国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議
2001/02/28 議事録
平成13年2月28日(水)14:00〜16:00
東海大学校友会館「富士の間」
阿部博之(主査)、阿部充夫(副主査)、石井紫郎、石川水穂、浦部法穂、大沼 淳、奥島孝康、北原保雄、小早川光郎、坂本幸一、田中愼一郎、廣中平祐、松尾弘毅、馬渡尚憲、渡邉正太郎(副主査) の各委員
住吉昭信、町田篤彦、山崎稀嗣、吉原經太郎 の各関係者
工藤高等教育局長、坂田研究振興局審議官、清水高等教育局審議官、杉野大学改革推進室長 他
【委員及び関係者】
この運営組織案では、評議会にあまりにも権限が集中しすぎているのではないか。教育研究、学長の選考、予算、人事、ほとんどすべてこの評議会が審議をするという案であるが、もう少し経営と教育研究というものを分散したほうがよいのではないか。評議会はどちらかというと教育研究を重点的に審議したほうがよいのではないかと思う。これからの大学というのは外部の意見をただ聞くだけではなくて、外部の人たちにもう少し大学の経営面で権限を与えたほうがよい。先生だけに教育研究、運営、学長選出も全部任せてよいものかどうか、そういう不安に駆られる。もう少し運営諮問会議に権限を持たせるか、あるいは運営諮問会議に学内の有力者もいれて、マネージメントを審議する。それで双方が学長を支えるという体制のほうが、これからの国立大学にとっては望ましいのではないかと思う。
おそらく評議会を支えると思われる教授会については、むしろ現行より悪くなっているというか、現行より権限が肥大していると感じる。人事や予算、そういう事項まで教授会に権限を与えているが、これでは大学がどの程度社会の要請を反映できるのか疑問に感じた。もちろん経営と教育研究というのは大学にとって永遠のテーマであるが、少しはアメリカ的に経営と教育研究という権限を明確化して分離したほうが、負担も重くならないし、大学の活性化によいのではないかと思う。
【委員及び関係者】
教授会が今より権限が肥大しているとは考えていない。それは現在の教授会でも、教員の選考を行っており、教授会で人事をやるというのは通常どこの大学でも行われていることなので、今よりも権限が多くなっているということはないと思う。設備や予算等についても、部局に関する限り設備の充実をどのようにするか、あるいは新しい研究棟が必要である、また、その新しい研究棟の内部設備をどのようにするか等というのは、通常審議していることであり、それはその部局で行われている研究や教育と関わってそういう審議をしているということなので、従来に比べて教授会の権限を大きくしようとしているわけではない。ただ教授会では、長い時間を掛けて瑣末なことまでやっているのではないかという批判もあるので、そういう点は整理をしてきちんと議論をすることも必要だろうと思うが、事項の性質としては従来とほとんど同じであると認識している。
評議会については、研究教育の運営ということなので、評議会がどこまで関わるかということについて、経営と教学の完全な分離というのは不可能だと思う。従来評議会が学長を選考しているということは規程上もそのようになっている。運営組織の改廃についても評議会で既に議論していることだと思う。予算の方針や基本決算、給与制度方針、財産管理方針などについては、大学に法人化に伴って新たに委ねられる事項であり、従来に比べて評議会の機能が少し拡大している点があるとすれば、そういうものの方針や基準については、評議会にかけなくてはいけないのではないかということからである。
【委員及び関係者】
基本的に国立大学が法人化した場合にも、その業務は結局は教育研究だということに変わりはない。国立大学法人が何らかの付帯業務を行うにしても、それは極めて限られたものであって、まして営利的なことを行うことは全く考えられないということを前提にしてこの組織も考えていかなければならないと思う。そう考えれば、教育研究に関わらない事項というのはほとんど考えられないということであり、そのことを出発点にしなければならない。その上で、円滑かつ強力な方向性を持った大学の経営、運営ができるような体制をどうするかということについては、従来から大学内部でも多くの人が実感しているし、外部からも言われていることであるが、従来、学長なり執行部のリーダーシップが必ずしも十分ではなかった、そこをいかに強化するかということが重要な点になる。今回の案でも、評議会について考えるには、学長を支え、執行部の業務を分担し、責任を持って行う役員の組織、これをいかに強化するかということを極めて重視したつもりである。そのこととの関係で、執行部と教育研究を実際に担当する教員の意向を反映する評議会との間でいかに役割分担をするか、そこは制度設計の問題ということになるので、評議会の扱う事項は大学というものの性質上、その業務の全般に広く渡らざるを得ないと考える。もちろん細部に渡って細々と評議会が議論をし、学長の足を引っ張るということが望ましくないというのは当然であり、教員の人事、懲戒などについては、学問の自由と非常に関わるので、今の教育公務員特例法の考え方を大事にしつつ、その他の全般的な教育研究の運営、大学全体の運営について、前向きに企画立案をするのは執行部の役割である。評議会はその基本的な事柄について行き過ぎがないかどうかをチェックする。更にその細かい実施局面の問題については、評議会はできれば立ち入らずにできるだけ執行部の裁量に任せる。大雑把に言えばそういうイメージが望ましいのではないかと考えている。
【委員及び関係者】
前回の委員会に出された案では、評議会は最高意思決定機関であり、学長・役員会は最高執行機関だと書かれていたが、今回の案の表現では、ただ審議機関であるという書き方になっている。このように違ってきたということについてどういう意味があるのか、ご説明をいただきたい。
私は最近の2つの大学審答申に関わってきた。特に平成10年に出された21世紀の大学像では委員の1人として関わった。平成12年に出されたグローバル化の審議に関しても、大学の組織運営の問題が話題になり、教員に教育研究に専念するような機会をできるだけ広げていこうという考え方や大学は効率的な運営を図っていかなければならないという考え方があった。したがって評議会や教授会といった教官を中心とする組織はできるだけ教学にウエイトをおいていこうではないかということが基本となって、学長のリーダーシップの確立の問題であるとか、学外者の意見を入れるとか、評議会、教授会の審議事項についてもある程度きちんとした項目を明確にしていくという方針がとられてきた。それに対して、今回提案された案は、時計の針が逆戻りしているのではないかという印象をもたざるを得ない。先程、予算にしろ何にしろ教学と関係のないものはないから、それについて触れていくのは当然だというようなご意見があったが、もちろんそれは当然のことだと思う。ただそれについて、議論をしたり意見を言ったりすることと、その会議の審議事項として決められ、権限を持って意見を言っていくこととはレベルが違う話だと思っている。それを一緒にしてはいけないのではないか、考え直す必要があるのではないかと思う。
前回も感じたが、これだけの資料を作業委員の方々が大変なご苦労で作成していただいていることは感謝しているが、そういう資料について簡単な説明があって、意見をいって、これが終わったらば次の議題に移りますということで済むような問題ではないと思う。この委員会では、今回の議題は最も議論を要する部分ではないかと感じてる。今日の簡潔な議論で、では次の議題にということにならないように、次回にまで引き伸ばしてみんなでよく考えて、更に意見を深め、そこで最終的に議論を詰めていくという手順を是非とってもらいたいという希望をもっている。
【委員及び関係者】
資料2の「基本的考え方」は非常に良くできておりこの通りだと思う。しかし、これが資料3の運営組織案の方で具現化されているかということについては疑問をもっている。ガバナンスに対する理論の基本的考え方からいくと少し欠けているのではないか。それは、一つは運営組織と教授会、評議会、諮問委員会という4つもの委員会を置くとスピード感に欠け、同じことが重複して決議されることになるので、競争力強化や学長のリーダーシップというものが欠けて確立できない。産業界の立場からいうと運営組織と例えば教授会、そのくらいに簡素化すべきではないかと思う。
ガバナンスの考え方は必ず学長なら学長に権限がいく。毎回権力化が起きる。チェックと透明性が要求され、そのために外部の人たちを入れて、知恵を拝見しながらチェックすることになる。運営組織の中で学長、副学長、それから監事と書いてあるが、学長、副学長、それに学外以外の役員という方が普通であり、アメリカだと学外のほうが多くなる。こういうものが企業運営組織であり、これによっていい知恵が入ると同時に透明性がチェックされて権力者の育成が阻止されることとなると思う。
タックスペイヤーという話がこの会議でも何回かでているが、そういうものをどう反映させるか、もう少し明確な意識が組織の中に入ってもよいのではないか。例えば、学外の役員の中に私立大学の学長を入れるのもよいし、タックスペイヤーとして1人くらい入れるというような明確な具体像が議論の中にあってもよいのではないかと思う。
評議会という言葉は古く感じるので、言葉自身ももう少し吟味すると同時に、例えば意思決定と執行の審議をどこでやるのか、そういう細かい点をきちんと整理しないと必ず混乱が起きるのではないか。
学部長の任命については、よく解からないので、もう少し解かりやすくご説明願いたい。監事については、会計面は公認会計士で監査をするなど、むしろそういう割り切り方のほうが監事の負担を減らすわけであり、監事になる人たちも非常に引き受けやすいのではないか。したがって、資料3に専門性・専任性という整理の中に、学外役員という概念を人事制度の中に入れておくと同時に、教職、事務を扱う人たちの立場をもう少し明確にしていかないといけない。
大変大きなお金と人をマネージメントしていかなければいけないので、そういう専門家が1人ぐらいは学内にきちんと置く必要であるという認識をする必要もあると感じた。
【委員及び関係者】
学外役員も可能となるように考えている。ただ学外役員を義務化するということまでは考えていない。義務化する必要があるのか、あるいは可能な程度に留めておくべきなのか、議論してもらう必要はあるのではないかと考えている。
事務の長については、事務のトップを役員に入れることについては明示してある。ただ少し検討すべきと考えている。これも義務化するかどうかということだと思う。
監事については、私の理解では会社関係でも監査役というものの内部性ということが問題になっていて、国立大学としてはやはり外部性ということを考えたほうがよいと、外から独立した監事の方がいらっしゃるということがよいということで外部的な監事とした。国からお金が出ていることなので、文部科学大臣が選考する監事ということを考えてみるということになっている。
評議会は古いという話であるが、分担と連帯による学長の統括のもとにある役員組織を執行組織と、評議会を議決機関というように位置付けており、執行機関と議決機関というものを完全に分けるという考え方になっている。これは大学審議会の答申等でもそういう方向だったと思うので、今回評議会と役員組織を議決機関と執行機関とに分けるという形を取らせていただいた。
タックスペイヤーの観点などをどのように入れるかということについては、運営諮問会議に各界の代表として、例えば産業界の代表者の方、あるいは市民の代表も含むかも知れないが、地方自治体などの層に分けて入っていただいて、そこで学長に助言勧告する。勧告というのはある種の拘束を持つと思うので、そういう形で考えてみた。従来は学識経験者からなるということで、各界代表ではないので、タックスペイヤーの観点やあるいは社会のニーズをもっとうまく反映するにはどうしたらよいかということを考えてみたつもりだが、経営の実際の中心部分に役員として参加するかどうかということについては、先程の学外役員の観点ということになろうかと思う。
組織が非常に複雑であるとの意見があったが、従来と違うところはほとんどないつもりで、従来より複雑にはなっていないと思う。部局と全学というのは、大学にとってどうしても分けざるを得ないことであり、部局独自で分野ごとに研究教育組織を単位として仕事をしているので、部局に教授会があって全学に評議会があるという仕組みはどうしても避けられない。その2重組織はやむを得ないのではないかと思う。それによって評議会で何でもやらなくて済むので、従来以上に複雑になっているという点は無いと考えている。
今回の案の中で、役員組織は非常に強化される、重要な役割を持つということを考えており、これは会社でいうと執行意思の決定というのは取締役会で、その上に例えば代表取締役がいて、それから相談役がいたり、外側なり内側に執行役員組織を設けたりということとはちがう。役員組織を1本化した形できちんと置くということであり、そこに今回法人化に伴って大学に任される事項のかなりの部分を集中して処理してもらうようにする、そういうことを考えてみた。
【委員及び関係者】
少し言い方が足りなかったように思う。諮問委員会で外部の方々の意見をきく。外部の方々が運営委員会に入っていれば、本来は諮問委員会は無くてよい。しかし大学としてもう少し広い有識者からアドバイスを受けたかったら、その大学が独自にアドバイザー会議を臨時的、あるいは常時作ってもよいことであり、こうならなくてはいけないというのは重複なのではないか。だから学外の人を入れるか入れないかが問題で、入るならばそういう考え方となる。
それから意思決定機関と執行というのは、執行には組織は無い。執行組織というのは厳然たる学部や何かである。役員会で決定したものをどうやって執行に伝達するかという、コニュニケーションが問題である。それはインターネットでやろうといってもよいものである。そうであるのに、新たに協議をして決めるという評議会とはいったい何を決めるのか疑問。そういう厳密な解釈が曖昧だと、非常にやり辛くなるのではないか。
【委員及び関係者】
役員組織は執行組織で、執行意思の決定も行って施行をする。それは連帯組織であって、法人の長が任免権を持っている、そういう組織体として形成されていると考えたので、そのレベルでの執行者というのは学長及び役員であるということになる。
また、評議会を最高の意思決定機関とすることを一度は考えてみたが、意思決定という言葉を使うと、どうしても意思決定を色々な箇所でやっているので、その意思決定と意思決定の間の関係を問わなくてはいけない。それで執行意思決定と言ってみたり、あるいはそうでない形の意思決定といってみたり、最高と言ってみたり、そういうことをしなくてはいけなくなる。この際、法人の組織としては議決機関を持つべきであるということは明らかだと思うので、法人の機関の1つで当該法人の意思を決定する合議機関、議事機関、意志決定機関という、執行機関に対する議決機関の定義に従って、評議会が大学法人の議決機関に相当すると考えて、"最高の"というような修飾語の必要な「意思決定」という言い方を避けたという形になっている。
大学改革に対して時代逆行ではないかという話があったが、執行組織と評議会とを分けることで、そういう方向に進んできているということを踏まえたつもりである。ただどの程度まで評議会で扱うかということは、少し整理の仕方が足りないのかもしれないが、執行組織というのを明確に評議会から分けて、執行組織がかなりの権限をもって執行にあたるという方向性はとっているつもりではある。
なお、前回と今回の作業委員作成の資料は、あくまでも第1次的な案というつもりで整理したものであり、議論をして詰めたり、訂正したりということは必要だと考えている。
【委員及び関係者】
最高が付くか付かないかということで相当ニュアンスは違ってくるとは思うが、実質としては意思決定機関であるといった場合は、大学としての意思を決定する機関だというようにとられる。その場合、理事長あるいは学長という名称になるかは別として、大臣から任命されるという形式で、その大学の1番責任者たる立場に立つ人間が、実は自分では決められなくて、意思決定機関なるところですべて決まったことに従わなければならない仕組みになるというのは、今回考えられている法人の仕組みとしては大変おかしいのではないかと思う。
【委員及び関係者】
その辺を非常に意識して、言葉としても意思決定機関としていない。単に評議会を議決機関と位置付けている。この議決機関という意味は、基本的な例えば予算についての方針や人事に関しての方針、あるいは給与の体系をどうするかといった基準などについて、議決機関としての評議会が決めるべきであろうと考えた結果である。しかし具体的にその方針に基づいて予算をどう配分するか、あるいは具体的な教員人事はどこがやるのか、そういうことはまた別の問題として、教員人事に関しては教授会が選考し、学長が指名する。具体的な予算配分等については執行組織としての役員組織で決定をしていくというイメージで捉えており、先程来、従来より悪くなっているのではないかというご意見もあるが、大学による違いはあるかもしれないが、従来の仕組みでは、教授会や評議会で決めないと何も出来ないという部分がかなりあった。つまり評議会の議を経ないと具体的な予算の執行1つも出来ないといったようなところがあった。その辺をきちんと整理しようということで、評議会の議決事項、議決機関として議決する事項はこういう基本的なところであり、具体的な執行は、その執行組織が責任を持って行うというようにはっきり振り分けようという形で考えている。したがって、最高意思決定機関という言葉が議決機関に変わったというのは、作業委員の間でかなり議論をして、重要な意味を与えているつもりである。
【委員及び関係者】
今日の資料の内容について、今回の1回でこのことは終わるべきではないと思う。資料の内容についてはかなり不満がある。教授会に参加する各先生方が大学を構成する主要な構成員であることは間違いないが、事実上、かなりの権限を教授会が握っているという実態があると思う。以前はそれぞれの部局、例えば学部に関わる重要な事項については審議することができるという項目があり、全てそれに引っ掛けて何でも議論をしないとだめだった。そういう考え方で教授会がイエスと言わないと全体の意思決定がなかなか出来なかったのではないかと思う。大学自身の根幹は学部の意思決定であるという考え方に全て任せたら、部分を集めたら全体は妥協の産物、方向性の無いものにしか決められないと思う。したがって、教授会も意思決定をします、評議会も意思決定をします、大学はいろいろなところで意思決定するというものは、もう考え直さなくてはいけないのではないかと思う。つまり、学部の自治というのは一体何かということ。学部の教育研究に関することは、学部の教職員が意思決定を持たなければならないと思うが、その他の様々な重要な大学経営のことは、独立行政法人になっても文部科学大臣の下でやられるような発言があったが、そうしたら何のための独立行政法人化を目指すのかということになる。教学の他に、経営的側面の責任を負うというものをどうしても取り入れなければならないと思う。
今回の案では、役員組織を作ったことが非常に重要であるいう説明があったが、役員組織で経営的側面まで担うのは無理だと思う。第一、決定する権限がなく、基本的には執行機関でしかないので、大きなことは評議会で決まり、あとは執行しますというものに過ぎない。経営的側面は誰が担うのかということは真剣に考えなければいけない。運営費交付金が国から来るからそれで全部賄えますという時代ではもうなくなってきている。外部資金をどのように調達するか、場合によっては借り入れも行わなければならないということを国立大学も考えねばならない。そういう責任は一体どうやって担っていくかというと、従来の評議会のメンバーで、研究教育もやりながら経営のこともやるというマルティメディア的な人間が果たしているのかということである。兼業的に経営的側面もやるというのでは済まないと思う。役員の中に財務担当を置くというが、1人のプロフェッショナルな人がいればうまくいくというものではない。評議会が非常に重要な意味を持つというが、評議会のメンバーが財務担当についても、予算についても十分にやるというものは無理だと思っている。
簡単にいうと、私学がやっているものを何らかの形で参考にすることが重要だと思う。つまり経営と教学の一定の分離ということは考えてもよいのではないか。今回の案は、既存の大学の実施的な運営組織でも対応できるという発想ではないかと思う。果たしてそれでやれるのか。
1法人1大学でよいのかということも考えている。場合によっては法人組織と大学は必ず一体にならなければいけないというものではないのではないか。1法人の下に大学が3つくらいあるということも考えられる。その場合は当然、法人組織としての権限と、大学という研究教育をやることの分離を考えており、おそらくそういう形でないと21世紀の大学として、国立大学が責任を持って運営ができるというようにはならないと思う。つまり今までの組織に、ただ役員組織を入れてこれでうまくやりましたでは実態は変わらない。
そういう点から結論をいうと、例えば資料3の2ページにある見解Aというところで、これに全部次の事項を審議し行うとなっているが、審議し行うということは、審議して実際に執行もするのかということにもとれる。その点、3ページの別案にあるように、基本的には評議会は大学の教育研究に関する全学的な方針を審議する審議機関とするほうがよいと思う。5ページに教授会と経営審議会というのがあるが、教授会の審議事項というのは、
学部又は研究科の教育課程の編成に関する事項、
学生の入学、卒業又は課程の修了その他その在籍に関する事項及び学位の授与に関する事項、
その他当該教授会を置く組織の教育又は研究に関する事項であるべきだろうと思う。
運営諮問会議については、経営審議的なものを置くという案に賛成である。
【委員及び関係者】
例えばこれから国立学校大学法人法というものが出来ることになるとすると、それは私立学校法人法とどのように違うのかということを明らかにしてもらいたい。またガバナンスについても全体のモデルを私学のやり方と比べたものをきちんと明示すべきだと思う。
1法人1大学の問題というのは、前々から疑問を持っている。例えば、UCバークレーやUCLAやUCサンタクラ等のようなやり方もあり得るわけで、九州だったら九州大学で1つの法人にして全体を考えていく。そのほうが遥かに将来的な発展性もあるし、柔軟性もあるし、そしてまた新しい工夫というものを入れていくことができるのではないかと思っている。この1法人1大学というのは最初から反対である。将来への発展的弾力性は残しておくべきで、それを前提にして考えるべきであると思う。
【委員及び関係者】
独立行政法人というのは民法法人なのか国の機関なのかということが分からない。株式会社であれば株主がいて、役員の任命権を全部持っている。株主が決めてくれなければ社長はおろか取締役になれない。取締役で色々なことを決めて、それぞれ分担して、執行も併せて行っていく。私立学校も全く同じで、学校法人のまず役員というのはどうやって決めるのかということが法律で決められている。それから、そこの学長や校長が入ることが1つであるとか、評議員会からきちんと選ばなければいけないとか、学識経験者から選べとか、そういう任命の仕方まで法律できちんと決められている。そして理事会というのを構成するが、理事長を誰にするかということは理事会が決めることになっている。
国と行政法人の関係が少しも明らかにされていない。文部科学省がどこまで関与してくるのか、私立学校にとってはそれが実は1番大きな心配事である。お金だけはどんどん出すが、後はどんどん自由にやってよいなどということでは、私立学校はたちどころに潰れていく。そういう相手と競争をしてかなうわけがない。競争条件を同一にしてください、それなら競争しますということである。国立と私立では猛烈なハンデがあって競走させられているといってよい。しかし今は競争にならないから圧倒的に国立大学が勝っている。したがって、勝っているという発想のもとに全てが出てきていると、将来非常に大きな間違いを犯すのではないかという感じがしている。
どこの会社でもどこの私立学校でも、執行部には理事長、担当理事がいて、そして学長もいて、短期大学長がいて、高等学校長がいて、その下に学部長がいてという形で人の組織のチャートというのは明確になっている。そのチャートそのものをどう動かすかということによって会議が置かれている。最高意思決定機関は私立学校では理事会という形になって、理事会が決めて、理事会の中には理事と監事という役員を置くと決められている。ところがこの案を見ていると役員、監事とは書いてあるが、副学長の役割が明らかではないように思う。そういうチャートを作ってみてはどうか。
また、株式会社でいう取締役会に相当するのは私立学校では評議員会である。この評議員会には予算を作る時には意見を絶対に聞かなければいけない。決算があがったらそこで報告をする。その承認を取らなければいけない。そのときには公認会計士の監査を経て、監事の監査を経て、提出して承認を取って、はじめて決算が終了するようになっている。法人の色々な大事な事項について、評議員会の議決がないと一切出来ないようになっていて、評議員会が何をすべきかということが明確になっている。しかし執行に関して評議員会は一切責任を持たない。理事会は執行に対して責任を持つ、評議委員会はそういった法律上に基づく大事なことはやるけれども、あくまでも諮問機関であり、決められたことだけをそこで審議するという形になって、はっきり性能が別れている。教授会などは執行の中における学部長の1つの諮問機関であり、教授会は執行するために必要な機関として存在しているので、評議員会や理事会に相当するものとは基本的に違っている。したがって、経営と教学をしっかり分けていくということであれば、まず国と国立大学法人が一体どういう関係にあって、どこまで国が関与するのかということが重要である。
私立大学では、入学試験の時に合格者が入学してくれないという状況がある。入学者はせいぜい合格者の3割、4割で約6割は国立大学に行ってしまう。自分のところに何人入学してくるかが解からないのが私立学校の状態である。にもかかわらず、入学者が半分以下になったりしていると補助金を打ち切られる。逆に定員の1.47を越えると、それも補助金がゼロになる。そういう厳しい選択をしながら学校の管理運営をやっており、その責任を全部理事会が背負っている。そういう責任体制を明確にする必要があると思う。学長というのはやはり理事会のいうことを聞いてやるべきで、評議員会はあくまでも必要な事項を聞いてみるという機能にしないと組織は絶対に動かないと思う。
しっかりした執行部の体制と会議の機関というものを書いて、そこは何をすべきかという整理をし、執行する体制と横で何をすべきかという機能を明確にした表を作成してほしいと思う。
【委員及び関係者】
理事会と評議員会の仕組みについて、その構成や機能に従来との関係で違いはあるが、理事会がここでいうと役員組織にあたっていて、評議員会が評議会にあたっている。執行機関と議決機関という位置付けも大体同じである。絵を描いて執行機関や議決機関の関係を明確にするということが必要であれば準備したいと思う。
国の関与の仕方については、この運営組織の中で全部を解決するということは無理であり、例えば、いわゆる大学の設置の時にどのような関与の仕方があるのか、運営費交付金の増額の時はどうか、評価に当たってはどうか、情報の公開についてはどうか、そして監事はどのように関与するのかなど、ということになっており、運営組織の中だけで国の関与のことを全部明らかにするということは無理だと思う。
【委員及び関係者】
この会議でまずやるべき仕事というのは、独立行政法人通則法というものの枠を前提にして、それでとにかく施行実験をしてみるということだったと思う。そして今日の資料もそうである。例えば、通則法を前提にしているからこそ役員会のことが出てこない。それは通則法が通常の民法法人の理事会や学校法人の理事会とも全く違うものを考えているからであり、出てこないのは当然ではないか。議論をするならばその中ですべきである。
【委員及び関係者】
副学長の位置付けについては、ちょっと会社とかと違うのではないか。例えば学務担当というものがあったり、研究担当というのがあるが、こういう人たちが役員で、学長に何かぶら下がっている、そこで役員会だけをやっている、そのような組織のように見えるところがあるのではないかと思う。一方、学部長がいて、この副学長たちと学部長がどう繋がるかというあたりが、それこそ図に書くと解からない。例えば学務というのは教育担当だと思うが、教育担当の下に各教育組織が学部長が位置付けられて、教育の面についてはその執行体制でいく。学部制をとっているところは、研究も学部長がやっているのだろうから、その研究担当の下に学部長がいると、このようにしてそれぞれ役割分担した役員、副学長が下まで繋がっていかないと能率的でもないし、その大学の役員会は一体何なのか、会議を開いて決めて執行するというが、どのようにして執行するかというと、結局は部局長会議を開いてお願いしなければいけないということになる。学長がいて副学長がいたらその下に実際の組織が位置付けられるような形にならないから解かりにくいのだと思う。
また、役員としての副学長は原則として常勤とするとあるが、これは副学長を軽くしている。原則としてではなく、学長と同じくらい大事な役だというように考えないと、大学は誰が執行していくのかというような感じになる。
【委員及び関係者】
副学長が役員になった場合は常勤が望ましいが、ただ学外の方で役員にお願いした場合、その方について常勤というきつい条件があったほうがよいのか、あるいは無くてもよいのか、その選択の余地を少し広げるという意味でこのようにしてある。
【委員及び関係者】
担当ごとに副学長が置かれるという提案の中に事務担当とあるが、具体的にはどういう仕事を考えているのか。
【委員及び関係者】
事務のトップの方が役員の組織の中にいるということで、各役員の執行機能について、事務組織に対する指揮ができるほうがよいと思う。その場合には、やはり役員の中に事務のトップの方がいることによって、各役員から各事務組織への指揮というものが円滑になるように側面から統率するという考え方が1つである。それから、学長直属の事務組織の長として全体を統率するということで役員の中に事務のトップがいた方が事務の指揮ということについては円滑にいくのではないか、また、事務の方の考えも役員執行の中に活かせるのではないかと考えた。
【委員及び関係者】
私立・国立・公立大学が各都道府県にどのくらい分布しているかというのを調べてみた。一番多いのは東京都で146、それから大阪、愛知あたりが43で、合計が10校以上のところがどのくらいあるかというと16都道府県であった。そういった状況から、地方国立大学の立場から先程の評議会の話を自分の大学に当てはめて考えてみた。この10ヶ月ほど副学長として色々な雑用をこなし、学長を補佐したわけだが、その評議会というのは評議員が各学部から選出され、評議会が定例で1ヶ月に1回ほど行われる。ところが何か緊急事態があるときに評議会を開催しようと思っても、急には集まらない。ということは、法人化されて色々な局面に迅速に対応することは、田舎のほうの国立大学ではかなり難しい。各先生方は普通に講義も持っており、非常に忙しい人が多い。しかも評議員に選ばれるような人は、研究面でも教育面でも非常にがんばっている人が選ばれる。
しかし、研究教育に関しては非常に優秀だが、運営、管理となると全く経験が無い。法人化に向けてのシュミレーションは色々なことをやってみてはいるが、評議会がどの程度の仕事ができるかを考えると、現在の評議会の仕事以上のことを付加したのでは到底やっていけないのではないか、と認識している。地方の大学では、人が足りなくて大変な時に更に仕事を増やさないでほしいと思っているということを是非御理解の上、そのような観点でもう一度考えていただきたい。
【事務局】
大学審議会の答申では、いわゆる意思決定及び執行を学長に置くという前提である。したがって評議会については最高意思決定機関という整理は取っていない。教授会がそうであるように、これまでの規定と同様、あくまで審議機関として位置付けた。教授会も審議機関、評議会も審議機関である。議決機関ではない。
独立行政法人化した場合を考えると、給与・勤務時間・組織の改廃・予算・職員数の決定など国が決めてきたことを、今度は法人内部で意思決定を行わなければならなくなるということになり、学内的には民主主義を前提としつつも、意思決定を部局代表制という仕組みのフレーズの中で総合的、戦略的あるいは経営という観点も含めて円滑かつ機動的に行えるか、問題の焦点はそこであろう。
【委員及び関係者】
今日のこの問題について、尚時間をかけて議論をしていただきたいと思う。
評議会が立法上は審議機関であって最高意思決定機関ではないと整理されているというが、大学審議会答申をめぐっても色々と議論があり、あまり言葉のレベルで決着がついたと考えないほうがよいのではと思っている。
また、外部制をどうするかという問題については、現行法でも副学長は特定の大学以外は教授でなくてもなれるので、制度的には現行法でも役員の中に外部の者を入れるということは多くの大学で可能である。そこを法令で縛るのがいいかどうかということは今後議論すべき問題だという認識を持っている。
【委員及び関係者】
今後作業を進める上でどのような方向でまとめていくべきか確認していただきたい。
【委員及び関係者】
色々と御意見がだされた点について、もう一度作業委員で復習の議論をしていただいた上で、改めてこの点はどうしても複数案としておいたほうがよいということがあればそのように整理していただきたい。
教授会については、例えばアメリカの学部長が持っている権限と責任というのは、州立大学でも日本の国立大学の学部長が持っているそれより遥かに大きい。その部分をどうするのかということについては、何か配慮しなければならないことがあると思う。それから私学との関係で、やはり多額の国費でサポートする国立大学法人が極めて大きいフリーダムを持つということは、既存の学校法人との間で大きいコンフリクトが出てくるので、そこは事務局の方で、私学の学校法人と国立大学を独立行政法人の運営費交付金等の枠組みの中で考えていく場合の国の関与について、現時点で整理できる範囲内で資料の作成をお願いしたい。
【委員及び関係者】
資料の2の内容では、経営と教学の研究の分離の発想が希薄である。あまりにも大学教員に多くの権限を集中させすぎている。つまり将来は、終身雇用型の永久就職の時代ではなく、教員任期制の時代がくる。そういう時代を踏まえて考えるべきである。そう考えれば、教員だけの教授会や評議会にこれだけ権限を集中させるということは無理である。先生の本当の役割というのは教育研究であり、いい教育、いい研究をやることが一番の仕事である。そういう発想がまったく出ていない。
【委員及び関係者】
そのようなことは無いと思うが、そういう印象を与えているということは、考慮に値することだと思う。本日は、大変重要なご意見をたくさんいただいたので、そういう意見や質問を踏まえて、本日の資料の表現を変えたり、あるいは内容を議論していただくということで、再度、作業委員に作業をお願いしたい。
【事務局】
時間が限られているので、場合によっては、作業委員のお作りいただく資料を補強するような資料を事務的に用意するということをご了解いただきたい。
【委員及び関係者】
よろしくお願いしたい。
次回は、3月21日(水)に開催することとなった。
以上
(高等教育局大学課)