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2.IPマルチキャスト放送の著作権法上の取扱い等について

4. 国際条約及び各国におけるIPマルチキャスト放送の取扱い

(1) 国際条約とIPマルチキャスト放送

   世界知的所有権機関(以下「WIPO」という。)において、著作権関連条約上のIPマルチキャスト放送(注4)の取扱いについて明示的に合意されたことはない。したがって、IPマルチキャスト放送の属性が個々の条約の要件に該当するか否かを個別に検討し、解釈によって位置付けを明らかにする必要がある(条文については資料1参照)。

 
(注4)  この節で「IPマルチキャスト放送」とは、IPマルチキャスト技術を用いた有線電気通信の送信一般のことをいう。

 
1 著作隣接権者としての保護

   IPマルチキャスト放送を行う機関(以下「IPマルチキャスト放送機関」という。)を著作隣接権者として保護することを求めるWIPO等の国際条約は存在しないと考えられる。具体的に関連する条約を見ると、

 
「実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約(以下「実演家等保護条約」という。)」において保護される放送機関の「放送」は、「無線による」もののみであり、有線のIPマルチキャスト放送機関は条約の保護の対象外である(実演家等保護条約第3条(f))。
現在、WIPO著作権等常設委員会(以下「SCCR」という。)において検討されている「放送機関の保護に関する条約のベーシックプロポーザル案」は条約本体と添付文書で構成されており、条約本体では、「放送機関」と「有線放送(cablecasting)機関」のみ保護の対象となっている。「有線放送(cablecasting)」の定義に「コンピュータ・ネットワークを通じた送信を含むものと解してはならない」とされており(放送機関の保護に関する条約のベーシックプロポーザル案第2条)、添付文書において定められているウェブキャスティング機関は、条約本体の義務としては保護の対象外となる見通しである(放送機関の保護に関する条約ウェブキャスティングに関する付属書案第2条)。なお、ウェブキャスティング機関の保護に関する議論は、一部の途上国の反発が強いため、平成18年9月開催予定のWIPO一般総会以後に議論することとなり、当面、条約化に向けた議論は伝統的放送(放送及び有線放送)に限定して行うこととなっている。

  という状況にあり、現時点では、IPマルチキャスト放送機関を著作隣接権者として保護する国際条約は存在せず、見通しとしても、放送機関の保護に関する条約の検討においても、ウェブキャスティング機関の保護の議論は当面行われないこととなった。

2 IPマルチキャスト放送による放送の同時再送信
 
  (ア) 著作権

     著作権については、同時再送信を含め、IPマルチキャスト放送による送信に対して、著作権に関する世界知的所有権機関条約第8条の「公衆への伝達権」として許諾権が及ぶと考えられる。「公衆への伝達権」の保護対象となる行為が「有線又は無線の方法による公衆への伝達」であり、「公衆のそれぞれが選択する場所及び時期において著作物の使用が可能となるような状態に当該著作物を置くことを含む」とされていることから、有線放送もオンデマンドによるインターネット配信もいずれも「公衆への伝達」に含まれる。IPマルチキャスト放送の属性を見れば、いずれの側面からも、IPマルチキャスト放送が有線放送やオンデマンドによるインターネット配信と同様に「公衆への伝達」となることは明らかである。

  (イ) 実演家とレコード製作者の著作隣接権

     実演家とレコード製作者の著作隣接権については、実演家等保護条約では、実演の再送信やレコードの送信は保護されておらず、実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(以下、「実演・レコード条約」という。)の条文がどのように適用されるかについて、IPマルチキャスト放送の属性をより精査することが必要となる。なぜならば、実演・レコード条約では、第10条及び第14条において実演家及びレコード製作者のそれぞれに「利用可能化」に該当する行為の排他的許諾権を与えている反面、第15条において「公衆伝達」に該当する行為には報酬請求権(商業用レコードの二次使用料)しか与えていないため、IPマルチキャスト放送が「利用可能化」と「公衆伝達」のいずれに該当するかで扱いが変わってくるからである。
 そこで、実演・レコード条約第10条及び第14条の「利用可能化」に該当する行為の要件を見ると、「有線または無線の方法により、公衆のそれぞれが選択する場所及び時期において利用が可能となるような状態に置くこと」とされている。この文言について、WIPO内にはこの解釈を明らかにした文書はないようであるが、公表されている解説書を調査するとともに(資料2)、各国の著作権担当者及び専門家に見解を質したところ、いずれの調査等においても、インターネット・ストリーミングのように決まった時間にあらかじめ確定したプログラムに基づいて送信されているような場合は、視聴者が特定の実演やレコードに自らの選択する時間にアクセスすることができないので、「利用可能化」には該当しないと解されているという見解が得られた。
 したがって、IPマルチキャスト放送による放送の同時再送信は、「同時」再送信であることから当然に特定の実演やレコードに視聴者が自らの選択する時間にアクセスすることができないため、実演・レコード条約の利用可能化には該当せず、許諾権で保護することは求められていないと考えられる。

  (ウ) 放送機関と有線放送機関の著作隣接権

     放送機関と有線放送機関の著作隣接権については、実演家等保護条約において、放送の再放送が許諾権として保護されているが、インターネット等による送信については明示的には保護の対象にはなっていない(実演家等保護条約第13条)。したがって、実演家等保護条約上は放送のIPマルチキャスト放送による送信には著作隣接権の保護を及ぼす義務はないと解される。
 このように放送機関と有線放送機関の著作隣接権については、いまだインターネット対応の国際条約が成立していないため、現在、実演家等保護条約に加え、SCCRにおいて、放送機関の保護に関する条約の検討が行われている。当該条約のベーシックプロポーザル案においては、再送信と利用可能化のいずれに対しても許諾権を与えており、コンピュータ・ネットワークを通じた同時再送信は明示的に再送信として許諾権で保護されることとなっている(放送機関の保護に関する条約ベーシックプロポーザル案第3条、第6条、第10条)。なお、このことからも、実演・レコード条約の解釈で述べたように、国際的にはIPマルチキャスト放送による同時再送信やインターネット・ストリーミングによる同時再送信は利用可能化には含まれないと理解されていることが確認可能である。

(2) 各国におけるIPマルチキャスト放送の実態

   現在、海外においてIPマルチキャスト放送と同様のサービスとしてIPTVというサービスが行われているが、国によって技術仕様は異なる。IPTVのビジネスモデルやニーズの背景については、欧州放送連合(EBU)の報告書(注5)が、デジタル地上波放送の難視聴地域への番組提供手段としてのIPTVの有用性に言及している(資料3)。例えばフランスでは、都市部で難視聴となる衛星放送を抱えていたTF1と、音声通信ビジネスが下り坂であるために固定網の活用方策を探していたFrance Telecom社の利害が一致したため、都市部での衛星放送の難視聴の解消手段としてIPTVが発展したという経緯があることが、同報告書で紹介されている。商用化されたIPTVの事業例は、以下のとおりイタリア、フランス、イギリス、香港、米国等に存在する。

 
(注5) EBU Technical Review誌2005年4月号掲載報告書“Will Broadband TV Shape the Future of Broadcasting?

  【欧州】
  (イタリア)
   イタリアでは、従来型の有線放送サービスはほとんど存在しないため、FASTWEB社が行っているIPTVのサービスが相当普及している。2005年4月の時点で、国内8都市において500,000人以上の契約視聴者を得ている。うち、100パーセント光ファイバーを達成しているミラノでは、生のIPTVチャンネルで全ての全国TVチャンネル及び複数の国際チャンネル及びテーマ別チャンネルを試聴することができる(注6)。

  (フランス)
   フランスでは、Internet Free社、Neuf Telecom社、France Telecom社等、複数の会社がIPTVのサービスを行っている。Internet Free社のFreeというIPTVサービスではビデオ・オン・デマンドサービスは行っていないが、100以上のTVチャンネルを試聴することができ、2005年3月の時点でのセットトップボックスの提供個数は200,000個以上に上っている。またNeuf社は、2004年末の時点で10,000人のIPTVサービスの契約視聴者を得ている(注7)。

  (イギリス)
    Video Networks社のHomeChoiceBTVというサービスがIPTVをロンドンで提供しており、15,000ほどの契約視聴者を獲得している(注8)。また、通信大手のBT社が、2006年中にIPTVサービスを開始する予定との情報もある(注9)。

  【米国】
   米国では、カリフォルニア州のSureWest Communications社、オクラホマ州のPioneer Telephone社、ジョージア州のRinggold Telephone社などIPTVの事例が数社ある(各社のHPより)。さらに米国第二の大手地域電話会社であるSBCが今後同様のサービスを開始すると表明している。

  【香港】
  香港では、PCCW社のNowTVがIPTV放送を行っている。

 
(注6)  EBU報告書による。
(注7)  EBU報告書による。
(注8)  EBU報告書による。
(注9)

 米国Jupitermedia CorporationのIT関連ニュースサイトinternet.com(※internetnews.comのホームページへリンク)記事等


(3) 各国におけるIPマルチキャスト放送の著作権契約と関連法制の概要
   IPマルチキャスト放送により地上波放送の再送信を行うに際し、各国でどのような著作権契約を求められ、行っているかの全容は明らかでないが、おおむね以下のとおりであることが確認されている。

  【欧州】
  (イギリスを除く欧州各国)
   イギリスを除き、EU及び欧州各国の著作権法令においては、IPTVに関する明示的な規定の存在は確認されていない。ただし欧州放送連合(EBU)の報告書は、放送の同時再送信については、IPTVは有線放送と同様とみなされるとしているため、欧州の放送事業者はIPTVを有線放送と区別しながらも同様の著作権契約の位置付けで扱っているのではないかと推測される(注10)(資料3)。

  (イギリス)
   イギリス著作権法は、「放送」の定義に無線放送・有線放送の他、インターネット送信のうち
 
インターネットとそれ以外の手段で同時に行われる送信
ライブイベントの同時送信
等を含めている(イギリス著作権法第6条(1A))。IPマルチキャスト放送を含めたインターネットによる同時再送信は、ここで定義された「放送」に該当するため、イギリス著作権法では伝統的な有線放送による同時再送信とインターネットによる同時再送信を同等に扱っていることになる。さらに、実演家は一般的には「利用可能化権」を持つ(第182条CA)が、ここで「放送」と定義されたものは「利用可能化」には含まれないとされている(イギリス著作権法第20条、第179条)。ただし、商業目的で発行された録音物については、「利用可能化」以外の方法で「公衆伝達」された場合(すなわち放送された場合)は、報酬請求権を持つ(182条D)(資料4)。

  【米国】
   現時点ではまだ連邦レベルでIPTVの放送法制・著作権法制上の位置付けについて明確に定められたものはない。現在事業を行っている事業者は従来のCATVの規制ルールに則って、州レベルでの認可を受け、CATVとして事業を行っているとの情報もあるが、連邦レベルの放送法制・著作権法制下でオーソライズされた解釈というわけではない。

  【香港】
   著作権契約と関連法制の概要は明らかでない。

 
(注10) EBU報告書による。

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