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(2)「日本販売禁止レコード」の還流防止措置

○現行制度

■「権利侵害行為」によって作成された物の輸入の禁止

   著作権法第113条第1項第1号においては、外国で作成された海賊版(権利者の了解を得ないで作成されたコピー)を国内において販売や配布する目的で「輸入」することを、その権利を侵害する行為とみなしている。すなわち、本号は、「権利侵害行為」によって作成された物の輸入を権利侵害とみなすこととしており、権利者の許諾を得て国外で適法に譲渡された著作物の輸入は、権利侵害とはならない。

■「譲渡権」の創設と「国際消尽」

   平成11年の著作権法改正により、著作物、実演、レコードの原作品又は複製物の「譲渡」について、著作者、実演家、レコード製作者の権利として認めつつ、適法な譲渡により権利が消尽することが規定された
   この際、消尽の段階としては、権利者の許諾を得て国外で適法に譲渡された著作物について、日本に輸入され、公衆に譲渡されるときにも譲渡権が働き、国内で適法に譲渡されたときに初めて権利が消尽する「国内消尽」と、国外であっても適法に譲渡されれば権利が消尽し、その後国内において公衆に譲渡されるときには権利が働かない「国際消尽」が考えられたが、「国内消尽」を採用すると流通に混乱を招くおそれがあることから、この時点では、「国際消尽」の考え方を採用することとされた。
   したがって、権利者の許諾を得て国外で適法に譲渡された著作物を輸入し、公衆に譲渡する行為に対しては、譲渡権は働かない。
   なお、著作物等の廉価版の複製物等が並行輸入で国内に輸入され、公衆に譲渡されることがあることから、平成10年12月の「著作権審議会第1小委員会審議のまとめ」においては、「権利者が安心してその著作物等を国外で流通におくことができるよう、国外で既に譲渡された著作物等の我が国への輸入又は輸入後の譲渡について、譲渡権の行使を認めるべきであるとする意見もあり、これについては、他の知的所有権制度とのバランスや諸外国の動向等を踏まえ、さらに検討していくべき課題である」とされた。

○問題の所在

   近年、韓国政府が第四次日本大衆文化開放として日本語のレコードの販売の解禁を発表するなど、特にアジア諸国に対して、日本の音楽産業が積極的に国際展開していく機運が高まっている
   しかし、日本の音楽産業が積極的に国際展開した場合には、日本よりはるかに安価なライセンスレコードが国内に還流することが懸念され、国内の音楽産業に大きな影響を与える可能性があることから、(社)日本レコード協会より、海外での日本の音楽ソフトの需要に応え、日本の音楽産業の拡大を図るため、日本における販売を禁止することを条件に海外にライセンスされた音楽レコードの日本への還流を防止する措置(日本のライセンスレコードの輸入又は輸入後の譲渡を差し止める措置(いわゆる「輸入権」の導入))が必要であるという要望が出されている

○ライセンスレコードの還流及び諸外国における還流防止制度の導入状況

■アジア地域へのライセンスレコードの供給実績

   アジア地域へのライセンスレコードの供給実績は、2002年では台湾に約200万枚、中国に約44万枚、香港に約34万枚、韓国に約42万枚、原盤ライセンス契約がなされている。


原盤ライセンスの数量(CD) 原盤ライセンスの発売タイトル数

■ライセンスレコードの日本への還流の実態

   株式会社文化科学研究所の調査結果によれば、ディスカウント及びホームセンターの2業種店舗におけるCDとカセットテープの販売量を推計する10と、合計で約68万枚/巻が還流していると推定されている 11

 
総店舗数
標本数
取扱い率
(%)
1店舗平均CD陳列数(枚) 1店舗平均カセット陳列数(枚) 在庫回転率
(回)
ディスカウントストア 4,441 222 22.1 149.76 21.8 3.5
ホームセンター 4,356 436 9.2 53.45 10.55 3.5
株式会社文化科学研究所調べ

■諸外国における著作権法による還流防止制度の導入状況

   諸外国における著作権法による還流防止制度の導入状況は、社団法人日本レコード協会が、国際レコード産業連盟(IFPI)に聴取したところによると、65ヶ国において、「みなし侵害」、「国内・域内消尽の頒布権」、「輸入権」など著作権法により何らかの方法で還流を防止することが可能となっている12

諸外国における著作権法による還流防止制度の導入状況


【還流を防止することが可能な国】

ヨーロッパ(独立国家共同体加盟国(=旧ソ連国家)を除く)(31ヶ国)
   エストニア、クロアチア、スロバキア、スロベニア、チェコ、トルコ、ハンガリー、ブルガリア、ポーランド、マルタ、ラトビア、リトアニア、ルーマニア

 
*EU・EEA加盟国(18ヶ国)は域外からの還流を防止する法制度を採用している。
   アイスランド、アイルランド、イギリス、イタリア、オーストリア、オランダ、ギリシャ、スウェーデン、スペイン、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、フィンランド、フランス、ベルギー、ポルトガル、リヒテンシュタイン、ルクセンブルグ

独立国家共同体(8ヶ国)
   ウクライナ、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ベラルーシ、モルドバ、ロシア連邦

アジア・太平洋地域(独立国家共同体を除く)(8ヶ国)
   アラブ首長国連邦、インド、サモア、台湾、パプアニューギニア、ブータン、香港、ヨルダン

アフリカ(7ヶ国)
   ケニア、ザンビア、スーダン、ブルキナファソ、ボツワナ、南アフリカ、モロッコ

北アメリカ(2ヶ国)
   アメリカ、カナダ

ラテンアメリカ(9ヶ国)
   エクアドル、エルサルバドル、グアティマラ、トリニダード・トバコ、ニカラグア、パラグアイ、ベネズエラ、ベリーズ、ホンジュラス

  (2003年8月14日、日本レコード協会が国際レコード産業連盟『IFPI』に聴取)


○検討結果

   日本における販売を禁止することを条件に海外にライセンスされた音楽レコードの日本への還流を防止する措置の導入については、これを要望する(社)日本レコード協会と反対を表明する(社)日本経済団体連合会との間で協議が行われていたが、(社)日本経済団体連合会が、「輸入を含めた商品の流通の自由を最大限尊重するとの観点から、市場分割につながる輸入禁止を認める権利の導入は問題が多いが、還流問題がレコード産業に与える影響の大きさに鑑み、還流問題解決のために、輸入を制限する最小限度の著作権法上の措置を講ずることはやむを得ないと考える 13。」として考えをまとめたことを踏まえ、消費者利益等の観点を含め、本小委員会において検討を行った 14

   音楽レコードの還流防止措置の導入については、次のとおり、積極的に導入すべきとの意見と慎重に対応すべきとの意見があった。

   積極的に導入すべきとして次のような意見が出された。

   ● 1還流の実態の存在、2国外における需要が高く積極的に国際展開が可能、3還流の障壁となる言語の問題がない、4リージョナルコードによる対応など還流を防止する技術的手段がない、といった日本の音楽レコードの実態を踏まえ、知的財産立国として、日本の音楽産業の国際展開や音楽文化の海外への普及を積極的に図る環境を整備する必要がある。
韓国政府による日本語レコードの販売解禁の発表など、アジア諸国からの日本の音楽レコードの需要がより一層高まることが予想されることを踏まえ、迅速な対応が必要である。
60ヶ国以上の国において、自国のソフト産業を保護するなどの観点から、「みなし侵害」、「国内・域内消尽の頒布権」、「輸入権」など著作権法により何らかの方法で還流防止措置を講じている現状を踏まえ、他の諸外国と同様に日本の音楽レコードの国際競争力を確保するための措置が必要である。
平成8年に採択された「WCT」「WPPT」においては、還流防止を規律する規定の導入は見送られたが、欧州においては、平成13年に採択された欧州議会のディレクティブにおいて「域内消尽」を採用するなど、諸外国の状況の変化を踏まえた対応が必要である。
日本の音楽レコードの還流を懸念し国際展開を控えなければならない状況を解消できるとすれば、アジア諸国の音楽需要を満たし、ひいては著作者等の創作インセンティブを高めることとなる。
アジア諸国で正規品が適正価格で流通することにより、海賊版対策にもつながる。
   
     また、消費者利益の確保については、価格の引き下げ、国内商品の付加価値の向上など、積極的な国際展開による市場の拡大によって得た利益を消費者に還元することが可能であり、還流防止措置の導入により消費者利益にも資することとなるとの意見があった。
   
     なお、積極的に導入すべきとの意見においても、国内における音楽レコードに与える影響を踏まえ、一定期間が経過した後には制度の必要性を具体的に検証して見直しを図るといった暫定的な措置として導入すべきとの意見や、他の著作物等に対象が拡大されないような措置とする必要があるとの意見が多く示された。また、著作権法以外の枠組みによる対応も考えられるとの意見もあった。

   他方、日本の音楽レコードの還流の実態にかんがみ、還流防止のための何らかの措置が必要であるという状況については概ね理解できるとしつつ、現段階での導入には慎重に対応すべきとして次のような意見が出された。

   ● 海外にライセンスされた日本の音楽レコードの流通については、契約により一定のコントロールが可能であり、法的措置により対応すべきものではない。
著作物に係る内国民待遇の原則や諸外国との関係などを踏まえると、日本の音楽レコードと欧米諸国等の音楽レコードに係る保護水準を異にすることはできず、日本の音楽レコードの還流のみならず、欧米諸国等の音楽レコードの当該国からの輸入にも影響を与える可能性があり、欧米諸国等の音楽レコードを含めた還流防止措置の導入については、理解が得られていない。
音楽レコードに限定して還流防止措置を設けたとしても、還流の実態がでてきたときの他の著作物等への対象の拡大の懸念がある。
緊急避難的な措置として還流防止措置を設ける場合には、著作権法によって対応することは不適当である。
日本の音楽レコードの国際競争力をいかなる方法で形成すべきかという極めて高度な総合的判断を要することであり、経済法、競争政策など著作権法以外の専門家を加えて検討する必要がある。

   その他、著作権制度とは関係がない制度であるが、「再販売価格維持制度(再販制度)」との関係について、次のような反対意見が出された。

   ● 日本の音楽レコードが独占禁止法の例外的な規定である「再販制度」により国内価格競争が制限されたまま、還流防止措置を導入することは、国際価格競争も制限することを意味し、消費者利益に反するものであり反対である。
諸外国においても、「再販制度」を導入しつつ、還流防止措置を導入している国はない。
消費者利益の還元のための最もよい手段は競争のある市場において、消費者が選択権を持つことであり、価格を引き下げるインセンティブが制度上全く働かなくなる中、国際展開によって得られた利益を消費者に還元することは期待できない。

   以上のように様々な意見は見られたが、日本の音楽レコードの還流防止のため、何らかの措置が必要であるという意見が多数であった。他方、具体的方法論については、欧米諸国等の音楽レコードに対する影響や他の著作物等への対象の拡大を懸念するなど慎重な意見も出されており、これらの慎重意見を踏まえた検討が必要である。

   なお、「再販制度」を維持したまま、還流防止措置を導入することによる価格の高止まりに対する懸念が多かったことを踏まえ、当小委員会の検討事項ではないが、還流防止措置との関係から、「再販制度」の在り方について別途の場において議論する必要があるものと考えられる。




7   平成8年に採択された「WCT」及び「WPPT」において、著作物、実演、レコードの原作品又は複製物の譲渡について著作者、実演家、レコード製作者の権利を認めることが求められたことを踏まえ、平成10年12月の「著作権審議会第1小委員会」において、著作物等一般に対する譲渡権の創設について検討が行われ、その結果を受けたもの。
8   三菱総合研究所の報告によれば、日本音楽ソフトの需要は、2002年の約500万枚から、2007年には3倍の約1600万枚、2012年には14倍の7000万枚程度に成長することが可能と見込まれている。
9   日本レコード協会によるアンケート調査によれば、レコード会社19社中13社が、「日本販売禁止レコード」の還流防止措置が実施されれば、アジア諸国に積極的に国際展開するとしている。
10   推計式:総店舗数×取扱い率×1店平均陳列量×在庫回転数=総販売量
11   日本の邦楽アルバムの2002年における生産数は約1億7千万枚であり、還流枚数はそれに比較すると約0.4%である(日本のレコード産業2003より)
12   還流防止制度を導入している国で、レコード盤、音楽用CDなどの再販売価格維持制度を法制度として導入している国はないとの指摘がある。
13   なお、レコードの還流問題解決のために、輸入を制限する最小限度の著作権法上の措置を講ずることはやむを得ないと表明した(社)日本経済団体連合会は、「権利の対象」は、音楽CDとそれに類する製品に限定すべきこと、「権利の内容」は、みなし侵害として捉え、また、洋楽CDや個人輸入に影響が出ないようにすべきこと、「権利の期間」は、輸入権は一定期間経過後に消滅させることとし、継続の是非については、その時点で改めて検討すべきであり、例えば、附則において一定期間経過後に廃止を含めて見直すとの規定を設けるべきであること、を提案している。
14   本小委員会では、消費者団体の代表者、独占禁止法の専門家、(社)日本経済団体連合会からの意見聴取を行って検討を行った。



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