平成23年11月10日(木曜日)16時00分~18時00分
文部科学省(中央合同庁舎7号館東館)3階講堂
能見会長、大塚委員、高橋委員、田中委員、中島委員、野村委員、米倉委員
奥村文部科学副大臣、神本文部科学大臣政務官、森口文部科学審議官、藤木研究開発局長、田中原子力損害賠償対策室長、篠崎原子力損害賠償対策室次長、田口原子力損害賠償対策室次長
加藤 原子力発電所事故による経済被害対応室審議官
【能見会長】 それでは、時間になりましたので、第16回の原子力損害賠償紛争審査会を開催いたします。本日は、お忙しいところお集まりいただきまして、大変ありがとうございます。
はじめに事務局から、配付資料の確認をお願いいたします。
【田口原子力損害賠償対策室次長】 資料でございますが、お手元の議事次第のほかに、資料といたしまして、資料1としまして、自主的避難に関する主な論点、これは1枚でございますが、両面になってございます。それから資料2といたしまして、自主的避難関連データ、さらに参考資料といたしまして、前回の議事録、それから参考2で、前回資料3としてお出ししました「放射線に関する安全基準について」ということで、参考でお配りしています。さらには、参考3で、「日常生活と放射線」という1枚紙をお配りさせていただいてございます。不足等ございましたら、お申し出をいただきたいと思います。
それから、本日は、鎌田委員、草間委員がご欠席になってございます。
文部科学省から奥村副大臣、神本政務官がご出席でございますが、奥村副大臣は、公務で途中退席される予定でございます。
それから、事務局から1つ、今日は傍聴の皆様にお願いがございます。前回の審査会において、複数の傍聴者の方から拍手あるいは野次など、議事に影響を与えることを目的とした行為がたびたびございまして、一部の方には退場もお願いいたしましたが、それにも応じていただけないという事態が生じております。今後もこのようなことが続きますと、審査会の公開方法自体を見直さざるを得ないということも考えられますので、ぜひ傍聴の方々は静粛を保っていただきまして、発声あるいは拍手などは厳に慎んでいただくようお願いしたいと思います。
以上でございます。
【能見会長】 それでは、本日の議題に入ります。
今、事務局からアナウンスがありましたように、傍聴者の皆様には、ぜひ静粛を保ちながら傍聴していただきたいと思います。私自身は、ここでの議論が皆様に直接伝わるということは非常に大切なことだと思っておりますので、それが妨げられるということ自体が適当ではありません。そういうことで、ぜひ静粛に傍聴していただければと思います。
それでは、本日の議題でございますけれども、最初に、自主的な避難についてでございます。前回の審査会で、福島市長や自主的な避難をされている方々のお話を伺いました。いろんな問題点等が浮き彫りになってきましたけれども、その中の1つの大きな問題としては、自主的な避難をされている方々に対する賠償の可能性とともに、そこに残っておられる方々についての問題も、あわせて解決することが重要であるということでございます。本日の資料は論点ペーパーでございますけれども、今のような認識をもとにして、どんな論点なり、どういう解決の方向があり得るのかということについて、中立的な立場から整理したものでございます。これをもとに今日はご議論いただきまして、できれば、ある程度の方向性というもの、共通の認識が得られればと思っております。
さて、それでは、この用意した資料につきまして、事務局から説明をお願いいたします。
【田口原子力損害賠償対策室次長】 それでは、まず資料1から説明をさせていただきます。
自主的避難に関する主な論点といたしまして、最初の5行のところで全体の話を書いてございます。自主的避難に関する原子力損害について、対象時期、対象区域、対象者の属性、あるいは損害項目等をどのように考えるべきか。また、自主的避難に一定の合理性を認め、賠償の対象とした場合、同区域の滞在者に対する賠償は認め得るか。認め得るとすればそのような損害なのか。さらに、政府指示に伴う避難者との関係はどのように考えるべきか。これが全体であろうかと思います。
以下、項目ごとに論点を整理してございます。
まず1の対象時期でございますが、これまで、自主的避難は、事故当初の類型、これは事故直後(これを「一期」と呼ばせていただきます)、それから、一定時間が経過した以降の類型(これを「二期」と呼ばせていただきますが)、その性質が異なるため、2つの類型を分けるべきとの議論がありました。一方、自主的避難の理由が異なるとしても、特定の時期で分けることは必ずしも合理的ではないとの見方もありますが、そこをどのように考えるべきか。
2つ目は、そこに関係いたしますが、仮に2つの類型に分けた場合でも、第一期にも低線量の被曝の危険の回避ということについて含まれると考えられますが、そういった重複についてどう考えるか。
それから、3ポツでございますが、これは少し観点が異なりますが、以上の両案につき、当面、指針で示す賠償の対象時期をいつまでとするか。例えばということでございますが、過去のある時点、例えば9月末という格好で、これまでの過去形で指針を整理していくのか、あるいは、将来のある時点、例えば来年の3月のような、未来も含んだ形で整理をするのかということがございます。
続きまして、2の対象区域でございますが、これは後ほど資料2でいろいろな地図が出てきますので、それをまた改めて詳しく説明させていただきますが、まず対象区域の基準は何かということでございます。そこにありますような(1)から(4)のような要素が考えられます。1つは、自主的避難者の数であるとか、割合、人口比でございます。それから、福島第一原発からの距離、あるいは警戒区域などの避難区域との近接性、それから放射線量というのが考えられるのではないかということでございます。
それから、2ポツで、区域設定する場合、どのような区域で考えるかということで、物理的には、(1)のように、距離のみという線が引けないわけではございません。それから、(2)として、市町村より小さい単位、集落であるとか、例えば小学校の学区であるとか、そういう単位、あるいは、それより大きい市町村、さらには、次のページになりますが、福島県内の行政区域として、会津、南会津、県北、県中、県南、相双、いわきというような分け方がございます。こういったもの、あるいは、その他のもの。
それから、注で書かせていただいてございますが、距離と同様、線量で分けるということも、概念的には考えられますが、実際は、すべての場所で、すべての時間で線量をはかっているわけではございませんので、なかなか現実の問題としては難しいのではないかということで、注を書いてございます。
それから、3は、先ほどの一期と二期で分ける場合、あるいは分けないで1つで考える場合、それぞれ今申し上げたような要素、あるいは区域の設定というのが、その内容が変わってくるのかどうか。そこに区域設定の例といたしまして幾つか書いてございますが、例えば、自主的避難者が一定の割合とか数で存在する地域について対象とする。あるいは、原発からの距離で考える。あるいは、警戒区域との隣接で考える。あるいは、一定の線量を示した区域で考える。あるいは、それらの要素を組み合わせて考慮して考えるというようなことがあるのではないか。
それから、3ポツでございますが、対象者の属性といたしまして、1ポツに書いてございますが、子ども、その親を中心として自主的避難をしている実態が推測される中、線量に対する不安というのが子ども、妊婦には大きいと考えられますが、それをどう取り扱うか。
2ポツは、これは冒頭にもありましたが、自主的避難者への賠償を認めた場合、滞在者への賠償というのは認め得るか。
さらに、3ポツは、滞在者への賠償を認めた場合でございますが、例えば、1政府指示の避難区域の中から賠償を認める地域へ転入してきた者、あるいは、2の、その後、業務等でその区域に転入した者、そういった人の扱いをどうするかということでございます。
それから、最後の4ポツが、損害項目でございますが、賠償の対象となる者を決めた場合、その避難者にどのような損害項目が認められるのか。あるいは、その場合、滞在者はどうなるのか。さらには、1と2が、政府指示による避難者との関係がどうなるのかということでございます。それから、4ポツと5ポツについては、この損害項目だけではなくて、全体に係る面もございますが、こういったものを議論するものの基礎として、そもそも自主的避難者や滞在者に対して、法的にどのような性格の損害と考えるのか。政府指示による避難者の場合と同じなのか、違うのか。5については、具体的に精神的損害を認める場合は、その算定方法をどうするのか。これについても、政府指示の避難者との関係、あるいは自主的避難者と滞在者の関係というのが、それぞれ出てくるということでございます。
以上が資料1でございます。
それから、引き続き、資料2も説明をさせていただきます。資料2は、自主的避難の関連データとして、事務局のほうで各種の資料を用意させていただきました。
まず1枚めくっていただいて、裏側の1ページを見ていただきたいと思います。これは、原発の周辺の地図に、それぞれ原発からの距離で、10km単位で線を引かせていただいてございます。真ん中の黄色いところは、政府指示等による避難の対象区域でございます。その外側に100kmまで線を引かせていただいておりますが、大体こういう地理的な関係になっているということでございます。
それから、続きまして、2ページ目でございますが、これは福島県民の自主的避難者数の推計ということで、福島県がまとめたものでございます。それで、一番上のところ、四角で囲んだところに書いてございますが、自主的避難者の数は事故発生直後から一たん減少しておりますが、4月以降、再び増加の傾向にあるということでございます。それから、3月の分については、この後でご紹介いたしますが、市町村別の内訳が出ておりますが、それ以降は市町村別の内訳は不明であるということでございます。表の左側の自主的避難者数のところの一番左の数字を見ていただきますと、事故直後4万人強だったものが、一たん減って、その後、徐々にまた増えているということでございます。これに対して、例えば、その右側の避難区域の中でございますと、ずっと増えておるんですが、8月から9月にかけて、これは一部区域が解除になったところもあるということが影響していると思いますが、むしろ減少しているということになってございます。ただし、留意事項の下のところに書いてございますが、必ずしも避難者の数を正確に把握しているわけではないので、時間とともに数が増える傾向というのは、把握の状態で増えているという面もございますので、そこもある程度考慮に入れて、この図を見なければいけないということでございます。
続きまして、3ページでございます。3ページ以降は、しばらく、先ほど申し上げた3月15日時点での市町村別の避難者数の内訳が出てまいります。これを見ますと、右下のところに脚注がありますが、これは人数に応じて色分けをしてございます。これは絶対数でございますが、これを見ますと、右下の赤いところのいわき市、あるいは、オレンジ色で言いますと、須賀川、郡山、あるいは福島、相馬、こういったところが多くなっている。ただし、これも、先ほどのデータもそうでございますが、例えば相馬とかいわきでございますと、津波による避難者もこの数の中に含まれる、というよりも、それを区別して分けることができないということでございますので、その点は考慮していただきたいということでございます。
これは絶対数でございますが、あとは市町村に対する避難者の割合ということで、次の4ページのところにございます。これを見ますと、先ほどの絶対数が多いところは、割合も多いというような傾向がございます。全体としましては、先ほどのページとあわせてみますと、1つは、沿岸部である相馬市とかいわき市が多い。さらには、いわきも含めまして、郡山であるとか、福島であるとか、比較的都市部からの避難者の割合が多いという傾向が見てとれると思います。
それから、次の5ページでございます。5ページは、これは参考までに、前回も類似のデータを示させていただきましたが、自主的に避難をする方々がいる一方で、避難区域から避難者を受け入れているということがございます。例えば、いわき市で見ますと、1万5,000人避難している方もいらっしゃるわけでございますが、一方で、避難区域から、それを上回る数の方々を避難者として受け入れているということがございます。ここも見ていただきますと、例えば田村市の場合は、むしろ自主避難者を大きく上回って避難者を受け入れている。あるいは郡山、二本松、福島も、自主的避難者もかなりの数がいらっしゃいますが、受入数というのもかなりあるということでございます。
それから、次の6ページでございますが、6ページは、事故後、3月15日から20日までの間でございますが、福島県が市町村に対してヨウ素剤を配布してございます。それが、この赤いところは、もともと配備がされていたところでございます。その後、市町村の要望に応じ、あるいは、その後、福島県から各市町村にヨウ素剤が配られてございます。これをざっと見ていただきますと、大体内側から順番に配っていっているわけでございますが、結果として、距離で言いますと、50kmにかかる市町村のところに大体配備をされているということが見てとれると思います。
ここまでが事故直後の状況ということでございます。それで、一定時間経過後というか、4月以降は市町村別のデータがございませんので、7ページ以降で、これは住民基本台帳をもとにした公表データを使いまして、ざっと傾向を見てとれないかということで、データを整理させていただきました。もちろん、避難をされている方、住民票はそのままで避難されている方もいらっしゃいますし、移した方もいらっしゃるということで、その点は考慮に入れた上で見ていただきたいと思います。
まず7ページでございますが、これは先ほどの行政区域(会津、南会津、県北、県中、県南、相双、いわき)それぞれについて、3月から9月の間に転出者・転入者がどれぐらいいたかというデータでございます。たくさん数字が書いてございますが、右下の転出のところを見ていただきますと、県北、県中、相双、いわきで、それぞれ1万人を超える方が9月までの間に転出しているのが見てとれます。もちろん、転入している方もいらっしゃるわけで、その辺はその差で見るべきなのかもしれませんが、そういうデータになってございます。
それから、次のページでございますが、これは住民基本台帳をもとに総務省が公表したデータで、年齢別に平成22年と平成23年の比較で人口の増減を見てございます。これは増減は社会減ということで、死亡等による自然増減は含まない格好になっていますので、いわゆる転出・転入の部分だけを見ているということでございます。これを見ていただきますと、平成22年は通常の状態でございますが、例年でも15~25歳、青い棒のところでございますが、こういった進学とか就職である程度転出する方が例年いらっしゃる。その中で、23年はどうなっているかというと、例年であれば出ていかない世代、特に子どもの世代、0~4歳児、あるいは、そこからずっとその親の世代、40代ぐらいまでが非常に多く転出をしているという傾向が見てとれます。
これを、さらに次のページでございますが、月別にデータを整理したのが9ページでございます。これを見ますと、3月に事故が起こりまして、その後、赤い棒のところでございますが、4月に転出がピークを迎えて、その後、徐々に減るわけでございますが、8月にまた増加するというような傾向が出てございます。3月、4月につきましては、上に書いてございますように、先ほどの進学とか就職とかいうことで移動が多い時期でもございますが、一方で、避難をして、その後、一定期間経過後というんですか、夏休みなどを機に、お子さんなどが移動したというようなことが推測されます。
それから、10ページからは、福島県の年齢別人口推移ということで、これも住民票をもとに、公表データに基づいて、各地区における月ごとの平成21年と22年との比較で見てございますが、人口の増減をあらわしたものでございます。こちらは先ほどのものと違いまして、自然増減を含んでございます。これも見ていただきますと、例年、プラス・マイナス・ゼロのあたりであるものが、平成23年については、マイナスが赤い棒になりますが、県北、県中、相双、いわきあたりで赤い棒がぐんと立っているということでございます。これは福島県全体ということでございますが、年齢別に次のページからあらわしてございます。
11ページが0~9歳、さらに、次のページが10~19歳、それから20~29歳とございますが、それぞれ、先ほど申し上げた地域を中心に、特に3月、4月で赤が大きく立っているということでございますが、それが、14ページの30代、さらには15ページの40代ぐらいまで続いている。ただし、年齢が高くなると、その減りぐあいが徐々に減っているということでございます。それで、16ページの50代になりますと、沿岸部の相双、いわき、これはもともと政府指示による避難者が含まれてございますが、それ以外のところでございますと、それまでのような顕著な違いというのはだんだんなくなってまいります。
17ページの60歳以上になりますと、これは毎年高齢化が進んでいる関係で、増える傾向にあるわけですが、その増え幅が減っているというようなデータになっているかと思います。
それから、18ページの70歳以上になりますと、これは沿岸の相双、いわきのところで赤い減が大きく立っている。これは、多分、震災によってお亡くなりになった方が多く含まれているのではないかと推測されます。
この辺が地域別の人口動態ということでございます。
それから、19ページ以降に、今度は放射線量の分布を示してございます。これは福島県が学校を中心に、何回か非常に細かく放射線量の調査をやってございまして、4月と6月と、現在のところ最新の9月のデータというのを3ページにわたって示してございますが、さらに、円グラフになってございますが、この円の大きさは、これは各市町村ごとでございますが、測定点の数を示してございます。その中で、線量のデータの分布が右のところに書いてございますが、0μSv/hから5μSv/hまでそれぞれ色分けして示してございまして、オレンジ色のところが線量が高いところということになってまいります。これを見ますと、もちろん、原発に近い浪江あるいは飯舘というところがオレンジで、そのあとずっと左の上のほう、福島市あるいは郡山市のほうまでオレンジ色の部分、黄色の部分があって、それが県南の一部まで延びているというような傾向になってございます。
これが、もちろん、時間がたつと線量は低下いたしまして、次のページの6月のものでございますが、こういったオレンジ色のところがなくなって、黄色いところが残ってきている。
さらに、9月になると、それがさらに全体として青い色になってくるということでございます。これで注に書いてございますが、これはμSv/時で表示をしてございますが、目安といたしましては、注の一番下のところでございますが、一日に屋外に8時間いて、さらに屋内の遮蔽率を木造家屋で0.4と仮定いたしますと、1μSv/hが大体5mSv/年をちょっと上回るような数字になってくるということでございます。
22ページからは、やはり放射能の測定マップでございますが、福島県がホームページで公開しているものでございます。これも、赤いところが5μSv/h以上から、徐々にオレンジ色、黄色、緑、青というふうに線量が低くなっているということで、最初の3月のデータを見ますと、伊達、福島、あるいは本宮あたりで、赤やオレンジの点が多く見られるということでございます。
これは次のページの4月になりますと、先ほどの円グラフのデータが入ってまいりまして、測定点が格段に多くなりますが、傾向といたしまして、北西報告に赤、オレンジがあって、伊達、福島あたりで緑、黄色になって、比較的線量の高いところが下のほうにずっと延びてきていることが見てとれると思います。
もちろん、これは時間の経過に伴って、だんだん線量のレベルは減っていって、5月はまた測定点は少なくなりますが、先ほどと比べると、さらに緑とか青のところが増えております。
6月のデータが25ページにございますが、かなり線量が下がってきているのが見てとれるということでございます。
7月、8月、9月、10月までのデータでございますが、29ページまでの間に10月までのデータを示してございます。
次は、30ページでございますが、これは文部科学省で公表しております、来年の3月11日までの積算線量の推定のマップでございます。これは10月11日時点で公表したものでございまして、10月までは、そこまでの実測値で積算線量を計算してございます。10月時点の測定値を、そのままのレベルで3月まで引っ張ったときに積算線量がどうなるかということで、マップが作成されてございます。これは若干色が薄くて見にくいんですが、少しでも色のついたところが年間5ミリシーベルトに相当するラインになっていまして、例えば、広野町の左のところに5と横になった数字が、上のところにもございますが、そういったところが5ミリシーベルトのラインになってございまして、これも先ほどと同じように、原発から北西方向にそういったエリアが延びて、伊達、福島のあたりで折り返して、二本松、本宮、郡山のほうに延びていっているという傾向が見てとれます。
次のページは、これは積算ではなくて、5月2日時点の空間線量マップでございますが、より全体がわかりやすいかと思いますが、これも原発から北西方向に高い線量の区域があって、伊達、福島あたりから左下のほうに延びていっているということが見てとれると思います。
それから、最後、32ページでございますが、これは同一市町村内の放射線量がどれぐらい分布があるかということでございまして、二本松市を例にとって書いてございます。そこに放射線量の測定結果、それから地図がございますが、まず1つは、下の地図を見ていただきますと、同じ二本松市内であっても、3.52μSv/hとか、3μSv以上の数字が出ているところもあれば、1μSv/h以下の線量のところもある。さらには、上のグラフを見ていただきたいと思いますが、例えば一番左の赤いところ、4月1日の二本松市の東和支所のところでございますが、4月1日で1.57という数値がございますが、これは文科省のほうで公表したデータだと思いますが、右側の二本松市が別途測定を行ったもので、同じ東和支所を見ますと、一番右側の欄になりますが、4月1日、2.61という数字があって、完全に同じ場所かどうなのかというのもございますし、同じ時点で同じ場所でも測定によってかなりばらつきがあるということになってございます。
以上、事務局のほうで今回の検討に当たって整理をした資料は、以上でございます。
【能見会長】 それでは、今日の議論はなかなかしにくいんですけれども、しにくいという意味は、後でまた具体的にご議論いただきますけど、なかなか損害賠償をどういう基準で、どういう対象を考えるかということ自体は、非常にテクニカルな部分もあり、おそらくいろいろ試行錯誤をすることになるんだろうと思いますね。そういうことで、議論そのものはちょっと待っていただいて、今日配付された資料そのものについて、ご質問等がございましたら、先にそれを伺いたいと思います。いかがでしょうか。
私自身があまりよく理解していなかったところがあるんですけど、自主的な避難をされた方がゼロであるという市町村というのも、福島県内にはあるんでしょうか。この白いところというのはゼロですか。例えば、3ページ、4ページあたりの。薄い青で、1から、例えば3ページだと、薄い……。
【田口原子力損害賠償対策室次長】 この3ページの地図自体は、1人でもいれば色がついているということになっています。
【能見会長】 ついているわけですね。じゃ、白はゼロということですね。
【田口原子力損害賠償対策室次長】 はい。ただ、これも、先ほど申し上げましたように、捕捉をされた人数ということでございますので、ほんとうにゼロかどうかというのはわからないということで。
【能見会長】 わからないところもあると。
ほかに、資料そのものについてはいかがでしょうか。
それでは、資料そのものについて、特に今、先に聞いておきたいという点はとりたててないということであれば、早速賠償の問題に入りたいと思います。
そういうことで、先ほど説明がありましたけれども、論点ペーパーに基づいてといいますか、もちろん、違う論点が出てきても構わないわけですけれども、この論点ペーパーに基づきながらご議論いただければと思います。先ほど申し上げましたように、私自身も、こういうふうに考えたらどうかとあるときは考え、しかし、後でまた考え直してみると、どうも最初の考え方は適当でないので少し修正したいとか、そういうことがおそらく当然あり得ると思いますので、今日皆様がご発言されて、ある考え方を示されたとしても、これはまた次回、やっぱり前の考えというのは少し修正したいとか、そういうことは当然あり得ることだと思っております。そういうことで、今日はともかくは自由にご発言いただいたらどうかというのが趣旨でございます。
とは言っても、なかなか切り口といいますか、最初の議論の仕方、する場所が難しいかもしれないので、私が一番悩んでいる点を申し上げますと、今まで第一期と第二期というのを分けて、第一期というのは、爆発直後に、必ずしも十分に情報がないところで、不安を感じて避難されたという方々に対する賠償はどうかということで、これは比較的広い範囲の地域を私としては想定しておりました。第二期のほうは、比較的情報もある程度集まって、そこでは、具体的と言うとちょっと語弊があるんですが、もう少し放射線量の値などもわかってきて、やはり健康への不安というものが第一期よりは具体化した、そういう段階での自主避難者であり、また、そういう地域の残留者についての賠償というのを考える。というふうに考えると、やっぱり第一期よりは狭い範囲になるのではないかということで、第一期と第二期というのを分けるというのが、私の頭の中ではそれなりに合理性を持っていたわけですが、前回、自主的な避難をされた方々は、皆さん、第一期と第二期を分けるということについて批判的であり、それはそれで皆さんのそういうご感触なので、できるだけそれに添える形で、かつ、合理的な賠償の基準というのが考えられるのであれば、それはそれで、私はそれでいいと思っているんですけれども。なかなかこの第一期、第二期を分けるか分けないかというところが、まず1つの出発点として議論の対象にあっていいのではないかと思うんですが、ここら辺からいかがでしょうか。
大塚委員。
【大塚委員】 私は前から第二期も賠償すべきだと思っていたわけですけれども、今会長がおっしゃったこととも関係しますし、前回のお話でわかったことは、論理的に考えるほど、すぐに移転というのができなかった方たちがたくさんいらっしゃるということでして、人間関係とか情報の伝達の遅れとかということがあったとすると、第一期にすぐに移ることができなかった方たちがたくさんいらっしゃったということのようですので、そういう意味で、あんまり第一期と第二期は大きな区別はできないのかなという感じはしています。
ただ、今会長がおっしゃったように、第一期はむしろ距離のほうが中心になるのではないかと思いますけど、第二期のほうは線量のほうが重点が置かれると思いますけれども、その辺が、2ページの上のほうの3というのを考えるときに、何に重点が置かれるかというのは、少し範囲が違うかなと思っていますが、今までの議論ほど第一期と第二期を峻別して――どのみち私は第二期は賠償すべきだと思っていましたけれども、峻別し過ぎるのは必ずしもよくないのかなというふうに、個人的には思っております。
【能見会長】 今の大塚委員のご意見は、比較的私も近いつもりなんですけれども、今、第一期、第二期を分けるという話と、もう1点、ちょっと考え直したといいますか、今まで私の視点からは落ちていた点なんですけれども、それは、当初私の頭の中では、第一期は、避難された方だけの賠償でいいのかなと思っていたんですが、しかし、第一期においても、今大塚委員が言われたのはそういうことだと思いますけれども、避難したくてもできなかった方々はおられて、そういう人たちは初期のころの不安な状態のまま生活せざるを得なかった、そこにとどまらざるを得なかったということで、そういう残留された方、第一期についても、同じように、避難された方、残留者ともに賠償するという構造というのが考えられるかもしれない。そうなりますと、第一期と第二期というのは、どちらも避難された方、それから残留された方ともに賠償の対象になるという点で、構造的には同じになるということですよね。
ただ、そうはいっても、やはり第一期と第二期では、多少賠償、あるいは不安の原因の部分が少し違っていたり、そんなことで、やっぱり多少どうしても差があるのかなと思っていたところですけれども。おそらく大塚委員のと大体近いのかな、今の考え方は。
どうぞ、高橋委員。
【高橋委員】 前回、大事な会議に欠席いたしまして、大変失礼いたしました。
議論を直接お聞きしていなかった関係で、前回の会議にご出席されていた2人の先生方とちょっと意見は違うかもしれませんが、私も、第一期も第二期も、合理的な範囲の方に関しては補償をすべきであると思っております。
ただ、やはり第一期は、ある意味では、政府の指示がいろいろな形で拡大したりしていって、不安であるということで、実際に避難された方だと思います。実際、4月22日にある程度の線引きがされて、その段階で各地の線量もかなり大まかな形だと思いますが、明らかになっていた時期だと思います。そうすると、その時点で、仮に第一期のなかで避難しようと思っていたが様々な事情でとどまっていた方がいらっしゃっても、その段階でもう一回、その資料に従ってお考えになる機会というのはあったのではないか、と私は思っております。そういう意味では、第一期と第二期を4月の末ぐらいに切るということについて、必ずしも不合理ではないと私は思っております。
あと、私は、区域の問題は、第一期と第二期との間でさほど区別する必要はないと思います。ただ、第二期の方は、政府のほうできちんとした基準が決められたのだけれども、それについて不安を持たれているので、自主的に決断されたという方だと思います。その場合には、後の議論でも出てくると思いますが、子どもさんを持っていらっしゃる方かどうかという点が大きな判断要素だったろう、と私は思います。したがって、第二期の方については、子どもさんに対する影響を重く考慮された方は、積極的に賠償の対象にしていくべきであると考えます。以上です。
【能見会長】 今の確認ということだけですけれども、人の属性ということで言えば、今、最後に言われた、子どもを中心にというのは、第二期についてですか、それとも……。
【高橋委員】 第二期についてです。
【能見会長】 はい。
【高橋委員】 第一期は、要するに、線引きがわからない段階ですから、全員の方に賠償するということだと思います。
【能見会長】 あともう1点だけ。地域的にはそんなに変わらなくていいのではないかという点についてですが、あるいは、もうちょっとご説明いただけるとありがたいんですけれども。
【高橋委員】 ですから、例えば、警戒区域との隣接性とか、ある意味では自主避難の多さとか、その辺のことを考えて、地域の基準というのは、そんなに変わらなくてもいいと思います
【能見会長】 第一期と第二期で。
【高橋委員】 ええ、第二期とですね。そういうふうに考えております。
【能見会長】 ほかの委員の方。
田中委員、どうぞ。
【田中委員】 私は少し違った意見を持っているんですが、第一期は、私は明確に4月22日ではないのかと思います。というのは、4月22日に政府が避難するかどうかということについて、初めてきちっと区域も含めて指示を出したというのが4月22日だと思います。1つは、その時点で、それまでは屋内退避と言っていた20~30kmのところについては、避難準備区域ということで、帰ってもいいということになったわけですね。それについて、この審査会は、一応すぐに帰る準備もあるだろうから、7月末とか8月末ぐらいまで猶予を見るというか、そういうことで補償をすべきというふうにしたと思うんです。
ですから、ちょっとこれは確認したいんですけれども、避難準備区域でも、帰っていいと言ってからでも、7月末とか8月末以降、今でも退避している人たちに対する賠償というのはどうなっているのかということを確認させていただきたいというのが1つですね。
それから、第二期で、線量率についての不安というのは、実際、この統計を見ますと、いわきは少し例外的に高いですけれども、ほとんど99%以上の人はその地にとどまっているわけです。だから、不安は人によって差があるわけです。政府の指示でそこに滞在している人たちですよね、ある意味では。滞在していいということですから。そういう方たちとのバランスを考えて、そこはやっぱり明確に、自主避難、それは心情としてはわかりますけれども、ある程度そこで区切りをつける必要があるのではないかという気はします。
以上です。
【能見会長】 ほかにいかがでしょうか。
今、田中委員が言われた幾つか、確認の部分はどうですか。7月以降も戻らない人がいるかどうかと、そして、そういう人たちに対しては賠償がどうなっているかという、そういう質問ですね。
【田中委員】 そうですね。
【能見会長】 わかれば。
【田口原子力損害賠償対策室次長】 そこについて、今はまだ具体的な調査はしてございません。
【能見会長】 それでは、それはまた調査をしていただく。
田中委員が言われたこと自体は、ある意味、もっともなご指摘な部分があるわけですが、4月22日以降、政府の指示というものがある意味で確定して、滞在していい場所と、避難しなくてはいけない区域が、その時点ではっきりしたんだと。したがって、それはもちろん私も前提に考えるべきだと思いますけれども、自主的な避難をされる方、あるいは、同地域で滞在される方に対する何らかの賠償を認めるという場合には、おそらく政府の避難指示による地域分けといいますか、区域の設定があるにもかかわらず、なお避難する何らかの合理性があるかどうかという、プラスアルファの要因が必要なんだろうというふうには思います。ですから、そういうプラスアルファの要因があるということであれば、おそらく今田中委員がご心配された点も、一応はクリアされるのではないかと思いますけれども、そうでもないんですか。
【田中委員】 そのプラスアルファの要因があれば、もちろん、会長がおっしゃるように、そうだと思いますが、それは、私は、また新たに線量とかなんかということを持ち込むということになると、非常に混乱すると思います。一応国の責任において、20ミリシーベルトというところで、滞在するかしないかという予測線量ですが、指示を出したわけだから、それをまたこの時点で、ここで個人の判断による線量基準を持ち込むということは、私は、非常にいろんな意味で、今度は滞在している人たちに、今からでもすごい混乱をもたらすような気がするので、そこはぜひ避けていただきたいなという気はしています。
【能見会長】 いかがですか。大塚委員。
【大塚委員】 既にあるもので、放射線管理区域という、例えば5ミリシーベルトというのがあるわけですけれども、別にそれだけにこだわるつもりはないんですけど、それから、除染のときとか、そういう議論はいろいろあったわけですが、必ずしも20ミリというだけが絶対というわけではないと思います。もちろん、滞在して残られる方も合理的な行動はしていらっしゃると思うんですけれども、避難される方も合理的な行動をしているというふうに見ることは、私はできるのではないかなと思っていまして、そこは、だから、第二期の自主的避難者を賠償すべきではないかということに直結するものですから、そこの見方はいろいろあると思うんですけれども、放射線管理区域という職業曝露のものですら、5ミリシーベルトというのが既に決まっていたことを考えると、20ミリシーベルト以下だったら自主的に避難することが合理的でないということにはならないと思うんですけれども。
【能見会長】 ほかの委員の皆さん、いかがでしょうか。
中島委員。
【中島委員】 一期と二期と分けることの合理性という点なんですけれども、私は最初分けたほうが、この性質が違うんじゃないかというふうに思っていたんですけれども、高橋委員と同じ意見だったんですけれども、前回の避難者の方のお話を聞くと、今から振り返ると、4月22日が最終的な決定になっているけれども、当時としては、まだこの後決定が変わるかもしれないと。最初20だったのが、30に現に変わったわけですから。そうだとすると、4月22日の時点で立ってみると、これが最終的な決定ではないかもしれない、さらに範囲が広がるかもしれないと。今から振り返ると、4月22日が最終の決定ということがわかるわけですけど、そうだとすると、4月22日の時点では、まだこれが最後ではないかもしれないという恐怖心というのがまだあったのではないか。ですから、4月22日がファイナルな決定だとして、その外側を安心していいと、そこで画然と区別していいのかというのが少し疑問になってきまして、さらに変化する可能性がないわけではない、あるいは、前回の方の表現では、政府の発表に対する不信感もあったというようなこともありますと、もしかしてさらに広がる可能性があるという、当時のこういう時点で考えてみると、そこで切るということが、そこで恐怖心から線量への回避に質的に変化したと完全に言い切れるかどうかがちょっと疑問になってきたんですけれども。そうすると、そこがちょっと疑問点なんです。
【能見会長】 野村委員、どうぞ。
【野村委員】 私も今の中島委員と大体同じような考えを持っています。前に申し上げたときに、特に第一期と言われているところは、この先どういうふうになるのかについて、なかなか見通せないという不安があって、それがある程度自主的に避難するというのも十分合理性があるという根拠になると思うのです。けれども、4月22日以降に線引きがされたことによって、今後どういうふうになるかということについての不安がなくなったかというと、必ずしもそうでもないのかなと思います。そうすると、やっぱり第二期と言われるところでも、自主避難がある程度合理性があるという場合もあるのではないかと思うのですね。ただ、それでは、その先どこで合理性がなくなるのかという終期について、なかなか僕も考えられないのですが、どこかの時点でやっぱりそれはゼロになるというか、合理性がだんだん少なくなってくると思うのです。結局、何をもって合理性と考えるかということが明確でなく、放射能のリスクがもう拡大しないというある程度の見通しが立ったと言えるのかどうか、その辺が現実に世の中でどういうふうに受けとめられていたのかというのがなかなかわからないなということで、政府の指示が出た時点で、明確にそういう不安はなくなったというようには断言できないのではないかという気がしています。
【能見会長】 米倉委員、どうぞ。
【米倉委員】 私は以前から、自主避難をされた方とそこに残られた方との間で、そんなに大きく賠償において差が出てくるということには反対であるというふうに考えていました。それで、問題は、このタイミングの問題ですが、確かに4月22日が1つの、得られる情報としては、大きな節目になったのは事実であろうと思うんですが、実際には、3月11日から始まって現在に至るまでのずっと長いプロセスの間で、徐々に徐々に住民の方々の不安感が、あるときには上がったり下がったりということの繰り返しが続いているわけで、なかなかここでばちっと決めるという、あるいは、最初の1カ月とその後とが非常に大きく質的に差があるということは言いにくいのかなということを、前回のときの皆さん方のお話から感じました。じゃ、どうすればいいのか、私自身はきちっとした答えは今は出せない。
【能見会長】 中島委員、あるいは野村委員、それから米倉委員と、共通する発想を前提とされていると思いますけれども、仮に政府が避難指示をした線引きがまだ変わるかもしれないというふうなレベルで考えると、その4月22日で、ここできっぱり切れるということはないのかもしれませんけれども、この範囲がさらに広がるという可能性は、私は現在はもうないような気もするので、今のような考え方でいくと、4月よりちょっと先までいくかもしれないけれども、そこら辺でどこかで線が引けて、賠償はもうそこまでですよ、それ以後は自主的避難はもう一切認められませんという、そういう形になるんでしょうか。
そこは、私は先ほどの大塚委員と似ていて、これは田中委員は反対されていますけれども、やはりある種の線量を前提としての、健康に対する危惧というのが、やはりだんだん後期になればなるほど重要になってきて、あるいは重要な要素になってきて、そういうものを原因とする不安からの避難、あるいは、そういう一定の線量、20ミリまでは達しないけれども相当な線量というもの、その中で生活していることの不安というのは、別に4月22日からしばらくたって切れるものでもないし、おそらく現在でも続いているんだろうと思いますので、そこら辺について、改めてもし何かご意見があれば聞きたい。
中島委員、あるいは野村委員、もし今の点についてお考えがあればお聞きして、その後、田中委員ということで。
【中島委員】 今、会長ご指摘の観点に立ってみれば、確かに4月22日で画然と切ることはできないかもしれないけれど、しばらくすると、例えば工程表の第一期が終わったとか、そういうこともある程度コントロール可能になってきたんじゃないかということが大体周知のものになってきた時期には、確かに恐怖心というものはなだらかに下がってきたけれども、線量を回避するという要素は最初からずっとあるとなると、第一期からも含めて、線量への恐怖というか、被曝の回避という要素は最初からあるけれども、そこにプラスした恐怖心というのは徐々に減ったというふうなイメージのように考えますけれども。
【能見会長】 野村委員、あるいは米倉委員、同じ点に関して。
【野村委員】 線量に対する不安というのが、どの程度合理性があるのかということで、それは情報の量あるいは情報そのものによって変わってきているのだと思うのです。だから、だんだんそれが減っているのか、あるいは、むしろ増えているのか、その辺が僕もよくわからないのです。確かに線量についても考慮しなくてはいけないのかなというようには思いますけれども、これはどのように考えればよいのでしょうか。不安があるということはわかるのですけれども、それがリーズナブルと言えるのかどうかというところは、科学的にどう考えられているのかということと相関していると思うので、合理性の判断については、僕もなかなか自信がないところです。
【能見会長】 米倉委員、何か補足があれば、どうぞ。
【米倉委員】 いわゆる線量に関する情報は、どちらかというと、どんどん増えてきたわけですね。当初はやはり、これは前からも議論があったと思うんですけれども、何が起こるかわからないということに対する恐怖感、それが線量による被曝、放射線による被曝の恐怖、そして、それがインターネット等を介して、いろんなところからいろんな情報が加わることによって、線量自体は下がってきているのに、ますます不安感が増えるという、そういう事態が起こってきているんだと思うんですね。そうすると、そのときに、じゃ、どこまでを合理的と考えるかというところで、やっぱりどこかで切らなければいけない。その合理性というのが、万人が持つ共通のものなのか、やっぱりある種の分布を持っているのだとすると、何パーセントかのところで切るのかという、そういう議論になるのかなと思いました。
【田中委員】 今お聞きしていて、不安というのは2つあって、サイト内の事故の収束状況に対する不安というのがあって、それと、線量や被曝の問題とが少し混在しているような気がしますね。
サイトの問題は、確かに不安定な状況であることは確かで、いまだに完全に安定したという状況ではありません。ただし、国の考え方としては、サイトに起因するところにおいては、避難の基準というのが決まっていて、当初は50ミリシーベルトだったんですが、今は20ミリシーベルトということが4月22日に決められたわけだから、それをもし超えるような恐れが出たら、これは国の責任で、さらに拡大するとかなんかということがあると思います。4月22日に国が行ったことは、サイトの状況を見極めて、一応20~30kmは屋内退避基準ということから、準備区域というふうに変えたわけですから、そこにかなり明確な国の指示があったように私は理解しているんですね。だから、それでもなおかつ不安だとか信用できないというのは、これは気持ちとしてはわかりますけれども、それがほんとうに合理的な理由としていいのかどうかというのは、私は法律学者じゃないからわからないですけれども、ちょっとあれかなと思います。
それから、線量への不安ですけれども、これもそうなんですが、国が20ミリシーベルトを別にいいとやっているわけではないのですけれども、当面は現存被曝状況というのは、国際放射線防護委員会の勧告を受け入れて、20ミリシーベルト以下とそれ以上とに分けて、20ミリ以下は一応とりあえず住みながら、いずれ国の責任で少し下げましょうという、そういう決定をされたわけですね。そのことに従って、99%の住民の方は、被曝線量に対しては、不安は住んでいる人のほうが大きいかもしれないと私は思いますが、そういうことをもって、それでもそこに住んでいるわけです。もう日々不安にさらされていると思いますけれども。その人たちと自主避難した人の不安というのを、どういうふうに判断するんだろうかというのは、私はちょっと。
先ほど5ミリシーベルトの管理区域の問題が出てきましたけれども、それとこれと同じような考え方でやると、それじゃ、これからの住民、一般人を含めてすべてそうですけれども、被曝線量の基準って一体どうなっていくかということが全然わからなくなって混乱すと思います。今でも若干混乱しているんですけれども、そういうことをやっぱりきちっと、ここでその線量基準まで決めるというのは、少し行きすぎなような気は個人的にはしています。
【能見会長】 ちょっと待って。どっちが先だったかな。高橋さんからでいい? あるいは、今のに関連する問題ですか。大塚委員、どうぞ。
【大塚委員】 私は別に5にするということを言っているとか、線量をここで決めるということを申し上げているわけではないので、それは、少なくともそういうことはあるんじゃないですかということを申し上げているだけでして、ここで線量を決めてしまうのは、私もどうかと思っているものですから、1ページの2の1に書いてあるような感じで、幾つかの要素を入れていけばいいのではないかと思っています。その要素の中に線量も入るのではないかということを申し上げたかっただけですので、田中先生とそんなに違わないと思っているし、私、田中先生ともいろいろな会議でご一緒していますので、大体似たようなことを考えているとは思っていますが、そのような趣旨です。
それから、第二期の自主的避難者と滞在者との関係が結構問題になると思いますけど、自主避難者だけに賠償すべきだということではなくて、滞在者にも賠償すべきだと考えていますので、これはさっき米倉委員がおっしゃったことと関係しますけれども、つまり、現在滞在していて不安を感じて、つまり、不安だけだとよくわからないのかもしれませんけど、例えば、マスクをずっとしていかなくてはいけないとか、特に子どもだということになりますので、これも私は高橋委員と意見はそんなに違わないと思っているんですけど、運動場に出られないとか、そういういろんな形での不安に基づく生活への影響というのがあると思いますので、そういうのは無視できないと考えています。ただただ不安を感じているだけということではないと思います。法的には、それは下級審判決では幾つか認めている平穏生活権侵害のような形で構成はできると思いますけれども、ただ、先ほど来いろいろ議論があるように、20ミリシーベルトを超えるところの警戒区域等に入っているようなところのリスクとはやっぱり違うので、そこは割合的に考えるとかということはどこかで考えなくてはいけないと思ってはいますけれども、賠償するという構成はできるのではないかとは思っています。
それから、さっき高橋委員の話との関係で言うと、私も一番大事なのは子どもだと思っているので、あと妊婦さんですよね。ただ、第二期の自主的避難者も第一期もそうだと思いますけど、子どもと一緒にやっぱり親も移動することはあるので、一緒に移動したお母さんとかお父さんというのは、やっぱり賠償の対象にせざるを得ないと思いますので、子ども、妊婦さんがメーンだと私も思っているんですけれども、それに付随して一緒に移動する方というのも、避難費用とかは払ったほうがいいのではないかと思います。そういう形で付随的にいろいろくっついてきますけど、コアのところはやっぱり子どもと妊婦さんだと思いますので、そこは実は高橋委員ともそんなに意見は違わないと考えています。だから、第一期と第二期を分けるとすれば、私は、第一期は距離が中心で、第二期は線量のほうが重点があると思っていますが、あと、高橋委員とちょっと違うかもしれないのは、子どもと妊婦を中心にする考え方を全面的に広げるのか、あるいは、そこでまた第一期と第二期で分けるのかというあたりはちょっと違うかもしれませんけれども、そんなに違わないと考えています。
【能見会長】 高橋委員、どうぞ。
【高橋委員】 ほとんど大塚委員と同じだということがわかりまして、一致してよかったと思っております。
その上で、まず、期間の区切り方についてです。冒頭に申し上げましたように、別に4月22日で切れということを言ったつもりはなくて、その日を起算点にして、すなわち、放射線の空間線量等についての基準が明らかになり、さらには、事故の一定程度の収束というお話がありましたが、それを考慮して、ある種の合理的な期間で切るべきと思います。これは、行政上の基準ですから、ある種の合理的な起点、終点を決めて、一期と二期はここは切りますというところを指針としては明らかにすべきと思います。賠償事務が滞ると思います。それで、違うものがあれば、特殊に個別事情を立証していただくという形で事務を進めるべきだろうと思います。ですから、5月ぐらいまでの間のある種の合理的な期間で決めていただければいい、と思っています。
それから、もうあとは大塚委員と全く同じ話でございます。第一期は私は全員にお払いすべきだと思いますが、第二期についての考え方は、割合的な話についてはちょっと違うと思いますけれども、基本的な考え方は全く大塚委員と同等でございます。
以上です。
【能見会長】 先ほどから1つの争点として、低線量の放射線に対する不安というものを要素として、自主避難するにせよ、残る人に対する賠償にせよ、そのときの賠償の根拠といいますか、理由といいますか、それに今のような低線量に対する不安というものを考慮するかどうかというのが、やっぱり1つ大きな問題だというふうに思います。
田中委員が懸念されていますように、この審査会でもって何ミリシーベルトというところで線を引いて、それ以上はその不安は合理性があるから賠償の対象にするんだというような線はおそらく引けないので、私は個人的にはこのぐらいかなというような感じはありますけれども、それはおそらく皆さんの了解を得られない問題だと思いますので、それは、そういうことはしない。しかしながら、そういった低線量への不安というものを要素としては考慮するかどうか。どのぐらいとは言わないけれども、そういうものが相当あるというような地域の方について、避難するにせよ、残るにせよ、賠償の対象にするかどうかというのがポイントなのかなと思います。
私もこの辺はすごくいろいろ悩んでいる部分ですけれども、賠償の構造として、自主的避難の方の声が今まで大きかったので、そちらにある意味で引きずられているところがあるんですけれども、残る方と避難される方に対する賠償の構造というか、仕組みはおそらく同じで、仮に放射線量の一定の不安ということで言いますと、その地域においてはそういう放射線に対する一定の不安があって、ある人はそれを理由に自主避難された。自主避難された方は、避難されたところで生活費等の増加があって、そういうものに対する賠償というものを求めておられるし、そういうものを賠償すればいいだろう。同じ地域に住んでいる方は、同じ放射線量に対する不安があり、しかし、その人たちはそのままそこに生活を続ける。そういう意味で、同じ不安が継続されているということで、そちらのほうは慰謝料が中心になると思いますけれども、一定の慰謝料というものが認められるのではないか。そういう意味で、構造はおそらく同じになっていて、しかし、その低放射線量に対する不安というものを考慮していいかどうか。これを考慮することが、避難準備地域とか避難地域、指定をした政府の考え方と矛盾するのかどうか。矛盾するからいいとかいけないという問題ではないと思いますけれども、一応矛盾するのかしないのかということも議論は一応したほうがいいと思いますので、そんなところが、私としては1つの論点かなというふうに思います。
私自身は、そこは政府の避難指示等のいろんな基準とは矛盾しないのだろうと。低線量の健康不安という問題については、これは新聞なんかでちょっと書いてあって、実際にどうなっているのかよく知りませんけれども、政府のほうでも検討するとかしないとかいうことが書いてあったと思いますけれども、やはり社会の関心事でもあり、ましてや一般の人たちが、あるいは福島に住んでおられる方が非常にそこを重視されるということは合理性があるのではないか、そんなふうに考えております。
少し踏み込み過ぎたかもしれませんけれども、なおここら辺についてのご議論をいただければと思います。
どうぞ、大塚委員。
【大塚委員】 会長と基本的には同じ考え方ではあるんですけれども、滞在者の人は、不安に基づいて、今ちょっと申し上げたような、運動場に出られないとか、マスクをずっとしていなくちゃいけないとか、いろんな意味での不安を感じて、それが生活に影響していると思うので、精神的損害を受けていると思いますし、それに伴う生活費の増加というのもあると思いますので、そういうのが多分賠償の対象になり得ると私は思っています。
自主避難者は、避難するまではそれと全く同じなんですけれども、避難した後は、今度は今までの警戒区域等から避難した人と同じような精神的損害を受けると思いますし、生活費の増加は、新しいところに移ったということとの関係で出てくると思いますので、そちらのこともちょっと考えなくてはいけないのではないかと思っています。
だから、その2つの精神的損害、あるいは生活費の増加は、これは包括慰謝料と言ってもいいのかもしれませんけれども、それはさっき米倉委員がおっしゃったようなことを考えると、ほぼ同等となると考えています。ただ、自主避難者は避難費用というのがそれ以外にかかるので、避難費用は自主避難者のほうだけに払うものではないかという感じを個人的には持っています。
【能見会長】 いかがでしょうか。
今の大塚委員のお考えによると、額のことを単純に比較するのは適当ではないかもしれないけれども、残った人の額よりは、自主避難された人の額のほうが多くなるということになる。
【大塚委員】 避難費用の分だけ多くなるということです。避難費用というのは、基本的には一括金で払っていいと思うんですけれども、例えば、毎月幾らというふうに考えるときには、同じ額を滞在者と自主避難者で払っていいと思うんですけれども、避難費用だけは、やっぱり滞在者の人にはどうしてもかからないものですから、そこだけははみ出すのではないかと個人的には思いますけれども。
【能見会長】 高橋委員、どうぞ。
【高橋委員】 自主避難した方の生活費用の増加については、その程度のものなんですか。滞在者の方との均衡で、同じようなものになるのか。私はそこがよくわからないんですが、大塚先生、その辺はどうお思いなのでしょうか。
【大塚委員】 私は、逆に言うと、残った人の精神的損害プラス生活費の増加というのもそれなりのものだと思っているものですから、そこは同じに考えてもいいかなと思っていましたが、高橋委員が違うとおっしゃるんだったら、違うというご意見もあり得るかなとは思いますけれども。
【能見会長】 今のような損害の項目を具体的に詰めていくと結構難しい問題になると思いますけど、考え方として、自主的な避難をされた方の避難が、一応合理性があるということで賠償対象になったときに、避難のための費用だけでなくて、おそらく避難された先での生活費の増加とか、この分は結構大きな金額になる可能性もあるんですね。よくわかりません。個人的な差があるんだと思いますけれども。
それから、残られた方の賠償という場合にも、大塚委員が言われたように、確かに残られた方の、私は純粋な健康不安に対する精神的損害だけを考えていたけれど、それ以外のものもあるんだというご指摘だったと思います。ただ、その健康不安に対する精神的苦痛の部分は、ここで差があると言うと、またちょっと語弊があるんですけど、残っておられる方のほうが、ある意味、日々そこで生活されるわけですから、大きいので、そうすると、出入りはそれぞれ損害項目によって少しずつ違うんですけれども、あまりもうそういう細かいことは言わないで、大体残られた方も、自主避難された方も、ほぼ同じような包括的な損害賠償、同じような額になるという考え方もできるのではないかと。
大塚委員も、別にそういう考え方に反対ということではなくて、むしろ……。
【大塚委員】 基本的にそうだと思うんですけど、避難費用だけが別かなというふうに私は思っていますが。
【能見会長】 ほかにいかがでしょうか。
今まで議論していただいた分は、ある意味で根幹にかかわる部分で、ある意味で意見の対立もあるところかもしれませんけど、ほかに細かいところで、区域などを設定するとするとどうしたらいいかなんていう問題も、実際問題として重要な点でございますので、あわせてご議論いただければと思いますが。
中島委員、どうぞ。
【中島委員】 区域の設定の、今おっしゃられた単位をどうするかという問題ですが。どうも福島県は平成の大合併によって無理に市町村を広げたという区域がないと聞いていますので、そうすると、福島県の市町村というのは、かなり昔からある行政区画だという前提に立つと、これがコミュニティの単位になっているのではないか。と考えると、市町村単位、行政区画のほうが、それを単位にするほうが、統計や支払い事務、いろんな面で簡便であるということを考えると、市町村単位でよいのではないかなと思うんですけど。
【能見会長】 この点に関して、ほかの委員はいかがですか。
大塚委員、どうぞ。
【大塚委員】 私も賛成で、基本的には市町村単位ということでいいのではないかと思っています。先ほどの事務局からのご説明にもあったように、線量は、測り方とか測る時間とかによってかなりばらつきがあるようですので、あまり小さい単位にするわけには残念ながらいかないのかなと思っておりまして、基本的には市町村単位だと考えています。さらに、福島県内の行政区域というのもそれなりの重みは持つのかなというふうに個人的には思っていますが、基本的には市町村単位でいいのではないかというのが私の意見です。
【能見会長】 どうぞ、高橋委員。
【高橋委員】 福島は平成大合併でどうだったか、私はむしろ逆の印象を持っているんですけれども。ただ、市町村で区別するというのは、行政上の指針ですので、距離で機械的に切るよりは、ある種、納得が得られる区分だと私は思っています。そういう意味で、前から申し上げましたように、市町村を基準とするのが合理的であるとする点では、異論はございません。
【能見会長】 どうぞ、田中委員。
【田中委員】 私もぜひそういうふうにしていただきたいと思います。特定避難勧奨地点で個別にやったことによって、その地域のコミュニティが完全におかしくなっています。隣近所で。ですから、古い市町村においては、やはりそのコミュニティをこういうことで、お金のことで壊すことはぜひ避けていただきたいと思いますので、ぜひそこは一定の割り切りでやっていただければと思いますけど。
【能見会長】 野村委員、お願いします。
【野村委員】 私も行政区域の単位で考えるということでいいと思います。また、市町村単位ということでよろしいと思います。ただ、若干汚染の方向というのが、距離といっても、北西の方向に振れているという感じがしますよね。だから、そのことも考えた上で、行政区域を単位として考えるということかなと思うのです。
確かに行政区域の中でばらつきはあると思いますが、やっぱりコミュニティとしてある程度同一に扱っていくということが、最終的に紛争解決のコストがかからないということになるのではないかなと思いますので、行政区画単位でよいと思います。
【能見会長】 大体皆さん、行政区域ということで、市町村単位ということですか。大体皆さんそういうご意見だったように思いますけれども、その上で、じゃ、どこら辺まで入っていくのかというのが、また次に厄介な問題だと思いますけれども。これはもうちょっといろいろ細かく見た上で、合理的な範囲を区切ったほうがいいのですが、感想程度でも結構ですけれども。先ほど、ヨウ素剤が配られる範囲というのがございましたけれども。
【田中委員】 直接の意見ではないんですが、ちょっと質問みたいなものなんですが。例えば、ヨウ素剤のところを見ますと、猪苗代とか、郡山とか、たくさん避難区域の人が避難しています。その政府指示で避難された方については、もう補償の基準を、一応賠償の基準をこちらは指針で示しているんですが、今回は、そういう場合はどういうふうに考えたらいいのかというのは、ちょっとよくわからなくなっちゃったんですが。
【能見会長】 要するに、重なったりするとどうなるのかということですか。
【田中委員】 はい。
【能見会長】 おそらく、私ももうちょっと考えたほうがいいと。よく考えておりませんけれども。避難指示で避難された方については、中間指針に基づく賠償がなされ、それを今回の自主的避難、あるいは残られた方の賠償が、少なくとも金額的に超えることはないので、そういう意味では、一応そこでは調整がとれるんだと思いますけれども。ただ、賠償する理由というのが少し違うと、自主的避難されている方が……。自主的避難かな。
【野村委員】 自主的に滞在されると、そのときどうするかという問題があると思います。
【能見会長】 そこら辺は調整を考えなくてはいけないので、矛盾がないように図るということが必要だろうと思っております。
どうぞ、大塚委員。
【大塚委員】 今の点で、2ページの3の丸1というのが、今田中委員が指摘された点だと思いますけれども、だから、これをどうするかということだと思いまして。今、会長がおっしゃったこととの関係で、私の整理だけ申し上げますと、避難指示区域から避難した人が、先ほどの議論の中での滞在者のようなことになった場合にどうするかという問題でして、そこの新たな不安に関してどう扱うかという問題ではないかと思っています。
【能見会長】 そうすると、加算されることがあるということになるかな。
【大塚委員】 私はそう思っていますけれども、そこは人によって意見が変わってくるかもしれません。私はそう思っています。
【能見会長】 これもきちんと整理した上で、おかしなことにならないように調整したいと思います。
ほかにいかがでしょうか。
属性につきましては、先ほどある程度はご議論いただいたと思いますけれども。
あと、包括的な賠償だということになると、あまり大きくないのかもしれませんけれども、どんな損害項目を賠償に対象にするのかというのも、それなりに難しい問題だと思いますが。
それから、大塚委員は、割合的な賠償はどうかということを言っておられますけれども。その割合というのは、満額というのは、何を基準にして、何に対する割合ということ?
【大塚委員】 満額は、結局、警戒区域から出ていかれた方とかについては満額ということになると思いますので、この辺が、だから、4の4のところで、政府指示による避難者の場合と同じかどうかとか、4の3で、政府指示による避難者との関係はどうかというところと関係すると思います。ただ、割合と言っても、何十パーセントを掛けるとかという話には実際にはできないと思いますので、そこは包括慰謝料を考えていくときに、どういう項目を挙げるかという形で扱わせていただくということになるのではないかと思います。
【能見会長】 ほかの点はいかがでしょうか。
ある程度考え方が見えてきたような気もするけれども、まだ皆さんそれぞれちょっと違った考え方をお持ちでもあると思いますので、もしその違いが重要であるということでご発言される必要があるということであれば、お願いしたいと思います。
また、相変わらず大きな問題で、これはほかの委員のご意見も伺わないといけないとは思いますけれども、先ほどから第一期と第二期を分けるか分けないかということとも関連してきますが、少なくとも第一期のころ中心となる、田中委員のお言葉を使えば、サイトの不安定からくる不安という問題と、それから、それ以外の不安、低放射線量に対する不安という言葉をあえて使わせていただきますと、そういうものを中心とした不安。そういうふうにやっぱりだんだん移ってくるところがあって、後者について、今のような理由で、低放射線量に対する不安というものを重要な要素としつつ、賠償を認めるというようなスキームでいいのかどうかというあたりですね、はっきり言いますと。そこら辺について、あるいは、まだ田中委員は多少違うお考えをお持ちか。あるいは、具体的な線量を示すのでなければ、ある程度考えられるということなのか。
【田中委員】 大変難しい質問なんですが、少なくとも、仮にそういう低線量に対する不安というものについて精神的慰謝料みたいな、正しい言い方かどうかわかりませんけれども、そういうことで支払いするにしても、そこに線量の基準とかを設けてはいただきたくないということが、まず1つありますね。
それから、当然、低線量の不安というのは、これからももうずっと続くんですよね。だから、そこをどこに終期というか、どこに区切りをつけるかというのは、1つ、そういう場合、難しい問題が出てきますので、そういうことを含めて、法的にどういう慰謝の仕方があるのか、ちょっとよくわからないので。
【能見会長】 高橋委員、どうぞ。
【高橋委員】 行政法的に言いますと、政府の指示は強制的なもので、それに伴う被害は、客観的に合理的な範囲内だと定型的に認めざるを得ないと思います。自主的な避難の場合については、自主的に判断されたことの合理性の中で、どの程度の関連性があるのかどうかということを見なければいけないと思います。したがって、おのずと範囲は違うのではないかと思っています。
ただ、その場合でも、一期と二期とを全く同じようには取り扱えないのではないかと思っています。少なくとも二期については、私は前から申し上げていますが、子どもさんとか妊婦を持っていらっしゃる世帯について基準に考えるべきでありますし、その際には、生活上の不便についても、どの程度見るべきかというのはいろんな考え方はあると思いますが、賠償の対象範囲は狭いので、そこはある程度広く見るという考え方もあると思います。その辺については、いろいろと議論していただければありがたいと思います。
【能見会長】 今、高橋委員からご指摘ありましたように、仮に第二期について、かつ、低線量に対する不安という要素を考慮して賠償するとしても、その対象者の属性をどう考えるかという問題があるというご指摘ですね。子ども、妊婦を中心に考えるべきではないだろうかというご意見だったと思います。
この点についても、もしほかの委員のご意見があれば伺いたいと思います。
大塚委員。
【大塚委員】 これは、私、さっき申し上げたことと同じで、高橋委員と同じ意見なんですけど、子ども、妊婦さんでいいと思うんですけれども。それで、払う額は、第二期の自主的避難者の場合は、出ていかれるまでは被曝の不安に対してなのですけれど、さきほどから言っていることを繰り返して申しわけないんですが、出て行った後は、むしろ新しいところでの生活費の増加とか、あるいは生活の基盤が失われたことによる精神的損害ということになりますので、少し種類が違うとも言える精神的損害とか生活費の増加が問題になるのではないかと思います。それは論理的な話なんですけど、その辺が私の意見とはちょっと違うところがあったのかもしれません。
【能見会長】 大塚委員の場合に、先ほど避難される方の対象としては、子ども、妊婦、それから、子どもの場合には、特にだれか付き添いが当然必要であろうから、合理的な範囲内における保護者ということですけれども、残る人々に対する賠償についての人の属性については、いかがお考えですか。
【大塚委員】 残る人も、実際に問題になっているのは、やっぱりお子さんと妊婦さんのようですので、基本的にはそこを中心に考えさせていただければいいのではないかと思っています。
【能見会長】 ほかの委員も、もしこの人の属性について、何かご意見があれば。
細かいことだけど、避難されるほうは保護者が入るけれども、残る人は保護者は入らない?
【大塚委員】 それは仕方がないかなと思います。家族離れ離れというわけにはいかないものですから、そういう若干の違いは出ざるを得ないのかなと個人的には考えています。
【能見会長】 あと、どうも皆様、全員がご発言されたわけではありませんけれど、賠償の細かい項目を積算していく方式よりは、包括的な賠償のほうが適当なのではないかというご意見だったように思います。ただ、どういう要素を考慮するかというのはまた別な問題で、例えば、今のところ、前回、自主避難をされた方も、もちろん精神的な不安のほかに、生活費等の増加というのがやっぱり切実な問題だったというふうにおっしゃっていたと思いますが、営業的な損害、これはどの程度――包括的に考えるのであれば、個別には検討しないことになると思いますけど、要素的に考えたほうがいいのかどうかというあたりを、もし感触がございましたら、聞かせていただければと思いますが。
大塚委員、ご意見ありますか。
【大塚委員】 なかなか難しいと思うんですけれども、そこは包括的慰謝料ということでくるんで検討してしまうことに、残念ながらなるのかなと思っています。先ほど割合的と申し上げたところは、実はその辺が多少関係してくるかもしれないと思います。
ただ、避難費用は私は別に払うべきだと思っているので、そこは結構な額になるのではないかと思っていますし、そこはむしろ一括金として払ったほうがいいのではないかなと思います。
【能見会長】 そうですね。賠償の方式なども、もしご意見があれば。
どうぞ、高橋委員。
【高橋委員】 大塚委員に賛成ですが、ただ、指針を書くときには、合理的であれば、別途立証していただければ払えるということは、はっきり書いておいていただければありがたいと思います。
【能見会長】 今、一括金の形での賠償ということを大塚委員が言われましたけれども、これは期間といいますか、終期の問題、野村委員も先ほど、少し違った意味でかもしれませんが、終期の問題が難しいという話をされて、田中委員もおっしゃったと思いますが、一体いつぐらいまでの状況を考えて、仮にこの自主的避難者ないし滞在者に対する賠償というのを考えるのか。今までの中間指針の方式と同じようにやっていくと、毎月幾らという形で、それが一定期間続くという賠償ももちろんあり得るんですけれども、仮に、例えば来年の3月ぐらいまでの工程表をにらみながら、いつの時期がいいか、ちょっとわかりませんけれども、例えば来年の3月ぐらいまでを区切りにして、そこまでの賠償というのを当面考える。
除染の話も前回は出てきまして、あるいは前々回ですか、議論になりましたが、この間――この間といいますのは、3月までの間に除染などが進み、また状況が変わることもあり得るので、そのときにまた再度考える、そういう考え方もあり得るかもしれません。
終期というんですか、期間、どのぐらいの期間をどう考えたらいいかという問題があると思います。
大塚委員。
【大塚委員】 先ほど来ご議論があるように、線量だけで決めるというわけではなくて、いろんな要素を考慮して決める必要があると思いますので、このペーパーには9月末というのと来年3月末というのと両方書いてありますが、とにかくどこかまでは少なくとも認める形で、その後どうするかは、また事後検討するということにならざるを得ないのではないかと思っています。
【能見会長】 この賠償の仕組みをどうするかということは、最初に申し上げたように、なかなか難しくて、どうしてもやっぱり試行錯誤しながら検討していかなくてはいけない要素が多いように思います。
今日、かなりのご議論はいただきまして、あまり細かいところをさらに詰めても意味がないような気がしますので、大きな枠がこれでつくれるようだったら、少しつくってみまして、次回さらに、その枠組みがほんとうに、中間指針との関係などでもって、適切かどうかということもご検証いただき、さらに細かい賠償額などについても、少しご議論の材料になるようなものをご提示し、そういうふうに議論を進めるというようなことでいかがでしょうか。
それでは、いろんなご議論をいただきましたけれども、自主的避難、それから滞在される方の賠償の考え方については、とりあえずここで議論を終えたいと思います。
それでは、今日はこれがメーンのテーマでしたので、ほかに事務局から追加がなければ、このぐらいにしたいと思います。よろしいですか。
それでは、本日の議事はこれで終了したいと思います。先ほど申し上げましたように、次回は、本日の議論を踏まえまして、自主的避難と滞在者についての賠償の考え方をお示しし、可能であれば、次回決定したいと思います。どうも、今日はありがとうございました。またよろしくお願いいたします。閉会いたします。
―― 了 ――
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