|
国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議 「目標評価委員会(第4回)」議事要旨 |
国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議「目標評価委員会(第5回)」議事要旨
1 日 時 平成12年12月13日(水)10:30〜12:30
2 場 所 東海 大学校友会館「富士の間」
3 出席者
| (委員) | 内田博文、奥野信宏、加藤祐三、小出忠孝(副主査)、椎貝博美、瀬戸純一、舘 昭、田中弘允、廣重 力、堀田凱樹(副主査)、松尾 稔(主査)、丸山正樹、山本眞一の各委員 | |
| (関係者) | 川嶋宗継、相良祐輔、生和秀敏、内藤俊彦の各関係者 | |
| (文部省) | 工藤高等教育局長、清水高等教育局審議官、井上学術国際局審議官、木谷企画課長、合田大学課長、清木研究機関課長、杉野大学改革推進室長 他 |
4 議事
(1)開会
(2)主査より、第4回議事要旨(案)の取扱いについて説明があり、12月19日(火)までに意見があれば事務局まで連絡の上、修正し、文部省のホームページで公開することとされた。
また、主査より、今後の進め方として委員の中から若干名の作業委員を選出し、論点のたたき台の整理などをお願いしてはどうかとの提案があり了承された。
なお、作業委員の推薦は次回行うこととされ、その人選は主査に一任された。
(3)事務局から、資料について説明があり、以下のような意見交換が行われた。
(○印は委員及び関係者の発言、◇は事務局の発言)
○ 高等教育に関するグランドデザインを国がまずきちんと持ち、その下で中期目標・中期計画を考えるべきではないかという意見があるが、これは国立大学にとって大変厳しい指摘であると受け止めている。
問題は、大学における教育研究は自主・自律性が基本にならないとうまくいかないと考えているが、それを国の高等教育に関するグランドデザインとどう調整していくのか、ということである。
大学は、その自主・自律性によって個性、特徴を出していくわけであるが、一方で大学は社会に必要とされているのかどうか、どのような理由で必要とされているのかということについて、常に厳正な自己点検・評価をしなければならないという認識は、大学に出てきていると思う。
そういう意味では、国が高等教育に関する長期的グランドデザインを持つことと、大学の自主・自律性とは、独立行政法人制度の中では色々と難しい問題はあるが、両立できないことはないのではないかと思う。
○ 独立行政法人通則法では中期目標は「独立行政法人が達成すべき業務運営に関する目標」と規定され、単に「業務」ではなく「運営」という言葉を付している。各委員からの意見では、「業務」そのものの目標を立てている感じがするが、法律上、この「業務運営」に関する目標というのは、「業務」そのものの目標と同じ意味なのか。
◇ 確かに、独立行政法人通則法では「業務に関する目標」という言い方ではなく、「業務運営に関する目標」という言い方をしている。この点についての厳密な解釈というものは十分には把握できていないが、現在検討されている先行独立行政法人の中期目標においては、明らかに業務の中身そのものについて目標が示されており、そのことについて今のところこれはおかしいという議論にはなっていない。
独立行政法人の制度設計をした官庁も、すでに先行独立行政法人の中期目標を見ながら議論をしているが、その中でも特に「業務」と「業務運営」との峻別を意識していないようであり、今のところは、むしろその機関の特性に配慮しながらも、業務が丸ごと目標の対象になり得るという前提で考えられているのではないかと受け止めている。
◇ お尋ねの趣旨は、恐らく、各個別法人の目的・業務と中期目標における業務運営というものは、大学の場合どう考えるのかということであると思う。
現在、各大学の目的は、一般的に共通に学校教育法で規定され、そして国立学校設置法等で各国立大学の分野を定める、学部、研究科を定める、といった形で目的・業務が定められていると考えることができる。
これを独立行政法人通則法のベースで言えば、このような大学を設置する、このような医科大学を設置するというのは、各個別法で各法人の目的・業務として定められ、その枠組みのもとでの運営をどうするかということが中期目標として定められるというように理解することが素直なのではないか。
○ 大学で行うべき業務を考える場合、結局、そこにどのような資源を集められるかということとの関係を考える必要がある。その点から、独立行政法人としての国立大学の設置者が、国なのか法人なのかということは大変重要である。設置者負担、設置者管理という考え方があるので、文部省としても非常に重要な検討課題と考えていると思うが、この点を明らかにしないと、我々の検討範囲が定まらない。
要するに、マイホームを買ってどう住むかということを考えるのか、あるいは借家を使って家主さんと相談しながらどの程度うまく住むかということを考えるのかという位の差が出てくると思う。
したがって、そういうことも念頭において議論しつつ、この点を是非早めに明らかにしてもらいたい。
○ 今ご指摘のあった国が法人を作りその法人が大学を作るのか、または国が大学を作ってその大学が法人格を持つのかということや、財務会計制度として特別会計制度のようなものが存在するのかどうかということなどによって、中期目標や中期計画、特に中期計画の書き方は全然異なってくるだろう。
コンセプトや基本的な点など、中期目標、中期計画に関し、目標評価委員会として独自に検討できるようなこともあると思う。一方で、今ご指摘があったような点を含め、中期目標や中期計画に大きく影響する他の委員会で検討されている事柄については、一定の仮説となる前提を立てて、その仮説の下で中期目標・中期計画を書くとすれば、内容はこのようになるのではないかという議論が必要になってくると思う。
各委員会とも同時並行で検討が進められているので、その点は認識しながら検討を進めていかなければいけない思う。
○ 大学の設置者が誰であるかが明確でないため、この法人の性格も不明確になっている。中期目標を考えていくためには、その点を明確にしなければならないと思う。
また、国が高等教育に関するグランドデザインを持つという意見に関しては、例えば、アメリカのカリフォルニア州では、カリフォルニア・マスタープランというものがある。それは地区内の州立大学を大きく3つの性格が異なるものと位置づけ、その上で各大学がそれぞれの目標に向かって整備を行うという計画である。
これと同様に、日本の高等教育政策として、国立大学をこのように大きく性格分けし、国はトータルに運営していきたいというような前提がもし仮にあれば、それぞれの条件に合わせながら、各大学が目標を立て、計画を立てて運営していくということを行わなければいけない。しかし、各国立大学が、好き勝手に目標を立てて運営していくということになると、これを将来的に収斂させようという意図が国にはあるのかもしれないが、非常に難しい。この点について、文部省はどのように考えているか伺いたい。
◇ 文部省としては、今のところ大学審議会答申を超えるような考えはない。
○ 国が持つ高等教育のグランドデザインというものはあって良いと思う。各国立大学が横並びで同じような計画を立てていくということはおよそナンセンスである。ある一定のグループで大学を分け、そして全体として国の高等教育政策というものを適切に行っていくという考え方があって良いと思う。
ある大学は1番目のグループ、ある大学は2番目のグループということを国が決める必要はなく、各大学が当該大学の歴史や持っている資産などを念頭に置きながら、大学としてはこのグループでやっていきたいということにすれば良いわけで、高等教育のグランドデザインを持つことを国が遠慮することはないと思う。
○ 今の問題は、国立大学、公立大学、私立大学と3種類の大学が日本にはあるが、それぞれの種類の大学に、国が高等教育政策としてどういう役割分担をさせていくかということのデザインが本来あるべきだということだと思う。
今まで国は、全体としてそれぞれのセクターがどのような役割を果たしていくか、あるいは学生の受け入れや研究という意味での役割分担について、当座のものはあるにしても、長期・中期的な政策はほとんどなかったのではないかと思う。
国として高等教育、研究について、どれだけの役割を大学に期待し進めていくかということを国策として策定し、それに対して各大学がどのように応えていくかという意味で、例えばフランスなどで行われているように、大学が国とある種の長期的な契約を結んで、その枠内で大学が財政、人的資源、その他の保障をされて役割を果たしていくという方法が描けないかということを考える。
最近の例では、教員養成関係の学部の学生数を削減するということが突然出てきた。これを考えれば、大学はこれまで自主的に運営してきたということは幻想であって、実際には国の策定されたものの枠内でしか動いていないわけである。
そうだとするならば、国立大学、公立大学、私立大学が全体として我が国の高等教育研究をどのように支えていくのかというかなり長期的なものを国として示し、それに対して大学はどう応えていくかという形をつくるべきではないか。
◇ 基本的に高等教育政策というものは、量的な側面とそれぞれの設置形態ごとの3者の主体という側面、質的な側面など様々な側面があり議論があるところだと思う。
量的な側面については、昭和30年代の理工系学部の入学定員増という中で、国立大学は大幅に増員し、私立大学にもかなり増員をお願いしたところである。全体の高等教育財政が必ずしも恵まれていない中で、緊急に整備が必要とされる分野について対応したものである。
それから、目的養成、計画養成という点から、教員養成の分野で、教員の爆発的な需要に対応するために国立大学を中心に教育学部の入学定員を増員し、計画的に教員を増員した。ある程度熟してきたのが昭和50年であり、この時から量的な側面については、ある程度計画的に見ていこうという高等教育計画が生まれた。
そして昭和50年代前半の、大学の設置等の認可を行わないという時期から、その後の限定的な社会的ニーズがある分野以外の学生定員の増員等については抑制的に対応する、という形を現在も貫いてきているということが大筋の内容である。
結局、現実の問題として、それぞれの設置形態がどのような役割を担うかという部分については、多様な形態で、多様な形でそれぞれのニーズに応じた形で行ってもらうということが、ある意味で政策だったのかもしれない。
ただし、少なくとも質的な部分については、例えば、昭和46年6月の中央教育審議会答申では、大学を種別化し、各形態の大学が競い合うものにしていく必要性が提言されている。また、研究の側面について財政的に見れば、国立大学を中心として研究の推進ということから必要な分野、ニーズの高い共同利用という分野について、その充実を推進してきた。
◇ これまでの意見は3つの事柄に整理されると考える。
1つ目の、カリフォルニア・マスタープランでイメージされるようなグランドデザインの議論については、昭和46年6月の中央教育審議会答申で提案され、それ以降文部省としてはずっと問題意識としては持っているということである。
このことについての文部省の考え方は、平成10年10月の大学審議会答申にもあるように、いくつかの類型はもちろんあるが、それについてはそれぞれの大学がそれぞれに選び取っていくというものであって、国としてこういう類型に分け、その類型ごとにこれだけの量の整備するといったものを持つということは、現時点では行わないというスタンスでいるということである。
2つ目の、量的整備の問題については、そのような計画が立てられる部分と立てられない部分、それからそのような計画を立てる緊急性が非常に高い部分とそうでない部分というものがあり、その時その時に理工系学部の入学定員増募計画や教員養成学部の入学定員規模の拡大や縮小、医学部の計画的な新設など必要に応じて行ってきたということである。
教員養成学部の入学定員についても、場当たり的に行っているわけではなく、ある程度将来の教員需要を見越した上で、計画的に規模の拡大あるいは縮少を実施する必要性が認められるので、実施しているということである。
これについては、学問分野と人材養成需要というものが明確に1対1に対応していないということもあり、全分野について長期的・計画的に量的なコントロールを行うことはかなり難しいと思っているところである。
3つ目の、国公私立の役割分担という問題については、これまでも長い間様々な議論が行われているが、未だに明確な結論が出ていない部分もある。しかし、少なくとも、ある軸で分けて、こちらは国立、こちらは私立という分け方を行うことは、現実問題として非常に難しい。大学が1つの統一的な組織体である以上、それをばらばらに分解し、この部分は国立では行わないとか、この部分は国立だけが行うなどといった分け方は非常に難しい。
したがって、今の文部省の考え方は、国公私立それぞれ設置形態が違うわけだから、それぞれに自ずと特色があるはずであり、その三者三様の特色を大事にしていく中で、全体として高等教育のバランスをとっていくという考え方である。
○ 長期プランについては、今説明があった通りだと思うが、例えば、医師が不足しているため医学部や歯学部の入学定員を一斉に増員する必要があるとの要請に対応したら、卒業する前に医師が多すぎるので入学定員を減員するという要請が行われるように、文部省の量的整備計画も非常に難しいと思う。
しかし、国としてある一定のグランドプランを立て、こういう方向で進めていくということは是非必要である。これを個々の大学で行うわけにはいかず、国のグランドプランの下で各大学がどう対応していくかということが大事だと思う。
特に、国公私立の分担、役割については、明確に私立はこれを行う、国立はこれを行うというようなことは言えず、やはり国のグランドプランの中で特色を出していけば、自然と特徴というものが出てくるのではないかと思う。
○ 確かに、大学が必要な人材を輩出するためにいろいろな機能を果たさなければいけないことは事実であるが、もう1つの大学の重要な機能は、その人材の輩出を通じて次の時代の文化を支えているということだと思う。
この点に関するグランドプランをどう考え、そこに大学がどう位置付けられるのか、研究所がどう位置付けられるのかというところが重要である。
これは法人化を検討する際に、国立大学というレベルをきちんと保ち、それに準じて大学共同利用機関もきちんとしたものと位置付けるということであるのなら、是非この文化の側面というものをきちんと出していく必要がある。
○ 要するに、大所から見た国をどうするか、そのためにどのような人材が必要かなど将来の非常に大きな構想というものはしっかり国としてその大枠を持つべきであり、個々の大学でそれを行うことはできないということだろう。
○ 国が国策として方向性を決め、それに向かって各大学が自らの実力をみながら寄与していくという方向は、大事だと思う。
ただし、その際には高等教育に対する財政上の支出をどのくらいにするかということが極めて大事なことである。現在はこの観点がなく、大学に自己犠牲を強いていると思う。今の大学の教官は、10年程前に比べると忙しくて大変である。
さらに、種別化の問題についても、研究大学、教育大学、一般教養の大学だというようなことが平成10年10月の大学審議会答申に書いてあるが、総合大学では学部によって異なってくると思う。その辺のことも含め、大学審議会では、きちんと大学の現場を知った上で議論願いたいと思う。
○ 大学が1つの法人として機能していくためにはどうすれば良いかということをこれから考えていかねばならない。
例えば、学部・学科制度というものをどうしたら良いのか、教官と講座学科目との間を切り離すのかなど、法人として自律した1つの新しい運営形態を考えていくときに、現行の法制度というものがどの程度緩和されたり、場合によっては適用外になるのかを明確にしておく必要がある。例えば、国立学校設置法はなくなるのか、そうであればそこに盛り込まれている内容は、独立行政法人通則法の特例事項の中に入ってくるのかなど、現在の法制度がどこまで維持された形で法人に引き継がれて行くのかという議論を行わないと、どういう法人をイメージしたらよいのか少し解かりかねるところがある。
○ それはまさに他の委員会で検討している事柄だろう。
○ 例えば、本年11月に大学審議会が出した「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について(答申)」の32頁に「講座等の組織編成の弾力化」という項目がある。
現在、教官は講座学科目に形式的に貼り付けられているが、これが弾力化されれば、大学の中で競争力のない1つの領域を競争力のある領域に振り替えるということが現実的に可能になる。つまり、何も教員養成系学部が過剰だからといって定員を単に減らすのではなく、もっと競争力のある所に長期的に振り替えていくことも、あるいは再編計画を立てるということも今後は出来ることになる。そうなれば、法人としてある程度の自由を持った形でのビジョンというものを持つことができる。
このような点も含め、国としてのビジョンは国しか描けず、各大学はそれに対してどうビジョンを描くかということだと思うが、このような前提条件が今後法人化される前までにどういう状況になるかについて伺いたい。
◇ 法人化すればどうなるかということについては、まさに各委員会でご検討いただくことではあるが、昨年9月に文部省が発表している「国立大学の独立行政法人化の検討の方向」を前提とすると、1つには大学の内部組織について、法令上の縛りを残すのか残さないのか、あるいは機構定員管理という予算上の縛りを残すのか残さないのかという点がある。
この点については、独立行政法人通則法の精神に則れば、全て法人に委ねるということになるが、文部省の考え方としては、少なくとも教育研究面の組織については、大学の基本的な組織である学部、研究科について各大学に委ねるということはいかがなものかという考えに立っている。
学科以下の組織については、基本的には各大学の判断に委ね、その裁量に任せるという方向でどうかということを示している。その意味では、学科以下の組織については法令上の縛りをはずしてはどうかということである。
また、内部組織のうち、管理運営組織については、むしろ大学の特性を踏まえ、現在ある評議会や運営諮問会議といった管理運営組織の基本的な組織については、法令上共通の組織として位置付けてはどうかという方向を示している。つまり、教育研究に関する縛りは相当程度はずれ、管理運営組織に関わる縛りは残してはどうかということを昨年9月の検討の方向では示したということである。
その他人事面について言えば、教育公務員特例法という縛りがあるが、これについては具体的な縛り方はともかく、教育公務員特例法に規定されているような大学の主体性を尊重した人事システムは残してはどうかという方向を示している。
法人化した場合の法令の適用をどのようにするかということについては、以上のようなことをベースに考えている。
法人化より前にどのような改革が行われるのかということについては、教育研究組織のうち、講座学科目という1番最小の単位について法令上の縛りをはずすことについて、具体的に検討を進めている状況である。
○ 各大学が作成する長期目標、長期計画の集約としてのグランドデザインを中期目標、中期計画の基礎になるよう作るのは良いと思うが、国がグランドデザインを示さないと、大学も長期目標を示せないというのでは本末転倒である。
○ 大学共同利用機関は、いくつか大学とは異なる側面を持っているが、大きな目で見れば大学との共通面の方が非常に強いという意味で、「国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議」の「等」の中に含まれるという方針にしたがって検討が進められている。
今後、細かい話になった場合には、大学共同利用機関の特殊性による違いというものが出てくる。
まず第1に大学と違う1つの大きな点は、運営組織として評議員会、運営協議員会というものがあることである。これは共同利用という特質に従い、国公私立大学を含めた外部の者の意見が幅広く取り込めるような形になっている。現時点でこれは非常にうまく機能しており、評議員会は構成員が全て外部の者であるが、そこで色々な助言を頂いて運営協議員会で人事も含めて具体的な検討を行う形でその運営を行っている。
このやり方は、その運営に当たって外部の研究者コミュニティ−の意見を十分に反映するとともに、実質上の外部評価も受けるという機能も有しており、仮に法人化するとしても、是非この形は続けて行きたいと考えている。
第2に目標評価等についてであるが、大学共同利用機関は、研究者養成という側面と高度な研究という側面とを両方持っている。その中で特に共同利用ということについて、個々にきちんと評価していくということが必要になり、その点では大学と少し違った形での評価の基準というものがあるのではないかと考える。
例えば、大型の設備があるわけではないが、物理、化学、情報、工学、農学、医学、数学など多様な分野の研究者によって構成される大学共同利用機関の場合、現在、大学評価・学位授与機構で考えているような分野に分けた形での評価が行われると、正しい評価が出来ないのではないかと思う。このようなマルチディスプリナリーという側面には、十分に配慮いただきたいと思う。
また、大学共同利用機関はサ−ビス事業というものを色々行っているが、そのサ−ビスが評価されず、論文などだけで評価されるということが今の常識になっているために、サ−ビスはボランティアがいやいや行うということになりかねない。
それを避けるためにも、もし大学評価・学位授与機構の評価の改善が行われる時には、そういうことも是非きちんと組みこんでもらいたいと考えている。
○ 欧米の研究所では、昭和30年代、40年代からファイリングがきちんと行われている。この点に関しては、日本の大学では、どこに何のファイルがあるのか良く分からないような状況であるが、日本の研究所はどのようなレベルにあるか、それを行うことのできる専門の職員をきちんと採用してるかどうか、研修や教育ということはどのようにしているのか伺いたい。
○ 大学共同利用機関の全部については把握していないが、例えば、事務系と教官系の間で緊密な関係が保たれている機関では、ファイリングというものは少なくとも他よりはうまく行っているのではないかと思う。しかし、そのための専門職員の配置や特別の教育を行っているかということについては、まだ対応出来ていないと思う。
ただし、デ−タベ−スという意味では、専門家を多数有する機関においては、その研究の側面からのデ−タベ−ス的なものについては、十分に高いレベルにあると思う。
○ 具体的に言うと例えば、1985年にこういう名前の研究者が半年間、大学に滞在したはずであるから、その研究者がどのような研究を実施し成果を上げたのかについての概要を教えてもらいたいと依頼した時に何分ぐらいで出せるか。最近、アメリカの大学に問い合わせたが、おおむね30分で回答が得られる状況である。
○ 今指摘のあった点は、各大学の1番の問題だと思う。大学としてもそれを組織的にどう行うかということを急いで検討しているところではあるが、なかなか対応できない状況である。
例えば、何年に何人の留学生が在籍し、現在はどの国で何をしているかということ、いわゆる基盤情報のようなものがすぐには出せない状況にある。
このような点は、学内で様々なことを計画し実行する上で問題になっており、多分どこの大学でも似たような状況ではないか。
○ 要するに日本の研究の能率の悪さというのは、このような情報整理の悪さに大部分起因しているだろうと思う。先日、書店でセントラルファイリングに関する本を検索したら2冊しかなかった。アメリカの図書館で同様の検索を行うと大体数百冊のレベルで持っており、日本ではこれに関する情報すら入らなくなっていると思う。電子化の推進は良いが、専門的な知識に基づかない電子化を行ったのでは成功しないと思う。
○ 大学共同利用機関はそれぞれに特質を持った機関であり、非常に大きなプロジェクトを外国で行う機関では、外国に大きな施設を作るとか、現地で人を雇わなければならないとか、その場合にどういう出費をするかなどの様々な側面があるので、各機関ごとに具体的な問題点をどこかの段階で整理し、そういうものがきちんと組みこまれるように対策を考えていただきたい。
大学でも行われているが、大学共同利用機関においては、外国との共同研究も行われており、そういう場合の旅費の問題などの事務的な難しい問題についても改善する方向で検討し、共同研究が行いやすい研究環境ができるような配慮というものを、もし法人化を行うなら、そこに組み込まなければ意味がないと考える。
○ 先ほどグランドデザインについての意見があったが、国としての方針を明確にしてもらいたいと考える。
例えば、医師が過剰なので医学部の入学定員を減らすということを行っているが、そういう時に新たな医学部の設置を認可してもらっては絶対に困る。
また、現在18歳以下の人口が非常に減少しており、国立大学にはあまり関係ないかもしれないが、私立大学についてみれば、すでに全体の3割近くの大学が定員割れを起こしている。現在は、まだ18歳人口の下り坂で言うと5合目あたりであり、今後さらに減少していく。こういう状況の中で、入学定員を増やすということは絶対に認めてもらっては困る。
国立大学が安い授業料で国民に高等教育を提供するということは非常に良いことであるが、今指摘したようなことは、多くの私立学校が潰れることと深く関係しているので、文部省として、そういう事はいけませんという基本的な考え方はしっかりしておいてほしい。その範囲の中であれば、大いに自由度を発揮してもらえば良いと思う。
○ 当然、国というレベルでの大きな将来構想的なものは必要だろうということはあるとして、その他に、まず各国立大学に自分の大学が存置する価値や理由といったものがあり、そして私学でいう建学の精神のような理念的なものがあり、そして長期目標や長期計画があると思う。
長期と言っても、非常に理念的あるいは自大学の存置理由というものと、少し長期的なものがあり、その少し長期的なものとして20年ぐらいを見据えた場合の一定のコンセプトが明確になると、それに基づいて中期目標や中期計画というものがデザインされていくと思っている。
○ 前回の「最近の答申等における国立大学に関する主な提言等の概要」の項目数を数えると約280項目あり、古い医学関係のものを除いても約250項目ある。
中期目標の具体例としては、これでアイディアは尽きていると思われ、あとはグランドデザインを示せば、それに基づいて各大学がどのように特徴を出すかということであると思う。
本日各委員から提出された中期目標の具体例を数えると130項目あり、先ほどの280項目とどこが一致し、どこが違うのかという点が知りたいと思う。
また、多少、国立大学協会の取組みにも不満がある。文部省が4つの委員会を作ったから、国立大学協会も対応した4つの委員会を作ったという対応のようだが、国立大学協会はまず4つの委員会に共通した根本議論を行うべきではないか。各論は後にして、国立大学協会としてこう考えるという根本理念を出すことが必要では。
○ 国立大学協会においては、設置形態検討特別委員会が4つの委員会に共通した議論を行うこととなっている。原則論的なことは総会などでも大きな議論になっており、現在、設置形態検討特別委員会でこの問題に関する議論を重ねているところである。
5 次回の日程
次回は、1月5日(金)に開催することとなった。
以上