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2    検討の結果

   司法救済制度小委員会は、平成15年6月6日に第1回を開催し、9回にわたり検討を行ってきた。平成15年度における検討の結果は次のとおりである。

1.    損害賠償制度の見直しについて

○現行制度


   著作権等の侵害行為があった場合、権利者は、民法第709条以下の不法行為規定に基づき損害賠償請求を行うことができるが、著作権等の侵害については、損害額の立証が困難なことから、著作権法には、立証負担の軽減措置を図る規定が設けられている。

   1    侵害行為によって作成された物が譲渡された数量や権利侵害を組成する公衆送信が受信されることにより作成された複製物の数量に、著作権者等がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、著作権者等の当該物に係る販売その他の行為を行う能力に応じた額を超えない限度において、著作権者等が受けた損害の額とすることができる。(第114条新第1項(平成16年1月1日施行))
2    権利侵害者が侵害行為により利益を受けているときは、その利益の額を、権利者が受けた損害の額と推定する。(第114条新第2項)
3    権利の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。(第114条新第3項)
4    損害が生じたことが認められる場合において、損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。(新第114条の5)

(1)    法定賠償制度

○問題の所在

   情報化が進む中で、インターネット等を利用した著作権侵害が飛躍的に増大していると見られている。例えば、ファイル交換ソフトの利用による送受信数は、音楽ファイルで約1億1,221万ファイル、映像ファイルで約4,266万ファイルと推計1され、これらのうちの相当数が著作権侵害に該当するのではないかと指摘されている。
   これらの侵害について民事訴訟を提起するにあたっては、ダウンロードされた回数、すなわち侵害の回数を立証することが困難であり、第114条第1項及び第3項の適用が困難であること、侵害者に利益がなく、第114条第2項が適用できないことなどの問題点が指摘されている。また、「送信可能化権」侵害については、権利者の「損害」をどう捉えるかなどの問題もあり、損害の立証が困難であるとの指摘もある。
   そこで、権利の実効性を担保するため、無断インターネット送信に係る著作権侵害については、侵害された1著作物につき「10万円」を損害額とみなす「法定損害賠償制度」を導入すべきであるとの意見がある。

○検討結果

   特にインターネットによる送信可能化権(ないし自動公衆送信権)侵害について、損害の回数ないし損害額の立証が困難であることから、これに対応するために何らかの措置が必要であることについては小委員会において概ね共通理解が得られたところである。
   しかしながら、法定額の「10万円」の根拠を何処に求めるべきか2 、著作物の種類による「損害額」の違いを法定額にどのように反映させるかについて、検討が必要であるとの指摘がなされた。
   これに対し、法定額は非常に重要な問題だが、まず大まかに定め、数年ごとに適宜見直していけばよいのではないかという意見があった。
   法定賠償制度の議論は、「損害額の立証が困難である」ということが前提となっていることから、その「損害額」の根拠を明確にすることは重要であり、この点については十分な検討が必要である。
   また、送信可能化権侵害以外の著作権侵害一般に適用する必要性などについてもあわせて検討していく必要がある。

(2)    懲罰的損害賠償制度(3倍賠償制度)

○問題の所在


   著作権侵害の量は飛躍的に増加しており、現行の刑事罰規定だけで十分な抑止効果が働いていないことから2倍の賠償請求を認めるべきであるという意見がある。
   また、権利者側における侵害行為対策費用は膨大であり3 、損害賠償額として通常の使用料相当額の請求だけでは、その損失を補填することができないことから、通常の3倍の賠償請求を認めるべきであるという意見がある。

○検討結果

   我が国における不法行為に基づく損害賠償制度は、不法行為者に対する制裁や将来における抑止効果、一般予防的効果を目的とするものではなく、被害者に現実に生じた損害を金銭的に評価し、これを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補填して、原状回復させることを目的としている(最判平成9年7月11日萬世工業事件判決)。
   懲罰的損害賠償制度は、上記のような我が国における損害賠償制度の基本的理念と相容れない、抑止のために科した金額が権利者に支払われる理由が不明である、侵害対策費用のような恒常的費用は損害賠償で補填すべきものではない、など導入に反対する意見が多く示された。
   また、懲罰的損害賠償制度を認める外国判決の承認・執行の可否について争われた上記最高裁判決では、「本件外国判決のうち、補償的損害賠償及び訴訟費用に加えて、見せしめと制裁のために被上告会社に対し懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は、我が国の公の秩序に反するから、その効力を有しないものとしなければならない。」として、執行を斥けている。同制度を著作権法において肯定した場合には、著作権侵害訴訟に止まらず、今後の司法判断全体に影響を与えることは必至であり、このことについても熟慮しなければならないとの指摘があった。
   他方、悪質な侵害に限定してであれば、懲罰的損害賠償を適用させることについて、理解を得られるのではないかとの意見があった。
   懲罰的損害賠償制度の導入については、著作権侵害訴訟に限らず、民事訴訟制度全体に係る大きな問題であることから、特許権、商標権など他の知的財産関係法令においてすら議論がなされていない現状に鑑みれば、現段階での導入は見送るべきである。
   なお、懲罰的損害賠償制度を導入すべきとの意見の背景には、本来懲罰的、抑止的効果を有するべき刑事罰が十分な効果を発揮していないのではないかという問題がある。この問題を解消し、抑止効果を高めるためには、罰則の強化による対応や警察の捜査・摘発体制の一層の強化を求めていく必要がある。また、訴訟手続を改善し、立証の容易化を図ることで、実質的に損害賠償制度の強化を図ることも考えられる。さらに、被害者が被った不利益を補填するという現行の損害賠償制度の枠内での強化の方策について、引き続き積極的に検討していく必要がある。

(3)    侵害の数量の推定規定

○問題の所在


   権利者にとって侵害者によって販売された数量の把握・立証が非常に困難であるため、立証負担の公平性を図るべきであり、原告が立証できた侵害数量の2倍の数量を推定して賠償請求を認めるべきであるという意見がある。このようにすれば、被告側もまた、原告が立証した数量と同量の立証(反証)責任を負うこととなるため公平であるとする。

○検討結果

   侵害の数量の推定は、実損害を侵害者側に挙証させるにとどまるものであるため、被害者が被った不利益を補填するという我が国の損害賠償制度の枠内の議論であり、これに対する反対意見は見られなかったところである。
   しかしながら、原告が立証できた侵害数量の「2倍」の数量を推定することが「公平」といえるのかとの指摘や、この「2倍」という数字は、立証負担の公平を図るという観点から導き出されるものであって、推定される損害額から導き出されたものではないため、例えば、損害額が明確に立証できる場合にはふさわしくなく、少なくとも立証された部分を上回る損害があるのではないかと疑わしい状況であることが必要であるとの指摘がなされた。
   このように、引き続き検討を要する部分があり、他の法令や諸外国の例なども吟味しつつ、導入の是非について積極的に検討していく必要がある。

(4)    その他

   損害賠償制度の見直しとして、これらのほか、権利侵害者が得た利益を権利者に還元させるために、不当利得や準事務管理の考え方を用いることを、著作権法第114条第2項(旧第1項)との関係に留意しつつ検討すべき、という意見があった。




【用語説明】

1 コンピュータソフトウェア著作権協会、日本レコード協会調べ。約1万8,000人からのアンケート調査により、過去又は現在のファイル交換ソフトの利用実績等を調査し、1人当たりのファイル数を乗じて推計したもの。

2 侵害を特定するための「調査費用」とする意見、送信可能化のための「ライセンス料」とする意見、弁護士費用などの「訴訟費用」とする意見などが示された。

3 例えば、カラオケ演奏権管理のための要員の人件費は年間12億5400万円、ネット上における監視システムの開発費1億7000万円、そのシステムの年間運用費2300万円かかるとされている。



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