この報告書では、言語力は、知識と経験、論理的思考、感性・情緒等を基盤として、自らの考えを深め、他者とコミュニケーションを行うために言語を運用するのに必要な能力を意味するものとする。
また、言語力のうち、主として国語に関するものについて論じるが、言語種別を問わない普遍的かつ基盤的な能力を培うとの観点から、外国語や非言語等に関する教育の在り方についても必要に応じて言及する。
言語は、文化審議会答申(平成16年2月)が国語力について指摘するように、知的活動、感性・情緒等、コミュニケーション能力の基盤となり、文化の継承や創造に寄与する役割を果たすものである。
言語に関する豊かな環境が言語力を育てる土壌となる。
子どもを取り巻く環境が大きく変化するなかで、様々な思いや考えをもつ他者と対話したり、我が国の文化的伝統の中で形成されてきた豊かな言語文化を体験したりするなどの機会が乏しくなったために、言語で伝える内容が貧弱なものとなり、言語に関する感性や技能などが育ちにくくなってきている。言葉に対する感性を磨き、言語生活を豊かにすることが求められている。
OECDの国際学力調査(PISA)において「読解力」(注1)が低下していること、いじめやニートなど人間関係にかかわる問題が喫緊の課題となっていることなど、学習の面でも生活の面でも、言語力の必要性がますます高まっている。
さらに、社会の高度化、情報化、国際化が進展し、言語情報の量的拡大と質的変化が進んでおり、言語力の育成に対する社会的な要請は高まっている。PISA調査で要請されている、文章や資料の分析・解釈・評価・論述などの能力は、今日の社会において広く求められるものである。
中央教育審議会では、学習指導要領の改訂に向けての審議において、今後の学校教育において、知識や技能の習得(いわゆる習得型の教育)と考える力の育成(いわゆる探究型の教育)を総合的に進めていくためには、知識・技能を実際に活用して考える力を育成すること(いわゆる活用型の教育)が求められているとしており、その際、「言葉」を重視し、すべての教育活動を通じて育成することの必要性が指摘されている。
(注1)いわゆるPISA型読解力は、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力。」と定義されている。
言語は、知的活動(特に思考や論理)、感性や情緒、コミュニケーション(対話や議論)の基盤であることから、それぞれの役割に応じた指導が充実されることが必要である。同時に、これらは相互に関連するものであることから、統合的に育成することについても留意しなければならない。
幼・小・中・高等学校における幼児児童生徒の発達の段階に応じて、言語による理解・思考・表現などの方法を身に付けさせるための教育内容・方法の在り方について検討する必要がある。同時に、指導に当たっては、幼児児童生徒の発達の実態や経験に応じた配慮を行う必要がある。
言語は、学習の対象であると同時に、学習を行うための重要な手段である。学習で用いる言語を精査し、国語科を中核としつつ、すべての教科等での言語の運用を通じて、論理的思考力をはじめとした種々の能力を育成するための道筋を明確にしていくことが求められる。
そのためには、国語科及び各教科等で用いられる用語の特質に留意しつつ、育成すべき資質を明らかにしておく必要がある。
思考や論理は、正確であることが基礎となる。そのため、事実を記録する、描写する、報告するなどの活動を発達の段階に応じて適宜行い、正確に理解したり、分かりやすく伝えたりするための技能を体系的に身に付けることが必要となる。国語科を中心として、記録文、報告文などを読んだり書いたりする指導が重要である。その際、思いを述べることと、考えを説明することとを区別する指導が重要である。朝の会、帰りの会などで行われている3分間スピーチなどの場を有効に活用することや、英米において行われているショー・アンド・テル(注2)などの活動を参考とすることも考えられる。
(注2)ショー・アンド・テル〔Show and Tell(見せて教える、の意味)〕…特定のテーマに沿い生徒等が持参したものをクラスで見せながら発表する活動。
自らの考え、あるいは集団の考えを発展させていくためには、考えを伝え合うこと(他者との対話)によりお互いの考えを深めていく活動が重要である。その際、問答やディベートなどの対話や議論の形式を用いることも有効である。例えば、ディベートの形式を用いる場合には、自分の判断を保留し、肯定と否定の両方の立場から議論を作ることで、主観と客観を意識させるプロセスが重要である。
なお、発達の段階に応じた指導は重要であるが、小学校の段階でも、論理的な思考に基づく議論の力を付けていく、そして中・高等学校と進むにつれて他者の考えを汲み取って議論を練り上げていくような指導を考える必要がある。
上記(1)(2)(3)の力を養うための指導方法については、例えば、各教科等での指導なども含めて、次のような意見があった。
様々な事象に触れて感性を磨くことは、豊かな人間性を育成する上で大切である。例えば、喜怒哀楽の感情をどのように言葉で表現するかということを考えるとき、身体表現や文化的背景との関わりなどについても考える必要がある。音読・暗唱などの指導や古典の教育の充実が求められる。
情緒を育てる場合において、論理と情緒とを対立する問題としてとらえることは適当でない。ものごとを直感的にとらえるだけでなく、分析的にとらえることも情緒を豊かにすることにつながるからである。例えば、絵画の説明や分析などの活動も、感性・情緒を豊かにしていく上で有効である。また、物語、小説などの文学的な文章を読むときに、内容や表現についての討論を前提として、登場人物の関係性や作家の発しているメッセージを分析することなどの活動も有効である。
国語科においては、さまざまな言葉や文章を聞いたり読んだりする機会を充実し、文章の内容だけでなく表現・修辞から生じる感性・情緒にも目を向けさせる必要がある。生活科や総合的な学習の時間などにおいては、体験活動等を通じて子どもたちが驚いたり、疑問に思ったり、感動したりして発する、実感の伴った言葉を豊かにしていくことが求められる。
また、音楽、図工、美術、道徳での指導との関連を深めていく必要がある。
人々の共同生活を豊かにするためには、個々人が他者との対話を通して自己を表現し、考えを明確にし、あるいは他者を理解し、他者と意見を共有し、お互いの考えを深めていくことが重要である。日常のコミュニケーションから協同的な関係を築くよう勤める必要がある。
指導方法としては、ペアや小グループでの活動を含めて、学級内での異なる考え方を相互に取り入れ深めていくなど、教室内の日頃からのコミュニケーションの充実により、集団としての学習力を高めていくという視点が重要である。その際、教室内での議論から置いていかれる子どもが出てくることは避けなければならない。積極的に発言することだけでなく、相手の発言をしっかりと受け止めることを含めて、すべての子どもが偏りなく授業やコミュニケーションに参加し、互いに理解し合えるような配慮が求められる。
また、同級生だけでなく、異年齢の幼児児童生徒、地域の人々など様々な他者とのコミュニケーションの機会の設定も重要である。
対話を促進するための具体的な授業の展開としては、正解が一つに絞れない課題を考える必要がある。社会科、理科、家庭、技術・家庭科などでは、例えば、環境問題に関して10年先、20年先の状況について、根拠を示しながら予測する、未来予測の授業など正解が一つとは限らない問いが重要である。また、結論は同じでもプロセスが多様である課題について議論しながら学習を積み重ねていくことも重要である。
我が国においては、対話や議論は、とかく対立ととらえられがちであるが、対話する、議論することが自分の力を伸ばすし、他者とかかわる楽しさが味わえるという意識を培うことが重要である。具体的に、例えばKJ法(注3)やディスカッション、ディベートなどを通じて、意見の異なる人と協同的に議論する態度を育成することや意見の対立が生じたときの解決の仕方を身に付けさせることを重視すべきである。
我が国の言語文化の優れた点を継承しつつも、対話や議論に関する新たな文化を創造することを目指す必要がある。その際、多様な発想を互いに披瀝しあうことで新しい認識、総合的な認識が出来上がっていくことを実感させたい。
(注3)KJ法…文化人類学者の川喜田二郎氏(東京工業大学名誉教授)がデータをまとめるために考案した手法であり、データをカードに記述し、カードをグループごとにまとめて、図解し、論文等にまとめてゆく手法。KJとは、考案者のイニシャル。
(※上記3、4は、人間関係に関する指導等との関連でさらに検討が必要。)
児童生徒の現状を見ると、生活体験が不足し、感情を直接的に表現する言葉が多用され、語彙が乏しくなっている。実生活の中で、あるいは読書や遊びを通じてそれを充実させる必要がある。
論理や情緒に関する高度な語彙を身に付けさせることは、思考力を高めたり情緒を豊かにしたりすることにつながるので、各教科等で養うべき語彙を整理して明確化する必要がある。
従来の教育においては、情緒・感性の面に重点が置かれ、論理や表現法に関する配慮が不足していた。義務教育の段階で、言語運用法の指導を体系的に行う必要がある。
また、文や文章の構造と機能についての理解と自覚を深め、効果的な言語運用を可能にする力を育成することが重要である。文法についても、国語(言語)の特質の理解を進めるとともに表現や対話に役立つ実用的・実践的なものとなるよう見直していく必要がある。
主たる教材として重要な役割を果たす教科書については、その質・量両面での充実が必要である。
また、国語の学習を通じて日本のことを深く理解するために、教材として日本の文学作品を重視すべきである。子どもが熟読する対象となるような古典を教材とする必要がある。
さらに、言語運用法に関する教育を充実するため、言語の技能としての説明や報告を子どもたちに何回も実施させ、質を高めていくための教材も必要である。
言語力の育成のためには、読書するための基礎・基本の力を養うことが重要である。国語と他教科等とのねらいの違いを認識した上で、各教科等において、どのような読書活動を推進し、どのような読書指導をするのか明確にする必要がある。
また、学校での朝の読書、日常生活の中での読書など、教科等の授業時間以外の幅広く継続的な取組が重要であり、これを促進する仕組みを検討する必要がある。
言語力は、豊かな言語生活の基となるものである。そのように言語生活を豊かにするためには辞書、新聞、図書館など、様々な言語的な道具や場の利用法について指導することも重要である。
また、言語力を用いる際のモラルや、それに伴う責任を併せて教えることも重要である。
上記に関連する指導を実施した後、子どもたちの変容などを把握し、それらに対する評価を適切に行う必要がある。また、評価を行う際には、評価に基づいて指導を改善し、指導のさらなる充実につなげていく視点が求められる。
言語力の育成に当たっては、子どもたちの発達の段階に応じて指導の重点を工夫しつつ、より効果的に育んでいくこととしたい。子どもたちの意欲ということに留意しつつ、体験や指導を通して、言語に関する様々な約束事(型)に気づかせ、その約束事(型)を使ってものを考える機会をもち、それが身に付いてくるに従って約束事(型)の意味を理解し自分の技術として使えるようにすることが求められる。
発達の段階に即して教えることと、同じ内容を繰り返して教えることとを組み合わせて、指導内容を配列していくことが大切である。
小学校では、特に低学年で聞くことに関する指導が重要である。他者の話に耳を傾けることは、人間関係の基本であることから、形式面だけにとらわれずに、実感を持ってその重要性を理解させる必要がある。
幼児期から小・中・高等学校へと発達の段階が上がるにつれて、具体と抽象、感覚と論理、事実と意見、基礎と応用、習得と活用と探究などについて認識や実践ができる水準が変化してくる。それに応じて、指導内容や言語活動の特色付けをしていく必要がある。この点については、例えば、次のような意見があった。今後更に議論を深めたい。
(注4)メタ認知能力:自らの思考や行動を客観的にとらえて、自覚的に処理する能力。(P)
国語科を中核としつつ、すべての教科等での言語の運用を通じて、論理的思考力をはじめとした種々の能力を育成するための道筋を明確にしていくことが求められる。これまでのところ次のような議論があった。
(※ 特別活動等との関連について、さらに検討が必要。)
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