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2.カビ対策のために必要な方策

1. 人材の育成
 従来の文化財等の生物対策は、カビに対しては殺菌、虫に対しては殺虫という処置が一般的であったが、微生物被害防止のための燻蒸剤として利用されてきた臭化メチルがいわゆる「モントリオール議定書」に基づくオゾン層破壊物質として指定され、2005年以降すべての先進国で使用が全廃された。このことを受けて、化学薬剤のみに頼らずにカビや虫の発生を防ぐIPM(Integrated Pest Management;総合的有害生物管理)の考え方に沿った保存環境づくりを目指した対策が世界的な主流となってきている。特に外国の博物館等から作品を借用する機会の多い館では、こうした考え方に基づいた取り扱いや、我が国より厳しい温湿度管理を要求されることがあり、学芸員等の専門家は、保存科学の知識を身につけておくことが求められている。このように、博物館等における微生物による被害を防ぐための環境整備に向けて、何よりもまずカビの発生予防をはじめとする保存科学に関し、たゆまざる人材育成を行っていく必要がある。
 博物館法上、博物館には専門的職員として学芸員が置かれ、博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究のほか、これと関連する事業についての専門的事項をつかさどることとされている。しかしながら、実態としては歴史系博物館や美術館の学芸員の多くは考古学や歴史学、美術史またはそれに準ずる分野が専門であり、自然史系博物館では菌類や微生物専門の学芸員や研究者がいる場合はあるものの、保存科学担当の学芸員を配置している博物館、美術館は全国的にも未だ少数である。カビ被害は、どちらかというと展示室よりも収蔵庫の方が問題となりやすいが、小規模な館では、収蔵庫の温湿度管理すら十分に行われていないケースもある。
 また、図書館においても、図書館法上専門的職員として置かれた司書が、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、閲覧に供する業務等に従事しているが、全般的にカビをはじめとする微生物対策の重要性に関する認識は十分ではないと思われる。
 大学における学芸員の養成課程においては、「博物館資料論」2単位、司書の養成課程においては「図書館資料論」2単位が必修とされており、その内容は資料収集の方法や資料の取り扱い、整理・分類の方法など多岐にわたるものの、必ずしも保存科学的観点からの学習は十分に行われていない。そもそも学芸員養成の基本分野としては、前述のとおり圧倒的に人文系が多く、保存科学関係の講座を設ける大学も近年増えてきたものの、生物科学に関する内容は不十分で、生物科学系の学部学科との連携もほとんど行われていない。実態として、博物館実習を含め指導者や施設設備等の体制が十分でない大学も多いというのが現状である。
 このため、学芸員や司書養成課程におけるカビ対策をはじめとする保存科学全般に関する履修の強化・徹底について検討するとともに、各大学におけるカビをはじめとする微生物に関する科目、講座等の充実と、それらと学芸員や司書養成課程あるいは文化財等の保存科学に関する科目、講座等との連携、融合を推進することが求められる。
 昨今の厳しい財政状況を踏まえれば、各都道府県や市町村、大学等の博物館、美術館、図書館等に保存担当の専門家を新たに配置することは困難であると思われるが、現在博物館等に在籍している学芸員や司書等に対し、カビをはじめとする微生物や保存科学に関する研修を受講する機会を充実させることが重要である。また、大学等の研究機関に在籍する微生物に関する研究者を講師やアドバイザーとして活用することにより、両者の連携・融合が促進され、双方の学問分野に精通した文化財等の保存科学に関する若手の専門家が育成されることが期待される。

2. カビ対策ネットワークの構築
(1) 「カビ対策マニュアル」の作成
 文化財等の微生物被害対策については、これまでも文化庁や独立行政法人文化財研究所(2007年4月1日より独立行政法人国立文化財機構)において検討が進められてきており、2001年3月に文化庁文化財部が『文化財の生物被害防止に関する日常管理の手引き』を発行するとともに、臭化メチルの使用が2004年末で全廃されることを受けて、2003年5月に東京文化財研究所が『文化財の生物被害防止ガイドブック』を発行し、文化庁から全国の教育委員会や博物館等に配付している。また、東京文化財研究所では、2001年12月に『文化財害虫事典』を発行・市販(2004年4月に改訂版発行)するとともに、2004年8月にはDVD教材の『文化財生物被害防止ガイド』を発行・市販し、さらに同年10月にはIPMの考え方に沿った保存環境整備のためのポスター『文化財のカビ被害防止チャート』を作成・配付し、その普及啓発に努めている。
 しかしながら、実態としてこれらの周知は歴史博物館や美術館等では行われているが、自然史系博物館や大学博物館、図書館では十分に行きわたっていない。さらに、文化財等を所有する寺社や個人については、対策の実施が困難な状況にある。また、図書館や公文書館に関しては国際図書館連盟資料保存コアプログラム(IFLA−PAC)より1998年に“Principles for the Care and Handling of Library Material”(2003年に「図書館資料の予防的保存対策の原則」として邦訳)がまとめられ、カビ対策に関する記述もあるが、資料の保存に対しての理解が十分でなく、実施が難しい状況にある。
   
『文化財の生物被害防止ガイドブック』 『文化財の生物被害防止に関する日常管理の手引き』 「図書館資料の予防的保存対策の原則」

 これらのガイドブック等を読むべき対象には、人文系の学芸員や司書、研究員、さらには文化財等を所有する個人等、生物科学に関する知識が必ずしも十分ではない人が数多く含まれることを考えれば(例えば、アマチュアの標本づくりに関しては、虫害対策の詳しいマニュアルは存在するが、カビ対策では相当するものがない。)、微生物被害の深刻さが伝わるような、ビジュアルでわかりやすい実践的な「カビ対策マニュアル」を作成することが必要である。同マニュアルは、「身近なカビの入門書」としての役割を果たすことも期待されよう。
 東京文化財研究所生物科学研究室に寄せられる相談のうち約7割がカビ対策に関するものだが、博物館、美術館よりも図書館、大学、寺社からの相談の方が多いという実態を考えれば、より幅広い関係機関や関係者を対象に、国公私立の別を問わず、各省庁・部局の所管を超えてカビ対策の周知・徹底を図る必要がある。
 また、現場では収蔵庫等の継続した監視や記録、施設設備の更新等が必要であり、加えて、施設の老朽化や除湿機・空調機の故障、あるいは地下水位が高いために生じる床面からの湿気による影響や導線の誤りなど、立地環境や建物設計者の理解不足からくる施設設備面の不備によるカビ被害も多く見られる。このことから、各博物館等の事務職員や収蔵庫等を保守点検する施設設備の管理担当職員、さらにはそれらの職員を統括する責任者等がマニュアルを日常的に読みこなすことができるような配慮がなされる必要があろう。
 さらに、「カビ対策マニュアル」は一回作成して終わるのではなく、常に現場での利用状況をフィードバックしながら、新たな知見や情報を逐次加えられるような体制を組むとともに、ウェブサイト上でも閲覧できるよう、デジタル・アーカイブ化することも必要である。
 なお、専門家を対象とした、より詳しいマニュアルの作成についても、検討する必要があると考えられる。

 
書籍等に増殖することが多いカビの一例:ユーロチウム・ハーバリオーラム

(2) 「カビ対策研修会」の実施
 文化財等のカビ対策に関しては、現在、東京文化財研究所が毎年7月に「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」を開催し、国立科学博物館が毎年秋に開催する自然科学系の学芸員を対象とした「学芸員専門研修」の中で、標本の保存等の保存科学に関する内容を取り扱うなどの研修機会がある。しかし、年一回・一週間程度、参加者は約30人前後であることが多く、全国に大小合わせて5千館以上(社会教育調査上の登録博物館、博物館相当施設及び博物館類似施設の合計)の博物館があることを考えれば、これらに加えて多様な研修機会を確保することが必要である。
 カビの発生を予防する観点から、その対策効果をより一層高めるためには、(1)で述べた「カビ対策マニュアル」を活用し、各都道府県ごとに「カビ対策研修会」を開催することが有効であると思われる。研修会の講師には、保存科学担当の学芸員のみならず、自然史系博物館や大学等の研究機関に在籍する微生物に関する研究者等を活用することになると思われるが、これらを通じて異分野の連携・交流が促進され、各地域で文化財等のカビ対策に関する指導者層の人材が育成されることも期待される。開催頻度については、関連する技術や文化財等を取り巻く環境が年々変化していることを考えると、少なくとも年に一回、継続的に開催することが望まれる。また、研修内容は、現場での実習も含めた実践的なものであることが望ましい。
 なお、研修会の開催に当たっては、他の研修会や協議会等と組み合わせた効率的な開催について考慮する必要があるが、(1)で述べたように、学芸員や司書だけでなく事務職員や施設設備の管理担当職員、文化財等を所有する研究者や個人等幅広い人材を対象とする開かれた研修会とすることが望ましく、受講者のレベルに応じた複数の研修会を開催することについても検討する必要があるだろう。また、指定管理者制度の導入に伴って、今後、民間企業等が博物館等の包括的な管理運営を行うケースが増加することも考えられ、当該指定管理者が保存科学等に関して十分な知見を有するための機会の充実を図っていく必要があると思われる。
 「カビ対策マニュアル」の配付や「カビ対策研修会」の開催等を通じて、文化財等の保存の重要性に対する認識が高まり、各地域において文化財等の保存科学に関する専門家を育成・配置する機運が醸成され、広く人材の裾野が広がることを期待したい。


博物館・美術館等保存学芸員研修(東京文化財研究所)

(3) カビ対策に関する相談窓口の開設
 全国の博物館等のカビ被害の実態を把握することは困難であるが、東京文化財研究所に寄せられるカビ・虫に関する相談件数は年間80館程度、保存環境調査は年間150館程度になる。しかしながら、東京文化財研究所に相談・調査依頼が持ち込まれるケースのほとんどが深刻化したものであり、この数字は、カビ被害の実態の氷山の一角に過ぎない。
 文化財等を適切に保存・管理する立場にある博物館等にとっては、カビ被害を他に知られたくないとの感情から報告・公表しない場合や、カビ被害の程度を見誤り、適切な処置が遅れる場合も数多くあると思われる。特に、個人の管理下にある文化財等については、カビの定常的な発生に慣れてしまい、被害を軽微と考える傾向があると思われる。そう考えると、文化財等のカビ被害の実態はまさしく膨大なものになるであろう。加えて、カビ被害であることが明らかになったとしても、どこに相談し、どのように対策を講じれば良いのかわからない、という話もよく聞かれる。
 現状では、それらの相談は、近郊の博物館・美術館等や東京文化財研究所に持ち込まれ、日常的な管理方法の改善や被害への対応、環境の改善等について対応がなされているが、それにも物理的に限界があると思わざるを得ない。このため、同研究所や他の博物館、研究機関等の機能強化もさることながら、例えば関係する学会等とも連携しつつ、文化財等が多く存在する東京、京都、奈良に加え、全国7ブロック程度の拠点となる博物館や大学等に「カビ対策アドバイザー」を委嘱し、各地域で気軽に相談できる「カビ対策相談窓口」を開設することが有効である。
 現状のカビ対策等の問題点の一つとして、それぞれが個別対応になることが多く、経験や知識が共通の知的資産となっていないため、初動に時間がかかったり、誤った措置をしてしまったりすることもあるという点が挙げられる。このため、各地域の相談窓口に寄せられた情報等をデータベース化するとともに、各相談窓口同士がネットワークを形成し、それらの情報の共有を図ることも重要であろう。その一方策として、カビ対策に関する情報発信や関係機関等どうしの情報交換を推進するためのホームページを開設することも、アクセスの容易さという観点から意義のあることであると考える。

3. カビ劣化の実態等に関する調査研究
 微生物の増殖は、様々な環境因子によって左右される。一般に、カビの多くは高温多湿な環境下で増殖するが、自然界でのカビ胞子の分散については、ドライ型とウェット型とに二分される。ドライ型のカビ胞子は乾燥に強く、粉塵とともに空気中を浮遊して分散し、栄養分と温度・湿度が適当であれば、新しい場所で発芽し、菌糸を伸ばして広がっていく。一方、ウェット型のカビ胞子は、水しぶきや湿った空気中を浮遊するほか、水の流れによって分散する。ドライ型と同様に発育に適した場所で発芽して菌糸体となり広がっていく。
 博物館、美術館、図書館等の室内環境では、ドライ型のカビ、すなわち発育最低水分活性値(微生物が繁殖できる物質の自由水の割合)Aw0.65〜0.85(25度)の好乾性カビ及び一部の同値Aw0.85(25度)以上の中湿性カビによる被害が多く、制御対象微生物として、その挙動を把握する必要がある。展示室・収蔵庫の空中浮遊菌については、施設管理の上で、微生物学的な清浄度の指標としてモニタリングし、活用していくことが望まれる。博物館等における空中浮遊菌の現況については、東京文化財研究所において現在調査中であり、それが明らかになれば、施設管理対策に関しても新たな可能性が開けてくるであろう。
 高湿度環境の施設である屋外建造物、屋外展示場等では、発育最低水分活性値Aw0.90〜1.00(25度)の細菌、酵母、好湿性カビ及び一部の中湿性カビによる被害が主体で、これらの微生物の挙動については、施設現場において拭き取り調査を行い、常在菌を把握することが重要である。また、場合によっては施設内部での空中浮遊菌調査も行い、比較する必要があろう。
 さらに、カビの発生は、通気性の低下や空気の滞留も大きな要因の一つであり、収蔵庫等の内部における空気の流れの簡便な調査法についても検討する意義があるだろう。
 近年世界的に主流となっているIPMの考え方は、我が国では既に1,200年前から正倉院の伝統的な宝物保存法として採り入れられてきており、まさに人力によって収蔵庫の清掃等を徹底し、カビや虫の発生源を絶とうという先人の知恵であるといえる。しかしながら、昨今では、収蔵庫のコンクリート化に伴う調湿効果の減少と通気性の低下によって結露が発生するようになり、また虫干しのための人手が足りなくなってきたこともあって、虫やカビの対策として薬剤燻蒸が常用されるようになってきた。臭化メチルの使用が全廃された今日、虫対策として二酸化炭素処理、低温処理、窒素置換等による低酸素濃度処理を代替として実施している館も多いが、これらの処理方法にはカビに対する効果はなく、今後、より効果的なカビ対策が必要であろう。


収蔵庫の清掃の徹底(国立民族学博物館)
 
海外からの新着資料の殺虫殺カビ処理は燻蒸庫で対応(国立民族学博物館)

4. カビ制御技術の一層の研究開発
 有害微生物に対する制御には、物理的制御(増殖抑制、除菌、遮断、殺菌)、物理化学的制御(増殖抑制)、化学的制御(増殖抑制、薬剤殺菌)、生物学的制御がある。これらの中で、増殖抑制には温度制御、水分調整、酸素除去、ガス(二酸化炭素、窒素ガス等)調整、化学物質(増殖抑制剤)による制御の別があり、除菌にはろ過(HEPAフィルター等)、電気除菌(静電フィルター)、洗浄(冷水、温水、電解水、空気、洗剤等)、遮断には包装、塗装(コーティング)、エアカーテン、殺菌には低温殺菌、高温殺菌、電磁波殺菌(γ線、紫外線、マイクロ波等)、高圧殺菌(静圧力)、電気殺菌(高圧パルス)、薬剤殺菌にはガス殺菌剤(エチレンオキシド(EO)、ホルムアルデヒド、オゾン、過酸化水素等)、液体・溶液殺菌剤(アルコール、過酸化水素水、有機系殺菌剤等)、固体殺菌剤(無機系殺菌剤等)、固定化殺菌剤(シリコン系第四アンモニウム等)、光触媒などがある。
 最近、頻繁に使用されている「抗菌」とは、滅菌、殺菌のほか、静菌、除菌、消毒及びサニタイズ(食品工場あるいは環境における病原微生物、腐敗原因微生物の殺菌)など、微生物の生育を抑制あるいは阻害することすべても意味する。我が国の抗菌技術は世界的に最も進歩した技術分野の一つであり、医療機器、医薬品、食品、生活用品等のあらゆる分野で、これらを微生物被害から守るために広く導入されている。そのうち、制御目標となる微生物としてカビを主対象に、文化財や学術資料等の保存施設内空間の除菌と、収蔵庫・収納コンテナ等に用いる調湿剤や収納のための包装材の無機系抗菌剤による抗菌化に関する情報と、文化財や学術資料等を制御対象物として、気相によるカビ制御、有機系抗菌剤、無機系抗菌剤等や光触媒を用いた先端技術に基づく制菌に関する情報を収集していくことが重要である。
 本会合においては、ワーキンググループにおいて、文化財や学術資料等のカビ対策に有機系防カビ剤、無機系抗菌剤及び光触媒を利用したカビ制御方法及び抗菌を視野に入れた施設の管理システムの指針について検討を行い、以下のとおり整理した。文化財や学術資料等の保存環境改善に向けて、各剤の持つ抗菌性能や特徴に応じ、最適な抗菌剤の選択及び最適な使用形態の採用が望まれる。

HEPAフィルター付き掃除機及び空気清浄機
(HEPAフィルター(High Efficiency Particulate Air Filter)は、空気中から塵埃を除去する能力に優れたフィルターで、供給空気を清浄にするために使用。掃除機の排気処理用、空気清浄機や空調機などに組み込んで使用する。)

(1) 有機系防カビ剤による制御
1  有機系薬剤の種類
 抗菌製品技術協議会では、薬剤の活性がある菌の種類によって、カビ(真菌類)に効果を持つ「防カビ剤」と、細菌に効果を持つ「抗菌剤」とに区別して定義している。抗菌剤の多くはカビへの効果がほとんどなく、防カビ剤の多くは細菌への効果が低い。カビと細菌の両者に充分な効果を持つ薬剤もあり「抗菌防カビ剤」と呼ばれている。有機系薬剤とは、有効成分に有機合成された化合物や天然物を用いた薬剤を指し、有効成分そのものを「原体」、その原体にさまざまな助剤を配合し使用目的に合わせて適用しやすい形に調合したものは「製剤品」と呼ばれている。一般に「防カビ剤」とは、この「防カビ製剤品」を指す。
2  防カビ剤の効果
 防カビ剤の効果はその有効成分の種類によって左右され、効果は短時間だが活性が強い剤と、長期残効型の剤とがある。工業的に広く用いられている防カビ原体は、多くの菌種に十分な効果を示すものがほとんどだが、中には一部のカビにのみ特異的に効果が低い剤もあるため、それを補う目的で複数の原体を併用配合した防カビ製剤品も多い。薬剤の効果評価方法としては「最小発育阻止濃度(MIC値)測定法」、防カビ製剤品の効果評価方法としては「JIS−Z−2911カビ抵抗性試験方法」等がある。
3  防カビ剤の工業用途の使用場面について
 工業用途における使用方法例としては、プラスチック製品への練り込み、外壁塗料やコーティング剤への添加、水希釈液への浸漬や薬剤塗布、液体製品への溶解、加圧含浸、蒸気燻蒸等、いろいろな方法があり、防カビ剤はその用途や使用場面に合わせて配合が工夫されており、水溶剤、水溶性粉剤、水和剤、燻蒸剤、分散剤(懸濁スラリー)、エアゾル、乳剤、エマルジョン剤、粒剤等の様々な剤型が用意されている。水に溶けない有効成分の水性液状化や、液体の粉体化といった物理化学的性質の変更による使い勝手の改善や、複数の有効成分の組み合わせによる効果の調整も可能である。薬剤選定には文化財や学術資料等の対象物への影響、特に材質劣化を十分に考慮し、また対象物それぞれについて過去のカビ被害事例がある場合には、その原因菌種や発生要因、適用薬剤等の情報を参考にすることが重要である。
4  有機系防カビ剤の安全性と注意点
 有機系防カビ剤は生理活性のある化合物である以上、一般化合物に比べ、ある程度の生体毒性と環境毒性を持つため、安全性評価のデータ(ハザードアセスメント情報)が整備されており、メーカーからMSDS(Material Safety Data Sheet;製品安全データシート)の形で提供されている。さらに危険性を持つ原体については、想定される使用場面ごとにリスクを考慮した用途や使用濃度の制限等が設けられ、リスクアセスメント情報として、同じくMSDSに盛り込まれている。さらに同じ有効成分を使用した防カビ剤であっても、その製剤のタイプによって安全性は大きく異なることも忘れてはならず、原体の種類・製剤タイプ・処理方法によって効果と安全性のバランスをとる必要がある。防カビ剤の法規制については、医薬・農薬・食品以外の分野においては「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(略称;化審法)」を主として「労働安全衛生法」「消防法」「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(略称;PRTR法)」等に従う必要がある。
5  工業用防カビ剤の適用例
1  カルベンダジム(Carbendazim)水分散製剤品
 無臭、低刺激性かつ低毒性で長期残存効果が期待できる。糊、樹脂、塗料に添加し塗布することで防カビ性を持たせることができる。水希釈し、筆や刷毛塗りもできる。処理後、白華(粉吹き)が顕著な場合、同有効成分でより粒子径の細かい製剤を用いることで、これを低減できることがある。カビに対する活性は強くないが、水溶解性が低いため、湿気や水分、雨等への耐候性の点で優れ、変色も少ない。
2  オクチルイソチアゾロン(OIT)乳剤製剤品
 溶剤を含む上、皮膚刺激性があり注意を要するが、即効性でかつ高い効果がある。水ないし溶剤で希釈し、塗布・含浸させることで、発生したカビを死滅させた後も防カビ効果が付与される。処理対象によっては変色のおそれがあり、表面への使用は慎重を要する。皮膚接触の可能性のない用途のみ適用可能である。
3  カルベンダジム(Carbendazimプラステトラクロロ−4−(メチルスルホニル)ピリジン(TCMSP)水分散製剤品
 無臭で浸透性がよく低毒性で長期残存効果がある。木材・木部に発生しやすいカビの発生を抑える。皮膚接触の少ない用途にのみ適用可能である。水希釈液に浸漬処理することで長期にカビ及び木材腐朽菌の発生を抑える。希釈塗布も可能。木肌への着色や変色が少なく、臭気も少ない。汚染が顕著な場合あるいはさらに長期の効果や多菌種への効果を持たせる場合は、OIT製剤との併用が望ましい。
4  ジンクピリチオン(Zinc pyrithione)製剤品
 無臭、低刺激性で、長期残存効果が高い。細菌への効果を併せ持つ防カビ剤のため、複合した微生物汚染への適用に優れている。化粧品原料であり安全性は高いが、鉄との変色反応の可能性があるため、用途に注意が必要である。また、環境毒性も懸念されるため、水環境への適用はできない。

 
彫刻等に増殖することが多いカビの一例:クラドスポリウム・クラドスポリオイディス

(2) 無機系抗菌剤及び光触媒による制御
1  無機系抗菌剤の特徴
 無機系抗菌剤は無機多孔質担体に銀イオンや銅イオン等の抗菌性金属イオンを担持し、長期間にわたって金属イオンを徐放させることで抗菌力を発揮する仕組みである。このような抗菌剤としてはゼオライト系、アパタイト系及びシリカゲル系抗菌剤があり、その他にガラスに銀イオンを担持した銀ガラス系抗菌剤もある。これらは幅広い菌種に対して効果があり、持続性があるのが特徴である。しかし、有機系抗菌剤のような高い殺菌機能は期待できない。また、銀イオンの酸化による変色が発生する場合があるので注意を要する。
 一方、光触媒材料にはアナターゼ型やルチル型の結晶構造を持つ二酸化チタンがあり、紫外光や可視光の照射により、それらの表面に酸化力の強いヒドロキシルラジカルを生成する。このラジカルが、あらゆる有機物を二酸化炭素と水にまで酸化分解し、セルフクリーニング機能、汚染水・汚染大気の清浄化機能を示す。光照射の間は連続してラジカルを生成し、高い殺菌・抗菌機能の持続性を示すため、太陽光をグラスファイバーで引き込んで利用することで、長い年月にわたって利用することも可能である。
2  無機系抗菌剤及び光触媒の応用
 文化財や学術資料等の保存実態において、カビ対策に無機系抗菌剤及び光触媒を適用する用途を検討した。
 まず、無機系抗菌剤は細菌に比較してカビに対しては適用量を増やす(抗菌加工を行う対象の樹脂に対して0.5パーセントから1.0パーセントに増加)必要があるが、幅広い菌種に対して効果があり、耐熱性に富むことから各種保存品の包装材に適用が可能である。また、剤形が粉末状であり、各種プラスチック素材あるいは塗料等に簡単に添加できることから、その製品形態は多様である。
 銀ゼオライトの場合、付加的な機能ではあるが、ゼオライト自身が可逆的に周りの湿度環境にあわせて水分を吸着・脱着するため、調湿剤としての機能も併せ持った剤であるといえる。さらに銀ゼオライトは、硫黄系の悪臭ガス、窒素系の悪臭ガスを吸着除去する機能も有している。したがって軽量発泡コンクリート等に利用(10〜20パーセント添加)し、収蔵庫壁材に使用すれば、壁面に付着した浮遊カビ胞子の殺菌だけでなく、庫内の消臭及び湿度調整に寄与し、壁表面の結露を防止することもできる。
 光触媒を直接各種素材に添加して実用的な抗菌力を期待することは難しい(0.10mW/cm2(ミリワット毎平方センチメートル))が、非接触型の使用法として、収蔵庫内に光触媒を搭載した空気清浄機を設置し、閉鎖空間内の空気を循環させながら浮遊するカビ胞子等の各種の微生物を殺すことにより、収蔵庫全体の環境を改善することは可能であると考えられる。
 このように、無機系抗菌剤を一部に使用するのではなく、光触媒を搭載した空気清浄機を併用し、収蔵庫、あるいは収蔵品近くの環境に対して総合的に使用することで、所定の部分に付着したカビ本体の増殖を阻止するとともに、カビ胞子が移動する経路を遮断することが可能となり、結果的には保存空間全体の環境改善につながる。

(3) 施設管理
 カビ等の微生物は、しばしば外部から侵入し、発生するため、展示室や収蔵庫等の施設管理の徹底が重要な鍵となる。
 施設管理に関しては、国指定文化財の公開施設については「文化財公開施設の計画に関する指針」(平成7年8月)に基づき、展示室や収蔵庫の計画段階から事前に文化庁長官に協議することとされており、必要な指導が行われている。その一方で、それ以外の博物館等に関しては、必ずしも施設管理の指針が明確にされておらず、抗菌を視野に入れた施設内の空調・調湿管理や清浄度の計測・評価等が十分に行われていない。現場では、いかに微生物の侵入を防ぐか、また、微生物増殖の兆候をいかに早期に発見できるかが重要であり、温湿度等のモニタリング調査の解析・評価方法等のあり方を含め、今後検討していく必要がある。本会合では、現場での参考に資するため、別紙のとおり「施設環境管理指針(試案)」をとりまとめた。
   
モニターによる温湿度の確認 徹底した収蔵庫の清掃 新収蔵資料の徹底した除塵作業
(土浦市立博物館)
 
(外気) (作業室)
(小前室) (前室)
キトラ古墳保護覆屋内汚染状況調査(平成16年1月、東京文化財研究所)
(キトラ古墳壁画は、漆喰の剥落を防ぐため高湿度下で保存しているため、微生物の繁殖に適した環境となっている。そのため、浮遊菌調査を定期的に行い、清浄かどうか監視し、除菌清掃などの必要な措置を採っている。)

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