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1.計測分析技術・機器開発の現状と問題点


   1. 計測分析技術・機器開発の必要性
1 創造的研究開発成果は自前の計測分析技術・機器によって生じる
   我が国においては、従来、計測分析技術・機器は、研究開発等に間接的に貢献するものであるとの認識から、計測分析技術・機器開発に関する研究の優先度は二番手、三番手とすることが多かった。しかしながら、世界最先端の研究データ・独自の研究データは、オリジナルの計測分析技術・機器から生じるものであり、最先端の研究開発を進めるにあたっての計測分析技術・機器開発の役割は今後益々増大するものと考えられる。
   既存の計測分析技術・機器に頼ってデータを取得するのみでは、世界一流で、真に創造的な研究開発を行うことはできない。このことは諸外国では広く認識されているところであるが、我が国では近年先端研究分野の計測分析技術・機器の外国依存がかえって強まる傾向にある。
   我が国が、今後科学技術創造立国の実現を目指していくためには、このような状況を一刻も早く脱却し、独創的な計測分析技術・機器を開発してオリジナルなデータを取得することにより、世界を先導する研究成果の創出を実現していくことが必要である。

2 世界最先端の研究データの取得のためには、ツール作りからの取り組みが基本
   科学技術は人間の智によって自然現象を解き明かし、その成果を社会に活用していくものであるが、そのためには、現象を記述する、あるいは可視化するツールが必要となる。
   世界最先端の研究データ・独自の研究データは、研究ニーズに基づく創意工夫による具体的な技術開発や、新しい原理に基づく測定ツールによって生み出されるものである。また、測定ツール作り自体は極めて新規性・独創性の高い研究である。
   このことは、多くの新規の分析技術・機器開発に関する研究が新しい時代を切り拓き、ノーベル賞を受賞しているという実績からも示されている。(表1参照)

表1 ノーベル賞と関連の分析機器(1950年以降)
出典: 平成13年度分析産業の直面する課題と将来展望報告書((社)日本分析工業会)の表に1989,1993,2002年受賞実績を文部科学省研究振興局研究環境・産業連携課で追加

3 研究費の効率的活用のためには研究者が自らのアイデアを具体化していくことが重要
   研究費の効率的な活用のためには、計測分析技術に関する自らのアイデアを研究者自らが国内メーカーとともに開発し、形にしていくことが重要である。データベースの構築を目指した研究などデータ量に対して価値を見出す研究もあるが、先端の研究開発分野において、世界初のデータを創出することは決して既存の機器ではなし得ないことである。
   海外企業の計測分析機器の導入により、多くの研究費(分野によっては、研究費の6〜7割)が海外に流出していくという懸念もある。こうした現状では、我が国の研究費が国内の真の研究活動の活性化に貢献せず、また、人材育成など国内の大学、企業への波及効果も低下しており、研究費の効率的活用が実現されていないと考えられる。


   2. 我が国における計測分析技術・機器の現状
   現在、研究現場で使用されている計測分析機器には、元々、欧米の研究者、研究機関が開発し、海外のメーカーが製品化してきたものが多い。
   我が国独自の計測分析機器の製品化の例は極めて少ないが、電子顕微鏡やX線回折装置などでは、日本の国内市場における我が国の企業のシェアが高く、国際的にも広く利用されているものもある。他方、研究開発の進展の速度が速い先端分野、特に、ライフサイエンス分野においては、外国企業のシェアが大きく、殆どを外国企業に依存しているといえる。(図1を参照)。また、従来強いとされた機器についても、先端的な(先鋭的な)機能を有する技術・機器や極限的性能をもつ先端科学機器については、欧米企業のシェアが圧倒的に高いといわれている。

図1 主な先端計測・分析機器の国内企業別シェア(2001年以降)


   3. 計測分析技術・機器開発の問題点
(1)国産機器の問題点

   1 全体システムとしての整備が不十分
   我が国の国産機器は、一部の要素は優れているものの、全体としての性能は海外の機器に劣っており、特に、前処理、試薬類、データハンドリング等を含めた全体システムとしてみた場合に、操作性、信頼性等の点で不十分な点が多く、ユーザーにとって使い勝手が悪いといわれている。
   計測分析機器はその能力の高度化も重要であるが、その開発にあたっては、ユーザー側の意見を十分反映させて、操作性がよく信頼性の高いものを実現していくことが重要である。

   2 コアとなる要素技術の開発が不十分な面がある
   先端機器の実現のためには、レーザー、高周波パルス電源、超伝導コイル、データ処理コンピューター等のコアとなる要素技術の開発がカギとなることはいうまでもない。
   これらの要素技術の開発には、時間もかかり、初期段階における創造的な研究が必要である。この点について、我が国の状況は残念ながら十分ではなく、先端的な計測分析機器開発を進めるにあたっては、産学の連携により独創的なアイデアに基づく技術の創出が重要であることに十分留意して進めることが必要である。

(2)機器メーカーと研究者の協力体制の問題点
   1 開発段階における研究者と機器メーカーとの協力体制が不十分
   先端計測分析技術・機器開発の進め方については、開発段階からユーザーである研究者と機器を製造する機器メーカーとが協力して製品を作り上げていくことが有効である。
   また、開発途中の製品であっても、ユーザーの研究現場に持ち込み、ユーザーの目的を達成するか、使い勝手が満足できるか等を評価し、製品にフィードバックさせる必要がある。
   このような機器メーカーと研究者との協力体制が無ければ我が国の技術が世界を凌駕するものとはならない。
   しかしながら、我が国においては、研究者と機器メーカーとの交流や密接な連携体制が不十分である。その原因の一つとして、機器メーカーは自己技術に対する秘密主義が強く、自社の工場以外での作業には応じない傾向にあるため、本分野における産学連携を進みにくくしていることが考えられる。また、契約上の問題点もあると考える。
   研究者とメーカーとの間は極力柔軟な研究協力体制が構築される必要があり、このためには、先端機器開発計画に中小企業、ベンチャー企業が適切に参加することが必要である。

   2 長期的視野に立った開発戦略が不十分
   汎用的電子顕微鏡の分野では我が国の企業が世界をリードしている。我が国の電子顕微鏡の開発においては、必要な開発のために産学官の若手研究者が結集し、ほとんどの基盤を確立したものであるが、当時のプロジェクトでは、電子顕微鏡開発に対して明確な方向性を示し、研究者を束ねる優れたリーダーシップを持つ人材がいたことが成功の大きな要因であったいわれている。
   しかしながら、現在我が国においては、計測分析技術・機器について長期的視野にたって戦略的に開発を行う体制が不十分であり、先端分野で活躍する研究者、技術者が機器開発に十分な能力を発揮できるような体制整備が必要である。

   3 プロトタイプ段階でのデータ発信が不十分
   欧米では、研究現場に機器メーカーが入ってプロトタイプを導入し、その改良を行っているといわれている。このようにプロトタイプを研究現場に導入して改良を行うことにより開発スピードが向上し、操作性のよい機器となると同時に、プロトタイプにより取得したデータを論文等にいち早く発表することによって世界標準の地位の確保に結びついていると考えられる。
   国際的な開発競争が激しくなる中開発のスピードが問題となっているが、プロトタイプ段階での機器を研究現場に導入し、それを用いた産学官の連携による共同開発は、機器の操作性を良くするために重要であるとともに、開発スピードを上げるためにも重要である。
   さらに、プロトタイプ段階でいち早くデータを発信することは、その機器をその分野における標準となる機器とするために極めて重要となる。
   これまで、我が国では、機器メーカーは機器の完成度を追及するためプロトタイプ段階での発信を控える傾向があり、優れた要素技術を開発し十分な分析性能の機器を開発しながらも、機器の操作性が不十分であったり、機器の性能の発信が遅れて世界はもとより国内でさえ十分に評価されなかったというような例が見られる。
   計測分析機器の市場は決して大きい市場ではなく、広く世界を視野に入れる必要があるが、そのためには、プロトタイプ段階での機器を研究現場にいち早く導入し、データを創出し発信することが重要である。

(3)研究機関、研究者の問題点
   1 既存技術・機器への大きな依存性
   我が国の大学・研究機関では、近年、データを取得して、その解析により基礎的及び応用的な知見を得る論文を多く発表できる研究が高く評価され、新しい現象そのものを探し出そうとする技術・機器開発に関する努力は重視されない傾向にあり、こうした傾向は、現在もむしろ広がっている状況にあるといわれている。すなわち、我が国の大学・研究機関では、研究開発速度の速まり等に伴い、既存技術・機器を利用し、あるいはその範囲内で研究活動を進めようという志向が強く、時間と努力が必要でリスクの高い技術・機器開発を進めることから遠ざかる傾向がある。
   このような状況では、計測分析技術・機器開発に従事しようとする研究者にインセンティブを与えることができず、若い人材あるいは、優れた技術を有する人材の確保が困難である。
   新たな研究は、新たな技術・機器から生じることを広く認識することが重要である。

   2 大学等における開発の場の減少
   欧米の大学には、大学内に工作室(WS)が設置され、レベルの高い専門人材(技官)が配置されており、新しいアイデアに基づく機器開発が大学内で行われているといわれている。機器メーカーが大学の研究者と研究現場において共同して機器開発を行い、プロトタイプの改良についても大学の研究者の協力が得られている。
   これに対して、我が国の大学では、計測分析装置を開発したり組み立てたりする研究室が減少し、さらに、学生もそのような研究室に在籍しないといった傾向がある。また、計測・分析に係る技官も減少傾向にあることも問題である。

(4)機器メーカーの問題点
   1 研究ニーズ、研究者が持つシーズに関する情報不足
   先端の計測分析技術・機器の開発においては、研究者の研究ニーズを踏まえた開発によって、適切な機能・性能を持つ機器の開発ができ、多くの先端研究者に受け入れられる。一方で、研究ニーズを満たす機器の開発には、シーズとなる技術が必要であり、そのようなシーズとなる技術を有する研究者も多い。
   我が国においては、これらの研究者が持つ研究ニーズと技術シーズの情報が十分に発信されておらず、また、機器メーカーも適切に把握していないため、技術機器開発に向けた適切な共同体制が成立しにくい状況にある。

   2 機器メーカーのリスクをともなう機器開発への取り組みの回避
   研究機器は、一般的に、多品種少量生産製品であり、1つの機器で膨大な利益を生みにくいという特徴がある。新規の機器開発は多大な研究開発費を必要とするが、先端の機器であればあるほど、当面見込まれる需要は限られたものとなる。しかも、海外の企業との激しい開発競争を勝ち抜かなければならないというリスクもある。
   昨今の厳しい経済状況の下で、このような大きなリスクをともなう新規の機器開発を機器メーカーが回避する傾向が見られる。一方、諸外国では、ベンチャー企業等がよりチャレンジングな開発を進んで行う場合も多く、国内外の先端計測分析技術・機器開発の差がさらに拡大することが懸念される。

   3 前処理、試薬類、データハンドリングを含めた全体システムとしての開発が不十分
   機器の開発とともに、前処理技術、試薬や消耗品までを含めた分析技術、手法の開発は非常に重要である。計測分析機器の性能を飛躍的に向上させ、市場で優位に立つためには、機器本体の改良とともに、周辺技術のレベルアップが鍵となる場合が多くある。
   海外の製品を見ると、データハンドリングやソフト技術のようなシステム全体をまとめ上げるコンピュータシステム技術の点で優れていることがあげられる。特にライフサイエンスの分野では、大量のデータ解析を行う研究が増えてきており、データベースを含む情報処理系の技術が一層重要になってきている。
   この点について、我が国の企業は、個々の技術自体は十分持っているものの、周辺技術を含めた全体システムとしての整備が不十分である。

(5)その他の問題点
          計測・分析機器の開発・試作においては、資金の柔軟な運用が必要であるが、現状の政府調達制度下では柔軟な運用がしにくい。
   特に開発着手時期においては、機器の完成時の支払い、出来高払いといったものではなく、一定割合の前払いを可能とする等、契約制度の改善も望まれる。

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