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国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議 「目標評価委員会(第4回)」議事要旨 |
| 国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議「目標評価委員会(第4回)」議事要旨 1 日 時 平成12年11月13日(月)14:00〜16:00 2 場 所 東海大学校友会館「富士の間」 3 出席者 (委 員)猪口邦子、内田博文、奥野信宏、小野田武、加藤祐三、小出忠孝(副主査)、椎貝博美、瀬戸純一、舘 昭、田中弘允、廣重 力、堀田凱樹(副主査)、松尾 稔(主査)、丸山正樹、山本眞一の各委員 (関係者)川嶋宗継、相良祐輔、生和秀敏、内藤俊彦の各関係者 (文部省)工藤高等教育局長、清水高等教育局審議官、井上学術国際局審議官、木谷企画課長、合田大学課長、杉野大学改革推進室長 他 4 議 事 (1)開 会 (2)主査より、第3回議事要旨(案)の取扱いについて説明があり、11月20日(月)までに意見があれば事務局まで連絡の上、修正し、文部省のホームページで公開することとされた。 (3)主査から国立大学協会における検討の状況について、引き続き、事務局から、資料について説明があり、以下のような意見交換が行われた。 (○印は委員及び関係者の発言、◇は事務局の発言) 〇 「筑波大学年次報告書(平成10年度版)」に記載されている建学の理念は、これまでの国立大学が示してきた理念とは、その言葉の捉え方が違うところに特徴がある。それは、どの大学でも、理念は、通常かなり抽象的な内容になるものであるが、筑波大学では、かなり具体的な内容になっているところが特徴的であるということである。 理念が抽象的であると、今後、大学をどうしていくかといった学内での議論が拡散し、結局、具体的に行うことが決まらないといったことに陥りがちになる。その点、筑波大学の場合は、すでに行うことが具体的に決定していることから、そのような問題が生じないと言える。 ○ 名古屋大学においては、理念に相当するものとして、本年2月に名古屋大学学術憲章を作成したが、その内容は非常に抽象的である。しかし、同時に理念を若干具体化するものとしてアカデミックプランというものも作成している。 理念というものは、どうしても抽象的な内容にならざるを得ないと思うが、理念の中から長期計画や長期目標に相当するような概念的なものが生まれ、それの具体論として中期目標が作成されていくのではないかと考える。 〇 各国立大学においては、私学の建学の精神と似たような理念的なものや、今後5年間から30年間位までの間の管理運営から組織の在り方などに関する計画を持っていると思う。独立行政法人化されても、教育研究は継続するわけであから、現在、各国立大学で持っている理念や計画を整理することを議論の出発点にしてはどうか。 中期目標、中期計画については、設置形態や財務の在り方などによってかなり考え方が変わってくることから、様々なケースを想定して検討を進めることも必要であると思うが、各国立大学においてすでに様々に取り組み始めているので、それらを整理することから議論を行った方が良いのではないか。 〇 中期目標、中期計画の中には、評価しやすいものと評価しにくいものがあると思う。つまり、理念などの極めて抽象的なものは、評価が難しいため、やや具体化しなければならないだろうし、大学が学術研究の専門機関であることから、そういう意味で評価しにくいものもあると思う。 また、国立大学は公的な資金によって賄われているわけであるから、どうしても評価をしなければならない部分がある一方で、必ずしも評価をする必要のない瑣末な部分もあるということを考えると、@評価しやすいもの、A評価しにくいもの、B評価する必要のあるもの、C評価する必要のないもの、の4つに分けて考えると比較的議論しやすいのではないか。その中で、非常に難しいのは、評価をしなければならない事柄でかつ評価しにくいものであり、その他の事柄については、比較的意見の集約は行いやすいと考える。 ○ 今の指摘は大変重要であり、国立大学が行う教育研究、管理運営、その他の様々なことについては、評価できる部分と評価できない部分、つまり、数値化できる部分と数値化できない部分とがあり、それを最初に整理する必要がある。 さらに、数値化できるとしても、その数値が実質的に意味のあるものなのかということも考える必要がある。 例えば、中期計画期間中、講習会を何回行うというようなものは、確かに数値化できるが、教育研究の視点からは、その内容がきちんと行われているか、それによって成果がどの程度上がったのかという極めて評価が難しい点が重要であり、表面的なことだけを数値化することは意味がなく、この点をきちんと整理すべきである。 また、評価のためには数値化が前提であると思う理由は、その評価が資源配分につながるからであり、その意味で、評価と資源配分との関係が非常に重要な観点である。 ○ 中期目標、中期計画について考える際には、財政的な裏づけがどのように位置付けられるのかが重要である。 私立大学の自己点検評価又は外部評価の報告書を見ると、各学部を独立採算的にとらえ、収入がいくら予定できる、借入金がいくら可能である、借入金の返済計画はこうである、だからこのような整備を行いたいというように、必ず自らの財政の裏付けと共に計画が立てられている場合が多い。 したがって、中期目標については、主務大臣と財務大臣との間で協議を行い、それに基づいて各独立行政法人に中期目標を指示する仕組みと、我々がこれから検討していく中期目標とをどのように整合することができるのかが重要な課題である。現時点で何か方向性でもあれば、教えていただきたい。 ○ 予算の裏付けのない計画をいくら立てても意味がなく、財政的な裏付けがどの程度、どのような形であるのかによって中期計画の立て方が全く異なってくるであろう。例えば、現在の国立学校特別会計のようなものがある程度担保されるかどうかによっても、全く異なった中期計画の立て方になると考えられる。 したがって、本委員会では、他の委員会での検討も踏まえ、様々なケースを想定しながら、中期目標や中期計画について検討していくことになると考える。 ○ 各国立大学においても、本日説明いただいた筑波大学や広島大学のような年次計画を立てることはできると思うが、結局、財政的な裏付けがなければ実行できないことが数多く盛り込まれており、その点がどのようになるのかが重要である。 国立大学の外部評価に関わって感じることは、予算的な裏付けがないということ、これについては、建物等について良く言われるが、もう一つ非常に大きいのは支援職員についてである。 例えば、ある大学のある研究科では、各教室に秘書が一人もおらず、それを非常勤で雇うことさえ予算上できない状況であり、図書の維持や購入についてもアルバイトや教官、大学院生に頼っている状況である。 また、評価との関わりも非常に重要であり、大学には、これだけ人的物的な意味での原資があるのに、なぜ目標や計画が達成できないかといった場合、その原因は予算にあるのではないかという観点から、政府や財務当局に対する評価も行ってもらいたいと考える。 ○ 逆に言えば、それだけ危機的な状態であるからこそ思いきって法人化し、生きる道を探るべきだと考える。私立大学には更に危機的な状況のところが数多くあり、もちろんそれは潰れても良いという発想もあるであろうが、その努力たるや大変なものである。 国立大学の状況について、国、政府が面倒を見ないのが悪いという発想では、国立大学の未来は開けないと思う。 ○ 少し問題点を明確にした方が良いと思うが、一つは、独立行政法人通則法では、中期目標を主務大臣が指示し、それに従って各法人が中期計画を立て、その計画を主務大臣が認可し、その計画を各法人が実行するという概念になっており、これが国立大学の場合どこまで可能なのかということを真剣に考えなければいけないと思う。 全く白紙の状態から大臣が一方的に国立大学に中期目標を指示することは、大臣の側からみても極めて無理があり、もしそのような手法をとるとすれば、非常に抽象的な中期目標の指示しか行えず、果たしてそれで良いのか。 一方、大臣は、国立大学から事前に様々な形で意見を聞くことが必要であるとするのであれば、各国立大学は自らの考えをしっかりと持って、大臣に説明することが必要となる。当然、その場合には、理念や長期計画というものを踏まえた説明が必要であり、それらをどのように考え、組み立てるのかということは、国立大学側の問題であるということになる。 大学における研究の目標は、研究者自らが決めるもので、大臣が指示するというようなことはあり得ないと考えると、独立行政法人制度に適合しないことになるが、このシステムを上手く活用するという観点から考えたときには、それをどう調整するのかということがポイントであり、それを議論すべきである。 もう一つは、独立行政法人通則法では、中期目標において定めるべき事項として、業務運営の効率化や国民に対して提供するサ−ビスその他の質の向上などが規定されているが、果たして、これは大学に適合するものであるのかという点であり、大臣が指示する目標というのは、具体的にどういうものでなければならないかということを十分議論する必要がある。 ○ 前回も意見があったが、大臣が、各国立大学に対し、一方的に目標を指示するというのは、現実的には難しいが、一方で、事前に各大学から意見を聴取するのであれば、中期目標と中期計画とを分離する必要があるのかということもある。また、大臣の関与を外してしまうことは、独立行政法人制度上もアカウンダビリティーの観点からも問題があり、その点の調整が重要である。 ○ 大学は教育機関でもあるわけであり、特に教育の面からは、近年の社会の問題、新たな認識や価値観と国立大学の中期目標との間のある種の相互作用を少し意識しなければならない時代になったのではないかと思う。 例えば、最近、学力低下が非常に問題であるというようなことが言われたり、英語を第二公用語にしたらどうかという意見が出てきたりしている。 これは、ある意味で、社会が、我が国は少し悩んだり、行き詰まっていると感じ、様々な形でその打開策を探ろうとして、非常に積極的な知的活動を行っているとも言えると思うが、それにどう国立大学が対応していくのかという観点から中期目標を考えなければならないと思う。 アメリカの例が良いかは分からないが、アメリカの大学は、学生はそもそも大学に入学するまであまり教育を受けていないという前提で大学教育を組み立てており、教官は、学生が入学すると文章の書き方から徹底的に教育を行い、社会科学の論文はどう書く、理系の論文はどう書く、文学の論文はどう書くということを教える。 日本の大学においても、このようなことが必要な状況になっているのかとも思えるが、先ほど説明のあった筑波大学や広島大学の例を見ても、このような認識が、必ずしも目標としては示されていない。 したがって、社会はこういうことで悩んでいる、我が国の人間は資質の面でこういう方向に向かってほしいと社会は思っているというような内容について、国立大学なのだから、それらを引き受けようではないかといったニュアンスが感じられる中期目標とする必要がある。それによって、国民社会の各界各層からの意見を捉えている政治のサイドも、自分たちの感じている問題について国の最高の教育機関で対応しているという認識を持ち、大学との間の相互作用が生まれ、それによって信頼性が高まり、大学としても、教育に関して、従来に加えどういうところを重点化しなければいけないのかが明確になってくると思う。 また、英語教育に関しても、一層重要だと言われるのであれば、それにどのように対応するかといった各大学の問題意識が、もう少しピンポイントに目標に反映されて良く、あまり総花的でない方が良いと考える。総花的なものは、長期目標や理念にとどめ、ここで議論しなければならない中期目標については、もう少し具体的な、特に社会の新しい課題や悩みにきちんと大学が応えるという姿勢を出す方が新鮮な感じがして良いのではないか。 ○ 研究については、本当に研究がきちんと評価され、奨励される体制になるのかという点は、今一つ不明確である。 科学研究費補助金は良いにしても、今後はもっと様々な形での競争的研究資金が設けられることになるとは思うが、プロジェクト研究や個人で推進する先端的な分野の研究のための研究費を、競争的環境の中でどのようにきちんと配分し、奨励していくかということについては、考えなければならないと思う。 また、大学において数値目標として表せる部分、例えば、教育において、学生の英語の能力の向上が目標であれば、入学時に学生全員にTOEICを受けさせ、さらにそれを2年後にも実施し、その比較により、能力が向上しているかどうかを見るということも可能で、向上していなければ、その大学における英語教育が悪いと言え、仮に、能力が下がっている大学があれば、学生は、一体大学に入って何しているのかという危機感を持つと考える。 しかし、先端的な研究では、明確な方向性が出ていないが非常に重要であるものや、新しい方向が出てきそうなものが多く、それらをどのように奨励するか、プロジェクト的な研究に発展させるかということを、本当にきちんと考える必要がある。 また、分野によっては、プロジェクトチ−ムを組まず、自分自身で行わなければならない研究もあり、そのような研究もきちんと評価し、奨励する必要がある。 ○ 国立大学は、全国に設置されていることが特徴で、やはりその地域性も大事にすべきであり、その地域に関連する課題がもう少し目標に表れるべきではないかと思う。例えば、現在、世界では、核廃絶についての条約の方向性が初めて本格的に議論されており、そういう時に広島は何を言うのかということについては、世界は、その地域の知性の集積場としての広島大学に期待し、そこからの情報発信を求めているのではないかと思う。これは単に一つの例であるが、何らかの地域的、歴史的な独自の課題があれば、それはきちんと目標に盛り込む必要があると考える。 ○ 日本の企業も、10年位前までは従業員を1番大事にし、その次がメインバンク、最後が個人の株主であった。同様に、国立大学の1つの反省点は、これまで国立大学が1番大事にしてきたのは教職員で、2番目がメインバンクに相当する文部省であったという点、つまり、大学のユ−ザ−である学生という観点が欠けていたという点であり、これが非常に重要なポイントである。 また、研究については、評価に馴染みやすい分野と馴染みにくい分野とがあり、プロジェクト的なものは割と評価に馴染むものが多いが、人類の知的な共有財産を継承していく学問研究など、一定期間による評価には馴染みにくいものがある。 ○ 目標や計画を立てるに当たっては、財政的な裏付けが必要ではあるが、それについては、運営費交付金が交付されることを前提に検討を進めていかざるを得ないのではないかと考える。その際、運営費交付金を上回る計画を立てるのであれば、これだけの金額が必要であるということを明記する必要があろうし、それを国が措置できなければ仕方ないが、今よりレベルを上げるために要求すべきものは要求していくというシステムを考えるべきである。 日本の高等教育に対する国の公財政支出は、他の先進諸国に比べ、非常に少ないわけであり、少なくとも現状よりも伸ばす方向に進めるよう考えるべきである。ただし、今まで、本当に効率的に予算が使われてきたかという点では、反省しなくてはならない部分もあろうかと思うので、その点については、改善に向けての検討を行う必要がある。 また、大学における建学の理念や長期目標は抽象的なものにならざるを得ないと思うが、3年間から5年間程度の中期目標であれば、やはりある程度具体性のあるものにする必要があると思う。 ○ 各国立大学においても将来構想に関する検討を行っていると思うが、各学部における教育目標がしっかりと具体的に立てられていないため、表現上は様々なものが出てきているように見えるが、内容は全て一様な場合が多い。美辞麗句をいくら並べても意味がなく、具体的に何を実施し教育目標を達成するのかということを示すことが重要である。その意味で、社会との相互作用から、例えば、学力低下を解消するにはどうしたら良いかということを目標として取り入れることも重要であると思う。 また、先ほどの、地域に関連する課題がもう少し目標に反映されるべきではないかとの指摘は地方国立大学の独自性、個性を表すものとして非常に重要である。地域の活性化の観点は、国立大学における全学的取り組みとして徐々にではあるが取り入れられてきていると思う。 ○ 「国立大学の独立行政法人化の検討の方向(平成11年9月20日 文部省)」では、中期目標について、期間は5年とするが、長期展望の下に設定され、中期目標の内容の検討に当たっては、経済的な効率に必ずしも馴染まない点を考慮することが示されており、本委員会では、それに従って、国立大学にふさわしい中期目標の内容について検討を始めているところであると理解している。 また、検討の方向では、大学評価・学位授与機構に関して、文部科学省に置かれる評価委員会は、教育研究に係る事項については、同機構の専門的な判断を踏まえて文部科学大臣に意見表明をすると示されており、今後、本委員会では、同機構が始めようとしている評価をどのように位置付けるかということが議論になる思う。 ○ 大学評価・学位授与機構は、国立大学の設置形態にはとらわれず、あくまで現行の国立大学に対する第三者評価が必要であるということから設置されたものである。したがって、同機構に関する議論を行う場合には、仮に国立大学が独立行政法人化された場合にはという前提で議論をする必要がある点に注意する必要がある。 ○ 近年、税金を使う事業については、目標、計画に基づいて実施し、それを評価、できれば外部評価するというシステムが広がってきている。ただ、油断をすると形式的なものに陥る恐れがあるので注意すべきである。 理念は、非常に抽象的になりやすいとの指摘があったが、中期目標については、具体性、地域性、独自性がないと意味がないと思う。 1つ伺いたいが、国立大学の活動に関して、評価に馴染むものと馴染まないものがあるのはそのとおりであると思うが、その中でも評価に馴染みやすいものとして附属病院があると思う。現在の国立大学において、附属病院は、どのような形で評価が行われているのか。 ○ 各大学における自己点検評価の中で行われていると思う。 5 次回の日程 次回は、12月13日(水)に開催することとなった。 以 上 |