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5.まとめ

 上記「3. ワーキンググループ検討内容」において示したように、本ワーキンググループにおいて、以下の課題について検討を行った。

  • ストレージサービス等に関する諸問題について
  • ファイルシェアリングの法的評価について
  • 複数者のマッシュアップによって制作された著作物の利用の困難性への対応について
  • 権利制限規定の見直しについて
  • その他の全体的または共通する問題点について

 現時点では、それぞれの課題について必ずしも精緻な分析を行えているものではなく、また識者によっては異なる見解をもつ場合も多々あると思われるが、本ワーキンググループの議論において、上記の課題を考察する中で共通する背景として浮き出されてきた要素を列挙すれば、次のとおりである。

 上記課題は、大きく2種類に分類できると考えられる。すなわち、ストレージサービスやファイルシェアリング、マッシュアップなど、ネットワークを介した「多数の者によるリソースの共有」から生じる問題と、権利制限規定の見直しの問題である。

  • (1)前者の「多数の者によるリソースの共有」から生じる問題については、ワーキンググループの検討においても現行法上問題となりうる点を複数検討したが、そのうち、著作物の利用行為の主体を誰と捉えるかによって法的評価が大きく変わってくることに関する問題に特に着目した場合には、それは従来からあった問題の延長と考えることもできるのではないか。
     従来から、使用者の手足として、その支配下にある者に具体的複製行為を行わせることは私的複製として許されているが、コピー業者に複製を委託する場合には、その複製の主体はコピー業者であって、コピーを使用する者が複製することにはならないと考えられている(加戸守行著「著作権法逐条講義五訂新版」227頁)。すなわち、手足として誰か他人を使って私的複製を行う場合には私的複製に該当するが、業者に頼んで私的な使用のために複製する場合には私的複製には該当しないこととなり、法的評価が異なると考えられている。さらには、事案によっては複製主体が誰であるのか判断が難しい場合がある。また、友人に物を貸してその友人が複製することは私的複製だが、友人のために複製して渡すことは、友人の範囲によっては、私的複製と言い切れない場合がある。
     このような現行の考え方に合理性があるとすれば、ストレージサービスに関して複製主体がどのように判断されるかによって責任が変わってきてしまう問題は、従来からあった問題の延長に過ぎないと考えることもできる。その場合の解決方策としては、法的な整備ではなく、運用上で基準・慣行を確立していくことで対応すべきと考えることもできる。
     ただし、逆に、従来から既に問題を内包していたのだが、インターネットの普及に伴い、多数の者によってリソースを共有することが大規模になって顕在化してきたという見方もでき、その場合には法的な観点からさらに分析が必要となる可能性もあり得よう。
  • (2)「多数の者によるリソースの共有」から生じる問題について、私的領域かどうかの境界線の判断に幅が生じてきていることに関する問題に特に着目した場合には、次のように考えることもできるのではないか。
     インターネットの普及に伴い、個人的関係で伝達可能な範囲が広くなった結果、私的領域であってもそれが膨大なネットワークを形成して積み重なっていくことにより、権利者の不利益が著しく大きくなる可能性が生じるようになったと考えられる。
     逆に、インターネット技術を活用したとしても、宛先を特定して限定的に送信する利用形態も相当に発達してきており、ネットワークを通じたとしても、従来個人が家庭内の機器で行っていた行為と同様のものを遠隔地で行っているだけと考えられるような利用形態も生じてきている。また、従来から指摘されてきたことであるが、企業内の個人的な複写(例えば、企業内で必要部数を購入した書籍について、職員が、書籍本体を持ち歩く代わりに該当部分をコピーして持って歩くことなど)のように私的領域ではないものの零細な利用について、権利を及ぼすべきかどうかについても議論がある。
     従来は、私的領域であれば権利者の不利益は大きくないことが一般的であったため、私的領域であれば権利制限の対象とする等の現行法の考え方はある程度合理的であったといえると考えられるが、このようにネットワーク等の普及に伴って権利者に不利益を与える利用態様が多様化している中で、権利制限の対象とする判断基準が現状と同様で良いのか、あるいは新たな判断基準が必要なのか検討することが課題となっているといえよう。また、この問題を解決する方策として、権利制限規定の包括条項等の導入について要請する声がでていることも、このことと背景を同じくするものと捉えることもできるのではないか。
  • (3)複数者のマッシュアップによって制作された著作物について生じている問題としては、マッシュアップそれ自体の時点では、ユーザは各サービスにおける規約等を前提として一定の秩序に従ってマッシュアップを行っており、また、自分に著作権があることを前提としており、その点で特段の新たな問題点は生じていないと思われる。また、そのような著作物の二次利用が困難であることが問題点として指摘されているが、これは従来から指摘されている放送番組など複数権利者の著作物の二次利用等の際の問題と基本的には同様の問題と考えることができるのではないか。
     一方、インターネットの普及に伴って、このような著作物が増えると同時に、個々の著作物にかかわる権利者の数が膨大な数に上るという点から、従来の放送番組の二次利用等の問題とは別に特に何らかの問題点が顕在化している可能性も否定できない。また、これらのマッシュアップに関しては、サービス等によっては黙示の許諾や慣習に依存している場合があり、このように明文のルールとなっていない場合には今後の問題のもととなる可能性もあることから、今後、さらに状況を注視し、分析・検討していくことが必要であろう。
  • (4)次に、後者の権利制限規定の見直しについては、個別の権利制限規定の改正が追いついていないことからくる問題が多いと考えられるが、現実には包括規定の導入など権利制限規定の見直しが必要との意見も出された。また、その他、現在の権利制限規定に対する不満の背景には、上記(1)(2)で記載した要因もあるのではないか。
  • (5)最後に、そもそもインターネットというものは、現状の著作権法自体では根本的に対処できないほどの変化をもたらすのか。実は、著作権法のマイナーチェンジによって対応可能な個別の問題に過ぎないものなのか。この問いかけについては、本ワーキンググループにおける議論では各委員の考え方も異なり、例えば、大幅な改正が必要というのは誤解であると考えるが、全てが個別の問題に引きなおせるわけでもないという意見や、インターネットは著作権法の基本構造を転換する可能性を有しており、既存の著作権法の枠組みが直ちに機能不全となるわけではないが次第に影響が及んでいくのではないかとの意見、新たなサービス、ビジネスモデルが次々出現し、発展していけるよう、チャレンジが可能となる制度的枠組みとすべき、という意見があった。現段階ではどちらの可能性も否定できないと思われる。
     ただし、どちらの場合であっても、個別具体的な問題の場当たり的な対応だけではなく、目指すべき政策目標を掲げた上での立法を目指すべきであると考えられる。また、法制度とは基本的にそれ自体だけでビジネス等の社会活動を促進するものではないと考えられることから、現行の著作権法の改正が必要な面はあるものの、日本においてコンテンツ流通にかかるビジネスがあまり進展していない原因は必ずしも現行著作権法のみにあるわけではなく、しっかりとしたビジネスモデルの構築の必要性など他の面も忘れてはいけないであろう。