2.人権感覚を育成する指導方法の工夫・改善

 人権実現のために必要な価値・態度及び諸技能を構成要素とする人権感覚は、単に言葉で教えることができるものではない。児童生徒が主体的に関与し、参加し、体験することを通してはじめて身に付くものである。民主的な価値、尊敬及び寛容の精神などは、それらの価値自体を尊重し、その促進を図ろうとする学習環境の中で、またその学習過程を通じて、はじめて有効に学習される。このような能力や資質を育成するためには、自分で「感じ、考え、行動する」という主体的・実践的な学習が必要である。

(1)指導方法に関わる基本事項

 上記のような学習を促進する指導方法は、児童生徒の『協力』、『参加』、『体験』を要素として位置付け、それを基本とするものでなければならない。

ア 『協力的な学習』:児童生徒が自分自身と学級集団の全員にとって有益となるような結果を求めて、協力しつつ共同で進める学習であることが望ましい。こうした協力的な学習は、生産的・建設的に活動する能力を促進させ、結果として学力の向上にも影響を与える。さらに、配慮的、支持的で責任感に満ちた人間関係を助長し、精神面・心理面での成長を促し、社会的技能や自尊感情を培う。

イ 『参加的な学習』:学習の課題の発見や学習の内容の選択等も含む領域に、児童生徒が主体的に参加することを基本的要素とする。児童生徒は参加を通して、他者の意見を傾聴し、他者の痛みや苦しみを共感し、他者を尊重し、自分自身の決断と行為に対して責任を負うことなどの諸能力を発展させることができる。これは教育一般についてのみならず、人権教育の実践においても実証されてきているところである。

ウ 『体験的な学習』:人権教育や人権啓発において参加体験型学習という名で様々な手法が普及している。特に、人権感覚の育成という文脈で考える時、体験的な学習の方法化が求められる。つまり、単に何かを体験させるだけにとどまらず、体験することが効果的に実を結ぶようなプログラム化が必要である。

「体験な学習」に関するサイクル

 上の図においては、例えば第1段階で言えば、体験は必ずしも現実的な体験だけを意味するわけではない。むしろ、明確な目的意識のもとに考案された学習活動(アクティビティー)に取り組むことによる擬似体験や間接体験をすることも含まれる。そこでは、ロールプレイング、シミュレーション、ドラマ等々、多種多様な手法が用いられる。これらは、単なる「体験」で終わるのでなく、「報告」、「反省」、「一般化」、「適用」という具体的、実践的なステップを丁寧に踏むことによって、体験を結実させようとするのである。
 (出典:Council of Europe:" Compass A Manual of Human Rights Education with Young People"2002)

(2)学習指導の事例の提示

 以上のような指導方法に関わる基本事項を踏まえ、以下に、児童生徒の「自主性」、「発達段階や実態」、「体験的な活動」という3点に焦点をおいた学習指導の事例を提示する。

ア:児童生徒の自主性を尊重した指導方法の工夫

 人権教育は、児童生徒の人権課題解決を目指す主体的な態度、技能及び行動力を育てることを目的とする。その際に、児童生徒の自主性を尊重し、指導が一方的なものにならないよう留意することにより、児童生徒が課題意識を持って自ら考え主体的に判断するような力や実践的に行動するような力を育成することが目指される。
 例えば、児童生徒それぞれが異なる意見を持っていることに気付くように工夫する、学級活動・ホームルーム活動や児童会活動・生徒会活動などにおいて自分達でルールをつくる経験を積み重ねるなど、指導方法を工夫し、多面的・多角的に考える力や合理的なものの見方・考え方を育てようとするのである。

【参考】 「児童生徒の自主性を尊重した指導の展開」

1:主体的な学習を支える基盤を整備する

 児童生徒が互いに異なるものを受け容れ、相互理解を図っていけるようにコミュニケーション能力を育成する。その際、異なる意見の存在に気付き、お互いの考えを交換し合うために、基礎学力の育成、考える源としての言葉の力の育成、話す力・聞く力の育成、カウンセリング的な技法を生かしたコミュニケーション能力の育成に努め、誰もが自分の考えを臆することなく発表できる温かい集団を作っておく。そのため、日頃から国語科を中心とした言語活動における指導を充実させると共に、学校を挙げて、教職員がカウンセリング的な技法を身に付け、児童生徒の声に耳を傾ける学校文化をつくること求められる。

2:指導者としての支援体制の限界と範囲を共通理解する

 教員が指導者として目的を明確に持ち事前に支援体制について共通理解を図っておく。

3:児童生徒の実態を踏まえ、児童生徒が取組み易く、解決可能な課題を設定する

 日常生活の延長線上に学習を位置付け、身近な課題設定をする。特に、解決を迫られている課題や成長が期待される課題であることが望ましい。これらの具体的な課題解決を通して、自尊感情を高め、より合理的なものの見方を培い、共に考え・生きることの自覚を深める。さらに、課題が一部の子どものためではなく全員のためであるよう考慮することが大切である。

4:意欲を高める導入のための学習活動の選択

 児童生徒が意欲を持って、学習集団として課題解決に集中できるような導入法を工夫する。学習課題の内容や性格を踏まえて、ゲーム的な学習活動、擬似体験的な学習活動、あるいはフィールドワーク的学習活動などを適宜選択する。

5:自主的な話し合い活動や小集団による活動の展開

 一方的な指導に偏ることのないように工夫し、児童生徒一人一人の声が、活動を通して反映されていると実感されるように配慮することが大切である。個々の児童生徒の顔が見える活動を継続させることは、一人一人の児童生徒の人権を保障することにもつながる。また、自主的な話し合いを通して、1学習課題について最初の共通認識が生まれる、2意見対立や疑問が浮き彫りとなり、学習集団に自覚される、3学習課題のなかの小テーマが浮かび上がり、関心に応じてグループが形成される、というような成果が期待できる。

6:人物や情報との印象的な出会い

 人物、事象、統計的データ等の提示により児童生徒を新たな問題に出会わせる。
  これにより、児童生徒はそれまでの共通認識をさらに深めたり、再検討したり、新たな疑問を抱いたりする。そして、新たな課題に意欲持って取り組むことになる。

7:考察を深めるための話し合いを実施する

 出会いを踏まえて話し合いをさせ、児童生徒の探求活動を具体的に計画させる。
 探求活動としては、「図書館などで情報を探索する」、「インターネットに発信して多くの人からの反応を探る」、「新しく人と出会う」、「フィールドワークを行う」、「インタビューを重ねる」、「質問紙調査等により幅広い意見を収集する」等が考えられる。

8:多様なものの見方や考え方を受容する

 結論を急がず、失敗を生かし、結果よりも過程を尊重する指導を心がけることが大切である。児童生徒一人一人が、自由にかつ安心して意見交換が行えるように配慮したい。

9:自主的探求活動の展開を図り、一人一人の児童生徒の活躍の場を保障する

 児童生徒の主体性や自主性は、一人一人の児童生徒が学習活動の過程においてその当事者としての自覚を持つことから可能となる。そのためには、一人一人の児童生徒が目的を共有し、自尊感情と参画意識を持って意欲的に活動できる場を保障することが求められる。その際には、児童生徒は計画に従って自主的に探求活動を進める。教師は児童生徒の探求活動に臨機応変に適切なヒントを与える。
 学年を越えた縦割り集団を活用するなどして、異年齢集団による取組を設定することも、成就感をもたせ意欲を育てることにもつながる。

10:まとめの作品作りや発表の機会と場を設定する

 最終的な結果だけでなく、取組のあらゆる過程において、学習形態に応じて「調査結果や実験結果をまとめて報告する」又は「芸術作品を完成させて発表する」等の成果を発表できる機会と場を設定する。その際、校内だけに留まらず、広く保護者や地域社会へと発信の場を広げることが効果的である。また、発表内容に関連して、実際に社会的に活動している人達、問題の当事者、解決のために活動している人等を対象に行うことが有益である。

イ:児童生徒の発達段階と実態を踏まえた指導方法の工夫

 学校において人権教育に取り組むに際しては、児童生徒が心身共に成長過程にあることを十分に留意した上で、それぞれの発達段階や児童生徒の実態に即した教育内容・方法とすることが重要である。また、児童生徒の学習は、発達段階だけではなく、その生活の実態にも大きく左右されることもある。例えば、いじめ・経済的・社会的理由等から人権侵害を受けていたり、また、そうした立場にある児童生徒などの経験や思いを、学校や教職員及び児童生徒が十分に受けとめ、これを配慮しつつ人権教育を進める必要がある。
 なお、高等学校定時制課程など青年中期以上の者を対象とした学習指導においても人権教育の推進は必要であり、そのための学習指導方法の工夫改善が求められる。

【参考】 「発達段階に即した人権教育の指導方法」

1:『幼児期』

 幼児期は、自他の認識や自意識は明確ではないが、他者の存在に気付く時期であり、遊びを中心にして友達とのかかわり合いの中で、社会性の原型ともいえるものを獲得していく。また、相手との情緒的な絆によって自分の存在に安心感を持つ傾向が認められる。幼児は、特定の友人の存在を拠り所にして人との関わりを広げていく。さらに、表情から他者の情緒を理解し、生活の繰り返しの中で、物や出来事に関連させて友人を認知するため、表面的な理解に留まる傾向がある。幼児にとっては、生活の場自体が学びの場であり、人権感覚の芽生えの場でもある。
 こうした幼児期の特徴を踏まえて、遊びを中心とする生活の場で、自分を大切にする感情と共に、他の人のことも思いやれるような社会的共感能力の基礎を育むという視点が必要である。

2:『小学校1~3学年』

 想像力、言葉による理解力、認識力が次第に育ってくる。抽象的な思考もできるようになる。また、生活の場を離れて、いわば時空を越えて、他者や歴史的な事象にも思いを馳せることができるようになってくる。但し、まだ幼児期の特性も残っている。
 このような特性を踏まえて、人権教育においても、生活体験に基づく「気付き」から想像力や認識力に訴えて深い理解に導くような配慮が必要である。また、絵本やお話の本などを活用することで、想像力を育てることも大切である。

3:『小学校4~6学年』

 言葉の数も増え、概念を理解し、抽象的な思考が深まっていく時期である。認識力、分析力、批判力等も身に付くようになり、自意識も次第に強くなる。
 この段階の児童は、そうした諸能力の発達の結果、人権の意義や重要性を知的に理解することができるようになる。しかし、その知的理解が抽象的なものに留まらないためにも、体験的な学習を併用して、具体的人権問題を直感的に「おかしい」と認知する感性の育成を図ることが求められる。

4:『青年初期(中学校段階)』

 内省的傾向が顕著になって自意識も一層強まる。自立した主体的な個であるという自意識と、実際に置かれている状況や生徒自らの実態との乖離に悩む時期でもある。他者との関わり方、生き方についての悩みも深まる。他者との関係では、特定の仲間集団の中に安息を見出し、仲間特有の言語環境で充足感を覚え、排他的であることをよしとし、広く他者と意思疎通を図ることに意識が向かわない傾向もある。
 こうした青年初期の特色を理解した上で、生徒の自己肯定感を育てると共に、多様な生の在り方や様々な価値観を持って生きる他者の存在を、知的にも感覚的にも受容できるように導く学習が求められる。
 また、インターネットや携帯電話等を通じた人権侵害の事象等もあることから、情報教育の充実を通じ情報リテラシーの育成を図ることも重要である。

5:『青年中期(高等学校段階)』

 生活空間が飛躍的に広がり、それに伴って情報も生活体験も格段に拡充する。個人差はあるが、抽象的な概念操作もできるようになり、複雑な思考も可能になる。知的にも情緒的にも人間や社会に対する認識が深化する可能性のある時期である。
 また、社会の一員として、主体的に自立した存在として生きるための方策を真剣に模索し始める。他者の存在を寛容に受容し、多様な価値観をお互いに認め合って生きていかなければ成立しない一般社会の在り方を、知的にも体験的にも認識できるようになる。また、法教育の観点からも、社会的規範の相対性と「人権」の持つ普遍性を理解できるようにもなってくる。
 この時期には、様々な人権教育が可能である。しかも、多くの生徒にとって系統的計画的な人権学習のための最後の機会となることも考えなければならない。あらゆる場と機会をとらえて、人間としての生き方を真剣に考えさせ、就労観を育成するキャリア教育等との連動も考慮に入れて、積極的に人権教育に取り組むべきである。
 また、インターネットや携帯電話等を通じた人権侵害の事象等もあることから、情報教育の充実を通じ、情報リテラシーの育成を図ることも重要である。

ウ:体験的な活動を取り入れる等の指導方法の工夫

 豊かな人間性・社会性を育むため、多様な体験的な活動を取り入れるなどの指導方法の工夫を行う必要がある。しかし、体験的な活動を取り入れ、実施するだけで、人権教育の目標が達成されるわけではない。児童生徒が自らの行動を変容させる要因や、児童生徒の内面における人権課題への自覚の深まりを意識した指導過程が不可欠である。
 例えば、様々な人々との交流活動や擬似体験活動などにより、人間関係を築く能力やコミュニケーションの技能、他の人の立場に立って考えられるような想像力を培うなど、児童生徒の実態等に応じて、創意工夫を凝らして取り組むことが望ましい。なお、体験的な活動などの取組を系統的に展開する、事前指導・事後指導を工夫することなどにより、その取組が単発的なものに終わることなく、人権教育における意義を明確にし、その成果を効果的に生かしていくことが肝要である。また、児童生徒一人一人が活躍できるように配慮し、達成感を味わわせ、自立心を養うような工夫に努めることが求められる。

【参考例】 「体験的な活動を取り入れた指導上の留意点」

1:人権教育の目的に照らして体験的な活動を位置付けること

 体験的な活動には、高齢者や障害のある人との交流活動や奉仕活動、擬似障害体験活動、地域清掃などの公共性の高い奉仕活動等々の様々な形態がある。これを、各教科等との関連を踏まえ、人権教育の目的を明確に意識して計画・実施する。

2:事前・事後の指導を工夫して本来の目的に合致させること

 体験的な活動においては、その内容の精査と指導過程の工夫が求められる。まず、事前・事後の指導を整え、体験的な活動が効果的にねらいに迫るものとなるように工夫すること、次いで、交流活動や奉仕活動において、児童生徒が何をどのように体験するのかについて、訪問先の機関と事前に協議・整理しておくことが大切である。過度の体験的な活動の設定は、児童生徒に負担を負わせるだけでなく、交流する相手に大きな損失を与えることにもなる。

3:児童生徒が主体的に関わることのできる体験的な活動にすること

 奉仕的な活動は、自発的な形で行われることが望ましいが、体験がない場合は自発性を期待することは難しい。児童生徒にまず体験させて、学習の中から、自発性を育てていく指導過程が求められてくる。その際、発達段階を踏まえ、指導として一方的に押し付けるのでなく、児童生徒一人一人が自らの生活体験や教科等における学習を通して、主体的に参加していけるような指導計画や工夫が必要である。そのためにも、児童生徒に目的意識を持って考えさせる場を保障すること、体験的な活動の種類や内容を事前に学習する機会を設定し、自ら選択し活動していくような場面を設定していく。

4:児童生徒一人一人が、体験を通して人権課題への自覚を深め、自分の考えを深め広げていくことのできる体験的な活動にすること

 体験的な活動は、座学と異なり、児童生徒にとって新鮮であり興味や関心の高まるものと言える。例えば、児童生徒同士の話し合いや発表の場を数多く設定することで体験的な活動の成果と課題が自覚できるようにする。その際、学校内に留まらず、広く、家庭や地域社会の協力も得て、児童生徒の成長を支援する体制をとることも効果的である。
 また、指導の過程で、児童生徒一人一人の成長を見逃さないためにも、個々の発言を尊重すること、さらには、感想や学びの記録を通して、一人一人の心に寄り添う指導を継続させることが望ましい。

5:児童生徒の実態、学校や学級の実態、家庭や地域社会の実態を踏まえること

 人権教育の実施においては、児童生徒や学級、学校、地域社会などの実態を踏まえて体験的な活動の内容を精査することが必要である。例えば、学校が地域の中でどのような役割を果たしてきたのか、また、どのような役割を家庭や地域社会から期待されているのかを事前に把握した上で、体験的な活動を実施することが重要であり、実施に際しては、このような家庭や地域社会からの理解と共感を得ることが必要である。

6:地域社会の人達から学ぶ機会を充実させること

 子どもの成長は、学校だけで図られるものではない。特に人権教育のように、長く生涯にわたって、社会における更なる実践が求められる時、家庭や地域社会との連携は不可欠である。そのため、学校だけでなく、保護者や地域住民が、体験的な活動における指導的な役割を担っていくことが、体験的な活動の成果を高め、社会参画を目指す行動力を育てることにもつながる。

7:人権感覚の高揚と定着を図るために道徳の時間における指導を生かすこと

 体験的な活動は、総合的な学習の時間や特別活動の時間に実施されることが多いが、心の問題として人権感覚を育てていくためには、人間としての在り方や生き方という視点から道徳の時間を工夫し、体験的な活動と連携を図ることが効果的である。
 道徳の時間の主たるねらいは道徳性の育成とその道徳的な実践力の向上であり、その内容項目は、人権教育の学習内容と密接に繋がるものが多数含まれている。このような道徳の時間本来の計画的・継続的な指導を通して、発展的な課題として人権課題への動機付けや価値への自覚の深まりを図ることは、体験的な活動を主体的なものとしていくためにも必須の指導である。

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初等中等教育局児童生徒課