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3 フォークロアの保護への対応のあり方

1. フォークロアの保護の検討の状況

(1) フォークロアの定義
 フォークロアとは、「民間伝承」や「民族文化財」等と呼ばれ、ある社会の構成員が共有する文化的資産である伝承の文化表現を意味する。具体的には、民族特有の絵画、彫刻、モザイク等の有形なもののほか、歌、音楽、踊り等の無形のものも含まれる。これまでも、様々なモデル規定や枠組み等によって定義がなされてきた。
 なお、WIPOの「遺伝資源、伝承の知識及びフォークロアに関する政府間委員会」(以下「IGC」という。)の議論では、幾つかの参加国から「フォークロア」という言葉に異議が出され、現在、IGCの文書では、主にTCEs/EoF(「EoF」は「Expressions of Folklore」の略。)という表記を用いている。(ただし、この報告書においては、我が国でこれまで慣習的に用いている「フォークロア」の用語に、便宜上統一する。)

(2) フォークロアの保護に関する検討の経緯
 フォークロアの保護に関する国際的な検討は、1967年、「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約」(以下「ベルヌ条約」という。)改訂を行う外交会議において、フォークロアの保護の可能性について議論がなされ、ベルヌ条約第15条第4項(a)注釈4が規定された。
 また、1982年には、WIPOとユネスコが共同で「不法利用及びその他の侵害行為からフォークロアの表現を保護する各国国内(立)法のためのモデル規定」を策定した。
 さらに、1996年にWCT及びWPPTの新条約を審議する際に、フォークロアの保護に関する国際条約の検討を開始することが合意された。その後2000年にWIPOの一般総会で、遺伝資源、伝承の知識及びフォークロアを検討するための政府間委員会としてIGCの設置が決定された。その後、現在まで8回にわたってIGCにおいて議論がなされてきている。

注釈4  ベルヌ条約第15条第4項(a):著作者が明らかでないか、著作者がいずれか一の同盟国の国民であると推定する十分な理由がある発行されていない著作物について、著作者を代表し並びに著作者の権利を各同盟国において保全し及び行使することを認められる権限のある機関を指定する権能は、当該一の同盟国の立法に留保される。

(3) WIPO・IGCにおける検討の背景
 フォークロアの議論は、伝承文化の保護・保存の観点と、それら既存の文化の自由な利用の観点の、双方のバランスを巡る議論であると共に、伝承文化の保護には民族の尊厳の保持という一面が強く存在している。例えば、著作権法の性格と目的からすれば、既に公有(パブリックドメイン)に帰した伝承の文化は、新たな文化創造のために「翻案」して利用するとしても、あるいは、商業的目的のために「複製」や「実演」などを行って利用するとしても、それらの利用については法的には何ら許諾を得る必要はない。
 しかし、コミュニティーにおいて伝承されてきた、コミュニティーにとって精神的価値の高い儀式や音楽が、商業的に利用されることにより、またコミュニティー内における利用形態を越えた「不適切」なアレンジをされて世に広められてしまうことにより、それらの伝承の価値が損なわれるのみならず民族の尊厳を傷つける結果となることの懸念等が指摘されている。また、コミュニティーにとっての秘密の儀式が、外部の人間によって「不適切」に公にされてしまうこと、高度な技術を必要とする伝承の手工芸が、外部の人間によって安く大量に生産されることにより、その伝統的価値が損なわれてしまうこと等の懸念も指摘されている。
 IGCにおける議論は、そのような伝承の文化表現を不正使用からどのように保護するのか、保護するとすれば、どのような保護の方法が適切なのか、知的財産として保護すべきか、あるいは文化財保護の観点から何らかの手段を講じるべきなのか、保護する対象をどう定義するのか、など広範に及んでいる。

(4) 第8回IGCの結果
 第8回IGCは、2005年6月6日から6月10日にWIPO本部において開催された。本会合においては、前回までの各国の意見や文書によるコメントを踏まえ、フォークロアの定義から、保護の対象、保護の方法や国際的な取り扱いまで詳細にわたって条文形式による具体的な枠組みを提案している「フォークロアの保護の目的と原則(改訂版)(Revised Objectives and Principle)」(WIPO/GRTKF/IC/84)に基づいて議論が行われた(別添1参照)。
 IGCでは、フォークロアの保護に関する様々な制度を「柔軟に」選択し、自国の文化・慣習に合わせた保護制度を「包括的に」構築するという「包括性と柔軟性」の原則を尊重する先進国を中心とする国々と、この原則自体は基本的に支持しながらも、法的拘束力を有する枠組みを要求する一部の途上国が、それぞれの主張を繰り返し、最終日まで結論を得ることはできなかった。結局、IGCの会期を次の2年間の予算期間にまで延長(extended)することをWIPO一般総会に勧告することで妥協が図られた。
 このため、わが国として、引き続きWIPOにおけるフォークロアの保護に関する審議に参画していくことが必要である。

2. フォークロアの保護に関する主な論点

(1) 保護の目的
 フォークロアの保護に関する国際的な議論において、何を最終的な目標とするのかについて、いまだ国際的な合意は得られていない。事務局作成資料では、政策目的として、1フォークロアの不正使用の禁止、2伝承の文化の保護への貢献、3文化的多様性への貢献、4コミュニティーの発展と合法的な通商活動の推進,5フォークロアの使用について無許諾の者による知的財産権主張の排除、6確実性、透明性及び相互信用の強化などが挙げられている。
 これまでのIGCの議論では、一部の途上国はフォークロアを財産的に価値あるものとしてとらえ、フォークロアを有する地域社会への一定の経済的還元を求めている。これに対して、先進国を中心とした国々は、フォークロアの重要性は認めつつも、既存の知的財産制度等との整合性から、既に公有(パブリックドメイン)に帰したフォークロアに経済的な利益をもたらす権利を付与することに関しては、消極的である。

(2) 保護の方策について
 事務局作成資料では、保護の方策として、1知的財産権制度を活用した排他的許諾権の付与、2特別な(sui generis)権利の付与、3報奨金制度の活用、4人格権による保護、5不正競争防止制度や通商法による保護、6契約法や慣習法による保護、7文化遺産の保護・保存による取組み、8フォークロアの普及啓発や9人材育成のプログラムなどが提案されている。
 現行知的財産制度においても、フォークロアの保護に関する規定が設けられている。例えば、WPPT第2条の「実演家」の定義に「民間伝承の表現を実演する者」が規定されており、フォークロアの実演がWPPTの保護の対象であることが明示されている。
 また、フォークロアの一種である「先住民の伝統的なシンボル」については、一部の国では商標登録により半永久的な保護を確保することができる。カナダのアボリジニは伝承の工芸品から食品、衣類、旅行サービスに至るまで、広範に商標登録することにより、部族のフォークロアを保護している。米国では、登録済みのフォークロアのシンボルを第三者が商標登録することを禁止するなど、防御の手段(defensive protection)を取り入れている。
 さらに、織物、彫刻、陶器、木工などのハンディクラフトなどは、意匠制度による保護が可能である。
 こうした制度を活用する「柔軟性と包括性」の原則については、多くの国々から支持が得られた。

(3) 制度の効力について
 近年、一部の途上国はフォークロアの保護に関して、「柔軟性と包括性」の原則を支持しつつも法的拘束力のある制度の構築を求めており、これまでのIGC及びWIPO一般総会での議論において、制度の効力をどうするかが、一部の途上国と先進国を中心とした国々との間で最大の対立点となっている。
 IGC会合では、一部の途上国を中心とする参加国が、法的拘束力のある枠組みを強く求めたのに対して、多くの先進国は、各国・各地域の既存の法体系や慣習法等を組み合わせることにより、かなりの部分においてフォークロア保護の政策目的を達成することが可能であり、IGCの議論の成果は、あくまで柔軟な制度運用を許容するものとなるべきであって、画一的な制度の押しつけとなってはならないとの主張を行った。

3.  フォークロアの保護への対応の方向性

 フォークロアの保護の根拠としては、1伝承の文化的表現が商業化された際に、伝承者に正当な対価を与える必要性、2伝承の文化的表現に対する尊厳を保障する必要性、3ある特定のコミュニティーの中で受け継がれてきた精神性のある文化的表現が失われずに次代に継承されることを保護する必要性等が述べられている。
  1に関しては、既に公有(パブリックドメイン)に帰したものを著作権類似の制度を創設して一律に保護すること、あるいは無期限の独占権を与えることは、創作活動を促進しようとする著作権制度の目的に照らして、適当ではないと考える。
  2については、社会全体がお互いに文化を尊重しあうというモラルの問題として捉えるべきであって、創作者を特定できないのに人格権的な保護を与えることは、著作権制度等の考え方と本来なじまないと考える。
 ただし、これらに関しては著作権制度と別の形での特別な(sui generis)権利による保護について各国の実態やWIPOでの今後の議論に留意していく必要がある。
  3に関しては、著作権制度とは別に、国の文化財保護政策の一環として何らかの支援を行うことを検討することが考えられる。
 フォークロアの保護の取組みについては、各国が地域の特性や文化に合わせて、文化財保護の枠組み、不正競争防止法等による対応などによって、実施していくことが適切であると考えられる。IGCで提言された方策を踏まえて、各国が制度を「柔軟に」選択し、自国の文化・慣習に合わせた保護制度を「包括的に」構築することが望ましい。
 このように、フォークロアの保護は、一つの枠組みで達成されるもの(single one-size-fits-all)ではなく、各国が地域や民族の特性に応じて柔軟に対応すべきものであり、多様なアプローチが認められることが望ましい。したがって、当面は、ガイドラインやモデル規定としての位置づけを中心に国際的なハーモナイゼーションを目指すべきである。

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