資料3 海外の教育バウチャーの事例(イギリス、スウェーデン、オランダほか)

平成19年4月24日
株式会社日本総合研究所

※  教育バウチャーの定義は定まっておらず、論者により捉え方が様々であるが、本調査においては、当該諸国における制度を仮に教育バウチャーであるとして記載している。なお、今回調査を実施した国において、教育バウチャーを実施していると捉えてはいない国も存在する。

1.バウチャー制度の枠組み

  図表1 調査対象国の学校種別

  公立校 公営私立校 独立私立校
国・自治体が設立し、国・自治体が運営費を全額負担するもの 民間主体が設立し、国・自治体が運営費を全部または一部負担するもの 民間主体が設立し、民間主体が運営費を全額負担するもの
イギリス
公営学校と表記
スウェーデン
独立校または私立校と表記

ほとんど存在しない
オランダ
ほとんど存在しない

(1)イギリス

  •   平均以上の能力を持つ低所得の家庭の子どもが独立校に進学する機会を与える目的で1981年に導入された「補助学籍制度(Assisted Places Scheme)」は、受入児童数に応じた補助が学校に支払われる仕組み。当該制度は親に対してバウチャーが発行される形式ではないが、実質的なバウチャー制度とみなされることも多い。
  •  当該制度は、ブレア労働党政権において社会的公正に反するという理由から、1997年に廃止。このため、今日のイギリスの義務教育分野において、バウチャーあるいは擬似バウチャーとして一般的に認識されているような制度は存在していない。
  •  イギリスの学校自由選択制と公教育への補助制度(児童生徒数に応じた予算配分)の組み合わせは、広義の教育バウチャーにあたるという意見もある。ただし、現状の教育費予算配分は「子ども一人当たり単価」のみに基づいて決定されているわけではない。

(2)スウェーデン

  • 学校選択制度とそれに付随する公私立校への生徒数に応じた補助金制度が、擬似バウチャーと一般的に呼ばれる制度であるが、スウェーデンではこれをとくにバウチャー制度とは呼んでおらず、学校選択の自由、私立校補助制度等と呼んでいる。
  • 補助金制度は、子どもの居住するコミューンが、その子どもの通う学校に対して生徒1人当たりの年額の補助金を支払う。

(3)オランダ

  • 国から学校への補助金額は、児童・生徒数等に応じて決定される。そのため、オランダの初等・中等教育における補助金の仕組みを広義のバウチャー制度と捉えることもできる。

(4)その他の国

  • ニュージーランドのバウチャー制度(運営費補助制度:operational funding)は、私立校(独立校)に対しては運営費を生徒数に応じて配分、独立校は募金・会費・外国人からの授業料徴収などにより独自に資金を集めてもよい仕組みとなっている。貧困階層の義務教育を受ける子弟には、特定個人資格制度(Targeted Individual Entitlement Scheme;TIE)という選別的なバウチャー制度が1996年から導入され、独立校に対して児童の頭数に応じた補助金が支払われたが、2005年末をもって廃止された。
  • チリでは公立・私立の双方の学校に財政効率化の誘因を与えることを目的として、全国レベルの学校バウチャー・プログラムが1981年に導入された。同制度では、初等・中等教育の全生徒が公立校・私立校のいずれも選ぶことができ、学校は生徒数に応じて毎月補助金を得ることができる。したがって、バウチャーは一律の額であり、貧民の多さや地理的孤立状態などで多少の上乗せがある程度である。

2.バウチャー制度の運用実態

(1)イギリス

  • 各学校への予算配分は次のとおり。まず教育技能省が前年度の予算額をベースに子ども一人当たりの単価を算出し、補正を行ったうえで各地方教育当局(LEA)に対する学校特定交付金の金額を決定する。LEAでは個別学校予算について、学校予算配分システムと呼ばれる配分方式に基づき、各学校に配分する。配分方式の詳細はLEA毎に異なるが、個別学校予算総額の最低75パーセントについて児童生徒数を基準として配分することが定められている。
  • 公立(営)の初等中等学校の通学指定区域に関しては、LEAが通学圏を定めており、学校選択を行わない場合、利用者は通学圏内の学校を利用する。最寄りの通学圏が一定の距離以上離れている場合に限り、無料通学の権利を有する。
  • イギリスでは学校自由選択が保障されており、公立(営)学校は定員を超える場合を除いて、基本的に利用者の入学希望を拒否できない。また、公立校が入学を希望する児童生徒について、能力選抜を行うことも認められていない。
  • 公立(営)学校で入学希望者が定員を超えた場合、LEAや学校の入学方針に示される基準により、利用者は希望する学校に入学できない場合も発生する。
  • 定員超過や入学方針等の理由により希望学校に入学できない場合、利用者は入学当局により設けられる審査委員会に対して不服申立を行うことができる。

(2)スウェーデン

  • 対象校は、公立および私立で国が認可したものに限る。私立校については運営主体や開設場所についての制約はない。利用者については、義務教育校、高校いずれにおいても全生徒を対象としており、特定の所得階層や人種などといった条件は一切ない。
  • 私立校への予算支給額は、学校と生徒が居住するコミューンの地方政府との相対交渉で毎年決められる。そのため、同一の私立校であっても、コミューンによってその支給額が異なる。バウチャー価額は物価や税収の増減に応じて定められる。
  • 義務教育については、私立校は空きがある限り希望者を受け入れなければならないが、定員を超える申請がある場合は、先着順に受け入れることが原則となっている。生徒の学力で選抜することは国が禁じている。なお、公立校については、定員を上回る申請があった場合、居住地(近隣に住む者)で選抜する。
  • 各コミューンは生徒の交通手段を確保する義務を有するが、家から最も近い公立校を選んだ場合のみ適用され、それ以外の場合(家から遠い公立校、私立校や他コミューンにある公立校など)はこの義務はない。

(3)オランダ

  • 非営利団体で、かつ国が定めたカリキュラム、教育時間、休暇期間、監査などに従えば、公立・私立を問わずすべての初等・中等学校、すべての児童・生徒が対象となる。
  • 学校施設の維持・管理については、公立・私立を問わず市町村が負担する。その他運営費は基本的に国の負担となる。国からの補助金は児童・生徒数により同一の基準ですべての公立校、私立校に配分される。
  • 補助金は職員の人件費と備品・教材等の維持管理費の二つからなる。人件費は、職種や学歴等に応じて単価が定められており、児童・生徒数に応じて積算される。維持管理費は児童生徒数及び教室ないし学校数に応じて算出される。
  • 公立学校は生徒数が収容人数の限度に達していない限りは受け入れを拒否することができない。逆に児童生徒数が基準を割り込んで減少し、その状態が一定期間続くと国の補助金は停止され、廃校となる。
  • 私立学校は入学を希望する子供の親に対して、その学校の教育理念や教育方針が違うことを理由に入学を拒否することができる。収容人数を超えた生徒の入学についても、基準を設けて入学を拒否することができる。
  • 公立、私立を問わず、初等学校では学力テスト等により入学者の選抜を行うことはできない。また、児童の居住地から一定の距離内に公立校がない場合は、その地域の私立校はその児童を受け入れなければならない。

(4)その他の国

1.ニュージーランド

  • 初等・中等学校(含む義務教育)の財源の大半は中央政府から供出される補助金によっている。この補助金の中心となるものが運営費補助制度(operational funding)である。これとは別に人件費、生徒の特別ニーズに対する補助などがある。
  • 補助額は学校の種類、生徒数とその年齢、学校の保有する財産プロフィールに応じて決まる。内訳では「生徒1人当たり補助」が最も大きなものであり、全体の6割弱を占める。

2.チリ

  • 生徒一人当たりの補助額は、教育省が定める一人当たりにかかるコストの平均に匹敵する額である。毎月、政府から直接学校に支払われる。なお、公立校・私立校ともに親、教会、企業などからの寄付を受けてもよいとされている。
  • 90年代にさらに私立校は親から授業料をとることが可能になり、その分、補助額が減らされるという仕組みに改正された。

3.バウチャーの評価

(1)イギリス

  • 補助学籍制度(Assisted Places Scheme)を使った私立学校卒業生グループの学力が公立学校卒業生グループのそれを上回っていることなど、バウチャー対象生徒の学力が公立校生徒のそれを上回るという複数の調査結果が出ている。
  • イギリス国内の初等学校における学校選択の効果に関する調査報告では、地域内に選択肢となる学校が多い児童の成績は、学校の選択肢が少ない児童の成績に比べて優れているわけではないとしている。
  • 教育バウチャーの導入にともなう人種間・児童生徒間の不公平の拡大を定量的に示す分析は見当たらない。

(2)スウェーデン

  • 学校選択の学力への影響について、研究結果は必ずしも一致しない。学力・成績が向上したという論文もあれば、学校のパフォーマンスと学校間の競争との相関はないとする論文もある。
  • 学校庁の調査によると、地元の学校(学区内)以外の学校を選択した親の割合が1993年から2003年で倍増し、また大多数の親が自分達の選んだ学校に満足している。
  • 学校選択による教育費の増減については論文によりまちまちとなっている。私立校の数とコミューンのコストとの間には相関がないとする論文がある一方で、学校庁の調査によると「私立校の開設は自治体のコストを著しく増加させた」という意見に賛成する自治体は多く、まったく影響がなかったと答えた自治体はわずかである。
  • OECD論文によると、社会的分離はなくならずむしろ進んだとしている。しかし、一方で、学校庁の論文によると、社会的分離が起きたが、これは学校側がクリームスキミングといった選択をしたからではなく、同じ属性を持つ利用者層(たとえば親が高学歴の層、移民の層など)が同じ学校を選んだ結果であるとしている。

(3)オランダ

  • オランダでは原則としてすべての生徒が(広義の)バウチャー制度の対象となり、しかも制度の歴史が長いため、その影響・効果を検証することは難しい。
  • ただし、学校選択が可能であることはプラスに評価されていると指摘する文献はみられる。
  • また、学校選択が可能であることにより、移民出身者と先住のオランダ人とがそれぞれ集中する学校が増加し、社会分化が拡大しているとの指摘もみられる。

(4)その他の国

1.ニュージーランド

  • 公立校間の競争をもたらし、親の意見が尊重されるようになり、低所得層の選択肢を拡大させ、学校が自律的になったという評価もある。
  • 学校選択の導入により、都会部学校の社会経済的分離は縮小しておらず、低所得地域における一部の学校においては逆に拡大した。
  • 新規開設を促し、不良校を閉鎖するという改革は実施されなかったため、所得階層・人種間の不平等は依然として残った。
  • 低所得階層の子ども達が低分位校に集中したことによる成績の差の縮小にはつながらなかった。学業達成率全般においてわずかながら減少がみられた。

2.チリ

  • 基礎教育レベルではすでに完全就学を達成していたため、量的拡張には影響はなかったが、就学前教育や中等教育において、助成私立校の増加は、増大する進学需要を吸収する役割を果たし、就学率向上に寄与した。
  • 私立校の方が公立校に比べ、テストの得点が高かったが、私立校の方がより学歴の高い、あるいは社会経済的地位の高い親をもつ生徒を選ぶことができた、またはそのような生徒を惹きつけることができたためだとされている。
  • 中高レベルの社会経済階層の生徒においては成績が上昇したが、低レベル階層の生徒においてはむしろ成績が下がったという。
  • バウチャー・プログラムが公立学校における成績優秀者の私立学校へのシフトをもたらしているという結果が確認された。

以上

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