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4.新しいデジタル文化の創造に向けた取組

 最新デジタル技術を活用することによって、(1)文化資源の有効活用がより一層促進されるとともに、(2)多様なミュージアム体験が可能になる。また、(3)新しいメディア芸術の創造・発展によって、文化芸術に触れる機会が増え、(4)身近に文化芸術のある新しい生活が実現することが期待される。以下、各地の博物館・美術館等で取り組まれている事例をもとに、それらを考察する。

(1) 文化資源の有効活用
1   情報検索システムの活用
 デジタル技術の基本的な活用方法は、文化庁が進めている「文化遺産オンライン構想」のように、全国の文化財・美術品情報等の文化資源のアーカイブ化を促進し、それらを検索できるシステムを整備するとともに、分野別・地域別等に情報を整理してインターネット上で公開することなどによって、その活用範囲を拡大させることにある。
 東京国立博物館では、20万枚以上のデジタル・アーカイブ化された資料が保存されており、その多くがウェブサイトにおける公開対象となっている。また、独立行政法人国立美術館においても、4つの美術館が、概ね平成17年度末までに収蔵した「所蔵作品総合目録検索システム」をウェブサイト上で公開している。国立科学博物館では、90万件以上のデータベースが構築されているが、さらに「科学博物館ネットワーク(S-net)」を開発し、全国の科学系博物館のウェブサイトを自動検索するメタデータファイルを作成し、利用者の高速検索を可能とするとともに、86万件あまりの自然史標本データベースの横断探索を可能とする「自然史標本情報検索システム」を開発し、地球規模生物多様性情報機構(GBIF;Global Biodiversity Information Facility)を通じて、海外へのデータ提供も行っている。
 また、独立行政法人日本芸術文化振興会では、国立劇場等が所蔵している貴重な舞台芸術資料や公演記録を「デジタル文化資源」として保存するとともに教育用コンテンツを作成してインターネットを介して学校等へ提供する「文化デジタルライブラリーシステム」を整備し、日本の伝統芸能等に関する情報提供を行っている。
 地方公共団体においても、多くの博物館、美術館等において作品解説用や情報検索用の端末が設置されており、岡山市デジタルミュージアムでは、岡山市に関する写真や動画、文字解説等約45,000点をデジタル・アーカイブ化し、記録・保存・展示・発信するとともに、床に貼った航空写真上を移動式情報端末で移動することによって、いくつか(現在約3,500件、追加登録可)の場所の詳細情報を見ることができるシステムを開発している。

2   デジタル複製による活用
 障壁画(襖絵)や陶磁器等は、もともとは実用目的で作られたものだが、一方でそれらが美術作品として高度な価値を有している場合等は、その保存を図る必要がある。そのため、寺院等では実物を収蔵庫等で保管または博物館等に寄託し、複製を本来の用途で使用、展示している例が多く見られる。兵庫県香美町の大乗寺では、客殿にある円山応挙一門による障壁画(重要文化財)を災害と塩害などの腐食から保護するため収蔵庫(應舉靈寳庫)に保管し、代わってデジタル技術の活用により再現した複製画を客殿に配置している。東京国立博物館でも、大日本印刷株式会社(DNP)と共同で同館庭園にある茶室「応挙館」の障壁画をデジタル画像処理技術と特殊な印刷技法により複製し、実物を博物館内で展示する一方でデジタル複製したものを「応挙館」で活用している。
 また、実物資料の保護の観点から、一般公開が制限されている文化財や稀購本等の文化資源については、写真や映像等で見学するしかないが、デジタル技術の活用によって高精細に復元された画像を見ることによって、実物に近い臨場感をもって鑑賞することが可能になる。九州国立博物館では、保存のために内部への立ち入りが制限されている装飾古墳を凸版印刷株式会社と東京大学との共同研究によって復元した「装飾古墳バーチャルシアター」の上映を行っている。また、財団法人京都国際文化交流財団においては、海外の美術館等が所蔵する日本古美術品を民間企業の協力を得てデジタル複製するプロジェクトを計画している。こうした計画が実現すれば、もとは一対または揃いであった美術作品で、一方または一部が貸出しの困難な海外の美術館等にあった場合、その作品をデジタル複製することによって、一対または揃いでの展示を再現する可能性が開けてくる。

3   文化資源のデジタル復元
 デジタル技術の活用により、退色、剥落、欠損した文化資源の復元や過去の状態の再現が可能になるだけでなく、実物の修復作業にも資することが期待される。
 徳川美術館及び五島美術館では「源氏物語絵巻」(国宝)の高精細デジタル画像を用いた科学的調査を通じて制作当時の色彩を復元し、全巻の復元模写を行った。また、財団法人京都高度技術研究所では、京都市の委託を受けて「京都デジタル・アーカイブ事業」を実施しており、劣化及び一部消失している「二条城二の丸御殿障壁画」をデジタル・アーカイブ化し、日本画家等の専門家の協力のもとで推定復元した。さらに、東京国立近代美術館フィルムセンターにおいては、デジタル技術による日本映画の色彩復元等を行い、上映している。このほか、福井県あわら市の本願寺吉崎別院でも、民間企業に委託し、同院が所蔵する変色した和紙及び絹本の掛軸を赤外線撮影し、これを高精細デジタル画像処理によって復元したなどの例がある。
 ただし、2とも関係するが、いつの状態で復元するかということはデジタル復元に限らず文化財等の復元の際に必ず議論になる点であり、現状復元ではなく研究に基づき年代を遡らせた復元については、推測に基づく創作だとする意見もある。また、絵はがき等の二次資料をもとに復元が行われることもあるが、こうした復元については、真正性の点から議論の余地はあろうかと思われる。なお、デジタル技術を用いれば、色情報のみならず、使用された顔料等の分析情報を入手することも可能であり、これらは忠実な復元作業を行う際の極めて重要な情報となると思われる。

(2) 多様なミュージアム体験
1   多様な展示解説ツールの展開
 博物館・美術館等における展示解説は、主にパネルや紙媒体による展示情報の提供が伝統的な手法であった。最近では、パソコンや情報端末の利用、音声ガイドや携帯情報端末(Personal Digital Assistant;PDA)等の導入、ICカードの利用、ホームページ上での展示解説の公開等が多くの館で実践されている。また、展示解説をより効果的に行うため、動画ライブラリーとして多数の資料映像や証言等を公開している館も多い。
 DNPでは、ルーブル美術館との共同プロジェクトとして、ICタグと連動した映像システムと音声ガイダンスによる美術作品鑑賞の体験スペース「ルーブル−DNP ミュージアムラボ」を開設している。また、国立西洋美術館では、民間企業と連携して最新の美術研究成果と情報技術を組み合わせた作品鑑賞システムの共同開発を行い、平成18年11月に「ウェル.com美術館プロジェクト」を実施し、ワンセグ携帯電話を用いた情報の館内伝送実験やゲーム機を用いた映像鑑賞ガイドの提供を行うとともに、アーカイブ・データを利用して作品をその場で印刷するオン・デマンド印刷サービスを行った。

2   臨場体験可能な映像展示
 巨大スクリーンで映像体験ができるアイマックス(IMAX)や半球状スクリーンに上映するアイマックス・ドーム(IMAX Dome)を併設する博物館等は、近年世界的に増加傾向にある。また、専用メガネをかけることによって立体映像を鑑賞できる、いわゆる「3Dシアター」や、映像にあわせて音響のみならず座席の振動等も伴うことによって臨場感を得ることができる「体感シアター」や「シミュレーションシアター」のような施設を設ける館も多い。
 国立科学博物館では、平成18年末より、当初「愛・地球博」(愛知万博)で公開された直径12.8メートルのドームの内側すべてがスクリーンで360ド全方位に映像が映し出される「THEATER360」を公開し、オリジナル作品の制作・上映も行っている。
 NHKが開発中の超高精細映像システム「スーパーハイビジョン」(現行ハイビジョンの4倍にあたる走査線の本数4,320本、解像度は16倍にあたる約3,300万画素)は、「愛・地球博」において公開された後、九州国立博物館にも「シアター4000」として導入され、3本の映像ソフト中、2本のソフトが常時上映されている。スーパーハイビジョン技術は、次世代映像技術としての期待が高いものの、現時点では基本的要素技術が開発されたばかりであり、その汎用化に当たっては、システム全体としての技術開発や実証を進めていく必要がある。なお、このことについては5.で後述する。

3   バーチャル・リアリティ等による仮想体験
 人工現実感(バーチャル・リアリティ)技術とは、コンピュータ・グラフィックスや音響効果を組み合わせて、人工的に現実感を作り出す技術のことだが、この技術を導入している博物館・美術館等は多い。
 静岡県立美術館では、「ロダン館バーチャル体験システム」を制作し、ロダン館内部と32体のロダン作品が再現されている三次元空間をパソコン上に公開し、タッチパネルやマウスを使って操作することで、自由にロダン館と作品を鑑賞することができるようにした。また、凸版印刷株式会社では、デジタル・アーカイブ化した文化財等をカラーマネジメント技術で様々な形に二次活用するとともに、コンピュータ・グラフィックスを用いて、印刷博物館VRシアターにおいて文化財等を視聴者の視線に合わせて再現している。さらに、唐招提寺では、凸版印刷株式会社等の協力を得て、平成13年6月に「唐招提寺金堂液晶映像シアター」を境内に設置し、金堂とその内陣に安置されている仏像の様子を三次元コンピュータグラフィクスにより再現した「唐招提寺 鑑真和上と東山魁夷芸術」を液晶プロジェクターで拝観者向けに上映することで、修理中も金堂を仮想体験できるようにした。
 東京大学総合研究博物館では、東京大学が所蔵する600万点を超える学術資料を活用するため、平成9年から「デジタルミュージアム」構想を掲げており、デジタル・アーカイブ化された博物館の収蔵資料を、三次元仮想環境中に作られた仮想博物館に展示するシステム(MMMUD:Multimedia Multi-User Dungeon)を開発した。ユーザーはMMMUDブラウザを使って、仮想博物館の中を自由に探索することができる。
 バーチャル・リアリティによる文化財等の仮想体験は、現在個別的・分散的に実施されているが、将来的には各博物館・美術館等の協力の下、ユーザーのデマンドに応じて、中央のサーバーからデータをダウンロードすることで、遺跡の各所から文化遺産の高精細なCG映像やVR映像を自在に鑑賞できるようにする「ユニバーサルミュージアム」をネット上に構築することも技術的に可能であると思われる。例えば、立命館大学では、京都の歴史的町並み、景観や能、狂言、歌舞伎等の伝統芸能等を、三次元地理情報システム(GIS)やバーチャル・リアリティ技術を活用して保存し、臨場感の高い疑似体験を通して日本文化を鑑賞・体験し多様な学習や研究等を可能にする「バーチャル京都」構想の実証研究を行っており、その成果の一部をインターネット上で公開している。
 このように、バーチャル・リアリティやオーグメンティッド・リアリティ、テレイグジスタンス技術等の活用によって、ミュージアム体験の幅は大幅に拡充されるが、その汎用化に当たっては、解決しなければならない技術的課題が多い。このことについては5.で後述する。

(3) 新しいメディア芸術の創造・発展
 コンピュータ等のデジタル技術を駆使した映画やアニメーション、ゲームソフト、さらにはその基礎となるCGアート、ネットワークアート作品等、情報科学技術の発展により、「メディア芸術」という新しい文化が急速な進歩を遂げている。特に、映像メディア工学の進歩は、文化芸術の分野に新しい潮流を生み出しつつあり、我が国の文化水準の向上に資するだけでなく、異分野が融合した芸術、さらには全く新しい芸術の創造に向けた牽引力として、その一層の発展が期待されている。今後、最先端のデジタル技術のさらなる活用によって、それぞれの文化資源の特性にあわせたより先進的・革新的な表現手法の開発が求められている。例えば、バーチャル・リアリティ技術は、視覚や聴覚以外の感覚の表現が可能であり、その他の技術と併用することによって五感全体を駆使した体感メディアを目指すことができ、デジタルメディアとしての特徴を生かした斬新な表現手法や、人間の感性を踏まえた表現手法等の開発が期待される。
 文化庁では、新しい表現技法を開拓して制作した創造性あふれるメディア芸術作品及び作者を顕彰するとともに、その創作活動を支援し、広く紹介していくために、平成9年度より「メディア芸術祭」を開催している。平成14年には北京で「芸術、科学技術、エンターテインメントの融合」をテーマに、「日本メディア芸術作品展」を開催した。また、インターネットを活用し、メディア芸術の創造活動に役立つ各種の情報や素材の提供、優れたメディア芸術作品の紹介、作品発表の場の提供等を実施している。
 JSTでは、デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術に関する研究を行っており、その成果を「メディア芸術祭」等で公開している。

(4) 身近に文化芸術のある新しい生活の創造
 近年、収集・保存した文化遺産等の資料を分類・登録し、作成したデータベースを画像とリンクさせて公開している博物館・美術館等が増加しており、ホームページ等で図鑑的なアーカイブや実際の展示室等を仮想的に体験できる学習支援コンテンツを提供している館も多い。栃木県立美術館では、著作権者の了解を得ることができた場合、ホームページ上で企画展を公開している。奈良県立橿原考古学研究所博物館では、三角縁神獣鏡など古代の青銅鏡の三次元データを集めた「デジタル図録」の一般公開を行っており、パソコン上でCG画像を閲覧することができる。
 国立天文台では、直径10メートルの4D2Uドームシアターにより、世界で初めてインタラクティブな3D映像のドーム投影を実現し、「4次元デジタル宇宙映像配給システム」を構築した。将来的には、これを学校や自宅で鑑賞することが可能になることが期待される。
 このほか、東京大学情報学環では、複合現実感(Mixed Reality)技術に関する研究を行っており、この技術を活用したヘッドマウントディスプレイ(Head Mount Display;HMD)と呼ばれる頭部装着型の装置を用いて、現実世界にCGで描いた仮想物体を合成することによって、失われた文化財等を現地で合成表示する実験を行っている。世界の各地に数多くの遺跡が存在するが、それらの多くは風化や人災によってその痕跡すらなくなっており、ローマの遺跡のように現在と古代の姿が全く異なっている場合もある。このため、現地で説明を聞いても昔の姿を想像しにくいことが多いが、複合現実感技術を活用すれば、過去の風景を現在の風景の上に重畳させて浮かび上がらせることができ、鑑賞効果を飛躍的に高めることができる。その際、VRならではの利点を活用し、適用する学説や時代の設定をユーザーが選択できる機能を付けることも可能であり、個々人の好みに応じた多様な鑑賞体験を創出することが期待される。なお、遺跡の多くは屋外の広い範囲に点在していることが多く、移動しながらの鑑賞が必要とされる場合が往々にしてあるが、複合現実感技術を活用したVRゴーグルやVR望遠鏡を車両等に装備することで、現場を周遊しながらの対応も可能となる。

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