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第2節   やさしく造る

    近年,地球規模での自然環境に対する配慮や,地球環境に対する幅広い理解と学習の必要性がうたわれていることから,学校施設においても,従来の「インテリジェント・スクール」という概念に加えて,従来以上に環境を強く意識した総合的な見地から,施設を「やさしく造る」ことが重要な課題となっている。
   学校施設は,日常的に使用する児童・生徒を主体に考え,発達成長段階にある子供たちにふさわしい室内環境の向上を図ることが大切である。また,創造的で人間性豊かな子供を育成する教育の場として整備していくことに加えて,今後は環境教育についても配慮して整備していくことが望ましい。
   また,今日の学校施設は,地域の文化・教育の拠点,生涯学習の場として位置づけられることが一般化しつつあり,地域住民に対して,より開かれた施設環境を確保するとともに,地域における自然環境の保全に有効で,環境教育の場としても活用できるような学校施設の整備が望まれる。
   さらに,学校施設の建設,維持,解体というライフサイクルの中で,環境への負荷の低減を図っていくことも大切である。この場合,学内,地域という視点に加えて,地球的規模で考えることも極めて重要である。

(1)児童・生徒にやさしい環境を造る計画

1 環境に親しめる建築空間を造る工夫
     施設計画に際しては,児童・生徒が日常的な学校生活をとおして自然環境と関わり,その理解を深められるよう配慮することが大切である。毎日の登下校や,休み時間のちょっとした遊びやくつろぎの時間をとおして,身近に自然環境を感じたり,学び考えるような工夫が大切である。
   
(ア) 立地条件・配置計画・平面計画についての配慮
     学校施設の配置計画では,学校の敷地条件を単に平坦で整形なものとして求めるのでなく,元々の地形や植生を活かし,残しながら学校の施設環境を総合的に計画することが大切である。児童・生徒が環境に親しみやすくするためには,従来からある自然をなるべく残し,施設を周辺の自然となじませながら,それらを上手に活かした計画とする必要がある。
   すなわち,機能を満たすスペースを確保することから一歩進んで,校地及びその周辺の地形や自然の特性を活かした,施設全体の配置計画,平面計画を進めることにより,児童・生徒のための空間を豊かに整えて行くことが大切である。
   例えば,土地の起伏を利用して,レベル差のある内部空間を作ったり,それらを吹き抜け等で物理的,視覚的に連続させる等の工夫も考えられよう。このような工夫によって児童・生徒が日常生活の中で,学校の様々な場所を見たり,意識できるようにすることも環境に親しむためには大切である。
   さらに,学校施設の内部空間と外部空間とを,より密接に関連付けながら全体計画を考えて行くことが大切である。有機的に連続した学習・生活空間とつながったベランダ,テラス,中庭等の外部空間をとおして身近に自然を体感できるような工夫や,遊びのための外部空間の一画に樹木や草本,池やせせらぎを設ける工夫等,各々の学校の特性に合わせて考えることが必要である。
(イ) エコロジカルな形態の表現
     学校施設の建築としての形態や特徴,内外に用いる建築材料等は,児童・生徒が環境を意識したり,考えてゆく上での重要な要素である。周辺環境となじむ形態を取り入れたり,地場生産材を用いたり,あるいは地域風土に合った建築の納まりを取り入れる等の工夫が考えられる。また,木材や布などの材料を上手く使いながら,温かみと親しみのある雰囲気を造る等の工夫も有効である。
   
2 室内環境を良好に保つ工夫
     今まで,幾つか行われてきている小中学校の室内環境に関する実態調査結果によれば,現状の室内環境は必ずしも良好とは言い難い。地球環境の保全という崇高な理想を掲げるだけでなく,学校施設を日常的に使用する児童・生徒の立場に立って「やさしく造る」こと,すなわち,学校施設の室内環境水準の向上を図ることも必要不可欠である。
   
(ア) 健康的で快適な温熱環境の確保
     冬季の室内温熱環境を良好に維持するためには,断熱材,複層ガラスを用いた窓サッシなどを利用して,建物の断熱・気密性能を向上させるとともに,ルーバーと蓄熱壁を組み合わせて,室内に入射する日射熱を活用した暖房を行い,教室・オープンスペース・廊下の温度分布の均一化を図ったり,日射によるオーバーヒートを避ける工夫も有効である。また,暖房器具からの放射熱により,器具近傍の児童・生徒が不快と感じるような暖房方式を改め,床暖房や輻射式暖房など,頭寒足熱の理想的な暖房方式を採用することも望ましい。
   一方,夏季には,冷房設備が設置されている一部の特別教室を除く一般的な教室では,建物側の工夫,装置により,室内温熱環境を許容できる水準に保つことが望ましい。具体的には,外付けルーバー,出の深い庇,窓面緑化,樹木の植栽等を採用して,室内への直達日射の入射を防ぐとともに,植栽により照り返しを防止したり,二重屋根・二重壁,屋上緑化,壁面緑化等により,外部からの熱の侵入を防ぐ計画を行うことも望ましい。さらに一歩進んだ計画として,屋上散水を行うことによる蒸発冷却の活用も検討すべきであろう。
   従前より学校施設では,通風を用いて夏季の室内環境を調整していたが,今後は弱風時の対策の1つとして,自然対流などを利用して,通風の促進や室内の熱の排出の促進を図ることが望ましい。また,通風が不十分な場合には,天井に扇風機を設置することも有効な手法の1つと言える。
(イ) 健康的で快適な空気環境の確保
     一般的に暖房時の教室は,窓の開閉による換気を行っている程度である。極端な場合には,流入する温度の低い外気による温熱環境の乱れを嫌い,窓を全く開放しないことも考えられる。このような換気の状況下では,室内空気環境の悪化が避けられないので,普通教室においても継続的に換気が行えるような設備を設置すべきである。
   寒冷地では,必要な換気量の確保により不快な気流が生じたり,熱損失を助長して暖房用エネルギーの増大を招く場合がある。このため,取り入れる新鮮空気を予熱する設備,熱交換可能な換気の工夫や設備の導入が望ましい。
   また,近年問題視されている建材に関しても,十分配慮して,有害な汚染物質の発生がない,若しくは少ない建材を採用することが望ましい。
(ウ) 快適で学習するにふさわしい光環境の確保
  太陽光による教室内の極端な照度の不均一さを抑制するため,ライトシェルフを利用して太陽光を反射させて室内奥部に導き,昼光を活用した照明計画を行うことが望ましい。また,南側に光・熱環境を調整する空間を設置するなど建築計画的な工夫も考えられよう。
   照明設備に関しては,点滅区分を窓側と廊下側にきめ細かく分割して,昼光の状況に応じて点滅が行えるような配慮も必要である。
(エ) 快適で学習するにふさわしい音環境の確保
     周辺の道路騒音や鉄道騒音を始めとする外部騒音に対しては,遮音壁的な取り扱いが可能な建物を配置するなど,配置計画の段階からの配慮が必要である。具体的には,窓開けを必要としない冷暖房設備や防音対策を完備した特別教室や体育館等を緩衝帯とすることが考えられよう。
   一方,室内で発生する騒音に対する対策としては,壁や床の遮音性能の向上や仕上げ材の吸音性能の向上などの使用材料に対する配慮の他,静穏を必要とする空間からの分離・遮断など空間構成に対する配慮が必要である。
   
3 児童・生徒の利用を考慮した計画
     学校施設を日常的に使用する児童・生徒は建築,設備,家具,外構等の各種システムについての知識は乏しいため建築環境は一般の施設とは異なった配慮が求められる。
(ア) シンプルなシステムの採用
   児童・生徒の周りに配される様々なものは,扱いやすく,壊れにくく,安全で,かつ解りやすいものであることが必要である。さらに,時としてなされる,誤使用,手荒な操作に対しても十分に安全で堅牢であることが大切である。
   これは,ドアや窓サッシ,階段といった建築的なものから,換気,冷暖房,照明,あるいは衛生設備といった様々な設備機器やシステム全般に対して必要であり,学校施設で児童・生徒が触れる範囲の建築や設備のメカニズムやシステムは極力シンプルであることが望ましい。
(イ) パッシブなシステムの採用
   地域や地球規模での自然環境に対し,負荷を低減するためには,機械設備等をできるだけ使用しないで自然を上手に取り入れたり,エネルギーとして活用するなど,極力パッシブなシステムであることが望ましい。
   同時に,その機構や仕組みが児童・生徒にも視覚的,実感的に解るものとすることは学校 施設の教材化という観点からも重要である。
   これによって,児童・生徒が自宅をはじめとした様々な住環境や自然環境についての理解を深め,資源やエネルギーを無駄なく,効果的に使うことにつながると考えられる。
 
(2)地域にやさしい環境を造る計画
1 地域風土になじむ工夫
     学校施設は今日的課題として質的な向上が図られており,より効率的に進めるためには,それぞれの地域の気候風土の特性に応じた施設づくりが必要である。
   
(ア) 気候・風土の地域特性への配慮
   それぞれの地域の伝統的な町並みや建物の形態は,長い歴史の中で地域の自然条件や生活に対応して洗練されてきたものである。例えば,季節風を遮る形態,雨の多い地方での勾配の急な屋根や大きな軒の出,雪国での積雪への対応,蒸暑地での中庭のドラフト効果を利用した通風・換気への配慮,夏の日射の遮蔽の工夫等が挙げられるが,このような建物の地域環境に適応する様々な工夫を評価し,学校施設に積極的に取り入れていくことが望まれる。
   また,海風,山風,谷風の利用,蒸発冷却の利用など,地域的特性をエネルギーとして活用することも検討すべきである。
(イ) 地域景観に資する工夫
   学校はそれぞれの地域社会のシンボルとなる施設であることから,そのデザインは地域の風土,文化の文脈を踏まえた美しいものであるとともに,周辺の町並みや地域の景観等の周辺環境と調和する配慮が必要である。ところによっては歴史的景観の再現に資するデザインや地域特有の色彩の採用なども望ましい。
   さらに,町並みを構成する一員として学校施設も地域にとけ込む工夫とともに,地域に良質で豊かな外部空間を提供することにも留意し,隣接する公共施設,街路,公園,河川等と一体の連続した空間とする計画を立案することも考えられる。
(ウ) 周辺施設等への配慮
    学校施設は,周辺地域及び施設に対して日影,風下となる建物への通風阻害,校庭などの土 ほこり飛散,学校からの騒音など環境上の障害をできるだけ及ぼさない計画とすることが必要
   である。
   
2 地域生態系の保全につながる工夫
     地域環境のレベルでみるならば,学校は比較的まとまった面積の屋外オープンスペースを有する公共性の高い施設である。学校の敷地全体において自然面(土や植物で覆われた部分)の比率や緑被率を高めることは,それだけで,地域環境の生態的なポテンシャルを総体的に高めることに寄与することであり,広域的な環境計画の中でも1つの拠点として位置づけることができる。
   
(ア) 緑化
    緑化に当たっては,校舎等を配置した後の残余地をそのためのスペースとするのでなく,敷地計画の段階から,ある程度まとまった面積の屋外オープンスペースを緑化の対象とし,緑のボリュームを形成する基盤を確保しておくことが重要であろう。また,従来は積極的な緑化がなされなかった部分,例えば,校内道路,駐車場,サービスヤード等においても,機能に支障をきたさない範囲で,緑化を積極的に進めることが望ましい。
   学校敷地の敷地境界部の総延長は大きく,これに沿って一定の幅を持った緑地帯を確保することは,緑化面積の増大に寄与する。特に,接道部では,道路側の街路樹などとともに,緑の回廊を形成することに寄与し,周辺への緑の浸潤効果が期待される。
   また,学校は一定の圏域(学校区)によって分散配置される施設であることから,特に,都市部にあっては,他の公共施設とともに緑のネットワークを形成する拠点として位置づけられる。学校,公園緑地,他の公共施設,農地,河川,緑の豊かな住宅地などによって形成されるネットワークを経由して,植物や動物の個体移動や種の拡散が可能となり,地域全体の生態的なポテンシャルが上昇することを期待できる。
   さらに,これまで緑化の対象となることが少なかった校舎をはじめとする建築施設の屋上や壁面,テラス,ベランダなどの緑化も検討するべきであろう。
(イ) 生物が生息できる空間環境形成
   学校園あるいは教材園の施設をより自然性豊かな生態園とすることにより,植物種や動物種の多様性を確保でき,学校施設全体のエコアップにつながる。この場合,水面を導入することによって水生植物や水生昆虫の生息が可能となり,鳥類,両生類などを含めたより多様性の高い環境を形成する可能性が期待できる。
(ウ) 雨水の土中還元とリサイクル利用
   屋外オープンスペースの地表面の処理においては,不透水層の面積を最小限に抑え,地表水の土中還元を促進する素材と基礎の整備を行うことによって,自然面に準ずる効果を期待することができる。そのためには,透水性舗装材の積極的な利用,土中における一時貯留が可能な排水層の面的整備,建築物の屋根面に降った雨水の貯留と簡易濾過によるリサイクル利用のシステム等も有効である。
(エ) 地場生産素材の活用
   建築や屋外環境の整備に用いる素材に地場において生産されたものを積極的に使用することは生産環境の保全にも寄与し,望ましいことである。特に,地場生産材の木材を使用することは,地域林業の活性化を促し,広域的な地域環境の保全に不可欠な山林の維持管理が適正に行われることが期待される,ひいては,地域環境の向上に資すると考えられる。
 
(3)地球にやさしい環境を造る計画

    施設の建設には多くのエネルギーと建築材料が必要であり,このような資源をできるだけ有効に無駄なく使用し,環境にできるだけ負担を与えないようにすることが大切である。
   学校建築に使用する材料は,人体や環境に対し,有害でない材料であることはもちろん,再生産やリサイクルの可能な材料を選択すること,生産から最終処理までを含め,環境に大きな負荷を与える材料の使用を抑制する必要がある。また,特定地域の環境破壊につながらないような配慮が望まれる。
(ア) 環境負荷の少ない材料の選択
   木材や繊維などの再生可能な植物資材や石材などの自然材料は,加工に要するエネルギー消費量が少なく,環境への負荷の小さい建築材料の一例である。また,人工的に合成された材料に比べて安全で親しみのある材料でもあり,内装・外装仕上材料や構造材料として,それらを 適材適所に積極的に活用することが望ましい。  
(イ) 熱帯材の使用抑制
   大量に伐採され,地球的規模で環境の破壊が問題となっている熱帯材は,コンクリート型枠用等の合板として使われている。建築用途の伐採は熱帯林減少の主原因とは言い切れないものの,世界最大の熱帯材輸入国である我が国の責任は重く,建築分野としては,型枠再利用の促進,代替型枠(転用型枠,打込PC型枠,押出成形セメント板)の利用を進める必要がある。
(ウ) フロンの排出抑制・ノンフロン化対応製品の採用
    オゾン層を破壊し,二酸化炭素の数千倍オーダーの地球温暖化影響を持つフロンの排出抑制とノンフロン化は緊急の課題である。国際条約で規制されている特定フロンを使用した発泡断熱材,空調機器,消火機器の使用抑制やノンフロン化対応製品の採用を検討するとともに,維持管理段階や廃棄処分段階でのフロン漏洩抑制とフロン回収対策を検討する必要がある。
 

 
エコロジカルな形態
  ・自然の生態学的法則に従い,自然との一体感を感じさせるような形態。
   
ライトシェルフ
  ・窓の上部に設けた庇(中庇)のことで,窓際への直接入射光を遮るとともに,この庇により太陽光を天井に反射させて部屋の奥まで明るくする工夫。
   
パッシブ
  ・特別な機械を用いず開口部や壁,床などの部位や構造体全体,空間の形状など設計上の工夫によって建物の熱性能を向上させ,自然エネルギーを利用してコントロールすること。
   
ドラフト効果
  ・夏季に室内で暖められた空気がその比重が軽いため中庭面から上昇することにより,風の流れができること。
   
緑被率
  ・平面的な緑量を把握する場合に用いる尺度で,樹木や草本等の植物で覆われた部分の面積が敷地全体の面積に占める割合によって表現される。
   
エコアップ
  ・環境を構成する様々な要素の素材や形態を,できるだけ自然界に存在する状態に近づけることによって,エコロジカルなポテンシャルを高めること。 
   
フロン
  ・世界的にはCFC,HCFC,HFC等の化学名の略称が使われる。CFCがいわゆる「特定フロン」で,ターボ冷凍機,冷蔵庫,カーエアコン,発泡断熱材等に使われてきたが1996年の生産全廃が国際条約で取り決められた。


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