第1節 学校教育における人権教育の改善・充実についての基本的考え方

 人権とは、「人々が生存と自由を確保し、それぞれの幸福を追求する権利」(平成11年人権擁護推進審議会答申。以下、「審議会答申」という。)である。基本計画では、さらにこれを、「人間の尊厳に基づいて各人が持っている固有の権利であり、社会を構成するすべての人々が個人としての生存と自由を確保し、社会において幸福な生活を営むために欠かすことのできない権利」と明記している。人権を構成する一つ一つの権利は相互に優劣をつけることのできないものではあるが、とりわけ、全国各地で児童生徒をめぐって起きている様々な事件にかんがみるとき、何よりもまず人間の生命はかけがえのないものであるという自明のことを改めて強調しておきたい。
 人権教育とは、「人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動」(人権教育及び人権啓発の推進に関する法律第2条)を意味し、「国民が、その発達段階に応じ、人権尊重の理念に対する理解を深め、これを体得することができるよう」(同法第3条)にすることを旨とするものである。
 学校教育においては、児童生徒一人一人が「人権の意義やその重要性についての正しい知識」(「審議会答申」)を十分に身に付けるとともに、「日常生活の中で人権上問題のあるような出来事に接した際に、直感的にその出来事はおかしいと思う感性や、日常生活において人権への配慮がその態度や行動に現れるような人権感覚」(「審議会答申」)をも十分に身に付けることが必要である。このため、学校は、人権教育をめぐる国内外の動向を踏まえつつ、その教育活動全体を通じて児童生徒の発達段階に応じ創意工夫を凝らして人権教育に取り組むことが求められる。
 本調査研究会議としては、各学校において人権教育の一層の改善・充実が図られるよう、次のような基本的考え方を提示する。なお、以下では、人権の意義・内容や重要性についての正しい知識を身に付けることを「知的理解」とし、上記の人権問題を直感的にとらえる感性及び人権への配慮が態度や行動に現れるような人権感覚をまとめて「人権感覚」として表記している。

(1)人権教育の目標について

 学校教育において人権教育を進めるに当たっては、先に述べたように、人権についての知的理解を深めるとともに、児童生徒が人権感覚を十分に身に付けるための指導を一層充実することが必要である。
 各学校において人権教育に取り組むに際しては、まず、人権に関わる概念や人権教育が目指すものについて明確にし、教職員がこれを十分に理解し、組織的・計画的に進めることが肝要である。人権教育に限らず、様々な取組を進めるためには目標を明確にすることが重要であり、それによって、組織的な取組が可能となり、改善・充実のための評価の視点も明らかになるからである。
 しかし、「人権尊重の理念」というような人権に関わる概念が抽象的で分かりにくい、といった声もしばしば聞かれるところである。
 人権尊重の理念は、「自分の人権のみならず他人の人権についても正しく理解し、その権利の行使に伴う責任を自覚して、人権を相互に尊重し合うこと、すなわち、人権の共存の考え方ととらえる」(「審議会答申」)べきものとされている。このことを踏まえて、人権尊重の理念について、特に学校教育において指導の充実が求められる人権感覚の側面に焦点を当てて児童生徒にも分かりやすい言葉で表現するならば、[自分の大切さとともに他の人の大切さを認めること]であると言うことができるであろう。もちろん、この[自分の大切さとともに他の人の大切さを認めること]については、そのことを単に理解するにとどまることなく、それが態度や行動に現れるようになることが求められることは言うまでもない。
 すなわち、一人一人の児童生徒がその発達段階に応じ、人権の意義・内容や重要性について理解するとともに、[自分の大切さとともに他の人の大切さを認めること]ができるようになり、それが様々な場面や状況下での具体的な態度や行動に現れるようにすることが、人権教育の目標である。
 このような人権教育の実践が、民主的な社会及び国家の形成発展に努める人間の育成、平和的な国際社会の実現に貢献できる人間の育成につながっていくものと考える。
 各学校においては、上記のような考え方を基本としつつ、児童生徒や学校の実態等に応じて人権教育によって達成しようとする目標を具体的に設定し、主体的な取組を進めていただきたい。

(2)[自分の大切さとともに他の人の大切さを認めること]ができるような児童生徒の育成

 [自分の大切さとともに他の人の大切さを認めること]ができるような人権感覚は、そのことを児童生徒に繰り返し言葉で説明するだけで身に付くものではない。このような人権感覚を身に付けるためには、学級をはじめ学校生活全体の中で自らの大切さや他の人の大切さが認められていることを児童生徒自身が感じ取ることができるようにすることが肝要である。一人の人間として自らが大切にされているという実感をもつことができなければ、自己や他者を尊重する感覚をもつことは難しいからである。さらに、自分と他の人の大切さが認められるような環境をつくることにまず学級・学校の中で取り組むとともに、家庭、地域、国、国際社会などのあらゆる場においてもそのような環境をつくることが必要であると気付くことができるように指導することも重要である。
 また、[自分の大切さとともに他の人の大切さを認めること]ができるということが態度や行動にまで現れるようにすることが必要である。すなわち、他の人と共によりよく生きようとする態度や集団生活における規範等を尊重し義務や責任を果たす態度、具体的な人権問題に直面してそれを解決しようとする実践的な行動力などを児童生徒が身に付けることができるようにする。具体的には、各学校において、教育活動全体を通じて例えば次のような力や技能などを総合的にバランスよく培うことが求められる。

  1. 他の人の立場に立ってその人に必要なことやその人の考えや気持ちなどが分かるような想像力や共感的に理解する力
  2. 考えや気持ちを適切かつ豊かに表現し、また、的確に理解することができるような、伝え合い分かり合うためのコミュニケーションの能力やそのための技能
  3. 自分の要求を一方的に主張するのではなく建設的な手法により他の人との人間関係を調整する能力及び自他の要求を共に満たせる解決方法を見いだしてそれを実現させる能力やそのための技能

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初等中等教育局児童生徒課