平成23年10月20日(木曜日)16時00分~18時50分
文部科学省(中央合同庁舎7号館東館)3階講堂
能見会長、大塚委員、草間委員、田中委員、中島委員、野村委員、米倉委員
奥村文部科学副大臣、神本文部科学大臣政務官、清水文部科学事務次官、森口文部科学審議官、藤木研究開発局長、田中原子力損害賠償対策室長、篠崎原子力損害賠償対策室次長、田口原子力損害賠償対策室次長
加藤 原子力発電所事故による経済被害対応室審議官
廣瀬東京電力株式会社 常務取締役、須藤内閣府原子力災害対策本部参事官、瀬戸福島市長、渡辺福島県弁護士会弁護士、中手 子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク代表、宍戸 雇用促進住宅桜台宿舎避難者自治組織「桜会」代表
【能見会長】 それでは、時間になりましたので、第15回原子力損害賠償紛争審査会を開催いたします。本日は、お忙しいところお集まりいただきまして、大変ありがとうございました。
はじめに事務局から、配付資料の確認をいたします。
【田口次長】 それでは、資料でございますが、お手元の議事次第にございますが、資料1-1から資料5-3まで、さらには参考資料として、前回の議事録、それから、東京電力からの配付資料が入ってございます。それから、本日でございますが、高橋委員、鎌田委員が所用のためご欠席でございます。それから、草間委員と米倉委員は、別件が終わり次第こちらに到着されるということで、若干おくれる見通しでございます。
それから、本日、文部科学省のほうから副大臣、政務官いらっしゃっておりますが、奥村副大臣が途中で退席する予定でございますが、ご了承いただきたいと思います。
以上でございます。
【能見会長】 それでは、本日の議題に入ります。
第1は、東電による賠償の状況についてでございます。これは、前回でしたか、委員から、どういう状況になっているかについての説明が欲しいという要望がございました。ということで、今日は東京電力から説明をお願いしたいと思います。
それでは、お願いします。
【東京電力廣瀬常務】 東京電力の廣瀬でございます。本日は、東京電力の損害賠償の状況につきまして、説明の機会を与えていただきましてありがとうございます。
ご存じのように、現在、東京電力は、発電所の安定化・収束、それと、原子力損害賠償の迅速な実施というのを、2つ、最も重要な課題として取り組んでおるところでございます。1つ目の原子力発電所の状況につきましては、つい今週の月曜日にも、毎月定例でご報告させていただいております道筋という、収束に向けてのステップをご報告させていただいたところでございますが、現在、原子炉の温度がやっと100度を下回るような状況が安定化してきたこと、それから、新たに放射性物質を発電所から放出するという量がかなり抑えられてきているということから、ステップが大分見えてきた状況にあります。一方、原子力損害賠償のほうにつきましては、こちらの審査会でお示しいただきました中間指針に基づき、今、鋭意進めておるところでございますけれども、本日はそこについてご説明させていただきたいと思っております。
まず、お手元に1-1という資料がございます。これについて、ここから始めさせていただきたいと思っております。これは仮払補償金と申しまして、これまで何回かにいろいろな対象にやってきたものでございますけれども、本日現在で1,335億円のお振り込みを完了しているところでございます。基本的に仮払いという仕組みは、9月に、私どもがこれからご説明差し上げる本賠償のほうに移った関係から、制度としては一度本賠償のほうに移管するということで、一たんこれで終わっております。ただ、一部の方はまだご請求に至っていない方等々がいらっしゃって、額自身はそれほど多くはございませんが、日々増えておりますけれども、制度としては、一応こういう形で一つ区切りがついている状態ですけれども、合計で1,335億円というものが、それぞれ上の2つが避難を余儀なくされた方々、いわゆる個人向けの部分、それから、農林漁業者に対するもの、これは出荷制限であるとか、風評被害であるとかといったようなことが入っておりますが、それから、中小企業の仮払いというのは、いわゆる避難対象地域で事業を営んでいらした中小企業の方々に対する仮払いということでございます。こうしたことを続けてきております。
一方、9月になりまして、本賠償のほうに私ども移行してまいりました。本賠償というのは、ご存じように、仮払いがスピードアップのために暫定的に、例えば半分のお支払いをさせていただいていたのに対して、9月から始めました本賠償は、損害賠償額を確定して、その額について全額お支払いをしていくという形でございます。ただ、被害が継続しておりますので、第1回目の区切りといたしまして、3月11日の事故発生以来、第1回目として、今回は8月31日までの6カ月分、半年分を本賠償の対象として、今、請求をいただき、それに対してお支払いをするということをやらせていただいております。基本的には、8月5日にお示しいただいた中間指針に基づいて、私どものほうで賠償の基準や手続を設けさせていただいて、やらせていただいているというところでございます。
一つ一つの基準はここではご説明できませんけれども、基本的には中間指針に基づいておりまして、中間指針でお示しいただいた項目については、ほぼ全部を網羅しております。同時に、被害を受けられた方からご請求が可能なものは、漏れなくご請求いただけるように、そうした書類等々をご用意させていただきました。
その後のステップですけれども、私どものほうから請求書の様式等々を送らせていただいて、それにご記入いただいて、戻ってきたものに対して、私どものほうで確認をさせていただき、金額を算定し、この金額でいかがでしょうかということで、もう一度問い合わせをさせていただいて、それに対して合意をいただいて、その金額を振り込むというプロセスをやっております。中間指針に示されていない項目につきましても、これはいろいろなものがありますので、書式をなかなか定めることができませんので、自由記入のような形のフォーマットをつくりまして、ご用意いたしまして、受け付け、協議ができるようにさせていただいております。
現在、9月12日に、個人向けに対しては6万通以上の請求書を発送いたしました。これらの方々は、既に2回の仮払いを通じて、移転されている場合があるので、それぞれのときによって引っ越される場合がございますのですが、大体どちらにいらっしゃるかというのをつかんでおりましたので、私どもの把握している住所に対して送らせていただいております。その後、今現在で1万通以上の記入済みの書式が東京電力のほうに戻ってきております。その後、必要書類等々を改めさせていただいて、現在、310件が確認が終わって、この金額でいかがでしょうかということで、こちらからもう一度ご確認をいただいている状況にございます。
一方、法人事業主、個人事業主の方々に向けての事業用の損害賠償につきましては、9月27日から始めまして、これは団体で、例えば、JAさんであるとか、漁業協同組合さんであるとか、そうした方々、まとめてご請求いただいている分もございますので、件数というのは、そうしたものを1件と数えてしまいますので、件数は難しいんですけれども、現在1万件ぐらいの請求書をこちらから送らせていただいて、今まで1,500件が記入済みで戻ってきておりまして、30件、この金額でいかがでしょうかというステージまで来ております。数の数え方が若干難しいのは、それぞれ県単位で、例えば農業であれば、協議会というのをおつくりになって、まとまって何百何千という農家の方々の分をまとめていただいて1本で請求いただいているということもございますので、そうしたものも1件と数えているということでございます。
一方、先ほど来、今大塚先生ごらんになっていただいていますけれども、この書式が、特に個人向け、青いファイルの一番上にあるものですけれども、今ファイルにあるのは、個人も事業用も全部入れたのをご用意させていただきましたけれども、個人向けのは、その上の最初の間紙が入っているところまでの分ですけれども、説明書が156ページぐらいございまして、そのあと、請求書様式が40ページぐらいのものがございますけれども、これが、もう既にご存じのとおり、大変大部であってわかりにくいであるとか、とても読むのが大変だというおしかりをちょうだいしたやつでございます。
ほんとうに私どもとしましては、特に個人向けにつきましては、損害項目が大変多くて、例えば、避難したときの交通費、宿泊費、それから、何かものを動かされた場合の移転費用、一時帰宅されたときも同じように交通費、宿泊費、あるいは、一時帰宅された後に何かものを持ち出されたときの移転費、あるいは、病院に行かれたときの交通費、あるいは、もしお泊まりになったら宿泊費というようなことで、大変項目が多くなり得るというか、考えられましたものですから、それを漏れなくすべてということからつくったわけですけれども、結果としては大変厚いものになってしまって、特にお年寄りにこれをお読みいただいて、書類に書いていただくということも考えますと、ほんとうにそこまで思いが至らずに、私どもの目線で、私どもがその後の請求処理がしやすいというような視点でつくられていたというご批判は、もうほんとうにそのとおりだと思っておりまして、大変申しわけなく思っております。
そうしたご批判を受けまして、順次、改善策を今とらせていただいているところでございます。その改善策の1つが、白い封筒のほうに入っておりますけれども、1つ、ほんとうに簡単な「簡単ガイド」というのを、改めて全員の方に10月の初めに送らせていただきました。10月12日送らせていただきました。これはほんとうに156ページもあった説明書を一挙に4ページにしてしまって、これはこれでほんとうに短くしてしまったんですけれども、ここの意図は、やはり請求書自身を見直してしまいますと、2通の違った様式のものがお届けされてしまう。また、これは私どもの都合ですが、システムの問題等々で、やはりかなりの時間を要してしまうこと、それから、混乱を招いてしまうおそれがあるということから、これは請求書そのものを見直すのはなかなかこの時点で難しいという判断をいたしまして、であれば、請求書にどうやって、お年寄りも含めて、被災者の方々にお書きいただくかということの、どうやったらそれをしていただけるかという観点から、このガイドをおつくりして。このガイドは、ほんとうに最低必要な項目、7項目の、ごらんになっていただければわかるように、クエスチョンをつくりまして、それにちょっとメモのような形で、ちょっとメモをしていただいて、何分3月11日以降のことですので、ご記憶もだんだん薄れていらっしゃることもあろうと思いますので、まずは備忘的にメモをつくっていただいて、そのメモをご記入いただいた上で、私どものほうに電話をしていただいて、必要があれば訪問してお手伝いを差し上げて請求書を完成させていただくなり、あるいは、もちろん電話でできれば電話でもやらせていただくなり、あるいは説明会の会場等々、あるいは窓口等々にお越しいただいて、そこでご記入するお手伝いをさせていただくといったようなことで、何とか請求書の記入を図っていくというのが、現在可能な方法としてはそれが早かろうと考えて、こうしたものをご用意させていただいたということでございます。
それで、そうするためには、私どものほうでそれなりの体制を整えなければいけないということで、資料1-2という、これの次にあります資料をごらんいただきたいと思いますが。当然、今申し上げましたようなことで、ご記入のお手伝いをさせていただくということから、まず人を増やさなければいけないということで、今まで、特に対面でフェース・トゥ・フェースで被災者の方と向き合って対応する人間が、夏ごろは400人ぐらいだったんですが、その後どんどん増やしまして、現在10月1日以降は1,700人に拡大させております。特に福島地方には、このうち1,000人を配置いたしまして、今そうした、実際に個別に訪問して、お宅でお手伝いするなり、窓口でお手伝いするなりということをやらせていただいております。総勢、それ以外にバックオフィスの人間、電話の人間等々を含めて、現在7,300人の体制でやらせていただいております。
おかげさまで、12日にこの「簡単ガイド」をすべての方に発送させていただいたわけですけれども、それからお着きになってちょうど1週間ぐらいですけれども、今週ぐらいから、効果があらわれたと言えるかどうかわかりませんけれども、戻ってくる件数が倍ぐらいに増えまして、今、1日500~600件のご記入済みのやつが戻ってまいっております。
同時に、私どものほうから、「お手伝い差し上げますけれども、ご訪問いたしましょうか」というような問い合わせの電話を、電話を待つのでなくて、こっちからアウトバウンドで電話をしている状況にありまして、そうした中で、ご記入されていない方々に、その理由というのもあれですけれども、「どういう状況になっていらっしゃいますか」というのを尋ねております。そうしますと、「厚くてとんでもない」というおしかりももちろん受けておるのではありますけれども、いわゆる就労証明をとるには、もと働いていらした会社にコンタクトをとって出してもらうというようなことが必要ですので、それに時間がかかっているとか、あるいは、ご家族が別れているので、ご家族を集めて1通の請求書にするわけですが、それにちょっと時間を要しているというようなこともあって、あるいはまた、今回の「簡単ガイド」を出す前に、東京電力が請求様式を見直すのではないかというニュースも若干流れておったこともあって、もっと簡単なのが来るのではないかと思って待っていたとか、そういったようなお話を承っておるところでございます。
また、こうした電話や、あるいは対応の窓口で、実にいろいろなご質問やお問い合せをいただいております。これは個人に限らず、事業用の点に関してもたくさんのご質問をいただいておりまして、そこの対応をする東京電力の社員もすべてその場でお答えができないような、いろんなケースがございますので、そうしたものもいただいておりまして、そうしたものにつきましては、いわゆるよくあるご質問ということでまとめまして、本部のほうでそれにどういうふうに対応するのかという対応策をすぐつくりまして、それをホームページにアップして、被災者の方に、これについてはこういうふうにするんだというのをお知らせするとともに、とにかく3,000人ぐらいの人間がお問い合せに対応している状況にございますので、その3,000人ぐらいの東京電力の社員の中で、そうした対応策を共有して、ある人間に聞いたらこう答えたけど、こっちの人間に聞いたら違う答えをしたというようなことのないように、いわゆる共有化を図っているという状況にございます。
以上、当社の賠償の現状についてお話し申し上げましたけれども、先ほど言いましたように、私どもは今7,300人の体制でやらせていただいておりますが、まだまだほんとうに序の口で、始まったばっかりで、この後、かなりの数の請求に対応していかなければいけないと思っております。そうした中で、とにかく初めてのことゆえ、いろいろな私どもの考えの至らないところでご迷惑をおかけしたり、あるいは対応が不適切であったりというようなことで、大変申しわけないということの連続を今やっておりますけれども、とにかく一生懸命、誠心誠意、まずはお話をよくお聞きするということ、それから、お聞きした上で、もちろん全部が全部お望みの回答ができるというわけではないんですけれども、まずはとにかく個別の事情をよく把握をして、その上で対応していくというようなことを今徹底させておるつもりでございます。
今後も試行錯誤をしながら、幾つかおしかりをいただくたびにまた改善をするというようなことも、どうしてもそういう後手後手に回ることもあるかもしれませんけれども、そうしたことをしながらやっていきたいと思いますし、また、これから審査会で追補されるような場合がありました指針につきましても、被災者に皆さんに対して迅速、公正な、的確な賠償ができるよう、我々としても一生懸命やっていきたいと思っております。
以上でございます。ありがとうございました。
【能見会長】 どうもありがとうございました。
それでは、ただ今説明していただいた賠償の現状について、何かご質問がございましたらお願いいたします。
【中島委員】 短期間でこれだけの書類をつくられたことについては敬意を表したいと思いますけれども、内容をちょっと見ますと、必ずしも中間指針の趣旨に沿っていない書式の記載が幾つか目に見られるんですけれども。例を挙げますと、中間指針では、慰謝料の中に生活費の増加分が入ることになっていますけど、書式にはその欄がないとか、そういうものは幾つかもうADR機関に継続してわかってくるということもあるようですので、そういう部分は今後改良なりされるおつもりはあるんでしょうか。
【東京電力廣瀬常務】 まさに今ご指摘いただいた部分についても、ご意見をたくさんいただいておりまして、まずとりあえずできることとして、いわゆるその他の部分に、例えば、避難先で購入した家財道具等の請求方法がわからないということで、これは何をというのを列挙するのはなかなか難しくて、書いてあるものだったら全部いいのかとか、書いていないと絶対だめなのかということになってしまっても誤解をということで、まずはお問い合せくださいということで、こうしたことで、これは言ってもだめなんだと思ってあきらめてしまわれないように、まずはこうしたことで、とりあえず聞いてみようと思っていただけるように項目を入れましたし、先ほど、いわゆるFAQといいますか、よくあるご質問ということでホームページに載せているというのをやらせていただいていると申しましたけれども、その辺につきましても、今のご指摘の点も、その項目、テレビはよくて、ストーブはだめでというようなことはなかなか書けないんですけれども、少なくともこうしたことが対象にあるんだなということをご理解いただけるような形で載せております。
そうしたようなことで、これからもいろいろ改善していかなければいけないと思っております。
【中島委員】 もう1点なんですけれども。
実際、もう100件近いものが紛争センターのほうに継続しているようですけれども、そこからちょっと漏れ聞いた話では、現場の窓口では、この書式が指針の内容を具体化したものなので、この書式にないものは指針に反するんだという説明をしている窓口の担当者もいるようなんですね。その辺は、今まで電気の仕事をされてきた人たちで、7,000人体制に急に増やされたわけだから、窓口の担当者としては、それはマニュアルどおり話さなければいけないということもやむを得ないかもしれないけれども、それが少なくともADRの機関に上がった段階では、例えば、ADR機関が妥協案を出したら、譲れる余地があるような体制というのはできているんでしょうか。
【東京電力廣瀬常務】 ADRからいわゆる和解案のような案をお示しいただいたというような例はまだないんで、これからだと思っておりますが、まず何よりも、私どもの会社のほうの態勢、窓口のほうでそうしたような誤解を生みかねないような対応をしているということについては、ほんとうに申しわけなく思っておりますし、指導が足りないということで、ほんとうにこれからもしっかり対応していきたいと思っております。
ただ、すべてがすべて窓口できれいな答えができるということもございませんので、先ほども申しましたように、まずはとにかくお聞きして、事情をとにかくできるだけ把握して、できれば、その事情を踏まえた上で、本部のほうでそうした対応ができるようなことをするというのが1つあると思います。
もちろん、先生ご指摘のように、ADRに上がって、そこからということになった場合には、そうした和解案のようなものを尊重できるような態勢にしていきたいと思っております。
【中島委員】 長くなってすみませんが、 今の質問の趣旨は、窓口の当事者同士で和解ができないと、みんなADRや裁判所に上がることになると思うんですけどもね。仮に1万件上がると、もう多分パンクではないかと思うんですね。ですから、できれば現場の窓口レベルで当事者どうしの和解ができるような、ある程度そういう権限を現場に与えていただく必要があるのではないかなと。ADRに上がる前になるべく和解が成立するような、ある程度の譲歩も窓口でできるような、あるいは、窓口の担当者が難しいのであれば、窓口から上がった案を、どこか本部なりでADRに上がる前に和解できるようなシステムがないと、だんだん詰まってくるような気がするんです。
【東京電力廣瀬常務】 全くおっしゃるとおりで、できれば窓口で対応できれば、迅速にご安心いただきながら進めることができるとは思いますが、ただ、何分、そもそものいろいろなさまざまな事象は我々に予見できていないことから、ほんとうに「あ、そういうこともあるんだ」というような話を毎日毎日それぞれの窓口、それぞれの担当者が聞いている状況にございます。
そうした人間が対応するのも、電話も含めますと、約3,000人ぐらいの人間が直に被災者の方とお話をする機会があるわけでございますので、やはりそれを統一的にやるというのはなかなか難しいところがございまして、今ご指摘の後者のほうのことで、どうしてもやはり一たんはお聞きして、お受けして、当然いろいろなところから似たようなお話がたくさん来ますので、そこにあまり対応に不公平がないような形をつくって、それを被災者の方にあわせてお送りするとともに、社内で共有をして、ばらばらにならないように、なるべく2回目以降は同じ担当者が同じような質問、同じようなご相談に対して、その場での解決ができるようにということもなかなか難しいんですけれども、目指していきたいと思っております。
【能見会長】 よろしいですか。
ほかの委員はいかがですか。どうぞ、大塚委員。
【大塚委員】 私も中間指針との関係で、3つほどのポイントをお伺いしておきたいんですけれども。
8月の末に東電ご自身で出された指針がございますが、その中に含まれていないというか、ちょっと先延ばしになっているものがございますけれども、1つは財物の除染で、もう一つは放射性物質によって汚染された牛肉の件ですが、これらについては早く対応していただくとありがたいと思うんですが、いかがでしょうかということが1つです。
それから、もう一つは、新聞紙上もにぎわせていますけれども、観光の関係で、地震・津波による損害を2割とされていることについて、一律2割とかというのは中間指針では考えていたことではないものですから、その辺が2割というのは減額が多過ぎるのではないかというようなことが問題になっていて、ご検討されるというようなことも報道されていますけれども、以上の3つの点ということになると思いますけれど、お伺いしたいと思います。
【東京電力廣瀬常務】 まず、おっしゃるとおりで、財物に関しては、今回お示しできていないものの一つでございます。あんまりたくさんないんですけれども、お示しできておりません。これは、私どもの考えましたのは、今はまだ皆様一時帰宅しかされていない段階で、2時間とかそのぐらい一たん戻ってみたら、例えば、屋根がどうなっていたとか、牛が中に入って汚していたとかといったようなご被害をほんとうにさっと見て、こんな大変なことになっているというお話を承っている段階ですけれども。やはり正しく、これを直すのにどのぐらいかかって、どういうことでというのを決めていくのは、ある程度、もう少ししっかり損害の全貌を被災者の方も把握される必要がありますでしょうし、それに対して、どういうふうな直し方をするのかということにも、まずは一時帰宅だけでは逆に無理なのではないかというふうに我々サイドでは考えたものですから、今回は最初の6カ月の部分にそれを入れずに、これからまだずっと続きますし、これからまた帰宅も、多分6万世帯がいっせいのせで帰るということにはならずに、おそらく線量の低いところなり、区域の解除の状況によって進んでいくんだろうと思っておりますので、そこに合わせる形で、私どもも準備はしておりますけれども、示させていただいて、それには間に合うようにしていきたいなと思っております。
それから、肉牛については、確かに私どもがお示しした補償基準の中には入れておりませんけれども、実際はJAさんであるとか、肉牛を生産されている農家の方々とのお話し合いはもう完全に済んでおりまして、どういう書式で、どういうもので、どういうふうにご請求いただくという話はできておりますので、逆に、一般論として皆さんにお示しする必要がなかったものですから、そこのいっぱい入っているファイルの中にも、肉牛用の請求書というのは特に設けずに、逆に、JAさんなり農家さんがお使いになっている普通の書式の中から、それらを使いながらやったほうが、むしろこちらからここに記入してくださいというあれを出すよりもよろしかろうということで、入れておりませんけれども、実際の手続は始まっております。
それから、観光風評被害のいわゆる原子力事故以外の原因競合の部分については、中間指針にも、こちらでの議論でも、原因競合があるということはうたっていただいておりますけれども、ではどうするのだというのがなかなか難しいところで、私どもとしては、あの時点、9月の時点で、こちらでお使いになった、4県を風評被害ありと認定されたときにお使いになったデータをもとに、そこのデータと同じデータを使うのが当然よろしかろうと考えて、そこから導き出したわけですが、ただ、残念ながら、データが3・4・5月分しかございませんので、6・7・8については想定せざるを得なかったわけですね。半年分ですので。その想定に当たって、阪神・淡路大震災のときの地震の影響が月日の経過とともにどのぐらい減っていくのかという下がりぐあいのカーブを、阪神大震災のときのカーブを使って、3・4・5のあったデータから――3・4・5にあったデータというのは、38%ということでございまして、これは今回の風評被害の対象となっている4県を除いた、関東地方・東北地方の4県除きの各県の減収額でございますが、それが38%であったということから、阪神・淡路大震災のカーブで6・7・8月を想定すると、それが17%ぐらいになるだろうと。で、38と17と足して、2で割って、24とか25ぐらいの、細かく覚えておりませんが、そのぐらいの数字になったので、想定もあるので20にしようということで、20にさせていただいたということでございます。
ただ、説明が長くて申しわけございませんが、そういったことでつくりましたので、かなり推計の数字が入っておりますので、これも今後データが明らかになると聞いておりますので、そうしたデータも踏まえて、もう少ししっかりした数字が固められれば、当然見直すことになると思います。
また、あわせて、この間いろいろ実際の旅館・ホテル業界さんとかとずっとお話をさせていただいておりまして、被害の状況も私どもなりに聞かせていただいているところがありますので、そうした意見も反映できれば、どうせ一回見直すときに、そうしたことも反映していきたいなと考えております。
【能見会長】 ありがとうございます。
【大塚委員】 阪神・淡路大震災と大分状況が違うかと思いますので、ぜひその辺をご考慮いただけるとありがたいと思います。
【東京電力廣瀬常務】 はい。
【能見会長】 ほかにはいかがでしょうか。
【田中委員】 若干お願いみたいな話ですけれども、非常に多様な生活の中で出てくる損害というのは、多分、この審査会、皆さんどう思われるかわかりませんけれども、全部を網羅できないような気がするんですね。そういう意味で、先ほどもご発言ありました、予見できないいろんなものについては、ぜひ前向きに対応していただくようお願いしたいと思います。個別にはどれということではないのですが、よろしくお願いします。
【東京電力廣瀬常務】 はい。かしこまりました。
【能見会長】 ほかにはよろしいですか。
それでは、今日のご説明、どうもありがとうございました。審査会としては、賠償ができるだけ迅速に、また、先ほど中島委員からもありましたように、できるだけ合意に至るように努力していただければと思います。
【東京電力廣瀬常務】 今後ともしっかりやってまいりますので、よろしくご指導いただきたいと思います。
【能見会長】 それでは、第2の議題でございます。緊急時避難準備区域の解除についてということで、これは原子力災害対策本部から説明をお願いいたします。
【内閣府原子力災害対策本部須藤参事官】 それでは、資料2に基づきまして、原子力被災者生活支援チームからご紹介をさせていただきます。資料に書き込んでございますので、恐縮でございますが、飛ばし読みになります点、ご容赦いただければと思います。
あけていただきまして、1ページ目が、これまでの経緯でございます。4月22日に区域が設定され、9月30日に解除されるまでの流れを記載してございます。先生方ご案内のところも多いかと思いますので、お読みいただければと思います。
2ページ目でございます。肝心の区域見直しの考え方及び解除のところでございます。1ポツで記載がございますのは、「避難区域等の見直しに関する考え方」ということで、原子力災害対策本部で3つの解除要件を定めております。1つ目が、原子炉施設の安全性、2つ目が放射線量の詳細なモニタリング、これにつきましては、9月の時点で基本的な安全性を確認しているということで、最後、残っておりました住民の生活環境の復旧目途ということでございまして、復旧計画が9月半ばに各市町村から出てまいりまして、それに基づきまして、一括して解除をするということでございます。
2ポツで記載がございますが、各市町村におきまして復旧計画を策定していただきまして、対象となります全5市町村から計画が提出されたところでございます。ここで1点補足でございますが、楢葉町につきましては、緊急時避難準備区域が非常に少のうございます。ほとんどが警戒区域ということでございまして、住民が50名程度しかお住まいではないということでございまして、この楢葉町につきましては、住民の帰還は求めないということを村の判断をしてございます。原子力災害対策本部としても、これは妥当と考えております。楢葉町につきましては、住民は帰還せずに、この町にございます工業団地の再開のみをする、こういう形でございます。ここがちょっとほかと違っているところでございます。
3番目でございます。3番目は、9月30日に解除したということでございますが、ここは、私ども、帰還と解除は別という説明をさせていただいております。住民の帰還は、各市町村の実情、復旧計画を踏まえて順次進められていくということでございまして、まさにこれからその帰還が進められていくという状況でございます。
そういうこともございまして、3ページ目でございますが、復旧計画の実現に向けた支援ということで、これからしばらくの間、復旧あるいは帰還が続いていきますので、国において、政府を挙げて、この復旧計画の実現に最大限対応していくということ、それから、住民の皆さんが帰還された後もきめ細やかな支援を実施していく、こういうこととなっております。
それでは、緊急時避難準備区域の解除の意味でございますが、3ページ目の下に効果とございます。一言で申し上げまして、規制を解除するという要素が強うございまして、9月30日に規制が解除されて、これからさまざまな復旧、あるいは住民の皆様の帰還が進んでいく、こういう構図になっているということでございます。
4ページ目には、各市町村の復旧計画での記載項目、どういう項目が載っているかというのを記載させていただいております。ここにまさに記載のとおりでございますが、役所の関係、学校、病院、福祉施設の関係、除染の関係、インフラの関係等々記載があるということでございます。今日は復旧計画本体はお配りしておりませんけれども、当然公表資料でございます。またこちらもご参照いただければと思います。
5ページ目には、イメージということで、各市町村で復旧に向けてどういうことを国、県に対して要望しているかというのを一覧として記載させていただいております。これにつきましては説明を割愛させていただきたいと思いますが、まさに実際の帰還に向けて、多岐なご要望が出ているということでございます。
最後のページは、参考として、線量、モニタリングの結果を記載させていただいております。
駆け足の説明で恐縮でございます。以上でございます。
【能見会長】 それでは、ただいまの説明について、何かご質問等がございましたらお願いします。
それでは、中島委員、どうぞ。
【中島委員】 1点、基本的なところがよくわかっていないんですけれども。
今のレジュメの2ページの解除の根拠なんですけれども、2ページの1ポツの(2)ですけれども、モニタリングを実施して、区域の安全性を確認して解除しているということなんですが、具体的な空間線量率はどのくらいを基準にして解除となっているんですか。
【内閣府原子力災害対策本部須藤参事官】 線量につきましては、最後に記載がございますけれども、避難のときの基準が年間積算線量で20ミリシーベルトとなってございます。基本的に、こちらでごらんいただきますように、それを下回っているということで、かつ、ホットスポット的に高い部分につきましては、特定避難勧奨地点の設定をさせていただいた上で、少なくとも避難基準を下回っているという形で規制の解除をしてございます。
当然ですけれども、除染作業につきましても、解除後も引き続いてやってまいりまして、住民の皆様に安心して帰還ができるような、そういう態勢はとっていくということとしております。
【中島委員】 今のご説明による私の理解では、そうすると、20ミリを基準にして一応解除するけれども、除染作業をすることを前提に、20ミリを基準にして解除しているということですか。
【内閣府原子力災害対策本部須藤参事官】 緊急時避難準備区域につきましては、まさにプラントの基準で設定をされております。計画的避難区域とはこの点で違うわけですけれども、お帰りいただくためには、当然ですけれども、モニタリングが必要でございます。これは空間線量のみならず、例えば、実際飲用に使われるお水とか、こういうようなところも、各自治体からは、帰る前に全戸調査をしてほしいというような要望なんかも出てきております。これらについても逐一チェックをして、かつ、それぞれ各市町村ごとに除染の計画も立てて、その上で各市町村とも、まさに復旧計画の中で、除染も含めて、あるいはインフラも含めて、帰還の支援をしていく、こういうことでございます。
【中島委員】 よく理解できていないんですが、空間線量としては20ミリを基準にし、それ以外に総合的に、例えば、飲料水とか、そういうもののチェックもして、除染の計画も立てられたところから解除していると、こういう理解でよろしいですか。
【内閣府原子力災害対策本部須藤参事官】 除染も含めて、インフラを含めて、まさに復旧計画を立てて、それで解除をするということでございます。
先ほど来申し上げておりますが、解除と帰還は別という形でございまして、もちろん、線量が低くてお帰りになっている方もいらっしゃいます。そういう地域もございます。それから、除染をしてからお帰りになるという判断をしているところもございまして、それは地域の実情に応じてという形になっているということでございます。
【能見会長】 今の質疑応答でまたよくわからなくなってきたところがありますけれども、解除自体は一律に解除しているわけですね。
【内閣府原子力災害対策本部須藤参事官】 はい、おっしゃるとおりでございます。
【能見会長】 しかし、帰還できるかどうかは、いろいろ個別の事情があって、一律には判断できないし、解除そのものとは連動させないで考えているということですか。
【内閣府原子力災害対策本部須藤参事官】 はい。したがって、当然ながら、解除してすぐお帰りになるというご判断をされる方、あるいは、そういう帰れる地域もございますけれども、準備をした上で帰るというところがございます。
それぞれ各市町村ごとに状況は違っておりますけれども、例えば、村において帰還宣言をしてから住民の帰還を促すというような形の市町村もございますし、緊急時避難準備区域は、解除前から住んでもいい地域でございましたので、既に多くの方々がお戻りになっている地域もございます。既に多くの方々がお戻りになっている地域は、お住まいになっているのを前提とした上で、インフラの復旧、あるいは除染、モニタリングの強化を行っているということでございまして、この辺はまさに地区ごとに状況が違っているということでございます。
【能見会長】 野村委員、どうぞ。
【野村委員】 今のお話なのですけれども、そうすると、帰還するかしないか、現実に戻るか戻らないかというのは、個々人の判断に任されているところと、その前提として市町村なりが何らかの判断をして、その先に個々人の判断があるというところと、いろいろの場合があるということなのでしょうか。
【内閣府原子力災害対策本部須藤参事官】 当然、個々の人が帰るというのは、個々のご判断あろうかと思いますけれども、私どもとしては、当然帰っていただけるような環境を整備する、当然それを最大限国として責任を持ってやっていくということでございます。
それで、この復旧計画の記載内容に、復旧計画の項目、4ページでございますけれども、この中にも、住民の移転で、例えば、帰還完了目標日というような項目もございます。それぞれの市町村によって考え方は違いますけれども、例えば、こういう目標日を設定して、そこに向けてさまざまな帰還支援策を講じて、それで帰っていただけるような環境をつくっていくというところもございますし、あるいは、市町村によっては、既にもうお帰りになっている方が多いということですので、帰還完了目標日という概念ではなくて、それぞれ復旧についてのスケジュール、工程を明確にすることで支援、応援する、こういう形の対応もございます。
これは市町村ごとにまさに状況は大きく異なりますので、そういう意味もございまして、市町村ごとに復旧計画をつくっていただいて、これを私どもとしてその実現に向けて政府を挙げて取り組むと、こういう方式としておるところでございます。
【野村委員】 質問ということではないのですけれども、最終的に避難費用をどこまで計算するかというようなときに、帰還と解除との関係はどういうようになっているのかという点について、全部の地域が一律でないというのはわかりました。ただ、そういうことが多分これからものすごく重要な要素になってくるのかなということで、確認のために、ちょっとお聞きしたということです。
【草間委員】 よろしいですか。
【能見会長】 どうぞ、草間委員。
【草間委員】 これ、1つの解除の要件という形で示されているのですね。判断するためのモニタリングを要件として挙げているとすると、モニタリングの結果としては数値が出てくるわけですので、数値の根拠についてはっきりした説明が必要だと思います。解除した後、詳細なモニタリングは継続してやっていかなければいけない。だから、解除した後の1つの行為であればよくわかるんですけど、要件の1つとして挙げられているから、わかりにくいんですけれども。
【内閣府原子力災害対策本部須藤参事官】 原災本部の決定としては、まさにここに挙げられている3つの要件がございまして、放射線量の詳細なモニタリングというのは、当然記載がございます。最後にページにつけておりますけれども、それぞれ面的を含めてモニタリングをしているという状況でございます。これに加えて、当然ですけれども、さまざまお住まいの上で安心のために必要なモニタリングというのもあろうかと思います。それから、当然ですけれども、地域の中での相対的に線量の高いところ、こういったところの除染は、当然、お帰りになるために必要だというご判断をされることがありますので、これらについては引き続き対応していくということでございます。
この(2)では、少なくとも避難基準を下回っているということを確認して、その上で、先ほど来申し上げておりますけれども、今回の解除は規制の解除という側面が強うございますので、その規制を解除しているということでございます。
【能見会長】 この問題は、先ほど野村委員からもご発言がありましたように、この審査会の権限との関係で言うと、指定が解除されても、いつまでを相当な期間を考えて、継続して賠償するかという問題につながっています。これを判断するにはいろんな要素が関連していて、解除されたから自動的に何か決まるものではないなという感想を持ちました。いずれにせよ、この点については、いずれまた審査会でちゃんと時間をとって議論したいと思っております。
解除そのものについてのいろんなご意見はあるかと思いますけれども、これは審査会そのもののマターではないので、一体どういう考え方で解除したのか、解除の背景、いろいろここに書いてあることについての内容的な確認といいますか、我々として知っておくべきことを質問していただければと思います。
さきほど楢葉町では住民帰還は求めないということですが、ちょっと聞き逃したのかもしれませんけれども、それは住民の数がそう多くないということがどう関連するのでしたでしょうか。
【内閣府原子力災害対策本部須藤参事官】 住民の方の数が50名程度でございますので、ここで町として存続していくのは難しい。それから、かつ、一部警戒区域を通らないとそこに戻れないというような事情もございます。したがって、ここについては、楢葉町の復旧計画の中では帰還を求めないということとなっておりまして、具体的に申し上げますと、警戒区域が解除されるときに、あわせて住民の皆様の帰還を行うという形にしてございます。楢葉町の解除については、楢葉町にございます工業団地の操業再開のための解除ということでございます。
【能見会長】 分かりました。こういう事情も、この審査会としては、賠償の問題を考える際には考えなくてはいけないということだと思います。
それでは、まだご質問もあるかと思いますけれども、この審査会としては、いずれ賠償の範囲の問題として、議論は続けるということで、とりあえず今日はここまででよろしゅうございますか。
どうもありがとうございました。
【内閣府原子力災害対策本部須藤参事官】 ありがとうございました。
【能見会長】 それでは、第3の議題に移りたいと思いますが、放射線に関する安全基準についてでございます。この安全基準については、いろいろこの審査会でも議論がございましたが、今日はどんな基準があるのかということについての説明を事務局からお願いしたいと思います。
【田口次長】 それでは、時間も押しておりますので、ごくごく簡単に。資料自体は事実関係をまとめたものでございます。
1枚目のところでございますが、これは我が国の放射線に関する技術基準については、放射線審議会のほうで斉一化が図られているということでございます。
それから、2ポツのところに行きまして、国内法令そのものは、基本的にはICRPの勧告に基づいてつくられてございます。それで、まず職業被曝、女性も含めて、丸1、丸2と勧告の考え方が書いてありますが、結果として、次の2ページをごらんいただきますと、そこに国内法令の例ということで、いわゆる電離則が書いてございますが、職業被曝については、1年間につき50ミリ、5年間につき100ミリシーベルトを超えない、さらには、女性の放射線業務従事者については、3カ月につき5ミリを超えないようにしなければならないという規定になってございます。
それから、次の丸3の作業場所、これは管理区域の基準でございますが、勧告の考え方、取入れの考え方が書いてございますが、結果的には、次の3ページの2ポツの具体的な適用というところがございますが、3カ月につき1.3ミリシーベルト。これの根拠が下の説明のところの(1)の1)にございます。公衆の特殊な状況下における年線量限度5ミリシーベルト/年を3カ月間で割り振る、これをもとに、5割る4で1.25でございますが、1.3ということで、次の4ページにございますが、これも電離則の例で、ほかの法令も全く同じように決められてございますが、3カ月につき1.3ミリシーベルトを超えるおそれのある区域について、管理区域として設定するということになってございます。
それから、その下に公衆の被曝の線量限度がございますが、これも、まず勧告の考え方でございますが、1年について1ミリシーベルト、それから、特殊な状況においては、5年間にわたる平均が年当たり1ミリシーベルトということになってございまして、具体的な国内法令の取入れ例が、その下に、こちらは原子力発電所の関係の規則でございますが、周辺監視区域において、次の5ページのところに具体的な線量がございますが、1年間につき1ミリシーベルトということになってございます。これも具体的な例はまだございませんが、実用発電炉の場合、経産大臣が認めた場合は、1年間につき5ミリとすることができると、これも勧告の考え方に沿ったことでございます。
それから、病院については、特殊な規則がございまして、病院又は診療所について、3カ月につき1.3ミリシーベルトという基準がございます。これも1年5ミリに基づいて出てきた数字でございます。
それから、緊急時の職業被曝に関しましては、ここに書いてございますが、もともと100ミリで決められておりましたものを、今回の事故を契機といたしまして、関係大臣によって、250ミリシーベルトの基準がつくられてございます。そのときの考え方を放射線審議会が声明という形で出してございますが、国際的には500ミリシーベルトという推奨値が示されていたんだけれども、国内取入れが遅れておって、この3月にそれを取り入れた形になっているということがございます。
それから、次のページでございますが、6ページのところには、まさに今回の状況でございますが、緊急時の被曝状況、あるいは、その後の現存被曝状況について、これはまとまった考え方を示したものは、7月の原子力安全委員会が示した基本的な考え方というのがあるのみでございまして、法令のどこかで決まっているということではございませんが、(1)の緊急時被曝状況のところでは、事故後の避難区域等の設定の考え方なども書いてあって、結論的には、(2)の上のほうに、ICRPの2007年の勧告でございますが、20~100ミリシーベルトの下限である20ミリシーベルト/年を適用することが適切であると判断したということになってございます。
その後の現存被曝状況につきましては、次の7ページの真ん中辺のところにございますが、防護措置の最適化のための参考レベルは、ICRPの勧告に従えば、現存被曝状況に適用されるバンドの1~20ミリシーベルト/年の下方の線量を選定することとなる。その際、状況を漸進的に改善するために中間的な参考レベルを設定することもできるが、長期的には年間1ミリシーベルトを目標とするというような考え方が示されてございます。いずれも公表資料を抜粋して事実関係をまとめたものでございます。
説明は以上です。
【能見会長】 これをここで今どういうふうに扱うかということ自体が、少しご議論が必要かと思いますけれども、今日は、この基準自体をあれこれ議論するということが目的ではございません。今日の資料については、皆様もお持ち帰りいただき、次回以降、例えば、自主的避難についての賠償の問題を考える際などに、これを参考にしながら、こういう基準があるけどどうなんだというふうに関連してご議論いただければと思います。
しかし、今ここで何か、この基準そのものについて、この点だけは確かめておきたいというような点がございましたら、ご自由にご発言いただければと思いますが、いかがでしょうか。
よろしいですか。もし今後こういった基準について、この審査会は必ずしも科学的な安全基準がどうだということを議論する場ではないので、基準そのものを議論するということはありませんが、しかし、賠償の問題を考える際に、どうしてもこれらの基準との関連を考えなければならない場合も出てくるかもしれません。そのような意味でこれらの基準にまた戻らなくてはいけないということがあり得ますし、この基準を、審査会としても賠償の基準という観点から議論する必要が出てくることがあり得ます。その際に、私の個人的な意見ですけれども、この委員会にも専門家の方は何人もおられますけれども、専門的な議論をもう少し聞かなくてはいけないということがあれば、そういう場合には、どなたか適当な方に来ていただくということも考えられます。いずれにせよ、本日は、この基準そのものについては議論しないで、参考資料として各委員が受け取るということでよろしいでしょうか。それでは、これはそういうことにさせていただきたいと思います。
次の議題は、除染についてということでございます。本来、前回議論する予定でしたけれども、時間がなかったために飛ばしてしまいました。本日同じ資料が用意されております。これも事務局からですか、お願いします。
【田口次長】 それでは、資料4でございまして、前回お配りしたのと同じ資料でございます。
前回、除染に関する緊急実施基本方針、それから、特別措置法のご説明があったわけでございますが、特措法はまだ施行されてございませんので、除染に関する緊急実施基本方針に関して論点を列挙させていただいてございます。
まず、基本方針で行われる除染についての損害の範囲をどう考えるかということでございます。(1)にアからエまで書いてあるのは、これは基本方針の内容をまとめたものでございますので、説明は割愛させていただきまして、2ページをお願いしたいと思います。その基本方針に基づく除染に関する措置の実施に伴い費用が発生するわけでございますが、どの範囲まで原子力損害に該当すると考えるのが適当か、あるいは、除染の実施に関して、この他に想定し得る損害があるかないか。それから、これらの論点につきまして、今後策定される市町村の除染計画の内容、あるいは、除染が実際に行われることを踏まえた上で、検討する必要があるのではないかということでございます。
それから、2のところは、基本方針発出前の扱いということで、基本方針が出される前の除染について、どのように考えるか、あるいは、中間指針の中にも除染に関する項目がございますが、それとの関係をどうするかということでございまして、そこが具体的には3になってございまして、中間指針にある除染に関連する類型をそこに列挙してございます。避難等指示区域内の営業存在、あるいは財物価値の喪失又は減少、それから、ウでございますが、農林水産物の出荷制限指示に係る営業損害、あるいは、その他の政府指示等に係る営業損害、これは校庭とか園庭も含まれてございます。こういったものとどういうふうに考えていくかということでございます。
最後でございますが、基本方針に基づく除染費用を賠償すべき損害と認めた場合、これらの中間指針に記述された類型との関係をどう考えるかということで、中間指針そのものを書き直すのか、それとも追記するのかという、若干技術的な問題がございます。
資料の説明は以上でございます。
【能見会長】 それでは、ただいま説明のあった除染に関する問題点につきまして、議論がありましたらお願いします。
【中島委員】 2ページの上の(2)なんですけれども。この除染の費用のどの範囲までを原子力損害と考えるかという論点が入っておりますけれども、特別措置法では、もうこの費用は原子力損害とみなすというような規定がたしか入っていたと思うんですが、それとの関係は、この論点はどういうふうに考えたらよろしいんですか。
【田口次長】 よろしゅうございますか。
前回、環境省のほうからも説明させていただきましたが、44条につきましては、法律に基づく措置というのが、これは合理的かつ必要な範囲で行われるので、当然、賠償の対象になるということで、そういう理解だということでございます。ここで出ていますのは、法律ができる前の緊急実施基本方針に基づく除染というのも、法律と同じように考えていいのかどうかというのが論点になります。
【中島委員】 わかりました。ありがとうございました。
【能見会長】 よろしいですか。
今やりとりがありましたように、この審査会としては、放射線の除去の措置がとられたときに、そのための費用のどこまでが原子力損害とされるかということが問題になるわけで、法律の中には一応考え方が示されているわけですけれども、それをめぐっても、今後若干議論が出てくる可能性はあります。ただ、これも除染の作業そのものがもう少し進まないと、どういうところがどういうふうに行われ、賠償との関係でどういう問題があるかがある程度明らかになってこないと、議論がしにくい点があります。
大塚委員、どうぞ。
【大塚委員】 今の点に関して、特措法の44条は、条文上は限定なしに求償できることになっていまして、それをどう考えるかという問題は、ここで議論していただいてもいいと思いますし、先ほどお答えがあったように、法律ができるまでの緊急時の除染を基本方針で行うことについては、特措法の適用が形式上はないので、ただ、事実上同じように扱ったほうがいいかどうかということはあると思いますけれども、形式上はないので、それをどうするかという問題はあるのだろうと思います。
【能見会長】 そうですね。ほかにご意見はございますか。今の点ももう少し具体的に問題が生じたら、賠償の問題との関連で議論いたしますが、今この段階で、この基本方針について、さらにご質問、ご意見がございますでしょうか。
基本方針に書かれている内容についてですが、1ページ目の、先ほどご説明を省略された部分ですけれども、年間1ミリシーベルト以下の地域は、具体的には何を行うとここには書いてあるんですか。文章として意味がよくわからないのですけれども。国は、県及び市町村と連携し、局所的に高線量を示す箇所につき、住民を含めた関係者が安全かつ効率的な除染ができるように、必要な支援を行うと書いてありますが。これは事務局の管轄ではありませんが、もし分かるようでしたら説明してください。
【田口次長】 今少なくとも事務局のほうで聞いている範囲では、例えば、専門家を派遣するであるとか、除染の方法について指導をするとか、そういったことが想定されるというふうに伺っております。
【大塚委員】 よろしいですか。今のウのところは、これは概ね年間1ミリシーベルト以下の地域ということで、個別的には局所的に高い線量を示すところがあるので、それについて支援をするという趣旨ですので、この「概ね」というところが結構重要なところということだと思います。
【能見会長】 では、もう一つだけ教えて下さい。この文書の中には、「局所的に高線量」とか、あるいは、イのところでも、「比較的線量が高い」とかというように、あいまいな表現で書いてありますけど、これらについては何かもっと具体的な議論があったんですか。むしろ大塚委員に少し教えていただければと思いますが。
【大塚委員】 これは事務局に先にお答えいただいたほうがありがたいですけど、いかがでしょうか。
【能見会長】 それでは、事務局は必ずしもこの文書について責任があるわけではないのですが、できるのであれば事務局から説明してください。
【田口次長】 それについては、環境省のほうにも伺って、また改めてお答えしたいと思います。
【能見会長】 ありがとうございます。
【田中委員】 大体比較的線量の高い地域の面的除染というのは、年間5ミリシーベルト以上というふうに、そういった議論がなされていると思います。5ミリシーベルトより下のほうは、長期的に1ミリシーベルトを目指した除染をするということですが、それはどういう方法でやるかということについては、具体的に触れていないというのが、今私の理解しているところです。
【能見会長】 どうもありがとうございます。
【大塚委員】 ちょっといいですか。
そこは、私の理解ですと、実はその検討会の第1回目では、今、田中委員がおっしゃったような議論があったんですけれども、最終的にはそういうことは答申には出ていませんので、基本方針は、ここは比較的線量が高いということしか出さないということだと思いますので、今のご議論はあったことはあったんですけれども、最終的にそういうことになっているかどうかはよくわからないということだと思います。
【能見会長】 わかりました。この指針がどういう考え方のもとでつくられているかについては、先ほど事務局から答えがありましたように、環境省のほうに問い合わせて、少なくとも公式的な見解はそこから聞くことにいたしましょう。その上で、さらにこの審査会として、この問題について何か関連する点があれば、つまり、賠償との関係でということですが、それはそれでこちらでまた議論するということにしたいと思います。
それでは、この点につきましてもこのぐらいにさせていただきまして、続いて、議題5、自主的避難についてということでございます。この自主的避難につきましては、前回の審査会で論点ペーパーをもとにして、いろいろご議論いただきました。前回は一応事故直後に自主的な避難をしたグループと、それから、一定期間経過後自主的な避難をしたグループとでは、避難の理由とか、あるいは対象となる人々が違うのではないかというような議論がございました。さらにこの問題については審査会として議論したいわけですが、その前に、地元の自治体の方、あるいは実際に避難された方々のご意見を伺いたいということで、本日は自主的避難の状況についてお話を伺うということにしました。
最初に、福島市長にお願いすることになるでしょうか。どうもありがとうございます。よろしくお願いいたします。
【瀬戸福島市長】 ご紹介いただきました福島市長の瀬戸でございます。県の組織で、福島県原子力対策協議会の、知事が会長なんですけど、私が副会長ということで就任しております。今日は、こういう機会を与えていただきましてありがとうございます。テーマは自主避難ですが、3月以来対応してきた我々の経過にも触れますこともお許しいただきたいと思います。
まず最初に申し上げておきたいのは、今度の原子力災害は、国に適切な法律がなく、地方自治体に経験も権限も財源もなく、それから、国民、県民、市民に放射能の適切な概念・知識がない、そういう状態で発生した事故であるということを私は市民に申し上げております。と申しますのは、災害救助法等々によりますと、台風、地震、洪水などの時は、首長の責任でありますから、避難指示などを出すのも首長です。しかし、放射能というものは、どこにも出てこない。しかしながら、市民は、災害のときには基礎自治体の首長に救助を求めてきます。これは当たり前のことでありまして、その間に挟まって、私たちは、国の適切な対応もないままに、6カ月と言っていいでしょう、ほとんど我々の判断で対応してきたということを申し上げておきたいのであります。
その次に、福島市は避難区域には当たっておりませんけれども、低線量の放射線被曝地帯であります。福島県の中通りを中心に、会津まで及んでいるし、全県が放射能の被害に遭っております。放射能災害の恐ろしいところは、亀裂、分裂、あるいは反目、不信、そういったことが市民の間に起こってくることであります。例えば、このたびの自主避難一つとりましても、ある地域のコミュニティから自主避難される方々は、そっとといいますか、できない方とできる方との間では反目が底流に生じております。それから、地域社会におきましては、広域の汚泥の処理場があるんですが、この処理場をめぐって、これは上流の福島市からの汚泥を我々のところに置いてもらっては困る、という問題とか、あるいは、もちろん仮置き場につきまして、うちのほうは除染の仮置き場は嫌だ、そういったことの反目が生じております。
自治体間では、この間、先ほど申しましたように、何の指示もないものですから、郡山市の学校の校庭の表土はぎから始まりまして、福島市はできないのかといったバッシングとか、あるいは、ガラスバッジをつけるというときには、何でこの自治体はできないんだ、もっと早くできないのかと。あるいは、通学路の除染。そして、最たるものは、風評差別被害であります。放射能災害で怖いのは、本質的には差別、このように6カ月間考えてきたところであります。
そこで、この自主避難をめぐってでありますけれども、この審査会の意見は、制度の大事な指針の中身に反映されるものと私は理解しております。結論から申し上げますと、自主避難した人にも補償してください、自主避難した人だけではなく、残った方にも、例えば、福島市の公立学校の子どもたちは約800人避難しておりますが、2万4,000人の子どもたちは残っているんです。避難したくてもできないという家庭や子どもたちがたくさんいるという事実。こうなりますと、私は区別はできない。
放射能の政策でぜひお願いしたい考え方で、よく各省庁は、どこかで線引きしたいんです。何ミリシーベルトとか。例えば、この前の除染費用の持ち方で、避難地域の5ミリシーベルトについては出すけれども、そのほかは考えていないと。こういうことを言われますと、我々も除染にかかった費用は一体どこに請求すればいいのかというようなことになってまいります。補償もそうです。現在の中間指針では、政府が責任持って避難させているところだけは言及しておりますけれども、我々のように低線量のレベルで長期間被曝しているところにおいて、例えば交通事故のような損害賠償の法律論とは、放射能は全く違うというふうに私は思うのであります。時間がたてばたつほど課題が深まっていっているというのが、実はこの放射能の災害ではないでしょうか。今まで我々は知識がなくてやってきまして、そして、SPEEDIによる資料も示されて、最初にわかったのはドイツの資料によってです。それで、校庭における線量の基準が出ましたけれども、それが国においては変わってくるというような状況があったわけでございます。けれども、そういう基準を設けることが非常に難しいのが、実はこの放射能災害の持っている怖さだろうと私は思います。
でありますので、薄いも高いも、やっぱり放射能というのは怖いんですね。日本人が放射能教育を受けたのは、たかだかこの6カ月です。この間しか勉強しておりません。ですから、怖さにおいては、避難して自分の地域社会から離れなければならない方々がたくさんいる、これがまた一番大変です。でも、ここだけではなくて、放射能が降って、そこで現実に生活しているんです、私たちは。そして、この問題は、いずれ避難を指示された地域の問題になります。除染をして、この避難地域の皆さんに帰っていいよとなったときに、私たちと同じく、除染の問題とか、生活空間をどうするとか、山林はどうするとか、そういった問題になってきます。それを我々は今現在やっております。
次に、除染の話になってまいりましたけれども、福島市は、この前実験的に比較的高い渡利という地域で実験をやりました。市民の皆さんに3,000人出ていただいて、職員も300人ぐらい出ました。もちろん、業者の方も出ました。やっている中で、除染については、「うん、やろう。我々も協力してやろうじゃないか」ということであったんです。最初のうちは。だんだん空気が変わってきまして、やってみますと、「東電憎らしい。何で私たちが、東電が降らした放射能を取らなければならないんだ」というような感情にだんだん変わってきています。最初みんなでやろうと言っても、なかなか最終的には追いつかないと思います。そして、調べた結果、線量が高いところを勧奨地点にするか、それとも除染するかという判断が求められた箇所が幾つかございますが、結果としては、勧奨地点にできる地点もあったんですが、我々はここで生死をともにするとまでいう方もいらっしゃいましたので、結局は除染を選んでいただきました。
今除染が始まりまして、一昨日総理大臣が視察されました大波地区、ここは山間部です。伊達市に近いところでございまして、370戸近い戸数を、面的な除染をすることにいたしました。費用は1億8,000万円の試算です。福島市は、11万戸全部除染を目指すと言っております。大体この費用は、その単位を単純に当てはめますと、福島市の予算が一般会計決算で約900億円ぐらいですから、その半分以上が除染費用というふうにご理解いただければわかりやすいんだろうと思います。つまり、除染にかかる費用というのは、どの自治体もこれから取り組まなければなりませんが、かかる費用は膨大であり、日数もかかり、その前に人手がない。今だれがやっているかというと、野球の選手とバスケットボールの選手を呼んできてサッカーをさせているみたいなものです。基準もあいまいです。田中先生がいらっしゃいますから、これからご指導いただきたい。組織的なご指導をいただきたいと思っておるわけでございます。生活空間での被曝線量を下げることで、子どもたちも戻ってきてもらいたいというのが我々の願いであります。
それから、ガラスバッジを配布いたしました。1回目の結果も出ておりますけれども、全体で3万8,000人の小中学生、妊婦、未就学児の希望する方、1人当たり2個、1つは1カ月、1つはその後の2カ月配布いたしまして、7万6,598個という数字が出ていますけれども、これで1個当たり1,575円で、1億2,000万円の費用がかかる。こういうことになるんですけれども、ガラスバッジをつけて、その結果を見ますと、これはまだ公式に発表しておりませんが、相当低いものである。お医者さんは大丈夫だという言葉は絶対使わないのでありますが、ほぼ安全な値であると出ております。ですので、こういったガラスバッジの効果も見ながら、3カ月間にわたって子どもの行動によるおおよその値が出るわけですから、そうしますと、福島市に子どもがいて安全か安全でないかということも大体わかってきます。
私は、避難したいという方がたくさんいて、ほんとうに支援したいと思っておりますけれども、コミュニティを預かる市長といたしましては、人口が市から出ていく、あるいは県の人口が減るということについては、やっぱり何とかコミュニティを維持できないかということで、除染という方法を選んでいるということをご理解いただきたいと思います。
県の資料によりますと、自主的避難者の数は、9月現在、9月22日で5万人を超えているということでございますが、おそらく福島市からは、数字として把握できているのは700~800人なんですけれども、幼児や私学も含め、これはなかなかとらえにくいものですが、1,300人ぐらいは避難しているのではないかなと思っております。先日東北市長会議がありまして、山形の市長さんにお話を聞くと、「今、どんどん来ていますよ」ということですし、また、私の地元の学校の来年の小学生の入学者が、去年に比べて半分しかいないのではないかとの話を聞くと、これからも自主的に避難される方が増えるということであります。これはとどめることはできません。ですから、この動きに対しての、先ほど申しました、今これを真っ向からとらえる国の政策をしていただく時期に来ていると私は考えるわけであります。
これから、食品の内部に入っているセシウムの値を測るという作業が全国で起こると思います。セシウムは1カ所にとどまるということは絶対ないんですから。そうしますと、我々は7月の段階からベラルーシ製の、7台の簡易測定器を頼みました。そのほかに、東北大学から大きい測定器、それから、自主的にも大きい測定器を頼みました。これは1,500万円かかりました。ベラルーシ製のものは約150万円ですが、これをまず給食センターに置いて、食品のチェックをすることにしました。まず子どもにターゲットを絞るようにいたしました。そして、今、大量に注文いたしまして、各支所に1個ずつぐらいは置けるように手配をいたしました。ホールボディカウンターも、福島市は1台買うことができました。1台5,000万円のものを車に載せて約1億円です。
ところが、先ほど言いましたように、各自治体が自主的にやってきた対策を行ってきましたが、いよいよここにきてお金がなくなりました。まだやれるうちはいいのでありますけれども、独自の対策、国からの何の指示もなく、市民の声を聞きながら、子どもの安全を守る、地域を守るという一心で私たちはこの対応をしてきました。しかも、市民からは遅い、よそは早いと言われながらやってまいりました。それがここにきまして、我々は2月ごろになりますが、ホールボディカウンターを設置し、これによって全市民の検診をしていきますが、自治体によってはできないところもたくさんあるということです。申し上げたいのは、そういう機器を入れるときの費用、ここでの議論ではないかもしれませんけれども、あえて申し上げますと、国が本気になって一律的に機器を入れていただくということに手を貸してほしいと思います。
それと、先ほどばらばらになると申しましたが、特定避難勧奨地点で今どういうことが起こっているかと申しますと、同じエリアの中で、全部が勧奨地点ではありませんので、それに当たったところはいいと。そんなに違わないところで、何で私たちが残されるんだというのが、実は問題点として、地域の分裂につながっているということも申し上げておきたいと思っております。
線量が高い、あるいは危険だと言って避難しているところは、計画的避難区域と特定避難勧奨地点のみであります。ですけど、福島市にも高い地点があります。ですから、こういうことを比べますと、そこをどう対応していくかというのは、国が正しく判断して、我々はそこを避難しなさいと言われれば、そのような対応をとりますし、国の判断によるわけで、私のほうで避難するなとか避難しろとか言える立場ではございません。でありますので、避難先のわかっている避難者には、福島市のいろいろな情報を提供したり、できるだけのことはしておりますけれども、私としては、早く福島市をきれいにして、自主避難者に戻ってきてもらいたいというのが、市長としての願いでございます。
ちょっと長くなりましたけれども、以上です。
【能見会長】 どうもありがとうございました。
それでは、皆さんのほうでご質問等がございましたらお願いします。いかがでしょうか。
【瀬戸福島市長】 先生、いいでしょうか。
【能見会長】 どうぞ。
【瀬戸福島市長】 田中先生に少し、この機会に、除染についてご意見を、私のほうから聞いてもよろしいでしょうか。
【能見会長】 それは目的ではないかもしれませんけど、でも、結構です。
【瀬戸福島市長】 今、国で、私どもが先に言ったように、機器もいろいろそろえなければならないんですが、アドバイザーが欲しいんですね。ほんとうに国が責任を持った方がアドバイザーで、正しい除染はこうしますと。しかし、一々聞いて我々はやれる時間がないんです。ですから、もう始めなきゃならないから始まっているだけなんです。でも、問題としては、やっぱり先生方の正しいご指導をいただきながら、こういう除染をするといいんだよというのが欲しいわけですね。そういう意味では、先生にお願いして、ぜひ今後国、県にも言っていただきたいというのを、この場でお願いしていきたいと思っております。
【田中委員】 では、一言。ここの賠償審査会の範囲とはちょっと違うんですが、今、やはり国の指示が不足しているとか、国のきちっとした――個人的に言えば、ホールボディを持つのは、今ほんとうに各市町村が持つべきかどうかというのは、ちょっと私も疑問があります。そういう意味で、きちっとした正しい指示を、適切な指示を国が出さないと、損害賠償額がむやみに、あまり効果的ではないところで増加するのではないかということもありますので、これは市長に言うよりは、国のほうの対応を、しかるべきところで対応していただかないと、除染費用もいろんな意味で、私は今のところ、上限は想定できないような状況に今なりつつあるんじゃないかと思うぐらいですので、市長の言葉を受けて、私としては、そういうふうにお答えするしかありません。
【瀬戸福島市長】 やはり今までの災害と違いまして、精神的な被害と申しますか、そういったものをぜひ次の指針で認めていただきたいというのが念願でございます。今までの法理論の中にはなかったかもしれませんけれども、毎日毎日あいさつがわりに、放射線の値の話とか、あっちがどうだ、こっちがどうかという話とか出ますが、とにかく福島市に住んでいたいわけなんですね。やっぱり多くの人は。でも、そういう状況にいつまでも置かれていることについては、もう限度がありますよということですが、これに対しての補償はきちんと見てもらいたい。
例えば、私個人で考えているんですけど、福島市というのは、福島県の原発で、福島と福島が重なったものですから、この名前を傷つけた補償はどういうふうな法的な理論があるのかなと、今探しているところなんですけれども。報道も、福島県と福島市と区別しませんから、福島第一原子力発電所と、福島の原発となっています。私どもは福島市でございますので、その辺の違いも非常に迷惑しているところがあります。
この前、愛知のほうで川俣町の花火を上げられずに、市長さんが謝りに来ました。私に来た手紙で、川俣町ではないですよ、福島市長に来た手紙で、「何で放射能をまこうとしておいて、市長が謝らなきゃならないんだ」という、苦情の手紙が私に来るんですから。それは内容はともかく、福島という名前にはそういう意味が、もう傷つけられた非常に残念な状況があります。ですから、その心情をどこかでくみとっていただかなければならない。市民はみんなそう思っていますので、この場であえてお話しさせていただきたいと思います。
【能見会長】 今日は、福島市としてのいろいろなお悩みといいますか、実情というのを伺いましたが、私としては、今日の話の中で、一方で福島市内でそれなりに高い放射線量もあるところもあり、自主的避難について、金額はともかくとして、それはそれで賠償してもらいたいというご意向であることを理解しました。ただ、同時に、その地域に残る人たちもいるので、そういう人たちに対する賠償も考えてほしいと、そういうことが今日のお話の要点だったと理解しました。
【瀬戸福島市長】 同じくですね。
【能見会長】 はい。
どうぞ、中島委員。
【中島委員】 今、会長の指摘された点なんですが、市長としては、残った人に賠償してほしいとおっしゃられる、その根拠は、具体的に例えばどういうものを考えておられますか。
【瀬戸福島市長】 経済的な理由もある、あるいは、家庭の事情もある、家族によっては行けないこともある。仕事、ですから、仕事が、行き先によって、ある職種の方は、これはできるんですね。あるいは、家族と離れなくてもいいんですけれども、また、それができないという、残っていらっしゃるのに対しましては、一人一人お聞きしますと、「市長さん、お金出るんですか」ということをはっきり言いますから。避難の費用が。ですから、もう根拠と言われれば、そういう声です。市民の生の声。
そういう声がたくさんあって、どんな被害を受けたんだとか何とかでなくて、放射能という知らぬ未知の物質の不安、これにさいなまれている気持ちというのは、特に子どもさんを持っている保護者の皆さんの気持ちは、来てみないとわからない。だから、この前も政務官で、現地の対策本部長で来られた田嶋政務官も、現場の大波地区に行って、お母さん方と話して、そして、現場の切実な声を聞いてやっと理解したと言っていましたので、ほんとうに現場に来てもらって、政府関係者には、これから我々を助けていただきたい。
自治体の力はもう限界にきています。ですから、今のお話のお答えは、その根拠はと言われれば、生の声。何かわかったようなわからないような話ですいませんが。
【中島委員】 今のお答えをあえてこちらでそしゃくして表現するとすると、お金があれば自分も避難したいんだけれども、いろんな事情で避難できない。しかし、放射能は低線量だけれども怖い。怖いけれども、避難できないことによる精神的苦痛と表現してよろしいですか。
【瀬戸福島市長】 そうですね。それによって家族が離れ離れになるというつらさは、避難している人でないとちょっとわからないですね。
私はこんな提案をしたんです。福島市も東側と西側では線量が違いまして、西のほうに行きますと薄いんです。ですから、私は、災害救助法にある避難住宅をつくってほしいと言ったんです。つまり、同じ自治体の中に100戸でも200戸でも、濃いところから移って、学校も家族も同じ自治体で住めるような方策をつくってほしいと言いました。ところが、各省庁縦割りと言っては悪いんですけれども、各省庁はそれは持っていません。住宅がなくならないと建てられないという法律なんですね。ですから、津波などで出ます。でも、放射能で汚染されているということは、津波と同じように住宅がなくなったと同じです。この問題は必ずこれから避難区域のことで出てきます。全地域が住めるというのはないでしょうから。その時は、その法律をつくって、新しい町をつくるぐらいのことをしなければなりません。ですから、それと同じことを福島市で今やろうと提案をしていまして、その特別な立法化をお願いすれば、何人かは、遠くに行かなくても、薄いところもありますから。ただ、そこは多くは市街化調整区域ですから、やはり特区ということになります。
そういった提案も国にはしているところでございまして、自主避難に対しての自治体としてのさまざまな対応、それにも悩ましい状況が続いているということを申し上げたいです。
【能見会長】 どうもありがとうございました。
どういう理屈で、どういう損害が請求できるのかは、さらにこの審査会で検討したいと思っております。
【瀬戸福島市長】 ぜひお願いします。
【能見会長】 どうもありがとうございました。
それでは、続きまして、福島弁護士会の代表としての渡辺弁護士から、ご説明をお願いしたいと思います。
【福島県弁護士会渡辺弁護士】 私は福島県いわき市で弁護士をしている者でございます。日々原発の被災者の声を聞き、説明会を何度も開き、どうやってこの人たちを救済していいのか、そういうことを日々悩んでいる弁護士の一人でございます。そして、私自身も、幼い子ども達を東京の妻の実家に避難させている自主避難者の一人でございます。
私は、平成19年に相馬ひまわり基金法律事務所、いわゆる弁護士過疎地域というところに赴任いたしました。東京で弁護士活動をした後、そういたしました。3年間ほど活動した後、故郷いわき市に独立した次第でございます。福島県浜通りにとりわけ思い入れが強いだけに、今回の被災について、なかなか平常心でいるのは大変です。3月11日まで、福島にはほんとうの空がありました。福島は空気がきれいで、水が澄んでいて、野菜がおいしくて、魚が新鮮で、そういう福島がいいところはたくさんありました。そういうところで子どもを育てたいと思っていたんです。ところが、そういう福島のいいところはすべて奪われました。この怒りをだれにぶつけていいかわかりません。おそらく私と同じような思いを福島の人たちはたくさん持っていらっしゃるでしょう。
今日はこのような機会でありますので、なるべく平常心で話したいと思いますが、先ほどの東京電力の取締役の話を聞いて、私は怒りに震えていました。何だ、この緊張感のなさは、どういうことなんだと、私は思いました。そもそもそこに皆さんが持っている、その分厚いファイルを見てください。私の事務所にもあります。しかし、なぜファーストドラフトを、お年寄りとか、何とか企業を維持しようとしている、そのような企業の方とか、そして、避難生活に疲れた人に、そのファーストドラフトを書かせようとしているんでしょうか。保険会社でさえ、例えば、交通事故の加害者の保険会社でさえ、このような案で示談してくれませんかと、加害者のほうからその示談案を持ってくるのが最初だと思います。そこからすべて交渉というのは始まるんです。ところが、出さなきゃ金も出さないぞ、書いてみろと言うんです。
私はたくさんの被災者の声を聞いています。おじいちゃん、おばあちゃん、封筒も開いていません。読めないんです。そんな生活、皆さんのように文字ばかり読んでいるような社会生活ではないんです。私は相馬ひまわりで3年間やって、いろんな方々を知っています。いわき市でもいろんな方々を知っています。そんなに皆さん考えて、そこに文字を埋められるような技術を持っていらっしゃる人ばかりではないんです。ですから、そちらのほうから、これでいかがでしょうか、これで示談してくれませんか、根拠はこうです、そのようなことをちゃんと言っていただかないと、それはそもそも無理なんです。幾ら簡単にしましたと言っても、皆さん、疑心暗鬼になっています。「東京電力が手伝ってくれる? 冗談じゃない。だまされるんじゃないか。出さないでおこう。」、そのような意見がたくさん聞こえてきます。ぜひとも再考していただきたい、そう思っております。前置きが長くなりました。
レジュメは5-1でございます。まず「自主」避難者ということで、今日私は呼ばれました。しかし、「自主」ではありません。とんでもございません。怖くて逃げたんです。子どもたちの命を守りたくて逃げたんです。私も逃げました。
これがほんとうに各被災者、原発に近くに住む者が、受忍限度ということで甘受しなければならない損害なのかと言われたら、僕は到底そうは思えません。私は、3月12日の日に1号機が爆発したとき、これはとんでもないことになるということを思いました。妻が出張中だったので、幼い5歳と3歳の子どもを車に乗せて、かっぱを着せて、ぬれマスクを二重にさせて、泣き叫ぶ子どもの足をもみながら、片手運転をしながら、何とか10時間かけて東京のほうまで逃げました。当時は高速道路も何もありませんでした。山道を通って、どうやったら東京にたどり着けるかと思いながら、泣き叫ぶ子どもをあやしながら逃げました。そのような人たちがたくさんいます。それが「自主避難」と言えるんでしょうか。私は非常に疑問を持っています。
さて、このように最初の段階で「自主避難」をした人たちは、例えば、いわき市ではどのぐらいいるんでしょうか。市に聞いてみましたが、調査はしていないということでございました。しかし、私の感覚では、逃げられる人はほとんど逃げました。逃げられない人もいました。例えば、病院の看護師さんらが。さらには、老人の福祉施設の人。なかなか老人を置いて、患者を置いて逃げられるものではありません。後で申し上げますが、逃げた人と残った人との間で、今、職場内であつれきが生じています。それは労働紛争にまでつながっています。そのようなあつれきを生むようなことになっています。
さて、いわき市はどんな状況だったのか。レジュメの一番最後、写真を見てください。これはいわき市駅前の3月16日の写真でございます。人がいつでもたくさんいらっしゃいます。車がいっぱいいます。だれもいなくなりました。これが、皆さん、ほんとうに自主的に避難した人ということが言えるのでしょうか。私は非常に疑問に思っています。
レジュメの2ページにお願いいたします。避難の時期について問い合わせがありましたので、正確なことは私もわかりません。ただ、福島県の太平洋側の浜通りと、中側の中通りで、そのとらえ方、避難の時期、避難の段階というのは異なると思います。例えば、私立幼稚園の児童の減少数について、私、今回のこれに参加するのにヒアリングをしてきました。県北、県中、そして、いわきの欄を縦に見ていただきたいと思います。5月19日、5月31日、9月30日というふうになっています。いわきのほうは、36の私立幼稚園がありますが、そちらのほうは約600人の生徒が5月の段階からずっと9月の段階までいなくなっている、そういう状態が続いています。すなわち、後で申し上げますが、最初の段階でばっと逃げました。ところが、学校が始まる、兄弟をばらばらにすることはできない、そのようなことで、4月の初めの段階で戻ってきた人は多かったわけです。しかし、「とても戻れない、怖い、子どもの将来がどうなるかわからない・・」、そのような不安感によって、いわき市の人たちは、逃げた人はそのまま逃げている、このような現象があらわれていると思います。
県北、県中を見てください。5月の段階では、県北のほうの29園では200人程度だったものが、9月30日になると500人を超えています。ここは明らかに線量の高さ、このまま子どもをここに置いていていいのか、そのようなお子さんたちに対する親御さんたちの悩みというのがここでわかると思います。県中も同じでございます。徐々にこれらの現象は増えている。ほんとうにこのままで子どもを育てていいのか、そのような悩みが聞こえます。
子どもがどのぐらい逃げているか、正確な数字については、文科省のホームページを見ましたところ、全国に1万2,000を超えるような人たちの受け入れがあります。ただ、これはちゃんと逃げたということを届け出る人だけでございましょう。もっと背後にはいると思います。
避難の期間でございますが、さきほど申し上げたとおり、いわき市の場合ですと、学校が始まりました。そこには除染とか、さらには、どのぐらいの危険な物質が飛んでいるか、そのような情報はほとんどなくて、とりあえず始めるという形でした。皆さんの中には、風評被害を防ぐために子どもが利用されているのではないか、そのような声が、ものすごく不安な声として聞こえてきました。先生たちは、窓をあけていいのか、半そでにしていいのか、そのころはほんとうに悩みに悩んで、いろんな放射性物質の専門家が来ると、質問をするしかありませんでした。その後、先ほど申し上げたとおり、県北、県中を中心に、夏休みを契機に、徐々に子どもたちと母親だけが別居し、そして、お父さんと離れ離れの生活になる。この家族を引き裂いたのは一体だれなんだ、そのように言いたいと思います。
さて、避難の理由でございます。2ページの5でございますけれども、避難の理由はさまざまでございます。今回、私は野戦病院のような事務所を今経営しておりまして、大変忙しい中で、いろんな声を集めてきましたが、不十分であることは十分承知の上で、このような声が聞こえるということを申し上げたいと思います。
放射線の危険性については、しきい値はないと言われております。それは、子どもを守りたい、そして、若い女性、これから妊婦、そのような人を守りたいということでは、一般的・平均的な人を基準とした合理的な理由と言えるのではないでしょうか。
なぜ避難したかと言って、いろんな方に聞きましたところ、学校というのは平常どおり始まってしまいました。運動会も実施しました。水を自分のほうでミネラルウォーターを持っていきたいと言っても、水筒を持っていくことは禁止されたりしました。プールでの授業も始まる。除染の方針もはっきりしない。そのような状況の中で、これからここに置いていていいのか、そのような不安感から、やはり避難せざるを得なかったというような白河の友人からの声がありました。
さらには、徐々に皆さん、被曝の恐ろしさということについて知識をつけてきて、このままでいいのかということを悩みながら、他に避難しているということでございます。
最も大きな理由は、(ク)のところに書いておきましたが、子どもらしい、ふだんどおりの生活ができていないということです。子どもは外で遊びます。自然です。自然からいろんなことを学びます。ドングリを拾ったり、松ぼっくりを拾ったり、そのようなことを子どもはやります。これが今できていないのです。保育の先生に聞きました。外に出せていないんです。今、園庭が使えないんです。今までだったら、近くの山に行ってドングリを拾っていたのに、拾えないんです。このようなことというのは、憲法上の教育を受ける権利を侵害しているのではないでしょうか。このようなことのために、なぜ国は一歩踏み出そうとしないのか、私は不思議でなりません。まさに自主避難という問題は、子どもが教育を受けるための権利を回復するために、仕方なく選択したものと言えるかもしれません。
さまざまな考え方があると思います。国が安全だから大丈夫だろうと言っている人と、いや、わからないと言っている人と、そこの中で保護者の間であつれきが生じています。
皆さん、地元で頑張って除染活動などをしています。一たん避難してしまうと、除染した後に帰ってきやがってというふうに言われたらどうしよう。一たん避難すると、なかなか帰れないというような実態があるということも一言申し上げたいと思っております。
さて、避難の対応としては、どんな対応なのでしょうか。私が聞いたところ、多くの場合、母子、お母さんと子どものみを避難させ、お父さんは地元の会社をやめることはできず、お父さんだけが残っている家庭が多いと思います。家族ばらばらの生活です。子どももコミュニティから引き裂かれました。子どもが友達から引き裂かれ、そして、お父さんと一緒の生活を引き裂かれる、そのような現実があるということです。お父さんは週末ごとに帰ってきます。私もそうでございますが、今、高速道路の無料がありますけれども、ガソリン代が大変です。睡眠時間を4時間、5時間ということに削った上で、一生懸命、週末のために仕事をしています。そのような中で子どもに会いに行こう、そのような生活を送っている人が多いというふうに聞いています。二重生活の中で、生活費の増加、それについても、補償があるかどうかわかりませんが、仕方なくそのような支出をしている、そのような状況です。
レジュメの4ページのほうに行っていただけますでしょうか。避難先の生活状況について、私の知り得る限りでお話しします。当初の爆発の際には、親戚宅とか、都会の避難所、営業していたホテル、旅館、そういうところに避難しました。しかし、親戚も、2週間も3週間もになると、だんだん目がつり上がってくるという話をおばあさんが言っていました。当然です。帰るしかないんです。そして、学校が始まるというときに帰った人が多かったんです。ところが徐々に、特に中通りでございますが、線量が高いようなところが判明し、お父さん、お母さんが、このまま残っていていいのかと悩み、そして、家族がばらばらになるというような状況が続いていると思います。私のところにも、避難生活を契機に、夫婦間で避難させるかさせないかということで意見が対立し、離婚に発展してしまうという悲しい結果も生じております。そして、既に7カ月も経過し、子どもたちは避難先での生活というのにそれなりに適応している。そして、ここへ戻していいのかどうか、それをほんとうにお母さんたちは悩んでいます。
では、他方、避難していない住民の状況はどんな状況なのかということについて申し上げたいと思います。先ほども申し上げたとおり、避難していない住民の状況は、地元の復興のために、今、一生懸命頑張っています。そして、その人たちは、避難した人ということについて、なるべく責めないようにしようと思っている人が多いと思います。ほんとうに大変なときに残されていたということについてしこりが残り、先ほど職場内であつれきが生じているということは申し上げたとおりでございます。
地元弁護士のもとには、避難していなくて一生懸命復興に携わっている人たちの多くの悲惨な声が聞こえてきます。海が失われて、海の産業のほうは壊滅的でございます。ウニとかホッキ、そのようなものを売っていた店は、もうほとんどつぶれかけております。観光は全くこれからどうなるかわかりません。自殺した農家もいらっしゃることは、報道でも皆さん知っているでしょう。保育園経営、幼稚園経営が成り立っていません。多くの幼稚園、特に30キロ圏内の人たちのお話を聞くときがありますけれども、とんでもない状況です。もちろん、私立幼稚園ですから、保護者からのお金も入ってきません。子どもを保育していないということで、県からのお金も入ってきません。さらに、中小企業者ではないということを理由に、最初の仮払いもおりなかったということでございます。先ほど申し上げたとおり、保育園、幼稚園どんどん子どもが外に逃げていくということです。当然、子どもを相手にする小児科、産婦人科、そして、ピアノ教室、塾教室、そのような経営も成り立っていない、そんな状況でございます。
そこには、私のところに相談があったものについて、幾つかお話を書かせていただきました。アユなどから放射性物質があって、いわゆる内水面の組合の人たちが大変な思いで立っている。そして、人口が流出することで、マーケット自体が喪失してしまって、商売が成り立たない。そのような声がたくさん聞こえてきます。どうかお読みいただきたい、そう思っております。
福島県の父母の人たちから、今回の出席に当たり、どんな声があるかということを集めました。レジュメの6ページを見ていただきたいと思います。先ほども福島市の市長さんが申し上げましたが、経済的な理由から、逃げたくても逃げられないお母さんたちがいます。ローンも抱えている。それも支払いを継続しないわけにはいけない。それで、子どもの健康が心配だから、部屋を閉め切るぐらいしか対策がない。そうすると、部屋じゅうにカビが生えてしまった。それが子どもの健康にとってどちらがいいのかわからないと嘆いていました。
子どもの健康という意味では、子どもにマスクをかけながら今も登校させている人、いわき市でもたくさんいらっしゃいます。思いっきり外で遊ぶということについて、そして、野山に入っていくことについて、やめなさいと言われているのです。この子どものストレス、そして、子どもが思いっきり外で遊べない、このストレスというのを、どうやってこれを補償するのかということが問題です。
さまざまな情報に翻弄されているというのが実感でしょう。それは安全だという人もいれば、危険だという人もいる。正しい情報が皆さんに伝わっていません。
4番目は、県職員とか市職員からの嘆きでございます。どうしてもやはり危険だとか、そういうことは言えない。いわゆる責任のある立場であって、自分たちが自主的な避難ということはなかなかできないような人たちの悩みです。中には、自主的な避難をさせて、長距離の通勤をしながら頑張っているお父さんたちもいらっしゃいます。
高校生を持つお父さん、お母さんからの声です。自主避難を考えたけれども、子どもが嫌がってしまっている。友達と別れたくないんだ。だから、心配なんだけど残さざるを得ない。そういう中で、体育等をやっていて、ほんとうに内部被曝は大丈夫なのか、そのような話が聞こえてきます。
最後に、このような法学者の高名な先生方の前で、私のほうがお話しするのは恥ずかしいことですが、損害というものは、どうしても過去に向けた損害に目が向くと思います。項目ごとの損害、そして、積み上げ方式の損害というのに目が向くと思います。今回の不法行為によって、あるべき利益状態を回復するのが損害賠償だと言われれば、そのような差額的な考え方というのができるのではないかなと思いますが、あるべき利益状態はもうないんです。あそこにもう入っていけないし、もとの生活にはもう戻れない。そのあるべき利益状態がないのにもかかわらず、積み上げ方式の差額方式的な考え方というのは妥当するんでしょうか。やはりもうあそこには戻らないで、子どもも心配なので、外に行ってまた一歩から始めたいというようなお父さん、お母さんたち、たくさんいらっしゃいます。そのようなときには、生活保障的な考えから、そこの新しいところで生活を、もとの生活と同じような、それに近いような生活をやり直すというための補償というものを考えていいのではないかと思います。
今回、東京電力は、物の損害について先送りしました。しかし、物の損害が賠償されなければ、そこの損害が最初になければ、新しいところでのスタートというのは切れないわけです。自分の家、自分の財物というのがちゃんと補償されて、金銭にかわらなければ、ほかにスタートできない、そのような声がたくさん聞こえてきます。
地元で頑張っている人たち、企業の人たちというのは、わずかな一時金をもらって、それで満足するかといったら、そんなことは絶対にありません。そのような場合、金銭的賠償のみにとらわれないことが私は大事だと思います。恒久的な被害者、被災地の救済措置というものをここで考えていただけないでしょうか。これから地域を復興させるための、何か合うというものをぜひとも考えていただきたい、そう思っています。
とりあえず、分断された浜通りの――浜通りは、南相馬といわき市の間は全く空白地帯で、分断されてしまっています。行く方法がありません。私は相馬で3年間働いたと先ほど申し上げましたが、相馬に行くのに、今まで真っすぐ上に行けばよかったんです。ところが、今は郡山に言って、福島に行って、線量の高い霊山峠というのを超えて、約2倍ぐらいの時間をかけて私は相馬まで行っています。分断されてしまっています。高速道路はもう少しでつながるところだったんです。常磐道は。そこが分断されています。とりあえず高速道路をつくってくださいというのは、それが支援措置にもなるのではないでしょうか。この常磐線に新幹線を通してください。私は思っています。そのようなものも支援措置になるのではないでしょうか。
防護施設とか放射性物質の研究所、そういうものをつくってください。それも支援措置になると思います。
子どもが外で遊べない、運動ができない、そのようなために、屋内で思いっきり体を動かしてやるような運動場をつくってください。それに東京電力はお金を出します。そのようなものについても、それは賠償の一つとしてあっていいのではないでしょうか。わずかな金額でもって各人が満足するとは、とても僕は思えないのです。
電気料を東京電力のほうで、一部肩がわりするよとすれば、将来に不安を持っている企業の人、マーケットを失いつつある企業の人の少しでも手助けになるようにするような賠償というのもあっていいのではないかと私は思っています。
そのように、金銭賠償の原則とか差額的な考え方にとらわれず、この地域をどうやって将来的に保護していくか。そのようなことをぜひともこのような賠償の中で考えていただきたい、私はそう思っております。
以上でございます。ありがとうございました。
【能見会長】 どうもありがとうございました。
それでは、ただ今の説明について、何か質問あるいはご意見がございますでしょうか。
渡辺弁護士はもちろん法律家ですから、当然、この審査会は損害の賠償の基準をつくるということがその役割であって、それ故、この審査会でできることには制約があるということは当然ご存じの上での、いろんな今日のお話だったと思います。今日のお話は、いろいろと参考にさせていただきたいと思いますけれども、1つ、ご意見がもしあれば伺いたいと思いますが、自主的な避難をされた方について、私も個人的には、一定の基準で判断して避難することが合理的だという場合には一定の賠償があってしかるべきだと考えておりますけれども、同時に、残られた方についてのいろんな賠償という問題も当然あって、2つは論理的には別の問題ではありますが、関連して考えなくてはいけないとは思っています。そこで、残られた方についての賠償との関連と言った問題については、何かご意見等ございますか。
【福島県弁護士会渡辺弁護士】 一方的に逃げられた方のみに賠償措置を講ずれば、先ほど行った職場内でのあつれきというのはさらに大きくなるのではないかなと懸念しております。経営者にも聞きました。私たち、一生懸命やったやつに特別手当を出そうか出さないか迷っていると言いました。残った人ですね。逃げずに残った職員に、それは出そうか出さないか悩んでいるけど、もしここで出してしまったら、さらに職場の雰囲気が悪くなるんじゃないか、そのようなことを思って、出さないことに決めたという話をしておりました。
ですから、賠償としてもやはり公平なものでなければならないと思っています。それがどういうふうな形で公平になるかということについて、私は今具体的な意見はなかなか言えません。ですが、一方的に避難をした人だけに補償しますよということだけではだめだと思います。今、一生懸命地元で頑張っている人、その人たちに、このような形の――それが金銭であるかないかは別でございますが――賠償というのをさせていただきたいと思いますというような国の判断ということを、私は期待しています。
【能見会長】 ほかに何かご意見ございますか。
それで、もう1点だけ確認したいと思いますけれども、避難された方々の、仮に賠償をするという場合にも、いろんなタイプの損害が考えられ、どのような損害を賠償の対象にしたらいいかということが問題となります。簡単には答えにくいと思うんですけれども、賠償の対象として、一番その中心になるべきものは何だとお考えですか。それは生活費の増加分であったり、あるいは、自主避難する以上は、生活費を得るための営業、仕事とか、そういうものも中断するということもあると、そのことによる損害もあるでしょうし、こうしたいろんなタイプがある中で、一番困っているものは何かについて、お考えがあれば聞かせていただきたいと思います。
【福島県弁護士会渡辺弁護士】 自主避難を現在継続している人たちというのは、やはり経済的にはある程度許された人なのではないかなと思っています。どうしようもなければ、帰らざるを得ません。私のほうは、金銭的な賠償ということで考えると、先生がおっしゃるような項目を立てるというのは、これは非常に難しいのではないかなと思っています。
帰らざるを得ない人たちというのは、たくさんいらっしゃる。だけども、やっぱり心配で避難している人もたくさんいらっしゃる。そのような中で、金銭的な賠償を、その差額的な考え方だけによって、今回、福島県民全体が受けた賠償ということをカバーできるのかと言われれば、私はちょっと違うのではないかなと思います。将来への不安が大きいんです。その将来への不安というのを払拭するような賠償体系いわゆる生活保障的な、そして、金銭ではなくて、公害裁判とか何かで行われるような、公害の人たちをずっと生活をサポートしていくような、そのような補償体系というのも考えていいのではないか、私はそう思っています。
すいません、お答えになるかわかりませんが。
【能見会長】 どうもありがとうございました。
ほかに何かもしご意見等があれば。
ただ今ご指摘がありました差額説的な損害賠償の仕方が今回の損害賠償を考える上で向いていないのではないかということについてですが、これは自主的避難だけではなくて、自主的避難の場合に限らず、今回の事故に関連するすべての損害に当たるんだと思います。仮に自主的な避難をされた方について考えるときに、いろんな要素を考慮して差額説的ではない賠償ということが考えられなくはないと思いますが、審査会の権限との関係もあり、金銭での賠償を指針として出すのは簡単ではない。渡辺弁護士は、差額説的な金銭による賠償以外の賠償の方式というものも考えられるのではないかということではありましたので、それもちょっと検討はしてみたいと思いますけれども、少なくとも、自主的避難をされた方の賠償については、金銭賠償が中心になると思います。ただ、金銭による賠償といっても、差額的にいろんな項目を積み上げるのではなくて、むしろ包括的に、大ざっぱにこのぐらいの賠償という決め方もあり得るかと思っているんですけれども、そういう考え方についてはどうですか。
【福島県弁護士会渡辺弁護士】 すいません、どうしてもやはり金銭的なということを言われてしまうと、私は地元にいます。私も妻子は逃がしています。ガソリン代も大変かかります。二重生活でお金もかかっています。だけど、私、一生懸命仕事をしていますので、何とかなるんです。何とか生活できるんです。そこで少しお金をもらったらうれしいなと思います。しかし、そこでもらったときに、「あんた、逃げたよね。お金もらったね。いいね」ということで、また地域のコミュニティというのは破壊されてしまうのではないかと思うんです。
【能見会長】 わかります。それはもう重々よくわかっているつもりです。
【福島県弁護士会渡辺弁護士】 それゆえに、どうしても金銭的なものを援助するということに、なかなかすぐには私はうんとは言えないです。ただ、じゃ、一切補償しないよと言ったら、これは大反対です。福島県全体の市民が、ほんとうに悲しみとつらさとで怒り狂っています。そのような者に対して、私は先ほどの東京電力の方々の緊張感のなさというのにびっくりいたしました。私は毎日毎日1時、2時までいろんな被災者の相談を聞きながら、どうやってこの人たちを救済できるかということを考えていますけれども、そのような地元の緊張感と、残念ながら、ここの緊張感は違うと私は思います。
そういうことを考えると、私のほうから言えるのは、どうか広く考えていただきたい。そして、今回の賠償のスキーム自体も、個別的な、そのような積み上げ方式ということがほんとうに妥当なのかということを、一歩止まって考えていただきたい。そして、損害賠償だからといって、被災者のほうからファーストドラフトを書いて、そして賠償請求するという、この形自体も、もう一歩止まって考えて、やり直していただきたい。私はそう思っています。
このようなことはほんとうに出過ぎたお話だと思って、不快感を覚えるかもしれませんけれども、やはり現地でいて、ほんとうに皆さん困っています。何でこんなものを私たちが忙しい思いをして書かなければならないのか。「読めないよ。先生」というような声をたくさん聞いている。そういう中で、私は、この積み上げ方式、そして、包括一律請求のようなものではなくて、積み上げ方式のこの形というものがほんとうに妥当なのかというのは、非常に疑問に思っている、そういうことでございます。すいません。
【能見会長】 どうもありがとうございました。
ほかに。よろしいですか。
今日のお話しになりたかった要点については、私としては理解したつもりでございます。そういうことを十分考慮しながら次のステップに進みたいと思いますので、またご意見がありましたら、どうぞこの審査会にお寄せくださればと思います。どうもありがとうございました。
【福島県弁護士会渡辺弁護士】 ありがとうございました。
【能見会長】 それでは、続いて、子どもたちを放射能から守る福島ネットワークから、中手代表、それから宍戸さんからお話を伺いたいと思います。
では、よろしくお願いします。
【子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク中手代表】 中手聖一と申します。
子どもたちを放射能から守る福島ネットワークというのは、5月1日にできました。福島県内で主に子育てをしている親たちが中心になりまして集まり、つながり合ったものであります。私自身もそういう者の一人です。先ほど瀬戸市長がご紹介いただきましたが、福島市の渡利地区というところに私は住んでおります。また、渡辺弁護士とも同じように、私の子ども2人、また妻も、いわゆる母子疎開という形で、今は岡山県のほうに疎開をしております。実は、これ、子どもたちへの明日のお土産に、今持っております。これ見よがしに持ってきたのではなくて、今日こちらに伺うということで、職場にお休みをいただけました。明日もう1日お休みをいただいてということで、明日、子どもたちに会ってくる予定なんですね。私の場合、ちょっと遠いので、月に1回が限界です。それでも、子どもたちが安心して向こうで暮らしているのかと思えば、まだしもそういう困難は乗り越えられるかなと思っております。
そのような困難を私たちの仲間もたくさん乗り越えて、いわゆる自主的な避難――私もあんまりこの言葉は好きではありませんが、今日はその言葉で説明をさせていただきます――をしているのか、しかも、何万人の人たちがしているのかと、そういった判断、決断をするに至ったような理由、あるいは背景というようなことについて、私自身の経験、そして仲間たちの経験を踏まえて、今日はお話をさせていただきたいと思っております。
3月、4月というあたりは、ほんとうに一部の方々だけが、こういった事故が起きて、放射能、放射線が怖いものだということを知りませんでした。自主避難というふうにした人たちも、ほんとうにごく一部でありました。そして、地域の中では、いわば変人扱いをされるのが当たり前だったんです。「何を一人だけ騒いでいるのだ」と、そういう扱いを受けながら、周りからも理解されずに、それでもやはり子どもを守りたいという一心で避難をしていったわけであります。それが今、変わってまいりました。確かに、自主避難に対して、まだ十分な理解が地域にあるとは言えないところもあるでしょうが、しかし、3月、4月に比べれば、随分と理解が変わってまいりました。
先ほど来話がありますように、大概はこういうパターンが多いんです。家族の中で、家庭人である、大概は妻でありますかね、子どもから言えばお母さんが先に心配になるということが多かったんです。そして、大概仕事をしているお父さんなんかとの間で意見が食い違うというようなことがよく言われておりました。それがだんだんと家庭内でも父親のほうも理解が進んでいく。今度はおじいちゃん、おばあちゃんです。おじいちゃん、おばあちゃんも、だんだん理解が進んで、今度は地域全体と、こんなふうにこの7カ月間変わってきました。今では、「子どもがいるんだから自主避難するのも、それもしょうがないね」、「あんたのところは奥さん妊娠したんだね。避難しなくていいのかい」、こういう会話がされるようになってきたんです。そうやって、ようやく周りの理解も進んだ中で、改めて自主避難を決断するというような方々も、今もいらっしゃいます。
私、口幅ったいことを申しますけれども、これまでのこの審査会の中で、おやと1つだけ疑問に思いましたのは、自主避難に2つのカテゴリーを設ける。これはなるほどなと私も思いました。しかし、それが日付というようなこととあわせて議論されるやに聞いたときに、おやと思ったんです。私、出させていただきました資料の中に、住んでおりまして、3月11日から自主的な避難の決断に影響を与えた出来事と思いつくままに書いてまいりました。ずっとつながっているんです。震災で電源が失われた。翌日には、ベント、爆発。県内各地の放射線量が数百倍にはね上がる。水道水や雑草や野菜や原乳からは、とんでもない聞いたこともないような数字の放射能が観測というニュースを耳にする。こんなことで、どこでほんとうに境目をつけたらいいかと思うほど、日付でというときに違和感を持ちました。
また、その時系列の中にありますことで、もう一つ大事なことを申し上げさせていただきますが、なぜ地域の理解が変わってきたかということであります。政府の方もいらっしゃる中で、これまた申し上げにくいこと、でも、今日ははっきり申し上げます。政府や東京電力の発表などに対して、信頼がどんどん落ちていったんです。3月の時点で、内閣が記者会見で、直ちに健康に影響はない。また、福島県にいらっしゃった専門家、アドバイザーの方々が、通常どおりの生活をしてよろしい、子どもたちを外で遊ばせて問題ないと。3月の段階では、非常にこれが権威を持ち、また、信じられておりました。3月15日から、福島県の中通りという一帯に放射性のガスが充満し、20マイクロシーベルトの空間線量を超えるような状態が続きました。この中に、子どもたちが外で水くみに並んだんです。何も知らずに、大丈夫だという話を信じて、私の住んでおりましたところは、1人4リッターという制限がついておりましたから、おじいちゃんもおばあちゃんも子どもたちも一緒に並んでしまったんです。また、ガソリンが手に入りませんでした。入れていただくのに、車を並べて何時間も待たなければならない。寒い中でありましたけれども、待っているだけでもエンジンをかけるのはもったいない、外に出て背伸びをしながら、そして、家に子どもを預けられない人は、子どもも一緒に連れていってしまったんです。それくらいに信じられていました。
ところが、見ていただいてわかりますように、当初、空間線量で100マイクロシーベルトでも大丈夫だと、健康に影響を及ぼさないという講演会をしておりましたアドバイザーが、後に県のホームページに、あれは10マイクロシーベルトの誤りでしたというような訂正文を載せるようなことになる。また、別なアドバイザーでは、3月31日に福島へ来福いたしまして、開口一番、記者会見で、避難区域になっているところ以外は、避難指示区域以外は、学校は平常どおり行ってもいいですよと。もちろん、安心を与えようとしてくれたのかもしれませんが、しかし、その後、計画避難区域、つまり、例えば飯舘村とか、これは私の妹がおった村であります。こういうことになっていって、次々と信頼を失っていく。また、東京電力におきましては、事故後、随分たってからメルトダウンをしていたのは、実は震災後16時間後だったんだ、あるいは、保安院からは、数カ月もたって、放出されていた放射能は実は2倍だったらしいと、こういう訂正が入ります。こういうもろもろを含めまして、政府や県、あるいは東京電力の発表というのは非常に信頼が低下していった。
また、それにかわって、いわゆる市民団体やNGO、研究者、チェルノブイリの経験などを知らせてくれるインターネットなどが非常に信頼を増しました。ここにも年表、あるいは資料をつけましたけれども、政府の発表、あるいは、それを伝えるマスメディアというのはほんとうに大丈夫かというふうに疑われる中で、自分で勉強してみようといったときに、こういった情報が非常に市民の中に受け入れられ、また、信頼を増していったということがあります。
そして、そんな中で、非常につらいといいますか、大変な思いだなと思ったのは、専門家でさえ正しい答えを出せないものを、親である我々が答えを出さなければいけないということなんです。立派な学説を勉強すればするほど、どちらが正しいとも言えないというのはわかってまいります。しかし、親として、例えば、避難をするのか、あるいは、それを思いとどまるのかを判断しなければならない。人生の中で、こんな今までで一番大きいような決断をしなければならない。当然、親でありますから、子どもを守りたいという気持ちで、安全側に立とうという気持ちは、これはどなたでもおわかりいただけると思います。多くの避難した親たちは、自分の中で判断がつかないものは安全側に立とうというふうに思った人が多いわけです。
そんな中で、先ほども夫婦の中でという話がありましたけれども、後から母親の立場でもあります、私たちの仲間の宍戸さんがお話ししていただきますが、私のほうからは、実はお父さんによく聞かれた意見というのをご紹介したいと思います。男はどうしても頭でっかちなのか、じゃ、どうなんだろうというとき、数字を知りたがるんです。お母さんのように、肌で感じる、子どもをしっかり見て、そこから感じるもので動くというのではなく、どうしてもよくよく調べてみよう、考えてみよう、一体何ミリだったらば大丈夫だろうというふうに、いろんなことに頼ろうとします。そんな中で、安全側に立って考えようというときには、一体事故の前はどう考えていたんだろうか、そういうことに思いが至るという仲間たちが多くいました。つまり、事故の前は公衆の被曝限度、つまり、我々はどれくらいまで被曝が許されていますというか、逆に言えば、どれくらい以上の被曝はしなくていいというふうに言われていたんだろうか、あるいは、法令の基準の中で、ここにあります管理区域というような、18歳未満は入れない、入ってはいけませんと言われるようなところというのは、どういう空間線量、あるいは状態のところなんだろうか、こんな1つの判断基準というのが、よくお父さんたちといいますか、私の職場などでもされたところであります。また、してきたところであります。こういった法令、事故前からありました。社会的な一定の合意があったと思われるような、また、遵守されてきたような、既にある法令基準というのも、1つ、自主避難の合理性というのを考えるときに、ぜひご参考にしていただきたいと思います。
私のほうからは、最後にもう一つだけ。先ほど来言われていますように、事故が起きてから、何でと思うほど、私たちは地域の中できずなを引き裂かれるような思いをしてまいりました。避難を決める者、とどまることを選ぶ者、最近ですと、また戻るというような判断をする者もおります。その都度、私たちは、まるで何者かによって、あるいは放射能によって引き裂かれようとしているのではあるまいかという思いにならざるを得ません。せめて、こういった賠償のことだけでも、人々のきずなを裂くのではなく、人々のきずなをもう一度結び合えるような、自主避難に関しましては、幅広く、可能な限り幅広くというような、そういうお気持ちでこれからご議論をして、私たちにとって一番いい結論を導いていただければと思います。
では、ここから先、宍戸さんのほうにかわります。
【雇用促進住宅桜台宿舎避難者自治組織「桜会」宍戸代表】 北海道に自主避難をしています宍戸隆子と申します。今ここにいるのは私一人ですが、私の後ろには、北海道に避難している自主避難者、ひいては全国にいる自主避難者がいると思って聞いてください。私は、それだけの気持ちを持って、今ここに臨んでいます。
ただ、私は北海道に避難しているので、北海道の実情からしか話をすることができません。私が自主避難させていただいているところは、実は自主避難者だけで160世帯おります。500人を超えます。その中のほとんどは母子避難です。お父さんは福島に残って、生活を支えています。住宅ローンを必死に返しています。すごく小さいお子さんのいる家庭が多いんですね。福島って、子どもが産まれたら、みんな家建てなきゃなという雰囲気があるんですよ。この事故によって、小さな子を持つ親御さんたちは、すごくみんな悩まれました。もう住宅ローンは始まったばっかり。事故の2カ月後に家が建ったなんてお宅もあるんです。それでも、子どもたちを、子どもたちの命を守りたいと、お父さんと別れて、お母さんと子どもたちだけでも安全なところへと逃がした家庭ばかりです。うちのように家族避難できたところもあります。ただ、家族の理解を得られず、お母さんが頑張って、子どもを連れ去るような形で逃げてきた家庭もあります。それは、実は福島だけではありません。東京の方も、関東6県かな、全員いらっしゃいます。宮城の方、ほかの東北の方もいらっしゃいます。その人たちも皆、お子さんの命を第一に考えて北海道に避難した方たちです。
今日の資料5-2の後ろに、これは実は泊原発が再開されるときに、私がいる自主避難者の宿舎になっているところで意見を募集したものです。お母さんたちは、すごく一生懸命たくさんのことを書いてくれました。今日新たに2枚、2つ資料をお渡ししています。これは実は昨日、自治会をやっているものですから、その自治会のメーリングリストで、「意見を持っていくけど、書いて」と言って、書いてもらったものです。
4月の段階で、自主避難者の補償を振り分けるという話を私も聞きました。4月の初めまで補償を認めようというのは、その時点まではちゃんとした情報が出ていなくて、お母さんたちやお父さんたちが不安になるのも仕方がなかったから避難を認めよう、そういうふうに言われていたと思います。だけど、避難したお父さん、お母さんたちは、ただやみくもに不安になったわけではありません。みんな、一生懸命情報を得ようと頑張っていました。政府の発表、テレビ・新聞の発表だけでは足りなくて、ネットからもいっぱい情報を拾っていました。その情報を拾った上での避難です。それに対して、4月の半ばの前と後ろに何の差があるのか、私にはさっぱりわかりません。みんな、ほんとうに考えた末で自主避難を決定しています。
こちらの「自主避難者の身体状況」という資料をごらんいただきたいんです。ここに避難された方々が、子どもたちがあの爆発の後どういう状況になったのか、私、聞きました。それがまとめてあります。
目の前で自分の子どもに明らかな異変があって、それを見過ごして避難を、「ああ、これは国が言っているから安全だ」と見過ごすことができるかって考えませんか。今、目の前でいきなり娘や息子が鼻血を出した。いきなりぐあいが悪いと寝込んでしまった。その状況がずっと続く。これは何かおかしいんじゃないか。それは避難の判断基準にならないでしょうか。それは、ただやみくもに不安に陥ったあげく自主避難したということでは、違うと思うんです。4月の半ばで避難の補償をするということを分けるのは、ほんとうにナンセンスとしか言いようがありません。
先ほど弁護士の先生が、自主避難できている人たちは、ある程度お金に余裕があるのではないかと言いましたが、それも私は一概には言えないと思います。私は北海道で自主避難者の自治会を立ち上げました。その中で、シングルマザーの人がすごく多いんですよ。多分、だんなさんとのしがらみがない分、動きやすかったというのもありますが、ほんとうに経済的には苦しい。これはほんとうです。北海道に避難したその日から、もう就職を探していました。その就職を紹介できないかと思って、私はほんとうに道庁のほうにもお願いしましたし、自分たちでできることは何かをずっと考えて、いろんなところに働きかけもしました。命を守る、その1点において自主避難を決めているんです。
私が自治会を立ち上げたのは、福島で皆さんがとても傷ついて出てきたということを知ったからでした。ほんとうにコミュニティがばらばらにされています。自主避難を決める、福島から避難するというだけで、「何を考えているんだ。頭がおかしいんじゃないのか」、初めのうちはほんとうにそう言われました。自分の知人、友人、親類縁者、実の親、夫、「国が言っていることに逆らうのか」、そういうふうにも言われたんです。非国民とすら言われることもあったんです。そういう人が何人もいます。それでも命を守りたかった。そこをくんでください。
お父さんが連休に北海道まで会いに来るんです。母子避難している家庭に。ほんとうに交通費が大変です。数日親子で過ごして、お父さんは帰っていくんですけど、飛行場に見送りに行って、だれが一番泣くといったら、お父さんだそうです。もう家族と離れて暮らすことがほんとうにせつない。これがもうちょっと、例えばその交通費だけの援助でもあったなら、もっと会いに来れるのに、そういうふうに何人のお母さんにも言われました。二つかまどというのは、想像以上にお金がかかります。ほんとうにみんな苦しい生活をしています。幸い、北海道の受け入れ態勢はとてもすばらしくて、ほんとうに道庁の支援もあれば、ボランティア団体さんたちの手厚い支援もあります。それで何とか生きているような状況です。
自主避難者の補償をするというのは、お金の補償だけではないと思うんです。自主避難の補償それ自体が、自主避難の権利を認めてくれることなんです。福島に残っているお母さんやお父さんと話をすることがあります。国がだめだと言う、国がそれを認めてくれないから、うちのおじいちゃん、おばあちゃんは避難を認めてくれないんだ。国がうんとさえ言ってくれれば、私は避難できるのに。あとちょっと何がしか援助があれば、私も飛び立てるのに。ほんとうにそういうふうに言われます。お金の話だけではないんです。自主避難の権利が欲しいんです。福島に残っている人全員が避難を望んでいるとは思いません。どうしても逃げられない人もいます。あの場所を何とか復興させようと思っている人もいます。人の思いはさまざまです。一概に避難しろとは絶対に言えません。でも、避難する権利は、命を守りたいという権利は認めてほしいんです。福島に残っている人たちも、子どもの命を犠牲にしたいなんて、だれも考えていません。あの場所に残っていれば生活は安泰だというわけでもありません。
私の住んでいたところは農業地帯でした。みんな、おいしいものをつくろうと一生懸命頑張っていました。北海道で、いつもの半値だと言われた桃を見たとき、悲しくなりました。もう福島の生活は成り立たないんです。それだけ追い詰められています。私は自主避難者の補償を求めると同時に、福島県全体の補償を求めます。ほんとうにみんな傷ついています。その傷ついた分の補償だけでも、ぜひお願いしたいです。よろしくお願いします。
【能見会長】 今、切実な状況についてのお話を伺いました。こうした実情を踏まえてこの審査会で、どういう賠償が可能かを議論するわけですけれども、委員の皆さんの中で、お二人に聞いておきたいということがあれば、お願いしたい。
中島委員、どうぞ。
【中島委員】 今のお二人の説明の共通点として、自主避難の合理性について、時間的に区切るということは不合理であるということをお二人ともおっしゃっていたんですけれども、その根拠としては、水素爆発の後の情報の入手方法としては、お二人ともインターネットという点を指摘されていましたけど、それ以外に何か、例えば、年配の人なんか、インターネットをしていない人もいると思うんですけど、インターネット以外で、逃げようと、あるいは逃げるかどうかの資料を集める作業をされていたということですけど、具体的にはどういう方法で情報を得ていたんですか。
【雇用促進住宅桜台宿舎避難者自治組織「桜会」宍戸代表】 ほんとうに情報自体、初めはなかったんです。新聞も数日は来なかったりもしましたし、テレビも停電で見られませんでした。だから、ネットも、それこそ停電で見られなかったんですけど、いざ全部集まるようになってきて、その中で、大丈夫だという情報しか新聞とテレビには流れていませんでした。でも、例えば、チェルノブイリの知識というのは、皆さんあると思うんですよね。ほんとうに安全なのか。それはみんな疑問に思ったと思うんです。あの状況下で安全だけを言われても、それはおかしいんじゃないか。そこで不審に思ってしまった。
ネットを見れば、そういう情報は幾らでも入ってきます。ですから、避難を決めた方には、ほとんどネットの情報を頼りにした人がおおいのではないかと思います。避難を決めていなかった人は、ネットにつながれなかった祖父母世代というんですか、年上の世代とは、もう情報の乖離というようなものが起きておりまして、それが世代間のあつれき、親子間のあつれき、地域間のあつれきになっていると思います。広報や何かでも情報が来たというのは、大分後になってからだと思います。
【子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク中手代表】 私もいいでしょうか。
用意しました資料に、これは後からゆっくり見ていただきたいんですけれども、今宍戸さんが言われたように、3月、4月というようなところは、ほんとうに、いわば安全ですよというような情報以外は、広報やいわゆるマスメディアからも聞かれませんでしたが、そういう意味で、インターネットなどを通じてしか、もう一つの情報というのは来なかったんですが、1つ、変わり目になりましたのが、4月29日に内閣参与の小佐古さんが辞任の記者会見をされました。あれ以降、いわゆるマスメディアの中でも、両論併記的な、我々からすれば、やっと両方の意見がテレビや新聞などを通して聞けるという状況になりました。これで随分変化があったかなと思います。
あと、いわゆるテレビの情報番組や週刊誌というのも、それに続いて、さまざまな情報を提供してくれるようになりました。ここには6月の8日のことを少し書いておりますが、週刊誌が非常に大きく、固有名詞を挙げるのはやめますが、ある週刊誌が、福島が危ないというような、ちょっとセンセーショナルなタイトルの特集をやられました。福島市内で、この本はわずか数時間ですべて売り切れたんです。二、三日後にはコピーがたくさん職場などで出回るということになりました。こういったメディア。
もう一つだけお話ししますと、7月の4日に、地元の最大手の新聞が、避難の必要性を訴える講演会、また、それを支援活動している記事を一面トップで大きく流したというのが、私は忘れられません。今ご存じかと思いますけど、新聞をお読みになっている方って、高齢者の方が多いんです。うちなんかもそうなんですが、おじいちゃん、おばあちゃんは地元紙を読むんですよね。固有名詞はやめますけれども。そういう意味で、やっとここで取り上げられて、おじいちゃんやおばあちゃんたちも、もう一方の意見を聞けるようになったというような、私はそんな印象がありました。
【能見会長】 自主避難をされた方にどういう点で避難の合理性があるかという点についてのご説明は、私としては十分理解しているつもりです。ただ、私としては、どこに基準日を設けるかは別として、その基準日以前の初期のころと、その後で放射線量の情報がある程度明らかになってからとでは、賠償者の対象などが違ってもいいのではないかというふうに思っていました。それに対して、今日はご批判があり、2つに分けるのは不合理だというお話を伺いましたので、もう一度検討したいとは思いますけれども、私が考えていたのは、次のようなことです。これはあくまで仮定の例としてお聞きいただきたいと思いますが。
例えば、初期に爆発があって、そのときに逃げる人の中には、発電所から遠い地域ということで、イメージを描きやすいように、あえて東京という地名を使いますが、そうした遠い東京でも逃げる人はいたかもしれないんですね。しかし、その時点で東京の線量がどのぐらいかということについての詳細な調査はなかったと思います。しかし、少し落ちつくと、東京の放射線被曝の線量というのは、そんなに大きくはないとわかる。したがって、そこで、は戻ってきても生活は十分できるんだという判断がされる可能性があって、そうすると、初期のころは――これ、東京から避難した人々にも賠償すべきだという前提で考えているわけではありませんけど、初期のころは、東京のように発電所からかなり遠い地域でも避難した人がいる可能性があり、これらも賠償の対象になるという考え方ができないわけではない。しかし、やはり少し落ちついてみると、放射線量との関係で、東京のように低い地域からはから逃げているのが合理的というような判断はしにくい。戻って生活するということのほうがより合理的であるという判断がされるかもしれない。そういう意味で、初期のころは放射線量とは直接関係なく広い範囲で避難の合理性がありえ、その後、放射線量がわかってからは放射線量が低い地域では避難の合理性が薄れるというように、初期と後期とでは少し差があるのではないかということです。ただ、今日のお話は、初期とその後とを明確な基準で線引きすることは難しいというご趣旨なんだろうと思いますけどね。私が考えていた初期と後の違いというのは、今申し上げたようなことなのです。
【雇用促進住宅桜台宿舎避難者自治組織「桜会」宍戸代表】 すいません。初期に逃げたくても逃げられなかった人がたくさんいるんです。私の住んでいたところは、実は私、生まれも育ちも富岡町なんです。浜通りから来る避難者たちの受け入れに、中通りの人たちは奔走していました。その中で、自分たちの身の危険を感じても、逃げられるかと言ったら、逃げられなかった人のほうが多数います。4月の何日だかわかりませんけど、半ばで線を引かれてしまって、もう一生懸命そのとき逃げないで頑張っていた人たちが、一段落して、じゃ、自分たちの身も守ろうと避難したら、私たちには補償がないのか、そういう声をたくさん聞きます。線引きされるべきではないと私は思います。
また、これは、私の住んでいるところは、ほんとうに関東圏のお母さんが多いんです。関東圏にもホットスポットがたくさん見つかっています。自主避難者は、福島だけでなく、命を守るという観点で、関東圏の方も、それこそ向こうに残っている方も、全員に補償が出るのが一番いいと私は思います。
【子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク中手代表】 私からも、先生おっしゃるとおりで、2つのカテゴリーがあること自体は、非常に理解がいくんです。実は、私、仕事は、障害者団体で相談員の仕事をしておりまして、例えば、知的な能力に困難を抱えている方の中にも避難者というのはございます。十分に理解をしたことによって避難しただけではない、いわば、まだよくわからないからと、わからなければ大事をとるからというようなことで避難される方がいらっしゃる、また、過去にもいらっしゃって、その中には戻ってこられた方もあったというのもそうなんですけれども、ただ、ほんとうにそれを分けられるということに、非常に何かつらい思いを抱くと、こういう話をさせていただいた次第です。
先ほども言いましたけれども、できるだけ分けないでほしいということ。もう一つは、先ほど宍戸さんが言った繰り返しになりますけれども、おそらくこういうものというのは非常に難しいんだと思うんです。どこかで線を引いたりだとか、あるいは、ここまでを指針の中に入れようというようなことは、私などは専門でありませんので、よくはわかりませんが、多分、非常に難しい問題があるのかもしれませんが、ぜひ委員の方々にお願いしたいのは、それでも最大限踏み込んで、ここまではやろうじゃないかという努力をぎりぎりまで続けていただけないかなと。これは確かに、いずれ東京電力と我々、直接当事者同士の話というのもあるんでしょうが、しかし、国の観点からも、ここまではしっかりと必要性ありという、踏み込めるだけ踏み込んでいただいて、いわば国からもそう認めていただいた、あるいはみなしていただけたというのが、どれだけ救われることかと。これをぜひ忘れずに、可能な限り踏み込んで議論していただければなと、切にそれだけ願います。
【能見会長】 ほかに、どうぞ、大塚委員。
【大塚委員】 私自身は、事故の直後の、いわば第一次的な自主避難者と、しばらくたってからの第二次的自主避難者というのは、カテゴリーは分かれると思っていましたが、ただ、第二次的自主避難者についても賠償すべきだというふうに私自身は思っていますけれども、それはそれとして、今日お伺いして、お話をまとめてみると、結局、人間関係とか、それから、さまざまな情報の伝達がそれほどすんなりはいっていなかったということがあって、しばらくは動けない方がたくさんいらっしゃったということかと思いました。
小佐古さんが抗議で辞任されたときとか、それから、さっきのグリーンピースインターナショナルの週刊誌が出たとかという、あるいは、地元の新聞が報道したという、こういうことによって、だんだん避難してもいい、あるいは避難したほうがいいとかいうふうに考える方が出てきたというご説明だったかと思います。
1つ、私が質問として伺いたいのは、3月21日のアドバイザーの方が100というのを出されて、後で10というふうに訂正されたのは、これはいつごろだということと、それから、この発言はかなり重みを持ったようなふうに伺いましたけど、その辺の状況をちょっとお伺いできればと思います。
【子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク中手代表】 訂正した日付については、大変恐縮ですが、福島県にお尋ねいただければと思います。というのは、これは福島県のホームページ上で訂正されたものなんです。講演の中では100マイクロというまた、言いっぱなしでありました。ある日、気がついたら、その訂正文が入っていたんですね。公演中100とあるのは、10の誤りですという訂正文が入っていましたので。私、正確にいついつというのを、申しわけありません、存じ上げません。
それから、当初こういったものが影響力を持ったというのは、ほんとうにそうであります。簡単に言えば、このアドバイザーの方々が講演会を開かれました。市町村主催で開きました。そうしますと、ご近所なんかもそうなんですけど、「おとうさん、聞いてきて」というようなことがよくあったんです。つまり、自分たちもよくわからない中で、専門家の方が来た、その話をぜひ聞きに行って、家族を代表して聞きに行ってくれと、こんなようなことで、初期段階で非常に知識を求めた、また、不安の中にいた中で、大丈夫という言葉が非常に影響力を持ったというのは、住んでいてもう紛れもない事実だったというふうに、自信を持って言えると思います。
【能見会長】 ほかに、いかがですか。
【子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク宍戸】 いいですか。すいません。
ほんとうにこんなことを言うのは何ですけど、だれも自分の住んでいるところが危ないなんて思いたくないですよね。そうしたら、安全だという言葉に、みんな信じたくなると思います。あの情報の薄い段階では、ほんとうにその言葉にみんなすがってしまったんです。それでも不安は消えなかったと思います。でも、それでもすがりたかった。それが人情だと思います。
【能見会長】 情報が発信されて、安全だというのが出れば、それを頼りにしたいというのは、当然の気持ちですよね。
それから、今日お話を伺っていて、もう一つ重要なポイントだと思いましたのは、私も放射線の危険性というのはどういうものかについては、専門家の間でも必ずしも意見が一致していなくて、そういう中で個々人が判断しなくてはいけないというところに、1つ難しさがあるという点です。そこに自主的避難の、ある意味で本質といいますか、今回の問題の中心的なポイントがあるような気がしました。こうした点も考慮しながらなお検討していきたいと思っています。
【子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク中手代表】 よろしくお願いいたします。
【雇用促進住宅桜台宿舎避難者自治組織「桜会」宍戸代表】 お願いします。
【能見会長】 ほかに、いかがでしょうか。よろしいですか。
それでは、ほんとうにありがとうございました。いろんなお話を伺うことができました。これを十分踏まえて検討したいと思います。
【子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク中手代表】 ありがとうございました。
【能見会長】 それでは、今日は自主的避難について関係者からいろいろお話を伺うということが主目的で、この問題について委員の皆様にご議論いただくのは、次の審査会にしたいと思います。今日のいろいろな話を踏まえて、委員の皆様としても十分お考えいただいて、また私のほうでもできれば追加の資料などを用意して次回ご議論いただきたいと思いますので、本日の議事はこれで終了したいと思います。
この自主的な避難の問題について、一言だけ申し上げますと、今日も皆さんも大体同じようなご感想をお持ちになったと思いますが、自主的な避難をされて、いろいろ生活に苦労されている方の賠償というものが、避難について一定の合理性があることがもちろん前提ではありますけれども、賠償に値するということを了解されたのではないかと思います。
ただ、この問題は、残っている方々、そこでいろいろ不安な生活をされている人たちの賠償の問題と、ある意味で同時に解決していきたい。何度も繰り返しましたが、両者は必ずしも論理的には別の問題であり、両者が必然的に連動する問題ではありませんけれども、やはり同時平行的に検討するのが適当であろうと考えております。できれば次回に、そういう意味で、この両方の問題について集中的に議論できればと思っております。
それでは、今日はこのぐらいにしたいと思いますが、今後の日程について、事務局から説明をお願いします。
【田口次長】 次回の日程については、決まり次第、また広報させていただきたいと思ってございます。
それから、資料がもう一つ、資料5-3というのが、福島県のほうから自主的避難の実態についてということで、福島県の電話相談窓口に寄せられました自主的避難に関する相談、件数と、それから、その概要について資料をお配りしていますので、後でごらんになっていただければと思います。
以上でございます。
【能見会長】 それでは、これで閉会いたします。どうもありがとうございました。
―― 了 ――
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