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中央教育審議会(第1回) 議事録

1   日     時
      平成13年2月1日(木)   10:00~12:00

2   場     所
      霞が関東京會舘   「ゴールドスタールーム」(35階)

3   議     題
      (1)会長の選任
      (2)中央教育審議会運営規則等の制定
      (3)教育改革の進捗状況について
      (4)その他

4 配布資料
      資料1 会議次第(略)
      資料2 中央教育審議会委員
      資料3 中央教育審議会の概要
      資料4 中央教育審議会関係法令
      資料5 中央教育審議会運営規則案
      資料6 中央教育審議会の会議の公開に関する規則案
      資料7 中央教育審議会に会議の運営について(案)
      資料8 旧審議会の答申等の一覧
      資料9 21世紀教育新生プラン(略)
      資料10 教育改革関連法案の概要(略)

5  出席者
(委  員) 鳥居会長,木村副会長,茂木副会長,浅見委員,荒木委員,石倉委員,今井委員,江上委員,奥島委員,梶田委員,國分委員,佐藤委員,髙倉委員,田村委員,千田委員,寺島委員,中嶋委員,中村委員,増田委員,松下委員,森委員,山下委員,山本委員,横山(英)委員,横山(洋)委員,吉川委員
(事務局) 町村文部科学大臣,大野副大臣,河村副大臣,池坊大臣政務官,水島大臣政務官,小野事務次官,青江文部科学審議官,御手洗文部科学審議官,金森総務課長,近藤生涯学習政策局長,寺脇生涯学習政策局審議官,樋口政策課長,工藤高等教育局長,北見主任体育官,銭谷文化庁次長,その他関係官


6 議    事

○ 近藤生涯学習政策局長   おはようございます。定刻でございますので,ただいまから中央教育審議会第1回総会を開催いたします。本日は,御多忙な中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。私は,生涯学習政策局長の近藤でございます。後ほど,会長をお決めいただきますが,それまでの間,便宜的に私が議事を進めさせていただきます。
   それでは,本審議会の会長をお選びいただきたいと思います。会長の選任につきましては,中央教育審議会令第4条第1項によりますと委員の互選により選任することとなっておりますので,どなたか御推薦をいただければと思いますが。

※   委員から鳥居委員を会長に推薦する意見があった。

○ 近藤生涯学習政策局長   ただいま,委員から鳥居委員が会長に適任であるとの御意見をいただきましたが,いかがでございましょうか。

※   「異議なし」という発言があった。

○ 近藤生涯学習政策局長   ありがとうございました。それでは,鳥居委員が会長として選任をされましたので,今後の議事につきましては,鳥居会長にお願いいたします。よろしくお願いいたします。

○ 鳥居会長   ただいま,会長に御指名を賜りました鳥居でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。後ほど,大臣のごあいさつの後,ごあいさつを申し上げたいと思います。
   それでは,まず最初に,副会長の選任でございますが,中央教育審議会令第4条第3項の規定によりますと,会長の代理として副会長を指名となっております。副会長に指名された方は,会長に事故があるときは,職務を代理していただくこととなっております。私といたしましては,木村委員,それから茂木委員のお二人に副会長をお願いしたいと思います。

※   中央教育審議会運営規則及び中央教育審議会の会議の公開に関する規則が決定されるとともに,中央教育審議会の会議の運営について申し合わせがなされた。

○ 鳥居会長   これであらかじめ皆様にお決めいただくべき事柄につきましての審議は終わりました。それでは,ただいまから新たに発足いたしました中央教育審議会の第1回の総会を開催させていただきます。本審議会の発足に当たりまして,町村文部科学大臣からごあいさつを賜りたいと存じます。よろしくお願いします。

○ 町村文部科学大臣   皆さんおはようございます。早朝からお忙しい中,こうやって第1回目の中央教育審議会に御出席をいただきましたこと,心から感謝を申し上げます。
   今も会長と話していたんでありますが,30人のメンバー,それに役所のメンバーが加わると,もうあちらのほうの席がいささかかすんで見えないほど大きな部屋でやらざるを得ないということでございまして,いささか会議の最適サイズを超えているなと,そんな印象も持ったわけでございます。しかし,お忙しい皆さん方にこうして委員をお引き受けをいただいたこと,本当にありがたいことだと思っておりまして,心から感謝をいたしております。
   また,鳥居会長,さらに木村副会長,茂木副会長をはじめ,委員の皆様方には,文部科学省挙げていろいろな面で御指導,御示唆をいただくことになるわけでございますが,心からよろしくお願いを申し上げる次第でございます。
   先ほど事務局からお話を申し上げましたように,1月6日の日に文部科学省という形で,新たに省庁再編が行われまして,今までいくつかあった審議会を統合して,名称は中央教育審議会のままでございますが,相当機能が拡充をされた審議会になったということもありまして,大変多くの方々に御参加をいただいたのでありますが,逆の面から言えば,それだけ重要なまた会議になったんだということでございまして,ひとつ今後ともよろしくお願いを申し上げる次第でございます。
   昨日から国会が始まりまして,本来いろいろな事件がなければ,教育改革国会になったはずなんでございますが,そうなるのかならないのか,いささかわからないような状態で,昨日から国会が始まりましたが,私どもとしては,この国会はまさに教育改革国会であると,そういう思いで一所懸命取り組んでいこうと思っております。昨日の総理の施政方針演説も,4分の1以上は人づくり,そして教育の重要性,あるいは科学技術の重要性について触れておられたわけでございまして,その重要性はいささかも変わっていないと思っているわけでございます。
   ただ,昨今の教育の状況,これは学校だけにとどまらず,家庭の教育,あるいは社会全体の教育力といったようなものを見たときに,私は大変危機的な状況にあるのではないかという感じを強く持っているわけでございます。
   私の考えにつきましては,先ほどお配りをいたしました,文部科学省らしからぬ,資料9というカラフルな資料がございまして,だいぶ事務方の諸君に知恵をひねってもらったわけでございますが,その資料9の冒頭に,私の,なぜ現在の教育がそれだけ危機的な状況にあるのかという考えも,若干触れさせていただいているわけでございますが,いろいろな事件を見れば,それは一目瞭然であるということも言えるわけでございます。また,余りにも平等といいましょうか,行き過ぎた平等というものが,教育界あるいは日本の社会全体に蔓延している。私はそういう意味で,教育改革を通じて日本の社会を少しでもいい方向に変えていきたい,そんな思いすら持って取り組んでいこうと思ったりもしております。また,世の中が大変なスピードで変化をしている中にあって,現在の教育のシステムが時代にそぐわなくなってしまっているのではないだろうか。それを時代に合ったものに変えていくといったような観点,三つほどの観点を示させていただいているところでございます。
   そういうことで,昨年の春から教育改革国民会議がスタートし,今日御参加をいただいた数名の委員の方々にも,教育改革国民会議で大変な御努力をいただきまして,昨年の12月22日に立派な最終報告をいただきました。それを受けまして,文部科学省としても去る1月25日に,お手元に配ったような「21世紀教育新生プラン」というものを決めまして,これに基づきまして,この国会に予算あるいは6本の法律を提出して,できるだけすべての項目を実現していく。若干の議論が必要なものにつきましては,今後,この中教審の場などで御議論をいただいて,それもまた実現をしていこうということでございまして,今,「教育新生プラン」の実現が私どもの最大の課題であろうかと思っているわけでございます。
   しかし,まだまだ課題がたくさん残っております。その多くの課題につきまして,この場で御議論をいただきたいと思いますが,例えば教育基本法の見直しといったようなテーマも,一定の方向づけは国民会議でしていただきましたが,さらに今,文部省内で議論をもう少し詰めております。その辺がある程度まとまった段階で,皆様方にお諮りをさせていただきたいと,かように思っておりますが,そうした教育基本法の問題をはじめとして,いくつかの問題点があろうかと思います。あまり冒頭から私が,これとこれとこれとお願いしては失礼に当たるので,今回,次回あたりで,少しく皆さん方の問題意識,お考えもお示しをいただいた後に,改めて私どものほうから皆様方に御審議をお願いする事項を整理してお諮りをしたいと思っております。いずれにいたしましても,まだまだ御審議をいただきたい事項がたくさんございますので,ひとつ御協力をよろしくお願いをしたいと思っております。
   いずれにしても,教育というのはいろいろな考え方がありますし,「A」と言えば「B」,「B」と言えば「C」という意見が必ず出てくる,そういう性格だろうと思っております。したがいまして,絶対正しいとか,絶対間違っているということはないのかもしれませんが,私は多少の異論があっても,大きな方向について,皆さん方の方向,判断を正しくしていただければ,それに沿って,多少の反対なりいろんな問題が生じたとしても,大きな方向でやっぱり思い切って変えていく,スピーディーに変えていくというのが,私の文部科学大臣としての考え方でございますが,できるだけスピーディーに,思い切って大胆にという方向で考えていきたいと思います。どうしても今までの教育に関することというのは,確かに関係する方が,ある意味では日本全国民でございますから,「まあ,もうちょっと緩やかに,ゆっくり」ということで今までやってきました。しかし,そんなゆっくり,のんびりやっている時代ではないと,こう思っておりますから,そういう意味でも,できるだけ大胆に,スピーディーに,皆様方の英知を結集していただいて,方向づけをしていただければありがたいと,かように考えているところでございます。
   大変お忙しい皆様方にこうやって御参加をいただきました。今後とも御指導をいただきますように,心からお願いを申し上げまして,大臣としてのごあいさつにさせていただきます。どうぞよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。

○ 鳥居会長   町村大臣,どうもありがとうございました。それでは,私からも一言ごあいさつを申し上げたいと思います。
   私のような型破りの人間に中央教育審議会という重要な審議会の会長が務まるのかどうか,誠に忸怩たるものがございますが,委員の皆様の御指導をいただきまして,ぜひこの審議会の大切な役割を十二分に果たしたいと思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
   今,大臣からもお話がありましたように,日本の幼年,少年,そして青年の教育,また大人の生涯教育,すべて欧米諸国に比べれば余りにもおくれているところがあり,また現実に起こっている様々の現象から見て,危機的なものがあると思います。
    アメリカは,1980年代に教育の荒廃を憂えて,レーガン大統領が特別の委員会を招集し,レーガン大統領が辞任される年,1988年に「A Nation at Risk(危機に瀕する国家)」という膨大な報告書をまとめられ,それが引き金となって,アメリカの教育改革が現在まで進んでいるわけです。イギリスも,フランスも,同じように教育改革に取り組んでいます。日本は今,教育のみならず,あらゆる事柄について,改革なくして生き残れないという時代にありますが,教育改革の任務は非常に大きいと思います。
   実は先々週になりますが,昔の臨教審の岡本会長先生をはじめ,当時の仕事をされた方々が,研究集会を開かれまして,私も呼ばれました。冒頭私が申し上げたことは,会議をいくら繰り返しても教育の改革はできない,実行あるのみだということを申しました。
   いろいろな話が出ました。青少年を自然の中に引っ張り出せという話も出ました。私の学校では学生,生徒を連れて,植林をやっているんですが,苗を植えに山に連れていくと,何人かの学生がしみじみと杉の苗の根っこを見て,「先生,これ根ですか」と言うのです。我々の社会は根を知らない子どもたちを育てているんです。子どもたちの規律の問題も出ました。ある先生が,全部の生徒に剣道をやらせたらどうかというお話をされました。私は小学生から大学生や卒業生まで600人の部員を相手にして,自分から剣道を一緒にやっています。とにかく体当たりでやるしかないんじゃないかというのが,私の持論なんです。
   私たちは一方では体当たりで教育改革に取り組みながら,一方ではそれを国の行政,政策としてどのように実現していくかを考えていかなければならないと思います。
   最後に申し上げたいことは,教育改革は大きな庭石を動かすようなもので,あっちをへし押し,こっちをへし押ししながら,やっと動くものだと思うんです。何か一つの法律を変えたり,新しい制度をつくったり,それだけで教育改革ができるとはとても思えません。時々,私のところにも,マスメディア関係の方々がおいでになりまして,「基本法を変えるんですか,変えないんですか。すぐ返事してください」とおっしゃいますが,そうではなくて,大きな庭石を今我々は動かそうとしているんだということを理解していただきたいと思っています。
   そういうことを考えている人間でございますので,皆様におしかりをいただいたりしながら,会長職を務めたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
   それでは,ここで教育改革の推進状況を議題としたいと思います。教育改革をめぐる最近の動きとして,去る1月25日に文部科学省の教育改革推進本部で決定をされました「21世紀教育新生プラン」が,現国会に提出される予定の教育改革関連法案と一緒になって,動きだそうとしています。このことにつきまして,事務局から御説明をお願いいたします。

○ 事務局   事務局のほうから「21世紀教育新生プラン」につきまして説明をさせていただきます。
   資料9をお開きいただきたいと思いますが,2種類ございまして,「21世紀教育新生プラン」の本体,これは先ほど大臣から説明があったとおりのものでございます。それをできるだけわかりやすくということで,1枚紙の色刷りの資料,「レインボープラン」と銘打ってございます。この「教育新生プラン」の中に盛り込んであります政策課題は多岐にわたるわけでございますが,それを七つの重点戦略という形で整理もさせていただいております。この色刷りの「レインボープラン」に沿いまして御説明をさせていただきます。
   私どもは,2001年を教育新生元年と位置づけまして,教育改革国民会議最終報告の提言を踏まえ,あるいはこれまでも中央教育審議会等からいただきました提言で,さらに深めていくと,こういった課題を整理し,タイムスケジュールをお示ししているものでございます。今後はこの「新生プラン」に基づきまして,教育改革を迅速かつ果断に実行してまいりたい。
   その第1ステージといたしましては,緊急に対応すべき事項につきまして,この通常国会に教育改革関連法案,後ほど総務課長から説明があるかと思いますが,6法案を提出する予定でございます。また,平成13年度の予算案にも教育改革関連のいろいろな施策を盛り込んでございます。速やかに予算を成立させていただきまして,実行してまいりたいと考えております。
   その次の第2ステージは,教育基本法の見直し,教育振興基本計画の策定でございます。これにつきましては,先ほど大臣からお話があったとおりでございますが,中央教育審議会に諮問し,御議論をいただきたいと思っておりますので,よろしくお願いいたします。そのほか,専門的な検討を要する事項につきましては,平成13年度内を目途に検討を進めてみたいと考えております。例えば,教育改革国民会議の最終報告でも,18歳後の青年に一定期間,奉仕活動あるいは体験活動が行えるような社会的な仕組みづくりを検討しなさいという宿題をいただいているわけでございまして,こういった問題につきまして,関係省庁とも協力をしながら検討を進めてまいりたいと考えております。
   その下に,「学校,家庭,地域の新生」「学校が良くなる,教育が変わる」と。ここはいろいろ議論をいたしましたが,こういったスローガンを掲げさせていただいております。
   七つの重点戦略でございますが,やはり学校は,「わかる授業で基礎学力の向上を図る」ことが大切だろうと思っております。この国会に法律も出しますし,13年度から教員の定数改善計画もスタートさせるわけでございます。英語とか,数学とか,そういった教科におきます20人程度の授業を可能にしていく。あるいは現在,学力低下ということがいろいろ話題を呼んでおりますが,13年度から小・中学校で,抽出ですけれども,48万人程度を対象にして,全国的な学力調査を実施する。高等学校につきましては,平成14年度に実施をしたいと思っています。
   2番目は,「多様な奉仕・体験活動で心豊かな日本人を育む」ということで,先ほどの18歳以降の社会的な仕組みの検討と,さらにまたこの通常国会には奉仕活動,体験活動を,学校教育あるいは地域での社会教育等で一層促進をしていくということで,法律を提出することを考えておりますし,道徳教育の充実につきましても,「心のノート」という児童生徒用の教材を作成いたしまして,小・中学生1,110万人ぐらいかと思いますが,全員に配付することを予定いたしております。
   「楽しく安心できる学習環境の整備」ということで,例えば「○」の二つ目でございますが,問題を起こす子どもに対する適切な措置も,学校教育法の改正を予定いたしております。小・中学校で現在も出席停止という制度があるわけでございますが,よりその要件を明確にしていく,あるいは出席停止を受けた子どもに対する支援措置も学校教育法の中に明示をするといった形で,きっちりと適切な対応をしてまいりたいと考えています。
   有害情報等から子どもを守る取り組みは,政府全体として一所懸命取り組んでまいりたいと考えております。
   4番目の「父母や地域に信頼される学校づくり」。大学につきましては,自己評価あるいは第三者評価のシステムができているわけでございますが,小・中・高等学校につきましても,自己評価システムの確立,あるいは平成11年度から学校評議員という制度も導入されておりますけれども,そういったことによりまして第三者のいろいろな意見を学校の中に取り込んでいくといったことを進めてまいりたいと考えております。
   5番目は「教える『プロ』としての教師を育成する」。教員の社会体験研修,しかも1か月以上の長期にわたる社会体験研修をできるだけ拡充をしてまいりたいと思っております。必要な予算を13年度予算でも盛り込んでおりますが,もう少しここも年次計画的に拡充をしていきたいと考えておりますし,いわゆる教員として適格性を欠く先生方への対応と,小・中学校の先生は市町村の職員の身分でございますから,市町村の教員としては,そういった先生はおやめをいただいて,都道府県教育委員会の職員であるとか,その他の教育機関等へ円滑に異動するといった法令改正を予定させていただいております。
   6番目は,「世界水準の大学づくりの推進」ということで,次代のリーダー養成のための教育・研究機能の強化でございます。大学への17歳入学の拡大,あるいは大学3年修了からの大学院入学を,現在も制度的には可能でございますけれども,もっと一般化していこう,あるいはプロフェッショナルスクールの整備を図っていこうと,こういうことを進めてまいりたいと思っております。
   なお,大学への17歳入学の拡大につきまして,若干補足して説明をさせていただきます。御案内のとおり,大学入学資格は,現在,学校教育法によりまして,高等学校等の卒業者または文部科学大臣の定めるところにより,これと同等以上の学力を有すると認められた者となっているわけでございます。平成9年6月の中央教育審議会の答申におきまして,一人一人の能力・適性に応じた教育を進めるために,特定の分野においてけ有な才能を有する者については,その才能を一層伸長するために,高等学校卒業前,18歳未満であっても,例外的な措置として大学入学資格を認めることが適当だと,こういった御提言をいただいたわけでございます。文部省としては,この提言を受けまして,平成9年7月に学校教育法施行規則を改正し,いわゆる飛び入学制度を設けたところでございます。具体的には,数学または物理学の分野における特に優れた資質を有する者,大学において高等学校卒業と同等以上の学力があると認めた者であること,3番目には高等学校に2年以上在学していること,4番目として関連する分野の博士課程を有し,教育研究上の実績及び指導体制を有する大学が受け入れること,こういう各要件を満たす場合に限定をいたしまして,高等学校を卒業していなくても大学への飛び入学を認めるということにしたわけでございます。
   さらに,中教審の平成11年12月の答申におきましては,数学または物理学以外の分野への拡大の可能性について研究を進めていく必要があると,こういう御指摘をいただいたわけでございます。
   一方,御案内のとおり,昨年の12月の教育改革国民会議の最終報告の中では,特に優秀な子どもで,その大学の教育目標に合うものは,飛び入学ができるよう,現在,原則18歳となっている大学入学資格年齢制限を撤廃するということが提言をされたわけでございます。そこで,文部科学省の中でも議論をいたしました。今回,飛び入学制度を学校教育法施行規則ではなく,学校教育法において明確に位置づけるとともに,従来のいわゆる飛び入学に係る各要件につきましても,これを拡大する方向で見直すこととしたいと考えております。
   まず第1に,対象分野につきましては,数学または物理学以外の分野,例えば芸術やスポーツなどにおける才能につきましても,学校教育によって才能の発現を促し,才能を伸長することは十分考えられるわけでございますから,分野の限定を撤廃し,各大学の判断により,どの分野でも特に優れた資質を有する者であれば,入学できるようにすることが適当であると考えております。
   第2に,受け入れる大学側の要件として,従来のように博士課程を有することを要しないこととし,短期大学や専門学校,専修学校も含めて,飛び入学を実施できることといたしたいと考えております。特に優れた資質の伸長を図る観点から,教育上適切な指導体制を有することを要件とする必要があると考えております。これとあわせまして,受け入れる大学等に対し,自己点検評価,その結果の公表を義務づけ,実際どのような形で飛び入学を受け入れているのかなどにつきまして,高等学校側が把握できるようにする必要があると考えております。
   なお,高等学校の在学歴につきまして,当面は現在の高校2年間の要件を維持し,今後の実施状況等を勘案した上で,さらに検討していきたいと考えております。
   以上が,今回の制度に係る概要でございます。
   それからまた,「レインボープラン」のほうに戻りますが,最後の7番目は「新世紀にふさわしい教育理念を確立し,教育基盤を整備する」ということで,先ほど申し上げましたとおり,新しい時代にふさわしい教育基本法の見直し,また教育基本法の見直しの中で,教育振興基本計画の策定についても研究・検討を進めてまいりたいと,かように考えているところでございます。
   大変雑駁な説明でございますが,以上が「21世紀教育新生プラン」の説明でございます。
   次に,今国会に提出を予定いたしております教育改革関連法案につきましては,お手元の資料10のとおりでございまして,対象となる法律は全部で11ございますが,これを六つの法案にまとめて,今国会に提出をいたしたいと考えているところでございます。
   横長の資料は,法案全体の内容をまとめたものでございまして,初等中等教育の改革につきましては,「わかる授業で基礎学力の向上」といたしまして,少人数指導の実施や学級編制基準の弾力化など,新しい教職員定数改善計画を実施するために必要な内容を盛り込みたいと考えております。
   また,指導力の不足した問題教員につきましては,教員以外の職への円滑な異動,問題行動を起こす子どもへの対応といたしましては,出席停止制度について要件を明確化いたしますとともに,その期間中の支援などについて定めたいと考えております。
   また,大学改革につきましては,大学への17歳入学,いわゆる飛び入学につきまして,数学・物理といった分野の制限を撤廃いたしますとともに,法律上これを明確に規定いたしたいと考えております。大学院への飛び入学につきましても,法律上明確化したいと思っております。夜間大学院,通信制大学院につきましても法律上明確化いたしますとともに,現在,各国立大学の講座等の種類や名称を省令で定めておりますけれども,これを各大学が定めるようにいたしたいと考えております。
   それから,右のほうの「社会奉仕体験活動,自然体験活動等の促進」につきましては,小学校や中学校,高等学校が教育活動を行うに当たりまして,こういった体験活動の充実に努めるものとするとの規定を設けたいと考えております。また,これらの体験活動の機会を提供する仕事を教育委員会の事務として,法律上明確に位置づけをしたいと考えております。
   それから,「『子どもゆめ基金』の創設」でございますけれども,独立行政法人国立オリンピック記念青少年総合センターに,「子どもゆめ基金」を置きまして,体験活動や読書活動などの事業を行う青少年団体に対して助成を行ってまいりたいと考えております。
   それから,「家庭教育の充実」といたしましては,現在も既に行われておりますけれども,家庭教育に関する講座の開設などを教育委員会の事務として,法律上明確化いたしますとともに,社会教育委員に家庭教育の関係者を委嘱できるようにしたいと考えております。
   それから,「教育委員会の活性化」といたしましては,市町村や都道府県の教育委員に保護者を登用いたしますとともに,性別などに偏りのないよう配慮するよう規定を設けたいと思っております。
   また,教育委員会の会議を原則公開といたしましたり,教育に関する相談を担当する者を置くように体制を整備いたしたいと思っております。
   また,教職員人事につきましては,校長の意向が一層反映されますように規定を設けたいと考えております。
   その次のページの資料は,今申し上げましたような内容を六つの法案ごとにまとめたものでございまして,「公立義務諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案」など,全部で六つの法案を今国会に提出をしたい。まだ詳細につきましては協議中のものもございますが,準備をしているところでございます。
   以上でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

○ 鳥居会長   ありがとうございました。 ただいま,事務局から,「21世紀教育新生プラン」,教育改革関連法案について御説明をいただきました。これらは中央教育審議会への意見伺い事項ではないわけで,御説明をいただくだけですが,せっかくの機会でありますので,皆様から,このことも含めまして,今後の日本の教育の改革の方向等について御意見を伺えればと思います。

○ 私は,初めて中教審の委員に加えさせていただきましたので,今までのいろいろな議論を踏まえておらず,少し的外れな質問になるかと思いますが,今,「教員新生プラン」の御説明をいただいて,二つ疑問がございます。
   一つは,ここのキャッチフレーズのところで「学校,家庭,地域の新生」と,学校,家庭,地域と三つの分野が挙げられているんですけれども,私は20年マスコミで仕事をしておりまして,長年,企業の働く場の取材をたくさんしてまいりました。そういうことから考えますと,また今の教育の在り方も,いろいろな分野が系統的に絡み合って出てきている問題だと考えております。特に家庭での問題というのは,日本の社会の仕組み全体がやはり経済に偏重されている。国家の成長の計測について,経済指標のみに頼っている部分がある。そういった事柄から,企業の在り方,企業人の在り方が連動して,家庭教育にもいろいろなひずみをもたらしている。
   ここで私は,学校,家庭,地域だけではなくて,働く場の再生,仕事場の再生ということも入れたらいいんではないかという気がしております。
   それから,もう1点,「多様な奉仕・体験活動」のところですけれども,私は昭和25年生まれなんですけれども,私の世代では,「奉仕」という用語について,若干素直に入っていけないというような気持ちを持っております。私の大学でもこういったボランティアを授業にしておりますけれども,その名称は「社会貢献とボランティア」という形にしているんですけれども,「奉仕」という言葉を使った背景,お考えを教えていただければと思います。

○ 事務局   第1点目の企業の問題でございますが,地域社会の中には当然企業も入っているわけでございます。教育改革国民会議の提言の中でも,企業のことが触れられております。そういう意味で,企業の問題は「地域」という中で御理解をいただけたらと思っております。
   それから,「奉仕活動」という言葉でございますが,お手元には配っているかどうかあれですけれども,教育改革国民会議の12月の最終提言――この問題は教育改革国民会議でもいろいろ議論があったと承知をいたしております。その提言の中でも,奉仕活動を全員が行うようにすると。そこのところを御紹介申し上げますと,「今までの教育は要求することに主力を置いたものであった。しかしこれからは,与えられ,与えることの双方が,個人と社会の中で温かい潮流をつくることが望まれる。」といったことで,「個人の自立と発見は,自然に自分の周囲にいる他者への献身や奉仕を可能にし,さらにはまだ会ったことのないもっと大勢の人の幸福を願う公的な視野にまで広がる方向性を持つ。思いやりの心を育てるためにも奉仕学習を進めることが必要である。」というような御提言をいただいているわけでございます。
   ただ,「奉仕」という言葉の定義は,これまたいろんな御議論があるんだろうと思っております。そこで,私どもは奉仕活動,社会体験活動,もう少し幅広いものとして,そういったものを学校あるいは地域社会で,それが推進をされていくような仕組みづくりを検討してまいりたい,こういうような気持ちでここに掲げさせていただいているところでございます。

○ 鳥居会長   要するに,ただいまの御質問は,「奉仕」という言葉を使うと,昔の,何か神社のお掃除に行きなさいとか,宮城のお掃除に行きなさいとか,そういうにおいがついているということでしょう。

○ 「社会貢献」という言葉のほうが,団塊の世代以降の人たちには非常に理解がいきますので。

○ 鳥居会長   世代の違いによって,一つの言葉の与えるイメージがどんどん違っていく,具体的な例なんですよね。私の世代は,パブリックサービスを奉仕と言うのはよくわかる話で,ちっともおかしくないんだけど,たぶん若い世代の方々はそうなんだと思います。

○ 確かに国民会議の議論でも,冒頭,曾野綾子さんから奉仕活動の義務化というものが出てきて,大議論になりました。今の御指摘どおり,「体験学習でいいではないか」という御意見もありましたが,やはり大事なのは,自分のためにやるのではなくて,他人ということを意識してやるのが大切ではないかという議論が多くされました。日本の社会が余りにも他人ということを意識しなくなっているということで,私自身も正直若干抵抗がある言葉なんですが,他人を意識して,他人のために何かするんだという色合いを強く出そうということから,あえて「奉仕」という言葉を使わせていただいた次第です。

○ 今おっしゃったとおりで,「社会貢献」でもいいようなものですけれども,もっとささやかな,身の回りの人に何かちょっとしたことをしてあげるということを含めた奉仕体験なんですね,ここで言っているのは。「ボランティア」と言うと,自分の意思がどこまではっきりしているかとか,いろいろとあります。「ボランティア」という言葉も,「社会貢献」という言葉も非常にはっきりしておりますけれども,若干狭いんじゃないか,限定されたところがあるんじゃないか。要は自分のために世の中がどうしてくれるか,周りの人がどうしてくれるかということになりがちな,そういう今の社会の在り方の中で,いろんな機会をとらえて,人のために,周りの人に,ささやかでも――「社会貢献」というと,大きな話になったりしますので。ささやかなことも含めてやっていく場をつくろうじゃないかというのが趣旨であったんです。
   「奉仕」という言葉は,確かにいろんなあれがあるかもしれませんけれども,これは世代によって,戦後のいろんな言葉については,ニュアンスを違う形で受け取られるところがあるかもしれませんが,国民会議でも随分議論して,一番包括的な広い言葉として,「奉仕」という言葉で,そのまましようじゃないかと,こういうようになったと私は理解しております。

○ 「奉仕」ということについて,まず,言葉の問題ですが,「奉仕」と言うとすぐ滅私奉公を連想して,自己犠牲ということが頭にくるわけですが,憲法第15条に「すべて公務員は,国民全体の奉仕者」であると,憲法にも「奉仕」という言葉が出てくるんです。それから,教育基本法にも,「教員は全体の奉仕者」であると。それから,国家公務員法,地方公務員法にも,公務員は全体の奉仕者であって,職務に専念する義務があると。公務員は職務に専念する義務があるということを,わざわざ規定していること自体,私は疑問だとも思うんですけれども,そんなことを言うと誤解を受けますので,このくらいにしておきますが。要するに法令上も「奉仕,奉仕」ということが盛んに使われているので,国民会議では,公務員だけが奉仕者でいいのかと。国民すべてがお互いに奉仕という――「奉仕」というと,ボランティア活動のようなものをすぐ連想されますけれども,私は奉仕というのはもっと日常化してないといけないんじゃないか。災害時に助けに行くのは当たり前のことなんで,日常的にお年寄りに席を譲るとか,そういうことをやらないで,災害時だけ助けに行ってボランティアというのはおかしいんで,そういう意味では,私は「滅私奉公」ではなくて,「立私奉公」と言っているんです。自己犠牲が自己実現と重なり合うような生き方,そういう生き方ができるのが理想なので,そういったようなことを国民会議では考えたということをちょっと補足させていただきます。

○ 鳥居会長   ありがとうございました。こういう議論は,今まで中央教育審議会ではあんまりしませんでしたけれども,いろんな世代の言葉一つ一つでも,感じ方の違いというのは,戦後56年間かけてつくってきた歴史観や,いろいろな背景がありますから,これはあっけらかんと議論したほうがいいと思います。

○ 今いろいろ伺って,この言葉がここに落ちついた背景はよくわかりましたんですけれども,今,委員から御説明をいただいた,法令上「奉仕」という言葉が既に使われているということで,これはしかしながら,職業上の公務員の規定でございまして,今回行おうとしているのは全国民の教育分野においてで,ちょっとやっぱりそこの筋道の立て方はどうかなという感じが一つします。
   それから,「社会貢献」や「ボランティア」というのは大層なものだ,「社会」は非常に大きなものだと。そういうことではなくて,もっとささやかな,身近なことだという御説明がございましたけれども,今,皆さん,社会福祉協議会とか,地域のボランティアセンターを見ていただいていますでしょうか。非常にささやかなことをたくさん,週に1回,1時間でもいいですから,行ってみませんかというような,非常にささやかな活動がたくさんボランティアセンターや社会福祉協議会から情報が発信されております。それから地域。そして,そういったものは大学とかにたくさんきております。ですから,皆様の世代が考える「社会貢献」「ボランティア」というイメージと,今,実態とは少しかい離があると,私はこのように受けとめました。

○ 今議論になっている「奉仕」という言葉自体について,私個人的にはそれほど気にしないというのが正直なところです。しかし,今までの法令にあるから,こうすべきという考え方には疑問を持っています。それは,法令の多くは数十年前に作られたもので,最近の状況を反映していないため,それをベースに考えると,改革や新しいことが何もできないで終わる可能性が高いからです。
   また,先ほど出た「学校・家庭・地域の新生」に働く場としての企業,企業の役割を加えた方が良いという意見には同感です。さらに,教育の分野だけを取り上げ,その中で内向きの議論をするのではなく,もっと広い範囲,分野との交流や接点を考えるというのが良いと思います。 教育とは広い意味で人材を開発・育成することですし,そうなると,社会への影響はもちろんのこと,国の競争力という観点から考えても非常に大きな影響があります。そこで他の分野との接触,外からの刺激も活用すべきだと思います。例えば,教員が企業に行くという研修だけでなく,企業人が学校へ行くという逆の動きも考えられると思います。
   先ほどの教育新生プランを見て気になったのは,基本的な時代認識として,最近の大きな変化を把握していないように思われる点です。具体的には,ITといわれる情報通信技術の急速な進展によって,非常に大きな社会,経済の変化が今起こっており,10年前,5年前とは全く違った社会が現れつつあるという認識が欠けているように思えます。私は先日参加した国際会議でも痛感しましたが,世界が今までとは全く違う時代に入ってきており,その中で,企業のビジネスの仕方も,組織の作り方も,人の働き方も数年前とは大きく変わってきているという認識は,世界の潮流としてかなり強いと思います。時代が全く変わったという認識にたって,それではこのように大きく変わりつつある社会において,教育はどうすべきかということを考える必要があると思います。新生プランにもIT授業などITという文字は出ているのですが,これはひとつの手段として捉えられているだけで,革命的な社会変化の原動力としてのITが十分捉えられていないと思いました。
   もう一つ,30名から成る中央教育審議会で,2年間でどこまで何を達成したいか,という大まかな期待効果について伺いたいと思います。このプランでは,ステージ毎にスケジュールが決まっており,当面やることは明らかですが,大まかな着地点を明確にしておかないと,時間をかけ,議論をするだけで何も行動に結びつかないということになってしまいます。

○ 大変いいお話をいただきまして,個人的に考えていることを申し上げたいと思っているんですが,教育改革国民会議の中で,「社会貢献」という言葉,つまり「社会」という言葉をそう安易に使いたくないという気持ちが前提としてあったということを申し上げたいと思います。
   「社会」という言葉は,「ソシエテ」を日本語に訳したという話でございますが,この「社会」という言葉自身が,実は日本人にとっては近代的な意味での意識の中ででき上がっているとは思えないという部分がかなりあるわけです。つまり,「ソシエテ」が入ってきたときに,日本語に適訳がなかったので,「社会」という新しい言葉をつくられたそうですが,それまで日本にあったのは「仲間」とか,「世間」であったわけです。「社会」という言葉を今安易に使っていますけれども,本当に日本人が,「社会」という「ソシエテ」の日本語訳として考え出された訳が,みんなの意識にあるんだろうかということは,議論の中にいろいろと出てきたわけです。
   実は会議が始まる最初のところで『自由と規律』という池田潔先生の本を関係者が読んだわけです。ある人は小渕さんからもらって,ある人は自分で買って読んだわけですけれども,あれはまさに個人の確立と公(おおやけ)との関係をどう考えるのかということを突きつけていると思います。「社会貢献」と言うと,本当に「社会」というのを近代的な意味で,日本が再生するための意識としてその言葉が使われているのかどうかというのは,かなり問題があるのではないか。つまり,まだかなり手前に日本人の意識があるのではないかという危機感みたいなものがあったわけです。ですから,必ずしも公のことを考えるというだけじゃなくて,その前の段階としての個人の意識をいかに自立させるかという,これを議論の中心として考えるとすると,「社会貢献」という形で安易に「社会」という言葉を使うのは危険だという。私としてはそれで「奉仕」という言葉で考えたわけです。
   「奉仕」の英語訳は「サービス」であります。「ボランティア」というのは日本語にならないんです。「ボランティア」をそのまま使っています。おそらく「サービス」の日本語訳という意味でいうと,「奉仕」というのはそれなりの内容がある。これをまずやってみようではないかという意味があるんだということは,ぜひ受けとめていただければと思います。
   もう一つ言いますと,例えば「地域社会」という言葉で簡単に使われてしまっているんですけれども,第2分科会で「コミュニティスクール」という発案を出しております。この際の「コミュニティ」というのは,「地域学校」という意味ではないんです。つまり,興味・関心を共にするグループを「コミュニティ」あるいは「社会」という。言い方がいろいろ移ってきているんですけれども,例えばボランティアという形で,阪神大震災のときに100万を超す青少年が神戸地域に集まった。これは100万を超すコミュニティができたと考えれば,その後の活動がはっきりしてくる。地域というのは,実態としては流れではどんどん弱くなっているんです。隣組とか,町内会というのはどんどん力を弱くしている。その代わりに,新しい興味・関心を共にする人間のつながりが登場してくる時代なんだろうという意識の中で「コミュニティスクール」という提言がされているんです。その辺はぜひ御理解をいただければと思います。
   別に年とっている連中が集まって議論したからこういうことになったんだというように誤解されるといけないものですから,その辺はちゃんと意識して,議論の中にも入れて話し合ったということは,ぜひ御理解をいただきたいと思います。
   「奉仕」というのは,個人的には私は強制疎開世代なもんですから,スッとはこなかったんです。議論をこなしていく中で,新しい時代における奉仕という意味での提言内容ということで,個の確立と公の意識を両立させるという,この二つの作業を日本はまだしなければいけないんだという意識から,「社会」という言葉をあえて使わないで,「奉仕活動」という言葉で納得したという,個人的にはそういう思いがあるということをぜひ御理解いただきたいと思っています。

○ 報告のあった,25日に決定されました「21世紀教育新生プラン」は,言ってみれば昨年の12月22日に,教育国民会議が10か月ぐらいの短期間にかなり精力的に議論をされまして,「教育を変える17の提案」を出され,「新生プラン」の詳しい説明資料によりますと,その17をどう具体化するかということで,施策なり法律として出すもの,予算をつけるものと,このようになっています。それはそれとして,受け取った総理なり文部科学大臣をはじめとして文部科学省側が施策として具体化されるのは行政としてありうることだと思います。
   ただ,「21世紀教育新生プラン」と銘打って,そうかといって100年先を見通すというわけにいきませんが,少なくとも最低でも10年ないし20年ぐらい先を見通した上で,21世紀初頭の社会をどのように我々は目指していくのかという,そういうやや中長期的な一つの理念なり哲学があって,プランができるんじゃないか。出されているプランそのものは,緊急を要するものだから,それはそれでいいものもありますが,やや対症療法的な施策が非常に目につくわけです。
   したがって,第2ステージのところで,おそらく教育振興基本計画等については,これを具体化していくとなると,国の財政の状況もありますけれども,相当長期のスパンで考えていかなければならない。そういうところは,急いで今国会に提出することは困難なので,そういう関係になったと思うんですけれども,まだまだ十分こなれていない課題もあるようですから,それは引き続き中教審の場で議論したらよいと思います。84年から87年の臨時教育審議会の答申以降のこれまでの教育改革について,最近,少し軌道修正をする必要があるのではないかということが,学識経験者の方からかなり厳しい意見も含めて,あります。したがって,全体的に臨教審以降の教育改革が,現状どういう成果を上げ,どういうところまで到達し,また問題点はあるのか,振り返って,前の根本会長が5年に1回ぐらいは検証,レビューする必要がある,それを踏まえて次のさらに次のステップということをおっしゃっているので,おそらく今後の中教審のどの分科会かは別として,そういう議論をかなり掘り下げてしていく必要があるのではないかというのが,第1に感じた点であります。
   第二は,具体的なところで,七つの法案の中で,わかる授業,基礎学力の向上という1の問題については,これまで15期の中教審の第一次答申と,16期の第二次答申で,教員1人当たりの子どもの数を欧米の水準に近づけるという基本的な考え,そしてそれを踏まえて,今の標準定数法をかなり弾力化して,それぞれの学校や地域の実態に合わせて,柔軟に20人規模の授業ができるとかというようにするという地方教育行政の在り方の答申なり,それを受けた協力者会議の意見を踏まえて出されております。これは予算関連法案ということですけれども,できるだけ年度内に成立するように進めてもらいたいと思っています。
   第三に,奉仕活動については,私もどっちかといえば,国民学校5年生のときに,勤労奉仕で田植えとか,麦刈りをしたという経験があって,暗いイメージをかなり持ちます。しかし,そんなに言葉だけにこだわることは置いて,やはり「個」というもの,あるいは「私」という問題と,「公」とをどのように結びつけていくか。ただ,この辺の議論は,国民会議の議事録を読ませていただきましたけれども,必ずしも議論が十分尽くされきっているかというと,やや粗ごなしのところもまだあるのではないかと思います。個の確立自体が日本では,欧米先進国に比べてまだ必ずしも進んでいるとは思いません。近代化の過程の中でかなり古いものを引きずってきたということもあります。
   したがって,確かに大臣が前書きで書いておられるように,個を強調する余り,公がおろそかになったという,そういう考えを大臣がお持ちになっている,そういう側面もあるかもしれませんが,同時に,公と個の関係についてややタブー視されてきた嫌いがあって,本音で議論がされていないような問題でもありますから,おそらく今後18歳前後のところでの奉仕活動をやるということになると,これは相当そこのところに踏み込んで議論を整理しないと,社会的にそんなに簡単に,18歳になった者はすべてどこかで奉仕活動に1年近くとか,期間はやや幅を持っているようですけれども,これは本当に国民的に受け入れられないということがありますから,相当に慎重な議論を中教審等でやるべきではないかと思っています。
   時間の関係もありますから,どうしても一つだけ質問と意見を申し上げておきます。基本的にほかの問題については,一定の条件を満たす措置をいただきたいと思います。今後法案の中で「問題教師」といいますか,十分な適格性を有しない教師等については,公平な,透明度の高い手続をやっていけば,これは子どもの教育を考えると,本人の適性に合った配置がえを可能にするようなことは,進めていくことも必要かと思います。要は,公平な基準と透明性の高い手続き(ルール)をいかに担保するかということです
   一つだけ,私はかなり疑問を持っているのは,大学入学年齢の緩和の問題です。確かに14期の中教審のときから,教育上の例外措置ということで,過度に年齢主義にこだわる日本の今の学年という考えを,どこかで少し風穴をあける必要があるということも含めて,け有な才能を持っている人の才能を十分伸ばしていくために,あまり過酷な大学受験という中でそういう芽が育っていかないということがあるということで,16期のときに,数学・物理に当面ということですから,いずれこれを拡大していくことは私も異存がないんです。その際,平成11年12月の中教審の「接続」のところでも,具体的に今,千葉大学で9名ですか,飛び入学されている学生がいらっしゃるんですけれども,風穴をあけたんだけれども,なぜ千葉大学だけにとどまっているのか。あるいは,千葉大学に実際に入学した後,青年がどういう研究をしているのか。そういうものの点検・検証,実証的なデータをもとにして,どの分野を拡大するか,あるいは年齢をもう1歳とか2歳とか引き下げるかということは,実証的な研究をまって検討しようというように,ちょっと文言は正確でないかもしれませんが,私はそのように当時からずっと認識しております。
   したがって,拡大分野を数学・物理に限定しているのを,分野を撤廃するということはいいとしても,問題は高校教育に与える影響です。一方で,「接続」のときに,高校は国民的な教育機関だと,そして「教養教育の在り方」の中でも,いかにして教養をきちんと身につけさせるかということで議論している中で,同等以上の学力というそのことを外してしまうということになると,それから受け入れる側の大学の条件の,ドクターコースを持つとか,それに近い研究体制を持っているということが外れてしまって,短大,高専,専修学校までそれを拡大するということになると,歯どめがなくなって,状況によっては青田刈りに近いようなことを――これから1,000ちょっとある大学も,18歳人口が相当減少していく中で,どうやって生き残りをかけるかということがかなり深刻な議論になっている状況の中で,やはりそこにきちんと,今までは大臣の定める云々ということで規定がありました。それが取っ払われてしまうということについては,例外措置という範疇をこのままでやると逸脱するのかなと思います。
   したがって,これをどうしても決定されて,やるというのであれば,その辺の一定の高校側と大学側の何かの研究機関みたいなものをつくって,点検,自己評価,そして公表して,場合によっては是正措置,勧告などもできるような機関をつくらないと,野放図にしていくと,高校教育に与える影響が大きいのではないかと思っているということを,最後に申し上げておきます。

○ 奉仕活動ですけれども,私も若い連中とつき合っているものですから,周りに聞いてみたところ,先ほどの委員と同じぐらいの世代の女性たちですと,学校でやることには非常に抵抗がある,地域でやることならいいのではないか,と言うんです。ただ,今,学校と地域との間を結んでいこうとなってきていますから,その辺はまた柔軟に対応してもらえればと思うんですけれども,もっと若い20代ぐらいのところだとピンとこないといいます。奉仕活動の「奉仕」という言葉について,我々は議論していますけれども,語感についてピンとこないところがあるわけです。問題はそういうことの背景として,先ほど委員から社会を変えようという御意見がありましたが,そのとおりだと思います。動かないところが問題ですが,幸い今度は,大臣も,会長もやるとおっしゃってくださっています。
   具体的に申し上げますと,社会の中で,若い人たちは自分のやったことを認めてほしいということがあると思います。教育は確かに社会とか,国家にベネフィットが帰される部分もありますけれども,個人にも帰される部分があるわけです。それが問題で,個人利益は考えないというので,公的な面の奉仕と言いますけれども,今の若い人たちの場合に,いくらそれを言ってもなかなかうまくいかない。
   ですから,個のほうに返ってくるところが欲しいんですけれども,何かというと,具体的に言えば,いろいろやったことを正当に評価してほしいというのがあると思います。これまでは極端に言いますと学歴一本です。高校生なんかでも試験でランキングされますと,下のほうの2割は茫然として何もできない,やる気もないとなってしまいます。ですから,多様な評価にしてほしい,評価と言うと言葉が悪ければ,いろいろやったことを自分の学習歴として出していける,それが社会で認めてもらえるという仕組みにしてほしいというところがあるわけです。これは今お話のありました平成元年からの14期の中教審答申で,臨教審を受けて,検討したわけです。そこではさらに検討するとなりました。生涯学習審議会でも答申を出しましたが,ペーパーで終わっているところがあるんです。地域ではいろいろそういうところを考慮してやってくれているところが出てきていますけれども,社会を変えようというのであれば,そのところから取り組まなければいけない。奉仕活動だって自分の学習歴の中に入れてもらえるとなれば,若い人たちにしてもそれなりに考えるところも出てくると思います。ですから,根源的なところをぜひ検討していただきたいと思います。

○ ちょっと話題を変えさせていただきたいと思いますけれども,先ほど大臣のほうからは,多少抵抗があっても,大胆に,しかもスピーディーに変えていくというお話がございましたし,会長のほうからは大きな庭石を動かすんだというお話がございました。私は大変感銘深く伺ったんですが,このまま日本が,教育に限らず,特に教育は現状でいきますと,いわば国際比較をやったときに,例えばアジアの中でさえも,日本は大変ビハインドな状況に置かれてしまうという危機感を私なども持っております。したがいまして,そういうところから考えますと,かなり抜本的な大きな改革を早くやらないと,間に合わないどころか,大変なことになるのではないかと思います。
   したがいまして,例えば,おそらく教育基本法のことも当然もう少し整理して,ここに出されるというお話なんですが,実は教育基本法は,言うまでもなく日本国憲法にまさに連動しているわけでありまして,憲法の教育バージョンが教育基本法であるわけですから,本来,憲法論議を避けて,教育基本法のところだけに焦点を当てさせようというのは,まさに日本の政治の貧困であり,政治家のいわば怠慢だと思うんです。つまり,そういう課題をやると,大変大きなイシューになり過ぎるから,それを避けて,とりあえず教育基本法から動かしていこうというところ自体に,問題の不整合がありますし,非常に大きな矛盾があります。
   私自身は,教育基本法や憲法についての自分の意見を持っているんですが,ただ教育基本法にしても,憲法にしてみても,これをよく読んでみると,能力に応じて国民は教育を受ける権利があるというのが大前提なんです。ところが,能力に応じた教育ということ自体がないがしろにされてきて,そこに実は現在の問題があると私は考えております。近い例では,この間,大臣にも英語教育の改善の指導方法の答申を出させていただきました。これも英語教育をどのように改善するか,まさに甲論乙駁,様々な意見があるんですが,最終的に一つの方向を出していただいたのは,このまま日本の英語教育を放置しておいたら大変なことになるという一種の危機感,危機意識があったと思うんです。これなどは具体的に習熟度別の編成をしないと,英語教育はだめなんです。一番低いところに合わせていたのでは,これから日本の国際社会を担って立つ人たちの英語は,いつもどうしようもなくて,国際会議で発言もできない。高等教育を担う人たちが,大学の教師やお役所の方々も含めて,全く英語で発言できないという状況を放置していいのかという問題があるわけです。
   したがって,帰納的に下から見ていきますと,教育基本法,憲法という大上段に振るった議論もさることながら,まさに英語教育をどうするかという具体論においても,いわば従来の平等主義の教育を見直して,やっぱり能力に応じた教育という,ある種のエリート教育もきちんとやっていかないといけないわけで,その点をぜひこの審議会でも取り上げていただいて,スピーディーに大胆な改革をしていただきたいと思う次第でございます。

○ さっき大臣のお話を伺っていまして,教育改革がいよいよ動き出したなということを感じました。今まで教育改革が必要だということは,だいぶ長い間言われておったわけでございますが,あまり大きな変化がなかったように思いますけれども,今度はいよいよだなと思っております。そして,スピーディーで,思い切って大胆なやり方でいくということは,まさに大賛成でございまして,私もいささかなりともお役に立てればありがたいと思っております。
   先ほどから企業と教育の問題について,いくつかお話が出ていますので,私も企業人でございますので,一言何か申し上げなければいけないだろうということで,手を挙げたわけでございます。まず企業と地域ということですね。企業というのは地域社会の一員である。よきコーポレート・シチズンでなければならないということでございまして,これは外国のほうがそいう意識が実はかなり強いと思います。特にアメリカなどはそういう意識が強いんでありますが,最近は日本にもそういう気持ちが強くなっておりまして,企業人の中には,そういう考えを持った人が多いと御理解いただいていいのではないかと思っております。ですから,地域の中に企業が含まれるということでよろしいのだろうと私も思います。
   次に,企業と教育との関連でございますが,やはり企業は国民の教育に役に立つようなことを当然しなければいけないということでございまして,同時にもし国民の教育の足を引っ張るようなことがあれば,これは大いに反省しなければならないと思っております。まず,どういうぐあいに教育の役に立つかということでございますが,これはいろいろな方法もございますが,企業から学校のほうに教員を派遣するということも一つの方法だろうと思っております。その点につきましては,既に経済同友会で小・中学校の授業に経営者を派遣するというプログラムがございますが,そういうものをさらに今後進めなければならないだろうと思います。
   それから,先ほど教育のプランの中に,プロフェッショナルスクールの充実ということがありますが,プロフェッショナルスクールを充実するために重要なことは,教員の確保だと思うんです。ビジネススクールなどに企業から教員を派遣することができるのではないかと思っております。
   そういうことで,いろいろございますけれども,国民の教育に役に立つ方向で企業が努力しなければならないということでありますが,一方,足を引っ張らないようにするということでございます。例えば,企業の従業員への拘束時間が長過ぎて,家庭で過ごす機会が少ないとか,いろんな御批判があるわけでございますが,そういう点は当然改めなくてはいけないと思いますし,また同時に,子どもというのは親の背中を見て育つということでございますから,親が生き生きとして働けるような場を,企業として今まで以上に提供していかなくてはいけないだろうということも考えております。

○ 手短に2点だけ発言をさせていただきます。一つは,私自身もアメリカで10年仕事をして帰ってきて,日本の大学二つで教壇に立ってみて,久しぶりに若い人と話してみて明らかに言えることは,要するにどういう大人を目指したいかという,大人社会のモデル形成力が弱っているというか,自分がなりたいと思う大人の姿が見えない。したがって,ここで出てきている「レインボープラン」もそうですけれども,変わりゆく時代の変化の中で,教育という世界,制度をどう変えるかという議論も非常に重要ですけれども,子どもの目線みたいなものから考えたら,教育の現場から社会がどうあるべきかということについて,ある種の勇気を持った発言なり発信なりも,教育新生プランには必要なのではないか。国家主義的強制からガミガミ何か物を言う姿を必ずしも希望しないわけですけれども,強制ではなくて,公共という考え方に立って,例えばメディアの発信している情報が,今,子どもたちに与えているインパクトはどういうことなのかとか,企業ということもさっき問題提起されていましたけれども,すさまじいまでの,サラ金の宣伝だけが街を取り巻いているような荒廃した経済社会をつくって,教育も何もないだろうという印象もあるわけです。
   いずれにしましても,第1点として申し上げたいのは,ギリギリのところで,教育の世界から社会をどう変えていきたいのかという視点,その背後には当然国としてのビジョンとか,世界のビジョンについての思想が問われてくるわけですが,そういうことをないがしろにしては,教育の制度だけいじくっても,子どもたちの世界だけいじくってもまずいだろうということは思います。
   2点目,奉仕の点ですけれども,私自身も「社会貢献」という言葉のほうが本当は適切だろうと思います。ソーシャル・エンジニアリングというのは,世界におけるいかなる国も,一所懸命になってそこの部分を掘り下げているわけです。そういう意味で,奉仕というものがこういう形で一歩踏み込まれた形で入ってくるのは,僕自身も賛成ですし,そういう主張もしているわけですが,大事なのはこれまた強制であってはいけないという部分と,オプションをきちんと明示して,先ほど意見も出ていましたけれども,どういうことをもって多様な奉仕というふうに認知するのかということを,そろそろ明快にしたほうがいいと思うんです。具体的に,例えばNPOへの参画なんだとか,あるいはボランティア活動のこういうものなんだということを,きちんと明確にしていって,メッセージを子どもたちに伝えるべきだと思います。
   また,それに対する評価,インセンティブも,しっかり出していくべきだと思います。例えば,欧米では常識的ですけれども,高等学校の生徒が地域の図書館で,例えば1か月夏休みに奉仕といいますか,社会貢献したら,それを1単位と認定するというのも一つの評価,インセンティブでしょうし,例えば企業社会が青年海外協力隊に行った資格を,こういう意味で重視するなんていう形の方向性を見せるのも一つのインセンティブでしょうし,今回のプランで一つの柱に「奉仕」というのが入ってきているわけですから,次のステップは具体化のシナリオを明確にしていくことだろうと思います。

○ ただいまの意見によく似ているんでございますけれども,奉仕ということにつきまして,ここの会議に参加させていただいて初めて,どういう議論が背景にあって,この言葉が出てきたかというのがわかったわけですが,国民会議の報告書で,一般社会はこの案を知るわけでございますが,この「奉仕」というまま国会に議案が提出されて,法案が通るということに大変心配をしております。このようなことを言う段階ではないかと思うんですけれども,例えば先ほど,「社会」というのは「仲間」や「世間」とは違う,もっと深いものであるという意見がありましたが,1994年の国際家族年のときには,「家庭は社会の最小単位」というスローガンが上がっておりまして,社会というのが大変身近な家庭及び仲間も含めているということは,一般的に知らされていることだと思うんです。
   それから,「ボランティア」に関しては,災害時に救援に行くことをもって,ボランティア,ボランティアと言うのは困るという御発言がありましたけれども,ただいまボランティア活動の広がりにかかわっている者の間では,ボランティア活動の持つ教育力というのが非常に大きな課題になっておりまして,例えばボランティア学習という言葉が,今,私どもの大きな課題なんでございます。ボランティア活動を通してどれだけの学習をすることができるか,それがやがて市民教育に結びついているんだということが話題になっていることでございます。
   こういうような一般の人々が普通にだんだん理解してきている言葉とちょっと違う用語で,こういったような審議会の報告などが社会に出ていくときには,やはり用語の理解のための解説なりをきちんと持ちませんと,例えば「奉仕」という言葉だけを報道等で見ますと,それがどんどん広がっていきまして,審議会あるいは会議がもともとねらっておりましたことと,ちょっと違う理解が広がるんじゃないかと思うんです。ですから,そういうことも含めまして,一般の人々が親しみを持っている,あるいは理解を広げている言葉を大事に考えていく必要があるんじゃないかと思っております。

○ いただいた「レインボープラン」のところに,「新しい」という字が三つ使ってあります。「新世紀」,これはわかります。「教育新生」も,意気込みが大変よくわかります。ところが,「新しい時代」と書いてあるこの「新しい」は,一体何なのかということが,私にはこれだけの御説明ではわかりません。今いただいた教育改革国民会議報告が,「新しい時代にふさわしい」ということを書いていらっしゃるので,そこも読みましたけれども,「新しい時代」というのが何を意味しているのかというのが,正直言って私にはわからないです。
   今度は教育改革だと伺っていて,そのときに私が思った教育改革は,長いスパンを考えてのことでした。まず,明治のときに一つあったと思うのです。それから,第2次大戦後にあった。明治のときは明らかに富国強兵,そのための子どもを育てる。明確だったと思います。第2次大戦後も,経済成長のための人材育成というのが明確で,それが今まで続いてきたと思うんです。私はこれが変わるのではないか,その教育改革なのではないかと思って,参加させていただきました。
   第3の教育改革の新しい時代にふさわしい人というのは,富国強兵でも,もちろん経済は大事ですが経済成長が第1でもない。今は地球という上で,人間だけではなくて,私は生物学をやっておりますので,そういう視点なんですけれども,生き物たち全部が一緒に暮らせる,ほかの国の人も当たり前,それを全部考えて,そしてその中での私って何なんだろう,私は何をしたらいいんだろう。奉仕もそこから出てくるんだと思うのです。そういう人を育てたいというのが私の気持ちです。そういう気持ちで目を輝かしている子どもや若者がいっぱいいる日本にしたいというのが,私の気持ちで,そのための教育改革だろうと思っていたのですが。何か,こういう新しい時代なんだ,そういう社会をつくる子どもを育てるんだということが,正直言って御説明から読みとれませんでした。もちろんこの裏にたくさんなさったことがあって,新しく出てきてとんでもないことを言って申しわけないと思うんですけれども,そういうことが見えない。私一人でそんなことを言っても変わりませんけれども,私としては30人の一人として,そういう教育をしたいという気持ちで参加させていただいているということを,最初ですので申し上げました。そんなの困るよと言われたらまたいろいろ皆様の御意見で考えますけれども,そういう気持ちで参加させていただいております。

○ 私はずっとスポーツ界で生きてきた人間で,ここでこういう機会を与えられたということは,たぶんスポーツという視点で,教育について発言せよということだと受け取っております。
   そういった意味で,スポーツだけじゃなくて,芸術も含めて考えたいんですが,スポーツと芸術が教育に果たす役割は,非常に大きな意味を持っていると思っております。具体的にはまたいろいろな機会で発言していきたいと思いますが,その中で,スポーツの中の言葉に「フェアプレー」という言葉があります。これは単にスポーツだけの言葉ではなくて,社会全体に適用される非常に重要な考え方ではないかと思っています。ルールを守るなんていうことは当然のことですが,一番基本にあるのは,自分をどう考え,それと周りにいる他人との関係をどう考えるかという,その視点がフェアプレーだと思うんです。ですから,今いろいろ出ている「奉仕」とか,そういう言葉もすべてそういう人と人との関係から,何をすべきかということで論じられるべきことだと思っております。
   そんなことで,スポーツという視点をぜひ教育の中で皆さんに真剣に考えていただきたいということで,一言発言させていただきました。

○ 「奉仕」のことについてなんですが,実際,学校では小学校で3割,中学校で6割の学級で,「道徳教育」の形骸化が起こっておりまして,道徳が学校でどのように推進されているのかということは,保護者の立場からするととても疑問に思う点がありました。「道徳教育」の部分における体験活動の一つというか,そういう部分においての「奉仕学習」というふうに私自身はとらえております。
   それから,一人一人の能力を引き出すという教育にこれからなっていくわけですが,その前提として,やはり子どもは社会の宝であるという合意形成が必要ではないかと思います。人と違うということが,自分自身が受け入れられる社会でなくてはいけません。そういう意味から言いますと,教育改革国民会議の中では,個と公(おおやけ)の議論というところまで,なかなか踏み込めなかったような気がいたします。先ほどからの議論でもありましたように,「道徳」とか,「奉仕」という言葉が,私どもの中ではなかなかピンとこない,子どもたちにとってはもっとピンとこないというところがあります。一方,市民教育,公民的な役割ということを求められております。私としましたら,この審議会の中で,ぜひとも子どもたちは社会の宝であるという合意形成ができるようなことを審議していただけるとありがたいと思います。

○ 平成9年の6月に,一人一人の能力・適性に応じた教育に関する答申で17歳での大学入学を可能にする提案をいたしましたが,これは教育の側面から社会を変えようという意志が非常に強く働いたためです。つまり,余りにも年齢にこだわる閉塞した日本社会に何とか風穴をあけたいということで,17歳ということをあえて提言したということで,そのことはあまり答申の中には書いてございませんけれども,そういう意志が非常に強く働いたというのは事実です。
   もう一つは,当時の会長が有馬先生で,小委員会には江崎先生と私と,科学技術に携わる者が入っておりました。戦後50年,経済的には極めて順調にきましたが,考えてみますと,科学技術のシーズそのものは結局,借りてきたものではないか,だからこそ今こういう閉塞状態に陥ってしまったのではないかという反省がありました。日本人は本来は非常に能力のある国民であるにもかかわらず,その能力を社会が殺してしまったのだろうという反省がありました。そういうことからも,あえて17歳ということを提案させていただいた次第です。
   確かにいろいろ議論がありました。初めは数学だけということだったんですが,物理も入ってきて,それに対して「何で数学と物理だけなんだ。芸術も文化も全部やれ」というお話もありましたけれども,芸術と文化については日本でも,若くても才能があれば,それを伸ばせるシステムがあるではないか。しかし,学問の世界にはそれがないということで,数学・物理についてだけ提案したわけであります。
   それから,完全に規制を外してしまったときの問題ですが,規制のない状態が,相当悪用されるのではないかとも思うのですが,私個人は,そこまで一遍いかなければいけないのではないかと考えています。要は国民の選択の問題で,国民がセキュリティー感覚を身につけて,アメリカみたいにならないといけないのではないでしょうか。アメリカには大学がたくさんありますけれども,実際にアメリカの国民が大学とみなしているのは,地域のアクレディテーション・ソサエティーに加入している大学だけです。御承知のとおり,金で学位を売る大学がたくさんあります。しかし,一般国民はそれを大学とみなさいという社会になっています。日本もそのような社会にしなければいけないのでではないかと思います。

○ 鳥居会長   ありがとうございました。 時間の関係で,このあたりで委員の皆様からの御意見をいただくことは,今日はおしまいにさせていただきたいと思います。お許しください。最後に文部科学大臣,もう一言お願いしたいと思います。

○ 町村文部科学大臣   私が物を言うと,何かそれが結論のようにとられると困るのて,私もこの会議の一参加者として発言をするということでお許しをいただきたいし,また,私が言ったことが,別に文部科学省の事務方の諸君を含めてきちんとしたコンセンサスができていないことも含めて,申し上げさせていただきたいんですが,多岐にわたる御議論をいただきまして,貴重な御意見だったと思っております。
   先ほど,委員がどういう大人を目指すか,どういう人間をつくりたいのかと。これは日本の教育で,端的に言うと戦後はないんです。私はないと思っているんです。かつてそういう試みを,例えば「期待される人間像」とか,あるいは昭和20年代後半に天野文部大臣がやったけれども,マスコミから徹底的にたたかれて,そういう上から押しつけはだめだということで,僕も文部大臣をやったり,あるいは文教関係をずっとやってきて感じていることは,そこなんです。こういう人をつくりたいとか,こういう大人になってもらいたいというのは,正直言ってありませんよ,教育のこの世界には。極めて抽象度の高い表現で言うことはあっても,ほとんどない。それを実は中教審で御議論をいただくのも一つかなと思います。
   しかし,中教審でやると,これは官制だとか,文部科学省の押しつけだと言われる。たぶんここのところは,あまり役所が絡んだりしないで,まさに民間の方々が,例えば司馬遼太郎さんのような方々が中心になって,民間の方々で,こういう日本社会をつくりたい,こういう日本人が育ってもらいたいというようなことを,たぶん宣言をしていただいて,みんなが「そうだなあ」と思えるようになってくると,また新しい教育のシステムなり中身ができてくるんじゃないだろうか。それをもちろん中教審で議論していただくことはとても大切だと思うし,それを世に問うてもらってもいいんですが,こうだよと決めつけるのが非常に難しいし,コンセンサスをつくるのが難しいし,僕は文部大臣をやって2回目ですが,正直言っていつももどかしいのは,ある種の期待される人間像というものなしに,いろんな制度やなんかを変えていかなきゃならないところのつらさといいましょうか,それは一番感じているところなんです。もしそれが幸いにしてこの中教審の中で生まれるならば,こんなにすばらしいことはないと思っております。
   したがって,理念がないじゃないかという御指摘がある意味では出てくるのは当然なんでありますけれども,しかし考えてみると,確かに対症療法的な部分がもちろん含まれておりますけれども,それでもいくつかの共通した考え方があるような気がいたしますし,国民会議の皆さん方も相当そこは御議論をいただいたわけですが,例えば一つは,さっきから御議論が出ております公と個の関係ですね。もちろんしっかりとした個を形成する努力をすると同時に,その個が公に対してどうかかわりを持つのか。ところが,公ということを,特に戦後の日本の社会は無視しすぎてきた結果が,やや短兵急に言えば,この間の成人式の騒動ではなかろうかと思ったりもいたしまして,そういう意識で,もう少し公というものをきっちり日本の社会でも考えていく,そのきっかけを教育界からつくっていきたいというのが一つ。
   2番目に言うならば,戦後,言うならば平等というものを大切にしてきた。それはそれでいいことだけれども,それが行き過ぎて,機会の平等から結果の平等にまでどんどんいってしまって,悪平等が蔓延をして,能力に応じということを全く無視して,すべての人が結果も平等なんだということが,教育界,日本の社会に蔓延し過ぎていることを,どこかで風穴をあけて正していきたいという思いで,今回,17歳というものを広げ,さらに私はしょうがない,法律をつくるので,17歳で妥協をしましたけれども,私は10歳の大学生がいてもいいと思っているし,20歳の中学生がいてもいいと思っているんです。そのくらい年齢とかかわりなしに,その子どもに合った一番望ましい教育というのは何なんだろうかということを考えたときに,年齢で学年が変わっていくということは,余りにも行き過ぎた平等ではないのかなと思ったりしております。そういうことのワンステップとして,私はこの17歳問題を自分の頭の中では整理をしているつもりでございまして,そういう性格で今回の教育改革の理念といいましょうか,考え方ができていると,こんなふうに考えております。やはり教育の部分から少しでもいいから社会を変えていきたいという思いを持って,この教育改革のプランを一応まとめさせていただいたと私は考えております。
   それから,奉仕とか,ITの問題とか,いろいろな御指摘がありまして,どういう事項をこれから御審議いただくか,着地点を2年間で見極めてというお話がありました。今からこの事項について,いつまでに着地点をと私が言ってしまうと,それがそのまま諮問になってしまいますので,今,いつまでにということは申し上げませんが,ただのんべんだらりと議論をしているつもりもありませんので,私はいつも,前回もそうでしたけれども,諮問をしたらば,申しわけないが1年以内に答えは出していただくということで,諮問から答申までは1年ということを,まず通常のタイミングとしては考えるというふうに思っております。
   どういうテーマかと言われば,既に今,随分出てきたと思います。奉仕というか,体験というか,特に教育以外の面でそれをどうやっていくのかという,これは今回のプランの中にも,そこはまだ仕掛品ですよという意味で,中教審に御審議をいただきたい。あるいは,このプランの中にもさらに残されたといいましょうか,御審議いただきたいテーマとしては,例えば教員免許の更新という,これはやや部分の問題かもしれませんが,そうしたテーマもまた残っております。それから,新しいコミュニティスクールとか,チャータースクールとか,この辺の在り方をどうするかということも,御審議いただきたいテーマだと思っております。
   それから,何人かの方が言われた国際競争ということを考えたときに,特に高等教育の教育あるいは研究の在り方も,どうしたら競争力が強化できるかということもあると思います。あるいは,先ほど委員からお話があったスポーツ,芸術,特にスポーツの関係について,まだまだ課題があるんだろうなと思っております。特に青少年の体力の低下が著しいといったようなことを,これからどうしたらいいんだろうかということについても御審議をいただきたい。
   もし理念的なことも御審議いただけるなら,さっき言った年齢とともに学年が進行していくということの問題,さらに言えば,一体平等というのは何だろうか。別にここは哲学部会ではございませんから,平等の定義をここでしていただきたいとも思いませんが,教育の現場でそれがどう生かされていったらいいか,悪平等打破というのをやったらいいか,もっともっと私はやるべきことがあるのではないかと思ったりもしておりまして,その辺についても御議論をいただく。しかし,今言ったことを,このメンバーで2年以内に全部答えを求めるのも,それもまたむちゃくちゃな話なので,もう1回ぐらいフリーディスカッションをしていただいた後,ある程度の幅をもって皆さん方にまた御審議をお願いしたいと思っているところでございます。よろしくどうぞお願いいたします。

○ 鳥居会長   ありがとうございました。大臣が事務方の書いた原稿でないお話をなさるというのは,我々としては本当にありがたいことです。フリートークで話されたことでありますけれども,その中から我々が受けとめなければならないことは,審議会としても,また事務方としても受けとめさせていただいて,後世に改革の効果が残るような諮問という形に練り上げた上で,諮問していただくのが一番よろしいのではないかと思います。
   先ほど全員の御紹介を申し上げたんですが,遅れて入場された委員に一言だけごあいさつをお願いしたいと思います。感想でもいいのですが,長くならないようにお願いします。

○ 私も大変重要なお話をたくさん伺って,中教審というのはこういうことをやるところだと思うんですが,いくつか断片的に出てまいりましたけれども,簡単に言えば,教育というのは大人の反映ですから,例えばパブリックというものを成立させなかったのは我々大人であり,奉仕をしなかったのは我々大人であり,奉仕の要らないような社会をつくってしまったのが我々大人であり,自己の責任をとらないようなのが現在の大人であり,自由と規律にびっくりしているのが大人です。そういう状況の中で,一体何を子どもに養成するのか。現在の教育問題というのは,たぶん日本の在り方を議論する中に位置づけるという教育のとらえ方,もちろん教育そのものはインデペンデントですけれども,しかしそういう視点がないと,何をやってもうまくいかないんじゃないかと思っております。したがって,ここでもどうしても我々は,どういう人間をつくるかということ以前に,大人が何をするかということを議論する中で,教育の方向が定まってくるという形で議論ができればということをお願いしたいと思っております。

○ 鳥居会長   ありがとうございました。それでは,これにて本日の審議を終わりにさせていただきたいと思います。大変貴重な忌憚のない御意見を賜りましたことを改めて感謝申し上げます。あとは事務局に次回の予定等についてアナウンスをお願いいたします。

○ 事務局   恐縮でございます。次回の予定の前に,先ほど委員からの御発言で,若干事務レベルでの弁明をさせていただきたいと思います。
   今度の飛び入学の件でどういう法律改正をするか,条文につきましては,今,内閣法制局と詰めの作業を行っているところでございますが,少なくとも先ほど大臣からも御発言もありましたように,日本の学校制度全体をもっとしなやかなものにするにはどうすればいいかというのは,きっと当審議会で今後議論の場もあると思いますが,私どもの改正の方向は,少なくとも前の中教審での御議論の延長線上の話で考えておりまして,高校の空洞化ですとか,青田刈りですとか,現場を混乱させるようなことがあってはならないと思っております。
   また,従来あった文部大臣が定める規定がなくなるのではないかという,全く野放図になるようなことの危ぐをおっしゃいましたので,そこだけ申し上げますと,私どもの原案では,どういう大学等で受け入れるのが適当であるかということにつきましては,文部科学大臣が別に定めるということで,受け入れた大学等で責任を持って教育を行う体制を十分とって,責任を持って教育に当たる必要があるという思いは同じでございますので,念のため補足させていただきます。ありがとうございました。

○ 鳥居会長   ありがとうございました。それでは,今後のスケジュールにつきまして,どうぞ。

○ 事務局   次回の総会は,3月の上旬に開催することを考えております。具体的な日時は,決まり次第,文書で改めてお知らせを申し上げます。
   次回の総会におきましては,先ほど大臣の御発言にもございましたとおり,今後の中央教育審議会におきます検討事項等につきまして,フリーディスカッションをお願いをいたしたいと思っております。

○ 鳥居会長   ありがとうございました。これだけ30人のスケジュールを合わせるのは大変です。皆様のスケジュールの最大公約数を見計らっていただいて,できるだけ早く3月上旬の日程を組ませていただきますので,よろしくお願いいたします。それでは,本日はここまでにしたいと思います。

○ 今日,分科会の区割りみたいなものを初めていただいたんですが,分科会というのは,今後どういう形で催されるのでしょうか。

○ 鳥居会長   せっかくですから,それを説明してください。

○ 事務局   本日,委員の分属をお示しいたしましたので,臨時委員あるいは専門委員につきまして人選を進めまして,臨時委員,専門委員とあわせまして,新しい形でそれぞれの分科会を発足をさせていただきたいと思っております。今後の議題等につきましては,これはまた総会の審議との兼ね合いも多々ございますので,私ども総会との関係を踏まえながら分科会の立ち上げを考えてまいりたいと思っております。

○ 鳥居会長   どうもありがとうございました。そうすると,これは次回の3月上旬の総会には,各分科会の具体的なスケジュールが提案されるんですか,それとも一つずつ随時決まっていくわけですか。諮問が出てから決まっていくわけですか。

○ 事務局   諮問のいかんにかかわらず,各分科会でもこれまで継承しております。例えば大学分科会でございますと,大学審議会を継承いたしておりますので,これまでの提言等をフォローアップする,ないしはそういった事柄について自由討議をされたいというお話もお聞きしております。したがいまして,諮問のいかんにかかわらず,物によっては早い段階で,臨時委員,専門委員を委嘱いたしまして,分科会の立ち上げということもあろうかと思っております。ただ,本格的な諮問ということになりますと,政策的な諮問につきましては,総会との関係もございますので,それを踏まえながら,各分科会での審議を行っていただきたいと思っております。

○ 鳥居会長   分科会が決まったら,ほかの委員はその分科会には行かないルールにするのですか,それとも大学審議会のように自由に入れることにするのですか。

○ 事務局   それぞれの分科会の分属については,お手元の資料2のとおりと相なっておりますので,お一人,大体二つの分科会に所属ということで一応整理をさせていただきたいと思っております。なお,会長,副会長につきましては,分科会の所属のいかんにかかわらず,どの分科会にも御出席を賜るという形でさせていただければと思っているわけでございます。

○ 鳥居会長   ありがとうございました。