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「著作権法に係る検討事項(仮題)」の整理に向けた意見について

委員名 山地 克郎

 著作権法においては、著作者/権利者の名誉/権利と、利用者/社会の利便性に関し、常に世の中の変遷を勘案しつつ、良いバランスを保ち、結果として文化の向上に資することが肝要である。本年3月に閣議決定された著作権法改正による権利強化(音楽レコードの還流防止措置、書籍・雑誌の貸与権の付与、罰則の強化)も、社会の変化を考慮に入れた結果の判断と理解している。この観点からは、日本の著作権法の権利制限は、公正使用(fair use)のような一般的権利制限規定ではなく、限定列挙方式であるため、常に社会の変化を考慮に入れた、見直しが必須である。上記の考えに基づき、以下の4項目については、極めて高い優先度で検討すべきものと思量する。

1.  行政手続に関する権利制限の内、特許関連事項

 1.1  提案内容
 特許庁が特許出願人に対し、拒絶理由通知で引用した文献を、当該特許出願の出願人が、複製すること、及び、特許庁がその複製物を、拒絶理由通知に添付することを含めて、出願人に提供することを、著作権(複製権、公衆送信権)の権利制限規定の対象とすること。
(注: 本件については、「現行法でも許されている」との見解もあるが、立法により、明確にするべきである。)

 1.2  提案の趣旨
 行政庁である特許庁での審査手続きの過程でなされた拒絶理由通知に対して、特許法第50条により、出願人は意見書を提出する機会が与えられている。当該意見書提出のためには、引用文献を入手し、分析する必要があり、この必要最小限の範囲で出願人が引用文献を複製することや、当該文献の複製物を特許庁が出願人に提出することを、権利制限の対象とすることは、著作権者の利益を不当に害するものでもなく、認められるべきものと考える。

 1.3  提案理由
 1.3.1  問題の所在
 出願人が、拒絶理由通知を受け、それに対する意見書を作成するに際しては、当該通知で引用された文献の内容を分析し、自分が出願した発明との比較、評価を行う必要がある。引用文献の入手が(容易に)可能であれば、それを購入したり、図書館で複製可能な場合には、著作権法第31条(図書館等における複製)の規定に基づき、図書館で複製物を入手することはできる。しかし、例えば、引用文献が製品マニュアルのように、原本が市販されていなかったり、図書館に存在しない場合には、出願人は引用文献を入手できず、意見を申し述べることができなくなり、結果として、当該特許出願に対して、不当な行政処分を受ける恐れがある。
 また、原本が市販されている場合でも、その拒絶理由通知に対応する目的だけのために、引用された文献を一部に含む原本を購入させることは、特に個人の出願人等に過度の経済的負担を課すことになる。
 更に、図書館で閲覧しようとしても、出願人の最寄りに、当該引用文献を備える図書館が存在しない場合は、意見書を作成、提出するために、時間的にも経済的にも出願人に過度の負担を課すことになる。
 特に、新たに特許の対象に加えられた新分野では、先行技術文献として、非特許文献が重要な意味を持つ。例えば、近年、注目を集めているソフトウェア特許、ビジネスモデル特許については、特許庁が、先行技術としての非特許文献を収集し、データベース(CSDB:Computer Software DataBase)を構築し、特許の審査に活用しており、当該文献を先行技術とする理由により、多くの拒絶理由通知が出されている。この拒絶理由通知に、先行技術とされた文献の複製物が添付されないのは、出願人にとって、極めて不合理である。因みに、平成15年度の非特許文献の引用総数は、CSDBに限らず特許全体で、約19,000件であり、年々増大している。この数字は、特許/拒絶の世界としては、大きな数字であるが、各文献に着目し、それが引用される特許の数としては、1〜数件と思われ、複製数は、各特許毎に数件(特許庁、発明者、代理人弁理士、発明者と一緒に検討する技術者、等)であろうから、到底「大量とは言えない」部数であると考える。

 1.3.2  法改正を必要とする理由
 上記状況を踏まえ、特許庁の審査過程でなされる、出願人による拒絶理由通知の引用文献の複製は、特許審査過程での拒絶理由通知と同様に、その必要最小限の範囲で許されるべきである。また、引用文献自体や、その複製物が容易には入手できない場合には、特許庁が、その複製物を出願人に複製または、公衆送信して提供できるようにすべきである。当該行為は、迅速な特許出願手続きのために必要、かつ、合理的な行為であると考えられ、特許庁が特許出願に対し、拒絶理由通知で引用した文献に限定(または、その引用文献の該当個所に限定)するのであれば、著作権者の通常の利用を妨げることにはならず、また、権利者の正当な利益を不当に害するものでもないと考える。
 本件は、意匠出願や、商標出願に関しても同様のことが言える。

 1.4  改正の方向性
 著作権法第40条第1項、著作権法第42条記載の「裁判手続」の定義に「審査」を加える。つまり、「裁判手続(行政庁の行う審査、審判、その他の裁判に準ずる手続きを含む)」とするか、または、新たな権利制限規定を追加する。

 1.5  関連する「関係団体からの著作権法改正要望」
・「4. 著作権等の制限行政手続きに関する制限(84)」

2.  行政手続に関する権利制限の内、薬事法関連事項

 2.1  提案内容
 薬事法等に関連して行われる薬務行政に従い、厚生労働省や医療機関に対する情報提供義務を全うするためになされる学術文献の複製については、これを権利制限の対象とすること。
(注: 本件については、「薬事法上の報告義務や情報提供義務で要求されている著作物の複製が、薬事法を根拠として認められると解釈すべき(相澤英孝、L&T ナンバー25 2004年10月)」との見解もあるが、立法により、明確にするべきである。)

 2.2  提案の趣旨
 提案内容で述べた行為は、医薬品の有効性、及び安全性の確保を図るという公益的見地から必要とされるものであり、全ての国民の健康、生命に直接的に関わるものである。
 当該事情を勘案し、著作権の権利を制限する妥当性はあるものと考える。

 2.3  提案理由
 薬事法では、医薬品の使用によってもたらされる国民の生命、健康への被害を未然に防止するため、医薬品に関する事項を規制し、医薬品の適正使用を推進し、その品質、有効性、及び安全性を確保するために必要な各種関連情報の収集、評価、報告、保存を製薬企業等に義務付けている。
 医薬品の効果や、副作用等の評価を適時、適切に実施するためには、製薬企業における副作用、感染症等の情報収集、分析、報告、保存等が十分に、しかも迅速に行われることが必要である。
 製薬企業等では、公表された文献等を探索、精査している。これら必要な情報の入手には、迅速性、正確性の面から、複製物に頼らざるを得ない状況にあるといわれており、定められた報告期限を考慮すると、著作権法の規定に従って、事前に複製の許諾を得ることは極めて困難であると思われる。つまり、許諾を条件とすると「適時」を含めた前記義務の履行は、困難ないしは、不可能なものとなる。

 2.4  改正の方向性
 新たな権利制限規定を設ける。
 「薬事法又は、その関連法例、ならびに、これらに基づく行政の通達により、行政官庁への報告が求められ、著作物を収集・保存する場合、及び薬事法の規定により医薬品の適正使用にかかる情報を収集・保存する場合には、そのために必要な範囲で、当該著作物を複製、譲渡、公衆送信することができる。」

 2.5  関連する「関係団体からの著作権法改正要望」
「4. 著作権等の制限行政手続に関する制限 (85),(83)」
「4. 著作権等の制限医療に関する制限 (86),(87),(88),(89)」

3.  電子機器等に関する権利制限の内、携帯電話機等に関する事項

 3.1  提案内容
 携帯電話機を典型例とするような、情報関連機器の保守、修理、更新(別の携帯電話機への買い換え、等)のために、当該機器内に、デジタル形式で記録されているコンテンツの複製物の所有者、又は、当該所有者から委託を受けた業者等が行う複製、翻案行為を、権利制限の対象とする。
(注:翻案の必要性。機器の製造業者が異なっていたり、同一業者であっても、新機種等への移行等では、記録形式(format)の違い等があり、それに起因してデータの形式変換等を行う必要性があり得る。)
 当該コンテンツに、コンテンツ提供者(著作権者、等)により、技術的保護手段が付されている場合には、それを回避して複製することが、合法である場合もあることを容認する。
 更に、当該行為を、複製物の所有者以外の者(携帯電話事業者、携帯電話事業者から委託を受けた者、等)が行うことも認める。

 3.2  提案の趣旨
 例えば、今や国民の約7割が保有する携帯電話機に保存されている着メロ、着うた、待ち受け画像、ゲーム(プログラムとデータ)、映像等のコンテンツの場合、携帯電話機の突然の故障に備えてバックアップを採ろうとしたり、故障修理時に、一時的にパックアップを採取し、修理後の機器に復元したり、あるいは、機種変更に伴って、旧機器から新機器にコンテンツを移動する強い必要性があるが、現行法上は、これらの行為は、許諾を得ない限り、許されない。
 更に、現状では、多くの携帯電話機向けコンテンツには、コンテンツ提供者により技術的保護手段が付されており、これを回避して複製することは、著作権法第30条1項2号(技術的保護手段の回避)に該当すると考えられるため、実質的には著作権者の経済的利益を害さないと考えられる場合であっても、利用者は当該コンテンツを再購入することを強いられている。
 また、仮に、上記行為が許されるようになったとしても、当該行為を代行業者に委託することは、許されていない。
 このような現状は、権利者の保護と利用者の利便性のバランスを欠いていると思われるので、改善する必要がある。

 3.3  提案理由
 1)  著作権法 第47条の2関連
 条文の概要:「プログラムの著作物の複製物の所有者は、自ら当該著作物を電子計算機において利用するために必要と認められる限度において、当該著作物の複製又は翻案をすることができる。」
データの対象性:プログラムとは、「電子計算機を機能させて、一の結果を得ることができるように、これに対する指令を組み合わせたもの」(著作権法 第2条 10の2)。コンピュータプログラムは、殆ど全ての場合に、「コンピュータに対する指令(命令)」と「データ」を組み合わせたものである。データが指令の中に組み込まれている(コンピュータプログラムの中にin-lineに展開されている)場合には、上記定義に照らしても、「当該データもプログラムの一部に含まれ、47条の2の対象となる」という解釈も、それ程無理があるとは、思われない。
しかし、データが大量であったり、プログラムとは別ファイルとして管理されており、プログラムコード(指令)とは独立性が高いような場合(データベースにおけるデータとプログラム(DBMS:DataBaseManagement System)の場合、等)には、当該データが、プログラムに含まれるのか、否かについては、議論があるように思われる。
音楽データや画像データのようなコンテンツの場合で、それ単独で見た場合には、コンピュータプログラムとしての指令を含まないようなものは、プログラムの定義から外れており、47条の2の対象にはならないと考えられる。
しかしながら、これらの「プログラムというには疑義がある」著作物であるコンテンツについては、デジタル化されて流通することが激増しており、これらを継続して使用し続けるためにバックアップを行う必要性は、プログラムの著作物と変わりはない。

 2)  技術的保護手段の回避
 他人の所有するパソコン用ソフトの技術的保護手段を回避して複製する場合等とは異なり、自らが合法的に保有することになった著作物を、バックアップ、保守、機種変更等の理由により複製、翻案することは、権利者の経済的利益を不当に害するとまでは言えないと考えられるので、「技術的保護手段の回避規制」に、適用除外例を設け、明文化する。

 3)  代行行為
 技術的保護手段を回避したり、複製、翻案したりする行為には、専門的知識を必要としたり、専用の機器を必要とすることも多い。一方、携帯電話機等は、幅広い国民各層に利用されているため、当該著作物の複製物の所有者が、携帯電話の販売店等に赴いたりして、それを業者に委託する社会的必要性が認められる。従って、著作権者の利益を不当に害さない範囲で、複製物の所有者以外の者(携帯電話事業者、又は当該事業者から委託を受けた者)による複製、翻案作業の代行行為も容認する必要がある。

 3.4  改正の方向性
著作権法第47条の2の、「プログラムの著作物」、「自ら当該著作物を電子計算機において利用するために必要と認められる限度において」の部分を、それぞれ「デジタル形式で記録された著作物」、「当該著作物を当該電子計算機の保守、修理、又は変更(移行)を目的とする場合には」と置き換えた規定を追加する。
「電子計算機」の語は、所謂コンピュータに限定されず、「少なくともデータ処理に不可欠である記憶、演算、制御の3装置を備えていれば電子計算機に当たる」(加戸守行「著作権法逐条講義(四訂新版)44頁)との説により、携帯電話機等も含まれると解釈される。しかし、「電子計算機」だけでは、「所謂コンピュータに限定され、携帯電話機等は含まれない」との解釈もあり得るとの議論から、不明確になるので、「電子計算機、その他デジタル形式により記録された著作物を知覚し得る機器」とする。
デジタル形式により記録された著作物の複製物の所有者から委託された者は、当該複製物の所有者の求めに応じ、複製又は翻案の用に供するために、当該著作物の複製又は翻案をすることができる。

 3.5  関連する「関係団体からの著作権法改正要望」
「4. 著作権等の制限 電子機器等に関する制限 (92),(93)」

4.  電子機器等に関する権利制限の内、機械的に行われる、一時的蓄積等に関する事項

 4.1  提案内容
以下の事項を、権利制限の対象とする。
ネットワーク利用時に、送信過程に介在するシステムが、通信効率を向上させるために、自動的に行う蓄積(キャッシング)。
インタネットの利用者が通信効率向上のために行う、自分のパソコン等へのコンテンツの蓄積(キャッシング)。
インタネットの利用時に通信効率の向上、アクセス時間の短縮のために行われる、HDD(Hard Disk Drive)上に行われる、コンテンツの複製(ミラーリング)行為。
機器の技術的仕様上、不可欠的に生じる、一時的蓄積。
通信サービス提供者が行う、通信内容等のバックアップ。

 4.2  提案の趣旨
電子機器の利用に際して、大多数の国民が意識しないままに権利侵害となるような状況が出現しており、このような状況を権利制限規定の整備により、改善する。
 具体的には、通信過程におけるシステムキャッシング等の適法性を確保することにより、ネットワーク事業/利用に伴う著作権侵害の懸念/リスクを排除する。
 デジタルAV機器において、視聴のための信号処理に必要なメモリへの一時的蓄積や、コンピュータのメモリへのプログラムに限らずコンテンツ等を含めたデータの一時的蓄積等、機器の内部で行われる著作物の一時的蓄積について、複製権の対象となる複製ではないことを明確化するか、権利制限の対象とする。
 また、通信サービス提供者がデータの保存の信頼性を高めるために行う便宜的蓄積(バックアップ)や、事故からの復旧や社会の要請等を理由として行う通信内容(多くの場合、著作物を含む)の蓄積(ログ)を採ることの必要性も高い。

 4.3  提案理由
 下記の行為は、いずれも著作物の通常の利用を妨げず、権利者の正当な利益を害するものでもないと考えられるが、現行法では、いずれも権利制限の対象とはなっていないため、新たに権利制限の対象とする。

インタネットの利用時に、通信効率向上のために、利用者のパソコン等の内部で行われるキャッシング(cache:隠し場の貯蔵物。貴重品)は、通常、利用者がこれを意識することなく行われているが、通信ソフト(browser)の設定によって、キャッシュするか、否かを選択できることに鑑みれば、これを利用者の複製行為と捉えることもできる。しかしながら、キャッシュされた情報は、一定時間が経過すると、別のデータにより上書きされて、結果として消去されることから、権利者の利益を不当に害するものではないと考えられる。
ネットワーク利用時に、送信過程に介在するシステムが、通信効率を向上させるために自動的に行う蓄積(キャッシング、等)や、通信サービス提供者がシステム運用のために行う便宜的なバックアップについては、複製権の及ぶ複製と解釈されるものと思われる。
 現在の技術/インフラで、円滑なネットワーク運営を実現するには、こうした蓄積等が不可欠であるにも関わらず、これらの行為に複製権が及ぶとした場合には、個別に権利処理することが現実的ではないことから、新たな権利制限を設ける。
コンピュータ利用時に不可欠的に発生するRAM(Random Access Memory)への複製を、著作権法上は、複製とは見なさないという見解は、主としてコンピュータ プログラムを想定したものであるが、「所謂コンピュータに限らず、プログラムに限らず」同様の見解の必要性が生じている。

 4.4  改正の方向性
キャッシングや電子機器内で行われる一時的蓄積については、物理的には複製であるが、「コンピュータプログラムのRAMへの一時的蓄積は、法的には、複製とは見做さない」とするか、新たな権利制限規定を設ける。
ミラーリング等については、新たな権利制限規定を設ける。
通信サービス提供者等によるバックアップについては、前項と併せて、47条の2を変形した条文の追加等が考えられる。

 4.5  関連する「関係団体からの著作権法改正要望」
「4. 著作権の制限、電子機器等に関する制限(90),(91)」
以上



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