| 1. | 日 時 | 平成14年9月30日(月) 14:00~16:00 |
| 2. | 場 所 | グランドアーク半蔵門「富士(東)」(4階) |
| 3. | 議 題 | |
| (1) | 教育振興基本計画および教育基本法について | |
| (2) | 子どもの体力向上のための総合的な方策について(答申案の審議等) |
|
| 4. | 配付資料 |
|
| 5. | 出席者 | |
| 委 員: | 鳥居会長,木村副会長,茂木副会長,浅見委員,荒木委員,石委員,石倉委員,市川委員,今井委員,内永委員,江上委員,梶田委員,加藤委員,岸本委員,黒田委員,國分委員,佐藤委員,田村委員,千田委員,寺島委員,渡久山委員,永井委員,中嶋委員,中村委員,西室委員,松下委員,森委員 | |
| 事務局: | 池坊大臣政務官,小野事務次官,御手洗文部科学審議官,田中総括審議官,近藤生涯学習政策局長,矢野初等中等教育局長,工藤高等教育局長,石川研究振興局長,遠藤スポーツ・青少年局長,永野国際統括官,銭谷文化庁次長,有本生涯学習政策局審議官,加茂川初等中等教育局審議官,金森初等中等教育局審議官,磯田総括会計官,村田大臣官房国際課長,布村生涯学習政策局政策課長,前川初等中等教育局財務課長,高杉スポーツ・青少年局企画・体育課長,高橋主任教育改革官, その他関係官 |
|
| 6. | 議 事 | |
| ○ | 鳥居会長 それでは、ただいまから中央教育審議会の第24回総会を開催させていただきます。 皆様にはお忙しいところを御参集賜りまして、誠にありがとうございます。 審議に先立ちまして、8月15日付で髙木委員が辞任をされました。 後任といたしまして、自動車総連会長の加藤裕治さんが9月1日付で新しく委員に就任されましたので、御紹介いたします。 |
| ○ | 加藤委員 加藤でございます。よろしくお願いいたします。 |
| ○ | 鳥居会長 ありがとうございます。 加藤委員には、生涯学習分科会、スポーツ・青少年分科会、それと基本問題部会に分属していただくことになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。 前回、9月20日に、教育基本法、教育振興基本計画を審議する基本問題部会を開いたわけですが、基本問題部会で今後の中間報告の取りまとめを審議いたしましたところ、基本問題部会においでを願っている臨時委員の先生方にも、総会での議論に一緒に参加をしていただくべきではないかという意見が出ました。 そこで、本日は、臨時委員の先生方にもぜひということで御出席を賜った次第です。 よろしくお願いいたします。 それから、審議に入ります前に、もう一つ、事務局に異動があったようでございますので、事務局から御紹介をお願いします。 |
| ○ | 事務局 8月1日付で事務局の異動がございましたので、御紹介させていただきます。 最初に、青江文部科学審議官の後任として間宮文部科学審議官が着任いたしております。また、遠藤研究振興局長の後任として石川研究振興局長が着任しております。 白川国際統括官の後任として永野国際統括官が着任しております。 寺脇生涯学習政策局審議官の後任といたしまして有本審議官が着任しております。 玉井初等中等教育局審議官の後任といたしまして金森審議官が着任しております。 石川私学部長の後任といたしまして玉井私学部長が着任しております。 山中政策課長の後任として布村が着任いたしました。よろしくお願いいたします。 |
| ○ | 鳥居会長 ありがとうございました。 それでは、今日の審議のスケジュールについてお話をしたいと思います。 本日は、まず教育基本法と教育振興基本計画を主として審議してまいりました基本問題部会での審議の状況を御報告した上で、その取りまとめ方、特に中間報告の取りまとめ方について御審議をいただきたいと思います。 その後で、これに関連しまして、義務教育費国庫負担制度につきまして、事務局からの説明をしていただいて、御意見をいただきたいと思っております。 3番目には、スポーツ・青少年分科会で取りまとめていただきました「子どもの体力向上のための総合的な方策について」の答申案について、まず総会としての御審議をいただきまして、その上で、特段修正を要するような御意見がなければ、本日、答申を提出したいと思っております。 以上のようなことで進めさせていただきます。 それでは、早速、第1の議題でございますが、昨年の11月に文部科学大臣から諮問を受けました「新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方と教育振興基本計画について」という諮問について、これまでに総会では8回審議を行ってまいりました。その総会での審議の下地となる議論は、基本問題部会というのを設けまして審議を行ってまいりましたが、既に14回その部会が開かれております。 この14回のうち、9月13日の第13回基本問題部会、9月20日に行われました第14回基本問題部会、この2度の部会で新しい方向を打ち出しました。それが本日お諮りいたします「中間報告柱立て案」というものでございます。第13回と第14回の基本問題部会までは、総会でも、基本問題部会でも、教育基本法は教育基本法プロパーの問題として、それから教育振興基本計画は教育振興基本計画独自の問題として、審議をそれぞれに行ってきたわけです。 しかし、審議を行ってくる過程で、一体、両者に共通する日本の教育が直面している現状はどのようなものであり、我々はどのような改革をする必要があり、また、それらの改革の理念を新しい改正教育基本法と申しましょうか、そういったものの中にどう盛り込むべきか、また、教育振興基本計画を策定する下地となる答申を出すとすれば、その中にどのような理念をうたうべきかを考えてみると、これは両者に通底しているものがほとんどではないのかということになりまして、教育基本法、教育振興基本計画、両者に共通している我が国が直面している教育の問題、それから我が国がこれから取り組んでいくべき新しい課題、そして目指すべき方向については、一つのまとまったものが必要であるということになったわけです。 繰り返して申しますように、第13回、第14回の基本問題部会におきまして、3章立てから成る「中間報告柱立て案」というものができ上がってまいりました。3章と申しますのは、「第1章」が、後ほど御紹介いたしますけれども、基本的な理念を論ずるところであり、「第2章」は、まだほとんど議論はしておりませんが、教育基本法についての考え方を述べるべきところであり、「第3章」が教育振興基本計画についての考え方を述べるべきところであるという形になっています。 この3章立ての「中間報告柱立て案」の「第1章」について、ほぼ素案ができ上がりましたので、本日はその総論部分に当たる「第1章」ですが、題名も「教育の課題と今後の教育の基本的方向について(素案)」といたしまして、この総会での御審議に付すわけでございます。 今日は、そのようなことで御審議をいただきまして、それを踏まえて、今度は「第2章」に相当する教育基本法の基本的な考え方、それから「第3章」に相当する教育振興基本計画の基本的な考え方について、今後、基本問題部会と総会で御審議をいただきたいと考えております。 それでは、以上のようなことでございますので、「中間報告柱立て案」の「第1章」に相当する部分を、事務局から資料説明をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。 |
| ○ | 事務局 資料として、資料1から資料5―2まで7点、配付させていただいております。 資料1が、会長から御紹介いただきました「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」の中間報告の柱立て案です。 資料2が、御説明をする資料になります。 資料3が、教育基本法と憲法の抜粋をおつけしてございます。 資料4―1と4―2が、後ほど義務教育費国庫負担制度の説明の際に使わせていただく2点の資料でございます。 資料5―1と5―2が、「子どもの体力向上のための総合的な方策」の答申案の要点と答申案と二つございます。 資料は、以上7点になっております。 それでは、資料2を御説明させていただきたいと思います。 「教育の課題と今後の教育の基本的な方向について」の素案でございます。 1ページ目は、これまでの基本問題部会で御議論いただいたことから、新規に作成したものになります。基本問題部会でも国民の方々に、基本法の改正、基本計画の策定について抜本的な改正を行う、そこをわかりやすく、インパクトをもって御理解いただけるようにという御意見を踏まえて、追加をさせていただきました。 最初の「○」といたしましては、我が国の戦後復興と高度成長を支えたのは、教育基本法の下に構築された教育制度、特に学校教育制度であったことについて言及しております。 二つ目の「○」といたしまして、今、我が国社会には、規範意識の低下、家庭・地域社会の教育機能の衰退、学校教育の硬直化、画一化など憂慮すべき事態が顕在化していること。 三つ目の「○」として、このような危機に直面するとともに、今後の半世紀で、少子高齢化の進行が大きく進むこと、あるいは知識社会の到来、グローバル化の進展と大競争時代の到来、科学技術の一層の進歩など、来るべき時代の激動の波に挑戦していくことが求められていること。 四つ目の「○」といたしましては、新しい時代の教育理念とその実現に資する教育制度を構築しなければならないということ。 五つ目の「○」として、本審議会といたしまして、「第1章」におきましては、新しい時代の教育の目標を提示する。端的には、新しい時代を切り拓くたくましい日本人の育成であり、日本再興の基盤づくり。 一番最後の「○」では、そのためにということで、教育改革を実現するとの決意が必要であり、次章以下で教育基本法の見直しや教育振興基本計画の策定を含めた根本的な取組が不可欠であることについて、「第1章」のまえがきとして1ページ目を追加させていただきました。 2ページ目以下は、全体として説明的な部分でありますとか、資料的な部分を削除し、短く書き改めたものになります。 「1」番が「教育の現状と課題」として、最初の「○」につきましては、昭和22年3月に教育基本法が制定され、教育基本法、そして学校教育法などの法体系の下で、戦後教育改革により、各般の教育諸条件の整備が進み、教育は著しく普及したこと、そして最後のほうで、我が国経済社会の発展の原動力となったことを触れてございます。 二つ目の「○」は、昭和50年代中頃からということで、様々な教育問題が社会的に大きな関心を集める。昭和59年9月に、内閣総理大臣の下に臨時教育審議会が発足し、戦後教育改革の成果を高く評価する。そして、その一方で、戦後教育改革につきましては、追いつき型教育の延長線上にあり、深刻な教育荒廃を生むとともに、個性の尊重、高等教育の個性化や高度化、創造性や国際性の涵養等の観点から改革が必要と総括された。 三つ目の「○」になりますが、臨教審の三つの改革の方向を踏まえて、臨教審以降の教育改革が展開されていること。 四つ目の「○」になりますが、教育関係者は教育改革に不断の努力をもって取り組んできましたけれども、2行目からになりますが、教育を取り巻く社会は時に改革を上回るスピードで急速に変化していること、1行飛びまして、大転換期の試練の中で、国民の間では価値観が多様化、自信の喪失とモラルの低下という悪循環が生じていること、そして子どもたちはひ弱になり、将来の夢や目標を描けぬまま、次第に規範意識や学ぶ意欲を低下させ、学力の問題が懸念されている。教育の現場は、深刻な危機に直面している。 3ページ目の一番上の「○」になりますが、このような教育の危機の背景として、例えばということで、受験競争などを背景として―学校にかかる事柄になりますが―学校教育に過度に依存する実態があったこと、あるいはその学校教育が過度の平等主義や画一主義に陥りがちとなり、時代の大きな変化に対応していく柔軟性に乏しかったこと、あるいは学校においてはということで、現状を適切に把握・評価し、その評価に基づく改善措置を講じていく取組が十分ではなかったこと。 二つ目の「○」になりますが、家庭・地域につきましてでありますが、家庭につきましても、人間形成と成長を促す教育力が十分に発揮されていなかったこと、そして地域においても同じことになります。 三つ目の「○」になりますが、平成12年3月には、内閣総理大臣の下に教育改革国民会議が設置され、15の具体的な施策と並び、教育振興基本計画の策定、教育基本法の見直しの必要性が提言され、本中央教育審議会の審議にも引き継がれていること。 四つ目の「○」になりますが、世界の潮流ということで、下から3行ぐらいですが、各国において国家戦略としての教育改革が急速に進行していること。あわせまして、持続可能な開発の実現や発展途上国の自立の支援のためにも教育は重要な戦略と位置づけられていること。 一番最後の「○」になりますが、危機感を持って、教育の在り方を根本にまでさかのぼって見直していかなければならないという形で、「1」番をまとめてございます。 4ページ目が、「2」番目の柱として、「21世紀の教育が目指すもの」で、最初の「○」におきましては、次代に継承すべき価値のあるものと、時代の変化とともに変えていく必要があるものについて十分検討しなければならないということを述べて、「(1)」では「教育の役割と継承すべき価値」を述べてございます。 そこの「○」では、教育には、人格の完成を目指すという目的のもと、個人の能力を伸長し、自立した人間を育てるという役割と、国家や社会の構成員として有為な国民を育成するという役割がある。そして、1行飛びまして、個人の尊重、自律心、義務をしっかり果たそうとする責任感、他人を思いやる心、公共の精神、規範意識、伝統や文化を大切にする心、幅広い教養や健やかな体など、豊かな人間性を育むことは、次代に伝えていくべき価値があること、また、最後の行ですが、21世紀の教育においても、しっかりと踏まえていかなければならないというのが「(1)」です。 「(2)」は、「激動の時代への挑戦」ということで、「 「 最後の「○」になりますが、男女の晩婚化、あるいは夫婦の意識の変化などを背景に、少子化が進行していること、5ページ目に移らさせていただきますが、少子高齢化の度合いを強めつつ、総人口において将来に減少期に転ずる。 5ページ目の最初の「○」は、部会の意見を踏まえて新たに追加したものでございます。平成62年には、小・中学生がピーク時の約3分の1になるという児童生徒数の大幅な減少は、学校教育全体に大きな影響を与える。初等中等教育分野ではということで、学校の配置、教員の養成、採用、研修、教職員配置の新しい在り方、少人数指導の方法の開発、学校外の人材の活用などという課題があり、高等教育分野では進学希望者全員入学時代の到来に対応した大学の個性化・多様化や教育内容の抜本的な見直しなど、少子化時代に対応した教育システムの構築が極めて重要であること。 二つ目の「○」におきましては、家庭・地域についてでありますが、3行目で、家庭教育の機能の低下が顕在化していること。1行飛びまして、地域においても、地域の教育機能の低下の問題が一層深刻化していることに言及し、最後の「○」では、高齢化の進展の中で、高齢者の方々が生きがいのある長寿を楽しむことができる社会の形成に資する教育システムを再構築することが重要であるという形であります。 「 最初の「○」では、年功賃金や終身雇用などの従来型の日本的雇用環境は揺らぎ、また、従来型の新卒一括採用制度も変わり始めていることを触れてございます。 最後の「○」では、特に高校新卒者にとっては就職が極めて厳しい状況になっていること。 6ページ目に移らさせていただきますが、学歴と就業のミスマッチの状況の顕在化。さらに、「生きがい」と「働きがい」を一致させようとする若者の意識と企業の意識との乖離や就業意識の希薄化などによるフリーターの問題の顕在化。 6ページ、最初の「○」になりますが、3行目ぐらいから、就業構造については、労働人口の年齢構成の変動などにも影響を受けつつ、今後とも大きく変貌を遂げていくものと予想し、二つ目の「○」では、これからの教育にはということで、職業や実際生活との関連をより一層重視していくこと、大学院等で専門的職業にかかる学習機会の充実を図ることなどが求められるということで結んでございます。 「 最初の「○」は、知識社会化が一層進行することが考えられる。2行目の「これは」から3行ほど新たに追加いたしましたが、一握りのいわゆる「エリート」のみに関わる変化ではなく、あらゆる職業生活が新たな知識や技術の習得への依存度を高めるという意味で、国民全体にかかわる変化であること。そして、知識や技能の習得が職業にとりましても重要な契機になること。産業の発展についても同じことと書いてございます。 二つ目の「○」でありますが、知識社会においてはということで、基礎・基本をしっかり身に付けることが重要。そして、学習により実際に身に付けた能力が従前にも増して重視されること。2行ほど飛びまして、社会人になった後においても、大学院等で最先端の高度な知識を学ぶことなどにより、常に自らの知識や技能を、より広め、深めていくことが求められる。 最後の「○」は、7ページ目につながっておりますけれども、さらに職業人のキャリアアップについて言及しているところでございます。 7ページ目が、「 最初の「○」につきましては、3行目の後段ぐらいから、高度情報化社会の到来は誰もが知識や情報を容易かつ瞬時に獲得することを通じ、自らの能力を大きく発揮する可能性を広げること、また、新しい学習形態をもたらす可能性も秘めていること。その一方でということで、情報化の影の部分も持ち合わせていることに言及いたしております。 次の「○」では、このような情報通信社会においてはということで、情報通信機器を使う技能の習得と、情報の収集や活用の能力を身に付けること、さらに情報のモラルを育成することが重要な課題。 次の「○」では、直接体験の機会を十分に提供していくことが重要な課題であることを言及してございます。 「 最初の「○」として、グローバル化につきましては、最後の2行ですが、誰もが世界において活躍できる可能性が広がることともに、共通のルールの下で自由な競争が促進され、地球的規模での大競争時代が到来することを意味する。そして、国際競争力の基盤である国民全体の教育水準の一層の向上を図ること、また、大学の競争力を高めること、そして、国際的にも貢献できる人材を育てていくことがますます重要であることに言及しております。 次の「○」では、一方といたしまして、国際協調の必要性も増大していることに言及し、3行目の「このため」の後ですが、民族、文化の多様性を再認識し、異なる文化を尊重する精神を涵養し、地域社会の中で他国の人々と共生していくことの重要性も高まっている。また、グローバル化の影の部分として、貧富の格差の拡大、あるいは国際的な課題の解決のために英知の結集を行う必要性も増大していること。 一番最後の「○」が新たにつけ加えた形でございますが、大競争時代におきましては、何度でもやり直しができる柔らかいシステムに移行していくこと、また、教育においても繰り返し学べる、柔らかい、開かれたシステムづくりを進めることが急務であることを新たに追加しました。 「 最初の「○」として、科学技術の進歩につきましては、2行目で主要先進諸国では、科学技術の重点化や競争力の強化を図っている。我が国としてもということで、最後の2行あたりでありますが、科学技術の発展を促すことが重要な課題であることともに、生命倫理の問題が提起されるなど、科学技術の進歩と他の諸価値との適切な調和を図ることは今後ますます重要になる。 一番最後の「○」になりますが、さらに、資源の有限性や環境の制約性に対する国際社会の認識も高まる中、地球環境の変化がもたらす人類規模の課題が深刻になり、その解決のために、科学技術の創造力への期待が一層高まるであろうということ。 9ページは、「 最初の「○」は、経済的な豊かさを達成した今日、同時に国民の価値観の多様化、相対化が進行していること、そして3行目には、国民の間には自信喪失感や夢や希望を抱けない閉塞感も生じつつある。また、フリーターの問題、それから政治、行政、企業にかかる不祥事の問題を言及しながら、3行ほど後の後段のほうでは、世代を超えて価値観を共有できなくなる傾向についても言及しております。そして、国民の社会への帰属意識が希薄化していることにも触れ、一番最後の行では、社会の風潮に無批判に流されるような事態も、健全な社会の発展のためにならないことに言及しております。 二つ目の「○」につきましては、国民意識の変容には憂慮すべきものがあるが、その一方でということで、心の豊かさを求めたいとする国民世論が大きいこと、また、2行ほど飛びまして、「新たな『公共』」のための活動とも言うべきものとして広がりを見せているということで、この「新たな『公共』」につきましては、7月の奉仕活動に関する中教審の答申におきましても、国民一人一人の方が自らの能力・適性を生かしながら、社会、公共的な事柄にいろいろな形で貢献していくありようを「新たな『公共』」という形で触れていただいたところを踏まえたものとして使ってございます。 9ページ目の一番最後の「○」になりますけれども、大競争時代のもとで、3行目の後段からですが、自ら考え行動する確固たる自己を磨き、困難にも立ち向かうたくましさを育みながら、同時に他者に対する思いやり、他者の痛みを理解する温かい心、美しいものに感動する心などの豊かな心を涵養すること、そして、団らん、趣味、スポーツなども大切にしながら、自分の人生をより豊かにしようとする心のゆとりを大切にしなければならないという形で、社会の大きな流れを七つにわたって言及してございます。 10ページ目から、社会の大きな変化を踏まえて、「(3)」として「これからの教育の目標」について、「 最初の「 最初の「○」の4行目ぐらいになりますが、これからの教育は、個人一人一人の人間としてのかけがえのない価値を尊重し、個人の能力を最大限に引き出すことを重視していくこと。 二つ目の「○」では、自ら考え行動するたくましい日本人の育成につながり、それによって活力ある社会が実現できるということを触れてございます。 「 最初の「○」の1行目から、これからの教育においては、豊かな心を育むことを一層重視していく必要があることを言及し、特にということで、自己との関わりでは、自律心、誠実さ、責任感、倫理観、他者との関わりでは感謝、思いやりの心、他者の痛みを理解する心や礼儀、社会との関わりでは勤労の大切さ、公正さ、自然や崇高なものとの関わりにおいては、自然を愛する心、美しいものに感動する心、生命を大切にする心、人間の力を超えたものに対する畏敬の念などを育むことが重要。一方でまた、健康の保持や健やかな体づくりの重要性についても触れてございます。 10ページ目の一番最後の「○」になりますが、今後求められる重要な資質として、他者を思いやる心や美しいものに感動する心、自然を愛する心、倫理観、そして人にやさしい心豊かな社会の形成につなげるという形で、11ページにつながってございます。 教育の目標の「 最初の「○」といたしまして、3行目ぐらいからですが、教育について基礎・基本を習得し、それをもとに探究心、発想力や創造力を伸ばし、知の世紀をリードしていく人間を育成する教育に転換する必要があること。次の行ですが、これからの教育には、教育内容の不断の見直しや新たな教授方法の開発が要請されるとともに、さらに多様な学習機会の提供が求められていることに言及してございます。 次の「○」では、今後求められる重要な資質には、創造性、チャレンジ精神、リーダーシップの育成、世界水準の知識・技能などを挙げてございます。 「 最初の「○」といたしまして、4行目の後段ぐらいからですが、より良い国づくり地域づくりのために主体的、積極的に参加することを求められている存在であることに言及してございます。 しかしながら、これまで日本人は、ややもすると国や社会は誰かがつくってくれるという意識が強いということにも触れてございます。 11ページの最後の「○」になりますが、21世紀の我が国において、自由で公正な社会を実現するためにはということで、国民一人一人の自覚と行動が極めて大切であること。最後から2行目で、ボランティア活動など、「新たな公共」の創造に主体的に取り組もうとする国民の意識は高まりを見せており、このような潮流はぜひとも加速する必要があるということ。 12ページの一番最初の「○」になりますが、今後求められる重要な資質といたしまして、地域づくりの主体であるという自覚と行動、社会悪に敢然と立ち向かう勇気、公共の精神、社会規範の尊重、我が国の伝統文化の理解と尊重、国や郷土を愛する心などがあるということを触れてございます。 「 次の「○」では、重要な資質として、国際社会の一員としての自覚、豊かな教養、他国の異なる文化を理解し尊重する精神、外国語によるコミュニケーション能力などを資質として掲げてございます。 続きまして、「(4)」という形で、前回は「(4)」という形では出してございませんでしたが、五つの「目標実現のために重視すべき課題」として「 「 「 「 「 教育の原点である家庭や地域社会につきましては、1行飛びまして、心身両面にわたる人間形成と成長を促すという本来的な教育力が発揮されることが大切であること。また、あわせまして、行政として押しつけとならないよう十分留意しながら、家庭や地域の教育力に対して支援に努めることが必要であること。 「 以上が資料2で、これまでの部会の御議論を経て作成したものでございます。 |
| ○ | 鳥居会長 どうもありがとうございました。 今お聞き取りいただいて、かつお目通しをいただいたと思いますが、これは繰り返しになりますが、今までは教育基本法だけ、あるいは教育振興基本計画だけを論ずる形をとっていたのですが、その前にまず教育の課題、それから教育の基本的な方向についての我々の考え方をきちんと述べる。そして、それも答申の中の重要な一部分とするということから、このような素案をつくった次第であります。 私自身の感想を申しますと、随分推敲を重ねたと思っています。推敲を重ねておりますので、今までにいろいろな委員の方々からいただいた御意見は、大体吸収したり消化させていただいたりしたと思っています。 ただ、それでもなおかつ、いろいろとあった議論の中で反芻してみますと、どこかでもっとパンチをきかせろという御意見が何遍も出ているのですが、今日の素案で何らかの形でその御意見に沿うような修文が行われたと私は思っているのですが、例えば後ろのほうの二、三ページを見ますと、何となく力が弱いかなという感じもしないではありませんので、いろいろとお感じになられたところを今日は御指摘いただきたいと思います。 それでは、どうぞよろしくお願いいたします。 |
| ○ | 会長がおっしゃるように、推敲されていると思いますが、感じたことを申させていただきます。 2ページの上から5行目に、「教育は著しく普及した」とあるのですが、これは「学校教育」なのか。我々は教育の現状を「教育」と言っていますが、ほとんど「学校教育」を意識して議論していると思うのですが、これは「学校教育」と考えていいのでしょうか。3ページでは、はっきり「学校教育」となっているのですが、そのことが第1点です。 それから、4ページですが、下の「 5ページですが、上から二つ目の「○」の3行目ですが、「家庭教育の機能の低下が顕在化している」ということで、6ページでは三つ目の「○」に「これからの教育には」とあります。ここのところは「これから」と書かなくても本当はいいのでしょうが、6ページのところだけ、「これからの教育には、職業や実際生活」とくるのです。「これから」というのは後でまとめてくるのか、それともここの段階で「これから」というのが入るのか、統一されていたほうがいいのではないかと思います。 それから、6ページの二つ目の「○」に、「このような流れの中で、これからの教育には」とあるのですが、これも「学校教育」ではないかと思います。学校教育のところですから。すぐ「職業や実際生活」とこないで、「義務教育では」と、もっと義務教育のことを―後半で義務教育費国庫負担のことも出てくるのですが、義務教育をもう少しクローズアップできないものかという基本的な意識があるものですから、義務教育では何かを大切にする。「基礎・基本」は同じだとおっしゃればそれまでなのですが、基礎・基本の中の基礎・基本は国語力とか、思いやりの心とか、体力とか、忍耐心とか、何でもいいのですが、何かここにあったほうがいいのではないかと思います。 それから、「 7ページですが、「 もう一つは、誰もがこうなるからいいのだと。確かにそうなのですが、新しい時代を切り拓いていくのですから、「誰もが」の先に何が必要なのかという、一歩先が見えた書き方ができないかという気がするのです。 誰もが情報が手に入る。簡単なようですけれども、本当の情報というのは、足で稼ぐことが必要なのではないかと思います。人間が情報を運んでくるので、コンピュータだけでは頼りないという基本的な認識があるものですから、そういうことを申しました。「誰もが」の先を行く考えです。 8ページの上から3行目に、「国際的にも貢献できる人材」とあるのですが、それでもわかるのですが、もっと具体的に、貢献できるのはどういう人材かということで、少し形容詞が入っていたほうがいいのではないかと思います。「知力、体力、気力もある」とか、何でもいいのですが。 8ページの下のほうで、「倫理観」とか、「モラル」とか、後半でも出てくるのですが、大人になってからのモラル教育は手遅れなので、もっと幼児期に必要だということが、どこかで一つ入っていたほうがいいのではないかという気がいたします。 9ページですが、「 この「○」のところで、真ん中よりちょっと後半で、「家庭や地域の教育機能の衰退とあいまって」とあるのですが、家庭を書くときに、場所によっては「教育の原点である家庭」というように、枕詞のように何回も使われているのですが、ここでも「原点である家庭や地域」のと統一して使っていただいたほうが、特に「国民意識の変容」ですから、これも無意識的な意識改革になるのではないかという気がいたします。 10ページですが、「これからの教育の目標」のところで、幼児の教育をどんなふうにするのかというのがどうも読み取れないのです。心は大切だとくるのですが、先ほど言いましたように、大人になってからの心の教育は私は手遅れだと思います。そうすると、「心の教育は誕生とともに始まる」とか、そういう感じで出てこないかと思います。私も答えを持たないのですが、そういう感じがしております。 それから、「 11ページですが、「 12ページですが、「(4)」の「目標実現のために重視すべき課題」とありますが、これからの教育は「学校教育をはじめ」ということなのですが、この素案がすべて学校教育中心で展開されていることをこの一言であらわしていると思いますが、それを「根本にまでさかのぼって見直す」と。これは学校教育をはじめとして根本にまでさかのぼるのでしょうが、システムとしては教育の原点である家庭が大事なので、特に根本にまでさかのぼると家庭にいくので、ここで「家庭」という言葉を入れていただきたいと思います。 13ページの「 「 最後の「教育投資の充実」ですが、「教育は未来への先行投資である」と言うと、初めからお金が出てくるというのはあれなので、「教育の機能は本来、未来に対する準備なのだから、先行投資として必要だ」とか、ワンクッション置いたほうが説得力があるのではないかと思います。以上です。 |
| ○ | 大変細かく御配慮をされた文章ができたと率直に感じたわけですが、これを読んで気づいたところで。 日本人というのは非常に優秀で、個々人は非常によく仕事をやる。しかし、今問題になっているのは、ガバナンスがないという言われ方をしております。つまり、目標が明確になっていないという意味での批判だろうと思います。 その切り口でこの文章を読みますと、申しわけないのですけれども、何のために教育基本法を改正しなければいけないか、何のために振興基本計画をつくらなければならないかということについて、触れているところがないのです。そこへ至る道筋がどこかに出てないといけないのだろうと思います。 教育基本法の中身についてはまだ議論されていないので、しょうがないと思いますが、少なくとも教育振興基本計画が今までなぜなかったのかということには、当然、触れていいのだろうと思います。恐らく今までの考え方で言えば、現在行われている評価というのでしょうか、検証して、計画を立てて、実行して、またそれを検証してという繰り返しで行おうとしている、今の教育についての評価、あるいは日本の国の社会の動き方に対する評価をしようという流れが背景にあって、振興基本計画がつくられるという話になってくるのだろうと思いますので、その点を明示しておく必要があるのではないかと思います。つまり、何でこういう文章を書いたのかということを明確に触れておく必要があるのではないか。 基本法については微妙なところがたくさんありますから、どう書いていいか何ともわかりませんが、少なくとも振興基本計画はかなりはっきりしているのではないかと感じましたので、一言申し上げさせていただきました。 |
| ○ | 私もこの前、もう少しパンチが欲しいということを申し上げたのですが、この1枚、最初につけられたのでは、先ほど委員もおっしゃったように、パンチがまだ十分ではないのではないか。つまり、必然性が出てこないのですね。結局、最後のところに、「第1の教育改革」「第2の教育改革」に匹敵する教育改革が実現するとの決意が必要だからという、これだけがラショナーレになっているのです。私はもっと具体的なことがあるはずだと思います。 これは中教審でも何度も出たことですが、今、四つだけ挙げてみたいのです。例えば、なぜ教育基本法を見直さなければいけないか。 一つは、明治初年以降の中央集権的な教育制度、特に学校教育制度が地方分権に向かっている。規制緩和が進んでいる。その中で、新しい教育の在り方が問われなければいけないというのが一つあると思います。これだけ政府全体で規制緩和ということをおっしゃっているわけですが、この中にはそれがあまり出てこない。 2番目に、子ども一人一人の基本的人権についての意識が非常に高まったということ。それから、女性の権利の一層の尊重と性別を超えた社会参加の在り方が重要な課題になっているということ。こういう新しい人権意識の伸長に伴う教育の在り方が考えられなければいけない。 3番目が、思想信条の自由、信教の自由が大事にされる社会になって、その原則の中で、新たな国民統合の価値観を創出していかなければいけない。思想信条の自由だからといって、何でも好きなことを好きなようにやっていたら、これはもう1億何千万バラバラになってしまうわけです。これは新しい課題だと思います。 4番目に、明治維新以降の欧化政策の中で希薄になってきた日本の文化的・精神的伝統の継承・発展を、今、考えなければいけない時期にきているのではないか。このことも、「たくましい日本人」という言い方ではどうにもならないことだろうと思います。1,500年か、2,000年か2,500年か知りませんが、そういう中で積み重ねてきたものがあるわけですが、それをほとんど忘れてしまって今に来ているということについての危機意識を挙げておきたいと思います。 これは書き方がいろいろあると思いますが、例えばこのような、今当面している課題意識があるから、つまり、世の中が変化してきたから、それに対応するというだけではなくて、こういうことを課題意識として中教審で確認するから、やはり基本法の改正にまで踏み込まなければいけないのではないかという、例えばですがね、これは後で論議していただければといいですが、そういうラショナーレを1ページ目に書かないと、「何で?」ということになってくるのではないかと、こんなことを思います。 |
| ○ | ただいま委員がおっしゃった意見に私も同感です。基本問題部会で申し上げたのですけれども、その部分が、恐らく「はじめに」というところで少なくともこないとですね。これは「はじめに」がないのです。その辺のところをうまく書き込むことができるのではないか。 特に前回の基本問題部会の中の議事録にもありますように、委員が言われた、現在の日本をめぐる様々な国際的環境、あるいは国内環境の現時点での問題点、つまり、民主主義あるいは平和主義というものが、教育基本法制定当時と違った形で新たに問い直されていると思います。その問題を従来のイデオロギー論争を超えたところで、知的に書き込むことができるのではないか。それを書き込まないで、避けて通っていたら、何のための教育基本法改正かと思います。教育振興基本計画だけではなくて、まさに教育基本法の中にもそのことを入れないと、単なる技術論に終わってしまうのではないか。いわば現時点における教育基本法を改正するための一種の精神的な基盤というか、情熱というか、そういうものをどこかに伝えていただきたい。今の日本がこのままでいいとは誰も思っていませんし、今の教育がこのままでいいとは誰も思っていないものですから、ぜひそのことをお願いしたいと思います。 細かいことで恐縮ですが、発言のついでに申し上げますと、今日の整理は全体的に大変よくなっていると思います。いろいろ修文すると大体悪くなるものですけれども、かえってよくなっていることは大変ありがたいと思います。 細かいことで一、二気がついたところですが、8ページ、グローバル化のことが書いてあります。「グローバル化が進展していく中で、民族、宗教、文化の違いに根ざした様々な問題が顕在化している今日」とありますが、これも私はこの間申し上げて、これで結構ですが、その後の3行目に、「このため、民族、文化の多様性を再認識し、異なる文化を尊重する精神を涵養し」というところで、あえて「宗教」が抜けてしまっているわけです。これは何か作為があって抜けたように感じられると困るので、「民族、宗教、文化の違い、その多様性」ということを言った以上は、同じように、その3行後でも受けたほうがいいではないかという気がいたします。 それから、小さいことでよろしいでしょうか。その3行後で、「ますます相互依存を深める国際社会の中で」という書き方は、大変結構な表現だと思いますが、「相互依存をますます深める」というように、副詞を逆にしたほうがいいと思います。 もう1点、7ページの終わりから3行目、やはり「グローバル化の進展」のところで、「経済のみならず、研究活動、文化、学術、スポーツなどの幅広い分野」となっています。「研究活動」だけがジャンルと違って、形態を指しているような気がします。スポーツにも研究活動があるわけです。芸術にも研究活動があります。ここはむしろ「経済のみならず、学術、文化」とか、そういう言葉のほうがいいではないかという気がいたします。 |
| ○ | 委員からもお話がありましたが、教育基本法をどうしてここで改正する必要があるのかという理由づけをもう少しここに入れないと、非常にインパクトが弱くなってしまうということです。私が申し上げた内容については、何回も申し上げているので、くどくなりますから申し上げませんが、そのように感じるということだけ申し上げておきます。 |
| ○ | 体育、スポーツに身を置く者として、「健やかな体」とか、「スポーツ」という言葉があちこちに出てきているのは大変ありがたいことだと思いますが、全体のバランスとしては、どうしても知識というか、知、そちらのほうのウエートが―それは教育を考えると当然なことだと思いますが、例えば学力の低下は問題点として触れているけれども、後ほどの答申に出てくる体力の低下は触れられていない。そういう意味で、もうちょっとその辺のバランスも考えていただきたい。 特に「知識社会」、あるいは「知の世紀」という言葉が出てくるわけですが、もちろんそれはそれで結構ですが、特に「知識」という言葉には、今の入試社会の中での知識の切り売りとか、そういうマイナス的なイメージもありますので、「知識とは何ぞや」ということが書かれていないと、今の知識をいろいろ詰め込んでいることをそのまま継承するようなふうにとられかねないという気もします。 それと後ほど御議論いただく、子どもの体力の問題では、むしろ「知識を過度に重視する大人の意識」という言葉も使っているわけですけれども、その辺とのバランスもぜひお考えいただいて、もちろん「知」が重要なことは当たり前なのですが、その「知」を支える「体」の重要さももうちょっと触れられているとありがたいと思います。 もう一つ、これを読ませていただくと、すべての人間が大学あるいは大学院まで行って、エリート化するような印象も受けます。そういうことで、ほとんどの人間が行く高校までの教育の中で、何がミニマムエッセンシャルなのかという点でも、何かちょっと書き込んでおかないと、すべてがエリート的な教育を受けなければいけないような感じも受けますので、その辺も一言触れさせていただきます。 |
| ○ | 鳥居会長 今、委員からお話が出た最後の点ですが、6ページに1ヵ所だけ、「知識社会への移行」というところの2行目の真ん中に、「エリート」という言葉が出てきます。今、委員が使われた意味の「エリート」というのは、どの意味になるかわからないのですが、これを迂闊に読むと、ある種の職種がエリート的な職種であるとか、あるいはある階層がエリート的な階層であるという、従来かなり批判の対象となったような「エリート」という言葉の使い方にとられかねない面がありまして、もう少しそこのところの説明が必要だという意味にも委員の御発言はとれると思いますので、後ほどまたどなたか御意見がありましたら。 |
| ○ | 先ほど委員からも具体的に御指摘があったように、パンチが足りないという御指摘ですけれども、パンチの足りなさのもう一つは、教育の荒廃あるいは学級崩壊ということが前文のところで言われていながら、それに対する対応策が具体的にほとんど何も書いていないと言っていいような状況になっているということではないかという気がします。 これはたぶん教育というものは、教育を授けるほう、家庭、地域、あるいは学校のほかに、受けるほうの学習をする人の立場が当然のことながらあるわけです。教育を受ける人そのものが何らかの規律を守らなければいけない、そういう義務的な規定がどこかにないと、教育そのものがますます荒廃していくということも一つの考え方ではないか。これは委員の皆様方の御意見を伺いたいところです。 そういう意味で、学習を受ける人の義務的な規定をしっかりと確立するのだと。それでないと学級崩壊、教育の荒廃は防げない。つまり、初歩の段階のところで差し当たって必要な薬が何も入っていないというところが、一つ骨が抜けているように感じるところではないかと思いますので、あえて申し上げさせていただきます。 |
| ○ | 鳥居会長 どうもありがとうございました。 これも大変大事なことを御指摘いただきまして、フランスや韓国の教育法、イギリスの1988年教育法、いずれを見ても、教育を受ける者の学校における義務、それは授業をちゃんと受けることだとか、あるいは授業を妨害しないことだというたぐいのことが入っているわけです。日本ではそれがどこにも規定されていないということを御指摘いただいたのだと思います。 これを「第1章」の素案の段階で扱うか、あるいは「第2章」「第3章」以降で扱うかまた検討したいと思います。どうもありがとうございました。 |
| ○ | 殊に先ほど委員のおっしゃられた子どもの基本的人権という問題が、やはり一つの大きなテーマだとすれば、それにあわせて、基本的人権を認めると同時に、義務も発生する、そういうことをはっきりと言うべきではないかという意見でございます。 |
| ○ | 前回出席させていただいたのですが、今日これをずうっと読ませていただいて、大変よくまとまっているとは思いますが、何となく大事なものを忘れてきてしまったかなと思って読んでいたのです。先ほどのお話の中でも少しは出てきているのですが、実は男女共同参画基本法というのができて、男女平等とか、そういったことは昔から言われておったのですが、現実の社会としては、やはりそこが十分にできていないということで、基本法ができたばかりだったわけですけれども。 今度の新しい教育基本法というか、基本的な考え方を練るに当たって、そのことを明確に言っている文章がどう見ても出てこない。全体にわたって男女共同参画社会というものをもっと推し進めていくために、最初の教育のところからそれができていないと非常に難しいのではないかと思いました。実はそれは当然のこととずっと頭で思っていたのですが、これを全部ずうっと読み直したときに、そこの部分がスコンと抜けているのはとても残念なことで、ぜひそこは考慮していただきたいと思いました。 そのことをずっと考えて、もう一つ、ぜひ加えていただきたいと思うのは、ずうっと読むと、書いてあるような気もするような、ないようなという感じなのですが、ダイレクトにぜひ欲しいと思いますのは、違う価値観というか、違うことの価値を認めるということが、とても大事なのではないかと思います。例えば、グローバルな社会と言ったときに、グローバルな社会で通用するのは、相手が違うことをまず認めるところからスタートすると思います。 これからの教育の目標という中に幾つか書いてあるのですけれども、ずうっと見ても、他者とのかかわりでは感謝や思いやりの心、他者の痛みを理解する心、それは人間として当然のことですが、自分と違うもの、自分と違った意見を持つもの、自分と違った価値観を持つもの、そういう違うものに対してそれをまず認めるということを、どこかこの中に入れていただきたいと思いました。宗教云々かんぬんというのはあるのですが、そういうことだけではなく、違うものを認めるというのをぜひ入れていただきたい。以上、2点です。 |
| ○ | まずお尋ねしたいことがあるのですが、11ページの下から2行目のところに、「『新たな公共』の創造」とかぎ括弧がついております。「新たな公共」という言葉が、「 それから、この論全体としてとてもまとまっていて、大変勉強させていただきましたが、ただ読んでいるうちに、私なりにそうかなあ、とひっかかったところだけ申し上げたいと思います。 例えば、9ページでございますが、「国民意識の変容」というところがございます。この中で、例えば倫理観とか、あるいは社会的使命感が喪失したとか、あるいは社会的規範が崩れているとか、モラルの低下云々ということが書いてあるのです。その例として、企業にかかわる不祥事件とか、いろいろありますが、本当にそうなのかな、と思うのです。つまり、企業にしろ、その他の学校組織でもそうですし、あるいは行政の世界でもそうでしょうけれども、いろいろな不祥事が露出しているのですが、それはモラルあるいは規範意識が低下したからではなくて、逆に国民全体のモラルあるいは規範意識がより研ぎ澄まされてきているというか、あるいは鋭くなってきている、その結果ではなかろうか。 ということは、これまでずっと長いこと、それぞれの組織とか、あるいは共同体の中であいまいに黙認され、ルーズにされてきた様々の慣習、慣行が、金銭の授受にかかわることもそうでしょうが、内々に黙認されてきた。本来ならば正すべきことが正されずにきたことに対して、今、日本の国の様々な発展を背景にして、それはお互いに許されないではないか。国民として、人間として、正すべきところはきちんと正しながら、責任を果たしていこうではないかという意味での規範意識とか、モラルの発揮というのでしょうか、戦後培われてきたものが、ここのところで力を発揮してきているのではないか。そういう観点からすれば、決して規範意識やモラルが崩壊したとか、低下したのではなくて、逆にそれを教育の中でより一層育成し、強化して、日本国民の新たなモラル、規範意識を育てていく、最も適した時期ではなかろうか。もしそれが正しいとすれば、先ほど言いました「『新たな公共』の創造」というのは、たぶんそういうことにもつながるのかなという思いがしたわけです。 そういう意味では、今、まさに国際化が急速に進行し、規制緩和、自由競争の時代の中で、これからの子どもたちが個としていかに生きるかということが重要で、単なる既成の組織だけの特権的な基準やモラルに依存することなく、それぞれの場でそれぞれの自己決定と責任で生きていくことの大切さを、私たちが指し示し、激励し、そういう力を育成していく時期ではなかろうか、そんなことを思いました。 最後でございます。1ページの四つ目の「○」のところですが、「我々が歩むべきは、国民一人一人が広く深い教養を持つ品格ある社会の創造へと連なる道である。」とあります。そのとおりだと思いますが、「我々が歩むべき道」と言うならば、ここで前段にもありますように、例えば創造力と活力に富んだ社会をつくり、国際社会において主導的役割と責任を果たすような日本をつくっていくのだ、それが我々の進むべき道である、そのための教育改革だと、こんなふうにここをもう少し膨らましていただいてもよろしいのかなと思いました。 |
| ○ | 鳥居会長 ありがとうございました。 最初に御指摘いただいた「新たな公共」というのは、9ページの下から2段落目の一番下のところにまず出てまいりまして、それから11ページの下から2行目に出てくるわけです。先に出てきた9ページのほうに若干の説明がついておりまして、「従来の『官』と『民』という二分法では捉えきれない新たな『公共』」と言ってはいるのです。 委員の御指摘のように、御発言の言葉と若干違うかもしれませんけれども、法律で定められた国民の義務以外にも我々が果たさなければならない国民としての義務がたくさんあって、例えば選挙権なんていうのはその具体的な例だと思いますが、みんながそれに積極的に参加することによって、民主社会がつくられる。また、競争原理だけではない、互いに助け合うという原理が働かなければ本当の公共ができないとか、そういったたぐいのことはいろいろと話し合ってきたわけです、部会でも、総会でも。それがもう少しコンパクトな形で表現が入っているとよろしいのではないかと思います。 11ページにいきまして、それをもっと短絡化して、「ボランティア活動など『新たな公共』」と書いてしまいますと、こういう見方で国民に理解されて、ボランティアが「新たな公共」だと思われたらたまったものではないので、このあたりは確かに御指摘のように、後でまた事務局と相談します。ありがとうございました。 |
| ○ | 全体の印象ですが、非常に目配り気配りがある、そして恐らく思いつくテーマが全部挙がっているという意味において、よくできているのでしょうが、逆に言えば総花的になり過ぎまして、皆さんが「パンチがない」と言うのは、ずうっと読んでいて、それとなく頭に入るけれども、読み終わると、はて、どこに言いたいことが散らばっているかな、置かれているかな、というのがわかりにくい。ただ、これはしょうがないと思います。ないものねだりの話でありますから。それは感想という意味でお聞きください。 最後に二つほど申し上げたいのは、12ページ、13ページに書いてあることが、恐らく読む人にっとっては重要と思われるのでしょうが、1点、最後の教育投資について、どなたかおっしゃってられましたが、ここに書かれてあることは、地域であるとか、家庭であるとか、大学であるとか、あるいは初等中等教育の学校という意味から言うと、これはやはり政府なのだと思います、ここの役割という意味においては。 教育投資というのは、鳥居会長もエコノミストでありますから、言葉遣いとすると、我々は教育投資というとすぐ、個人が生涯所得を上げるために、親が子どもに投資してやるというイメージのほうがどちらかというと強いのです。 これは政府が金を惜しまず、ちゃんと社会のために投資しろという、言うなれば「政府よ、金を惜しむな」というメッセージを送っているのですよね、たぶんここは。そういう意味で、金のみならず、政府というのはもっともっと大きい、教育という社会全体のインフラをつくるべき責任を負っているわけでありますからね。そういう意味から言うと、教育投資というのは多様に使われる言葉でありますから、ちょっと注意して使ったほうがいいかなというのが率直な印象であります。 それから、「知の世紀をリードする大学改革」とありますが、恐らく「産学官の連携」と入っていますから、やはり研究というところで、世界に遅れをとるなよというメッセージだと思いますが、もう一つ、今の大学改革の一番のポイントは教育だと思います。これまで大学というのは、研究にかまけて、教育をあまりやってこなかったという点があるので、これは「人材を輩出する」なんて書いてありますから、恐らくそこが含まれているということだと思いますが、学力低下が云々言われている。最後の受け皿が高等教育の大学でありますから、そういう意味で、「基礎学力も含め」「基礎的な教育を含め」という文句が何か欲しいような気もします。ただ、これは私のサッと読んだ印象でありますから、皆さん十分に議論された後でありますから、別に修文まで要求いたしませんが、そういう印象を持ったということをつけ加えておきます。 |
| ○ | 先ほど「第1章」素案によって、教育基本法及び教育振興基本計画をつくらなければならない必然性が感じられないという御意見がございましたが、中間報告の柱立てを見ますと、「第2章」「第3章」の冒頭に、「教育基本法見直しの必要性」、それから「教育振興基本計画策定の必要性」というのが、それぞれ1節としてあるわけです。そうすると、恐らくパンチのある必要性がここで書かれるのだろうというふうにも解釈できるわけでございます。もしそうだとすれば、「第1章」は何のためにあるのか。これがわからなくなってくるわけでございます。 教育の現状と課題というようなことは、毎年の白書に書いてございますし、それから21世紀に教育が目指すものは、つい数年前に中央教育審議会及び大学審議会からそれぞれ報告が出されているわけでございまして、数年の間にそれほど21世紀の教育の在り方が変化するとは思えないわけでございます。そうすると、この「第1章」は何のためにあるのか。 先ほど来の解釈は、基本法及び振興基本計画の必要性を納得させるためにあるのだという解釈でありますが、そうなると、「第2章」「第3章」のそれぞれの1節が不必要になってくるわけでございます。「第1章」の位置づけが果たしていずれにあるのかということが、私にはよくのみ込めないわけでございます。この辺をはっきりさせていただいてから議論したほうがいいのではないかと考える次第でございます。 |
| ○ | 鳥居会長 簡単に私から御説明をしますと、「第1章」で教育の課題並びに教育の今後の基本的な方向について述べることによって、それ自体が新しい教育基本法を必要とする理由づけでもあり、我々が新しい時代に向けてどのような新しい教育改革を打ち出していかなければならないかを述べている枕になっている。同時にそれは教育振興基本計画の枕にもなっている。 将来、例えば極端な考え方で、今は「第2章」の位置づけになっている教育基本法について切り離したときには、その切り離した教育基本法提案、あるいは答申の枕の部分として「第1章」の全部ではないにしても、要約したものがついてくるのは当然だと思いますし、「第3章」の教育振興基本計画についても、ほぼ同じものがついてきて自然なのだと思います。そういう考え方で、前2回にわたって御審議をいただいたつもりでございます。 |
| ○ | 単なる枕詞ですか。 |
| ○ | 鳥居会長 要するに枕詞というよりも、前文ですね。 |
| ○ | 基本法改正あるいは基本計画策定の理由づけということとしては、先ほど来御批判がございましたように、説得力がやや乏しいという御批判がございました。それに対して、「第2章」「第3章」でそれを説明するのだということであれば、「第1章」は枕詞であれば、二、三行で済むことでありまして…… |
| ○ | 鳥居会長 いや、枕詞というより、これ自体が前文の役割を果たすのではないでしょうか、「第1章」自体が。そういうふうに解釈しているのですけれども。 |
| ○ | 端的に、基本法改正の必要性、あるいは基本計画策定の必要性を述べたほうが、読者としては納得がしやすいのではないかと思いますけれども。 |
| ○ | 鳥居会長 「第1章」は今申し上げたように、教育基本法改正に際しての前文としての役割を果たす、また、教育振興基本計画の前文としての役割を果たすように、「第1章」を仕上げていただくようにお願いしたいと思います。 |
| ○ | 今の議論と関連するのですけれども、「第1章」の部分というのは、ある種のプレリュードだとして、書いてあるやつをじっと読むと、まとまりとか、そういうことについて言えば、ポジティブなのですけれども、もっともだけど、それで何が変わるの、ということについて予感させるような、つまり、教育の構造改革をなぜ今、何をというところの、きっとこの後に「第2章」「第3章」でくるであろうことを予感させるような思想の基軸が、明確に見えてない部分があるのだと思います。それをみんながコンセンサスを持てるように、ぼやかして、ぼやかしていくから、余計不明確になっているのだと思います。 ごまかしなく率直に言えば、今回、いよいよ構造改革の中でパラダイムを変えなければいけないことは、今までの議論の中に明確に幾つか見えていると思うのです。例えば、たまたま今日、資料が配られていますが、一つの事例ですが、いわゆる地方分権改革会議との関連で、義務教育費の国庫負担の問題について資料を出していますね。これがいかに重大な問題かということを認識しているから、あえてそれを例にして説明するわけですが、ナショナルミニマムからローカルオプティマムへという考え方が仮に出てきて、文部科学省としては、国民である限りナショナルミニマムとして誰もが平等に教育を受ける権利を大事にしていこうという思想をしっかり持ちこたえていこうというのはよくわかるわけです。 一方、流れとして、例えば全国一律の教員の給与なんていう問題を一つ事例に出しても、全国津々浦々、地域特性とか、いろいろなことを反映した、これは民間では常識ですが、給与体系の多様化とか、時代に対する適応性とか、大きなパラダイム転換が、ごまかしなく言えば迫っているわけです。そういう中で、例えばローカルオプティマムというときに、各地域の様々な産業の特性とか、経済の特性を反映して、地域社会が参画する形で教育の水準を落とさずに、みんなで支えていかなければいけない時代がきていますよねという思想が、読んでみるとにじみ出てなくもないのだけれども。 だけど、僕だったら思想の基軸になるものとして、教育基本法の改正と「第2章」「第3章」を引っ張ってくる上で、例えば三つの国民的に議論したい思想という意味で、結論が出ないかもしれないけれども、明らかに教育という世界に競争と選別性を持ち込もうとしているわけです。何もかもが一律にという考え方がとれなくなってきている時代、しかも、中央集権から地方分権へという時代を想定して、教育を改革しようとしているのだから、そのことについて出てくる思想の基軸になるものをしっかり出すべきだ。 例えば、「少子高齢化」という言葉がこの中に出ているけれども、その中で、それこそ子どもの数がピーク時から3分の1にもなってしまう時代をにらんでいるわけだから、それに対して大人だけが子どもを取り囲んでいるような教育環境になるのはまずいから、例えば教育の制度設計もやがて大きく変えなければいけない時代がくるかもしれない。例えば、高校3年間ぐらいは集団型の全寮制教育みたいなものを、もっともっと選択できるようなことにしないとだめになる時代がくるかもしれない。 そういうことを予感させるような、今問われている思想の基軸について、今この中から出ているもの、例えば三つなら三つ、四つなら四つに―さっき委員がおっしゃったことはすごく重要だと思っているのです。つまり、教育を受ける権利と責任という考え方です。これもいわゆる義務教育という基本的な考え方について、この会でも何回も議論されてきましたけれども、では義務教育とは何だということについての一つの思想的方向づけですよね。教育を受ける権利を子どもたちにしっかりと与えることによって、同時にその責任という思想もはっきりさせていく。 僕は今、たまたまランダムに申し上げているのですけれども、今回、「第2章」「第3章」を引っ張ってくる前のプレリュードとして、思想の基軸になることはこういうことですよということを、もう1回束ね直したらどうか。 つまり、こういう感じがするのです。「目標実現のために重視すべき課題」というところに、この章の収斂があるのだと思いますが、生涯学習は大事、個性尊重の学校教育、大学改革、家庭・地域の教育力、教育投資という五つは、誰も反対なんかできないと思います。だけど、ビジョン計画であって、どうも実行計画が見えてこないのです。実行計画は「第2章」「第3章」にくるのだろうけれども、それを予感させるような思想性というか、こういう思想でもって「第2章」「第3章」に立ち向かうのだというものが見えてこないから、みんな誰も反対はできないけれども、メリハリがよく見えませんなという議論になっていくのではないかという気がします。 |
| ○ | 個別のことはとてもよく書かれていると思いますが、やはり皆さんがおっしゃっているように、1ページ目の「何故今変えるのか」というところが気になります。 先ほど委員が具体的におっしゃったことは、国内ではそのとおりだと思いますが、もうちょっと広く長く考えなければいけない。ここに「我が国社会は、今、歴史の大きな岐路に立っている。」とありまして、そのとおりだと思いますが、これは「我が国社会」ではなくて、「今、世界が岐路に立っている」という状況になっていると思います。 第1の教育改革が明治5年で、第2の教育改革が昭和22年、これは我が国の岐路でした。明治と昭和の改革と比べて今考えるべきことは、日本だけでなく、これから50年、100年先の世界を見て考えるべきだと思います。教育は先行投資であるとしたら、そのぐらい先を考えると、世界全体が変わっているのだという認識を持たなければいけないと思います。 「グローバル化」という言葉が多く出ていますが、これは日本が外とどう関係するかという意味で使われています。実は今、日本の教育がどう変わるかということは、外からも見られているはずです。そのときに、世界から、日本の教育が今の世界の動きを見て、そこをリードするような方向に動いているというふうに見られるような改革でなければいけないという意味でのグローバルを意識する必要があります。第1、第2に相当する改革をしなければならない時期にあるという認識は間違いがないと思いますが、世界との関係がその時と違っているということをきちんと書けば、今変わらなければいけないということがはっきりすると思います。 それに関連して、11ページに、「知の世紀をリードする創造性に富んだ人間の育成」と書いてあります。21世紀を「知の世紀」と位置づけて、その中で、日本がリーダーシップをとっていくのだということは、先ほどの大学改革もそのためにということでその通りです。ただ「知の世紀」というところに何が書いてあるかというと、「新たな知が国や社会の発展と成熟を支える知の大競争時代において、我が国の繁栄を」となっています。この文章を読むと、これはどう読んでも、現在行われている経済大競争、科学技術大競争の中で勝てばいいというように私には読めます。 私が申し上げた世界が大きく変化しているというのは、例えば地球全体の環境問題とか、そういうことも含めて、価値観が変わっている時代だということです。このときの「知の世紀をリードする創造性」というのは、今行われている経済や科学技術の中での大競争に勝つというレベルのことではない、もっと深い思想性を持った新しい知を組み立てていく人が、ぜひ日本から生まれてほしいと思っています。その辺の意気込みをもう少し最初のところに書いていただきたいというのが、私の希望です。 |
| ○ | 今までの議論で疑問に思っているのですが、これは「第1章」「第2章」「第3章」という構成になるのですね。「第1章」で、思想的な軸や、どうして変えなければいけないかという点をもっとはっきり書いた方が良いという意見に私は基本的に賛成ですが、それを今、「第1章」だけを見てやるのは難しいと思います。「第2章」「第3章」ができて、本当に言いたかったことはこういうことなのだ、という結論がわかった時点で、また第1章に戻って、必要な部分だけを取り出して書き直してはどうでしょうか。今日のようにまず第1章だけやって、「これは9月30日で終わりました。もう議論はできません。」ということにならないように、今日の議論を忘れず、「第2章」「第3章」が出てきた段階で、もう一度見直すのが良いと思います。全体ができた段階で、当初提起された問題に答えたのか、全体を通して確認し、分かりやすい形にする方が、仕事の進め方、議論の仕方として良いと思います。 |
| ○ | 鳥居会長 ありがとうございました。 実は今委員がおっしゃったことは、過去2回の基本問題部会で、私もほぼ同じことを何遍か言っていまして、「第2章」「第3章」の後、「第1章」にフィードバックしてこようということは、ほぼ確認されていますが、今おっしゃっていただいたので、もう一度そのようにしたいと思います。 |
| ○ | 今までに教育基本法の在り方について、何度か総会でも議論してきたと思いますけれども、その中の議論が一部反映されていないと思う点が1点ございます。 先ほど委員も指摘されておられましたけれども、教育基本法の条文の第5条の文言は、現代の実情に必ずしもそぐっていないのではないか。男女共学が認められなければならないという文言は、この時代だからこそこういう文言が必要であったので、今はやはり男女共同参画という基本的な認識に立って、この条文は見直すべきではないかと思っております。 教育の基本的方向に書いてあります、「世界有数の経済的な豊かさを達成した今」ということですが、経済的な豊かさを達成している国の中で、女性の人的資源の能力開発が社会的に行われているかどうかというジェンダー・エンパワーメント・メジャーという指標で見れば、日本はかなり低位置にあるわけで、そういったところを教育というところでもう少し促進していく、そういった哲学が必要ではないかと思います。それが1点です。 もう一つは、今、いろいろ議論が出ておりますけれども、この中に物質的な豊かさよりも心の豊かさを求めるというのは、国民世論調査では80年頃からずっと増大して、90年代になってもなおかつ増大して、2002年では6割を超える人が心の豊かさを求めているわけです。また、毎日の生活を充実して生きたいと考える人も6割ぐらいになっているわけです。日本人にとっての豊かさというのは一体何なのかという、単なる個人的な豊かさだけに恐らくとどまらないと思います、6割の人々が認識しているのは、本当の国としての豊かさというのは何かという、その辺の議論が十分深まっていない中で、言葉がおさめられているという感じがしますので、本来のところの、日本がどこに向かおうとしているのかという、国の豊かさのイメージをもう少し書き込めるといいなと思っております。 もう一つは、これだけ多種多様な立場の委員の皆さんがいらっしゃると、あらゆることをおっしゃるので、また、あらゆるいろいろなプレッシャー団体からの御意見を引き受けて盛り込んでいくと、すべてを教育で解決しなければならないというような素案になっているのですけれども、例えば就業構造の変貌とか、確かにこういうことは事実としてあるわけで、現象的には教育で対応するべきこともたくさんありますし、教育でも百年の計をつくるということもあるわけですが、すべてを教育で解決しようとしすぎているのではないかという気がいたします。産業界でやるべきこと、経済の面でやるべきことというのはもっとあって、むしろ教育の基本的な方向はもっと絞り込んでもいいのではないかと思っております。 |
| ○ | 鳥居会長 ありがとうございました。 今御指摘の現行教育基本法第5条の件は、まだまだこれから議論を深めなければいけないことですが、御参考までに申し上げますと、イギリスの教育基本法をサッチャーさんがつくったとき、彼女は教育機会均等審議会というのをつくりまして、その審議会で男女の教育の機会均等を実現する、そして女子の教育を向上するために、二つの白書を出しています。 一つは、「ガールズ・アンド・ガールズ・オンリー・スクール(女子及び女子だけの学校の在り方)」というやつです。 もう一つは、「女子中学校と男女共学中学校の長短比較」という白書を出しています。 少なくともその程度の突っ込んだ議論が我々の中で行われて、それに日本の男女共同参画社会というのを加えて、現行法で言うところの男女共学の扱い方をどうするかというのを、たぶん結論を出していくのだと思います。ありがとうございました。 |
| ○ | 2ページの「教育の現状と課題」の一等最初にあります、「民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする憲法の理想」、この「実現を教育の力に託」するということが、諮問されたときから議論してきた普遍的な価値だろうと思うのです。そうでありましたら、いろいろな改革の視点の中に、これらの考え方、思想が貫かれていなくてはいけないだろうという気がいたします。 そういう面から言いますと、確かに3ページ目には、「国家戦略としての教育改革」というのがありますが、どうもその背景にあるのは経済的な国際競争社会の中における戦略みたいな感じがするのです。そうではなくて、例えば民主的な国家とか、あるいは世界平和に積極的に寄与する日本人というところがないといけないだろうと思います。 ですから、「21世紀の教育が目指すもの」以降については、そういうところが非常に希薄なのです。「民主的」という言葉とか、あるいは「平和的」という言葉はほとんど出てこないのです。そういう意味では、国家戦略としても積極的に国際平和に寄与する日本ということをきちんと打ち出していかなくてはいけないだろうという気がします。何ページの何行目に何を入れろということもちょっとやってみたのですけれども、それよりも基本的な考え方をきちんと整理して、入るべきところにはきちんと入れていただきたいと思います。 それから、先ほども出ましたけれども、公共心というのも非常に大事です。「新しい公共」も大事ですけれども、やはり人権を尊重する、基本的な人権を尊重して、自他お互いに認め合う共生社会が、今後は非常に大事になってくると思います。そういう意味では、私は民主主義的な共生社会への展望を考えていかなくてはいけないだろうという気がいたします。ですから、キーワードとしては「民主主義」とか、あるいは「平和主義」とか、あるいは人権の中でも、特に基本的人権を尊重し、お互いに自他を認め合える共生社会への展望をつくり上げていくことが大事ではないかという気がするのです。これでは何となく経済とか、科学とか、あるいは競争社会という形だけに追い込んでいこうという気がするのです。そういうことになってはいけないだろうという気がします。 家庭教育も大事ですけれども、ここでは家庭教育を―今後、「第2章」「第3章」に出てくるかもしれませんから、システムとしてどう保障していくのかということですよね。例えば少子化の場合もそうですが、今、子育てが非常に厳しいという中で、家庭教育の内実は何なのだろうかということになってくると、これはシステムとして何をどう確立していくかという部分もなければ、これは恐らく実現しないという気がいたしますので、こういうことも含めて記述をしていただければと思います。 |
| ○ | まず2ページの「教育の現状と課題」というところで、私ども現場におりますものは、こういうものが出てきましたときに、現状をどのように把握されて記述されているかということをまず読むわけです。そうしましたときに、実際問題として学校教育、初等でも、中等でも、幼児教育でもそうですけれども、懸命に実践している部分をどのくらい理解していただいているかということなのです。 例えば、2ページの一番終わりのところにもろもろ書いてございます。「規範意識や学ぶ意欲を低下させ、学力の問題が懸念されている。」という、この「学力」について、今、みんなが大変神経質になっているわけです。 次の3ページの4番目の「○」のところで、先ほど委員もおっしゃいましたけれども、学校週5日制が導入された背景等々はこのあたりからわかるわけですが、現実に子どもたちは週の生活のリズムが変わってきていることに、いかに早く順応して、自分の生活をつくっていくかということについて、懸命に苦労して行っているところです。子ども自身は、これからの子どもですから、幼い子はそうでしょうけれども、育てている親のほうの週の生活リズムとか、そういうものもありまして、なかなか考え方が変わっていかない。それは無理もございません。4月からやってきているわけですから、これから何年かかけて、学校週5日制でねらっているところまで到達できるに違いないと思っているのですが、それにはやはり時間がかかりますし、本当の意味でこれからの「『新たな公共』を創造し」ということが11ページにも書いてございますが、そういうところに結びついていくのだと思います。 今までの学校教育の中で、あるいは計画ができている中で行ってきた教育だけでは、自ら課題を見つけて考えていくという力が備わらない。子どもが本当に意欲的に学んでいく力が育たないという部分があって、土・日は家庭に戻すと言っては語弊がありますが、家庭でしっかり、地域でしっかりという、学校教育とは違った新たな公共の場をつくろうと言っているのだと私は読み取っているのです。そういうものを達成していくことはとても大切なわけですので、一貫してそれらが国民に伝わっていくようなものを明示してほしいと思っています。 それから、先ほど幼児教育のことで委員がおっしゃったのですけれども、これをずっと読んでいきますと、人間同士のかかわりとか、生き方とか、そういうことは読み取れるのですが、幼児にとりましては、本当に自然の力というか、日本は四季がございまして、大変いい環境にある国でございます。そういうものをしっかり根づかせて育てていくという視点が、一所懸命読むのですけれども、現実に自分を中心として美しい自然に感動するとか、そういう表現はあるのですが、私ども人間は大きな自然の力の中で生かされているという視点ですね。そういう人間世界を超えた大きな力を感じ取らせる部分があってもよいのではないかと感じました。 |
| ○ | 鳥居会長 ありがとうございました。 まだいろいろ御意見がおありだと思いますが、今日の第2のテーマ、第3の仕事をさせていただきたいと思います。 2番目のお願いは、地方分権の問題と関係いたしますが、義務教育費国庫負担金の在り方の問題でございます。これは地方分権改革推進会議、それから経済財政諮問会議等で議論されているものですが、このことについて、中央教育審議会でも7月の総会で御説明を既にしていただいております。その後の進展を今日は少し説明していただいて、特に御意見があれば伺うということを予定しておりました。まず事務局から説明をしていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 |
| ○ | 事務局 義務教育費国庫負担制度の見直しにつきましては、政府部内において経済財政諮問会議、地方分権改革推進会議等の場を通じて議論が行われております。 前回の総会の席上、その時点での議論の状況について御説明申し上げたわけでございますが、6月17日の地方分権改革推進会議の中間報告におきまして、義務教育費国庫負担制度につきましては、負担対象経費の見直し、教員給与制度の見直し、政令指定都市への権限移譲、事務手続の簡素化、さらには国庫負担金の交付金化、将来的な課題としての一般財源化等を含めました広範な制度の見直しについての提言があったわけでございます。 また、6月25日の経済財政諮問会議の議論を踏まえた、いわゆる基本方針2002、あるいは骨太の方針第2弾と言われる閣議決定がございましたけれども、この中では国庫補助負担事業の廃止・縮減について年内に結論を出すこと、さらにこれを踏まえて、国庫補助負担金、地方交付税、税源配分の在り方について、三位一体の検討を行って来年の6月までに結論を出す。その際には国庫補助負担金につきまして、政府全体を通じて数兆円規模の削減を目指す、そういった政府としての方針がまとめられたところでございます。 これらを踏まえまして、8月の末に経済財政諮問会議の集中審議が行われました。この際に、義務教育費国庫負担制度についてもその見直し案を取りまとめて出すようにと、総理から文部科学大臣に対する指示があったわけでございます。これを踏まえまして提出いたしました見直し改革案が、資料4―2にございますものでございます。簡単にこれを御説明申し上げます。 資料4―2、基本的な考え方は2枚目にございます。義務教育費国庫負担制度の基本的な考え方として、「(1)」にございますように、義務教育は、憲法の要請により、国民として必要な基礎的資質を培うため、全ての国民に一定水準の教育を無償で提供するもの。国民に義務を課す一方、国は、良質の教育を保障する責任を有するという基本的な考え方に立ちまして、そういった義務教育の水準を確保するためには、優れた教職員を一定数確保することが必要であり、そのためには一定の財源が安定的に確保されることが必要である。そのために、教職員の給与費について、市町村に代わって都道府県がそれを負担し、その2分の1を国庫負担する。これが現在の義務教育費国庫負担制度である。したがって、これは国の関与ではなく、むしろ義務教育の水準の確保のための国による最低保障の制度であって、今後とも堅持が必要である。 一方、義務教育の構造改革については、「画一化から個性化・多様化へ」向けた制度全般にわたる改革を行って、地方の自主性や学校の創意工夫の大幅な拡大を進めていく。こういう基本的な考え方に立って取りまとめたものでございます。 1ページ目に、具体的な見直しの項目がございますが、まず「(1)」でございますが、負担対象経費を見直し、負担額を縮減ということで、この負担対象経費を国が真に負担すべきもの、厳密な意味での教職員の給与費に限って負担するという考え方に立ちまして、平成15年度から平成18年度までに数千億円、具体的には約5,000億円の縮減を目指すという方向を打ち出したわけでございます。 また、地方の自主性を拡大するという観点で、「(2)」にございますように、現在、公立学校の教員の給与につきましては、国立学校の教員の給与に準じて定めるという、国立学校準拠制がとられておりますけれども、これを平成16年度をもって廃止し、各都道府県が自主的に公立学校教員の給与を決定できるように制度を改革する。また、可能なものは前倒しでやっていくといった方向を打ち出しました。 また、「(3)」でございますが、教職員定数や配置の在り方につきまして、まず一般の市町村について、それぞれの市町村の負担によって自ら教職員を配置できるように、その道を開く。「 また、「(4)」にございますように、負担金事務を簡素化するということで、現在、小・中学校等と養護学校の2本立てになっております制度を一本化して、大幅に事務を簡素化する。さらには、電算化等を含めまして、負担金額の算定事務を簡素化する。こういった方向を打ち出しました。 これにつきましては、8月30日の経済財政諮問会議の集中審議に遠山文部科学大臣が提出し説明したわけでございますが、その際にはいろいろな議論がございまして、国庫負担制度についてさらに見直す必要があるのではないか、あるいは負担対象経費の削減につきまして年度ごとのプランを出すべきではないか、あるいは定額化、定量化といったものを考えてほしい、あるいは5,000億円の削減は、地方の観点からはいかがなものか、あるいは教員の給与の優遇措置について見直すべきではないか、このような意見が提出されております。 さらに、9月12日に地方分権改革推進会議のヒアリングがございまして、その際に提出いたしました資料が4―1の資料でございます。基本的には、8月30日の経済財政諮問会議で打ち出しました改革案とパラレルなものでございますが、資料の8ページを御覧いただきますと、定額化、交付金化、あるいは一般財源化といった問題について、文部科学省としての考え方を示してございます。定額化、交付金化につきましては、義務教育についての水準を確保するという国庫負担制度の基本を損なわない範囲内で、国庫負担金の一部について、地方の裁量を拡大する観点から、定額化、交付金化することの可能性について検討するといった考え方を示しております。 また、一般財源化等につきましては、これは広い意味で義務教育費国庫負担制度の在り方について、現在進行中の市町村合併等の地方行財政改革の進展状況を見つつ、広く地方教育行財政制度全体の中で、将来的な課題として検討するといった考え方を示しているところでございます。 今後の議論の方向でございますけれども、まず地方分権改革推進会議は10月末を目途に、事務事業の在り方についての報告を取りまとめるという方針であると伺っております。その中には国庫補助負担金の今後の縮減についての一定の考え方も示されるのではないかと考えておりますが、こういったものを踏まえまして、経済財政諮問会議では、この10月から12月にかけて、さらに論点整理を行い、議論を深めていくことになると承知しております。 |
| ○ | 鳥居会長 ありがとうございました。 この件について、特に御発言ございましょうか。 特にございませんようでしたら、ここでは説明を伺ったという形でとどめたいと思います。 それから、今日御審議いただきました先ほどの「第1章」「第2章」「第3章」から成ります中央教育審議会の一番大きな課題、教育基本法の在り方と教育振興基本計画の在り方を含む全体の問題について、これはただここで議論しているだけではなくて、そろそろ広く国民の皆様の御意見も伺うべき段階にきていると考えまして、皆様の御賛同がいただけますれば、11月中を目途に全国で、3ヵ所程度ですけれども、公聴会を開催してはどうかと考えております。 また、当審議会の基本問題部会にするか、総会にするか、また考えさせていただきますけれども、有識者の方々、あるいはいろいろな意見を代表する方々からヒアリングを行う必要もあると考えております。御賛同いただければ、それについて準備を進めたいと思いますが、よろしゅうございましょうか。 |
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
| ○ | 鳥居会長 ありがとうございます。それでは、そのようにさせていただきます。 最後に、今日の三つ目の仕事でございますが、スポーツ・青少年分科会で取りまとめました「子どもの体力向上のための総合的な方策について」の答申案をもとに御議論いただきまして、その後、この答申を大臣あてに提出したいと思います。 それでは、まず説明のほうをお願いしたいと思います。これはスポーツ・青少年分科会の副分科会長でいらっしゃる松下委員からお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。 |
| ○ | 松下委員(スポーツ・青少年副分科会長) 奥島分科会長が御欠席ですので、代わって御報告いたします。 本日ここに提出させていただきます「子どもの体力向上のための総合的な方策について」の答申案につきましては、昨年4月、町村文部科学大臣から諮問を受けて以来、スポーツ・青少年分科会を合計18回開催いたしまして、分科会の委員からの発表、それから地方公共団体、学校、スポーツ団体からのヒアリングを行いました。また、有識者からの御提言もいただき、鋭意審議をしてまいりました。その上で、先月末にスポーツ・青少年分科会において、本日提出の答申案を取りまとめたところです。 答申案では、子どもの体力の現状や、そのことが将来の社会全体に及ぼす影響と子どもの体力の低下の原因などを分析した上で、体力向上のために子どもがより一層体を動かすとともに、適切な生活習慣を身に付けていくために必要と思われる具体的な方策について提言を行っております。 答申案の詳細については、事務局から御説明をお願いいたします。 |
| ○ | 事務局 答申案の概要について御説明をさせていただきます。 「子どもの体力向上のための総合的な方策について」は、7月18日に総会で御議論をいただきまして、その後、その議論を踏まえまして、例えば青少年の自然活動について、様々な活動が実際に行われていること、指導者の育成の重要性について加えるとともに、行動体力とか、防衛体力という専門的用語につきまして、これを平易な言葉に置き換える等の修正を行っております。基本的には中間報告と同様の内容となっておりますので、答申案の要点、資料5―1で答申案の内容について御説明をさせていただきます。 この答申でございますけれども、まず「子どもの体力の現状」ということで、現状分析をしております。この中では、昭和60年頃から体力運動能力が長期低下傾向にあるということ、それとともに体力、運動能力だけではなくて、肥満傾向の子どもが増えるとか、将来の生活習慣病への危険性も高まっている子どもが増えていることを分析しております。 その上で、子どもの体力向上の目標として、いわゆる運動するための体力、体を動かすための体力について、これは体力・運動能力調査というものをやっておりますが、これの全体の平均値の低下傾向から上昇傾向にベクトルを変えていこうということを目標にしております。当面、これまでの最高値を超えることを目指すことにしております。 それから、健康に生活するための体力、つまり、体を健康に維持し、病気にならないようにする体力につきましては、生活習慣病につながる要因に関する値や生活習慣にかかわっているものの割合自身も下げていく、ベクトルを変えていこうということを目標にしております。 その上で、子どもの体力の低下の原因を分析しておりまして、外遊びとか、スポーツが重要であるということについて、国民がその意識をなかなか持っていないことが一番大きいのではないかということを言っております。それとともに、子どもを取り巻く生活環境が変化をしている。生活が便利になって、体を動かす機会が減っているというようなこと、それからスポーツや外遊びに不可欠な要素としての時間とか、空間とか、仲間がなくなってきているということを指摘しております。それとともに、就寝時間が遅くなり、また、朝御飯を食べない子も増えているというような、基本的な生活習慣の乱れもあるという分析をしております。 その上で、子どもの体力向上のために、「4」の「(1)」から「(6)」までございます施策を総合的に実施することによって、この目標を達成していこうということにしております。 その一つとしては、体力向上に向けたキャンペーンをやっていこうということでございます。その際に、オリンピック選手等を動機づけのために活用していくということも提言しております。 2番目に、子どもが体を動かすための動機づけとして、スタンプカードというようなことで、外遊びをしたとき、また、運動をしたときに、教員とか、保護者が印をつけていき、励みとするというような動機づけのものを奨励していこうということを言っております。 それとともに、親子でスポーツを楽しむ活動を推進していこうということを述べております。 3番目として、地域において子どもたちが体を動かすための環境整備ということで、「スポーツふれあい広場」などの機会、場、仲間の確保ということで、特に地域でスポーツや外遊びの機会、場、仲間を確保するということで、学校とか、公園とか、そういうところを活用した「スポーツふれあい広場」を発掘していこう。その際、特に学校などについて、団体での利用ではなくて、個人の利用ができるように工夫を促していこうということです。それから、子どもが体を動かしくたくなるような施設設備、芝生化やトレーニング施設等を整備していきましょう。それとともに、指導者、それから一歩下がって子どもたちを見守っていくボランティアなどの確保を進める。それから、自然体験活動を進めていこう。 それから、学校としては学校教育全体として取り組んでいく。そのために、体育の授業の複数の指導者、ティーム・ティーチング等の導入、外部指導者の活用を推進しよう。それから、運動部活動につきましても、外部指導者の積極的な活用、複数校での部活動の推進、それから地域のクラブとの連携を図っていこうということを提言しております。 5番目として、体力向上のためのプログラム開発と「スポーツ・健康手帳」の作成ということで、体力向上のためのプログラムを開発するとともに、「スポーツ・健康手帳」という形で、全国的なデータとか、自分の目標とか、そういうものを自分で記入し、自分で体力向上のために役立てていけるような手帳を作成して、活用してもらうことを提案しております。 最後に、体力向上に資する子どもたちの生活習慣の改善ということで、よく食べ、よく動き、よく眠るという健康3原則を徹底していこうということでございます。生活習慣のチェックリスト等を「スポーツ・健康手帳」の中に入れて、自分でチェックをしていく。それから、それぞれの家で「家庭の決まり」というようなものをつくって、例えば公共交通機関の中では立っていましょうとか、座らないようにしようとか、それぞれの家で決まりをつくって、生活習慣の改善に努めてもらいたいということで、そういう改善の取組を促すということを内容にしておるわけでございます。 以上で概要の説明を終わらさせていただきます。 |
| ○ | 鳥居会長 今、資料5―1に沿って説明をしていただきました。資料5―1と同時に、答申案をお手元にお配りしてあると思います。答申案並びに資料5―1は、既に中間報告の段階ではこの総会で御精査いただいておりますので、もし今日特段の御意見がございますれば出していただいて、ございませんようでしたらこれを御承認いただきたと思いますが、いかがでしょうか。よろしゅうございましょうか。 |
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
| ○ | 鳥居会長 ありがとうございます。 それでは、大臣あてに答申を提出したいと思います。 |
〔報道カメラ入室〕
| ○ | 鳥居会長 最初に御挨拶申し上げます。中央教育審議会では、平成13年4月に文部科学大臣から諮問を受けて以来、スポーツ・青少年分科会を中心に、今日まで審議を進めてまいりましたが、このたび、「子どもの体力向上のための総合的な方策について」の答申を取りまとめ、文部科学大臣に提出する運びとなりました。 答申では、子どもの体力が長期的な低下傾向にあり、このことが子ども自身のみならず、将来の社会全体に及ぼす影響について指摘するとともに、国民の意識、社会環境、生活様式の変化など、子どもの体力の低下の原因を分析した上で、体力向上のために子どもがより一層体を動かすとともに、適切な生活習慣を身に付けていくために必要な具体的な方策について提言を行っております。 今後、この答申の提言の実現に向けて、文部科学省をはじめ、関係機関において具体的な施策の推進に努めてくださることをお願いいたします。 それでは、これから大臣に答申をお渡しいたします。池坊政務官お願いいたします。 「子どもの体力向上のための総合的な方策について」答申。本審議会は、平成13年4月11日に「子どもの体力向上のための総合的な方策について」諮問を受け、審議を進めてまいりました。このたび、次のとおり結論を得ましたので、答申いたします。 どうぞよろしくお願いいたします。 |
〔鳥居会長より池坊政務官へ答申を手交〕
| ○ | 鳥居会長 それでは、政務官、どうぞ御挨拶を一言お願いいたします。 |
| ○ | 池坊政務官 ただいま鳥居会長から、「子どもの体力向上のための総合的な方策について」御答申をいただきました。昨年の4月から1年半にわたり、鳥居会長、奥島分科会長、松下副分科会長をはじめ、委員の皆様方には、お忙しい中にもかかわらず精力的に御審議をいただきましたこと、心よりお礼申し上げます。 21世紀を担う子どもたちが健やかでありますためには、知・徳・体のバランスが不可欠ではないかと思っております。にもかかわらず、近年、子どもの体力は著しく低下いたしております。今回の御答申では、子どもたちの体力低下の現状と原因について的確に分析していただいておりまして、その上で、体力向上に向けて何をしたらいいか、総合的な方策について具体的な提言を様々といただいております。 文部科学省といたしましては、皆様方の御答申の趣旨を生かし、行政、家庭、学校、地域社会が連携をとりながら、これから本当にたくましく、真に生き生きとした子どもたちを育てるための施策を推進してまいりたいと思います。 皆様、ありがとうございました。 |
| ○ | 鳥居会長 池坊政務官、どうもありがとうございました。 それでは、これで本日の予定の議事を終わりますが、事務局から最後に今後の日程について説明をお願いいたします。 |
| ○ | 事務局 今後の総会につきましては、日程を調整させていただきまして、追って御連絡をさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 |
| ○ | 鳥居会長 ありがとうございました。 |
Copyright (C) Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology