人権教育の指導方法等に関する調査研究会議(第12回) 議事要旨

1.日時

平成16年6月1日(火曜日) 10時~12時

2.場所

霞山会館 「まつ」

3.議題

  1. 人権教育の指導方法等の在り方について〔第一次とりまとめ〕(案)について
  2. その他

4.出席者

委員

 福田座長,押谷座長代理,伊藤委員,梅野委員,小島委員,塩委員,志水委員,菅原委員,仁科委員,林委員,森委員,山田委員,若井委員

文部科学省

 関児童生徒課長,宮川保之視学官,亀田補佐,高田人権擁護調査官補佐(法務省) 他

5.議事要旨

 事務局から説明の後、自由討議を行った。主な内容は以下の通り。
 (○:委員、△:事務局)

○ 「(3)6.児童生徒の発達段階に即した内容・方法」について,子どもたちの実態という表現が出ていたと思うので,見出しを「発達段階や実態に即した内容・方法」にしてはどうか。子どもたちの抱えている状況は,発達段階という言葉だけではカバーできないと感じる。

○ 6.と7.は人権教育をすすめていくなかでとりわけ重要だと思うのだがもう少し書き込んだ方がいいか。

○ ここについては,これまでの会議でも話し合ってきた。

○ この間の会議でも出てきたが,これでいいのではないかと理解している。

○ 長さではなく,本質をおさえているのでよいのではないか。

○ (2)3.は,出てきた意見をもとに,「いたずらに」をとろうという趣旨は理解できるが,「ばかりを」を「過度に」に変えている点は,変えなくていいと思う。相手の気持ちや状況を斟酌することなく自分のいいたいことばかりを言う,というようにしたほうが短い文言の中で的確になりやすいのではないかと感じた。

△ 「ばかりを」を「過度に」変えたという趣旨は,要求すべき時には要求しなければならない,ただし,必要以上に要求して対立関係に陥る事を避けることが必要なのではないか,という意味で,「過度に」に変えた。

○ 「過度に」というような程度の問題ではない。もとの文章が良く考えられているので,このままでいいと思う。

○ 「いたずらに」をその後の「なく」で否定している。「いたずらに」をとると,他者との対立関係自体を否定しているように読めなくもない。むだな対立関係はいけないのだが,必要な対立関係はあるということで,これまでも議論してきたところなので,「いたずらに」は入れておいたほうが良いのではないか。

○ 「要求」と「権利」をごっちゃにしているという現実があり,それも含めてわかりやすくしたい。

○ 「いたずらに」をとってしまうと,中味が薄くなってしまう。「いたずらに」をとるのであれば,それに相当する別の言葉を考えないといけない。「いたずらに」という表現がなじまないという気はする。

○ 「過度に」を「一方的に」に変えたほうが良い。「過度に」というのは程度の問題。実際には他人といろいろトラブル関係に陥る場合というのは,内容そのものよりも,内容の提示の仕方の問題。内容は,理屈で言えば正しいこともある。「一方的に」というのは,具体的に人間関係を考えたときに非常に意味を持ってくる。

△ 「他人と対立関係に陥ることなく」というこのセンテンスは必要か。

○ 「対立関係」というのは含みがあって,「いたずらに」という部分も含めて,ニュアンス的に誤解を与えてしまうようならば,この部分をとってしまうほうが良い。

○ 対立関係を否定するのは間違いだと思う。対立関係は必ずある。それをどう平和的に解決するかということを考える必要がある。

○ (3)5.の「主体的に判断する力や実践力を育成する」について,「実践力」という言葉は一般的に使うのだろうか。

○ 実践力というのは,一般的にも使う。

○ 教師については使うが,子どもについてはあまり使わないので,子どもに対しては「実践的な行動力」のほうが適切。教師には「実践力」と使い分けたい。

○ ここでは,「実践的な行動力」として,「行動」を明確にしたほうが良いのでは。

○ (2)にあった「人権感覚」をとって,「自分の大切さとともに他の人の大切さを認めることができるということ」に変えたのは,なぜか。

△ 第1節で,態度や行動に現れることを人権感覚といっているので,その「人権感覚が態度や行動に現れることにすることが必要」というのは,表現として適当ではないと考えたからである。

○ 5頁にある「人権感覚が態度や行動にまで現れるようにする」という言い方になると,人権感覚というのは態度や行動とは別物になってしまうから問題だということになるのか。

○ この文脈は「態度や行動にまで」というところをいいたいところである。

○ 「はじめに」の部分の最後から3番目の段落の「本調査研究会議は,こうした指摘を踏まえ,人権についての知的理解を深めるとともに」とあるがこの議論の前提は,学校教育において人権意識を高めることが目標ということ。前の部分で社会教育的な面も出ていたが,「学校教育において」というように限定しておいたほうがいいのではないか。

○ 一つ前の段落にあるように人権教育・啓発推進法から来ており,これは「学校における指導方法の改善を図るため」とあるので,文脈上はなくてもいいかと思う。

○ 意見の中に条件整備のことが出ている。実際に指導するときに環境整備を行わないでできるかというような受け止めだと思う。例えば,最後のところに「このようなことをするには,環境整備が必要である」と書けるか。

○ 趣旨は良くわかる。結局指導方法等の在り方と環境整備が無関係とは言えないと思う。

○ 人権教育及び人権啓発の推進に関する法律の中で国や地方の役割は明記されている。こういう内容を行って,そのためにはこういうものがいるんだというのは,この会議で言えると考える。

○ 体制ということについて言えば,かなりのことについて次の段階で言えるのではないか。方法としては,先進的事例ということで,資料として出てくることになるのではないか。こうすべきだ,ということではなくて,資料として。

○ 意見の中に,教員養成ということで大学の役割もあげられていたが,基本計画の中では啓発センターの役割についても書かれていたと思う。そこで,啓発センターや大学に対することについてもせっかく意見もあったことなので,今後議論していくといいのではないかと思う。

○ 条件整備をどのくらい出せるということになるのかなと思うので,支援等充実を図るという書き方で,この文面でいいかなというように思う。

△ 中身を実施するためにはそのための条件整備が必要だということは,当然だと思う。ただ,教員配置をどうするべきだ,ということをこの場で議論していただくものではなかろうと思っている。

○ 具体的な今後の議論の中で,教材などの話にもなっていくだろう。

○ 「おわりに」の最後の2行「さらに,国においては,人権教育に関する情報の収集・提供など教育委員会や学校に対する支援の一層の充実を図ることが望まれる」の部分について,「人権教育に関する情報の収集・提供など」というだけでは弱いような気がする。

○ 「人権教育に関する環境の整備」にとするとはっきりするが,それでいいかどうかは議論しないといけないだろうが。

○ 上の部分には,かなりいろんなことが書いてあるが,この部分でまとめると情報提供だけなのか,と。

○ 情報と資料の提供だけでなく,もう一つくらいあったらいいなと思うのだが。

○ 「情報」の中に,国際的な基準だとかも含めて広く書いているのだが,「等」を入れておけば,より広がるかなと思っているが。

○ いっそ大幅に削って「人権教育に関して教育委員会や学校に」とするとどうか。

○ 人権教育の具体的な推進のためには,情報提供・収集が必要だと思うが,国がするべきことがそれだけでいいのかという気がする。

○ 情報の収集・提供などは具体的な事例ということであげているのだが,これだけか,という議論は出てくると思う。国というのは条件整備・環境整備というのを担っていると思う。

○ ここで突然,物足りないからだす,というのは無理だと思う。ただ,話に出てきたように,たとえば各都道府県市町村や教育委員会の役割が重要であるというのは,役割を書いたとして,情報提供と研修と,連携の大切さ,この3つの役割があるだろうと思う。国についても,そういう形でおさらいをしていただくのか,何らかの体制づくりとか,書いていくのか。

○ この会議の位置づけなのだが,国に対して要望するという書き方ができるのか。

○ さらに「国においては」のあたりに,「人権教育の推進に対する条件整備をはかるとともに」と総論を述べ,その後で「各種研修の充実及び情報の収集・提供等の具体的な支援策をはかる」と二段階で述べることもあるかと思う。

○ 「さらに」というのを「そのためにも」として,前とつなげば,後半部分が抽象的でもいいかなと思うが。

○ 人権教育及び人権啓発の推進に関する法律第4条・第5条・第6条は,国,地方,国民とそれぞれの役割をあげているし,その中の国の部分としては「施策を策定し,及び実施する責務を有する」というように書かれているので,ここでは法律の建前を書くだけでも良いのではないかと思う。

○ この取りまとめについて,皆さんがどういうところを読むのかなと想像して読んだときに,先生方や教育委員会の指導主事等の方がよく読まれると思う。「指導方法等の在り方」なので,おそらく指導方法について具体的にどのようなことかが関心としてあると思う。会議としては,人権教育そのものを考えているが,関心の対象としては指導方法のあり方だろうと思いながら,とりまとめを読んでいると,具体的には第2節の「学校教育における指導の改善・充実に向けた視点」の(3)の「内容・方法に関わる視点」のなかですでに例示されているので,今後さらに具体的になってくるんだろうなと読めると思う。

○ (3)の5.で「学級活動や児童会・生徒会活動」とあるのは高等学校段階まで考えていると思うが,「学級活動」の表現は小・中学校だけを想定していると思うので,例えば11頁の指導要領の紹介の中の高等学校の部分でも出てくるように「ホームルーム活動」の表現を使い,「学級・ホームルーム活動や児童会・生徒会活動」あるいは「学級活動及びホームルーム活動,児童会・生徒会活動」と修正しておくべきではないか。

○ 国際的な人権基準についても載せるべきではないかという意見があった。本文中でそのことについても触れたほうが良いのではないかと感じている。

○ 人権教育については国連や,資料などでわかると思う。人権とは何ぞやということについて,触れないといけないかなとも思う。

○ 2頁の3段落目「本調査研究会議としては」の段落の前に,「これら国内外の文書については人権教育の推進についても尊重されるべきである」と述べ,その上で「本調査研究会議としては」とつなげると,ややこしくならずに,最後の参考資料と並べていることについてのバランスが良いのではないか。

○ 国際的な動向について資料をつけることの意義,意識付けをすることが必要ということだが,どうか。

○ そのほうが良いかと思うが,もし,本文を変えないということであれば,「注」で書くという方法もあるのではないか。

○ ヨーロッパ評議会の資料は,非常に参考になると思うが,いかがか。

○ これは参考になるものなので,民間のものではあるが,国際的にはユネスコと並ぶ価値はあると思う。

○ 資料の2の参考資料で記述だけされている「人権擁護施策推進法」は限時法であるが,法律としては短いものだし,資料として入れたほうが良いのではないかと思う。

○ 市民団体との連携についても触れてよいのではないかと思う。第2節の(2)4.「家庭・地域との連携」に当てはまる部分かと思う。市民団体に限るわけではないが,大人の中にもたくさん,人権の確立のために取り組んでいる人はいると思うので,大人から学ぶ,というようなことを位置づけるべきではないかと一般論として思う。

○ 一方,大人が人権感覚を持っていないという意見もある。我々としては,子どもに求める前に教師・大人が,という視点が重要だというのは間違いない。

○ これから先に具体が出るので,その中でゲストティーチャーの効果などについては出せると思うので,今後に任せるとしてはどうか。

○ 大人の意識調査の結果などを見ても,「大人にもっとしっかりやって欲しい」という気がしている。

○ 市民団体などの刺激を受けて,学校の中で人権教育を活性化するような方向性が具体的には大事なポイントと思う。そのときに,7.で述べられていることがベースになると思うが,今後議論するときに,その問題をどのように位置づけるか。

○ 人権問題の一つの理解の中で,当事者の問題というのがある。それと,市民団体の問題というのは別問題だと思う。市民団体に様々な考えがある中で,「地域」という言葉がキーワードとして出てきた。そういうことを含みつつ,学校なりの主体性を十分に考えてやらないといけないと思う。

  ※  議論を踏まえ,修正を行うこと,次回の日程についての説明の後,閉会。

  以上

お問合せ先

初等中等教育局児童生徒課