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2 放送条約への対応のあり方

1. 放送条約の検討の状況

 WIPOでは、近年のデジタル化・ネットワーク化に対応して、著作権及び著作隣接権に関する新たな条約の策定が進められている。既に1996年には、「著作権に関する世界知的所有権機関条約」(以下「WCT」という。)及び「実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約」(以下「WPPT」という。)が採択されており、現在、「放送機関に関する新条約(以下「放送条約」という。)案」及び「視聴覚的実演の保護に関する新条約(AV条約)案」が検討されている。
 放送機関の保護の在り方については、1998年以降11回にわたって、「WIPO著作権及び著作隣接権に関する常設委員会」(以下「SCCR」という。)にて検討がなされた。この間、10カ国(EUを含む。)から条約形式の提案があり、放送条約の保護の対象、放送機関に付与される権利など主要課題について精力的な議論がなされた。我が国も「論点に関する文書」を1999年の第2回会合に、「条約形式の提案」を2001年の第5回会合に、「インターネット放送機関の取扱いに関する文書」を2003年の第9回会合に提出するなど、放送条約の早期採択を目指して積極的に参画してきた。
 2004年4月には、SCCRの議長より各国提案をまとめた「条約テキスト(Consolidated Text)」が提示され、2004年6月の第11回会合では、「放送条約の外交会議を適切な時期に開催する可能性を検討すること」について一般総会に諮ることが決定された。しかしながら、2004年9月の一般総会では、途上国を中心とする一部の国から「検討が十分ではなく来年の一般総会で改めて議論すべきである」との発言があり、「放送条約の外交会議の開催可能性」については、2005年秋の一般総会で再度議論されることとなった。
 その後、2004年11月の第12回SCCR会合では、議長により修正された条約テキストについて実質的な議論がなされ、その議論を受けて本年4月には、議長により再修正された「条約テキスト案」及び「ウェブキャスティングについての作業文書」が提示された(別添1参照)。本年9月の一般総会までアジアやアフリカ諸国等の地域会合での検討を経て、総会で「放送条約の外交会議の開催可能性」が再度議論される予定である。
 放送条約はデジタル化・ネットワーク化に対応した、著作権関連条約の見直しの一部をなすものであり、他の著作隣接権とのバランスを確保するためにも、早期の採択が求められる。我が国は、条約策定に向けた国際的な議論に引き続き積極的に対応するため、本委員会において、我が国の方針を策定するための検討を行った。

2. 放送条約への対応の方向性

(1) 放送条約の保護の趣旨について
 本条約テキストでは、「放送機関」とは「音若しくは影像若しくは影像及び音又はこれらを表すものの公衆への送信並びに送信のコンテンツの収集及びスケジューリングについて、主導し、かつ責任を有する法人」と定義されており、送信する放送番組への関わりが考慮されている。
 我が国著作権法においては、放送番組への関わりは規定されていないが、放送事業者の著作隣接権を整備した際には、ローマ条約における著作隣接権の根拠についての「その著作権との関係は、著作者がその著作物の公衆への伝達をこれらの権利の受益者に依存しているので、後者は前者の補助者であるという事実に由来する。」注釈1という考え方を受けている。また、「著作物を公衆に伝達する媒体としての(中略)放送事業者等の行為に著作物の創作行為に準じた精神性を認め、労働保護あるいは不正競争防止の観点より一歩進んだ、無体財産保護的な保護を(中略)与えようとするものである」注釈2との指摘もなされている。さらに、有線放送事業者を著作隣接権者に加えた際にも、「(有線放送事業者の活動には)放送番組の制作、編成に著作物の創作性に準ずる創作性が認められる」注釈3との評価がなされている。
 以上より、条約テキストは、我が国の著作権法制度の考え方に概ね沿ったものと考えられる。

注釈1  隣接権条約・レコード条約解説 (WIPO 事務局1981年、日本語版 著作権資料協会1983年)
注釈2  著作権制度審議会第5小委員会審議結果 (昭和41年11月)
注釈3  著作権審議会第7小委員会結果報告書 (昭和60年9月)

(2) 条約の保護の対象について
1 条約の保護の主体を法人に限定することについて
 条約テキストでは、「放送機関」は「音若しくは影像若しくは影像及び音又はこれらを表すものの公衆への送信並びに送信のコンテンツの収集及びスケジューリングについて、主導し、かつ責任を有する法人」とあり、「法人」に限定されている。
 ローマ条約では、「放送」は定義されているが、「放送事業者」は定義されていない。我が国では、著作権法に、「放送事業者」は「放送を業として行う者」とあり、業として反復継続性があれば法人に限らず対象となるため、放送の保護の主体を法人に限ることについては検討が必要となるが、実態としては、放送を行うためには一定の投資が求められること、また、権利調整のためには権利者を特定する必要があること等から、条約上は条約の保護の主体を「法人」に限定しても問題ないと考えられる。

2 条約の保護の主体を「放送機関」と「有線放送機関」とすることについて
 本条約テキストでは、「保護の客体となる放送行為」については、ローマ条約に規定されている「放送」のほか、「有線放送」が提案されている。これらの行為は、送信の形態により区分されており、それぞれ、無線又は有線を用いた送信形態として定義されている。
 さらにこれを受けて、条約の保護の主体としては、「放送機関」と「有線放送機関」を規定し、「有線放送機関」については放送機関と同様の定義がされている。国内では、著作権法において「有線放送事業者」も著作隣接権者として位置付けており、「放送機関」と「有線放送機関」を条約の保護の主体として位置づけていくことが適当と考えられる。

3 ウェブキャスティングの取扱い
ア) これまでの議論
 ウェブキャスティングに関しては、欧米からそれぞれ提案がなされてきた。
米国は、海賊版対策の必要性から「ウェブキャスティング(インターネット放送)を行う者を放送条約の主体として位置づけるべき。」と主張してきた。また、EUは、「放送機関が放送と同時にネット上でウェブキャスティングを行う場合には本条約の保護の対象とすべき。」と主張してきた。
 これに対し、我が国をはじめとする大部分の国は、「ウェブキャスティングは現在まだ実態も事業形態も明確ではないことから、本条約の対象とすることは時期尚早である。」と主張してきた。
 ウェブキャスティングの取扱いについては、本年4月に議長により新たに纏められた作業文書において、二つの方法が提案されている。一つは、ウェブキャスティングを一旦条約の保護の対象としながらも、保護の義務については、条約批准時に締約国が相互主義の原則に基づき、通告または留保の宣言を通じて、一部または全部を保護する若しくは全く保護しないことを選択できる方法である。もう一つは、ウエブキャスティングを条約の保護の対象から一旦切り離し、それを条約に付随する法的に拘束力のある議定書(protocol)において規定すると同時に、議定書を批准するか否かについては締約国の選択に委ねる方法である。

イ) 検討課題
 修正前の条約テキストでは、「ウェブキャスティングはコンピュータネットワーク上で実質的に同時に公衆に対してアクセス可能にすること」と規定されていた。我が国の著作権法では、著作隣接権を同時送信の「放送」「有線放送」に対してのみ付与しているため、視聴者のアクセスに応じて個別に送信するウェブキャスティングを条約の保護の主体とすることに対しては、慎重な検討が必要であった。本年4月の議長提案の作業文書で、ウェブキャスティングについては非強制的保護とされたことは、我が国のこのような考え方に沿っている。作業文書内での扱いの検討については、事業環境の変化に対応した重要な課題であることから、我が国としても、将来の国際的な議論に備えて、引き続き検討を進める必要がある。

(3) 支分権の内容について
1 利用可能化権の付与
 条約テキストでは、欧米の提案等を受けて「固定された放送の利用可能化権」が規定されている。
 一方、放送形態として技術的に固定されていない放送をそのままインターネットにアップロードする形態(サイマルストリーミング)が想定されることから、我が国は、固定の放送だけではなく、固定されていない放送についても、利用可能化権を付与する提案を行っている。
 今後、インターネットなどネットワーク上での放送番組の違法な配信行為が増加することが予想される中で、固定の有無にかかわらず放送を無断で掲載した段階で侵害を捉えることができる「利用可能化権」は、権利者の立証の面からも非常に有効である。サーバーなどメモリーに蓄積せずに送信する形態(固定を伴わない形態)についても固定された放送の保護と同様に利用可能化権を付与することにより保護することが望ましい。

2 再送信権の付与
 条約テキストでは、「再送信行為」は「あらゆる手段での送信による公衆への送信」と定義されており、放送、有線放送、コンピュータネットワークを介した送信など、あらゆる送信形態が対象となっている。
 一方、ローマ条約では、「再放送権」の形態は「放送行為」に限定されている。再送信権の形態をコンピュータネットワークを介した送信にまで広げた場合、コンピュータネットワーク上での再送信権は、WPPTでは認められていない「自動公衆送信権」とも重なるため、他の著作隣接権とのバランスを失するおそれがあるという指摘があることから、「再送信権」の形態は「放送」「有線放送」などに限定し、「コンピュータネットワーク上での再送信」は「利用可能化権」の一形態として付与する方が望ましい。
 また、条約テキストでは、第6条に「同時の再送信」、第11条に「異時の再送信」を規定している。ローマ条約では、制定当時の放送の形態が主に生放送であったことから、同時の再放送に限定して権利が付与されているが、近年は固定物による異時の放送が主流であることから、再送信権の対象として、同時だけではなく、異時も含めることが望ましい。

3 放送の固定後の二次利用に係る権利
 条約テキストでは、放送の固定物の二次利用に係る権利(複製権、譲渡権、送信権、利用可能化権)について、一律に「排他的許諾権の付与」という案がある一方、米国とエジプトの提案を受けて「禁止権の付与」という代案及び「禁止権の付与」をオプションとして選択できる代案も提示されている。これらの選択肢では、放送機関は、その許諾を得ないで作成された放送の固定物(無許諾固定物)の複製に関しては「排他的許諾権」(注:許諾を得て作成された放送の固定物の複製に関しては「禁止権」)を有するが、これら無許諾固定物の複製物の頒布と輸入、又は無許諾固定物を用いる送信並びに利用可能化に関しては、禁止権を有することになる。こうした提案の背景には、本条約の目的が放送コンテンツの保護ではなく、海賊版対策である以上、放送の無許諾固定物の利用に関しては、放送機関に禁止権さえ付与すれば足りること、そして、放送機関の許諾を得て作成された放送の固定物の二次利用に関しては、改めて「排他的許諾権」の規定を設ける必要がない、という考え方がある。
 これに対し、「排他的許諾権の付与」を提案している多数の国は、禁止権自体が国際的になじみがない、禁止権の内容が不明確、禁止権では海賊版対策として不十分等の考え方を示している。したがって、禁止権だけで海賊版対策として十分か、放送の固定物の二次利用にあたっての放送機関の権利が適切に保護されるか等について、米国等の考えを聴取しつつ慎重に検討することが必要である。

4 その他の支分権
 その他の条約テキストに規定されている支分権については、現行著作権法でも既に放送事業者に権利が付与されており、放送条約においても権利が付与されることが適当である。
 
条約テキストの支分権 著作権法の規定
固定権 第98条、第100条の2
固定物の複製権 第98条、第100条の2
公衆伝達権 第100条、第100条の5

(4) 技術的保護手段及び権利管理情報について
1 暗号解除の取扱いについて
 アルゼンチン等からは、暗号化された放送を解除した場合に法的救済を講じる必要性から、「暗号解除に関する技術的保護手段」の条項が提案されている。また、スイス等5カ国は条約提案の中で、新たに暗号解除権を打ち立てる提案を出している。また、国内法のレベルで見れば、例えば米国では、デジタルミレニアム著作権法(以下、「DMCA」という。)において、著作物へのアクセスを制御する技術的手段の保護を規定している。
 我が国の放送の現状を見ると、放送番組の暗号化は、衛星を用いた有料放送やケーブルテレビなどで、従来より行われてきた。また、2004年4月からは無料のデジタル放送において、コピー制御のためにB-CAS(BS-Conditional Access Systems)技術が利用されている。一方、放送や有線放送に関連する暗号を無断で解除することを可能とする装置が流通し、それを用いて有料放送を傍受するといった行為も生じており、今後、その状況について注視することが必要である。
 本件については、各国における議論の動向を踏まえながら、著作権法及び関連する法制度による対応の状況を考慮しつつ、検討を行うべきである。

2 権利管理情報に関する義務
 条約テキストでは、「権利管理情報に関する義務」が規定されている。今後、放送のデジタル化に伴い生じる「違法複製」などを取り締まるために、電子透かし技術などを活用した権利管理情報に関する規定は有効である。このため、他の著作隣接権者とのバランスも考慮しつつ、条約において、権利管理情報に関する規定を設けることが適当である。

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