「脳科学と教育」研究の推進方策について(概要) ―「脳科学と教育」研究に関する検討会―

平成15年7月
文部科学省

1.はじめに   ~「脳科学と教育」研究の目的と背景~
近年、人を対象とした脳機能の非侵襲計測*が可能となり、また、分子生物学、医学、行動学、心理学などの進展と相まった脳に関する研究が進展してきたことから、これらと人の教育に係る研究とを架橋・融合することによって、人が本来有する能力の健やかな発達・成長や維持を目指すこと及びその障害を取り除くこと、即ち人類の安寧とより良き生存を目指す「脳科学と教育」研究に着手することが可能となった。

経済協力開発機構教育研究革新センター(OECD/CERI)では、平成11年に「学習科学と脳研究」に関する取組を専門家による自由な議論の形で開始し、平成14年4月からは第2期として幅広い分野の専門家の研究ネットワークによる調査検討を行っている。またアメリカは、この分野に高い優先度をもって取り組み、国際的に先行している。

このような状況から、教育の場における課題を踏まえ、これらの課題の解決に向けた研究に取り組む必要がある。



2.教育の役割と教育を取り巻く環境の変化
人の全生涯を通じた教育の役割として、1人格の形成、2社会で生きていく力の涵養、3効果的な学校教育の実施、4生涯の様々な段階における能力の開発と自己実現の支援、5障害のある人々の学習への対応が挙げられる。

教育を取り巻く環境は、1情報化、2効率化、3個人化、4少子化、5競争社会の進展、6高齢化、7化学物質の影響など様々な変化がおきている。今日の教育の場における課題については、これらの環境の変化との関係が指摘されているものもある。


3.「脳科学と教育」研究の推進に当たっての基本的考え方
基本的な進め方
脳科学、教育学、保育学、心理学、社会学、行動発達学、医学・生理学、言語学、体育学などの研究を架橋・融合し、教育の場からの課題の提示に対して、脳科学をはじめ関係する科学が如何なる貢献ができるかという観点からの対話・交流を進めつつ、研究を実施することを基本とする。

研究に当たって留意すべき事項
人間の尊厳や個人のプライバシーを守ること、被験者に対するインフォームド・コンセント*を得ること、科学的に妥当で正当な考え方に基づき慎重に研究を進めることが極めて重要である。
研究計画・成果のみならず、研究の意義や内容、進捗状況等について、客観的な事実とそれ以外のものを正確にかつ解りやすく情報発信することが重要である。


4.「脳科学と教育」研究において取り組むべき研究領域

教育における課題には、「教育における役割」と「教育を取り巻く環境の変化」に由来するものがあり、それら教育の場からの課題の提示に対して、「脳科学と教育」研究の目標を定め、さらに具体的な研究領域を設定した。

新たな研究分野である「脳科学と教育」研究を効果的に進めるためには、本研究に適した方法論に関する研究・調査手法に早急に着手することが重要である。このため、「「脳科学と教育」研究を支える研究方法論」についての研究領域も設定した。

これらの研究領域に関し、緊急性(社会的な意義、脳科学などの進捗状況などの視点)と重要性(教育の改善、福祉の向上及び経済的な効果の視点)について基礎的な検討を行い、戦略的に集中して取り組むべき時期を設定した。今後、これに従って重点的な研究開発を推進することが重要である。

なお、集中して研究に取り組むべき時期については、今後の教育の場における課題の状況や、研究の進捗状況に応じて、適切な見直しを行うことが重要である。


5.「脳科学と教育」研究の推進に当たっての体制整備
教育の場と脳科学に関連する学問領域の架橋と融合による研究体制の構築
研究の成果を教育課程などへ具体的に応用する手法の開発が必要なほか、教育の場における問題の把握、解決策の反映などのため、脳科学が教育の場と密接に連携して研究を進めることが必要条件である。また、多くの教育の場や学問分野を組織的に結びつけた研究体制の構築が必要である。

長期的・戦略的研究を可能にする研究体制の整備
様々な環境要因の脳への影響などを調べるには、長期的な縦断研究やコーホート研究*が有効であり、周産期医療機関等との連携などの体制を整備する必要がある。
人を対象とする実験などを行う場合、倫理的な問題が生じるため、インフォームド・コンセントに関する基準の整備などが必要である。また、個人の心の内的状態の一部を観測できるようになりつつあり、倫理的側面を慎重かつ幅広く検討することが必要である。

長期的な研究活動の活性化に向けた環境条件づくり
「脳科学と教育」研究を専門に行う組織づくり、研究者の育成や意欲を向上する環境づくりが重要である。




*:(注釈)
人の脳機能の非侵襲計測
人間の生きた脳活動を安全に観察できる非侵襲脳機能計測技術は、この5~6年間に急速に進展した。機能的磁気共鳴描画(fMRI)、脳磁図(MEG)、近赤外分光描画(NIRS)などがある。
インフォームド・コンセント(informed consent)
研究対象者となることを求められた人が、研究者などから事前に当該研究に関する十分な説明を受け、研究の意義、目的、方法、予測される結果や不利益などを理解し、自由意志に基づいて与える、研究対象者となること及び資料の取扱いに関する同意。
コーホート研究(cohort study)
統計因子を共有する集団(例えば、同時出産集団など)について観測する研究手法を指す。集団的前方視的研究(prospective study)と呼ばれることもあり、経時的な定点観測を意味する縦断的研究(longitudinal study)や、追跡調査研究(follow-up study)などとともに使用されることが多い。

(科学技術・学術政策局基盤政策課)