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史跡等の指定等について

平成14年11月
文化庁

  文化審議会(会長  高階秀爾)は、11月15日(金)に開催される同審議会文化財分科会の審議・議決を経て、文部科学大臣に対して、別紙のとおり史跡名勝天然記念物の新指定16件、追加指定等22件、解除1件について答申する予定である。

(平成14年11月15日現在)
種別 現在指定件数 今回答申件数 合計(既指定件数と
答申件数との合計)
新指定 分離に
よる増
解除
史跡
(うち特別史跡)
1,489
(61)
11
(0)

(0)

(0)
1,500
(61)
名勝
(うち特別名勝)
319
(35)

(0)

(0)

(0)
321
(35)
天然記念物
(うち特別天然記念物)
964
(75)

(0)

(0)

(0)
967
(75)
合計 2,772
(171)
16
(0)

(0)

(0)
2,788
(171)


(備考)

  現在指定件数欄の史跡,名勝,天然記念物の件数には,それぞれ特別史跡,特別名勝,特別天然記念物の件数を含む。
  件数は,同一の物件につき,2つの種別に重複して指定が行われている場合(例えば,史跡及び名勝など),それぞれの種別につき1件として数えたものである。
  分離による増とは、既指定の史跡を2件に分離したことによるものである。
  なお,種別を通じての指定件数は,次のとおり。
     現在指定件数 2,669件
  答申後件数 2,685件

 

「新指定」答申予定物件

【史跡】  11件

  綾織新田遺跡(あやおりしんでんいせき)【岩手県遠野市】
縄文時代前期の拠点的集落跡であり、大型竪穴住居により構成される集落の初期の事例
   
  小国城跡(おぐにじょうあと)【山形県西田川郡温海町】
羽越国境と主要街道を守る境目の城として築城・整備された戦国時代の山城跡
   
  長柄桜山古墳群(ながえさくらやまこふんぐん)【神奈川県逗子市、三浦郡葉山町】
太平洋側の交通の要衝にある、2基の前期大型前方後円墳からなる古墳群
   
  山科本願寺南殿跡(やましなほんがんじなんでんあと)  附(つけたり)  山科本願寺土塁跡(やましなほんがんじどるいあと)【京都府京都市】
蓮如上人が建設した強固な防御施設を備えた中世の環濠城塞都市
   
  闘鶏山古墳(つげやまこふん)【大阪府高槻市】
2基の竪穴式石室を持つ、木棺や副葬品などの保存状況も良好な未盗掘の前期前方後円墳
   
  新堂廃寺跡(しんどうはいじあと)
     附(つけたり)   オガンジ池瓦窯跡(おがんじいけかわらがまあと)
お亀石古墳(おかめいしこふん)
【大阪府富田林市】
飛鳥時代前期創建の古代寺院と、窯跡、古墳が有機的な関連を持ち、近接して所在する極めて貴重な例
   
  巨勢山古墳群(こせやまこふんぐん)【奈良県御所市】  
5世紀中頃から7世紀中頃に築造された総数700基を数える大規模な群集墳
   
  大峰山寺境内(おおみねさんじけいだい)【奈良県吉野郡天川村】
大峯修験の根本道場として成立し、古来より信仰を集めてきた山岳寺院
   
  大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)【奈良県吉野郡吉野町・黒滝村・川上村・天川村・上北山村・下北山村・大塔村・十津川村、和歌山県東牟婁郡本宮町・熊野川町】
吉野と熊野の二大聖地を結び、修験道の最も重要な修行の場となっている山岳道
   
10   丹生都比売神社境内(にうつひめじんじゃけいだい)【和歌山県伊都郡かつらぎ町】
高野山の中腹に位置する、金剛峯寺の鎮守とされる神社
   
11   長登銅山跡(ながのぼりどうざんあと)【山口県美祢郡美東町】
奈良東大寺の大仏建立時にも銅を大量に供給した日本最古の銅山跡

【名勝】  2件

  諸戸氏庭園(もろとしていえん)【三重県桑名市】
江戸時代の庭園をもとに明治時代後半に桑名の豪商が拡張・整備した汐入の庭園
   
  旧熊本藩八代城主浜御茶屋(きゅうくまもとはんやつしろじょうしゅはまおちゃや)(松浜軒(しょうひんけん))庭園(ていえん)  【熊本県八代市】
八代城主松井直之が築造した江戸時代初期の大名庭園

【天然記念物】 3件

  真川(まかわ)の跡津川断層(あとつがわだんそう)【富山県上新川郡大山町】
岐阜県から富山県にかけて伸びる総延長60kmに達する右横ずれの活断層
   
  月出(つきで)の中央構造線(ちゅうおうこうぞうせん)【三重県飯南郡飯高町】
延長1000kmに及ぶ、第一級の大断層である中央構造線を明瞭に観察できる
   
  伊吹山頂草原植物群落(いぶきさんちょうそうげんしょくぶつぐんらく)【滋賀県坂田郡伊吹町】  
特異な地質的・気候的条件のため、日本では希少な山地草原が発達し、多様な植物が群生する


別紙

平成14年11月史跡等の指定答申予定物件

【史跡の新指定】  11件

  綾織新田遺跡(あやおりしんでんいせき)【岩手県遠野市】
  北上山地中央の遠野盆地に所在し、大型竪穴住居、小型竪穴遺構、土坑、道路、貯蔵穴、広場等で構成される縄文時代前期の拠点的集落跡。大型竪穴住居により構成される集落の初期の事例であり、縄文時代の社会構造を考える上で極めて重要である。多数出土した状(けつじょう)耳飾りは特筆される。
   
  小国城跡(おぐにじょうあと)【山形県西田川郡温海町】
  羽越国境と主要街道を守る境目の城として築城・整備された山城跡。県内で最大の高低差があり、戦国時代の庄内地方における武藤氏と最上氏の抗争史を物語る上で重要な、庄内地方を代表する大規模な中世山城跡。
   
  長柄桜山古墳群(ながえさくらやまこふんぐん)【神奈川県逗子市、三浦郡葉山町】
  三浦半島西岸の付け根付近に位置する、2基の前期大型前方後円墳からなる古墳群。畿内地域と東日本を結ぶ太平洋側の交通の要衝にあり、古墳時代前期における関東と畿内を結ぶ交通や、南関東の地域の情勢を考える上で重要。
   
  山科本願寺南殿跡(やましなほんがんじなんでんあと)  附(つけたり)  山科本願寺土塁跡(やましなほんがんじどるいあと)【京都府京都市】
  本願寺再興のために山科本願寺を建設した蓮如が、隠居所として設けた南殿跡の土塁と濠及び庭園部分と、山科本願寺の土塁跡の一部を指定する。強固な防御施設を備えた中世の城塞都市として、かつ一向一揆という歴史上重要な事件に関連した蓮如の遺跡として重要。
   
  闘鶏山古墳(つげやまこふん)【大阪府高槻市】
  大阪府北部の淀川流域を見下ろす丘陵尾根上に立地する、全長86.4mの前期前方後円墳。2基の埋葬施設は竪穴式石室であり、盗掘を受けておらず、木棺や副葬された鏡や石製腕輪などの保存状況も良好である。当時の埋葬儀礼や北摂地方における政治情勢を知る上で重要。
   
  新堂廃寺跡(しんどうはいじあと)
     附(つけたり)   オガンジ池瓦窯跡(おがんじいけかわらがまあと)
お亀石古墳(おかめいしこふん)
【大阪府富田林市】
  大阪平野南部、大和川支流の石川が形成した河岸段丘上に所在する飛鳥時代前半創建の著名な古代寺院跡と、寺院に瓦を供給した窯跡、新堂廃寺の創建に関わったと人物のものと想定される終末期古墳。寺院、窯跡、古墳が有機的な関連を持ち、近接して所在する例は極めて貴重。
   
  巨勢山古墳群(こせやまこふんぐん)【奈良県御所市】
  奈良盆地の南部、巨勢山丘陵周辺に分布する5世紀中頃から7世紀中頃に築造された総数700基を数える大規模な群集墳。多様な集団が古墳群を築造したことが推定され、奈良盆地南部の古墳時代中期から後期における集団の動向を探る上で重要。
   
  大峰山寺境内(おおみねさんじけいだい)【奈良県吉野郡天川村】
  大峰山脈北部の主峰である山上ケ岳の山頂に位置する山岳寺院であり、大峯修験の根本道場として成立・発展した遺跡。古来より信仰を集めてきた山であり、平安時代中期には、宇多上皇や藤原道長など皇族・貴族が参詣したことが知られ、我が国の修験道の歴史を考える上で重要。
   
  大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)【奈良県吉野郡吉野町・黒滝村・川上村・天川村・上北山村・下北山村・大塔村・十津川村、和歌山県東牟婁郡本宮町・熊野川町】
  大峰山脈の主稜線を通り、吉野と熊野の二大聖地を結ぶ約120kmに及ぶ山岳道。急峻な山岳は、我が国固有の信仰である修験道の最も重要な修行の場となっており、沿道には寺社以外にも、宿や靡(なびき)と呼ばれる霊地が点在している。修験道の歴史を考える上で極めて重要。
   
10   丹生都比売神社境内(にうつひめじんじゃけいだい)【和歌山県伊都郡かつらぎ町】
  高野山の中腹に位置する、金剛峯寺の鎮守とされる神社。空海が高野山金剛峯寺を開創するにあたり、高野山周辺地域の地主神であった丹生都比売神が、その神領を空海に譲ったという伝承があり、我が国における仏教施設の開山と地主神との関係を考える上で重要。
   
11   長登銅山跡(ながのぼりどうざんあと)【山口県美祢郡美東町】
  現在確認できる中では我が国最古の銅山跡。古代の鉱山、銅の採掘・生産技術、律令国家による銅山経営の実態を具体的に示す。また、奈良東大寺の大仏建立時に銅を大量に供給するなど、国家的な事業に密接に関連した遺跡。


【名勝の新指定】  2件

  諸戸氏庭園(もろとしていえん)【三重県桑名市】
  江戸時代の庭園をもととしながら近代桑名の豪商が拡張・整備した庭園。近世より伝わる旧山田氏林泉とこれに隣接して新たに作られた汐入形式の池庭とが一つの庭園として構成されており、明治時代後半に地方の豪商が築造した庭園として優秀。
   
  旧熊本藩八代城主浜御茶屋(きゅうくまもとはんやつしろじょうしゅはまおちゃや)(松浜軒(しょうひんけん))庭園(ていえん)  【熊本県八代市】
  八代城主松井直之が元禄元年(1688)、母崇芳院尼のために築造した江戸時代初期の大名庭園。球磨川の水を導水した池の北側に築山を築き、築山越しに雲仙を望んだ雄大な構成の庭であった。座敷から見る庭園は、方向によって変化があり、当時の庭園景観をよく今に伝える。


【天然記念物の新指定】  3件

  真川(まかわ)の跡津川断層(あとつがわだんそう)【富山県上新川郡大山町】
  岐阜県から富山県にかけて伸びる右横ずれの活断層で、総延長は60kmに達する。安政5年(1858)に飛騨地方に大きな被害を出した飛越地震の震源となったといわれ、日本を代表する活断層のひとつ。通常は岩盤が脆く観察が難しい活断層を目の当たりにすることができる。
   
  月出(つきで)の中央構造線(ちゅうおうこうぞうせん)【三重県飯南郡飯高町】
  中央構造線は、関東から中部・近畿・四国を経て九州に達し、延長1000kmに及ぶ、第一級の大断層。活動は約1億年前の中生代白亜紀に遡るとされ、日本列島の成り立ちを語る上で欠かせない。月出の中央構造線では、中央構造線が明瞭に認められるとともに、断層を容易に観察できる。
   
  伊吹山頂草原植物群落(いぶきさんちょうそうげんしょくぶつぐんらく)【滋賀県坂田郡伊吹町】
  伊吹山は、日本海型気候と太平洋型気候の境界にあたり、中腹以上に石灰岩が広く分布する。このような特異な地質的・気候的条件のため、日本では希少な山地草原が発達し、伊吹山固有植物、北方系植物等、多様な植物が群生しており、学術的価値が極めて高い地域である。


【特別史跡・特別天然記念物の追加指定】  1件

  日光杉並木街道 附 並木寄進碑(にっこうすぎなみきかいどう つけたり なみききしんひ) 【栃木県日光市、今市市】
  日光杉並木街道は、東照宮への参詣道として江戸時代初期に設けられた街道。杉並木が良好に残るA地区の杉樹根保護のため、並木敷の両外側各20mの範囲について継続して行っている追加指定である。


【特別史跡の追加指定】   1件

  水城跡(みずきあと)【福岡県大野城市、春日市】
  天智3年(664)に大宰府防衛のために築かれた防御施設。大土塁の博多湾側と大土居土塁部分で道路拡幅工事により確認された木樋の遺構を含む道路敷を追加指定する。


【史跡の分離・追加指定・名称変更】  2件

(新)  熊野三山(くまのさんざん)        (旧)  熊野参詣道
  【和歌山県新宮市、東牟婁郡本宮町・那智勝浦町、三重県南牟婁郡紀宝町】
  熊野三山は、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社のことを示し、それぞれが神道による固有の祭祀起源を持つが、10世紀後半には祭神を相互に合祀し、「熊野三山」の信仰体系が成立した。11世紀には日本第一の霊験所として、多くの参詣者が訪れることとなり、我が国の信仰の歴史を考える上で貴重。
  今回、「史跡熊野参詣道」のうち熊野本宮大社旧社地の大斎原と熊野那智大社境内、青岸渡寺境内、補陀洛山寺境内を分離し、「熊野三山」と名称変更し、新たに熊野本宮大社現社地と熊野速玉大社境内を追加して指定する。
   
(新) 熊野参詣道(くまのさんけいみち)
  中辺路(なかへち)  大辺路(おおへち)  小辺路(こへち)  伊勢路(いせじ)      
  熊野川(くまのがわ)  七里御浜(しちりみはま)  花の窟(はなのいわや)
(旧) 熊野参詣道
【和歌山県新宮市、西牟婁郡中辺路町・白浜町・日置川町・すさみ町、東牟婁郡本宮町・熊野川町・那智勝浦町、伊都郡高野町、奈良県吉野郡野迫川村・十津川村、三重県熊野市、尾鷲市、度会郡大内山村、北牟婁郡紀伊長島町・海山町、南牟婁郡御浜町・紀和町・紀宝町・鵜殿村】
  古代末期から近世・近代に至るまで、貴顕のみならず一般庶民までが熊野三山への信仰と憧憬によって歩んだ道であり、我が国の歴史ならびに社会・文化を考える上で欠くことの出来ない交通遺跡。
  今回、「史跡熊野参詣道」のうち熊野本宮大社旧社地の大斎原と熊野那智大社境内、青岸渡寺境内、補陀落山寺境内を「熊野三山」として分離し、参詣道として良好に保存されている地域を追加して指定する。


【史跡の追加指定・名称変更】  3件

(新) 津軽氏城跡(つがるししろあと)        
  種里城跡(たねさとじょうあと)
  堀越城跡(ほりこしじょうあと)
  弘前城跡(ひろさきじょうあと)
(旧) 津軽氏城跡
  堀越城跡
  弘前城跡
【青森県西津軽郡鰺ヶ沢町、弘前市】
  津軽氏の祖である南部(津軽)光信が15世紀末に入った、津軽氏の発祥の歴史を語る中世城跡を追加指定する。主郭を中心に侍屋敷地区,伝長勝寺跡などを含む下門前地区が丘陵端部に展開する。北西側の堀沢の中島状の小区画には,光信の御廟所が営まれている。
   
(新) 那須小川古墳群(なすおがわこふんぐん)        
  駒形大塚古墳(こまがたおおつかこふん)
  吉田温泉神社古墳群(よしだゆぜんじんじゃこふんぐん)
  那須八幡塚古墳群(なすはちまんづかこふんぐん)
(旧)駒形大塚古墳
  【栃木県那須郡小川町】
  那須国造が置かれた地域の中心地とみられる那珂川支流の権津川下流域に展開する古墳群。古墳時代前期の前方後方墳である史跡駒形大塚古墳に、後続して造営された吉田温泉神社古墳、那須八幡塚古墳および両古墳の周辺の方墳群を追加指定し、史跡名称を那須小川古墳群に変更する。
   
(新) 出雲国山代郷遺跡群(いずものくにやましろごういせきぐん)        
  正倉跡(しょうそうあと)
  北新造院跡(きたしんぞういんあと)
(旧)出雲国山代郷正倉跡
  【島根県松江市】
  奈良時代に編纂された『出雲国風土記』に記された意宇郡山代郷正倉跡に加えて、同じ郷に所在する「新造院」に比定される廃寺跡を追加指定する。古代の地方寺院に関する文献史料が残っている例は稀少であり、また、それに比定できる遺跡が確定できる例は極めて貴重。


【史跡の追加指定】  14件

  入江・高砂貝塚(いりえ・たかさごかいづか)【北海道虻田郡虻田町】
  噴火湾に位置する縄文時代前期から後期、近世アイヌ期の貝塚。縄文時代晩期の土坑墓も多数見つかっており、当時の自然環境、生業、縄文人の形質や埋葬方法を知る上で極めて重要。調査の結果新たに確認された竪穴住居跡、貝塚等を追加指定する。
   
  真福寺貝塚(しんぷくじかいづか)【埼玉県岩槻市】
  岩槻丘陵上に所在する縄文時代後期から晩期にかけて営まれた貝塚を伴う集落跡。直径150mの環状貝塚を中心とし、台地西側に入り込んだ綾瀬川の小支谷の沖積低湿地まで広がる。開発要望に伴う調査の結果発見された竪穴住居跡等を追加指定する。
   
  見沼通船堀(みぬまつうせんぼり) 【埼玉県川口市、さいたま市】
  享保16年(1731)に開通した、我が国最古の閘門(こうもん)式運河であり、江戸期の土木技術を知る上で、かつ地域の流通経済を考える上で貴重。通船の安全祈願のために勧請した水神社と、江戸文化の流入により通船関係者が中心となって築造した富士塚、通船堀と一体となった堀部分を追加指定する。
   
  武蔵国分寺跡(むさしこくぶんじあと)【東京都国分寺市】
  天平13年(741)の国分寺・尼寺創建の詔に基づいて諸国に設置されたもののひとつで、調査の結果、東西8町・南北5町の寺地と4町四方の僧寺地域及び南西隅の1町半四方の尼寺地域が確認されている。今回、新たに確認された寺地を画する溝を含む北東側の寺地部分を追加指定する。
   
  村上城跡(むらかみじょうあと)【新潟県村上市】
  村上城跡は,戦国時代から江戸時代の平山城跡であり、17世紀前半に山麓の藩主居館を守るために下渡門(げどもん)が設けられた。高石垣と堀、土塁が一体となって残る唯一の城門跡である下渡門跡の土塁部分の一部を追加指定する。
   
  長浜城跡(ながはまじょうあと)【静岡県沼津市】
  小田原北条氏の伊豆水軍の拠点となった海城跡であり、武田氏との境目の城でもあった。河口部の舟入と推定される箇所と、城の山体を構成する法面部分を追加指定する。
   
  諏訪原城跡(すわはらじょうあと)【静岡県榛原郡金谷町】
  武田信玄が築城し、勝頼が大改修した、武田流の築城技術の典型例として著名な城跡。天正3年(1575)に徳川家康が攻略し、その後大改修を行った。徳川氏によって改修、拡張された部分の一部を追加指定する。
   
  近江大津宮錦織遺跡(おうみおおつのみやにしこおりいせき)【滋賀県大津市】
  天智天皇が天智6年(667)、飛鳥から近江に遷都して造営した近江大津宮の中枢部の遺跡。これまでに天皇の居所である内裏の遺構などがみつかっている。今回、内裏正殿の東側に接する地と、内裏南門の中央部の部分を追加指定する。
   
  唐古・鍵遺跡(からこ・かぎいせき)【奈良県磯城郡田原本町】
  奈良盆地のほぼ中央部を流れる初瀬川が形成した沖積低地に営まれた面積約30haに及ぶ弥生時代の代表的な大規模環濠集落跡。遺跡南西部で発見された弥生時代中期初頭の大型建物を追加指定する。
   
10   津島遺跡(つしまいせき)【岡山県岡山市】
  岡山市南部の岡山平野に所在する弥生時代前期の集落跡と水田跡であり、水田稲作受容期の様相を知る上で重要な遺跡。調査によって確認された、集落域と水田域を追加指定する。
   
11   須玖岡本遺跡(すぐおかもといせき)【福岡県春日市】
  福岡平野の南部、春日丘陵に所在する遺跡。中国の歴史書『魏志倭人伝』に記された奴国の王墓や王族墓を含む甕棺墓群や、青銅器やガラス製品の工房跡などが確認されている。王墓・王族墓に近接した遺跡の中心部分で、条件の整った地域を追加指定する。
   
12   板付遺跡(いたつけいせき)【福岡県福岡市】
  福岡市の南部に所在する、弥生文化形成期の様相が分かる、弥生時代初期の環濠集落跡と水田跡。既指定地に接する、用水路を兼ねた外環濠と推定されている部分を追加指定する。
   
13   今山遺跡(いまやまいせき)【福岡県福岡市】
  福岡市の北西部の丘陵上に所在する、弥生時代の磨製石斧の製作跡。この遺跡の製品が北九州から中九州にかけての集落に供給されており、弥生時代の社会を知る上で重要な遺跡。既指定地に接する製作跡のうち、条件の整った部分を追加指定する。
   
14   大友氏館跡(おおともしやかたあと)【大分県大分市】
  北部九州最大の戦国大名であった大友氏の守護館跡。西国の戦国時代史の重要な中心地の一つであり、方2町の守護館の典型例でもある。条件の整った館跡の南東部、中心部付近、東部、北端部の各一部を追加指定する。


【名勝の追加指定】  1件

  盛美園(せいびえん) 【青森県南津軽郡尾上町】
  青森地方を中心とした地方色豊かな大石武学流の庭園であり、明治を代表する住宅庭園。池に導水していた取水堰跡と、周囲に植栽され、庭園の広がりを構成する樹林部を追加指定する。


【史跡の解除】  1件

  座散乱木遺跡(ざざらぎいせき)  【宮城県玉造郡岩出山町】
  日本列島における前・中期旧石器時代の存在を明らかにした遺跡として、平成9年に指定された史跡。指定の根拠となった調査成果が捏造(ねつぞう)されたものと判断されたことから、指定を解除する。

(文化庁文化財政部伝統文化課)

-- 登録:平成21年以前 --