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はじめに

  我が国の看護職者の育成は、長期にわたり、医療機関に付置されるなどの専門学校において行われてきた。看護学の学士課程は、昭和27年(1952年)に開始されていたものの、その後大学数の増加は遅々としており、本格的な大学・大学院等高等教育機関における人材育成は、平成4年の看護師等の人材確保の促進に関する法律に基づく施策の実効を見る段階になってからといっても過言ではない。その後約10年の間に、看護学の学士課程は増設され、入学定員は、看護師養成の1割に及んでいる。
  看護学の学士課程は、保健師・助産師・看護師に必要な専門の基礎を教授する学科である。現在、各大学は、それぞれの理念に基づく人材育成と教育課程を策定し、特色ある教育活動の展開、独自の方法の開発を競い始めた段階にある。また一方、看護学の大学教育に対しては、社会からの期待が大きいだけに、卒業生の活動も含め、真に社会のニーズや国民の期待に応えているか、が問われている。
  他方、今日の社会変化は著しく、看護学の人材育成においては、人々の健康生活のニーズやそれを守る体制など社会的なニーズの変化に着実に対応できる教育を行う必要がある。それは、患者の権利意識の向上や、より安全で質の高い医療看護を求める声に応えることを意味する。
  また、グローバル化時代における国際的通用性を持った質を確保していく必要がある。 そこで、本検討会は、看護サービス利用者など多様な立場からの意見を受けて、看護学教育の在り方を検討し、本教育が真に国民のニーズに対応する教育内容と実施体制の中で発展する方策を探ることとした。
  もとより、教育は大学の主体的取組において行われ、発展させていくものである。したがって、本検討会は、そのことに十分配慮し、今日、各大学が取り組んでいる看護学教育の改革・充実の不断の努力が、全大学的規模で、広範囲に、かつ効果的に進んでいくための方策を提示できればと考えた。
  
(注)本報告書では、保健師、助産師、看護師を総称して「看護職者」と表記する。

なお、本検討会は、開始にあたり、調査研究事項として、
  1コア・カリキュラムの在り方
  2臨地実習の在り方
  3ファカルティ・ディベロップメントの在り方 を挙げ、
  1及び
  2については、ワーキンググループを組織して短期集中的な議論を行った。また検討にあたっては、各大学のカリキュラムに責任を持つ教員と臨地実習を受け入れている施設の看護管理者の参加を得て行われた看護学教育ワークショップ(平成13年11月、文部科学省主催、千葉大学実施)における、コア・カリキュラムと臨地実習に関する検討の成果を活用する等により、幅広い意見を踏まえることに意を用いた。
  

1  検討の基本的考え方

1)検討の基本
  議論に先立ち、以下の4点を検討の方向性として基本に据えることを確認した。
  
  1看護学教育の特徴を踏まえ、広く関係者の参画を得る。
  看護学教育には臨地実習が不可欠であり、保健医療福祉施設及びそこに働く看護職者、患者・家族や住民などの直接的な協力が必要である。これらの関係者の意見を受け止めた議論とするため、看護学教育ワークショップを開催し、57大学の教員と、35施設の看護職者の参加を得た。
  
  2大学における看護学教育の課題を受け止める。
  初回の検討会で各委員から多様な課題を提起した。また、ワークショップにおいても、大学教員・実習受け入れ看護職者から見た看護学教育の課題を調べ、これらを起点に議論を行った。
  
  3大学における看護学教育活動の公開を図る。
  大学が取り組んでいる能力育成の方法、理念・目標に向けた教育の努力,教育研究活動の実績、大学の教育の評価システムと評価に基づいた改善措置等を含めて教育活動の内容を社会に対して説明していく体制を持つことが求められている。
  
  4教育の「質」の恒常的な改善方法を明示する。
  大学では、教育研究活動に関する自主的な点検評価を行い、社会に対し卒業生が修得する能力の質を保証する活動が強化されなければならない。そのために、各大学が自らの責任において、恒常的にその活動の「質」を向上させるシステム的なアプローチが重要である。これは、公的存在としての大学が果たすべき社会的説明責任(アカウンタビリティ)の遂行につながるものである。

<検討の留意点>
当初確認した現状と課題の整理から、以下の7事項に十分配慮しながら進めることとした。
  1  医療の現場では倫理的諸問題への適切な対応が看護職者に求められていること
  2  看護職の責務が拡大する中、ヒューマンケアの中核的担い手、看護の新たな価値を創造する力を持つ人として教育すること
  3  学士課程は、看護職者養成の入学定員の1割強に及ぶ段階に至り、看護職者全体への効果への期待が増大していること
  4  各大学が個性ある教育活動を発展させることが、21世紀の看護活動の在り方を方向付けること
  5  教育のグローバリゼーションに対応するため国際看護師協会の国際的視野での人材育成に関心を寄せること
  6  看護学教育は、各大学の主体的取組においてなされるべきであるという原則を貫くために十分配慮すること
  7  大学教育及び看護職を巡る状況は、常に変化しており、本報告については適切な時期に再検討される必要があること
  
2)看護実践能力の育成を取り上げた経緯と考え方
  本検討会は、大学による看護人材育成が確実に社会の期待に応え、21世紀の初頭において、さらに一層の発展を図るために、現状にはどのような課題があるかを検討した。そこでは、大学卒業者の看護実践能力の向上の必要性と、看護職としての社会的責任、並びに国民の要望に対応した看護の質の向上が強調された。これからの保健・医療・福祉サービスの在り方としては、サービスを受ける人が分かりやすい言葉で十分な説明を受けたのちに、主体的に意思決定ができる環境づくりが強く求められる。医療の現場では、患者の権利擁護者として機能する看護職の責任は大きく、教育の在り方としては、それに必要となる基礎能力の育成を確実に行うための教育内容を準備しなくてはならない。
  本報告書では、看護実践の質向上のための人材育成として「看護実践能力の育成」に焦点をあてた検討を行い、上記の社会的使命を果たし得る人材育成のための教育課程とその実施体制について充実・発展方策を追究した。
  看護学の学士課程は、現在約半数の大学が学年進行中という時期であり、「個性ある大学教育の発展」と「看護職の最低限身に付けておくべき技術教育」との関連をどう位置付けるかについては、その在り方を模索している段階にある。この時期に、看護実践能力の育成という視点から検討を行い、教育内容・方法、実施体制の方向性を示すことは、単なる教育内容向上の観点ばかりではなく、各教員の日常活動並びに組織的活動の在り方を見直す上で重要な契機を提供するものであり、今後の各大学の教育活動の基盤形成の観点からも意義は大きい。
  看護実践能力の育成においては、臨地実習という教育形態が重要な意味を持つ。看護学の臨地実習は、看護サービス対象者、看護職者が就業している各種の施設、施設の看護職者など広範な人々の協力によって成立するものであり、この実習実施体制づくりは、大学にとって極めて重要な課題である。
  本報告では、学士課程のカリキュラムの在り方のうち、最低限身に付けておくべき技術学習項目をまとめ、その際、以下に示した学士課程における到達目標の明確化と教育内容の精選の必要性を確認した。
  
3)到達目標の明確化の必要性
  看護学の学士課程の到達目標は、看護専門職として、
  1  広い教養を基盤にした豊かな人間性を持つこと
  2  最低限必要な知識と技術を体得し、卒業直後といえども、独力で、または適切な指導・助言の下に看護ケアを実施できること
  3  将来さらに専門性を深めていくことのできる基盤を身に付けること などが挙げられている。 現在各大学では、「個性ある大学教育の発展」と「看護職の最低限身に付けておくべき技術教育」との関連をどのように位置付けるか、その在り方を模索し、看護学教育方法の多様化も進んでいる。本報告で提起した大学卒業者として最低限身に付けておくべき技術教育について各大学が検討する場合には、まず、自大学の到達目標がどの様になっているか、また、看護実践能力の育成がどのように位置付けられているか、卒業時の到達レベルという観点からも明確化することが重要となる。
  
4)教育内容の精選の必要性
  看護学の学士課程では、保健師助産師看護師学校養成所指定規則の内容を充足した教育内容を展開しているが、従来から必修・選択必修科目が多く、時間割が過密となっている。学生の主体的学習を促すためには、さらなる精選により自主学習時間の確保が必要である。
  特に現状においては、医療サービスへの国民の要望の変革や福祉・介護を含むケア体制の変革により、看護職の役割は急速に拡大し、新たな領域の教育内容も増大している。そのため、学生が学ぶべき領域も拡大し、多様化されている。したがって、大学教育を効果的に行うためには、最低限必要な教育内容(ミニマム・エッセンシャルズ)を明確化し、さらに各大学がその理念と目標に向けて、その特徴をつくる教育内容となるもの等を明らかにし効果的な教育方法を開発していく必要がある。

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