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2−2公法基礎科目
   
  (1) 「人権の基礎理論」2単位
  〔授業の目標・内容〕
       基礎科目「人権の基礎理論」(2単位)においては、日本国憲法による基本的人権保障の基本構造を理解させるとともに、各人権規定に関する基礎的な知識の習得を図ることを目標として授業が行われる。
       基本的人権の実効的な保障は、法の支配の確立を目指す今般の司法制度改革においても重要な課題の一つであり、法曹が社会生活上の医師として国民に密着した存在となる上で不可避の課題であるといえる。それゆえ、法曹養成を目的とする法科大学院教育においても、基本的人権保障の基本原理および各人権規定の意義や基礎的内容について確実に理解させることが重要である。
       なお、訴訟を通じて人権救済を図る際に必要となる違憲審査基準論や立法事実論などの憲法訴訟論に関わる問題や、あるいはより専門的・複合的な論点を含む人権問題については、憲法基幹科目「憲法演習T・憲法訴訟論」、「憲法演習U・人権保障論」(各2単位)で取り扱われることとなるので、基礎科目においては、基本的人権の領域全体を俯瞰すべく、基本的な問題を中心にバランスよく授業構成を行うことが適切であると考えられる。
   
  〔授業の方法〕
       従来の司法試験をめぐっては、いわゆる論点主義の弊害が指摘され、試験の出題が予想される論点については答案作成の要領を記憶しているが、他方、各論点の体系的な位置づけや相互関係に関する理解が不十分であり、また論点とされていない領域についての基礎的な知識が得られていないなどの懸念が示されてきている。
       そこで、基礎科目においては、このような問題に対処するために、受講者に憲法の概説書の指定された箇所や基本的な判例の予習を求めた上で、授業においては、理解が難しい箇所に重点を置きつつ、基本的人権保障の全体的な構造が的確に理解されるよう、より詳しい説明を行う必要がある。
       この際、基礎科目が単調な概説科目に陥らないようにする必要があることや、また一方的な講義では受講者の理解を確実にすることが難しいことから、典型事例の分析や問題演習を組み合わせるなど、双方向的な授業を併用することが適切であると考えられる。
   
  〔授業構成の例〕
  〔1〕 幸福追求権
       幸福追求権による包括的人権保障の問題に関して、幸福追求権規定の法規範的性質、幸福追求権の人権体系上の地位、幸福追求権の本質と保障範囲などの問題について考察する。
    (参照判例)
   
京都府学連事件 最大判昭和44・12・24刑集23-12-1625
在監者の喫煙 最大判昭和45・9・16民集24-10-1410
前科照会事件 最判昭和56・4・14民集35-3-620
     
  〔2〕 人権の享有主体性(未成年者の人権)と人権の制約原理
       人権の制約原理に関する基本的な考え方を理解させるとともに、自己決定権とパターナリスティクな制約との関係について、未成年者の人権の問題と関連させつつ検討する。
       またあわせて、教育を受ける権利や教育権の所在に関する問題についても言及する。
    (参照判例)
   
バイク3ない原則 最判平成3・9・3判時1401-56
旭川学テ事件 最大判昭和51・5・21刑集30-5-615
第1次家永訴訟上告審判決 最判平成5・3・16民集47-5-3483
     
  〔3〕 人権の妥当範囲(特別の法律関係における人権・私人間効力)
       学校における児童・生徒の権利に関する問題を素材として、特別権力関係論や部分社会論あるいは私人間効力論について検討する。
    (参照判例)
   
富山大学単位不認定事件 昭和52・3・15民集31-2-234
麹町中学内申書事件 最判昭和63・7・15判時1287-65
三菱樹脂事件 最大判昭和48・12・12民集27-11-1536
昭和女子大事件 最判昭和49・7・19民集28-5-790
日産自動車事件 最判昭和56・3・24民集35-2-300
     
  〔4〕 法の下の平等
       尊属殺人罪・傷害致死罪に関する判例などを素材にして、「平等」の観念に関する基本的な理解や憲法第14条の規範構造、平等審査の基本的な枠組みなど、法の下の平等に関する基本的問題について検討する。
    (参照判例)
   
尊属傷害致死罪 最大判昭和25・10・11刑集4-10-2037
尊属殺 最大判昭和32・2・20刑集11-2-824
尊属殺 最大判昭和48・4・4刑集27-3-265
尊属傷害致死 最判昭和49・9・26刑集28-6-329
     
  〔5〕 選挙権と法の下の平等
       議員定数訴訟を素材として、「法の下の平等」や「国民代表」の観念と選挙権あるいは選挙制度のあり方に関する基本的な問題について、二院制度にも言及しつつ、検討を行う。
       なお、訴訟形式に関する問題や、合理的是正期間論、事情判決の法理あるいは将来効に関する問題などについては、基幹科目において取り扱うのが適切である。
    (参照判例)
   
衆議院
最大判昭和51.4.14 民集30-3-223
最大判昭和60.7.17 民集39-5-1100
最大判平成11.11.10 民集53-8-1441・1577・1704
参議院
最大判昭和39.2.5 民集18-2-270
最大判平成8.9.11 民集50-8-2283
最大判平成12.9.6 民集54-7-1997
     
  〔6〕 信教の自由と政教分離
       信教の自由と政教分離の意義、およびその相互関係について検討する。
       但し、目的・効果基準の具体的な適用などに関する判例分析は基幹科目において取り扱われるのが適切であるので、ここでは信教の自由をめぐる問題を中心に授業を行い、政教分離については、その基本的な問題を取り扱うにとどめるのが望ましいと考えられる。
    (参照判例)
    (1)信教の自由
   
犯人蔵匿罪事件 神戸簡裁昭和50・2・20判時768-3
剣道実技拒否事件 最判平成8・3・8民集50-3-469
オウム真理教解散請求事件 最判平成8・1・30民集50-1-199
     
    (2)政教分離
    津地鎮祭訴訟最大判昭和52・7・13民集31-4-533
    愛媛玉串料訴訟最大判平成9・4・2民集51-4-1673
     
  〔7〕 表現の自由(1)
       「表現の自由の優越的地位」の理論を中心に、表現の自由を保障する意義について基本的な検討を行った上で、煽動罪と性表現規制に関する事例を素材として、表現内容の規制に関する問題について考察を行う。
    (参照判例)
    米供出拒否扇動事件   最大判昭和24・5・18刑集3-6-839
    破防法扇動罪事件   最判平成2・9・28・刑集44-6-463
    チャタレ-事件   最大判昭和32・3・13刑集11-3-997
    悪徳の栄え事件   最大判昭和44・10・15刑集23-10-1239
    四畳半襖の下張事件   最判昭和55・11・28刑集34-6-433
     
  〔8〕 表現の自由(2)
       表現行為に対する典型的な規制形態である検閲・事前抑制の問題について考察するとともに、表現の自由と名誉権保護との衡量のあり方について検討する。
    (参照判例)
    税関検査事件   最大判昭和59・12・12民集38-12-1308
    北方ジャ-ナル事件   最大判昭和61・6・11民集40-4-872
    夕刊和歌山時事事件   最大判昭和44・6・25刑集23-7-975
    月刊ペン事件   最判昭和56・4・16刑集35-3-84
     
  〔9〕 表現の自由(3)
       表現の自由を自由な情報流通システムの保障という観点から捉えた場合、情報収集および情報受領の自由の保障が重要な意義を有している。そこで、知る権利や取材の自由に関する問題の検討を通じて、国政に対する批判あるいは実効的な監視を行うためには、情報収集権の保障が不可欠であることを理解させる。
       なお、知る権利や情報公開に関する問題の詳細については、展開科目「情報法」などにおいて取り扱われることが望ましい。
    (参照判例)
    石井記者事件  最大判昭和27・8・6刑集6-8-974
    外務省機密漏洩事件   最決昭和53・5・31刑集32-3-457
    博多駅事件   最大決昭和44・11・26刑集23-11-1490
    TBS事件   最決平成2・7・9刑集44-5-421
    法廷メモ訴訟   最大判平成元・3・8民集43-2-89
     
  〔10〕 経済的自由(1)
       職業選択の自由に関する問題について、経済・社会政策との関係(例えば近年の規制緩和政策)などを視野に入れながら検討する。
    (参照判例)
    公衆浴場事件   最大判昭和30・1・26刑集9-1-89
    小売市場事件   最大判昭和47・11・22刑集26-9-586
    薬事法距離制限事件   最大判昭和50・4・30民集29-4-572
    西陣ネクタイ訴訟   最判平成2・2・6訟月36-12-2242
    酒類販売免許事件   最判平成4・12・15民集46-9-2829
     
  〔11〕 経済的自由(2)
       財産権に関する基本的問題について検討する。その際、規制自体の合理性のほか、損失補償の問題についても留意する。
    (参照判例)
    ため池条例事件   最大判昭和38・6・26刑集17-5-521
    森林法共有分割制限事件   最大判昭和62・4・22民集41-3-408
     
  〔12〕 生存権
       生存権について、その権利性をめぐる問題や憲法第25条1項と2項の関係などを中心に検討する。
    (参照判例)
    食糧管理法違反事件   最大判昭和23・9・29刑集2-10-1235
    朝日訴訟   最大判昭和42・5・24民集21-5-1043
    堀木訴訟   最大判昭和57・7・7民集36-7-1235
     
  〔13〕 労働基本権
       主として公務員の争議行為の規制に関する判例を素材として、労働基本権に関する基本的問題について考察する。
    (参照判例)
    全逓東京中郵事件   最大判昭和41・10・26刑集20-8-901
    都教組事件   最大判昭和44・4・2刑集23-5-305
    全農林警職法事件   最大判昭和48・4・25刑集27-4-547
    全逓名古屋中郵事件   最大判昭和52・5・4刑集31-3-182
   
  (2) 「統治の基本構造」2単位
  〔授業の目標・内容〕
       基礎科目「統治の基本構造」(2単位)は、公法分野に共通するミニマムな基礎知識としての国家機構の概要とその諸原理について見取り図を与えることを目標とする。
       なお、具体的な授業構成において、憲法および行政法の基礎にある基本原理の考察を重視するか、あるいは実定的制度の基礎的な理解に重点を置くかなどの問題については、今後、各法科大学院の工夫に委ねることが適切であろう。ここでは、2つの授業構成の例を示すこととする。
  〔授業の方法〕
       基本的には講義形式の授業が想定できるが、公法上の概念や考え方について、本来の意義と乖離した理解が世間一般の通念として広く受け入れられているような場合(たとえば、民営化と規制緩和の同一視など)には、双方向形式による授業を部分的にとりいれることも有効であろう。
       なお限られた授業単位数でこうした目標を達成するためには、各授業ユニットについて、受講者の側の十分な予習、復習が必要となろう。
  〔授業構成の例(その1)〕
   
T 立憲主義(あるいは法治国家論)
  立憲主義の起源と意義
    [1] 比較不能な世界観の共存、公と私、硬性憲法の意義
    [2] 日本の立憲主義の歴史
  法の支配
    [3] 法の支配の概念、民主政原理との異同、裁判による行政・立法統制のあり方
  政府と市場
    [4] [5]政府の役割、公共財と私的財、規制の概念と手法、規制緩和・民営化・競争促進の異同、行政主体論、国際機構・民間組織と政府
  立憲主義の例外
    [6] 天皇制、平和主義
   
U 民主政原理(あるいは国民主権)
  国民代表の意義(何を、あるいは誰を代表するのか)
    [7] [8]nation主権とpeuple主権の対比、選挙制度等のあり方
  民主政の意義
    [7] [8]多元主義と共和主義(社会選択理論と討議民主主義論)の対比、選挙制度・立法権の範囲(委任立法の限界)・独立行政委員会の意義・違憲立法審査のあり方・裁判による行政統制のあり方(立法者意思のとらえ方)等にもたらす帰結(注)
  行政権と立法権の関係
    [9] [10][11]大統領制・議院内閣制・議会統治制の対比と異同(準大統領制、首相公選制)、両院制の功罪、統治(government)の意義と統制、内閣、官僚制
  地方自治
    [12] [13]分権の功罪、単一国家と連邦国家の異同、分権の仕組み
   
(注) [7][8]は、国民代表の意義というテーマか民主政の意義というテーマか、いずれを選択的に行うことが想定できる。二つのテーマは相互補完的である。
  〔授業モデル〕
    ユニット〔3〕法の支配
   
問題1    「法の支配」という概念はどのような意味で使われているか?
問題2    法治国原理、立憲主義との異同は?
問題3    ダイシーのいう「法の支配」とは何か?(国会主権、司法審査との関係)
問題4    フラー、ロールズ、ラズ、ハイエクらはどのような意味で「法の支配」という概念を用いているか?(狭義の「法の支配」:法源の一般性・抽象性、公示性、明確性、安定性、整合性、事後立法の禁止、独立の裁判所によるコントロールの要請。以下この狭義の概念を検討する)
問題5    この意味での「法の支配」は、日本国憲法の条文やその下での判例にどのように現れているか?(刑罰の明確性、遡及処罰の禁止、法規の一般性・抽象性、手続の適正性、独立の公平な裁判所へのアクセスなど)
問題6    なぜ「法の支配」は重要なのか?(個人の自律、市場原理、功利主義との関連性)
問題7    民主政原理とはどのように関連しているか(いないか)?(行動の自由を束縛するルールが議会立法によることを要求するか?)
問題8    「法の支配」と他の憲法原理が衝突したとき、常に「法の支配」は優越すべきか?
  留意点
       :立憲主義そのものと同義と化した内容の濃密な(あるいは漠然とした)「法の支配」の概念を、限られた時間数の中で独立に取り上げることに意味はさほどないと思われる。ここでは、狭義の「法の支配」の概念を取り上げ、それが日本国憲法下の他の憲法原理といかに関連しているか(いないか)、なぜ、そしてどの程度までそれが重要な原理といえるかを理解させることを目標とする。「法の支配」に関連してフラーの示した寓話(TheMoralityofLaw(reviseded.,1969)、ハイエクやラズをはじめとする関連する文献や判例の抜粋をあらかじめ資料として受講者に配付しておく必要があろう。
   
  〔授業構成の例(その2)〕
       実定的制度の基礎的理解に重点をおいた形で、「統治の基本構造」を編成する場合の授業構成例である。憲法・統治機構と、行政法・基礎理論とを融合しつつ、情報公開法制・個人情報保護法制を組み入れる一方で、平和主義と天皇制は組み入れないことにした。
       以下に掲げたトピックは、いずれもきわめて深い内容と広がりをもつが、授業の水準としては、全法曹実務家が、統治の基本構造について共有してしかるべき、ごく簡単な見取り図を与える程度に止めるものとする。
   
T. 立憲主義
  〔1〕 立憲主義の歴史的経緯
    世界史のなかの立憲主義
    日本における立憲主義の理解
     
  〔2〕 民主政原理と法の支配〜統治における裁判の位置
    民主政の意義、法の支配との相互関係
    法の支配・法治国思想・法律の支配の異同
    統治メカニズムの一環として裁判所が占める位置
   
U. 国家政府の仕組み
  〔3〕 立法権・行政権・司法権
    明治憲法下の解釈論と、日本国憲法下の解釈論の異同
    憲法と実定法制(国会法・裁判所法および各種訴訟法・内閣法等)との関係
  〔4〕 法律と予算
    法律の意義〜法律の専管事項論(含、行政組織の設置)
    法律と予算との異同
    委任立法の限界論
       
  〔5〕 行政活動の位置づけ
    法律と「行政活動」の関係〜法律による行政の原理・法律の留保論
    予算と「行政活動」の関係
    「行政権」と「行政活動」の異同
    国家行政(国家の「行政活動」)と地方行政(地方の「行政活動」)の間の共働と対立の関係(序論→〔8〕)
    内閣(長)・国会(地方議会)・裁判所による「行政活動の統制」
   
V. 国と地方
  〔6〕 地方自治の本旨
    その意義〜なぜ地方自治は必要か
    「地方政府」か「地方行政組織」か
    「地方自治の本旨」の実定制度的内容〜戦後の地方自治法制の変遷
  〔7〕 条例論
    法律との比較、および自主立法論
    法律との関係(委任条例と独自条例/独自条例の法律違反性の判定)
    条例と規則の関係
     
  〔8〕 国家行政組織と地方行政組織の関係
    地方行政活動に対する国家行政組織の関与
    関与のあり方に関する地方自治法の定め
   
W. 司法制度
  〔9〕 司法権の意義
    司法権の意義、裁判所法3条1項との関係
    客観(非主観的)訴訟制度
    非訟制度
  〔10〕 違憲審査制度
    違憲審査制度の理念的根拠
    付随的審査論と客観訴訟
  〔11〕 民事・刑事・行政事件における司法制度の諸問題
    適正手続論
    陪審制・実質的証拠法則
    行政事件における憲法論
   
X. 政府のガバナンス(ガバメント・ガバナンス)維持のためのその他の制度
  〔12〕 情報公開法制
    情報公開法および情報公開条例の仕組み
    おもな不開示事由
  〔13〕 個人情報保護法制
    個人情報の収集・管理・利用の規律
    個人の情報の開示・訂正の制度
     
  (3) 「行政活動と訴訟」2単位
  〔授業の目標〕
  授業の目標
       基礎科目としての行政法(必修2単位)は、法学未修者に対して、一方では併行して履修を開始する司法法(民事法・刑事法)諸科目との対比において「行政法」の特質を把握させること。また他方では、未修者が第2年次以降に行政法を基幹科目として履修するのに最低限必要と思われる基礎知識を提供することをその目標とする。
       だが、本モデル案では、予想される法科大学院基礎科目カリキュラム全体の中での行政法科目の位置づけ等を考慮して、思い切ってその内容を2単位分(90分×13回)に絞り込んだ結果、受講者には相当程度の負担(予復習)が要求されることになる。
  予復習の重要性
       すなわち、受講者には、ユニットごとに指定された教科書の該当部分や判例等の教材を予め読んでくることが義務づけられる。また、適宜、授業終了後にレポート課題が与えられる他、授業で取り上げられない部分については、受講者の自習に委ねることになろう。予復習の重要性は他の科目でも要請されているところであるが、回数と内容の極めて限られた基礎科目・行政法にこそ、このことはより一層妥当する。
  配当年次
       併行して履修する各科目との関係を考慮するならば、基礎科目・行政法は第1年次の後期に配当されるのが望ましいと思われる。
  授業の方法
       なお、「授業の方法」につき一言すれば、後述する基幹科目・行政法のモデル案が演習形式を前提に構想されているのに対して、基礎科目としての行政法は――回数が極めて限られている、というテクニカルな理由から――講義形式を加味した形が考えられている。しかし、教員(教官)の考えと技能次第では、演習形式(のみ)で実施されることも決して不可能ではない。
   
  〔授業の内容〕
  工夫した点
       周知のとおり、行政法はとりわけ幅広い法領域をその対象としている。それを2単位(90分×13回)に絞り込むとなると、行政法・基礎科目の授業の構成と内容には、それ相応の工夫が必要となる。行政法・基礎科目の受講者は法学未修者、すなわち学部で法律科目を全く又は十分には履修していない人々であることを考慮すると、尚更このことが当てはまる。
       本研究会での討議の結果、この点のブレークスルーを次のような形で図る方策を考えてみた。すなわち、行政法では紛争の起こり方やその類型が民事法・刑事法に比べると初学者には分かりにくいという点を考慮し、まずは事件・事例を複数用意して、受講者に配布しておく。
       次に、基礎科目・行政法では、それらの事件・事例を繰り返し使用することによって、一方では範囲を限定するとともに、他方では1つの事件・事案に複数の論点が含まれていることを受講者に悟らせ、複眼的な考察方法が存することを発見させよう、というのである。
  その具体例
       したがって、受講者に配布する事件・事例は、事実関係がさほど複雑ではなく、しかし様々な論点を含む複合的な、ふくらみのあるものであることが望ましい。そのような事件・事例としてわれわれが想定したのは、ランダムに並べると、たとえば次のようなものである。
   
   国道43号線訴訟(最2小判平7・7・7民集49巻7号1870頁[平成4年(オ)第1503号事件]、民集49巻7号2599頁[平成4年(オ)第1504号事件]→含まれる論点:行政紛争の生成の仕方、それに伴う訴訟形式の選択の問題(行訴か民訴か)など
   外為法輸出承認禁止(ココム)事件(東京地判昭44・7・8行集20巻7号842頁、判時560号6頁)→含まれる論点:取消訴訟と国賠訴訟の関係、狭義の訴えの利益、法律解釈、行政裁量など
   出入国管理(退去強制)事件(一例:福岡地判平4・3・26判時1436号22頁、判タ787号137頁→最2小判平8・7・12裁判所時報1175号11頁、判タ924号150頁)→含まれる論点:行政上の不服申立て、強制執行、行政手続、訴えの利益、執行停止、法の一般原則など
   風営法許可(取消)の事件(一例:東京高判平成11・3・31判時1689号51頁)→含まれる論点:許認可法制の典型例=法律解釈、行政裁量、処分の職権取消しと撤回など
   建築確認の留保の事例(一例:名古屋地判平8・1・31行集47巻1=2号131頁、判例地方自治156号78頁)→含まれる論点:ラブホテル規制条例と行政指導、申請の効果、不作為の違法確認の訴えなど
   ストロングライフ事件(最1小判昭56・2・26民集35巻1号117頁、判時996号39頁、判タ438号82頁)→含まれる論点:行政処分(登録拒否)、行政裁量、国家賠償など
   ゴミ焼却プラントの建設契約(一例:最判3小昭62・3・20民集41巻2号189頁、判時1228号72頁、判タ633号116頁)→含まれる論点:契約への法的規律、訴訟の類型、地方自治など
  本科目のネーミング
       以上のような特色と内容があることを踏まえて、本科目(法科大学院における基礎科目としての行政法)は、「行政活動と訴訟」と称することにした。
  〔授業構成の例〕(2単位=90分×13回)
    ユニット
  [1] 行政活動をめぐる紛争はいかにして生起するか?
    ・様々な行政活動
    ・紛争の具体例
    ・どう争うか(1)――取消訴訟
    ・どう争うか(2)――国賠訴訟
    ・どう争うか(3)――民事訴訟
  [2] 窓口指導と行政手続法
    ・窓口指導の法的性質
    ・行政手続法の定め
    ・ノーアクションレター制度
  [3] 申請書・届の受取り拒否
    ・申請と届出の異同
    ・行政手続法の定め
    ・受取り拒否への対抗手段
  [4] 処分の特色――許認可の概要
    ・契約と比べて見た処分の特色
    ・許認可制度の概要
  [5] 法律・行政立法・行政規則
    ・行政活動と基準の設定
    ・計画
    ・法律・法規命令・行政規則
    ・パブリックコメント制度
  [6] 申請に対する処分
    ・審査基準と標準処理期間
    ・その法的性格
    ・実体法にはどのような定めがあるか――行政裁量
    ・拒否処分に対してどう争うか
  [7] 不利益処分
    ・定義
    ・処分基準の法的性格
    ・理由の提示
    ・聴聞手続の詳細
    ・調査
    ・職権による処分
  [8] 処分の実効性確保
    ・実効性確保の手法が必要な理由
    ・処罰の手法
    ・強制の手法
  [9] 事後行政手続
    ・事前手続との関係
    ・行政不服審査制度
    ・審査請求手続の概要
    ・行政審判――特許と審決手続
  [10] 行政事件訴訟(1)
    ・概観
    ・要件審理と本案審理
    ・要件審理の諸問題
  [11] 行政事件訴訟(2)
    ・本案審理の対象=違法性
    ・取消訴訟の審理手続
  [12] 国家賠償法(1)
    ・取消訴訟と国賠訴訟の関係
    ・1条責任の具体例
    ・注意すべき点
  [13] 国家賠償法(2)
    ・2条責任の具体例
    ・注意すべき点
    ・国賠法のその他の論点
    (※)なお、損失補償については、もっぱら時間的制約という理由から、憲法の授業に委ねることにした。
   
  [授業内容のイメージ]
   
  <授業モデル>
   
  [ユニット2の例]
       教科書の該当ページを指定するとともに、次の設例・設問を与えておく(下記教材より作成した仮想の例)。
   
  【設例】
       A県のB保健所では、飲食店営業の新規許可申請に当たり、申請前に食品衛生協会の事前指導を受けるように指示している。しかも、その指導結果を記録した指導票を当該許可申請書の添付書類として提出するよう指示している。
       実際に指導に当たっているのは、一般の食堂の経営者など民間人であり、B保健所の許可を受けるのに何故このような民間人の事前指導が必要なのか納得できない。
   
  【設問】
     食品衛生法に基づく営業許可を行う権限を有する「行政庁」とは何か。
     保健所とはどのような組織か。設問1の「行政庁」とはどのような関係にあるか。
     「食品衛生協会」とはどのような組織か。保健所とはどのような関係にあるか。
     食品衛生法に基づく飲食店の許可基準は何によってどのように定められているか。
     法令上、許可申請の添付書類はどのように定められているか。
     設例のような相談を受けた弁護士はどのような法的論点につき調査すべきか。
     設例のような相談を受けた弁護士はどのようなアドバイスをすべきか。
   
  【教材】
     総務庁行政監察局行政相談課(監修)『行政手続法の現場』(ぎょうせい・1999年)184〜189頁
     京都地判平成12年2月14日判時1717号112頁(風営適正化法に基く許可)
     フランク・アッパーム、寺尾美子(訳)「日本的行政規制スタイルの試論的モデル」石井紫郎=樋口範雄(編)『外からみた日本法』(東京大学出版会・1995年)49〜84頁
     
     
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