生徒が担うべき責任あるいは責務を記述したものだと思います。
  このように四つぐらいの理念と言われているものが一緒に入っていると思います。
  現在の教育基本法に基本理念としてこの中間報告で挙げられておりますのは、「個人の尊厳」「真理と平和」「人格の完成」などでございますが、こういった現行法の教育理念と言われておりますのは、国の教育政策をそういった理念に基づいて行う旨を宣言したものだと思われるわけでございます。
  ところが、今申しましたように、中間報告案では教育理念が4種類ぐらいございまして、その半ば以上ぐらいは国民が遵守すべき徳目や心得、あるいは担うべき責務、責任などであります。こういった徳目とか、心がけ、あるいは責務は、望ましいことには違いありませんと思いますけれども、これを法律に規定することが果たして適当かどうか。あるいは、それによって効果が期待できるものかどうかと考えますと、疑問がないわけではございません。
  そこで、新たに追加する教育理念というものは、やはり国家による教育施策的なものに限りまして、国民が遵守すべき徳目、あるいは心がけ、担うべき責務、責任というようなものは、大事なことではございますけれども、別途の方法で世間に発表したほうがよろしいのではなかろうかと考えるわけでございますので、御検討いただければ幸いでございます。

鳥居会長  今おっしゃった御趣旨はわかりましたが、委員が徳目というふうにくくられたものですね。徳目そのものを挙げて、これが徳目ですよと説く理念法のアプローチもあると思うのです。もう一つは、その徳目は守るべしというふうに、一人一人の若き国民に呼びかける形の徳目表現もあると思うのです。
  しかし、私はそうではなくて、学校、家庭、社会、国、そういうところが広い意味の教育―広い意味の教育と言っているのは、訓育と才能・能力の開発と学習の支援、個人の自立の支援、そして社会人となっていく成長の支援という活動を通じて、今、委員が徳目とくくられたようなことを教えていく、あるいは社会的に醸成していく必要があるという書き方があると思います。私の頭の中では、この中間報告はそういう想定のもとに書かれているように思うのですが、その点、いかがですか。

  こういったことは、これまでの中教審答申でも、例えば「心の教育」の答申がございましたけれども、ああいうところに書かれていると思います。ただ、中教審答申として、こういうことが大事ですよということを出すということと、法律に規定するということは別ではなかろうかと思うわけでございます。あるいは、会長声明として出されるとか、あるいはかつてありましたように、「期待される人間像」というようなものを出すとか、いろいろな方法があるのだと思います。やはり法律には国の政策目標みたいなもの、そういった理念を掲げるのが妥当ではないかとこう思っているわけでございます。

鳥居会長  ですから、国の教育に関する政策理念として、国は学校、社会、あるいは家庭、いろいろな仕組みを通じて、これをフランス法的に言えば、教育共同体だと思うのですけれども、教育共同体全体を通じて国の教育の目標を実現していく必要がある、あるいは責務がある。その責務の中に、今、徳目とくくられたものの中の幾つかは、やはりそれは学校でやらなければだめだとか、家庭でやらなければだめだということが書かれれば、それは委員が最後に言われた方法になるのではないか。それを中教審答申のどれか一つで、ああしましょうとか、こうしましょうと呼びかけるだけというのとは次元の違う話なのではないかと思うのです。

  そういった徳目を法律に書きますと、教育基本法そのものが大きく性格を変えてしまうのでは。

鳥居会長  だから、法律に徳目そのものを書くのをやめましょう、そうではなくて、国の政策としてこういう方向で政策を進めるという書き方をする中で、徳目が実現するようにしたらどうでしょうかということを言っているわけです。

  それは結構です。これを見ますと、何か基本法に徳目を列挙するように読めるわけでございます。

  今、委員がおっしゃったことは、結果的には会長がおっしゃったようになるのですけれども、例えば26ページの一つ目の「○」の「なお」から始まる文の終わりが、「引き続き検討していくこととする。」となっているのです。だから、規律を守るようなそういう徳目的なことは、「引き続き検討する」わけですから、これは理念には入らないと私は読んでいるのです。よく読めば、「引き続き検討する」という書き方で終わった文章と、例えば同じ26ページでも、「家庭教育」の最後は、「規定することが適当と考える。」と、書き方が違うのです。そこを読むと、おのずから委員がおっしゃったように分類されているのではないかと私は読んでいたのですが。

  あちこちいろいろ意見があることを顧慮し過ぎているから、そういう表現になるのではないかと思いましてね。
  今の関連から言うと、政策課題だけを法律にするのでは全く意味がないわけで、教育そのものはすべて徳目にも、人間の生き方にも関係することで。それから、さっき委員の言ったことは大事なので、いわばナショナルミニマムは、言ってみれば教育の原点としての型をきちんと押さえるということですよね。もっとわかりやすく言えば、読み書きそろばんがそうなのであって、そこが崩壊しているところに危機感があるわけです。当然それはある意味では徳目にも関連してくる。だけど、それを復古的に徳目だけをこれというふうに並べるのではないわけだから、私はこの整理でいいと思います。
  それから、先ほどの続きですけれども、「第1章」のところで先程委員のおっしゃった、確かに「激動の時代」、あるいは「大競争の時代」という表現は考えていただいて、例えば「激動の時代」というのを「歴史的変動の時代」と置き換えただけでも、中身が随分変わってきます。そのようなことがあちこちにあるので、その点を中心にできるだけ簡潔に申し上げたいと思います。
  17ページの「2」の「『知』の世紀をリードする大学改革の推進」は、さっき言いましたように、大学というのは大学院を含むのか。含むとすれば、今の学校教育法上のような形でくくればそれでいいのですけれども、もしそうでなければ、大学、大学院としていただくなり、「初等中等教育中心」という言葉が出てきますから、そこは「一方、高等教育」という言葉を使っていただいたほうが、よりはっきりすると思います。
  17ページの「4」のところですが、ここは終わりから3行目、「地球環境問題など、国境を超えた人類共通の課題が顕在化し、」と、これは大変結構な表現だと思います。まさに国境を超えた人類共通の課題というのは、いわば国境を超える義務なのです。そうしますと、地球環境問題だけではなくて、そこはさっき委員もおっしゃったけれども、人権尊重というようなことを―基本的人権という言葉がいいか。私はむしろ人権というのは国境を超えた公共財だと思います。そういう言葉も入れていただいたほうがいいと思います。
  それとの関連で、18ページの上のところですが、「平和のうちに生存する権利を守ろうとする国民一人一人の思いが」とありまして、ここに平和のこともちゃんと出ているのです。「我が国だけではなく、同じ思いをもつ他国の主権を尊重しなければならないという国際的な視点に通じるものとなる。」、これはかなり問題でしてね。「他国の主権」、つまり、国家主権を尊重しろということになってしまうわけで、国家主権とともに人権があるわけです。例えば、北朝鮮が拉致問題で、自分の主権だと言えば、それを尊重すると同じようなことになりますので、「他国の主権」という言葉はぜひ考えていただきたい。ここはむしろ、「同じ思いをもつ他国の人々の気持ちを尊重しなければならない」と、そのぐらいの表現のほうがいいと思います。よろしくお願いいたします。
  それから、21ページ、それとの関連で、ここは非常によく書けていると思いますし、社会学者の言葉によりますと「開かれたナショナリズム」、「開かれた」というのはいわばローカリズムから出るわけで、郷土愛がナショナリズムの模範だというのですけれども、大変いい書き方をしていると思います。
  その中でちょっとひっかかるのは3行目、「国際社会に出ていけばいくほど、自らを日本人として意識する機会が増え」、これはそうなのですが、同時に、国際社会に出ていけば出ていくほど、国際人という意識があるのですね。ですから、2行目のところに、「グローバル化が進展する中で、これからの時代には、国際社会の一員として生きるという国際人としての自覚とともに」という言葉を入れていただく。その表現はまた考えていただいて。その中で今度はアイデンティティの問題が出てきて、しかも、それは郷土愛みたいな開かれたローカリズムからつながる一種のナショナリズム、これは決して偏狭なナショナリズムではあり得ないわけです。ローカルに徹すれば徹するほど、それは広い意味での国を愛するという表現で、非常に結構だと思います。
  マスコミを見ると、これを「愛国心」とマスコミの人たちはみんな書いているけれども、マスメディアの人もそこをきちんとつかんでいただいてですね。この書き方はよく工夫されていると思いました。

  19ページですが、最初の「○」の「もちろん」からのところですが、「教育基本法を見直すだけで、いじめ、不登校といった現場の教育課題が直ちに解決するものではない。」と。私はこれは前から気になっているのですが、教育改革国民会議でも、いじめはなくならないのだから、そのまま変えなくてもいいではないかという意見があったのです。私は、現場に影響を与え得ないような教育基本法が問題なので、ただ理念として飾っておくだけなら、なくてもいいわけなので、いじめを解決するような教育基本法の改正を目指すというスタンスでなくてはいけないのではないかと思います。
  そうすると、理念というのは簡潔でなければいけないので、委員が先ほどおっしゃったように、細かい徳目は書く必要はないと思うのです。ただ、平和とか、基本的な理念は書かなければいけない。平和の場合には、国際平和とか、戦争をしないとか、そういうグローバルな、マクロの視点の平和だけが強調されて、心の中にある平和とか、家庭の平和というのが浮かんでこないから、いじめとか、不登校といった問題が出てくるのだと思います。基本法を見直すことによって、現場の政策に影響を与えるような基本法にするということが一つ必要ではないかと思います。
  そういうことを考えますと、存在感のある教育基本法といいますか、ただ壁にかけておくだけではなくて、存在感のある、そして簡潔でなければいけないと思います。あまり長くてもいけないし、本当は12、3条がいいと思いますが、最大限17条ぐらいかなと思うのです。18条になると20条に近くなりますから、理念は簡潔にと。
  理念が実現されるには理論が必要なのですが、理論を導くようなインパクトのある理念、そしてその理論が実現に移されるような施策に反映されるような展開を伴うような理論。ですから、理念、理論、政策という3点セットがなければいけないのです。そういう意味では、いじめが直ちになくならないといった書き方には不満なのです。むしろ胸を張って、これをなくすために変えるのだというように書いていただきたいと思います。

鳥居会長  ありがとうございました。
  今御指摘のいじめ、不登校云々は、これをみんななくす方向で考えていることは、全体としては筋は通っているのですが、ここへこんなことを書いてしまったから。ここはちょっと直す必要があると思います。

  21ページです。先ほどの委員も言われましたけれども、「国際社会に出ていけばいくほど、……無関心でいることはできず」、これは言葉が冗舌過ぎるのではないかという感じがするのです。これはなくするか、あるいは書き換えられたほうがいいと思います。特に「国際人」というのも非常に自覚されてくるわけですから、そういう言葉を補強されたらどうかと思います。
  同時にここで、「真に国を愛する」という「真に」という言葉が要るかどうか。それだけが気になります。

  先ほど委員は、徳目を盛らなければ意味がないとおっしゃいましたけれども。

  いや、徳目を盛る必要はない。おのずとじわりと徳目が出てくるようになっているから、これでいいのではないかということです。

  ですから、徳目を書いていきますと、教育基本法がいつの間にか教育勅語のようなものになってくるのではなかろうかと思うわけです。
  それとは別に、そういうものを書いて、いかなる現実的な効果があるのかということでございます。ですから、国や地方団体の政策理念であるならば書くことに意味があるかと思いますけれども、国民が守るべき徳目とか、心がけというものを法律に書いても、刑法に書くのと違って、実際的な意味はほとんどないのではないかと思うわけでございます。

鳥居会長  御意見はよくわかりますが、20ページの上から二つ目の「○」から読んでいただきたいのですが、こういうふうに書いてあります。「本審議会におけるこれまでの議論においては、現行法に掲げられている基本理念に加えて、現在及び将来の教育において重要であり、教育基本法に規定すべきと考えられるものとして、以下の(i)~(vii)が挙げられたところである。」と書いてありまして、これは議論としては出たのです。それが20ページの「(i)」から22ページの「(Vii)」まで書いてあるのです。
  現行の教育基本法が挙げている基本理念だけでは、新しい時代に向けて足りないものがあるのではないかということで出てきたものの幾つかなのですが、これがそのまま一つ一つが新教育基本法の1条、1条になるということは、まだ決めてあるわけでもないし、恐らくそうはならないと思います。
  それから、徳目というふうにくくったもののうち一番典型的なのは、20ページの「(i)」番、「個人の自己実現」「個性・能力の伸長」「創造性の涵養」等々ですが、これは一人一人の国民ないしは学生生徒に対して徳目を要求するものではなくて、むしろ彼らを教育する側、彼らに学習機会を与える側の我々、我々というのは学校や家庭や社会ですが、そこが配慮すべき事柄だと思うのです。

  それは私が先ほど言ったことと同じです。

鳥居会長  そうですよね。それを言っているわけです、だから。

  私はこれは徳目にはくくっていません。私は、3番目の個人の能力の伸長、創造性の涵養、感性、自然や環境との関わりというものは、国民も心がけるべきだけれども、同時に国家、政府の責任としてやっていくものだと分類しておりまして、徳目には入れておりません。

鳥居会長  いや、1番を徳目と呼ぶかどうかは別として、1番は結構ですけれども、2番、3番等々についても、同じように考えられないでしょうかということを言っているわけです。

  今のことですけれども、私は基本的には会長のおっしゃったことでよろしいのではないかと思っております。
  例えば、1番のほうはないということですけれども、徳目とはどういう意味かということにもよるのですけれども、例えば憲法の第13条をお読みいただきたいのです。資料2にありますけれども、第13条に「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」という規定があります。これは法の規定としていかがなものかという批判もありますけれども、この規定がある意味では憲法の中核をなしている規定なのです。国政の在り方についても定めると同時に、個人としての自律といいますか、自己責任といいますか、そういうことも含んでいる、極めて重要な規定なのです。そのように理解されております。
  ですから、教育基本法にどういうものを書くかにもよるのですけれども、基本法ですから、その骨格になる精神はおのずから表現されてしかるべきことではないかと思います。
  それから、3番目の公共の精神ですけれども、これも何回か繰り返し申しておりますが、やがて裁判員制度が設けられることになります。陪審制と共通の考え方の制度が導入されることになります。そして、司法制度改革審議会の答申の中に、初等中等教育でも司法教育の重要性ということをしっかりやりなさいということを強調しているわけであります。これは徳目の意味にもよるのですが、決してそういうたぐいのものではなくて―具体的にどう書くかは問題ですよ。一々個別的に書けと言っているわけではありませんが、この趣旨のことは当然、教育基本法に書き込まれてしかるべき事柄ではないかと思っております。

事務局  20ページ「(1)」の「教育の基本理念」の「○」でございますが、現行教育基本法第1条は、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、……心身ともに健康な国民の育成を期して行」うとなっておりまして、「平和的な国家及び社会の形成者として」有すべき徳目として、現行基本法は「真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた」と、こういうふうに既に掲げられておるわけでございます。これは昭和22年の基本法でございますから、時代、社会の変化を踏まえ、当然普遍的なものは大切にしながら、現時点においてさらに重要なものとしてつけ加えるものは何かないだろうか。そして、その議論の結果として、ここに掲げられておりますような1から4までの項目が出てきている。これをすべて書くかどうかはまた議論があるかと思います。そこは国民的な議論をお聞きしながら検討していくという議論でなかったかと承知をいたしております。

鳥居会長  では、もしほかに教育基本法についてまだ御意見があれば、後で出していただいても結構ですという条件つきで、「第3章」に移りましょう。どうぞ。

  34ページなのですが、これは施策の基本的な方向です。基本的な方向なのに、最初の「○」がいじめ―先ほど私はいじめと言った手前、ちょっと困るのですが、いじめという具体的な問題が出てくるのですけれども、基本的な方向ですから、もう少し高邁にと言いませんが、先ほど来議論になっている義務教育の充実・強化とか、分権の限界とか、何でもいいのですが、そんなようなことが一つあってもいいのかなという気がしないでもないです。
  それとリードの部分で、「学校が良くなる、教育が変わる」、これは文部科学省の施策のキャッチフレーズだから、それはそれで生かされていると思うのですが、学校がよくなるにはどうすればいいのかということが見えてこないのです。学校のよしあしは教師次第だと思うのですが、教師のことが基本的な方向で出てこない。後から出てくるのですが、それがちょっと不満なのです。
  もう一つは、35ページの枠の中の下から2番目「○」ですが、「地域におけるボランティア活動や自然体験活動などの奉仕活動・体験活動」云々とあります。基本計画は重点化をねらいとしていると思いますが、39ページを見ますと、「豊かな心の育成、自立心の育成」ということで、40ページにかけて「○」が五つ挙がっています。まず「道徳教育の充実」があって、これを全部読んでいきますと、どんなふうに重点化されるのかなと気になるのです。「道徳教育の充実」という総論的なことが書かれて、次は「ボランティア」「奉仕活動」と各論的なことが書かれているわけですけれども、どちらが大事なのか。みんなが大事だといえば、体系だからそうなのだと言えば終わりなのですが、重点化というのは、どこが入り口で、どこを出発点にするかということだと思うのです。そういう意味では、奉仕活動なら奉仕活動に絞って、これを徹底すればおのずから道徳教育の充実に発展的につながるとか、そういうのが計画のシステム化ではないかと思います。重点化の点でもう少し御配慮いただきたいという希望でございます。

鳥居会長  34ページの「教育振興基本計画に盛り込むべき施策の基本的な方向」ですが、「目次」を御覧いただきますと、本来この「基本的な方向」という「第3章」の「3」は、中が「(1)」から「(4)」までの四つからなっている構造になっているのです。ところが、34ページを開きますと、いきなり具体例が出てきて、本文はそれが終わった36ページの「(1)」から始まるのです。これは非常にまずいので、場合によるとこの四角囲みの2枚は一番後ろに持っていったほうがいいのではないか。一番後ろにくっつけるときに、施策の具体例とか、そういう形で例示にとどめるというふうにしたほうが、委員の御指摘のとおり、これは勘違いされる可能性がありますので、そこは配慮します。ありがとうございました。

  今の会長のおまとめで結構だと思いますが、マスコミ的に言うと、ここの部分は囲みの中で挙げられているものだけが報道されるのです。いろいろ文章に書かれているのは大体報道されないのです。ですから、ここは非常に重要だと思うのです。
  そういう意味で言いますと、先ほどもちょっと申し上げたのですが、やはり幼児教育をどう取り上げるかという項目は入れておかないとまずいのではないかと思います。
  それから、高等教育が世界的に通用するという、これは非常に重要な視点ですけれども、それだけではなくて、高等教育機関が一般の市民にリカレント教育の重要な役割を果たせるようないろいろな仕組み、あるいは制度的な考え方をつくり上げていくのも振興計画の重要な一つだと思いますので、この項目をぜひつけ加えていただきたいと思います。
  最後にもう一つ、後でいろいろ出ているのですけれども、いろいろな事情で問題があるのだろうと思いますが、できましたら私立学校の振興というのが入るとありがたいと思っております。これは自己実現という意味で、今回の教育改革の柱があるとしますと、自己実現という視野でいうと、私立学校は公立学校の参考になるようないろいろな教育事例がつくれるわけです。実験的なこととか。従来もそういう形で考えられて、多くの実例がございます。例えば帰国生徒の教育とか、中高一貫校とか、現在、公立学校でもいろいろと活用されている制度は、私立学校が最初に試験的にやったものです。そういう意味でいうと、そういうものもあっていいのではないかと思います。
  ただ、これが外れているのは何か理由があって外れているのだと思いますので、無理なことは申し上げませんけれども、できればこの中に入っていると大変ありがたいと思っております。

鳥居会長  一番最後の私立学校ですが、これは今御指摘のような点を含んで検討させてください。39ページを御覧いただくと、たった一つ、「私学助成の充実」というのがポッと出ているのです。前文はついていますけれどもね。これはちょっと検討させてください。
  それから、確認のために伺いたいのですが、さっきから主張しておられる幼児教育については、どう書けばいいとおっしゃっているのですか。

  幼児期に、つまり、2~3歳から就学年齢6歳までの教育は非常に重要なのです。というのは、例えば500年ぐらい昔に書かれた『風姿花伝』に、能、謡曲の始めはいつからやったらいいかというのが書いてあります。初舞台は7歳がいいと書いてあるのです。7歳は今流に言うと満6歳ですから、その頃、人間としてきちんと組織的に教育できる段階に入るのだと思います。ただ、その前段階の教育は、発達心理学の成果を我々は知っているわけですから、自主性を確立するという意味でいえば、いろいろな項目についてそこの部分でいろいろな形で教育が可能なのです。その部分の重要性を指摘しておくことは大事ではないかと思います。
  例えば厚生労働省と文部科学省が分かれているのはおかしいのです。これは文部科学省が全部やるべきなのです。教育の内容ですから。文科省がやるべきだということまで言う―預かるだけではないはずなので、教育内容と考えれば文部科学省がやるべきですから、そのようなことを言っておかないと、新しい教育にならないのではないかという気がしますから、幼児教育の重要性という指摘ができないかどうか。これは省庁の問題がありますから、難しいとは思いますけれども、問題点は非常に重要なことが含まれていると思っています。

鳥居会長  整理のために申し上げますが、幼児教育の少なくとも幼稚園については、学校教育法の第1条で、幼稚園はちゃんと学校と規定されているわけです。にもかかわらず、今のような御発言があるということは、学校教育法第1条に規定した学校としての扱いをもう1回、では幼稚園についてはどうするのかということを考えるとか、そういうことも含むわけですね。

  保育園との関係です。ですから、保育園的な役割を幼稚園の中に入れるとかね。だけど、教育だから、文部科学省がやらなければ絶対にだめなのです。そこのところをはっきりとさせないとまずいと思うのです。

  先日、ベルリンの日独センターで行われた幼児教育の「子どもと音楽」という国際シンポジウムに出てきたばかりなものですから、それに若干インスパイアされているのですけれども、日本は私が関係している鈴木メソッドの子どもたち、それから私が行って報告しました。ハンガリーのコダーイの研究所とか、ドイツとか、それから御指摘のように大脳生理学も非常に発達していますし、発達心理学の先生たちも加わって行われました。
  この場合の幼児教育は単なる幼稚園、保育園ではなくて、広い意味でのまさに幼児教育なのです。才能教育と言ってもいいかもしれません。これは今まで日本の教育の中には必ずしも視野が十分広がっていなかったのですが、今、アメリカでもそれが非常に議論されています。
  そういう意味からすると、41ページの「幼児教育の充実」というところを見ていただきたいのですが、大変いい言葉が書いてあるのです。具体的に「幼児期にふさわしい教育の充実」とか、そういう言葉が書いてあるのですが、一体どういう教育なのか。これはひとえに、できれば音楽のような感性教育なのです。プレスクールでもって受験競争に入らせては困るわけです。そうではなくて、まさに感性とか―実は外国語教育もそこに本当は入るのです。そういう意味での言葉をぜひ入れていただければ、単なる制度としての幼児教育以外に、広い意味での幼児教育が視野に入ってくるのではないかと思いまして、発言させていただきました。
  ついでにもう1ヵ所ですが、43ページの上から二つ目の「○」に、英語教育について取り上げていただいて、大変結構だと思います。ただ、小学校から大学における「具体的な目標に基づく英語教育の充実」というところに、「具体的な目標と一貫した指導方法に基づく」という、一貫した指導方法がないから、日本の英語教育はバラバラでということがありますので、それを入れていただければと思います。
  それから、17ページに「政治的教養」という言葉がポッと出てくるのです。これをもし入れるなら、「社会的教養」という言葉も入ったほうがいいかなと思います。そこは日本の政治がいかに貧困かということなのかもしれませんけれども、ここに「政治的教養」だけが出てくるから。もしそれでしたら、「社会的教養」なんていう言葉もあったらいいかなという気がいたします。

鳥居会長  最後におっしゃったのは確かに気になる言葉なので、検討させていただきます。「社会的教養」として、括弧の中にもう少し、政治だけではなくて、社会全般にわたる関心、判断力、批判精神が登場すれば、先生のおっしゃるとおりになると思いますので。

  以前からちょっと気になっていた言葉の問題で、「子ども」というのがあちこちに出てくるのです。この「子ども」というのが小・中学校の児童生徒の意味なのか、さらに上までいくのか。学校教育は今度の場合に、大学までも視野に入れるのだということになっていますが、例えて言えば、体の問題にしても、大学生、さらに言えばお年寄りまで含めた大きな課題であるわけで、それを子どもの体の問題だけに押し込るのか。それと「子ども」というのが一体どうなのか。その辺は一度、中教審としてきちんと考えるというか、言葉として何を使うかというのをきちんとしたほうがいいような気がしておりますので、一言申し上げました。

鳥居会長  この話は、実は別の分科会で出たことがあって、そのときも委員から御指摘いただいき、私も発言したことがあるのですが、これは事務的に詰める必要があると思います。

  「第2章」と関連しますが、先ほど申し上げた「公共」という部分で、「第3章」で言えば、40ページ「(ii)」と「(iii)」にかかわるところですが、基本計画の位置づけというのは、詳細にわたるところまでではないと思いますが、政策を具体的に述べる部分だろうと思うのです。そういう面で言いますと、40ページにある、例えば「(ii)」の「国家・社会の形成者としての資質を養う教育の充実」とか、それから「(iii)」の二つ目の「○」の「郷土や国を愛する心をはぐくむ教育の推進」とか、これは具体性にあまりにも欠けるのではないかという感じがするのです。
  といいますのも、17ページに戻っていただきたいのですが、「第2章」の「『公共』に関する国民共通の規範の再構築」という部分で、ここに「新しい『公共』」という概念が出てきて、これは教育基本法見直しの必要性の大きな柱になっていると思います。
  それに関連して、今度は21ページに、「第3章」につながるであろう「(iii)」と「(iv)」で、真ん中の「○」のところで「公共に主体的に参画する意識や態度を涵養」とあって、その下のほうへいくと「新しい『公共』の創造」という、二つの「公共」の概念が出てきているわけです。
  「新しい『公共』」というのは、先ほども私が触れまして、これから必要な理念だと思っているわけですけれども、その前の「公共」というのが40ページの表現にかかわってくると思います。
  「第3章」の「振興基本計画策定の必要性」のほうにきて、31ページの「(2)」の「これからの教育の目標」に「1」「2」「3」「4」とありますが、ここには「新しい『公共』を創造し」ということしか出てこないのです。その辺の関連が私には少し理解がしにくいということです。
  結局のところ、40ページにきまして、「『公共』に主体的に参画する意識や態度」と「日本人のアイデンティティと国際性の育成」というところで、先ほどの「郷土や国を愛する心をはぐくむ」と出てくるのです。抽象的なものですから、これは先ほど鳥居会長が言われたように、この愛というのは自分を愛するところから始まって、世界まで広がる概念だということであります。ほかのところの「○」は、言葉は多少抽象的ですけれども、政策的に、ああ、そういうことだな、ということが思い浮かぶような書き方がしてあると思います。ところが、ここのところは一体どういう教育だろうかと思わざるを得ないのです。この「郷土や国を愛する」というところが今回の答申のキーワードとして注目もされているだけに、もっと具体的に育てるという―私は二つ目の「○」がなくても、上と下の四つだけでもそういうことがはぐくまれるのではないかと感じるわけです。あるいは、もう一つ二つあったほうがいいかもしれませんが。
  そういう意味で、具体的に「公共」と「新しい『公共』」の両者の何を具現化するために、このことをここで言わんとしているのかという結びつきを明らかにしないと……。結論で言えば、基本計画のところに「郷土や国を愛する」という抽象的なものを残すのはあまり賛成ができないということと、それから先ほど言いました「国家、社会の形成者としての資質を養う教育」も非常にあいまいなことであって、もう少し具体化をする必要がある。それは何となれば、「『公共』に主体的に参画する意識や態度」ということで、これまで述べられた中身を具現化しなければいけない部分であるのに、あいまいであるというところが問題ではないかと思います。
  これは前にも申し上げたのですが、30ページ、31ページのところの、特に31ページです。教育振興基本計画の位置づけということで、私は前回も申し上げたのですけれども、政府として国民に対して教育全般についての説明責任がある。そして、今回の教育基本法の見直し方向は、地域や家庭や高等教育に広げていった。そこのところで言えば、ここにそれを思わせる文章があるのですけれども、一番上の「○」です。「関係府省に対しても、幅広く計画策定に向けた協力を求め」ということで、「政府として教育振興基本計画を速やかに策定されることを期待したい。」とあるのです。また下へいくと、教育に関する事項だけ振興基本計画で定めると限定してあるのです。これは仕方がないとは思うのですけれども、「……求め、政府として」ということではなくて、ここで書くべきは「関係府省に対しても教育基本法に盛り込まれた理念の実現に向けた諸施策の策定事項を求めるとともに、教育分野においては、政府としてこの基本計画を定める」というふうに書くべきではないか。
  つまり、ここで教育基本法を実現するためには、今回の振興基本計画だけではなくて、何となれば先ほどから出ている、例えば我々でいきますと、家庭教育を充実するために労働時間の短縮とか、男性の教育参加とか、そういうことがものすごくかかわってくるわけです。ですから、そのことは非常に重要であって、何でも教育ではないということがどこかにあらわれるといいと思いますが、こういうところにぜひあらわしていただきたいということが二つ目でございます。
  あとは細かいことですけれども、私が言った趣旨がまだ理解されていないかもしれませんが、38ページの「教員の評価システムの導入」と「公立学校の教員給与の見直し」という二つの項目があるのですが、これはまだちょっと不分明なのです。特に上の「評価システムの導入」というのは、恐らくこれは人事処遇にかかわる評価システムのことだと思うのです。その下に「不適格な教員に対する厳格な対応」がすぐきているものですから。これは勤怠とか、素行とか、そちらのほうのマネジメントの話に結びつく可能性があると思いますので、こう書くのであれば、表裏一体である「人事処遇及び評価システム」と書くべきではないかと思います。
  それから、下の教員給与の見直しというのは、水準のことを言っているのか、いわゆる人事処遇と表裏一体の教員給与の格差の話を言っているのか、これは重要なことだろうと思いますので、単に教員給与の見直しということで済ませることは少し問題だと思います。
  それから、最後に、戻ってしまうのですが、これも細かいことですが、26ページの「3家庭教育」の二つ目の「○」の「子どもを産み育てやすい社会環境づくりを教育を通じて進めていくという条件整備を通じて」とあるのですが、これは教育行政の役割となっているのです。ところが、先ほど事務局が御説明になったときは、子育てに関する云々と、こういうふうに説明されたような気がするのですが、私はそちらのほうの話だろうと思うのです。教育でできるのは、この項で言えば、「子どもを産み育てやすい」ということではなくて、子育てに関する教育とか、知識とか、そういうことであって、「社会環境づくりを教育を通じて進めていく」というのは、教育行政ということでもし限定するならば、あまり妥当ではないのではないかと思いました。ちょっと細かい点ですが。以上です。

  先ほどの続きを御説明させていただきます。9人の女性委員の共通認識の点でございます。
  34ページと35ページに黒い枠で囲った項目がございますが、先ほどの委員の話によれば、ここだけが新聞記事に載るということなので、ぜひともこの項目は入れていただければと思うのですけれども、35ページの下から四つぐらいの「○」の近くあたりが適切な場所かと思っておりますが、「大学、大学院における女性教員比率の向上及び高等学校管理職への女性の登用促進」というようなことを入れていただければと思います。
  もう一つ、47ページでございます。最後の「男女共同参画に関する教育・学習の推進」のところでございますが、これは項目のところにも、「男女平等を推進する教育・学習の推進」と明記していただいておりますので、大変安堵しておりますが、さらにこういう文章をつけ加えていただけたらと思います。
  今、雇用の場における法的な整備は、日本もOECD並みに全部条件が整ってくるところまでまいりました。諸外国を見ていますと、アメリカでも、カナダでも、あるいはヨーロッパ、特に北欧などでも、女性が社会的に能力発揮できるということになりますと、中学生ぐらいの教育の段階が一番の活動のメルクマールになってきております。そういう意味では、ここの「男女平等を推進する教育・学習の推進」の前に、「学校・家庭・地域等あらゆる機会を通じて固定的性別役割分担の見直しに取り組むとともに」という一文を入れていただくと、さらに具体的な教育・学習の推進の内容、そして何を見直していくべきかということが明確になっていくかと思います。
  あとこれは私の個人的な意見で、別の論点ですけれども、35ページの先ほどのところに戻っていただきまして、下から「○」四つ目のところでございますが、「高等教育機関の活性化を図るため」というところで、出身者比率の数値目標の設定とか、流動を高めるというのがありますが、これは教員・学生の流動性を高めることが目的ではなくて、むしろ教員・学生の多様性を高めることが目的ではないかと思いますので、「流動性」よりも「多様性」という文言のほうが真のねらいに適しているのではないかと思います。
  今申し上げました男女共同参画の視点の幾つかの訂正申し入れの事項でございますが、ほかの委員の方々で少し補足等がございましたら、よろしくお願いいたします。特に放課後児童のことなど、少し御説明などあればしていただければと思いますが、よろしゅうございますか。

  46ページの「(ii)」の「地域の教育力の向上」というところになるのですけれども、ここのところで今、保護者も、母親も働いている家庭が多いので、どうしても放課後、子どもたちが一人で家にいるか、どこか友達とつるんでコンビニとか、いろいろなところに行くか、または何もしないで運動場にポツンとしているとかというケースがあるわけです。ですから、子どもがいても、親が安心して働ける環境ということで、教育の部分からも放課後児童の健全育成ということを追加していただいて、特にまた地域にいる皆さんに子どもたちのための育成の場をぜひとも図っていただきたいと思います。

  42ページですが、「4グローバル化、情報化」というのがあります。その下に「教育の国際化の推進」とあります。この中間報告を見ますと、「グローバル化」という言葉が、21ページ、22ページ、40ページと出てきます。「グローバル化の進展」と文の初めであったり、文の中身であったりするのですが、それはスラッと読めるのですが、「グローバル化」と「国際化」というのが近づいて出てくると、両方の意味は私は違うと思いますが、ここでは「グローバル化が進展する中で、教育の国際化は」と、厳密に区別されているのだろうと思います。そこまで読み取る人と読み取らない人と同じだと思う人と、何となく言葉が違うと意味が違うかなと思う人と、国民は様々だと思います。「グローバル化」というのは、「世界標準化」とか、「均一化」とか、いろいろな訳がありますけれども、「国際化」というのは国際的な違いを認識して、その国が独自の道を歩くというのが「国際化」なので、そういったことの言葉の区別といいますか、違いをはっきりさせたほうがいいのではないか。前にも申し上げたのですが、そこのところがちょっと気になりますので、申しました。

  30ページの「第3章」の始まりに、「教育振興基本計画の在り方について」、その必要性が縷々書いてございます。これは結局、教育基本法に示されている事柄を実現していくための計画なのだと思うわけです。
  そうしましたときに、まず人は両親から生まれてくるわけでございまして、45ページに「家庭の教育力」等々について書いてあるのですけれども、これを読みますと、先ほど会長がおっしゃいましたように、34ページ、35ページは、例えばということで出てきているわけですから、あまりこれが唐突にここへ出てくることは、誤解を招くということは私も本当にそう思います。
  その次の36ページ、「国民から信頼される学校教育の確立」というところから始まるわけですが、教育そのものは、まず両親から子どもが生まれてきまして、家庭教育のところに「家庭はすべての教育の原点である」と書いてあるとおり、学校教育がどんなに重要でありましても、原点になることはできないのですよ。まず家庭、両親が主体なのですね。成長すれば、子どもが主体なのだと思います。そういう意味での考え方が、教育基本法に述べられている事柄を実現していくためには、国民一人一人なのだと思うのです。それを学校教育というような部分からだけ迫っていくと、本当に教育って学校教育から始まるんですか、という疑問が出てくるのです。
  今現在の教育基本法に述べられている事柄がなかなか実現しないのは、もちろんいろいろな要素があると思いますが、例えば受験競争が激しくて、試験をクリアするだけの勉強―そういうことはないと思いますけれども、何とか試験をクリアしたくて勉強したり、努力したりしているということがとても強いと思うのですが、人間が生きていくとき、試験をクリアするために学んでいるわけではない。もちろんそれもありますけれども、もっと根本を考えてみる必要があるのではないかと思うのです。ですから、受験競争の激しさを打開していくのにはどうしたらいいかということは切実な問題だと思うのです。
  先ほどおっしゃった、教育は両親、父親、母親が行っていくのだけれども、父親だって自分の子どもは愛しいですし、健やかに成長させたいと願っていますが、家庭の糧を得るために仕事をしなければいけません。そういうわけであって、昔のように第一次産業で仕事をしながら子どもにいろいろな人生を語っていくという場合は少ないのではないでしょうか。やはり父親が戻っていかないと、中学校から高等学校に向けて、本当に男の子が自立していくときに、しっかり自立していけていない状況を強く感じるのです。そういう意味からしても、父親が我が子の教育をしっかりするということは、ひいては国のため、世界のためになるわけですから、そういう視点がまず出てこないと、振興を幾ら書いていっても実現していかないので。そこの主体がまず家庭であって、それを自分が全部担うわけにはいかない、公教育にゆだねなければいけない部分があるわけですから、ぜひその辺の流れがわかるようにしていくことが大切ではないかと思っています。

鳥居会長  具体的には、36ページの「1」の「一人一人の個性に応じて」云々というそのもう一つ前が必要だとおっしゃっているのでしょうか。

  はい。教育の主体ということは、どこが主体なのだといったら、やはりまず産んだ両親なのですね。でも、両親がすべてやるわけではないわけですから。教育の主体がきちんと国民にわかることが……。

鳥居会長  委員は既に言及されましたけれども、45ページの「(3)」の「(i)」に書いてある話、「家庭はすべての教育の原点であり」というものが、一つの脈絡となって最初に概観できるようにしておくことも必要なのかもしれないと、こうおっしゃっているわけですね。

  私はそう思っているのです。

鳥居会長  ちょっと検討させてください。

  一人の人間が成長すれば、今度は自分が主体だと思うのです。

鳥居会長  コンセプトとして、この書き方の中で、個としての自立とか、社会に入っていくための準備とかいうものの重要性を、この報告書自体が相当重視していることを謳っておかないと、今おっしゃっていることができないので、そこのところはかなり大手術しないとこの文章は直らないのですね。ですから、中間報告でやるか、中間報告以後の修文でやるか、そこも含めて検討させてください。

  ちょっと前に戻って恐縮なのですけれども、先ほど基本理念のところでの徳目の議論がありましたが、以前あった文言が、今回の総会の資料でポコッと抜けているのです。基本問題部会で、現行の基本法の審議のときに、「教育の目的にすべての徳目を掲げるのは適当ではなく、従来、我が国の教育の比較的欠点と言われていたところや、現在においても欠点と考えるところを特に強調し、それ以外は人格の完成に包含させるとの説明が行われている」という注釈がついていたのです。今回、抜けているわけです。
  私の理解では、新たに今足りないものは何かというときに、ここのところの当時の考え方がやはり今も踏襲されるべきであろう。現在あるいはこれから先、何が今足りないのかという視点から、幾つかの徳目が出てきたように私は記憶しているのです。ところが、今日の資料にはそこが抜けているわけです。確かにそれは注釈であり、説明でありますから、あるいは解説でありますから、要らないといえば要らないのですけれども、取ったがために、先ほど委員が言われたような、部会では出なかった議論が総会で出てくるということにつながるのではないかと思いますので、どうやるかは別として、ここを何か生かす工夫が必要なのではないかと思いますので、御検討いただければと思います。

  先ほども御意見がございましたが、全体のトーンが21世紀を切り拓くたくましい人間像になっておりまして、国民から信頼される学校教育の確立も、そういった人間をつくるところに焦点が合っているわけでございまして、別にそれに反対するわけではございませんが、25ページの学校の役割というところでも、学校の役割としては「知・徳・体を教授する場であることを明確に規定する」とございます。これはこれで結構なのですが、これはどちらかといえば伝統的な学校観でございまして、これが悪いというわけではないのですけれども、今日の状況からいって、これだけで十分かどうかということでございます。
  現状から申しますと、「子どもたちが共同生活を体験する場」というようなことをつけ加える必要があるのではなかろうかと思います。それは趣味とか、遊びとか、あるいは友達との交流、あるいは単なる安心できる居場所というような、そういう生活の場としての学校という機能が現実に拡大しつつあるわけでございます。これは理想ではないと言えば言えるのでしょうけれども、現実にこれが次第に大きな比重を占めてきており、また、政策的にもこれを容認するような方向にきていると思います。ならば、学校の役割としてこれを規定したらどうか。
  教育振興基本計画におきましても、教えの場や学びの場だけでなくて、生活の場とか、遊びの場のような学校を整備していくことを検討してみたらどうかと考えて、御参考までに。

鳥居会長  ありがとうございました。
  その点については、過去3回ぐらいの基本問題部会で、学校の役割についていろいろな御意見が出まして、わかったことは、切り口はいっぱいあるということなのです。そのうち、ここでは例えば知・徳・体という切り口で書きましたけれども、過去の記録をたどってみますと、ほかの切り口もあります。私が言った切り口で言うと、学校の役割は訓育と才能の開発と学習の支援、自己の自立の支援、そして社会に入っていくことの支援と言いましたが、いろいろなことを皆さんがおっしゃったわけです。それらを総合的にもう1回洗い直して、委員の御指摘のことを考えたいと思います。
  それから、先程の委員の御指摘の点ですが、20ページに書いてあるのとの関係を、真ん中に「本審議会におけるこれまでの議論においては、現行法に掲げられている基本理念に加えて」、「(i)」から「(vii)」に掲げられたことがつけ加えられることが重要と出てきましたが、これが先ほどおっしゃった、外れてしまった脚注とどういう関係にあるかという問題だと思うのです。

  この部分は前から基本問題部会でもあるわけですね。ありますけれども、いわばここを解説する形で脚注みたいなのが入っていたと思うのです。そうすると、非常にわかりいいのです。いろいろな徳目のある中で、まさにここに書いてあるように、全部書くのではなくて、何を書くのか。それはもう少し国民の議論なども伺ってやりましょうと書いてあるわけで、それは基本法制定時にも、徳目はいろいろなものがあります、しかし今必要なのは何か、それを書きましょう、それ以外は人格の完成ということで包括していますと、こういう国会答弁をしているわけです。その考え方が今日でもやはり引き継がれて議論があったと思いますので、そこのところがないと、ここのところの意味合いが十分理解できないのではないだろうか。だから、脚注というのが問題があるなら、その種の事柄を中に書き込む工夫をしたらどうだろうかと、こういう意味でございます。

鳥居会長  ありがとうございました。非常にすっきりとわかったと思います。

  今の教育基本法の中で弱いのは、職業教育ではないかと思うのです。「勤労と責任を重んじ」とは書いているのですけれども、職業教育についてあまり書いていない。今回のリポートも、22ページのところにちょっと書いてあって、しかし教育振興基本計画の中にはあまりないのです。
  22ページの分析なのですけれども、今、就業構造が変化してきまして、今までは学歴を取得して、2年か3年ごとに異動するいわゆる総合職的なものがあるべきエリート像といいますかね。だけれども、今は変化しまして、また、高齢化社会でもあり、一生を通じて定年のない自己実現もできるような、従事できる専門的職業が重視されてきているのではないかと思います。その辺、総合専門職の重視みたいな視点で、そういう分析が22ページのところは弱いかなという感じがいたします。
  振興基本計画のほうも、これは他省庁も絡みますのでなんですけれども、ドイツなんかと比べますと、職業教育が日本ではよくわかりにくいところがありまして、もっと商工会議所が出たほうがいいのではないかと思うときもあるのですが、そこをもう少しきちんと……。他省庁の提案も含めて政策的には出てくるようで、経済産業省とか、厚生労働省とか、いろいろあるのでしょうけれども、教育だけやったって、それを社会に貢献できなければ全く21世紀は開かれないわけですから、そこのところをもう少し書いたらどうか。単に職業観だけがポイントで書いてあるような気がします。

鳥居会長  この問題は、結構奥の深い問題だと思うのです。イギリスの1988年教育法とか、皆さんにお配りしたジョスパン法を見ますと、学校の当然の責務が書いてありまして、知識を教えることと、学習の仕方を教えることと、それから自分の一生にわたる職業のパスについて、計画を立てたりあるいはそれを実現していくのを支援することという大体3本立てになっているのです。ところが、日本の今までの感覚では、その3番目は、ほとんど感覚としてはないというのか、入っていないのです。それが初めて22ページに入ったことは入ったのです。ただ、おっしゃるような趣旨で入ったかと言われると違うし、フランス法的な発想とも違うし、イギリス法的な発想とも違う。違って当たり前だと思うのですけれどもね。イギリスやフランスと日本は事情が違いますから、違うのは当たり前だと思いますが、その辺をもう1回検討させていただきます。

  33ページですが、国の教育投資の充実について書いてあるのですけれども、新しい未来への先行投資だけではなくて、先ほどから議論がありましたように、国の義務教育に対する責務を果たすと同時に、先行投資というような形でそこで補強いただいたらどうだろうかと思います。
  それから、先ほども議論になりました39ページの私学のところです。これは初等中等教育について書いてあるのですが、今、私学教育の大きなウエートはやはり高等教育です。ですから、高等教育にもきちんと触れて、国が私学に対してどういう考え方を持つべきかということについても触れていただければありがたいと思います。

  皆さんの御発言の中で気がついたところを幾つかアトランダムで、ごく手短に申し上げます。
  最初の委員がおっしゃった異文化を理解し尊重するといいながら、理解が抜けているではないかと。これは非常に重要なポイントだと思います。理解しないで尊重すると、何でも外国はいいよという話になってしまうのです。割に日本人はそういう人が多いわけでございまいて、理解し尊重するという、理解は絶対やらなければいけないのだろうと思っております。
  それから、男女共同参画社会の話が随分出ましたが、やはり重要な問題なので、まとめて入るということは鳥居会長が言われたとおりであって、前文とか、基本理念とか、そういうところにまとめて入れるほうがインパクトがあるのではないかという感じがいたします。
  同じことは、権利と義務、それから私も以前から何回か申し上げているのですけれども、あと平和の問題ですね。滅私奉公云々という話がありましたが、権利と義務の関係がきちんとどこかで謳われていれば、改めて滅私奉公ではないということを言う必要はなくなってくるのだろうと思います。
  それから、世界の平和に貢献するというのは重要なことでございますが、その場合に一国平和主義になってはいけないという、きちんとした考え方を、男女共同参画社会の重要性などと一緒に最も基本的なところに入れるべきではないかという感じがいたします。
  それから、さっき委員がおっしゃった「他国の主権」というものですね。これも誤解を生むことになるので、「主権」という言葉はよほど慎重に扱われたほうがいいだろうと感じます。

  先ほどのお話は大変重要だと思います。3年前にものづくり基本法というのができましたけれども、そのように他省庁関係で、大事な職業とか、教育の進路とか、その辺にかかわるものがありますので、そこに敷衍するようなきっかけを、ぜひここを入れていただきたい。くどいようですが、先程の委員の関連でも私はそのように思いましたので、よろしくお願いします。

鳥居会長  ありがとうございました。
  今日は、副大臣にもおいでいただいておりますので、副大臣から一言。

河村副大臣  長時間にわたりまして熱心な御議論をいただいてありがとうございました。
  一歩外へ出ますと、拉致のことか、あるいは不良債権のことかという状況下にありますけれども、実際は最後に返ってくる改革は教育改革だと私は思っておりまして、この会場でそうした熱心な議論があったことを大変うれしく思うと同時に、これを今からどのような形で、まさに国家百年の大計と言われて久しい教育改革でございますが、最終的にいかに取りまとめていくか。そして、最終的には教育基本法の見直し、そして教育振興基本計画も最終的には内閣が責任を持ってということになっていくわけでございます。まさに最終的には国を挙げて取り組む課題になっていくわけでございます。さらにまだいろいろな議論をしていただくわけでございますが、どうぞひとつよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。

鳥居会長  どうもありがとうございました。
  それでは、最後に、11月14日の総会で、中間報告案を最終案としてお諮りして、もしそこで合意ができれば、中間報告を提出することにしたいと思っています。
  今日は、本当にたくさんの貴重な御意見をいただきました。非常に重要な、そして建設的な御意見をいただいたと思いますので、これをできるだけ取り入れるという作業がまず必要になります。その上で、御意見を賜りました委員の皆様にそれをフィードバックして、こういう形で修文しますということを申し上げる必要があれば申し上げる。細かいところはお任せいただくことにしたいと思います。
  そういうことで、最終的な中間報告案の取りまとめを会長に御一任いただくということを御承認いただけますでしょうか。

鳥居会長  ありがとうございます。
  それでは、木村副会長、茂木副会長とも御相談しながら中間報告案を取りまとめます。御欠席の委員には書面で御意見の提出を求めたいと思います。それで今申し上げました必要な修正をいたします。
  なお、中間報告を提出しました後で、公聴会を開くということを既に公表もしておりますし、この中教審でも何遍か皆様に申し上げてきております。ただ、今までに申し上げましたのは、東京と京都と福岡の3会場を予定していたのですが、これに加えまして、福島と秋田の2会場を追加させていただくことにいたしました。したがって、5会場。もっとやれという御意見もあるみたいですけれども、どう考えてもスケジュール的に無理なので、そのほかはまた別の形で御意見をいただきたい。
  それとは別にヒアリングは基本問題部会でやるのでしたか。

事務局  はい。基本問題部会で実施しますが、総会の委員の先生にもできるだけ御出席をいただきたいと思います。

鳥居会長  場としては基本問題部会を舞台として、碩学泰斗の先生方やいろいろな分野の意見をお持ちの方々からのヒアリングを行いたいと思っています。ただし、これは基本問題部会ではありますけれども、中央教育審議会のできるだけ多くの委員の皆様に御一緒していただいて聞いていただいたほうがいいと思いますので、御案内はいたしますので、できるだけおいでを賜れば幸いでございます。
  それでは、最後に事務局から今後の日程の説明をいただいて終わります。よろしくお願いします。

事務局  資料4に、次回総会は11月14日、木曜日、午後2時からの予定をさせていただいておりますので、よろしくお願いいたします。

鳥居会長  どうもありがとうございました。