資料4 全国的な学力調査への「英語」の追加について(渡部委員提出資料)

全国的な学力調査への「英語」の追加について

平成22年7月16日
上智大学
渡部良典

現在の状況

 英語についてはこれまで数多のテストが国内外で開発され、そしてまことに多様な目的で実施されている。しかしながら必ずしも適切な情報が得られているとは言えない。テストの意図した測定能力と使用目的の間に齟齬があるからである。例えばTOEFLは熟達度テストであり、本来は英語圏で学術研究を英語で行う能力があるかどうかを検証するためのテストである。ある国の特定の英語教育が効果をあげているかどうかを検証するには相応しくないテストである。それにもかかわらず国別の得点を参考にして我が国の成績がいかに低いかを公然と問題とし、あたかも我が国の英語教育が世界中の最低水準にあるかのような議論もなされてきた。また英検は我が国のシラバスを考慮したものであるものの、それぞれの学校の指導効果が上がったかどうかを検証し、各生徒の診断を行うといった目的にたるきめ細かな情報を提供してくれるわけではない。

 実際のところ、最も世界基準において判断のしやすい英語教育の成果や、生徒個人の英語学力を測定するための、道具を私たちはもたなかった。したがって、我が国の生徒の英語力は向上しているのか、我が国の英語指導はどの分野をどのように補強しなければならないのか、学習指導要領をどのように改訂すべきなのか、各学校ではどこに指導の力点を置くべきなのか、生徒それぞれにはどのような学習方法を進めるべきなのか、これら重要な事項が客観的な英語学力を示すデータのないままに行われてきたのである。

全国的な学力調査に英語を採用する意義

 わが国では数年前漸く不十分ながらも体系的な評価基準を設定し、目標準拠評価を行う試みがなされた。英語でも多くの教員が関わりさまざまな試みがなされた。その際の成果を発展させ、全国学力調査に含めるにはまことに相応しい時期にあるということができる。

 さらに国外に目を移せば、例えば、EUでは「ヨーロッパ共通基準枠Common European Framework of Reference」などでヨーロッパ言語などに共通の絶対基準に基づいたレベル設定を行う試みがなされている。いわゆるCEFR(セフ・アール、あるいはシー・イー・エフ・アールと発音する)として呼びならわされている。もちろん、学習環境も異なり、対象言語も英語のみならず、西語、独語、葡語、希語などをも含む壮大な試みである。しかしながら、文部科学省が国を挙げてこのような世界的な状況も視野に入れながら我が国独自の評価測定法を開発することは大変意義深いことである。

英語学力調査の目的

 言語は複雑な組織であり、一面的にとらえることはできず、したがって英語指導の目的とレベルは多様である。語彙力、文法に関する知識、英語という言語に関する背景的知識、文化に関する知識、実際の場面における適切な言語使用に関する知識、これらが必要なことはいうまでもない。しかしながら、社会や経済のグローバル化の急速な進展に伴い、異なる文化の共存や国際協力が求められている。また人材育成面での国際競争も加速している。これら我が国を取りまく環境を鑑み、新学習指導要領においては、外国語(英語)の授業時数や聞く・話す・書く・読むなどの学習活動の充実を図っており、それに応じて学校単位で行われているテスト、考査においても、言語知識のみならず言語の運用能力を如何に測定するかが重要な課題となっている。

 言語テストの研究分野では国内外で言語の運用能力測定に関する検証が盛んに行われている。しかし実際の教育現場に目を移せば、教員は言語の運用能力をテストするための適切で実行可能な道具と方法を手中に収めているとは言えない。理論と実践が乖離していることが多いのである。したがって本学力調査が実行された場合、それが目的とするのは英語教育の成果検定といったカリキュラム評価だけではない。学習者と指導教員に現在の学力とそれを向上させるための診断的情報の提供をも目的とすることにより、教員に授業で使える評価方法のモデルを提供する契機ともなることが期待される。

英語学力調査の内容とその設定方法、留意点

 本学力調査は上述のような非常に重要な目的を担うことから、調査細目を入念に作成し、信頼性、妥当性の検証が行うことを想定して調査細目(調査の青写真)を入念に作成することから始めるべきである。そのためにはこれまでに学術研究の分野で行われている言語運用能力のモデルを考察するのみならず、指導に直接かかわっている教員の言語観、指導の観点なども考慮すべきことは言うまでもない。

 一方、いくら質の高いテストが開発されたとしても、教育現場に普及しなければ本学力調査の目的が達成されたとは言えない。イノベーションの普及には様々な条件が必要だとされるが、特に次の5点は開発当初より考慮すべきである。1)相対的優位性(relative advantage):イノベーションがこれまで行われてきたものよりも良いものであると使用者が認めること。 2)両立可能性(compatibility):既存の価値観や過去の体験そしてニーズに一致していること。3)複雑性(complexity):新たな考えが単純で採用するために新しい技術や知識を習得する必要がないこと。4)試行可能性(triability):イノベーションが小規模レベルで分割して試すことができ、手間のかかる準備をせずに試しに使って見ることができること。 5)観察可能性(observability):イノベーションの成果を容易に見ることができること。観察可能性は仲間同士の話し合いを刺激しイノベーションの評価に関する情報が伝達される契機ともなる。

 これらの条件は調査開発者が教育現場を熟知している必要があることを示している。

 近年言語テストの波及効果に関する実証研究が世界各国で報告されている。いずれの結果も、テストを開発してそれを実施し、データを分析し、結果を公表するだけではよりよい波及効果は起こらない、テストの目的を教員、生徒、保護者、教育委員会などを含めた我が国全国民の共通理解とする必要がある、ということを示している。これは本学力調査にもそのまま当てはまる事柄である。本学力調査においては、さらに、結果の意味、解釈のしかたなどについても誰にでもわかる語彙を使いながら、普及させるようすべてを同時進行で行うなどの配慮が必要となろう。

まとめ

 以上、全国的な学力調査に英語を含める必要性、意義を述べ、実施された際、調査に含められるべき内容、開発の方法、開発にあたっての留意点をまとめた次第である。

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