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3  臨地実習指導体制と新卒者の支援

1.臨地実習の在り方

1)  看護実践能力育成における臨地実習の意義
  看護の臨地実習は、看護職者が行う実践の中に学生が身を置き、看護職者の立場でケアを行うことである。この学習過程では、学内で学んだ知識・技術・態度の統合を図りつつ、看護方法を習得する。学生は、対象者に向けて看護行為を行い、その過程で、学内で学んだものを自ら実地に検証し、より一層理解を深める。言い換えると、看護の方法について、「知る」「わかる」段階から「使う」「実践できる」段階に到達させるために臨地実習は不可欠な過程である。
  また、看護実践に不可欠な援助的人間関係形成能力や専門職者としての役割や責務を果たす能力は、看護サービスを受ける対象者と相対し、緊張しながら学生自ら看護行為を行うという過程で育まれていくものである。実習の場で学生は、現実の場面のみがつくり出す看護する喜びや難しさとともに、自己の新たな発見を実感しつつ、学生自身ができること・できないことを深く自覚させられ、対象者に対する責任を認識しつつ、看護の特質を理解し学習を深めていく。この過程を通して学生は大きく成長していく。
  したがって、看護実践能力を培うには、実習は極めて重要であり、各大学は以下の観点から早急に見直し、臨地実習指導に対する大学としての責任体制を構築すべきである。

2)  臨地実習指導体制を取り上げる意義
  看護学の臨地実習指導体制には、大学・施設双方の課題がある。大学は、実習の具体的な到達目標を明確にし、学生に理解させるばかりではなく、協力を依頼する施設の現地指導者への説明を十分行い、共通理解を得ておくことが不可欠である。さらに、対象者にも十分説明を行い、了解・協力を得ることが不可欠である。しかしながら、医療機関における看護サービス利用者は、検査・診断・治療などの過程において、日々不安感を抱いており、そういう状況において学生の実習への協力を求めるということを十分認識して、体制づくりをする必要がある。ただし現実には、十分説明しても安全等が脅かされるなどの理由で、臨地実習への協力を拒否される例もある。実習への協力を依頼するにあたっては、対象者の不安等に十分配慮する努力が重要である。臨地実習においては、病院など施設利用者に対しても、家庭にいる人への訪問に際しても、実習協力への了解と事後に問題が生じていないかの確認は、欠くことのできないものである。
  実習の最終的責任は、大学の教員にあることは当然であり、教員は、学生の行動と学習状況を把握し、教育的配慮に焦点をあてて指導を行う。これに対して、現地の看護職は実習指導者として対象者のケアに責任を持ち、対象者に焦点をあてた立場で学生指導にあたる。両者を踏まえ、より良い看護の臨地実習の体制をつくっていくためには、双方の後輩育成に関する連携と目的意識の共有が重要となる。
  一方、現状においては、大学では実習前学習の不確実さ、教員の教育能力・教員数の不足、施設では、患者構成の変容や現場の多忙さ、リスクマネジメント上の課題、実習指導者不足などの課題がある。さらには、大学と施設とが後輩育成に向けた連携や協働が不十分という状況もある。したがって、今後実習指導体制の基本的要件の明確化を図る臨地実習指導体制ガイドラインを確立することが、学士課程卒業者の看護実践能力を育成する環境条件の整備を進展させるために、極めて重要な意味を持つ。

3)  臨地実習の構成と指導体制
1    臨地実習は、看護実践能力の基本を学ぶ一つの授業科目である。しかし、教育課程の構築にあたっては、臨地実習と看護学の講義形式の教育内容との関連を明確に位置付けることが不可欠である。講義、演習、学内実習、臨地実習等の方法を効果的に配置することにより、学生が段階的に主体的に学習を深め、能力を培うことができるようなカリキュラム構成が大切である。
2    臨地実習では、その場における学生の看護実践に関する指導とともに、臨床における講義、カンファレンスを通して、必要な内容の統合、看護方法の検討に関する学習が大切である。
3    大学固有の付属施設等で行うことが可能な看護学の臨地実習は、全体の極一部に過ぎない。大学近郊の広範囲の医療施設・保健・福祉施設の協力により成り立つものであり、この側面は、地域社会のニーズを受け止めて発展していく看護学教育独特の姿である。
4    臨地での学習は、学内での学習が終了した高学年次に限られるものではない。むしろ、条件が整えられるならば、早期の学年次から組み込む工夫が必要である。そのため、指導体制としては、教員及び現地の指導者の役割が極めて重要となる。
5    「看護実践能力の基礎」を確実に習得するためには、臨地実習でしか修得できない能力が、実習の各段階を重ねることにより確実にその到達目標に向けて習得されていく構成が重要である。例えば、基礎・応用・総合実習等と段階別に区分して編成しているが、大事なことは、学生の修得段階ごとに実習項目と到達目標、実習期間・時期を明示することである。それを関係者と共有するようにするとともに、終了時には到達目標が十分に達成できたか否かの評価を行うようにすることである。そのためには、実習での受け持ち対象を人間の発達段階別に単にすべてを体験するとか、主な病態・疾病、健康レベル別にすべて網羅するというのではなく、看護実践能力の基礎をどう育成するかという観点から、学習到達目標に基づくカリキュラム編成と到達度の確認が重要である。これらは、各大学が積極的にそれぞれの経験を共有しながら開発していくべきことである。
6    実習方法については、患者の個別受け持ち制で行って来ているのが通例である。これにより、対象とのコミュニケーションの方法や援助的人間関係形成の方法など重要な学習が可能となっている。しかし、受け持ち方式のみでは、学習内容や範囲の制約をもたらしているとの反省もあることから、必要に応じて、複数の対象者を受け持つなど、看護ケアに焦点を置いた実習方式をも採用し、効果的方法をつくる必要がある。
7    臨地実習を依頼する施設は、極めて広範囲に及ぶ。大学は、教育課程編成方針や臨地実習の考え方を現地の看護職者等と共有する上で、施設と十分な話し合いをすることが原則であり、実習施設の看護職者と、共通認識の下に役割を分担しつつ、共同で後輩の育成に取り組むという姿が理想である。これにより、大学と実習施設に共通認識が形成されれば、現地においても大卒者を受け入れ、後輩育成の土壌を培う基本ができてくるであろう。
   なお、教育の最終責任は、大学の教員にあることは当然であるが、事前の協議や実習中の相談だけではなく、事後においても、学生の到達度評価を含めて、教育活動の全体に関する評価にも実習施設の看護職者がかかわっていくことが大切である。大学の提供する資料に基づき実施していくことが、実習施設にとっては不可欠なものとなる。

2.臨地実習指導体制上の問題点と解決方策
1)臨地実習指導体制の現状の問題点
1    大学と実習施設とが合意に基づいた指導体制を整備していく上では、種々の課題がある。医療施設側では、高度な治療処置を要する患者が集中し、身体侵襲を伴う処置や手技が複雑・高度なものが求められ、また環境刺激・変化の影響を受けやすい患者が多くなっている。このことは、実習対象者を選択する上で困難を生じさせている。また、対象者に実習への協力を求め説明しても、対象者や家族から断わられることが多い。対象者に対しては質の高いサービスを受ける権利を保証するのは大前提であるが、一方では、未熟な学生に対して技術習得の機会を準備しなくてはならないという課題に直面している。
2    看護の役割の拡大に伴い、医療施設以外の場での実習の重要性が増している。現職看護職者が実施できていない看護については、学習させることは難しいともいわれるが、福祉の現場や在宅ケアの場面では、未だ看護実践の実績が十分確立されていない分野での学習を設定しなければならない。この場合は教員の役割は大きく、施設の将来展望を含めた業務充実にも関与しつつ実習を行う必要がある。
3    また、大学の教員と実習受け入れ先の看護職者は、それぞれ異なる立場と責任を持っているため、看護実践能力の育成に向けた共通認識・理解に至っていない面もある。そのため、実習生の受け入れが、日常業務の運営の安定を乱すという危惧や、通常業務の方法が批判の対象となってしまうという不安もある。さらに、看護職の定数配置には、実習指導が考慮されておらず、多忙を増幅させる状況がある。
4    大学には、実習の責任者としての教授の役割の不明瞭さや実習指導を担当する教員の看護実践能力の乏しさが指摘されている。

2)  問題解決のための方策の検討
  看護実践能力を向上させる最も有効な手段は、臨地実習である。にもかかわらず、前項で述べたように多くの課題がある。その中で、最も大きな課題は、学生という未熟な者が患者等対象者に対応するという状況が挙げられる。
  これに対して本検討会では、学生が着実に看護実践能力を培うために、
ア.学生の到達度を適正に評価していくこと、
イ.臨地実習指導体制を構築していくこと、
ウ.新卒者を支援していくこと、
の3点から対策の検討を行った。学生の看護実践能力の到達度の評価に関しては、今後各大学の取組を充実させるという意味で、卒業時の能力評価、標準評価基準による大学間共用試験の可否についても検討した。

臨時実習の充実に向けた方策


3.学生の看護実践能力の到達度の適正評価

1)  臨地実習開始時・終了時の習得レベルの確認
  段階別に編成される各実習では、実習に出る前に、技術学習項目の習得レベルの確認が重要な意味を持つ。ワークショップ参加校の調査では、事前の技術チェックを実施しているところは多いが、科目ごとに実施しており、大学全体としての実施体制ではないという回答が多かった。
  対象者への責任を自覚し、必要な看護技術を準備させるために、学習不足を確認した場合には、事前の自己学習を課す。この方法をすべての実習で実施する必要がある。本検討会では、看護実践を支える技術学習項目を提示したが、臨地実習に臨む全学生について、当該実習の到達目標に沿い、それぞれの到達度を含めて、事前の習得レベルの確認と実習終了時の到達レベルを確認することが必須である。今後は、実習開始前と終了後に評価する体制を構築すべきである。   

2)  臨地実習の事前学習の充実
  到達目標には学内で達成できることと、臨地実習でしかできないことがあるので、実習前にこれらを明確にしておく。学内で可能なことは、教育機器やシミュレーションモデルの利用によってもかなり充実させることができるので、今後とも各大学は、施設設備の拡充と教育法の開発を行い、その成果を共有することが望ましい。
  臨地実習の事前学習(知識・技術・態度)としては、知識の確認、技術の正確な展開なども大事ではあるが、その点のみにとらわれることなく、人間を対象としたケアの基本を確実に踏まえて実習に臨む姿勢が重要である。また、学内での学習と臨地での学習とを一貫して指導していく必要があるので、教員が実施した個別学生指導の状況は、施設の指導者と共有する必要もある。事前に学生指導上留意すべきことを共有し、教員と現地指導者の役割分担を確認しておくことが有効である。また、学生が看護技術や看護判断を現場の看護実践から自ら学びとる能力を高める教育を積極的に進めるプログラムの充実が必要である。
  看護の実践は、人間的かかわりを介して遂行するという側面が強い。そのため、早期学年次から臨地で学習することも有効な方法となる。その場合は、上記とは別の学習目標で行われるべきであり、学生の年齢にふさわしい人間関係形成の基本を学生ごとに事前確認するなどの取組が重要となる。

3)  卒業時の到達度の確認
  本検討会では、医学・歯学教育で採用しようとしている「客観的臨床能力試験」等の共用試験を取り上げ、ワークショップ参加者に対して、卒業時の実践能力を評価する大学間共用試験について意見調査を行い、以下の表4の結果を得た。
  各大学の教育に責任を持つ教員の意見としては、卒業時到達度の確認の必要性を是認する者は多い。したがって、今後は、各大学での主体的取組の積み上げとして学生の到達度の確認を行う体制を、大学ごとに、そして大学同士の協力によって構築していく必要がある。


表4  卒業時の看護実践能力についての共用試験への教員の意見   

○ 必要であるが可能性を拓くまでには課題がある
(内訳) 限定した範囲でならば可能である、チェックリストならば可能である。
各大学が卒業前能力評価をする作業から始める。
標準化作業が必要である、レベル設定をして行う、実施時期を決めて行う。 国家試験との関係を明確化する、システムづくりをする、センターの如き拠点を設定する。
教員不足で一大学では無理である、インターネットを活用して大学間協力をする。 大学の現状を調査してから考えたい。 医学よりも心のケアが重くなることを重視したい。
国民への技術保証は大事である。 各大学が卒業時習得能力に責任をとることを促すことが大事である。   
○ 必要であるが危惧がある
(内訳) 大学教育の独自性と発展とを阻む危険性がある。 共用試験ができると教員側の意識がそれで良しとなり独自の教育の工夫をしなくなる。
学校養成所指定規則依拠と同じ状況を招く、試験はマニュアル教育を容易に招く。 大学の特色を消してしまう、特色づくりの方向とは矛盾する。 大学内の議論をまず行い、時間をかけた議論で決める。
必要性と同時に可能性の議論を十分すべきである。
○ 必要ではない
(内訳) 大学に任せて欲しい。 画一的発想は疑問である。 医学教育の単なる模倣で早期導入は危険である。


4.臨地実習指導体制の基盤づくり

  本検討会の議論で、看護学の教員の看護実践能力向上の必要性が指摘された。看護学は、実践の科学であるので、教授・助教授・助手を含めて教員には、看護実践の能力が問われる。採用時に実践経験を問うばかりではなく、常に実践能力を向上させるシステムをつくる必要がある。実践の場との人事交流などの条件整備が必要である。

1)  身体に直接影響を及ぼす技術実習
  臨地実習の実施体制に関する最大の課題は、実地に体験させることを通して実践能力の基礎を培おうとしても、学生であるがゆえに、制約が伴うということである。
  今回、身体に直接影響を及ぼす技術(いわゆる身体侵襲を伴う技術)教育について大学の現状を調べたところ、各大学は、演習(または学内実習)を強化する方法を中心にさまざまな工夫をしていた。一部には、それらの技術は実施しなくて良いとしている大学もあった。
  看護業務において必要となる身体侵襲を伴う技術は、多種類に及ぶが、その実施には、インフォームドコンセントを含む対象者への十分な配慮が大前提となる。いずれの技術の習得においても、習熟した看護職者の指導が不可欠である。
  また、実地に体験し学習したか否かは、卒業直後からの技術の習得の方法に大いに関連してくる。そのため、大学によっては、身体侵襲を伴う基礎技術の範囲を定めて、学生ごとにローテーション実習の過程を追跡し、全く体験しないで卒業することのないように終盤で補う仕組みをつくっている例もある。大学の教員には看護実践に習熟した者を採用することによって、教員または実習施設の看護職者が個別指導をする体制が整えられる。このようなことが、単に技術を学習するということだけではなく、看護の専門性の特質を伝える努力としても、価値ある取組である。
  これらの実習体験は、無資格であるから実施しなくても良いというものではなく、条件を整えて可能な限り実地に体験させるべきものである。一つ一つの看護技術に関して、学生の準備状況の確認を含めて習熟した看護職者による個別指導が重要となる。学生が実地にどこまで行うかは、常に指導者の判断するところであるが、場合によっては補助業務を実施しながらの見学実習となっても、その体験はその後の技術習得に意味あるものとなる。
  大学では、これらの困難な教育上の課題に対応するために、看護実践の経験を有する者を教員に採用しているはずである。現在、教員数が少なく、体制上課題を有する大学もあるが、身体侵襲を伴う技術を必須学習項目から除外するというのでは、看護実践能力を備えた次世代の人材育成は不可能となる。施設に対して身体侵襲を伴う技術実習条件を明確化し、大学が協同して指導体制を整備していく必要がある。

2)  学生を含めた共同カンファレンスの充実
  臨地実習において学生は対象者と密に接することにより、時には対象者の真実を施設の看護職者より把握していることがある。対象者の訴えを受け止め、学生、看護職者、教員が連携して対象者のより良いケアを考えていくことこそ、学生にとって、看護の本質と真髄に触れ、その真価を学び、醍醐味が体験できる良い機会となり、これが看護学生のモチベーションを高めることにつながる。また、カンファレンスという教育方法は、施設の看護職者が学生の考えを直接知り、理解することにより、臨地実習教育目標の理解を深め、さらには学習内容や到達度を把握・評価できるまたとない効果的な教育場面となる。これらの教育方法の展開の結果、実習施設の看護職者と教員と学生の三者の双方向での教育の波及効果が出現する。この三者の補完的相互作用は、実践的に看護学の発展に寄与すると考えられる。それは、一方では結果的に、実習場の看護ケアの質を改善していくことにつながる。さらに円環的には、学生はカンファレンスを通して対象者の権利擁護者としての対象者のニードを伝え、そのニードに対する看護ケアを考え、実現する実証的な学習機会ともなるからである。

3)  大学と看護実践施設との関係
  大学は、看護実践の質の向上のための諸活動をすることをその社会的使命としている。そのため、研究活動・教育活動のどの面からも、提供している看護サービスとその提供者である看護職者について、現状を調べ、充実・向上させていくことに責任を持つ。したがって、大学と施設との関係は、単に実習協力依頼をするというものではない。その施設の看護サービスの充実方策を現職者とともに考え、将来的には当該大学の卒業者を送り、看護実践研究活動を施設と共同で取り組むという関係にしなくてはならない。この過程では、施設側の看護職者に対する生涯学習支援をし、臨地の看護職とともに、看護実践方法の改善・充実のための研究を実施しながら、看護サービスを充実させる活動も展開することになる。
  看護学の教員自身が看護実践家としての資質を高めるために、教員が常に実践の場に出向いて研究活動を続ける体制をつくり出していかなくてはならない。そのことは、実習施設において、看護実践の充実と改革にかかわり、施設の看護職者と目的を共有した看護実践に取り組むことである。そうすることにより、看護実践の充実の意味や看護学追究の価値を学生に示すことができる。その過程では、当然のことながら、教員の看護実践に向けた能力の開発、実践研究の能力の向上を図ることができる。大学としては、これらの取組を今後急速に充実させなくてはならない。

4)  学生へのモデル提示の重要性
  臨地実習の場に卓越した看護職者のロールモデルがいることが学生に良い影響を与える。中でも身体侵襲を伴う技術の実施は実践現場の経験を積んだ看護職者の責任であり、学生にケアの実践モデル、専門職者としての役割モデルとして機能してこそ臨地実習の意義がある。優れた看護が実践されている状況や卓越した看護職者の存在そのものが最良の教育となる。
  多くの大学では、「看護実践の改革を担う人づくり」を人材育成目標の一つとしている。しかし、臨地実習など実践現場での学習で、看護職者が現実の改革を担う姿を通常の姿として示すことは難しい。したがって、現場の看護実践の諸事象から卒業研究課題を見付け、看護実践の現状から乖離しない卒業研究を導く学生指導をしても、現状改革への力量発揮は、学生自身の差し迫った課題ではなく、遠い将来に向けた理想像としかならない。そのことが看護実践の改善・向上への意欲を失い、医療サービス受益者の代弁者である姿を生み出す基盤とならない状況をつくっている。
  今後各大学教員は、学会等の場において、実習施設の看護職者とともに、看護実践の充実・改革のために研究している事実を積極的に示すことにより、学生に看護実践改革者としての役割を認識させ、その可能性を伝えなければならない。

5.新卒者への支援の必要性と方法

  看護実践の現場では、卒業直後の者であっても直ちに一人分の看護職員の業務を分担する体制に組み込まれる。しかし、これまで述べた看護実践能力を支える技術学習項目について、卒業時の到達度が保証され、さらに国家試験を合格しても、卒業直後の看護職員は、技術面では現場が求めるところの「習熟したレベル」には達していない。現場では、多様で複雑な能力が求められ、そのため初めての職場環境ではリアリティ・ショックに陥ることが多く、支援体制を必要としている。

1)  新卒者の教育担当者の設定
  新卒者に対しては、専任の教育担当者(プリセプター)を定めることが望まれる。特に、学習意欲を支える職場の雰囲気づくりが必要である。教育担当者の計画したプログラムを、医師等他のスタッフも支援し、新卒者がチームの一員として、その役割を早期に果たせるようにしていく体制づくりが必要である。大学卒業者受け入れ経験の全くない施設も多いが、その場合、経験のある施設からの情報提供を受けるなどして、受け入れ体制を整えることが大切であろう。

2)  院内研修内容の充実
  新卒者の学習ニーズを把握し、大学図書館なども利用できるようにしながら、適切な学習の機会を持てるようにすることが大切である。 新卒者に必要な研修内容は、大学卒業時の到達度を今回明らかにしたので、それを基盤に計画することが望まれる。学生時代に体験できなかった技術項目や特殊な状況にある対象者のケアについては、体験できる機会を企画する。特に、重症・脆弱者への対応と看護、最新医療機器の扱い、侵襲的医療看護行為、与薬にかかわる実践的知識、緊急時の対応などは意図的に学習機会を設定しなければならない。

3)  その他
  4〜6月新卒者が臨床現場に慣れ、一人前の業務を安全に遂行できるまでの期間は、新人教育にかかわる担当者の業務を他のものが担うことになり、現場が厳しいマンパワー不足を経験する。何らかの形で看護業務を担うマンパワーを確保し、看護の質を確保することは、新卒者の教育を効果的に行うために欠くことができない。また、今後は、就業後の過程の追跡調査によって実態を把握し、新卒期の支援の在り方を検討していく必要がある。新卒期の研修を特定の施設で行う制度の開発、地域の老人保健施設・訪問看護ステーション・療養型施設等との連携により、幅広い領域の新卒者の支援方法等を開発していくことが必要である。
  なお、新卒者自身が積極的に主体的に各種のサポートを求めて活用することが大切である。そのためには、在学中から、職場適応能力の強化、キャリア支援など、学生に自覚を促す具体策が望まれる。

4  教育の質の向上と改善   
  看護学の学士課程では、卒業時点において一定レベルの看護実践能力をすべての学生が確実に習得している状態を目標に、その学習を保証できる体制をつくることが喫緊の課題となっている。その意味で、教員の教育能力の開発の在り方をまとめ、その上で、看護学教育を恒常的に改善していくためのシステムの構築を検討した。

1)  組織としての教育能力の向上と教員個々の資質の向上
  大学における教育機能開発には、教員個人の能力開発という面ばかりではなく、教育組織としての機能開発という面がある。看護学の学士課程教育の質を充実させるためには、この両面の追究が同時進行的に行われる必要があり、これらの取組自体は、各大学が教授会の下に担当委員会を常設して、組織的・計画的に行う体制が必要である。
  実習科目を担当する教員と担当しない教員との比較で、担当する教員が著しく時間的に負担であるという大学が見受けられる。各教員間においては、教育実践基礎資料等を作成し、教員間の教育時間負担のバランスに配慮すべきである。看護実践教育の質を向上させるために、教員個々の教育実績を適切に評価し、教員組織としての充実に努める必要がある。
  また、この活動内容は、教員の教育能力開発を基盤にするものであるから、教員の主体的参画が不可欠である。同時に、組織の目的である「より質の高い教育活動実現」を目指すものであるから、大学の理念・目標の追究、教育研究のための環境整備とともに、教育組織の長の全体にわたるリーダーシップの発揮が重要となる。
  ファカルティ・ディベロップメントの方法では、本報告で提示した看護実践に直結した技術教育活動について、現状を多角的に点検評価し、より確実で効果的方法を模索することが大切である。その方法は、各大学の状況に適合したものでなければならない。教育活動は、本来教員による共同活動である。にもかかわらず、現状では、教育課程の確認と授業科目ごとのシラバスで教育内容を共有するだけにとどまっている傾向がある。これを確実に協働作業とし、より効果的な方法をつくり出すところに意味がある。
  看護学分野においては、従来から、教員が集合して教育方法の相談や研究をするということが、しばしば行われてきた。特に看護実習を行うにあたり、関係者の合意を得るということは不可欠で、その中で教育方法の検討が常時行われてきている。したがって、こういった取組を教育課程全般にわたり行うことは可能である。看護学のファカルティ・ディベロップメントでは、部外者を招聘して研修するのみではなく、教員各自が日常的に取り組んでいる教育方法や教育上の工夫を交換することから発展させることが必要である。
  本報告書で提示した技術学習については、今後学生自身の自己評価方法、教育担当者の評価基準などを、各大学が個々に開発し、検証する段階を踏む必要がある。また、これらの取組はファカルティ・ディベロップメントとしても極めて有効であることから、既に部分的に実施している教員たちが、その実績・経験を報告し工夫を交換し、組織としての効果的な展開方法を意図的に、計画的に追究する場を検討する必要がある。

2)  大学の基盤づくりの活動と人材育成目標の点検評価
  看護学の大学は、21世紀社会に向けた国民の生活に欠くことのできないケアを準備し、その質を保証することに期待が寄せられている。その意味で、本来、国民から厳しい評価を受けるべき立場にある。しかし、今回の議論でも、卒業生を受け入れる現場(医療・保健機関)から、とりわけ同職の先輩からも厳しい批判がなされ、大学差や学生の個人差なども指摘された。さらには、大学教員自身の看護実践能力が低いという指摘もあった。
  看護の大学の在り方で、最も大事なことは、単に眼前の医療の需要に応えるだけではなく、真に、国民要求を見つめて、これを追究していくという視点である。その意味で、大学教員の研究への関心を着実に「看護実践の改善・向上」に振り向け、現地看護職者と提携した共同研究を推進する体制をつくっていくことが大切となる。
  現場が日常の実践活動改革に取り組むのに際しては、学生の参加を促すことによって、改革の意義・面白み、対象者への社会的責任などを学習させることができる。看護職者が医療サービスの充実発展・改革の基軸となっている姿を理解させることが重要である。これは、大学の教育研究活動の基盤づくりである。
  次に、大切なことは、人材育成目標と教育課程の見直しである。特に今回指摘したのは、「看護実践改革能力の育成」という点である。多くの大学で、看護実践能力について認識されているところであるが、明文化した上で、教育課程の自己点検・評価の視点に加えられていることが必要である。大学教育では、「課題探求能力」が問われているが、看護学固有の課題としては、看護実践を改革していく能力の育成に焦点をあて、看護実践の現実から乖離しない教育の方法が重要である。
  その過程では、卒業者の就職先からの評価等も積極的に取り入れ、教育環境の改善や教育改革を進めなければならない。また、外部評価を着実に行い、これを積極的に公表していくことが大切であるが、この場合看護学教育の発展につながる形成的な外部評価であることが重要である。その意味では、実習過程で患者等対象者から学生評価をする例にもあるように、看護学教育の固有の課題を見極めて、広い領域の人々の協力を得た評価体制をつくる必要がある。

3)  教育の質の改善を恒常的に図るシステム
  従来より看護学の大学においては、各大学が自己点検・評価のためのシステム(学生による授業評価を含む。)をつくり、教育の質の向上への取組を実施している。例えば個別の授業の改善として、学生からの授業評価を科目ごとに、または授業終了時に無記名・記名で小票記入で学生の反応を調べ、その結果を次回の授業に活かすという体制をとっている例もある。また、教員が体験した看護事例・場面を例示したり、実習直後に学生の体験した援助事例を報告させたりした小集団による討議を頻回に行っている例もある。これらの過程を通じ、学生の理解状況を把握し、次の教育方法にフィードバックさせることが可能となる。
  しかし、今後、これらの努力を各大学の看護学に関する教育組織全体の体系的かつ恒常的な教育活動の質向上につなげるためには、学内関係者の一層の努力によるシステム的アプローチが必要である。
  このための方法論としては、各大学が作成する、看護人材育成のための教育計画に基づき教育を実施した後、その具体的な成果を評価し、教育計画を含む教育活動全体の改善につなげ、さらに良質な教育が行われるような仕組みを構築していく必要がある。これらの活動の実施過程においては、社会に対するアカウンタビリティを確保することも重要である。
  特に、看護学教育固有の教育形態であり、本報告書で看護実践能力の育成上重要なものと位置付けた臨地実習については、その教育活動全体をとらえ、それにふさわしい活動の目標と成果を評価・改善していく仕組みづくりが重要である。何故なら、臨地実習は、極めて複雑で多様な要素が関連していることから、その要素を体系的にかつ確実に点検していかなければ、大学教員と大学外の施設の看護職による質の高い指導体制の構築はできない。
  また、看護学教育の質を恒常的に高める観点から、臨地実習の計画・実施・評価・改善の全過程において、各大学が実行すべき事項を事前に整理・明文化し、関係者の意識の統一を図る必要がある。計画・実施・評価・改善の各段階の実施状況の評価を重ね、この過程で次期実習の改善・充実を常時行う体制を構築することが必要である。
  なお、これらの作業は、各教員が主体的に行うことは当然であるが、学生指導に直接かかわる大学外の看護職者と対等の立場で共同して行い、実習に対する共通認識をつくることが重要である。学生に対する学習機会を意図的につくり、この改善・充実を図るためには、後輩育成の問題意識を関係者が共有しなければならない。


   以上の活動は、各大学において既に実施されている自己点検・評価や外部評価等をより体系的に行い、教育活動の質の向上を恒常的に図るとともに、社会に対し看護学の学士課程が提供する教育内容の質を保証する上でも有効である。

今後の課題

  看護学教育は、極めて幅広い方々の協力なくしては実施することも発展させることもできない。本報告書の内容がより広がりを見せるためには、以下のような関係各位の理解と努力が求められている。      

国民の皆様へ
  国民の期待に応じられるような看護職を育てることは、大学の重要な社会的使命である。しかし、看護学教育において、看護職としての能力の基本を培うためには、看護実践の場で、患者等対象者に対して看護行為を行うなどの臨地での体験が重要な要因となる。その意味で、国民の皆様には、臨地の看護実習へのご理解とご協力をお願いしたい。従来、看護学生は、実習でかかわった人々から、多くの学びと励ましを得ている。実習で体験した対人関係は、看護職者としての態度や人間性の涵養に極めて大きな影響を与えている。サービス対象者から学習するというのは、看護学教育の大きな特徴でもあるので、次の世代の看護職者を育てるという立場から学生を支援いただくようお願いしたい。      

学生諸君へ
  看護学は、人々の健康生活のニーズや社会的なニーズの変化に着実に対応する必要がある。学生諸君は、自分が選択した看護学分野への社会の期待を十分認識し、主体的に看護実践能力を身に付けていただきたい。      

実習施設の関係者へ
  看護実践能力を確実に備えた質の高い看護職の育成には、臨地実習の充実が不可欠である。保健・医療・福祉の各施設においては、看護学の臨地実習にご理解をいただき、積極的な協力をお願いしたい。保健医療福祉施設における看護職の現状を見ると、看護実践にかかわる最新の知識・技術や情報は、極めて豊かになっている。これらを背景に、大学の教員と相互連携を図り、看護実践能力育成のための指導体制づくりにご協力をお願いしたい。
また、臨地実習には看護対象者の協力も不可欠であることから、看護実習協力施設であることを明示するなども大切である。

各看護系大学の関係者へ
  
1    学士課程全体を視野に入れたコア・カリキュラムの検討を行う
今回、看護学教育内容のコアの一部である技術教育内容を取り上げているが、看護学教育の充実・発展のためには、カリキュラム全体の検討が不可欠である。そのためには、各大学が教育実績資料に基づく検証を行うほか、大学同士の協力による取組が、引き続き進展していくことを切に望んでいる。   
2    学生の看護実践能力の質を保証する仕組みづくりの検討を行う
本報告書においては、卒業時の看護実践能力の質を一定レベル以上に確保することと、それはすべての大学の卒業者に共通したものでなくてはならないことを確認した。これらは、大学同士の協力とともに、 3の連携体制を各大学レベルで確保することにより、初めて策定することができるものである。   
3    実習受入施設との連携を図り、教育の基盤づくりに努める
各大学は、臨地実習指導の充実に向けて、それぞれの状況に応じた方法で実習施設との連携を充実させ、看護学教育の基盤を充実させる必要がある。   
4    大学については、指定規則の適用除外が可能となるような状況をつくる
今回、卒業時の到達目標・到達度の重要性を確認し、すべての大学の卒業者に共通したレベルを明らかにした。今後、この成果を踏まえ、大学同士の協力に基づく共通のコア・カリキュラムに関する検討を重ね、大学教育における到達度を保証できる状況をつくる必要がある。   

関係行政機関へ
  
1    看護職の定員配置については、看護実習指導要員の措置をお願いしたい。   
2    新卒者の支援という観点からは、卒後臨床研修等の必要性が極めて高いことが確認される。これらの制度を含め、関係各省での検討をお願いしたい。   
3    看護及び看護学を取り巻く状況の変化は著しいものがある。さらに本報告に伴い、大学等関係各方面の取組の進行が期待できるため、適切な時期に本報告書の見直しが必要である。   
4    看護実践能力の育成のためには、看護の免許を持たない学生も看護行為を行うことが大切であるので、教育現場の実績を踏まえつつ、その法的な関係などの整備をお願いしたい。   
5    看護系大学の教員と大学に協力している病院の看護職員との人事交流が円滑に実施できるよう支援をお願いしたい。

おわりに

  看護系大学は、国民の期待を受けて、ここ10年ぐらいの間に急速に増大してきた。これらの人材育成を着実に発展させていくことは、人々の健康と福祉を向上させるために欠くことのできない取組である。本検討会は、看護学の学士課程教育について、看護実践能力の育成に焦点をあてた教育充実のための方策を取りまとめた。
  報告をまとめるにあたり、まず、二つのワーキンググループのメンバーの熱意あるご努力に感謝したい。成果の多くは、看護学教育を今一歩前進させるために貴重な内容が議論され、報告書の内容を構成する上で有効な資料を提供してくれた。また、昨秋行われた看護学教育ワークショップにおいても、参加者が熱心な討論をし、討議内容等は、本報告書の資料として諸所に活かすことができた。さらに、最終段階では、全国の国公私立看護系大学の代表的教員・ワーキンググループメンバー、上記ワークショップ参加者から貴重な意見をいただき、これらにより、内容の充実を図ることができた。さまざまな形でご協力いただいたすべての方々に、改めて御礼申し上げる。
  今回の検討は、短期間に行ったものであるが、今、看護学教育の確かな発展を促すという点では重要な課題を提起しており、今後、各大学等関係者が積極的に取り組んでいくことを期待する。さらに、それらの成果を踏まえて、各大学等の創意工夫の下、看護学教育の一層の充実が図られることを強く望むものである。
  これらの取組によって我が国における看護学教育が、真に社会からの要請に合致したものとなるとともに、国際社会にも通用する資質を備えた看護職者の養成が図られると考えるところである。

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