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資料1

第9回 私的録音録画小委員会における意見の概要(案)

1. 録音録画機器・記録媒体の提供という行為に着目した制度設計について(4「補償金の額の決定方法」)
 補償金額の決定手続を法定することは透明性確保の上で非常に意義がある。
 技術的保護手段で私的録音録画がコントロールされ得る場合は基本的に補償金は不要という意見ではあるが、仮に技術的保護手段と補償金が併存する場合があるとすれば、補償金額をゼロとする場合も含めて技術的保護手段の影響度を補償金額の決定に反映するようなプロセスが法定されることに賛成する。

 録音録画機能を持つ全ての機器・記録媒体を補償金の対象とすることと併せて、それらの機器・記録媒体が私的録音録画に関与する割合を勘案して補償金の金額を決める制度とする必要がある。

 現行制度では補償金額は録音録画機器・記録媒体の価格に対する定率で定められており、機器・記録媒体の価格の下落と同時に補償金額が下落してしまう。また、現在ほとんどの機器・記録媒体がオープン価格で売られており、補償金額が明確に算出されない。機器・記録媒体ごとに一定額を定めたうえで、私的録音録画への関与割合に応じて最終的な補償金額を決めるというプロセスが必要ではないか。

 補償金額の決定に際し著作権保護技術の影響を考慮することは、具体的にどうするのか難しいが、そうした根拠規定を置くことは良いと思う。

 適法配信からの録音録画を30条の範囲から除外すると、その部分は補償金の対象外となるので、補償金額の決定プロセスでその点をどう反映するかという問題がある。また、補償金の対象機器・記録媒体の決定プロセスについても、客観的な性質だけでなく、一般的な用途という主観的要件も考慮するとしたら、その点も補償金額に影響してくるので、これらの要素がプロセス全体で広く考慮されるような制度を考える必要があるのではないか。

 補償金額の決定に際して機器・記録媒体の用途が斟酌されるという点を法定することは非常に良いと思う。

 補償金の対象機器・記録媒体の決定プロセスと補償金額の決定プロセスは別の事象と考えている。

 補償金額の決定プロセスでは、報酬請求権という性質上、一般の市場取引と違って需要と供給の関係で自ずから額が決まるわけではないので、交渉の妥結までに非常に時間がかかる。技術の発達速度に交渉が追いつかないような状況では非常に困るので、プロセスの透明性は当然担保されなければならないが、それと併せて迅速な決定のための仕組みが必要。

 補償金額の迅速な決定のためには、評価機関が当事者性を持ったものであることが必要。

 補償金の対象機器・記録媒体の決定プロセスとも関連するが、フランスで制度化されている公的な評価機関における決定の迅速性や決定方法は世界に範たるものだと思うので、その点では大変参考になると思う。

 著作権保護技術の影響を補償金額に反映させることは必要だが、適法に配信された複製物からの録音録画が30条から除外されたとして、その上でさらに著作権保護技術の影響を考慮することの意味を検討する必要がある。
 また、補償金の対象機器の決定プロセスについて、私的録音録画以外の用途を補償金額の決定にどう反映させるか、或いは技術的な対策をとるのか検討が必要だと思う。

 評価機関によって補償金額を決定するのであれば、基準を明確に法定すべき。録音録画の目的や、録音録画源、対象とする録音録画の範囲等も反映するようにすればよいのではないか。

  iTunes storeにおいてDRMフリーによる楽曲提供が出てきているが、これもフリーというDRMを選択したということで補償の必要は無いとなってしまうおそれがあり、緻密な検討が必要だと思う。

 現在の著作権分科会使用料部会の構成メンバーを評価機関のメンバーに替えるのか、それとも別の手続を想定しているのか。

 いずれにせよ、補償金額の決定プロセスに利害関係者を加えたほうがよいという考え方に基づいた案だと思うが、補償金の対象機器・記録媒体が決まっていく一方で補償金額が決まらないと意味がないので、ある程度の即応性を課すような仕組みが必要である。

 これまでの議論の中で、著作権法の技術的保護手段のみならずアクセスコントロールなども含んだより広い範囲の意味で著作権保護技術という言葉が使用されていたと思うが、そこまで含めた著作権保護技術の影響を補償金額に反映する旨の根拠規定を定めるのか。仮にそうだとすれば、技術的保護手段の回避制限についても範囲が広がるのか。

 補償金額の決定プロセスにおける公平性や迅速性は重要であり、その確保のために、法律や政令など高い法令レベルで補償金の対象機器・記録媒体の選定の考え方、補償金率・補償金額の手続論を可能な限りしっかりと規定するべきである。補償金額の決定機関では、そうした基準に照らし粛々淡々と作業をしていくことが望ましいのではないか。

 補償金制度の見直しが規定路線であるかのように議論が進められていることに大変抵抗感を覚える。補償金を課すことの妥当性や、消費者も含む全体的な納得があるかが問題であって、評価機関について手続的、法的な問題がないから良いというわけではない。補償金制度の拡大のための迅速性確保の議論は一方的なものであり、そもそも補償金制度の妥当性に関する本質的な議論を終えずに議論が進むのは消費者として全く賛成できない。

 エンドユーザーとしては、補償金制度の対象機器・記録媒体の範囲の議論と補償金額の議論は不可分の関係にあると思っており、対象範囲が広くなるのであれば、個々の機器・記録媒体の補償金額は低下していかないと納得できない。
 また、補償金額の問題に関するエンドユーザーの意見は非常に多様であるので、関係者間の協議の際にもパブリックコメントのようにエンドユーザーから意見を募集して盛り込むようなシステムを作らないと、公平性に不満を持つ人が多くなるのではないか。

 補償金額の決定機関に利害関係者が加わるとすると本当に迅速性が確保されるのか疑問があるが、事前に関係者間の調整を経たうえで評価機関で確認する制度とするのであれば、なおさら法律や政令で対象や基準を明確に決めておかないと非常に恣意的になる可能性もある。著作権保護技術の程度、私的録音録画の目的、録音源・録画源などを切り口に基準を明確にしておく必要がある。

 対象の拡大という言葉がよく出るが、古いものが淘汰されていく一方で新しいものに補償金をかけるかどうかの議論であり、拡大ではなく移行だと思う。

 評価機関は要するに学識経験者と利害関係者で構成される機関だと思うが、具体的なイメージはどのようか。補償金の対象と補償金額を総合的に審議していくようなイメージなのか。

 補償金制度の対象機器・記録媒体の基準は高いレベルの法令で規定したほうがよいので、法律で私的録音録画に関与する機器・記録媒体とのみ規定したうえ、補償金額の決定プロセスで様々な要素を勘案していけばよいのではないかと主張している。

 補償金制度全体のバランスから、対象機器が広がった場合、個々の補償金額はある程度下がってもよいのではないかと思う。

 仮に補償の必要性があるとした場合、補償金の対象機器・記録媒体について、政令で定める基準に照らして公的な評価機関の審議を経て文化庁が定めるという流れは、現実的な解決策の1つだと思うが、とにかく新たな対象の追加に迅速に対応するために提案されているような誤解を招いている気がする。むしろ、補償金制度は著作権保護技術が進歩するなどの条件が満たされれば不要になるものであり、将来の廃止を想定したうえで、なお当面補償の必要性がある場合にどう対処するかの議論だと思うので、新たな対象追加のための迅速な対応に加え、既に対象に追加したものを迅速に対象から削除する場合もありうることを明確にしたうえで議論しなければならないのではないか。

2. 録音録画機器・記録媒体の提供という行為に着目した制度設計について(5「補償金管理協会」6「共通目的事業のあり方」7「補償金制度の広報のあり方」8「その他」)
 実態として、機器・記録媒体によって録音と録画を区別することは難しくなっており、コストの観点から補償金管理協会の統合に賛成する。
 共通目的事業は、支出割合の見直しの議論はあると思うが、完全に精緻な分配ができないために間接的な分配を目的として文化事業に支出していくという理にかなった制度だと思う。音楽業界だけに還元するのではなく、社会一般を対象とするような事業も行っていくべきではないか。
 補償金制度の広報不足が指摘されてきたが、権利者のためだけの制度ではないので、エンドユーザー、権利者、メーカーで一体的に制度を広報していくことが今後必要になってくるのではないか。

 現在の録音録画機器の汎用性を考えると、補償金管理協会は統合すべき。
 共通目的事業は、第10小委員会報告にもあるとおり、補償金制度の抽象性から、権利者全体の利益になる事業として当然必要であり、補償金制度の広報にも資するため、事業自体は維持すべき。ただし内容は当然見直しをしていく必要がある。

 補償金管理協会の統合には賛成だが、徴収された補償金が管理協会から権利者団体へ分配される過程で控除される手数料、管理経費の実態と改善方法を併せて議論すべき。法制問題小委員会に提出された平成15年のsarahの会計報告資料では、JASRAC(ジャスラック)、芸団協、日本レコード協会、日脚連とsarah自身の手数料として、判明しているだけで3億6,000万円強が控除されており、それ以降の分配過程で更にどのように控除されているのか会計上明らかではない。そうしたコストをどう考えるか改めて検証する必要があるのではないか。
 共通目的事業の維持と内容の見直しには賛成だが、正確に私的録音録画を把握し分配できないという前提に基づくものだとすると、仮に補償金制度の対象を汎用機器・記録媒体に広げると更に正確性が低下するため、理論上、共通目的事業への支出割合が増えざるを得ないと思うが、その点の議論が必要ではないか。
 補償金管理協会に広報義務を負わせることには賛成。広報に際し権利者のみならず消費者、メーカーも協力すべきという提案については、各メーカーが自腹を切って広報している現状もあり、補償金から財源が確保された形で広報に協力すべきということなのか確認したい。

 権利者、消費者、メーカーが対峙構造になりがちであるところ、共に補償金制度から得る利益を広報していってもよいのではないかという意味で提案したのであり、補償金管理協会の予算から支出し合って広報すべきという趣旨ではない。

 メーカーの自腹による補償金制度の広報も最終的には消費者の負担になるものであり、そうした観点からも、何を対象に補償金が幾ら課されており、徴収後どのように配分されるのかが全く消費者に伝わっていないので広報すべきと申し上げている。そもそも補償金の要否を議論しているところであるのに、補償金制度によって私的録音録画が支えられているといったような内容の広報に消費者が一役買うことは考えられない。

 制度上、補償金管理協会は必要性だが、それが趣旨に沿って効率的に運用されているか、ガバナンスをどう確保するかが問題であり、そのための方策を制度に組み込むべき。対象機器・記録媒体や補償金額の決定のための評価機関はこの点のガバナンス機能も期待されているのか。

 補償金制度の議論の帰趨によって私的録音録画が激しく制限されるような状況を危惧しているエンドユーザーは多いと思われるため、メーカーも権利者も共に利益を得る制度であるという角度からの広報が必要だと申し上げた。権利者のみが利益を受ける制度ではないので、共通目的事業として権利者への間接分配以外の事業も検討すべきであると思っている。

 補償金管理協会の見直しについては賛成。
 制度導入時と現在で権利者に対する間接分配の必要性も変わっていないので、共通目的事業の維持も必要だと思うが、それへの支出割合については、仮に補償金の対象が汎用機器・記録媒体まで広がった場合も、録音については適法配信を除くとCDからの録音が多く、私的録音録画の実態を把握することができないという点は特段変わっていないため、増やすべきとは言えない。
 広報の義務化については、非常に経費がかかるものであり、共通目的事業の合理的、効率的実施、管理経費の削減を考慮して補償金管理協会の存在を検討すべきという観点から、広報の経費も十分考慮しなければならず、消費者への広報が十分でないとすれば、利害関係者が引き続き今以上に広報の努力をしていけば足りるのではないか。

 各国を見ても共通目的事業の取り扱いには軽重があり、今後の支出割合をどうしていくべきと考えているのか皆に伺いたい。個人的には、現行の共通目的事業制度を継続するとすれば、現状では権利者全体のための事業が十分でなく、予算も不足していると思うので、共通目的事業への支出割合は限りなく100パーセントに近いものとすべきだと考えている。
 なお、補償金制度自体が完全な分配は実現できないという前提に立っているのであれば、逆に発想を変え、共通目的事業の目的にクリエイターの支援を組み込むなど、創作支援に支出したほうが有意義ではないか。

 正確な分配が不可能であるために共通目的事業があることは事実であるが、相当精緻なデータの下に分配が実現されていることは確かであり、現行の20パーセントという支出割合は妥当だと思っている。

 現行の補償金制度は現状で著作権料収入が大きい権利者に多く還元される制度であって、将来性があるが著作権料収入が少ない人には多くは還元されないと思うが、審査制度によって将来性のある創作者を見出して支援するような制度とすれば、日本文化のために大きく貢献するものになるのではないか。

 将来性のある創作者の支援のために補償金を支出するという提案は、権利者のみならずその辺縁にも利益が還元される制度であると思われるので賛成。

 原権利者の立場から、著作権は個人の財産であるという原理原則に照らし、分配精度を高め正確に還元できるようにしたいという考え方はあるとして、文化全体の発展のための支出という考え方は共通目的事業に含まれる芸能・文化の基盤整備や振興のための事業、著作権思想の普及事業の目的に包含されていると思うので、共通目的事業を継続することで達成できるのではないか。

 補償金管理協会の統合、共通目的事業の見直しについては事務局の提案する対応策で大体よいと思う。共通目的事業への支出割合は現行の2割でよいのではないか。
 補償金制度の広報は間違いなく必要であるが、補償金管理協会に普及啓発活動を法的義務として課すことについては、どんな組織でも自分の活動の意義を理想的なものとして強調してしまう可能性があり、いずれ技術的進歩や環境変化により不要になるが当面実施せざるを得ないという前提に立つ補償金制度を広報させることについて問題が生じる懸念があるので、あくまでも別の方法で広報すべきと思う。

 補償金管理協会に補償金制度の広報義務を課すことには反対であり、新聞広告などに無駄な予算をかけるくらいであれば他の有意義な使途にまわすべき。
 事業内容の公開の義務付けは必要と思うが、それ以上に事業内容に対する意見交換や評価のためのシステムを織り込む必要があると思う。そうしたシステムがないと、よくわからないまま共通目的事業が進められてしまうのではないかという印象を受けた。

3. 3)録音源・録画源の提供という行為に着目した制度設計について
 補償金制度により調整すべき利害は何かということを考えた場合、録音源・録画源の提供という行為に着目して制度設計を行うと、メーカーの得る利益が一切調整されなくなり、制度の趣旨として不完全ではないかと思う。

 放送事業者の立場からは、録音源・録画源の提供に着目した制度設計については、私的録音録画問題の本質は録音録画機器が非常に普及したために発生したということを考えると現在の制度が妥当ではないかと思う。図書館や友人からの貸与とのバランスなどの問題点をクリアするための検討時間の問題や、現行制度と新制度の比較衡量を考えると、この仕組みの導入は問題点が非常に多いと思う。

 この制度案に賛成するわけではないが、補償金制度は契約で処理しきれない部分をカバーするという前提で考えると、「1制度の概要 補償金の支払い義務者について」の部分で録音源・録画源の提供者が列挙されている中で、私的録音録画の対価が契約である程度カバーできると考えている配信事業者やレンタル事業者、放送事業者もプレーンに並んでいるのは違和感がある。
 また、録音録画機器を使用しない消費者からも徴収することになるために不合理さが目立つ制度にならざるを得ないという問題点があるが、汎用機器・記録媒体から補償金を徴収する案も同様の不合理さがあるところ、この制度案については最初から結論ありきの書き方になっているのではないかという点に不満がある。
 録音録画機器の販売による利益の還元と度々言われるが、補償金制度自体がそもそもそのような制度でないと理解している。メーカーはコスト転嫁もするし利益も上げているが、得た利益の中からオウンリスクで著作権保護技術の開発等に投資をしていることにより利益還元をしていると考えて頂くべきであり、補償金制度によるメーカーの利益の還元の議論とは違うと思う。

4. 3 私的録音録画以外の方法について
 「録音源・録画源の提供という行為に着目した制度設計」と同様に、私的自治の原則の下、契約に任せられる部分は契約で対処することが前提としてあるべきだが、この記述では、補償金制度がないと私的録音録画による対価の還元が一切できないかのように読めないか。制度上根拠のない補償金の支払いに実現性がないとあるが、補償金に代わるものとして契約行為により何らかの対価が得られればよいのであり、「補償金以外の方法」という項目立てがそもそも違うのではないか。

 補償金制度自体は当面は必要だが将来は廃止される予定だと考えている立場からは、例えば適法配信からの録音録画は契約に私的録音録画の対価も含めることにより30条から除外する方向で、積極的に補償金制度の対象外とするものと考えている。レンタルCD事業の場合は現在は契約に私的録音録画の対価を含めていないが、仮にレンタル事業者が積極的にそのような動きをとれば補償金の対象外にしてもよいし、セルCDでも、想定される私的録音のラフな対価を価格に含めていれば同様にしてよいと思う。このように、平均的使用料をあらかじめ契約に含めていくことにより徐々に補償金の対象外としていくという考え方があってもよいと思うが、なぜそれが「関係者の理解が得られない」のかよく分からない。

 契約による補償金の徴収について書かれているが、資料の構成上、この箇所には、仮に補償金制度を廃止して契約に委ねられた場合にどこまで契約で対処できるか、過剰な契約で逆に問題が起きるかなど、私的録音録画に関する補償金以外の法的な問題や検討すべき点を記載することが適当なのではないか。

 一番のポイントは、補償金制度を廃止し無許諾・無償の利用が可能になるという前提の下で契約ベースの対処を促すことは無理があるということだと思う。契約を促すためには何かインセンティブが働かなければならず、仮に自由契約に委ねるのであれば、補償金制度を廃止し、かつ無許諾・無償の利用も禁止した上でならばありうるだろう。DRMにより私的録音録画のコントロールを可能にした上で契約する場合ではそうした前提が成り立つし、補償金制度を維持する場合も、30条の範囲から適法配信などを除いた上で、補償金額の決定方法についても様々なインセンティブが働くような柔軟な構造に変えていくことにより可能な限り契約による対処に移行させようというこの資料全体の流れにもそのような解釈のほうが沿っていると理解していた。

 補償金制度は過渡的な制度であってDRMが発達すれば消滅していくという前提は妥当ではないと思う。ビジネスモデルの中でDRMが有効に働いている部分については補償金の配分の過程で除外していくことは問題ないと思うが、最終的には私的録音録画問題は高度な録音録画技術が広く一般に普及したことから生じている問題であり、利用者と権利者の利害調整だけでは本当に調整がつくか疑問がある。私的複製が自由であることを理由にメーカーが様々な機器を普及させたために問題が起きたのであり、将来的に個別課金が全部可能になると補償金制度は終了するという考え方ではバランスが取れないと思う。

5. 全体について
 30条の範囲の縮小はよいと思うが、有料放送については、アナログ有料放送受信機のスクランブル機能を解除する違法チューナー等が販売されており、不正競争防止法違反で摘発されているものの、既に市場に多量に出回っているらしく、デジタル放送においても、一般視聴者がB-CAS社から借りたB-CASカードを転売している事実があると聞いている。そうした手段によって違法に入手した受信機能等を用いて放送番組を録音録画するケースが30条の範囲内に残り得るので、そうしたケースも30条の範囲外とすることを確認したい。

 違法チューナーの問題やマクロビジョンの解除装置が画像安定装置として流通している問題は認識しているが、その対処は30条の範囲の縮小ではなく不正競争防止法による摘発などで行うべきであり、そのほうが実現性も高いと思う。違法な商売に関しては違法な商売を規制する法律でやればよく、30条の範囲を縮小してしまうと調査研究目的の著作物の利用手段がかなり制限されてしまう可能性があり、著作権法で対応することなのかという根本的な疑問がある。

 将来DRMが普及すれば補償金制度が不要になるという意見については慎重に考える必要がある。特に放送の場合、自由に私的録画できる範囲を残すべきという意見も強い一方で、権利者と放送事業者の間では視聴者の録画に関する契約は全くなく、契約以外の手段による経済的な対価の回収方法を残すことは制度設計として有効だと思う。
 理想的なDRMは、全ての録画を管理するのではなく、著作権法で許されている録音録画のみが自由にできるようなものかもしれないと個人的に思っており、将来DRMを普及させて補償金制度を完全に無くす方向性を現状で選択することが正しいかどうかについて、もう少し議論の必要があるのではないか。

 前提条件の整理に関する議論が尽きないまま、仮に補償の必要性があるとして補償金制度の基本的なあり方の議論に進んできたことを考えると、前提条件の整理についても多分まだまだ論点があると思う。JEITAとしてもそこを論点としてこれまで主張してきたことがあるので、今後この議論をまとめる上でそれがどう参酌されるのか、どうまとめられるのかに興味があるため、次回の小委員会で論点をまとめたペーパーを配付したい。

 世間一般へのコンセンサスをとっていただければ、映画の著作権者として劇場映画を無料放送へ提供しなければよいということに従う意思はあると申し上げたところだが、映画を提供するかしないかは各企業における自由な経営判断であり世間一般のコンセンサスとはあまり関係がないのでその部分を訂正させて頂きたい。ただし、劇場映画のみコピーネバーで放送することについては、世間一般のコンセンサスがあれば従う用意はある。

 DRMが十分普及したら補償金制度が不要になるという意見について、DRMが全ての録音録画を覆い尽くすことを前提にするのはおかしいと思う。DRMをかけないという選択肢も取れるので、DRMが完全に行き渡るような日はおそらく来ないと思う。仮に公共放送において多少の損害があるとしても、日本以外の国のように、公共性の高さを優先して消費者の自由な録画を許容する経営方針も十分考えられるし、その上でなお2次利用ビジネスを豊かに展開できる世界も十分に想像できる。録音についても、権利者代表はCDの価格は私的録音録画を全く想定して設定しておらず補償金がなければ私的録音させないような売り方をしたいと主張しているが、自由に私的録音録画してもらってよいから十分に楽しんでほしいと思っているコンテンツクリエイターがいるのではないかと思う。

 日常レベルでは、CDはちょっとした傷ですぐに聴けなくなるという実感があり、デジタル方式であるから永遠に録音録画物が残り総体が増えていくというのは幻想だと思う。本当に力のある文化であれば消費され尽くすことはないということは、素晴らしい音楽の歴史を見ても分かるとおりだと思う。

 カナダやヨーロッパでは、インターネットサービスプロバイダー(ISP)が著作物を扱うことに対する補償金の賦課の議論が出てきている。例えばフランスでは、インターネットからのダウンロードは私的複製なのかどうかという根本的な議論がなされ、その中でISPから月額使用料のような形で補償金を徴収するというような議論が起きている。今回の議論の延長上でISPに対しても補償金を求めていくのか権利者に確認したい。

 ISPに補償金を賦課することは全然想定していない。仮にISPが複製行為を行っているとしたら、それは補償金の対象である30条の範囲内の複製ではないのではないか。そもそも具体的な利用態様がよく分からない。

 ISPについては明らかに30条の問題ではないと思うが、適法なISPの協会とコンテンツホルダーが話し合いをして契約レベルで解決できる問題ではないかと思う。


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