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2.IPマルチキャスト放送の著作権法上の取扱い等について

6.検討結果

(1) 基本的な考え方
   IPマルチキャスト放送は、2.で見たとおり、情報の伝達に用いられる技術の方式に違いはあるものの、著作物等の利用形態としては、従来の有線放送とほぼ同様であると考えられる。特に、サービスの利用者側から見た場合、どちらの場合も視聴者がチャネルを選択すれば番組が視聴可能になることから、その差異はほとんどないと言える。

 しかしながら、現行著作権法の定義上、3.で見たとおり、IPマルチキャスト放送は入力型の自動公衆送信に該当すると評価され、この結果、有線放送と異なった取扱いとなっている。例えば、IPマルチキャスト放送事業者が実演又はレコードを利用する場合には、これらの権利者から送信可能化の許諾が必要であるが、有線放送事業者の場合には、有線放送に関する許諾権が一定の範囲で制限されていたり、そもそも許諾権が付与されていなかったりしている。このように、有線放送事業者は、有線テレビジョン放送法を背景とした公共性等により、著作権法において、利用者側にとって一定の有利な取扱いがなされているが、IPマルチキャスト放送は最近登場した形態の放送であり、現行著作権法制定時には実態がなかったため、これを行う事業者にはそうした有利な取扱いがなされていない。

 こうした事情を踏まえると、IPマルチキャスト放送事業者についても、有線放送事業者と同程度の公共性等が確保されるのであれば、政策的には、有線放送事業者と同様の有利な取扱いとすることは差し支えないと考えられる。また、将来、通信・放送の融合がさらに進展し、仮に、有線放送とIPマルチキャスト放送に係る放送法制上の取扱いに差異がなくなった場合には、著作権法上においてこれらを区別することはかえって適切ではなく、同様の取扱いとすべきものであると考える。

 ただし、著作権法の目的は、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作権等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与すること」であり、制度の変更に当たっては、権利者の権利の保護に十分配慮することが必要である。このため、IPマルチキャスト放送を有線放送と同等の取扱いとする場合、有線放送に対する有利な取扱いの内容についても、現在の有線放送の実情等を十分に踏まえ、必要な見直しを行うべきである。

 以上を踏まえ、IPマルチキャスト放送の著作権法上の取扱いについては、当面は以下のような措置を講じるべきである。

1 「放送の同時再送信」部分については、平成18年末には、IPマルチキャスト放送による地上デジタル放送の同時再送信が開始される予定であり、予め権利関係を明確化しておくことが、我が国の政策上必要であると考えられるため、緊急な対応が必要と考えられることから、早急に「有線放送」と同様の取扱いとする。

2 その際、現在有線放送になされている有利な取扱い内容について、有線放送の実情等の変化を踏まえ、適切なものに改める。

3 IPマルチキャスト放送による「自主放送」部分の取扱いについては、
(ア) 著作隣接権の付与の可否など論点が広範にわたること、権利が制限されることとなる実演家等の理解を得る必要があることから、十分な準備期間を設けた上で検討する必要があること
(イ) WIPOで検討されている放送条約案の検討状況や、今後の通信・放送の融合に係る放送法制の見直しの検討状況、IPマルチキャスト放送の実態を見極める必要があること
から、直ちに制度改正を行うことはできず、今後、引き続き検討を行った上で結論を得るべきである。

 なお、現行の放送法制上の取扱いに関し、有線放送事業者には、有線テレビジョン放送法において、難視聴地域において放送を再送信する義務が課せられているが、IPマルチキャスト放送事業者には、電気通信役務利用放送法において、このような義務は課せられていない。この再送信義務については、IPマルチキャスト放送事業者に公共的役割を与え、有利な取扱いを根拠付ける重要な要素の一つと考えられることから、これについても、政府部内で早急に検討し、速やかに必要な法的措置を講じることが必要である。

(2) 具体的措置内容

1 有線放送により放送を同時再送信する場合の規定の見直し
   現行著作権法制定当時と比較して、有線放送事業者の実態も変化している。現行法制定当時は、有線放送事業者といえば、規模が小さく、基本的には地域を中心に事業を展開する地域的なメディアであったが、近年、有線放送に係る制度が見直され、有線放送事業の地元事業者要件の廃止や外資規制の撤廃など規制が緩和されたこと等も背景に、都市部等において大規模な有線放送事業が展開され、また、サービス内容もCSの再送信、IP電話、インターネットやVODサービスなど充実しつつある。さらに、有線放送事業者等が、電気通信役務利用放送法に基づく登録を受けて有線放送サービスを提供する形態も増えつつあり、このような傾向は今後も続くと考えられる。

 以上のような実態の変化を踏まえると、現行著作権法上権利制限されていない著作物や放送は別として、実演及びレコードに係る権利関係については、原則として、新たに報酬請求権を付与することが適切である。

   現行著作権法において、放送の同時再送信の場合に実演家の権利が一切働かないこととなっている背景には、以下の事情も存するところである。すなわち、実演家は許諾権として放送権又は有線放送権を有しているが、実演の円滑な利用を阻害しないよう、実演の最初の利用の際の契約によってのその後の利用も含めて実演家の利益を確保することや、放送事業者の権利行使を通じて実演家の利益を確保することが想定されている。
 しかしながら、
 
1 先述のとおり、有線放送の実態が大きく変化しており、有線放送が実演の有力な利用手段になってきたこと
2 放送の同時再送信に係る放送事業者の同意は長い間の契約慣行から無償とされているため、例えば、最初の出演契約時に実演家との間で同時再送信の利用も含めた契約を行おうとしても、放送事業者はその費用を有線放送事業者に転嫁することが難しく、著作権法が想定する「実演の最初の利用の際の契約によってその後の利用も含めて実演家の利益を確保する」という考え方が機能していないこと
などの理由から、現行の権利関係は見直すべきであると考える。

   なお、実演家の許諾を得て映画の著作物において録音又は録画されている実演には、その後の一切の利用について実演家の権利が働かないこととされている。これについては、映画の著作物に係る権利関係全体の見直しの中で検討すべき課題であると考えられるため、今回の制度改正においては、従来の取扱いを維持することが適当である。

2 IPマルチキャスト放送により放送を同時再送信する場合の規定の見直し
   現行著作権法上、放送をIPマルチキャスト放送により同時再送信することについて、実演家及びレコード製作者には許諾権である送信可能化権が与えられているが、有線放送と同様に取扱うという考えを踏まえ、原則として、現在与えられている許諾権を報酬請求権に改めることが適切である。なお、著作物及び放送の利用については、1の場合も許諾権が与えられていることから、特に見直しを行う必要はないと考えられる。

 ところで、このような取扱いについては、実演家及びレコード製作者に「利用可能化権」の付与を義務付けた実演・レコード条約との関係が問題になるが、4.で整理したように、入力型の送信可能化については、実演・レコード条約上の義務とはいえないため、実演家等の権利制限に当たって著作権の制限と同一の制限しか認めないという実演・レコード条約第16条(1)の規定の適用はないものと考えられる。

3 非営利かつ無料で放送を同時再送信する場合の規定の見直し
   現行著作権法では、難視聴対策や景観維持等のための共同受信など、放送を受信して行う非営利かつ無料の有線放送を権利制限の対象とした上で、著作物、実演、レコード及び放送等の権利が働かないことになっているが、自動公衆送信については、このような制限はない。

 マンション等の景観維持等を目的としたIPマルチキャスト放送による非営利かつ無料の再送信はコスト等の点から想定されにくいが、地域の通信インフラを活用した難視聴対策のためのIPマルチキャスト放送については、実施の可能性が想定されるため、放送の同時再送信のみのサービスを非営利かつ無料で行うことについては、有線放送とIPマルチキャスト放送で著作権法上区別する理由がないことから、著作権を含む全ての権利について、基本的には有線放送と同様の権利制限を行うべきである。

 ただし、特に、IPマルチキャスト放送や電気通信役務利用放送法に基づき行われる有線放送については、従来型の有線放送と異なり、全国規模で送信が可能なメディアであり、たとえ非営利かつ無料であっても同時再送信が大規模になれば権利者の利益に影響を与える可能性があることから、一定の限定を加えることを考慮すべきである。

4 権利制限規定の在り方
   著作物等の有線放送による利用については、権利制限規定により自由利用が認められているものがある。これらについて、基本的には、IPマルチキャスト放送についても同様の取扱いとすることが必要と考えるが、放送の同時再送信に係る見直しの際に措置するか、あるいは、今後「自主放送」について検討する際に、あわせて検討するかについては、個別に判断する必要がある。

<権利制限の例>
学校教育番組の放送等(第34条)
時事問題に関する論説等の転載等(第39条)
政治上の演説等の利用(第40条)

5 著作隣接権の付与及び一時的固定
   有線放送事業者には著作隣接権が与えられているが、IPマルチキャスト放送事業者にも同様に権利を与えることについて検討する必要がある。また、この際、一時的固定制度の適用についてもあわせて検討する必要がある。ただし、IPマルチキャスト放送に対する著作隣接権の付与及び一時的固定を認めることの可否については、今後、「自主放送」について検討する際に、放送新条約の検討状況や他の条約の取扱いも踏まえ、検討すべきである。

6 著作権契約の在り方
 
(ア) 従来型の有線放送事業者に配慮した契約ルールの策定
 著作権法の改正が行われた場合、著作権法上はIPマルチキャスト放送と有線放送の取扱いが同等となるが、有線放送事業者の中には、依然として、難視聴対策を中心とした小規模な事業者も含まれることから、このような従来型の有線放送事業者については、現在実施されているいわゆる5団体処理を参照とするなど、有線放送事業者に配慮した契約ルールの策定が望まれる。

(イ) 文化庁の支援
 著作権法の改正を踏まえた、新たな契約ルールの策定又は既存の契約ルールの見直しについては、基本的には関係団体間で行う事柄であるが、文化庁としても、関係団体間の円滑な合意形成に向け、必要に応じて支援を行う必要がある。

(ウ) 集中管理体制の整備
 現在、実演家及びレコード製作者の団体において、IPマルチキャスト放送を含め、実演及びレコードの利用について、一任型管理事業の体制整備を進めているところである。このような取組みについては、今後の著作権法の見直しいかんにかかわらず、映像コンテンツの流通促進のために有効と考えられることから、引き続き推進することが必要である。

(3) 通信・放送の融合の進展等を踏まえた今後の検討の在り方

 IPマルチキャスト放送のうち、「自主放送」の部分の取扱いについては、事業の実態の推移や放送法制における位置付け等に留意しつつ、引き続き検討を行うことが必要である。

 なお、この著作権法の在り方全般の見直しに当たっては、関係省庁における通信事業や放送・有線放送事業の法制度上の位置付けの見直しとあわせて必要な検討を行い、関係省庁間で連携をとっていくことが必要である。

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