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道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議(第4回) 議事録

1.日時

平成27年8月28日(金曜日)15時30分~17時30分

2.場所

文部科学省3階 3F1特別会議室

東京都千代田区霞が関3-2-2

3.議題

  1. 発達障害等の児童生徒への配慮に関するヒアリング
  2. その他

4.議事録

【柴原副座長】
 定刻となりましたので,道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議を開会いたします。本日は,御多用の中,御出席いただき,ありがとうございます。
 本日は,中橋委員が御欠席となっております。なお,本日は,発達障害の児童生徒への配慮などのテーマにつきまして,小学校教諭の吉成千夏先生にお運びいただいております。御多用の中,誠にありがとうございます。
 それでは,配布資料の確認を事務局よりお願いいたします。

○ 事務局からの配布資料の確認

【柴原副座長】
 これより議事に入ります。まず,本日の議事の流れについて御説明させていただきます。本日は,発達障害等の児童生徒への配慮に関するヒアリングを行い,その後,質疑応答や意見交換を行いたいと思っています。発達障害等につきましては,学校現場において,その指導方法や評価方法について様々な実践がなされていると承知しておりますが,このたびの道徳の「特別の教科」化,実質化を図るに当たって,更に配慮すべき点はないのかということを,今回と次回の2回にわたって議論を進めていきたいと思います。
 本日は,発達障害等の児童生徒への配慮ということで,発達障害等を御専門にされており,本会議の委員でもある兵庫教育大学教授の樋口一宗委員,また,現在学校現場で発達障害等の児童生徒への指導を実践されている公立小学校教諭の吉成千夏先生より,道徳科の指導に当たって求められる発達障害等の児童生徒への配慮について御発表いただきます。
 初めに樋口委員,よろしくお願いいたします。
【樋口委員】
 兵庫教育大学の樋口と申します。よろしくお願いします。発達障害のある子供の道徳指導における困難と配慮について,発達障害とは,どのような特性があるのかということに触れながら,説明をさせていただきたいと思います。
 発達障害とは,平成17年に施行された発達障害者支援法において,主として自閉症,学習障害,注意欠陥多動性障害ということで規定されています。これ以外にもたくさんあるのですが,主として学校現場で出会う子供たちは,LD(学習障害),それからADHD(注意欠陥多動性障害),それから自閉症です。その中でも特に知的な遅れのないタイプ,アスペルガー症候群や高機能自閉症については,研究がどんどん進んでいる分野で,名称については多分どんどん変わっていくと思います。ただ,文部科学省では,早くから,自閉症又はそれに類するものという言い方をしており,今日もそのような言い方で説明をしようと思っています。
 まずは学習障害です。一般的には,聞く,話す,読む,書く,計算する,推論する,そのうちどれか特定のものの習得と使用に著しい困難があると言われているのですが,実際には,聞く,話すができない学習障害の子供はほとんどいません。主要なのは読む,書くです。聞く,話すはどちらかというと得意です。でも,読み書き,特に文字の認識が困難な子供の場合には,当然画数の多い漢字の識別も苦手なのですけれど,相手の表情,人の表情の細かな違いを見分けることが難しいというケースもあります。授業中,教師は一般的に,言葉,話し言葉と,書き言葉,文字の両方によって,情報を常に伝えています。だから,学習障害のある子供でも,話を聞いて,実物を見れば,内容を理解できます。しかし,「教科書を読んで確認してみましょう」と言うと,何が書いてあるのかよく分からなくなってしまう。それから,「それを評価します」ということで小テストをされると,内容は分かっていても問題を読めない,そのために答えられない,あるいは答えが分かっても字を書けない,そのために答えられないということが起こります。
 大抵,漢字練習は何回も書いて覚えるという方が多いと思うのですが,読み書き障害の子供は,これでは漢字を覚えるようになりません。書けば書くほど間違った形を覚える,あるいは疲れるだけです。私も小学校教諭のときにこういうことを言ったことがあります。「20回書いて覚えられなかったら50回書け」,「50回でも駄目なら100回書け」という指導法は本人が自信を失うだけです。ですから,努力してやり遂げるということに対しては,どちらかというとマイナスのイメージをもっている場合が多いのです。それから,読書が苦手ですから,自主的に本を読む習慣がありません。家で読み聞かせなどをたくさんすると違うのですが,結局知らない言葉が多いということになります。同年齢の子供であれば理解できると予想される内容を全然理解していない,あるいは間違って覚えている,誤解している場合があります。さらに,自分の気持ちを文字で表現できないことから,文字による言語活動を重視した場合に評価が下がっていく傾向があります。
 指導・評価上の必要な配慮としては,読み書きが苦手だから読みやすくする,書きやすくするというのは,言うまでもなく配慮しなければいけないことですが,言葉の意味や正しい名称を知らないことが多いので,丁寧に伝えることが大切です。それから,提示する教材や試験問題などには音声による情報を付け加える,いわゆる読み上げ支援です。実際には読み上げ支援で試験をしている例は少ないとは思いますが,平成27年度の大学入試センター試験で初めて問題の読み上げ支援が行われました。そのような時代になっているということです。それから,自分の考えを文字で表現し,文字で書かれた他者の意図を読み取ることが苦手なので,言語コミュニケーションの方法は文字言語のみに限定しないことです。つまり,話して伝えればよいということです。口頭試問なども有効な方法です。漢字の習得のみが困難な場合には振り仮名を付ける。平仮名は十分習得できているという場合には,漢字に振り仮名を付けるというのも非常に有効な支援です。
 続きまして,注意欠陥多動性障害についてです。ADHDとも呼ばれますが,この障害について理解するには前半と後半,つまりADというディスオーダーとHDというディスオーダーの二つに分けて理解することが大切です。困難な状態としては,注意です。注意というのは,心を向けるべき対象にスポットライトを当てるとイメージしていただければ結構です。その注意,アテンションの問題があるということです。注意には選択性,持続性,分配という三つの側面がありますので,少し説明をしたいと思います。さらに,Hのディズオーダーです。ハイパーアクティビティー,つまり,アクティビティー(活動性)がハイパーな状態です。多動性,衝動性の問題があるということです。例えば,資料では,この男の子は,石ころを拾って,何げなく後ろに投げています。後ろでガラスが割れていますけれど,そちらに全然注意を向けないのです。ですから,ここで何が起きたかということは,自分が投げたことしか覚えていないのです。翌日,先生に,石を投げてガラスを割ったようだなということを確認されても,本人にとっては事実として認識していないので,「僕じゃないよ」ということになります。そうすると,うそつき,ごまかしと見られてしまう場合もあるのです。物事というのは,そこにきちんと注意を向けていないと,記憶もできないのです。
 少し体験をしていただきたいと思い,このようなスライドを用意してきました。この中に3は幾つあるでしょう。5秒以内に数えてください。見付かりましたでしょうか。答えです。ここにあります。ここにあります。ここと,ここと,もう一つはここです。これが選択的な注意と呼ばれるものです。向けるべき対象をきちんと見付けて,見逃さず,見誤らず,的確に注意を向けたかどうか,それが選択的な注意です。
 持続的ということについては,例えば,注意を1分間持続できる子供もいれば,2分間持続できる子供もいる。場合によっては30秒しかもたないという,その長さです。どれだけそこに注意を向けていられるか。さらに,一つの場所だけに注意を向けていればよいということではなく,例えば授業中であれば,先生が話している方向,次に友達が発言している方向,それから全体の画面など,常に注意を切り替えていかなければなりません。それがうまくいくか,いかないかというのが注意の分配の問題で,そのうちの幾つかの側面に困難があるということです。
 次は多動性,衝動性についてです。例えば,これを読んでください,とお願いをします。まず一番上です。文字を読んでみましょう。ポインターが当たったら素早く,小さな声で結構ですので,読んでみてください。反応が遅いですね。もう少し早く反応してみましょう。今度は色です。色を読んでください。三つ目が一番難しいです。色を読んでください。遅いですね。我々はこういった図形を見ると,これを文字として認識しますので,文字を読みたくなってしまうのです。それが自然に起こってくる反応,いわば衝動なのです。3回目は,色を読んでくださいということでしたので,自分の中に湧き起こってきた自然な反応を抑え付けるのです。抑え付けることを抑制といいます。この抑制が,少しうまくいかないなと感じたのは,自然に起こる反応を抑制して,指示通りにすることが苦手ということです。スムーズに読める人も中にはいますけれど,それは抑制の力が強い,コントロール力がうまく働いているということです。これがなかなか難しいのがADHDのある子供ということになります。
 指導上の困難としては,注意持続が短く,態度が変わりやすいということが挙げられます。そのため,気まぐれで,誠実ではないように見える。多動性,衝動性により,ルールを守る気がない,安全を軽視していると受け止められる。そのような気がないわけではないのです。でも,してしまうのです。相手の気持ちを考えない,結果がどうなるのか考えないで始めた行動,そのためにうっかりミスで問題が起こるということです。それから,先ほどのイラストのように,物事を最後まで注意していないために,結末を記憶していない,自分ではないと主張し,それがうそやごまかしと思われる。問い詰められたときに思い付きでいろいろ言ってしまう,それがまた自分の立場を苦しくするということも実際にはあります。別のことに注意がそれて,期限や待ち合わせなどの約束を守れない傾向がある。待ち合わせに度々遅れるということを自分の弱点だと言っている,ADHDのある成人の方も知っています。
 指導や評価上の必要な配慮としては,適度な時間で活動が切り替わって,注意を持続できるようにする。小学校は45分間と,1単位時間が決まっていますけれど,45分間注意を持続することは無理です。ですから,適度に切り替え,即時賞賛することです。特に,ADHDのある子供は,「後で御褒美をあげるからね」ということを嫌う傾向があります。我慢強くないということよりも,こういった特性がありますから,よいことをしたときには,とにかくその場で認める必要があるということです。それから,短期的で具体的な見通しを示して,努力できるようにする。すぐ近くに目標を設定するということです。必要なことをメモする,掲示する,附箋で示すなどして,単純なミスをせずに済むようにする配慮です。それからチェックリスト,備忘録,スケジュール表など,すぐ忘れてしまうことがありますので,いわゆる外部記憶,外にあるものにきちんと記録しておくということです。それから,本心を理解するための対話の工夫,幅広い場面での観察ということで,先ほどのイラストのように,「やったんでしょう」といった言い方をしても,ADHDのある子供は,今までの経験から,素直に心を開いてくれません。いかに本人に共感して,この人は味方なんだ,本当のことを言っても大丈夫なんだと分かってもらうことが非常に重要です。
 自閉症又はそれに類するものということで,最近,自閉症スペクトラム障害とか自閉スペクトラム症と言われるようになり,ASDと書かれることが増えてきました。困難な状態としては,たくさんあります。社会性の発達が遅い,相手の心情理解が難しい,暗黙のルール,常識が理解できない。それから,特定の事物へのこだわりがあります。こだわりのある人について,うまい表現だと思ったのは,やめない,変えない,始めないです。この「3ない」がこだわりであると説明されていました。それから,感覚の異常があることが多いです。聞こえ過ぎてしまったり,見え過ぎてしまったりということです。いわゆる感覚過敏という状態です。逆に鈍過ぎる,けがをしても痛いと感じないということも報告されています。
 例えば,「棚の上のそこにあるボール」と言われたときに,相手が何を指しているのか心情を理解できないのです。一般的には,相手がバットを持っているのを見れば,これから野球をするのだな,必要なのは野球のボールなのだなということを理解しますけれど,自閉症のある子供はそれが分からない。とぼけているわけでも,嫌がらせをしているわけでもないけれど,結果として相手は怒ってしまうということが起きます。
 さらに,相手の心情理解が難しいということを,最近,心の理論という学説で説明することがあります。他者の心的状態を理解する能力の獲得が遅れる。実際に自閉症のある子供たちは,知的には高くても,この獲得が遅れるということが報告されています。ただし,自閉症者に特有の現象ではないといった,様々な研究もあることから,この心の理論の獲得の遅れをもって自閉症であると診断することは難しいのではないかということが言われています。
 それを獲得したかどうかの一つの指標としてよく行われるのが,サリーとアンの課題と呼ばれるものです。どのような話なのか,見ればすぐ分かります。少し実演をしたいと思い,小道具を持ってきました。登場人物はサリーとアンです。サリーはかごを持っています。アンは箱を持っています。ここに箱があります。サリーはかごの中に宝物,ここにビー玉とありますが,水晶の玉を持っています。大事な水晶の玉ですので,かごの中に置いて,部屋を出ていきます。部屋の中にいたアンは,サリーが出ていったのを見ると,このかごの中から水晶の玉を取り出して,自分の持っている箱の中に移してしまいます。そして,アンも部屋を出ていきます。
 かごと箱だけが残された部屋の中に,サリーが帰ってきました。さあ,サリーはこれから,箱とかご,どちらを探して水晶の玉で遊ぼうとするでしょうか。どちらだと思いますか,指を指してくれますか。こっちですよね。そんなこと誰でも分かるじゃないかと,皆さんは思ったと思われますが,実は,これは我々が発達とともに獲得した概念なのです。サリーはアンがボールを移したことを知らないと,ほとんどの子供が相手の立場に立って考えられるようになるには,大体,幼稚園の年長ぐらいまで待たなければいけません。年少,つまり3歳ぐらいの子供たちにこれを見せると,みんな,こっちと言うのです。自分が知っている事実と,サリーが何を知っているのか,つまり他者の立場に立って考えることが,3歳ぐらいだとまだできないのです。自己中心性とも言います。このようなことの獲得が非常に遅れます。
 知的に高い自閉症の方は,この心の理論課題,サリーとアンの課題は,比較的遅れるものの,分かるようになると言われています。ただし,それを実際に使うかどうかです。一般の人たちは,常に周りの人のことを見て,その人が自分のことをどう思っているのだろうか,あの人はあのように言ったけれど本心はどうだろうかということを,常に考えながら生活しています。自閉症のある方たちは,そういう考え方をしないようなのです。
 参考事例として挙げたのは,成人の方の話です。このAさんは,このサリーとアンの課題を見せると正解します。課題はクリアするのですが,あるとき,Bさんと共同の作業をしていました。二人とも同じぐらいの量を出されて,協力しながら二人分終わらせるという共同作業でした。ただ,Aさんは早く帰らなければいけないという都合があります。この共同作業のときには,Aさんの方の作業を先にやりましょうということで,Bさんの方は時間のあるときに進めるということにしました。Bさん分の作業は,途中まで行ったところで,Aさんの半分しか進んでいなかったのです。そのことをBさんが,私の分はこれだけ,あなたの分はこれだけ進んだということを図に書いて示すまで,Aさんは全然気が付かなかったのです。普通,共同作業では,同じ作業を相手がどれくらい,自分がどれくらいということは常に配慮しながら進めていくと思うのですが,Aさんに聞いてみたら,全く意識していませんでしたという返事なのです。大人同士であれば,思いやりがないとか,全然相手のことを考えていないと受け止められますけれど,実際にAさんはそうではなく,一生懸命とにかく作業を進めることだけを考えていたと言っていました。ですから,能力を獲得した後も,他者の心情を理解する能力を余り積極的に使わないのではないかというのが,自閉症のある人の対人コミュニケーションにおける問題なのかもしれないと,私は個人的に考えています。
 道徳指導上の困難として挙げられるのは,相手の気持ちを想像することが苦手ということです。字義どおりの解釈をする,資料の行間が読めないということです。例えば食事の席で,「そっちにペッパーソースある?」と聞かれたときに,あるかないかだけしか答えないのです。普通であれば,「ここにありますよ」と言って,手渡します。それから,明文化されていないものや暗黙のルール,一般的な常識が理解できない。また,こだわり行動又は感覚の過敏により,望ましいと分かっていても,そのとおりにできないことがある。東田直樹さんという,有名な自閉症の方は,してはいけないことなのに,何度注意されても同じことを繰り返してしまうと著書に書いています。これはなぜかというと,してはいけないことをして叱られた,注意された,そこまでが一連の記憶としてきちんと保持されていて,それを再生することが何とも言えない,自分にとっては快感なのだ書いていました。そういう感じ方をするんだなと思いました。それから,誤って学習したことの修正が困難です。非常に記憶力がよいのですが,一度覚えたことを後から,「そうではなくて,本当は・・・」と訂正しようとしても,なかなか難しいのです。こういった特性があります。
 指導・評価上の必要な配慮としては,元々相手の心情を理解することが非常に困難ですから,役割を交代して,動作化や劇化を行う。先日の御発表にあったようなロールプレーイングなどは非常に有効です。それから,丁寧な説明です。特に日本語は主語をぼかして言うことが多いです。でも彼らには,主語が何なのかをはっきり言わないと,何を話しているのか分からないことがあります。イラストやせりふ,漫画のようにして伝える。ルールは明文化する。それから,最初から正しい知識を伝えて,途中で修正する必要のないようにするということも大事です。子供のうちは分からないだろうから,まずここまで教えておいて,大きくなったら全体を教えようとすると,修正が利かないということが起きます。
 資料として,発達障害のある子供が習得しにくい道徳の内容ということで,今申し上げたような特性から,主として自分自身に関すること,主として人との関わりに関すること,主として集団と社会との関わりに関すること,主として生命や自然,崇高なものとの関わりに関することを,LD,ADHD,ASDに分けて,このようなことが難しいということを一覧表にしてみました。じっくりお読みいただければ有り難いと思います。
 最後に,そういった子供たちが通常の学級にどれくらいいるのかということについて,平成24年に文部科学省で調査した結果が報告されています。推定値であり,しかもその推定値の中央値ということになりますけれど,義務教育段階では6.5%です。発達障害そのものではなくて,発達障害と同様の困難を示していると,チェックリストによって担任ともう一人の先生が見て,たくさんチェックが付いた子供ということです。LDと同様の困難が4.5%,ADHDと同様の困難は3.1%,自閉症と同様の困難は1.1%ということで,それは全てここの分布図の黒い部分の子供たちを足した数なのですが,連続的といいますか,スペクトラム状態に同様の困難を有している子供たちが,すぐ隣に控えているという状態であるということが分かりました。
 さらに,障害のある児童の指導に当たっては,一層丁寧な把握をするための工夫が必要であるということが言われておりますし,こちらには,学習指導要領の中で,配慮として必要であると書かれている内容も資料として抜き出してきました。
 以上,私の報告を終わりたいと思います。ありがとうございました。
【天笠座長】
 遅参してまいりましたことを,おわび申し上げたいと思います。樋口委員,ありがとうございました。
 続きまして,吉成先生,よろしくお願いいたします。
【吉成教諭】
 ただいま御紹介いただきました吉成千夏と申します。私からは,通常の学級の担任,そして通級による指導や,自閉症,情緒障害の特別支援学級の担任を経験してきた立場から,道徳の時間における発達障害のある児童生徒の指導と配慮についてお話をさせていただきます。よろしくお願いいたします。
 現在は知的な遅れのない自閉症,情緒障害の子供たちの指導をしておりますが,私が最も指導が難しいと感じているのが道徳の時間です。このお話を頂いたときにも,とても困難を感じているので,ここでお話しさせていただくのは難しいとお話をさせていただきました。何が難しいのか,課題に感じていることは,主に3点です。一つ目は,価値に迫るということがなかなかできないということです。二つ目は,ほかの教科に比べて子供たちのコミュニケーションの課題が顕著になるということです。それから三つ目,これは子供たちの気持ちと,それから表出してくるものとの間にギャップがとても大きいということです。そのため,授業を進めたり評価したりしていくことが難しいと思っております。これらの課題は,特別支援学級の子供たちだけではなく,通常の学級に在席する発達障害のある子供たちにも,程度の差はあると思いますけれども,見られるとも思っております。
 では,価値に迫ることがなぜ難しいのか,それに対してどのような配慮や手立てを取っているのかについてお話をさせていただこうと思います。
 道徳の時間は資料を読んだり,読み聞かせを聞いたりしながら進めていくことが多いと思います。先ほど具体的に樋口委員からお話がありましたが,読み取ること,聞き取ることの難しさに加えて,それらに軽重を付けたり,大事なことを焦点化したりすることが認知の特性上,非常に苦手だなと強く思います。また,多くの情報を得てはいても,それを結び付けて考えを深めていくことも難しいです。そのため,道徳の時間に大切にしている葛藤の場面で混乱してしまう子供もおります。ある子供は,答えはみんな分かっているということで,道徳の時間に,こうするべきだということを,ぴんと手を挙げてたくさん発言をするA君,葛藤を少しさせたいなと思ってこちらの方で投げ掛けたところ,友達がいろいろな発言をしてきて,それを聞いているうちに怒り出してしまうということがありました。後からゆっくり話を聞いたところ,自分の意見が否定されたと感じたようです。
 それから,発達障害のある子供たちは,自分のことを振り返ること,他者の視点になって考えることが難しいのです。樋口委員からもお話がありました。また,こういった子供たちの中には,自分のことや家族のことを人前で話すことにとても強い抵抗感を示すこともあります。なかなかこちらがねらっている,取り上げたい価値にたどり着くことが難しいと思うことが多々あります。
 様々な場面で行われている視覚支援は,道徳の時間にも大変有効だと感じております。今回お話をさせていただくに当たり,中学校で指導している研究会のメンバーにも,中学校ではどのような感じなのか,ということを聞いてみましたが,中学校でも挿絵とかキーワードを板書に構造化し,そこで場面や気持ちの変化を分かりやすくすると言っていました。小学校でも,多くの小学校で取り組まれていると思います。
 ただ,より障害の程度が重い特別支援学級では,挿絵も,載っているものをそのまま使うのではなく,見せたいところにクローズアップしていくとか,映像を使って資料を提示していくとか,取り上げる価値を資料から読み取っていくということではなく,先に,シンプルに提示してしまうこともあります。
 これは特別支援学級での取組になるかと思いますけれども,自立活動と関連させた指導も行っています。自立活動は特別支援学校学習指導要領に示されており,特別支援学級又は通級による指導において特別の教育課程を編成する場合に,その内容を取り入れることになっています。また,通常の学級に在籍している児童生徒の指導に当たっても,障害の状態等に応じて,適切な指導や支援を行うことが明記されています。
 自立活動の内容は,これらの6区分26項目で示されています。例えば人間関係の形成という区分には,他者との関わりの基礎に関すること,他者の意図や感情の理解に関すること,自己の理解と行動の調整に関すること,集団への参加の基礎に関することと書かれており,新しい道徳の学習指導要領では,Bの主として人との関わりに関すること,Cの主として集団や社会との関わりに関することと関連させて指導することができると思います。
 自閉症・情緒障害学級に在籍する子供たちは,後ほどもまた述べさせていただきますが,コミュニケーションの課題が大きいため,なかなか言語活動を通して価値への理解を深めていくことができません。自立活動の社会性スキルを身に付ける学習活動を行いながら,その価値に必要な行動の仕方を教えて,実際に活動しながら振る舞い方を伝えていくようにしています。例えば集団生活の充実というところでは,ゲームを通して,順番を守ること,それから,しりとりなどでも,自分が幾ら言いたい,言えるという言葉が先頭にやってきたとしても,それが相手の順番であれば,言いたいことを飲み込んで待っている,そういったことを楽しく学びながら身に付けていけるようにしています。認知の特性からも,すとんと落ちるとか,心に響くとか,そういったことを求めていくことが難しいと思います。社会と関わりながら生きていくためのスキルを学んで,それを使えるようにしていくということを重点に置いています。
 次に,コミュニケーションの課題について,お話をさせていただきます。当たり前のことですけれども,話合いは,相手の話を聞き取ること,自分の思いを話す,伝えることの双方向のコミュニケーションの能力が必要です。やはりこの力が弱いと話合いが成立しません。さらに,道徳の時間には自分の気持ちを表現するという場面も多いので,より困難が顕著に表れるということも実感しています。
 先ほども少し触れましたけれども,自分や家族のことについて人前で話すことへの抵抗感が強い子供も多いです。自閉症・情緒障害学級の担任になって間もないときに,道徳地区公開講座がありました。私はそれまでは,通級の指導ではなかなか道徳の時間の指導をするということがないので,通常の学級で道徳の時間をしていた経験から,この道徳地区公開講座の指導案を立て,家族愛を取り上げました。授業の終末に,「子供たちにしてもらってうれしかったことをお話ししてください」と保護者の方に事前にお願いをしておりました。私の中では,とても温かな時間になることを願ってそうしたのですが,実際はその場にいられなくなってしまう子供が出てまいりました。「家での様子なんか聞かせられない」と言って一人いなくなり,そして自分のお母さんがみんなに対してお話をするという場面になりましたら,そのことに耐えられなくなって廊下に出て行き,扉のすき間からのぞいているという状況になってしまって,大失敗でした。今から考えると,子供のことがまだよく分かっていなかったな,無理なことを強いてしまったんだなと思います。
 今後ますます言語活動を重視していくということを考えますと,子供たちが参加できるための配慮を併せて進めていくことが大切であると考えます。話合い活動については,通常の学級で指導をしている研究会のメンバーから寄せられた取組をお話しさせていただきます。
 話合い活動の難しさの一つに,何を話せばよいか分からないということが考えられます。そこで,意見の選択肢やフォーマットを用意しておきます。私はAだと思います,理由は何々ですなどの答え方を板書してから話合いをするだけで,話し手も話しやすく,聞き手も聞きやすくなるので,円滑で,どの子供も参加しやすい話合い活動が期待できます。グループごとの話合いでは,担任がそれぞれに入って話合いをコントロールしていくことはなかなか難しいので,子供たちの中でもそういったことが進められるようにしていく手立てです。また,思いはあるけれど,それをどう伝えればよいか分からないでいる子供たちもいます。道徳の時間では,先ほどもお話ししましたけれども,資料に登場する人物の複雑な心情に寄り添うこともあって,それを表現するということはなかなか難しい課題です。そんなときに,この先生は表情マークを活用していると言っていました。意見の指針になる五つの顔のマーク,今回は全部載せていないのですが,にこにことした笑顔のマーク,泣いているマーク,怒っているマーク,うなずいているマーク,よしというマークだそうです。例えば,ごめんなさいという言葉でも,その中にある気持ちは様々です。そこで,「にこマークでごめんなさいと言ったと思います」というように言うことで,微妙な心情を表現することができます。
 話したいことがあっても,いつ話せばよいかタイミングがつかめずに,最後までずっと黙ったままだったということもあります。話合いの手順やルールを設けておくようにします。進行役や意見を言う順序を決めておくことで,どの子供も安心して発言することができます。こういった多様な意見を伝える技法を積極的に研究して取り入れている先生方が大勢いらっしゃいます。
 これらの話合い活動を支えるためには,話せる雰囲気作りも大切です。きっとどの先生方も心掛けていらっしゃると思うのですが,これは秋田県の中学校の先生から教えていただきました。ピントのずれた発言を笑わないで受け止める,時には笑いにしてしまって,学級の雰囲気作りに活用する,そういった学級作りに全校体制で取り組んでいるということでした。言語活動の充実と,問いを発する子供を合い言葉に,全教科で,全校体制で,ペアからグループ,グループから全体,そういった話合い活動を位置付けていて,どの子供も発言しやすく,どの子供の意見も受け入れられるようにしています。秋田県の中学校美術の先生で,特別支援を校内で進めている先生です。この先生から寄せていただきました。こういったことがいろいろな学校の中で取り組まれていると思います。
 最後に,評価についての課題です。やはり自分の気持ちを言葉や文で表現することの苦手さは,評価の難しさにもつながると思います。ワークシートや作品が仕上がらないことも多くあります。これは発達障害のある子供たちだけではなく,多くの先生方が授業の中で悩んでいらっしゃることだとは思うのですが,その程度がやはり大きいと感じます。先ほど,樋口委員がお話しされていましたけれども,見せる姿,外面から見えるものと,内面とのギャップが非常に大きいので,気持ちや行動を読み取ることが難しいです。口では,「そんなことに意味なんかないんだ」と言いました。でも,その子供が人一倍,その価値を大切に思っているということが,ほかの場面でたくさん見られることがあります。それから,一言一句にこだわってしまって,自分が正しく評価されているか気になって仕方がないという子供に出会ったときにも,評価の難しさを実感しました。
 道徳の時間だけではなく,発達障害の子供と関わる上で大切なことは,もちろんその子供の発する言葉にしっかりと耳を傾けますが,発する言葉だけに注目しないということが大事だと考えます。表情やその後の行動,本音は何かを作業しているときにつぶやきの形で出てくることが多いので,そういうつぶやきなど,多くの情報,多くの観点から子供の思いを酌み取って,評価していきたいと思います。また,子供自身が心掛けていること,頑張っていることがあっても,自分ではそれに気付けていないということも多いです。その子供の行動を言語化して価値付けていくこと,これも評価の一つなのではないかと考えます。また,集中が続かなかったり,気持ちのコントロールが難しかったりして,途中までは頑張れていたのに,それが結果に結び付かないということも発達障害のある子供たちに多く見られる特徴です。結果だけで評価するのではなく,過程を評価していく,これが次への意欲につながるのではないかと思います。それから,想像力や多くの情報をまとめて考える力が弱い子供たちにとって,子供たちに伝えるときに客観的な事実や行動を評価していくということは分かりやすく,実感のしやすいものになるとも思います。評価は子供たちが納得できるもの,そして自信につながるもの,次への意欲付けになるものにしていきたいと考えています。
 最後に,自閉症の子供たちのことについてお話をさせていただきたいと思います。
 なぜ自閉症なのかと言いますと,私自身が発達障害のある児童の指導に携わる中で,自閉症の子供の行動や感じ方,分かり方をつかんでいくのに苦労をしたからです。生き方を学んでいく道徳という教科において,ほかの障害に比べても,やはりややリスクが大きいのではないかと思うからです。これまで自閉症の子供たちと関わり,当事者のお話を聞き,お付き合いをさせていただくと,本当に人間らしい,すてきな持ち味,感性,それに私自身も幅を広げてもらっていると感じます。「考える道徳,議論する道徳」へと転換を図っていく中で,自閉症の子供たちの感じ方や発想が多様性の一つとして受け止められていくことが大切なのではないかと考えます。
 こちらは自閉症協会の尾崎ミオさんが,講演の中で言っておられたことです。「全ての自閉症の人に全く社会性,想像力,コミュニケーションの能力が欠如しているということではありません。認知の構造や感覚の機能が違うために,この三つに対して特にハンディキャップが生まれやすいリスクをもっていると考えてください」ということです。そして,これは私も指導の中で大事にしていることですけれども,彼らの認知構造は変わらないという前提で,多数派の認知の仕方を知識として学んでもらうことが大事ではないか。また,吉田氏の言葉も引用されていました。それを学んでほしいのは,彼らが間違っているからではありません。その方がお互いにとって不都合が少ないからです。このような視点をもって,道徳の時間も共に学んでいきたいと思います。そして,道徳の時間が,全ての子供たちのよさを集団の中で価値付けられるような時間にしていけるよう,今後も指導の改善をしていきたいと考えています。
 御清聴ありがとうございました。
【天笠座長】
 ありがとうございました。
 お二人の御発表につきまして御質問,あるいは御意見がおありかと思いますが,本日はその前に,机上に配布しております資料4,そして本日の論点メモを資料3として,これまでの議論を踏まえた道徳科の指導方法について整理した資料を配布しております。これらにつきまして事務局より説明をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。
【合田教育課程課長】
 それでは,ごく簡単に御説明をさせていただきます。
 まず,樋口委員と吉成先生には,大変貴重な御説明を頂きましたことに心からお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。樋口委員から既に論点,検討すべき点についてお話がありましたので,重複は避けさせていただきたいと思います。資料3は本日の論点メモということで御用意させていただきました。
 小・中学校の学習指導要領総則と解説,特別の教科道徳の解説においても,発達障害等の児童生徒に関する指導について配慮すべき点が規定されています。
 資料4は天笠主査に御指導を頂きながら,ごくごく事務的に整理をさせていただいた,未定稿のものです。これまでのヒアリングの中で,読み物教材の登場人物の心情理解を重視した学習,問題解決的な学習,役割演技なども含めた体験的な学習など,道徳教育の多様な指導方法という,今回の学習指導要領にも規定していることについて,発達障害等の児童生徒に対して指導を行う場合,配慮すべき点は何か。それから,発達障害等の児童生徒に対する道徳科の指導を効果的に行う上で必要な,具体的な手立てをどのように考えていくのか。それから,こういった指導に当たって,発達障害等の児童生徒に対して配慮すべき観点を学校や教員間で共有するためにはどのような方策が求められるかということにつきまして,本日,併せて御検討いただければと思っています。
【天笠座長】
 発表された順に,樋口委員,吉成先生,そして今の資料3,4,そして全体を通してということで,何かお気付きの点がありましたら御意見いただきたいと思います。まずは樋口委員に対して,何か御質問,御意見がありましたら,お願いいたします。
【佐藤委員】
 本日はありがとうございました。スライドの5で教えていただきたのですが,2項目目に,提示する教材や試験問題などには,音声による情報を付け加えるということが書かれています。この音声による情報,教材であれ問題であれ,何か注意点や留意すべき事項,例えば話すスピードなどがあれば教えていただきたいと思います。
【樋口委員】
 ありがとうございます。音声による情報を付け加える方法なのですが,一番手間が掛からず,簡単にできるのは,人が付いて読んであげる,あるいは授業の場合であれば,書くだけではなくて,先生がきちんと読んで,声で伝えるということです。今は,ICT機器の進歩により,デジタル教科書の研究も大分進んでいます。文字情報,文字データであれば,読み上げは十分できると思いますし,場合によってはあらかじめ録音したものを,そこの部分に触れれば音が出るようにすることもできると思います。ただ,自閉症の方は,情感たっぷりに読まれるよりも,平板に読まれた方が理解しやすいという場合や,機械音声のような,流ちょうなものよりもロボットのような読み方をした方が分かりやすいという場合など,好みもあるようですので,これは一人一人に合わせて調整することになるかと思います。
【佐藤委員】
 通常ですと,教材であれば文字情報が主です。試験問題についても文字情報が主であり,音声というのは英語のヒアリングなどでだけ見られます。道徳の教材等を考える上では,ICTやデジタル教科書への配慮や,その場合の留意点,注意点も,検討していかなければいけないと思います。ありがとうございました。
【脇田委員】
 通常の学級に在籍する場合,今のお話をお聞きしますと,個別に配慮する点が非常に大きい場合は,やはりそれでも30人なら30人の中で道徳の授業を行った方が,こういう子供たちにも効果があると,何か特別に取り出したという授業ではないのだろうと思いますけれども,このような配慮が非常に大きい子供もいるし,一人一人違うだろうと思うのですが,そのあたりを教えていただきたいと思います。
【樋口委員】
 これも一概に言えないところだと思うのですが,30人の中でいろいろな人間関係を築きながら話合いをしていくという段階であれば,多分一緒にした方がよいと思います。場合によっては少人数,安心できる小さなグループで学習をした方がうまくいくということもあると思います。これについては,吉成先生が実際に通級指導で,小グループでの指導をたくさん実践されていますので,補足していただいてもよいですか。
【吉成教諭】
 通級での指導は自立活動の内容について指導をしていくということになっており,道徳の時間ということではございません。ただ,社会性を育てるということで,コミュニケーションの学習とか社会性スキルのような学習を,小さな安心できるグループ,又は学びにうまくマッチするグループ作り,それから指導の体制,そういったところをより構造化して,学びやすい環境の中で学ばせていくということが通級の指導です。そういったところで,先ほど少し触れさせていただいた自立活動の内容について指導をしていくということが,通常の学級での道徳の時間に生かしていけるとよいと考えています。
【樋口委員】
 更に付け加えるならば,そこで学んだ社会的なルール等を,通常の学級の先生との連携の下で,通常の学級の場でも発揮できるように配慮すると一層効果的ではないかと思います。
【脇田委員】
 通常の学級で行われる場合,30人のうち29人の子供たちは道徳のねらいに沿って学習するわけですが,自立活動を行う子供のねらいと,道徳の時間のねらいは,どのような関係で捉えていけばよろしいですか。
【樋口委員】
 学習指導要領上の規定で,自立活動の内容については,通級指導している子供であれば,通級指導の場ではできるのですが,通常の学級の中で配慮はできても,教育課程上の中身を,29人は道徳,一人は自立活動という形で指導することはかなり難しいのではないかと思います。位置付けとしてです。でも,きっと担任の先生の中では,そういった情報をきちんと得つつ配慮をしながら,ねらいとしてはやはり道徳として位置付くと思います。
【柴原副座長】
 そうしますと,例えばねらいに含まれる道徳的価値が思いやりであれ友情であれ,通常の学級の中で一緒に学ぶという場合と,通級指導の中で,しっかりとその子供に応じたねらいを設定して実施する場合といったことを,適切に考えて構成していくということでよろしいのでしょうか。
【樋口委員】
 先ほど吉成先生から,自立活動と道徳の共通点というお話がありましたけれど,まさに自立活動の内容というのは,障害による学習上又は生活上の困難を改善,克服するために設けられた特別の指導の領域ですので,そこに障害の特性が非常に強く表れてきます。ですから,人間関係とかコミュニケーションの部分の個人差がすごく大きいということだと思います。従来のように,例えば2学年ぐらいのまとまりの中で,ある程度の配慮をするというよりも,もっと幅広い配慮というか個別的な調整,変更が必要なのではないかということを,特に発達障害のある子供については考える必要があると思っています。
【天笠座長】
 樋口委員に対しての質問はとりあえずここまでとさせていただいて,吉成先生に御質問がありましたらお願いしたいと思います。今の柴原副座長の質問は,吉成先生に対しての質問であってもよいのではないかと思ったのですが,いかがでしょうか。個別に学ぶことと一緒に学ぶことの関係をどのように考えればよいのかという御質問だったかと思います。
【吉成教諭】
 現在,特別支援学級でも交流及び共同学習が非常に多く行われており,私も特別支援学級で指導するだけではなく,交流学級の中に子供と一緒に入って指導をすることがあります。道徳においては,友達の意見を受け止めたり,多様な考えを受け止めたりできる児童に対しては,一緒に学ぶことにも意味があると思われるため,交流学級で指導を受けている児童もいます。ただ,自分の中でそういった価値がなかなかすとんと落ちてはいきませんが,社会性スキルとともに,関わる力や社会に出ていく力を個別に指導する場面はどうしても必要だと思いますので,どちらかだけということではなく,同じ価値を何回か取り組むときには,今回は交流学級の方で友達と一緒に学ばせてみよう,ここの部分については個別に指導していこうなどということを考えながら指導をしているのが実際ではないかと思います。
【古屋委員】
 発達障害のある子供の学習の仕方として,ある程度パターン化した学び方が有効とも聞いていますが,道徳科の指導においては多様な指導をこれから充実させていこうという方向性があります。そのような中で幾つかのパターンを子供たちに示しながら,このような学習の仕方があるんだよ,このように1時間は流れていくんだよといった説明を事前にするなど,多様な指導をする場合に配慮すべき事項がもしありましたら,教えていただきたいと思います。
【吉成教諭】
 今おっしゃっていただきましたオリエンテーションやガイダンスに当たるようなことは,非常に有り難い支援だと思います。少しゴールが見えにくい指導をしている場合に,なかなかその中に入ってこられないことが多くあると思います。その時間のねらいや学習の進め方を事前に,又は視覚的に示してもらうことで,子供なりに見通しをもって参加していくことが可能になるのではないかと思います。
 それから,意見の取り上げ方が道徳の時間では,私も指導をしていて難しいところだなと思っているのですが,本人はねらいに沿った発言をしていると考えていても,周囲の受け止めが若干そのようには受け取れない発言が出てくることも多いと思います。そこを,授業者の方で意図を酌み取り,分からないことについて追及し過ぎて,人前でつらい思いをしないよう,担任の働き掛けが非常に大切だと思います。そのときにはそれほど傷付いていないように見えても,そこで受けた傷がずっと,大きくなっても残っているということがあります。人前で失敗したと思わないような取り上げ方,又は授業が終わった後に,あなたの発言は私もそう思うよ,よかったと思うよと声をかけるような配慮があると有り難いと思います。
【島委員】
 ありがとうございました。道徳教育,特に道徳の時間というのは,ルールを守ることが大切だということを学ぶというのではなくて,なぜ大切なのかというところがとても大事だと思います。例えば,自分にとって気持ちがよいから大切なんだという捉え方もあるし,相手にとって気持ちがよいのだという捉え方もあるし,みんなにとって気持ちがよいのだという捉え方もあるというところに学習が成立すると思います。このことは,障害のある子供だけではなくて,全ての子供について,その学習であるし,評価の場合もそこを見ていかないといけません。単にルールを大切だと思っているかどうかだけではない,そこがとても大事なことではないかと考えます。
 例えば,自立活動の中でスキルトレーニングをしたとします。そのときに,いつも現場の先生方にお話ししているのですが,単にスキルを学ぶだけではなくて,そのときの気持ちのよさについて子供に目を向けさせてみる,あるいはそれをなかなか子供が表現できないとするならば,先生が,「気持ちよかったね」というようなことをしっかりと押さえていくことが,まさに道徳性を育てる,いわゆる内面的資質としての道徳性を育てる指導になってくるのではないかと考えていますが,いかがでしょうか。
【吉成教諭】
 まさにその味わわせていくということと一緒でなければ身に付けていけません。ルールを守るということについてもそうだと思います。私も社会性スキルなど自立活動の指導をしていくときに,子供たちの心地よさとか,みんなと合わせることが楽しかったとか,そういったことが経験できるように,またその気持ちをその子供自身が振り返ることができるような言葉掛けをしながら指導をしていきますので,今のお話を聞いて,それも道徳に結び付けて指導をしていたとこちらも受け取ってよいのだということに,少し安心をいたしました。
【橋本委員】
 ありがとうございました。特別な配慮を必要とする子供たちの認知の仕方がよく分かり,勉強になりました。それから,吉成先生がおっしゃっていた評価において注意すべきことについても,同じ気持ちで拝見させていただきました。
 ここからは感想なのですが,様々な配慮,特別な配慮が必要であるということは押さえた上で,授業の作り方は同じではないかと思いました。資料4で,本時の展開部分の例は出ているのですが,私が前回からこの会で申し上げている部分で,展開に入る前の授業の作り方の大切さというところです。前回の私の発表の中でも申し上げたのですが,授業に至るまでに,道徳的価値をどう捉えて指導するのかという価値観を指導案に示します。それから,こう指導しようと思っているが,子供の実態はどうだろうかというところ,つまり今までの指導を踏まえた上での児童観を指導案に示します。それから,その価値観と児童観を踏まえた上で,どういう資料,教材を与えたら,ねらいが達成できるのだろうかということで,本時に入るまでに価値観,児童観,資料観というものについて,しっかりと計画を立てた上で本時の学習に入るというところは,多分通常の学級も特別支援を必要とする子供たちの学級も同じなのではないかということが感想です。
 子供たちのよさを酌み取っていく,子供たちの学びを応援していく評価をしていこうということは,先生もおっしゃっていて,私も同じで安心したと申し上げましたが,学習状況を把握しましょうと今回の学習指導要領の解説にも書かれています。この学習状況の把握は,どちらの学級でも,今申し上げた三つのことを踏まえた上での指導でなければできません。しっかりと授業を組み立てていくことが,評価する上では大事なのだということを感じました。
【天笠座長】
 引き続きでお願いしたいと思うのですが,ここまではどちらかという形でしたけれども,お二人に共通してでも結構です。
【村田委員】
 島委員と橋本委員とよく似た意見ですけれども,私も今日は大変勉強させていただきました。また,自分が元気付けられました。ありがとうございました。様々な話合い活動において,どう表現したらよいか,タイミングをどうしたらよいかなど,いろいろな悩みをもちながら子供たちは発言をしていくというお話を聞いて,特別支援の生徒に限らず,みんな同じように考えながら,悩みながら発言をしていくのだなと思いました。やはりそのように指導されていることが,私たちにも大きな学びになると思いました。
 また,評価の課題について,私自身も前任校では文章表記で道徳の評価をしていたのですが,気を付けなくてはいけないと思ったのは,自分が正しく評価されているかどうかということについては,みんな気になるところですし,一律に評価するというのが大変難しいということです。そういう意味で,本当によいところを見付けて,自信をもたせてあげたい,意欲付けをしていきたいというのは同感です。今日の発表は,私も大変共感できるところでしたので,意見を述べさせていただきました。ありがとうございました。
【岡安委員】
 義務教育段階での配慮を必要とする生徒に対する指導について,門外漢ですので,教えていただきたいのですが,今の話を聞いていると,義務教育段階で非常に個別に対応しているのはよく分かったのですが,小学校段階と中学校段階で何か特徴的な,指導の方法の変化や変更があるかどうかということを教えていただきたいと思います。
【樋口委員】
 義務教育段階でも小学校と中学校の一番大きな違いは,子供たちが思春期に入るかどうかというところだと思います。コミュニケーションの面で子供たちが使う言語体系といいますか,コミュニケーションの方法がかなり変わってくる中で,発達障害のある子供,特に自閉症の子供にとっては,思春期以降のコミュニケーションが非常に難しいものになってきます。なぜなら,省略語が多かったり,形容詞の使い方が非常に今までと変わってきたりするからです。例えば,「やばい」という言い方が,小学校ぐらいのときには悪い意味で使われているのが,思春期を越えてくるとすごくよい意味の使われ方をするようになります。あるいは省略語です。略語が増えてくると,友達の言っていることが分からない,自分は一体みんなの中で何を話されているのか,どんなことが起きているのか分からないという孤独を感じる自閉症の子供が多くなってきます。そうすると,丁寧に伝える,正しい日本語を使いながら伝えるということが,授業の中で非常に重要になってくると思います。
 それと,小学校は担任の先生が基本的にずっと教室にいますが,中学校になると,教科担任の先生が入れ替わり立ち替わり指導を行います。継続して同一の人がこの場所にいるという安心感はないと思います。そうすると,先生と子供との関係というところで,中学校はより情報交換を密にして,その子供の状態を見ていかないと,指導もちぐはぐになってしまう。ある教科の先生はこう対応するけれど,ある教科の先生はこんな対応をするということが起こると,本人も混乱します。そういったことについては協調して指導に当たらないといけないと思います。
【吉成教諭】
 今回このお話を頂いたときに,中学校の先生に,どのように道徳の時間の指導を行っているのかということを聞きました。自分の専門教科があるという先生方が多い中で,道徳の指導をしていくということに難しさを感じないのかということについて聞いてみました。でも,道徳の時間というのは生き方を学ぶ時間であり,教科に関係なく指導をしていくから,それほど難しいことではないというお返事を頂いて,少し私はびっくりしました。
 通級指導をしていた時代の卒業生の子供たちとの会をすることがあるのですけれども,その中で,自分の気持ちを伝えることの難しさをより感じるようになって,先ほど樋口委員からもお話がありましたが,少し孤独を感じる子供は多くなるのではないかということを感じました。ただ,今回教えていただいた実践などからも,小学校で大切にしている指導を中学校でも大切にしているということは,私としても大きな発見でした。
【佐藤委員】
 ありがとうございました。吉成先生に教えていただきたいと思います。スライド14ページにある手立て5の評価の観点や機会のことについてです。二つあります。まず,行動を言語化し,価値付けるということが書かれてあります。前回,私は欠席しましたが,資料を頂いて,見せていただいたところ,学芸大学附属や福岡市などではポートフォリオ評価をやられています。郡山市では,エピソード評価等をやられています。価値付ける場合の,妥当性の問題です。皆さんが道徳教育について見識があり,さらには特別に配慮を要する子供たちについても何かしら学んでいるということであればよいのですが,そうでなければ,郡山市ではルーブリックというような基準みたいなものを作っていたのですけれども,そのような基準のようなものがあって,統一した方がよいのか,それとも,それがなくても先生方の研修によって,先生方がみんな大体同じような方向に価値付けることができればよいのか,先生の御感想,御意見を頂ければと思います。
 また,結果に表れなくても過程を評価するという点と,客観的な事実で評価するという点です。多分,客観的な事実は一過性のものでなくて,積み重ねが重要だと思います。変容ということからすれば,道徳ノートや道徳のポートフォリオのような累積をしていくものですとか,そういうものを今どのように現場ではなされているのか。若しくは,そういうものが今後必要だとお考えなのか,不必要であるのか,その点についてもお教えいただければと思います。
【吉成教諭】
 最後のところからお話をさせていただきたいと思います。客観的な事実では,変容を評価していくというところなのですが,文科省から出されている道徳の教材を学級でも使用しておりまして,特に,私の学級の子供は,身辺自立,基本的な生活習慣が身に付きにくい子供もいるのですけれども,そこのページを少しコピーを多くして,道徳の時間の最初に繰り返し見直す時間をとるなどの活用をしています。
 それから,評価について,行動を言語化し,価値付けるというところですけれども,それぞれの先生が評価をするので,その評価の観点が違ってしまうのではないかということを心配されている先生もいらっしゃいました。私は,余りにも細かなポイントではなく,少し大きな指針のようなものがあると助かるのではないかと思います。細かいものですと,なかなかそこまで達していなくて評価し切れないといったことも出てくると思います。大きな項目で,ただ指針になるものがあると,現場としては助かると思います。
【佐藤委員】
 そのような価値付け,どういう方向に向かって子供を励ましたらよいのかという点について研修をしていくことが必要なのではないかと思ったものですから,今先生が大枠でと示されたので,それで結構です。ありがとうございます。
【樋口委員】
 こちらに,評価の観点や機会を幅広くとあります。例えばということで吉成先生が書かれているのですが,結果に表れなくても過程を評価するということについてです。ADHDのある子供は,幾らよい気付きをしていても,行動としては正反対のことをすることがあります。そのとき,こうした方が面白そうだなと思ったら,そっちの衝動の方が勝ってしまいます。後で振り返りが適切にされると,自分はこうするべきだったのかと思うのですけれど,客観的な事実を見たら,できませんでした,行為には移せませんでしたということになることがあります。一人一人の障害特性によって,過程を評価した方がよい場合と,過程では評価できない場合があるのではないかと思います。途中過程ではよく分からなかったけれども,最終的にはこうすべきだということだけはしっかり分かり,行動できたという自閉症の子供もいます。ですから,「幅広く」ということにすごく深い意味があるのではないかと思いました。
【天笠座長】
 次に,資料3,4についての御意見などもお願いします。お二人への御質問等は,橋本委員を最後にしたいと思います。
【橋本委員】
 佐藤委員から,基準はどうするのか,どう価値付けるのかというお話を伺いましたので,自分の考えを述べさせていただきたいと思います。例えば道徳の時間に子供たちが,今日話し合ったことは,今まで自分は余り考えたことがなかったと述べた子供がいるとします。それから最後に,これからは絶対にこのように行動していきたいと強く思いましたと言った子供がいたとします。どちらが評価されるのかという問題です。それは指導観によると思います。今日は絶対に行動レベルまで子供たちに考えさせる,それから行動のレベルで目標を立てられない子供は駄目という指導の計画を立てていたら,考えたことがなかったと言った子供は評価されないわけです。だけど,自分の今までを振り返って,これからの自分の生き方について考えさせたいという指導の計画であれば,今までこのことについて考えたことなかったと言った子供もすばらしい振り返りをしているということになります。
 ですから,やはりそこはどういうスタンスで授業をするのかということにかかってきます。授業の計画,指導の計画,何を評価するのかという計画,指導者がしっかりと計画をもつことこそが評価の基準になるのです。この間から申し上げていますが,基準というのは,授業に関しては指導者が作っていく。その指導が妥当かどうかというのは,教員たちは切磋琢磨(せっさたくま)していて,お互いに研修していますので,独りよがりな指導をする人間はいないと思います。ですので,本当に切磋琢磨(せっさたくま)しながら授業力を上げていくということに尽きるのではないかということを感じました。
【脇田委員】
 少し整理をしたいと思います。通常学級において特別に配慮を必要とする子供がいます。それから特別支援学級でそういう指導を受ける子供がいます。それから通級の学級に行って指導を受ける子供がいます。一律に同じ評価と考えるのではなくて,例えば特別支援学級とか通級の子供に,個別の指導資料や教育支援資料を作成すると思います。そこに道徳性の育成とか,その子供なりの評価ということが出てきます。通常学級においては,道徳のねらいについて,全ての学級で行われる道徳の時間のねらいとの整理が必要なのではないかと思うのですが,いかがでしょうか。
【天笠座長】
 御意見として,後の課題というように受け止めさせていただきたいと思います。資料3,4についてお願いしたいと思います。
【吉田委員】
 今日は障害の話を聞きまして,同じ枠組みで一律に評価することは難しいということが分かりました。また,その視点は失ってはいけないということも分かりました。注意欠陥多動性障害の漫画の絵を見て,ついつい道徳教育の人間はその視点でしか見ないので,こういう見方があるということも教えられました。このようなことから,お答えいただきたいのですが,障害をもっている子供と,それ以外の子供,真ん中というか境界線の子供など,いろいろな子供がいると思います。何をもって障害と言われるのか。境界に当たるとか,あるいは少し障害をもっている健常者とか,微妙な方々にどういう配慮をするのかということを教えていただきたいと思います。障害を少しもっている人への配慮について聞いてみたいです。
【樋口委員】
 分けられるものではなく,一人の人の中でもいろいろな側面があります。行動に関してもいろいろな種類の行動があります。ある行動に対しては障害が色濃く出る場合もあれば,そうでないときには色濃く出ない場合もある。それは一人一人違います。先ほど最後にお示しした文部科学省の調査でも,チェックされた得点がぎりぎり,黒くされた子供と,その隣の子供がいるのです。その隣の子供は,恐らくいろいろな環境によって,こっちに行くかもしれないし,あっちに行くかもしれません。ですから,現在何らかの困難を示しているということであれば,それが別に医師が障害と言おうが言うまいが,その困難に対してはこういう手立てがよいのではないかということをするのが特別支援教育です。何とかして正確に境界線を決めていきましょうとするのが特別な支援ではないと私は考えています。
【吉成教諭】
 やはり持ち味で済む場合と,ほかと関わることに困難が生まれる場合に,障害になるのではないかと感じています。
【吉田委員】
 今のような話をすると,結局はその中間とか,区切れないような子供たちが現実にはたくさんいるということを考えていかなければなりません。その際に,これらからの道徳の授業で目指す「読み物道徳」からの脱却と問題解決学習などの学習形態の方がそういう子供をうまく包み込むことができると思います。ただし,教師の力量は問われるのではないかとも思います。その中でどういう評価をしていけばよいかを考えると,やはり,いろいろな子供がいるので,一つの物差しで測れません。評価としては個人内評価のようなものが中心にならざるを得ないのかなというのが私の意見です。
【島委員】
 資料4ですが,今日の議論は特別な支援を必要とする子供たちへの配慮ということなのでしょうか。資料4は,道徳の授業についてのものです。そこを,確認だけさせていただいてよいですか。
【合田教育課程課長】
 今日は是非,特別な支援が必要な子供たちについての議論を頂ければと思っています。資料4につきましては,先ほど申し上げましたように,今日は説明を省かせていただきましたが,これまでの議論について,主査の御指導を踏まえて事務的に作らせていただいたものです。もし何か御意見等ございましたら,また後ほど事務局までお寄せいただければ幸甚に存じております。
【島委員】
 今出さなくてよいということですね。では,吉成先生と樋口委員の御発表についてお話をしたいと思います。
 自分のことを話すのにとても抵抗がある子供さんがいたということでした。特別支援学級で道徳の時間を拝見すると,登場人物になり,ロールプレイをとても楽しくしながら,いろいろな意見を出してくれるのです。だから,そういう手立てはとても有効だと思います。一方,道徳の時間で,学年が上がれば上がるほど,「あなた,どうなの」と言われたときに,子供は引いてしまいます。しかし,「この主人公はどうしてこう考えて行動したんだろう」と尋ねたら,意見を言うことができるのです。しかも,それは実はその子供の考えなのです。そういうことを道徳の時間はとても大事にしてきました。
 その意味で,直接「どう?」と聞くことよりも,聞き方における配慮は,とても大事であると思いました。
【橋本委員】
 資料4については余り触れないということではあったのですが,どうしても納得いかない部分があります。橋本の「黄色いベンチ」の実践が読み取り道徳であるという表記については,是非訂正していただきたいということだけ申し上げたいと思います。
【天笠座長】
 事務局に御指摘等伝えていただいて,検討していただければと思います。
【橋本委員】
 次回検討する時間はあるのでしょうか。そこが大事なところです。
【天笠座長】
 それはまた検討させていただきたいと思います。
【古屋委員】
 発達障害等の児童生徒に対する指導の配慮事項としては,今日御指摘いただいたように,様々な手立てが示されました。これらはとても重要だと思います。また,困難さということが少し強調され過ぎているのではないかと思います。実際,子供たちの中には発想の豊かさや感性の豊かさ,あるいは観察力の鋭さなどのよさもあるので,そういうところを授業にどう生かしていくか,活躍させていくかという視点も必要ではないかと思っています。
 それから,資料4については余り触れないというお話でしたけれども,読み物のところの指導上の留意点にも,発達段階を考慮せずというような表記があります。ここが少し関わるのかではないかと思いましたので,出させていただきます。考慮せずという言い方よりも,考慮しながら,このようにしていけばどうだろうかという前向きな表記の方がよいのではないかと思います。
【村田委員】
 先ほどの吉田委員からの意見について,私自身の思いを少し話したいと思います。まず,個人差がたくさんあるということについてです。個人内の評価とおっしゃったのですけれども,そのとおりだと思います。個々に応じた評価をしていくという視点で今日の発表でも述べられていて,すごく学びになりました。やはりそれは通常学級であろうと特別支援学級であろうと,ユニバーサルデザインの視点で評価を考えていくことで,大きな幅で評価を捉えられるのではないかと思います。私自身はそういう視点でやっていきたいと思います。
 もう一つは,資料4に関してです。読み物資料もとても有効だと思っていますし,いろいろな体験的なロールプレイングなども可能性があるのだろうと思います。
 道徳の時間の指導法は,一つではなくいろいろな指導法があってよいと思います。ただ,やはりどんな方法であったとしても,それぞれの方法に,それぞれの評価というのがきっとあるのだろうとも思います。そういうところを私自身は議論したいのです。それぞれの指導法が,道徳の時間の特質を踏まえているのかというところについて,やはり一番そこを議論していきたいです。時間をかけてでもしていきたいと思いますので,今後の会議の中でそこをポイントとして意見を言い合えるようにしていただければ,すごく勉強にもなりますし,今後現場に帰っていろいろな話ができるのではないかと思っています。
【天笠座長】
 先ほど,島委員からの御質問について,吉成先生,お願いできますでしょうか。
【吉成教諭】
 本当に島委員のおっしゃったとおりで,最初に紹介した,「ざわざわ森のがんこちゃん」を使った指導をしている場面で,あなたはどう思ったのかということを聞いたときには,そんなこと何で答えなければいけないのかと言っていましたが,がんこちゃんはなぜそうしたのかという質問に変えてみました。そうしたところ,きっとこうだと思う,私だったら絶対そんなことはしないけどと,そのことに答えながらも自分の思いを発言することができたのです。やはり自分のことを語ることは難しくても,登場人物になることで自分の本音が出てくるというところは大いにあるということを実感しています。
 本日,子供たちの困難についてのお話が多かったところはあったと思います。ただ,最後におっしゃっていただいた,よさを生かしていくことに視点を当ててということは,本当にうれしいことです。とてもすてきな感性,すてきなものをたくさんもっている子供たちですので,そのよさが生かせるように進めていただけると,本当にうれしく思います。
【天笠座長】
 吉成先生,樋口委員,ありがとうございました。樋口委員から何か最後に一言,ありますでしょうか。
【樋口委員】
 大学の講義では,発達障害と必ずセットで,しばしば見られるすぐれた能力と付けるのですが,今回は,困難に注目してお話をしました。ありがとうございました。
【天笠座長】
 本日は,お二人から大変貴重な発表を頂き,どうもありがとうございました。改めて,お礼を申し上げたいと思います。
 本日はここまでにさせていただきたいと思います。また,限られた時間でしたので,御意見,お気付きの点等,事務局にペーパー等でお伝えいただければと思います。
 それでは,次回以降の日程につきまして,事務局から御説明をお願いいたします。

○ 事務局から,次回以降の会議の説明

【天笠座長】
 それでは,本日はここまでにしたいと思います。ありがとうございました。
―― 了 ――

お問合せ先

初等中等教育局教育課程課第1係

電話番号:03-5253-4111(代表)(内線2916)

-- 登録:平成27年11月 --